先日、うちのマンションで竣工後数年めの期の管理組合理事をごいっしょした女性が能楽師の家に嫁いだ、そのご自宅にカミさんがお招ばれで遊びに行った話を書いた。
そのことから私に、能楽のある家元の大手の団体の跡取り娘が作品のカギとなっているミステリーが浮かび、取り出して、読み始めている。
最後に判明するそのカギというのが、びっくり仰天なのだ。
ふつうわが国のミステリーの謎のカギというと、いかにもチャチな、頭で拵えた安っぽい以上のものではない。だが原のものは違う。原が小説を書きだす前に生きてきたなかで見つめてきた、感じて来た世のなかや人の生がどういうものだったかの深度を十分窺わせる、人の生の運命や痛切さに満ちているのだ。そういう原の世界や考え抜かれた文章を丹念に味わうには、私が過去２０数年そうしているように、数度の読み返しが必須なのである。
それが、標題長編小説だ。
私は９５年に発表されたこれを、すでにこれまでに数度読んでいる。
たぶん、今回が４度めか５度めだ。
なぜそのように繰り返し読むのかというと、理由は簡単で、何度読んでもおもしろいからだ。
何がそんなに面白いかというと、物語、プロット、主人公の私立探偵・沢崎の振舞いや言葉遣い、小説の展開など、それらすべてが何度読んでも飽きないのだ。
何より、文章が良い。
平明で簡潔だが、知的で緻密で、洒落ていて、ウィットとユーモアがあり、分かる者には分かる“誇り高き少数派”の、決して声高にはいわない価値観が埋め込まれている。
こんなミステリーはない。
ほかには、やはり私の大好きなあのロス・トーマスくらいだろう。
何ごとも、良きホンモノは、希少なのだ。
この作者の原は、九州大でジャズをやり、世の中に出てからは売れないフリー・ジャズのピアニストを１０年ほどやっていた前史がある。だとすれば、セシル・テイラーや一時の山下洋輔などを先蹤として考えていたのかも知れない。
上記のような価値観、本物を見抜く眼力、それらが必然化させる単独者の生の孤独とそれらはただ黙って耐え抜くしかない精神のルールは、そのフリー・ジャズ時代と、２０代はそれしか読まなかったという小林秀雄の読書が鍛えたのだと思う。それも私の推測では、戦後の大家となった後の小林ではなく、『様々なる意匠』から正続三巻の『文藝評論』、それに戦中の古典論やドストエフスキイ論などの孤独の仕事をやっていた時代の初期から中期の小林だと思う。私も、おなじような思いで小林の文章だけを繰り返し読んでいた２０代の日々がある。だからそういう時期のこの原の心中や、そこで何を受け取ったのかは、想像がつく。
私はまたこれからの人生でも、原�錣諒絃呂魏薪戮眛匹瀛屬稿�々を送るのだろう。
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