「天真療法」案内41

前回は、春充の父　立玄（はるつね）の医療が「天真療法」の原点であったことを見てきました。今回も、春充が父の治療の様子を「宇宙散人」と名付けた架空の人物に仮託した文章を読み進めていきたいと思います。
知人富豪の一児、急性脳膜炎にて倒る。町医数名走（は）せ集まりたれども、皆拱手（こうしゅ）して云（い）う。『事已（すで）に後れたり。術の施（ほどこ）すべき無し。』と。予即（すなわ）ち散人を招じて、治療を請（こ）う。散人、唯々（いい）として老体を運び、寛治（かんじ）として曰（いわ）く、『ハハア、こんなものを、癒すなあ、何でもね』と。厭（いや）がるのに、氷で冷やして居（い）たのを止（や）めさせて、反対に後頸部を手拭で温めさせ、甘硝石精（かんしょうせきせい）を、頭にふりかけ。唇にニ三滴落とし。両鼻には重炭酸と、精製樟脳末とを、混和した物を吹き込みたり。散人が其れだけの事をすると。小児は、生が附（つ）きて、泣き出したり。傍人愁眉を開き、町医等唖然たり。散人更に、グリセリン浣腸を以（も）って、腐敗したる停滞物を取り。再び、アンチピリンの解熱浣腸をなしたるに、小児はスヤスヤと熟睡したり。覚（さ）めたる時、散人は、クロロダインと杏仁水と沸騰散に内服薬を与え。脊を撫で。腹部を摩擦して、『明朝は全癒すべし』と、云（い）い残して去れり。『母ちゃん。紅い鼻緒の下駄を買っておくれ』。昨、死の宣告を受けたる児が、翌朝目覚めし時、口を開きたる言葉はこれなりき。（強い身体を造る法　筆のしづく　P.389〜391）
現代語訳：
知り合いの富豪の一児が、急性脳膜炎で倒れた。町医者が数名急いで集まったが、皆手をこまねいて「すでに手遅れだ。手の施しようがない」と言う。私は、ただちに散人を招いて治療を願った。散人は言われるがままに老体を運ぶと、にっこりと笑って「ハハア、こんなものを治すのは何でもねえ」と言う。子供が嫌がるのに氷で冷やしていたのをやめさせて、反対に首の後ろを手ぬぐいで温めさせ、甘硝石精（Spiritus Aetheris nitorosi 血管の拡大を促す薬、『集成薬物学』巻五P.146〜7、『薬物学』P.451）を頭にふりかけ、唇に2、3滴落とし、両鼻には、重炭酸（現在の入浴剤などに含まれる成分、血流の促進か？詳細不明）と精製樟脳末 （Camphora depurate カンフル　強心薬、興奮薬『集成薬物学』巻五P.100〜101、『薬物学』P.443）を混ぜたものを吹き込んだ。散人がそれだけのことをすると、子どもは意識を取り戻し、泣き出した。見守っていた人は安心し、町医者達はあぜんとした。散人はさらにグリセリン浣腸をもって腐敗した停滞物を取り除き、アンチピリン（Antipyrinum 解熱薬、『集成薬物学』巻四P.30〜31、『薬物学』P.338〜340）の解熱浣腸を施すと、子供はすやすやと熟睡した。子供が目をさますと、散人はクロロダイン（クロロフォルム水溶液とアヘンチンキを混合したもの、片頭痛や不眠症に効くとされた明治期の薬、https://pharma.mynavi.jp/contents/yakuyomi/manner_technique/　　https://www.kagakudojin.co.jp/special/qanda/index13.html　　などを参考にした）と杏仁水（Aqua pruni armeniacae 咳を鎮める薬、『集成薬物学』巻五P.301〜302、『薬物学』P.471）と沸騰散（Pulvis aerophorus 嘔吐を鎮める薬『薬物学』P.119）に内服薬を与え、背中をなで、腹部を摩擦して「明日の朝には全快します」と言い残して立ち去った。「母ちゃん、赤い鼻緒の下駄を買っておくれ」昨晩、死の宣告を受けた子供が、翌朝目覚めて口を開いた言葉はこれだった。
以上、やや不明の薬もありましたが、以前にも使用しました『集成薬物学』全五巻　明治29年南行堂発行と『薬物学』昭和5年　南行堂書店発行を主に参考にしながら現代語に訳してみました。ここで、「知人の富豪」とありますが、立玄はある富豪が良医をもとめるため仮病を使い医者の腕試しをした時、即座に「無病」と見抜きその富豪に乞われて侍医となった経緯があります。詳細は刊行予定『聖中心伝―肥田春充の生涯と強健術―』（青年編）をご覧ください。ですからこの話は、実話をもとにしているのかもしれません。さらに、注目したいのは、宇宙散人が氷を取り除き手拭を首の後ろに当て、薬を処方した後に「浣腸」を施し、背中と腹部をマッサージした点です。これらを含めた「天真療法」にも共通する治療の要点は次回に見ていきたいと思います。
（写真は、春充の生家近くの桂川の流れ）