Jimmy Yancey
ジミー・ヤンシー
mixiに重要なブギ・ウギ・ピアニストのジミー・ヤンシーのコミュニティが無いのに納得が行かずに本日、作成を致しました。\(^o^)/
多くの皆さま方の御参加を心よりお待ち申し上げております。m(__)m
ブギ・ウギ・ピアニストの中でも特に伝説的な存在として、ジミー・ヤンシーという人物がいました。子供の頃からタップ・ダンスや歌を得意とする芸人だった彼はハウスレント・パーティーの人気者として引っ張りダコの存在でした。彼が弾いていたピアノ・サウンドは、まさにブギ・ウギそのものでしたが、そのことは彼が残した何枚かのレコードによって、後に明らかになったことでした。(有名な曲は「Five Oclock Blues」)なにせ彼はハウスレント・パーティー以外にコンサートというものを開いたことはなかったようなのです。そのうえ、25歳という若さで芸人から足を洗ってしまい、あの有名な大リーグのシカゴ・ホワイトソックスのグランド・キーパーになり、1951年に59歳で亡くなるまでその仕事を続けたのです。後にわかったのですが、彼の家にはずっとピアノはなく、もちろんピアノも習ったことはなかったそうです。
最も優れたブギ・ウギ・ピアニストの一人です。ブギ・ウギ・ベース・パターンは複雑多義に渡り、句読法も独自のものを持っています。1898年にイリノイ州シカゴで生まれ、1951年に同地で死去しました。6才の時にヴォードヴィル一座に加わり活動しました。1925年には引退して、地元球団シカゴ・ホワイト・ソックスのグラウンド・キーパーとして働いていましたが、36年にミード・ルクス・ルイスが「Yancy Special」を吹き込んだことから存在が知られ、1936年に復帰して初めての録音をしています。その後も死の直前まで録音を残しています。