バガヴァン・シュリ・ラマナ・マハリシを
紹介するコミュ。
鳥獣からも慕われ、アシジの聖フランチェスコに比されるラマナ・マハリシは、しかし最もインド的な師(グル)であった。
17歳にして死との葛藤を超克、精神の至高の座に再生した彼は、南インドのティルヴァンナマライにあって、数年の沈黙ののち、平易な言葉で深い真理を語り始めた。
没後50余年、彼が瞑座したアルナチャラの赤い山からは、今なお一筋の白い光がわれわれを射る
「私は誰か」
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マハリシの言葉
☆「すべての生きものは、いつでも幸福であることを
願い、悲惨でないことを願っている。
私たちひとりひとりについて考えてみても、そこに
自己への至上の愛があることが認められる。
その愛の源はただ一つ、幸福である。
人間の自然性である幸福、意識のない深い眠りの中
で体験される幸福を手に入れるためには、人は自己を
知らねばならない。
自己を知るためには、『私は誰か』という問いで
自己を尋ねる知識(ジュニャーナ)の道が最も重要
な方法である。」
☆
「けれども人々は、この単純な裸の真理、彼らの
日々の真理、つねにそこにあり永遠の経験である
ものを理解しない。
この真理とは、自己(アートマン)の真理のこと
である。
自己を知らない人がどこにいよう。
それなのに人々は、この真理を耳にすることさえ
好まない。
彼らは、彼方にあるものや天国、地獄や再生について
は熱心に知りたがる。
彼らは不思議を愛しており、真理を愛してはいない
ので、宗教は、結局彼らを自己の周辺に連れてゆく
程度のものしか提供することができない。
どのような方法を採るにせよ、
あなたは結局は自己に帰ってゆかねばならない。
そうであるなら、
なぜここで今、自己の内に住まないのか?」
ただいま作成中。
随時充実させていきます。
マハリシは「沈黙の聖者」なので、あまり言葉で
お伝えできることはないのですが、あなたの好き
なマハリシの言葉や、お話(エピソード)、体験
をこのコミュ二ティーでシェアしていっていただ
けるとありがたいです。
よろしくお願いします。