浅野温子と浅野ゆう子がW浅野と称されて一世を風靡していた、という話題をなんの注釈もなく振られてもわからない人がすでにけっこう多い、ということにわれながら愕然としている。もちろん、知っておくべき事柄かといえば、まったくそんなことはない。むしろ、知らないでいいことに属する話柄だろう。知らない方がいいことですらあるかもしれない。
そのW浅野といえば、トレンディ・ドラマのブームにおける最大の物件であり、トレンディ・ドラマの申し子、その象徴といっても過言ではないほどの存在だったはずである。
とかなんとかぶち上げておきながら、私自身はついぞトレンディ・ドラマなるものを1本も見ずじまいだったので、それについてなにか書くことはできない。
十年以上も前、当時のお宝映像としてさらに昔のバラエティ番組の1コーナーが取り上げられていたのだけれど、そこでの浅野ゆう子の扱いの安さに驚いたことがある。
ナンシー関もブーム初期のころを振り返って、彼女についてまだB級お色気要員の雰囲気が残っていたみたいなことを書いていたので、つまり、そういうポジションの人だったらしい。『惑星大戦争』で敵に捕まったときのコスチュームも露出が多かった。活動初期のポスターやレコードはセクシャルな要素を連想させるものが多い。
浅野温子も活動の早い段階でヌードになっている。同じようなランクだったか、今となってはその距離感も定かではないけれど、田中美佐子もだいたいそんな感じだった。
そのあたりからつらつら鑑みるに、最初期のトレンディ・ドラマには一線級の俳優はキャスティングされなかったと思う。二線級、せいぜい準一線級の顔ぶれながら頭数をそろえて群像劇にし、出演者のネームバリューで劣る部分は企画とフットワークでなんとかカバーして、ゴールデンに食いこむというのが当初の目論見ではなかったろうか。
それが社会現象にまでなったのだから、トレンディ・ドラマには業界の序列をひっくり返す、下克上というか、逆転劇としての側面もあったはずである。そこを調べていくといろいろおもしろいことがありそうではあるけれど、どうせモノがトレンディ・ドラマなのであまりそんな気にはなれない。
とはいえ、所詮はブームなのですぐ潮は引いていく。浅野温子は並行して『あぶない刑事』があったし、その後もすぐ『101回目のプロポーズ』があり、『沙粧妙子-最後の事件-』など話題作への主演も続いた。演技への評価も一貫して高かったと思う。
もう一方の浅野ゆう子はそれほど順調ではなかった印象がある。あのころ、なにかのバラエティ番組に出演して、洗面台を使った後にハンカチで拭いてきれいにするような人が好きと言い、その時の周囲の反応は「さすがにそこまではちょっと」という感じだった。それを踏まえてか、その後の雑誌のインタビューで洗面台を使った後にハンカチで拭くような人は嫌いと真逆のコメントをしていて、さすがに節操なさすぎだと思った。
他にもファッションについてインタビューされ、コンサバティブのトラッドがどうだとか、ひたすら横文字を並べた記事を見たこともある。当時まだそういうのをよしとする風潮も残っていたけど、さすがにそろそろやばくなりつつあった。
いろいろと迷走しているようだった。
その後は1997年版の『八つ墓村』ぐらいしか記憶にないけれど、俳優としてもシリアスに演じようとすると単に演技が硬くなるところがあって(これは今でもその傾向が残っていると思う)、あまり芳しいイメージはない。
そんなこんなで勝手にこの人のことは自分の中の「ほぼ過去の人」の棚にしまいこんでいたのだけれど、朝ドラ『てるてる家族』で石原さとみの母親を演じたときには、実に見事に関西のおばちゃんになりきっていた。
もともと原作では母親が主役らしく、ドラマでもヒロインは石原さとみになっているけれど、ナレーションも担当していることでも示されているように狂言回しとしての役割が強く、明らかにストーリーを引っ張っているのは強烈な個性の浅野ゆう子演じる照子さんだった。その照子さんと浅野ゆう子の馬力のかかりぐあいはまるっきりシンクロして見えた。
どういう転機があったのかわからないけれど、なにかを吹っ切って生まれ変わったようだった。
さすがにもう、という状況にあっても、粘っていればどうにかなることもあるのを、実演してみせたといえる。
もっとも、たいていの場合は、やはりどうにもならない。本人の努力を等閑視するつもりはないけれど、基本的には強運の星の下に生まれついた人なのだと思う。
しかして、浅野温子の方はその実、見かけほど平坦な道のりを歩んできたわけではない気がしている。すでにして『101回目のプロポーズ』の時点で、ナンシー関にこの人は情緒不安定な役しか演じられないのかと書かれているし、『沙粧妙子』なんかはもろそんな感じである。
先日、『この世にたやすい仕事はない』の番宣でNHKのバラエティに出た時、バラエティに出るのは珍しいんですといった前振りのやりとりから、「企画意図を理解できないものですから」と本当に意図を理解してなさそうなことを言い放ち、その場を凍りつかせていた。
その時の表情がなんというか、見ているこっちも割と凍りついた。
芸能界であれだけのキャリアがあって、バラエティでのやりとりがどういうものなのか、わかっていないということはさすがにないと思う。別になんとかして自分を売りこまなくてはいけない新人でなし、なんならにこにこ笑って当たり障りのない受け答えに終始しても、まわりがどうとでも支えてくれる。難しいことはなにもないはずである。
それなのにあの発言というのは、根本的になんらかの欠落があるか、まったくやる気がないのかのどちらかだろう。いずれにせよ大問題であって、この人は本当に変わっているなと痛感させられた瞬間だった。
現に『この世にたやすい仕事はない』でも主人公の真野恵里菜にさまざまな仕事を紹介する派遣会社の担当を演じているけれど、これがまた妙なテンションでとてもふつうの人間とは思えないキャラクター造形になっている。
そういえば、『孤独のグルメ』にゲスト出演した時も、尖った個性や作りこんだ役柄とは相性のよくないあの空間にあって、妙に濃厚な店員を演じて異彩を放っていた。
バブル景気と歩をあわせたトレンディ・ドラマの興隆から四半世紀の風雪を耐え、浮き沈みの激しい芸能界でW浅野は、当時からすれば予想もつかない変転を遂げつつ見事に生き残った。めでたい、と同時にこの業界の得体の知れなさをまざまざと見せつけられるような越し方と現在の姿ではある。
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