8月末から9月にかけてのことなので、すでに旧聞に属しますが、NHKが放送90年を記念して『経世済民の男』と題し、高橋是清・小林一三・松永安左ェ門の三人をとりあげてドラマにしました。それぞれ、演じるのはオダギリジョー、阿部サダヲ、吉田綱太郎。
90という数字の半端さと、渋すぎる題材の選定、オダギリジョー以外はあまり主演しない俳優の起用といったあたりがきわどい均衡をなしていて、それはそれで目をひく企画となっています。
脚本は一昨年の朝ドラ『ごちそうさん』と再来年の大河ドラマを担当する森下桂子。主人公を銀行員としてはパッとしない文芸オタクながら、豊かな発想で時代に切りこみ、やがて引っ張っていく存在として描いています。銀行退職後、路線建設中に立ち往生していた小さな私鉄の再建を託され、うち続く苦境を、沿線を住宅地として開発しローンで分譲する、駅の近くにデパートを作る、終点に娯楽施設を建設して利用客の増加を図るなど数々のアイディアによって切り抜けていく様子が、テンポよく語られていきます。
日本の私鉄経営のひな型を作ったのはとにもかくにも小林一三で、東急や西武もそれをパクったにすぎません。加えて、宝塚市の娯楽施設に作った屋内プールが不評だったので、そこを改装した劇場で歌劇を上演するために宝塚歌劇団が創設され、東京での演劇や映画の興行のために東京宝塚劇場や映画配給のための東宝映画配給が、写真科学研究所(Photo Chemical Loboratory,PCL)などといっしょになって現在の東宝になります。
なので、シネコンが全国を席巻する以前は○○宝塚という名前の東宝系の映画館があちこちにあったし(蒲田にはまだ残っていましたが)、宝塚歌劇団の出身者が初めて映画に出演する場合は東宝のことが多いし、同系列の帝国劇場の出演者も両者に縁のある人間をよく見ます。
小林一三は文化においても大きな足跡を残したとえいますが、実業面からだけでなく、実作もいくつかあります。私が読んだころには、宝塚歌劇団の初期の脚本をいくつか手がけたらしい、ぐらいでしたが、その後で研究が進んで判明したものか、ドラマでは4本ぐらい執筆したタイトルが特定されていました。自身によるといわれる広告のキャッチコピーもなかなかウィットがきいていて、洗練された洒脱なセンスを感じます。もっとも、実業における存在が大きすぎるので、それと比較すると文芸方面の活動については微々たるものと評せざるをえません。
劇中、銀行員としては落ちこぼれで文学志向の強い人間として描かれていますが、そこまでかといえばいささか強調しすぎのような気はします。
この実業界における巨星を、阿部サダヲはさわやかにかつコミカルに演じています。クセの強い俳優だと思いこんでいたので、意外でした。結局、阿部サダヲという名前のままNHKに出ているところもすごいと思います。槍魔栗三助は今や生瀬勝久なのに。
はっきりいって、アニバーサリー企画と銘打っている割には地味なドラマでしたが、それだけにスタッフやキャストがのびのびやっている感じもあって、肩の力を抜いて楽しめる作品に仕上がっていたと思います。
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