昔の諺に「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」というのがあります。この言葉はまさに人間に与えられた大きな戒めなんです。出世する人、成功する人、その心の内容がきわめて積極的なんです。「中村天風一日一言」(PHP)より。
「中江藤樹一日一言」(致知出版)より12月23日の言。敬というは、天命を畏れ、徳性を尊ぶの謂いなり。敬というのは、おおいなる上帝から命じられたものをおごそかに畏れ、明徳をうやうやしく保持するの意味である。
〔 読み下し 〕 子(し)四(よつ)を絶(た)つ。意(い)母(な)く、必(ひつ)母(な)く、固(こ)母(な)く、我(が)母(な)し。 〔 通釈 〕孔子は四つの執着を断ち切って、あの円満な性格をつくり上げて行ったのである。四つの執着とは、一に私心、 二に必遂(ひっつい)、
坂本政道さん「超意識 あなたの願いを叶える力」の要約を「精神世界の叡智アーカイブス」のサイトより転載しました。http://blog.livedoor.jp/longpa/archives/17169818.html◆ 私たちを超える超意識潜在意識は、顕在意識(普段認識されている意識)以外の意
すべてを己の問題として、目に見えるものにも原因を求め、目に見えないところにも原因を求めるのが本当の意味の求道であると思います。このように一事、一事を深く広い立場で考えていきますと、一つ一つが大変な意味を持ち、自分に関係していることに気付きま
★ 他人の苦しみは、ある人々の心には憐憫の情を喚び起し、ある人々の心には苛立ちの気持ちを喚び起す。同じ一人の人間が人々の苦しみを見て、時には憐れみ、時には何だか嬉しい気がする時さえある。これは我々が、この世の全てのものを相異なる二つの見方で
同志の交際は、恭敬を以て主と為し、和睦を以てこれを行うべし。一毫も自ら便利を択ぶべからず。很(もと)って勝たんことを求めるなかれ。藤樹は弟子たちのことを同志と呼んでいました(吉田松陰も松下村塾の自分の弟子たちのことを共に学ぶということから同
菅原兵治「大学味講」より。労道の三要素について、このように述べています。世間では「労働」という一部分だけを取りあげて、「労道」としての取りあげ方を忘れているのではないでしょうか。すべて物事の本質に立って、時間的にも空間的にも、その全体を処理
文豪トルストイは,その著書「人生の道」で釈迦,孔子、老子、キリスト、マホメッド、ソクラテス、カント、エマーソン・・・・・等170人の古今の聖賢、思想家の言葉をまとめて、人として正しく生きるための「道しるべ」を述べています。 トルストイが「人生の道」の
最近、世間では体温についての関心が高まっているように思いますので、石原結実先生の「体を温めると病気は必ず治る」(三笠書房)を中心にまとめてみました。1体温はなぜ上げなければいけないか「私たち現代人が毎日測定しなければならないのは、体重より体温
孔子の教えを説く「大学」の中の一文です。以下、菅原兵治「大学味講」を参考にしました。・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・小人(しょうじん)間居して不善をなす、至らざる所なし。 君子を見てのち厭然(あんぜん)として、その不善を&
臨済宗円覚寺派・横田南嶺管長のお話です。 ・・・「やすらぎ通信・2014年冬号」より・・・確かに東日本大震災は、大自然を前にした人智の小ささを感じ、人間は無常から逃れることができないと身に染みて知らされます。けれども一方で、無常だからこそ、互い
最近、世間では体温についての関心が高まっているように思いますので、石原結実先生の「体を温めると病気は必ず治る」(三笠書房)を中心にまとめてみました。1体温はなぜ上げなければいけないか「私たち現代人が毎日測定しなければならないのは、体重より体
ヨガの語源は「ユジ」であり、結ぶ、握手する、一如となる、統一する、調和する、適合する等の語意が含まれています。私達は、生きる力が内在し、この働きに外力が一つの働きとして結合(すなわちヨガ)しているから生きているのです。この内在の生命力をアー
作家の曽野綾子さんは、 「自分に自信のある人しかすることができないことがある」として、次の人をあげています。 人よりでしゃばらないこと、 功績を人に譲ることができること、 黙っていること、 密かに善行をなすこと、 自分の持っているものを
以下、沖ヨガの創始者・沖正弘先生の「生活を正す」(霞ケ関書房)より。人間はより精神性を伴った精神生活者でなくてはなりません。「精神生活者」とは、すべてのことに感謝を感じ、すべてに奉仕の心で生きていくことのできる人のことです。動物はこんなこと
ばんみんはことごとく天地の子なれば、われも人も人間のかたちあるほどのものは、みな兄弟なり。しかるゆえに、聖人は四海を一家、中国を一人とおぼしめすと也。われと人のへだてをたてて、けわしくうとみあなどりぬるは、まよえるぼんぷの心なり。 世界のす
人間は「生活者」であると言われる。これは、自分の「生」を「活」かし、自分のため、人のために価値を高める、という意味だ。何もしなければ動物と同じ「生存者」、ただ生きて存(あ)るだけの生物になってしまう。すべてに価値を発見し、「ありがたい」と感じる
以下、浅川嘉富さんのホームページ(2014年12月16日)よりhttp://www.y-asakawa.com/Message2014-2/14-message137.htm再び始まったシャドウバンキングの破綻「反腐敗キャンペーン」を政敵つぶしに利用しようとしている周近平政権の崩壊が、遠からずしてやって
ロシアの通貨ルーブルが下落する中、注目されたプーチン大統領の会見。ロシア経済の回復に時間がかかるとの見通しを示した直後、ルーブルはさらに急落しました。物価が高騰しているロシア国内の経済状況と、日本への影響を取材しました。日本時間18日午後6時
臨済宗円覚寺派・横田南嶺管長のお話です。・・・「やすらぎ通信・2014年冬号」より・・・円覚寺の座禅堂には「人命は呼吸にあり」という言葉が掲げられています。私も修行を始めたときに、「このひと呼吸が生涯最後の呼吸、末期のひと呼吸だと思って息を吐け
http://ameblo.jp/nozomi0518/archive-201402.html◆ウィスコンシン大学報告です。70%にカロリー制限したアカゲザルは100%飽食群に比べ、生存率が1.6倍に伸びた。加齢による病死が1/3になった。ガン・心臓病死が飽食群の半分未満に減った。糖尿病に関する
次の二つのことの違いがわかりますか。人間が歌を歌う歌を人間が歌う初めのほうは、人間が中心になっています。後のほうは、歌が中心になっている。意見を言うときも、人間でなく真実を中心にする。自分が話をするときは、あくまでも真理だけを中心にすべきで
福沢諭吉は若い頃、大阪の適塾というところでオランダ語を習っていました。とても活気のある塾で、みんなが猛烈に勉強していました。あるとき、少し寝ようと思った諭吉は、枕を探しますが見つかりません。そこで諭吉は気づくのです。「そういえば、布団を敷い
私が通っているヨガ教室「かたの健康会館」では、玄関の扉を開けた途端、ホワッとした温かさを感じ、なごやかな気分になります。不思議なものです。単に人が集まっているだけでは考えられず、これは和気あいあいとヨガをする仲間たちの笑顔と前向きでひたむき
根本真実の教化は、徳教なり。くちにてはおしえずして、我身をたててみちをおこないて、人のおのずから変化するを徳教という。たとえば水のものうるおし、火のものをかわかすがごとし。<徳教は道徳と本質的にまったく異なる。なぜなら、幼少期のときは親や祖
斉藤孝「子どもと声を出して読みたい 実語教」(致知出版)という本があります。帯には、「日本人の心を育んだ29の教え<寺小屋教育の原点>はここにあった」とあります。この本の「はじめ」に、日本人の精神をつくった「千年の教科書」とあります。この「
致知出版社の「人間力メルマガ」【2012/3/25】より。タクマ工務店・宅間正恭社長が倒産寸前となり、自殺を考えていたところ、谷口雅春先生のご著書『生命の實相』で次の言葉に出合い、笑いの大切さを知って救われたとありました。 笑う者の運命は光のごとく
当座の苦労をいたわりて、子の願いのままに育てぬるを、姑息(こそく)の愛と云い、姑息の愛をば、舐犢(しとく)の愛とて牛の子を育てるにたとえたり。姑息の愛はさしあたりては慈愛に似たれども、その子気随(きずい)いなりて、才もなく徳もなく、鳥獣に近