新しく発見された古文書であり、明智光秀が本能寺の変後、自らの行動を正当化するためにどのような書状を送ったのかよくわかる。
織田信長公が暴虐だからということは書いていない、あくまで室町幕府再興のためであるいうことを大義名分にしたようだ。
しかし評判の悪い足利義昭に権威などはなく、室町幕府復興を求める人はほとんど皆無だったと言ってよい、そのぐらい織田信長の天下は評判がよかった。
このような方便では、明智光秀の天下を誰一人認めなかったこともわかる。
明智光秀はあまりにも時代遅れだった!
すぐれた武将ではあったが、主君の恩を忘れ懐古趣味に走ってしまった。
■【本能寺の変】書状原本発見で「動機」めぐり議論白熱−光秀の単独謀反否定、義昭黒幕説に疑問も
(産経新聞 - 09月12日 09:07)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=3&from=diary&id=4761469
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