『依存症』
依存症とは、通常、
悪いものとして認識されています。
アルコール依存とか、
ギャンブル依存とか、
いろんなタイプの依存症がありますが、
何かをすることに快楽を得て、
それが繰り返し欲しくなるという状態が、
依存症と呼ばれています。
依存症がなぜ悪いのか、というと、
依存的に欲しくなる感情が、
欲しいものが得られる事によって増幅され、
更に欲しくなるからです。
ビール一杯で満足できていたのが、
アルコール依存症となると、
徐々にそれだけでは満足できなくなり、
更に欲しくなります。
そして最終的には、
どんなに飲んでも満足できなくなる、
という状態となります。
依存症について、
良いことについて依存症的になれば、
依存症になるのは良い事なのではないか、
という考え方もあるかもしれません。
例えば、勉強をするとか、
趣味に没頭するとか、
そういう事を依存症的にするとしたら、
それは良いことではないか、
という考え方もできるかもしれません。
確かに、それによって、
社会で有益な何かを、
身に着けることは出来るかもしれません。
しかし、依存症は、本人にとって、
「もっと欲しい、もっと欲しい」という状態が、
際限なく続くので、
いつまでも幸せを感じられないのです。
何がなくても、何も欲しくなくても、
幸せな気持ちになれるというのが、
人間にとって、一番幸せな事です。
では、その様な幸せを得るためには、
何をしたらいいでしょうか。
信頼できる人と一緒にいて、
お互いの事を喜び合えるという事や、
感謝の言葉をかけ合う、とか、
同じものを見て、きれいだねとか、
同じものを食べて、美味しいねとか、
そんなことを誰かとできたら、
とても幸せな事じゃないかと思います。
そして、そういう時に、
脳内に分泌されるホルモンには、
依存性がないのだそうです。
依存症となる原因には、
過度なストレスがあり、
依存性のある何かで、
ストレスを解消しようとした結果、
依存症という状態が発生します。
なので、ストレスを解消する方法が、
互いに感謝し合うとか、
愛情を掛け合うという事になれば、
それは依存的にはならず、
確実に、幸せになることができます。
さて、「神様」という、
共通に信頼できる存在を拠り所に、
人同士が集まり、
互いに互いの事を喜び合い、
感謝し合うことが出来たら、
それは、幸せな事ではないでしょうか。
血の繋がりがなくても、
様々な立場の人の集まりであっても、
互いに違う者同士が、
神様の名のもとに集まり、
互いの事を大切にし合えるのが教会です。
是非、最寄りの教会へ連絡してみてください。
きっと、良い出会いがあります。
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