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【オリバト+】コミュの【六道×侠道】

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文:姜子牙

※姜子牙さん以外の書き込みはご遠慮ください。

コメント(31)

プロローグ



2011年3月、ここはとある居酒屋。近くにある大学の生徒の一気コールや、サラリーマンたちの談笑さらには最近ふにゃふにゃしたと評判な酒好きの店主の笑い声などが響く賑やかな中、二人で座っている、非常に静かな席があった。

一人は独特な雰囲気をかもしだしており、室内にもかかわらずサングラスをし、ハンチング帽にトレンチコートという「いかにも」といった探偵ファッションを見事に着こなし、まるでホームズのような風体をしているのがその主な要因だろう。年齢は40代後半から50代前半といったところで、その探偵風の格好とあわせ、とても風格がある形となっている。もう一人は、普通の大学生といった感じで、Gジャンに深い赤色のシャツ、暗めの緑色のズボンといった格好をしていた。


「はじめまして、えーと…」
「俺の名前ですか?佐侠って言います。」
「始めまして佐侠君。私の名前は…まあ佐藤とでも名乗っておこう、もちろん偽名だ。なので私の名前を覚える必要は無いよ。」
「はあ…(変わってんな…もっとも、こんな人間の取材を受けようと思う俺もだけど)」

この取材の依頼は突然のものだった。ある日、彼が大学に登校していると、突然今眼の前で取材をしている初老の男―佐藤―が話しかけてきて、取材を申し込んできたのだ。こんな怪しい取材を彼が受けた理由は「自分ごときをどうこうしようなんて暇なやつはいないだろう」というなんとも行き当たりばったりな理由であった。

「私はフリーのジャーナリストで、とあるものが関っている事件を中心に取材している。私が追っているのとあるものとは、「スタンド」についてだ。」
 
それを聞いた取材相手―中 佐侠(あたる さきょう)―の顔色が一気に変わった。普通の大学生の顔から、佐藤を警戒するような顔になっていた。それを見た佐藤は、

「いや、不躾で失礼。実は私もスタンド使いで、40年ほど前にスタンド使いになってから、自分以外のスタンド使いに興味を持ってね、それ以来スタンド使いの起こした事件を追っている。まぁ趣味みたいなものだよ。今回も、スタンド使いが関っているという事件についての取材に来たんだ。」

と苦笑しつつ佐侠に話した。それを聞いた佐侠は、佐藤に対する警戒を解きつつ、
素直な感想をぶつけた。

「…成程、事情は分かりましたけど、何で取材対象に、スタンドが使えない俺を選んだんですか?俺を見つけた佐藤さんの手腕なら、恐らく俺の友人のスタンド使いが誰かってことだって分かっているはずだ。なら、そっちに話を聞けばいいじゃないですか。」
「ふむ…」

頭は悪くないようだ。と佐藤は素直に感嘆した。佐侠に対し何かを隠したりごまかしたりする気はもともと佐藤には無かったが、下手な嘘はつけないな、と思った。

「確かにその通りだ。実際、君の友人のスタンド使いについても何人かは調べがついている。だが、先ほども言ったが私はかなり多くのスタンド使いを取材していてね。その際に襲われることもあるんだよ。だから今回は比較的安全な取材相手を選んだってわけだ。それともう一つの理由は…まぁ、こちらのほうが主なものだが、君がかなり稀有な存在だからだ。」
「と、言うと?」
「君はスタンドが使えない、見えない。にもかかわらず、スタンド使いたちと共闘したらしいじゃないか。そういう存在は実はあまりいないんだよ。だから、私にとっては興味深い取材対象だってわけだ。」
「成程…」

 正直、褒められているのかどうかはよく分からなかったが、とりあえず納得した佐侠は取材を受けることにした。

ここで、先ほどから何度か出ている「スタンド」と「スタンド使い」についての説明をしておこう。「スタンド」と言うのは、通常の人間には見えない精神的なエネルギーのことで、その像には様々な形があり(人型・動物型・物質型など)、それはスタンドを使うものの精神の形に左右される。そして、このスタンドを見たり使用したりできる人たちのことを「スタンド使い」と言う。

佐藤は、こうしたスタンド使いを個人的取材し、全国を回っているわけだ。

話を戻そう。

「で、俺はどうすればいいんですか?」
「そうだな…君が話すのをレコーダーにとるという形で進めていこうと思ってるんだ。だから、君はスタンド使いたちとどういった戦いなどをしたということを話してくれればいいよ。」
「分かりました。」

佐侠が了解すると、佐藤は懐からICレコーダを出し、スイッチを入れ机の上に置いた。

「では、どうぞ。」
「そうですね…なにから話そうかな…じゃあ、俺が始めてスタンド使いにあった時の話からはじめたいと思います。」
第1話…人間道―出会い



 「今日も平和だなぁ」それが登校してきた左侠の率直な感想であった。いや、傍から見れば桜の下で16:00時頃から酒を飲んでわいわいやっている光景は十分異常であるのだが…。

2010年4月中旬。毎年この時期は、サークルに入っている大学生とって非常に大事な新入生歓迎(いわゆる新歓)の時期であり、この大学ではキャンパスの前道に桜が咲いているのも手伝って、花見という名目で毎年酒を飲んでのドンちゃん騒ぎがキャンパス前の道で行われる。

「やれやれ」

と独り言ちながら、佐侠は酔いどれ達を避け、キャンパスに入った。

キャンパス内でも外の様子と似たような騒ぎになっていた。新入生と思わしき人物に目を向けてみれば、恐る恐るといった様子でさまざまな人に話かけていて、その初々しい様子は見ていて好ましい。

また、それを歓迎している上級生からは、楽しんでいってほしいという気持ちと、あわよくば入ってくれれば…と思っているのが感じられ、その純粋な感じも佐侠は好きだった

まぁ彼にとって、これも見慣れた風景の一つだ。

そんな中、それらの雰囲気を切り裂いたような静かな場所に、矢の形をしたキーホルダーのようなものがぽつんと落ちているのを見つけた。

いつもはこんな落し物には興味を惹かれない佐侠であったが、その矢の周りだけ人が集まらない不思議な光景に気を引かれ、役には…たたないだろうなぁ、と思いつつ気まぐれにそれを拾い上げた。

拾い上げた矢は、手入れをされているようで、つい最近人の血を吸っていたかのように黒光りしていた。
 
「ここなら全景が見えるな」と誰に言うわけでもなく独り言ちつつ、佐侠は最も広い広場が見渡せる、キャンパス内でも高い位置にあるベンチに腰を下ろした。

ここは人気も少なく、佐侠が気に入ってよく行っている場所である。

ただの気まぐれで来た佐侠は、とくに用事もなく、目下に広がる勧誘の様子を背景にしつつ先ほど拾った矢を眺めていた。見れば見るほどに不思議な何かを感じずにはいられない矢に『何か役に立つのでは?』と皮算用をしたところで、

「おい、お前!」

という乱暴な声が後ろから聞こえた。振り返ってみると、160cmほどの身長で中肉の男が立っていた
佐侠は、声をかけてきた男に見覚えがあった。

彼の名前は六道 豊(ろくどう ゆたか)といい、佐侠とは同級生で、派手な同級生が多い佐侠の学部のなかで、授業などで見かけたときにはかなり地味だったので佐侠は逆に印象に残っていた。

「君は…確か同じ学部の六道く「矢を返せ!」
「はぁ?」
「お前が持ってるその矢だよ!」
「…」

六道のいきなりのまくし立てるような言い方に佐侠は押し黙ってしまった。

佐侠はすぐになんのことだか合点が行ったものの、六道の様子がいつも授業で見る雰囲気とは明らかに異質なものであったのと、彼の物言いが気に食わなかったので(大方の理由はこちらにあったが)、とりあえず矢をポケットにしまいながら

「もし返さなかったら?」

とおどけて見せた。それは悪意の無い冗談のようなもので、普通のやつだったらこんなに無礼な聞き方しないだろうという佐侠の皮肉が大半と、事情があるなら説明してくれるだろうというほんの少しの期待をこめてのものだった。すると

「そうか…テメェもスタンド使いか」

とつぶやき、全てを悟ったような表情を見せた。佐侠にとってその反応は意外なものであった。

彼の予想では、六道は怒りにまかせて掴みかかってくるか、事情を説明してくれるかのどちらかだと思ったからだ。

それに、「すたんど使い」という佐侠には聞き覚えのない単語が出てきたのも気になった。それに対して『なんのことだ?』と考えようとした瞬間


ドグシャア!


と、佐侠の顔面を強い衝撃が襲い、佐侠はベンチを巻き込みながら大きく後方に突き飛ばされた。

「???」

クエスチョンと痛みが佐侠の頭を支配する。六道が攻撃をした様子はまったく無い。それなのに自分はいきなり吹き飛ばされた。それも、生半可な力ではない、それこそ格闘技で受けるような強い衝撃だった。

「おれの矢を奪おうとするスタンド使いならよぉ…ぶちのめすだけだぜ!」

『だからすたんど使いって何のことだ?』彼の言葉に、佐侠のクエスチョンマークが増える。六道の言った言葉は、佐侠には何一つ理解することができなかった。

今の佐侠にわかるのは、この時自分は六道に襲われている、ということである。『とりあえず、ボコボコにされる前に距離をとるか』

そう決断すると、佐侠はとりあえず距離をとろうとした。するとすかさず

「逃がすかぁ!」

という声と共に、六道が懐から針が金属製のダーツの矢を取り出し投げてきた。何とかその攻撃をかわす佐侠だったが、アスファルトを突き刺すその威力には驚くしかなかった。

「(刺さったら死ぬぞ多分…)殺す気か!」
「そんな野蛮なことはしねぇ、再起不能にするだけだ…だから安心してくたばれ!」

さらに怒気を強めて言う六道に、佐侠は恐怖を感じた。それは彼の怒りに対してビビったのではなく、彼からこういうことに慣れている雰囲気を感じたのと、「再起不能」がどの程度の怪我(あるいは死か)か計りかねたからだ。

『ここは、逃げるが勝ちだな』そう割り切って、佐侠は全速力で走り六道を振り切って一目散に逃げ出した。

佐侠の鮮やかな引き際に一瞬呆然とする六道だったが、すぐに我に返り、

「テメェ、逃げんな!」

と叫ぶと、すぐに後を追った。
「この矢が何だってんだ…」

ぼやきながら逃げる佐侠。後ろを見ると、六道が、鬼の形相をして自分とさほど変わらない速度で追ってきている。人とすれ違うたびに「なんだこいつ?」みたいな目で見られているその姿は、見ようによってはとても滑稽に見えたが、今の佐侠にそんな余裕はなかった。

『逃げることはできそうにないなぁ…』そう考えた佐侠はこの状況を何とかするため、得られた情報を整理し、対策を練ることにした。

『あのやりとりでわかったのは「奴は「すたんど」というものを使うらしい」「奴は俺のことをすたんどつかいだと思っているらしい」「すたんど」のパワーは格闘家並みかそれ以上のものがある」という3点だ。

ここで俺にはいくつかの選択肢がある。


1、素直に謝って、六道に矢を返す
2、アメコミのヒーローのように奴を華麗に倒す
3、再起不能(とやら)になる。現実は非情である


3は断固拒否。痛いのは嫌だし、なんで新学期早々病院送り(?)にされなきゃいけないんだ、納得いかん。1は…まぁ無理だろ。あんなに怒ってるんじゃ、矢を返したとしてもボコボコにされるのがオチだ。となると2か…まぁ実力差的に、華麗にとは無理だろうけど』

と、佐侠は考えをまとめ、自分の安全が確保できるレベルまで六道と戦おう、と決めた。そして、それを実行するために、人気が少なく周りに迷惑がかからない近くの神社へと足を向けた。それを見た六道は、すぐさま後を追った

 

佐侠と六道が走ってきた神社は、150年もの歴史があるといわれている神社で、その平均的な大きさのものよりはまあまあ大きく、参道の横には大きめの石灯篭と林に近いくらい生い茂った木々が置かれている。夏にこの神社で行われるお祭りでは、多くの人が訪れ、この参道に射的屋・カステラ屋・焼きそば屋などといった屋台が所狭しと設置され、賑わいを見せる。

にも関らず、普段の人通りは非常に少ない。普通は歴史と規模に比例して人が集まってくるものだが、この神社は逆に、それに比例するように人が来ない。もっとも、それはとても古い歴史を持つ割にメディア等に取り上げられず、あまり世間の話題に触れられないのがその原因かもしれないが…

ともかく、その歴史ある神社において、命をかけた戦いが行われようとしていた。

神社に着いた二人は、西部劇に出てくるガンマンの決闘のシーンのように対面した状態で立っていた。ここに来るまで全力疾走だったためお互い息が切れており、戦いどころではなく、二人は息が戻るのを待っていた。その間、二人は不思議と戦おうとは思わなかった。息が戻ると、それを合図とするように佐侠がしゃべり始めた。


「神前で人殺しはしないよな?」
「テメェをぶちのめすのに神様の前だろうがホトケさまの前だろうが関係ねぇだろッ!」
「罰当たりめ」

佐侠に信心は無かったが、短くそう言うと佐侠は木々の陰に隠れた。それが、まともに戦っては勝ち目が無いと見た佐侠の戦法であった。

その後は焦らすように何もせずに機を待つ佐侠。それは、怒っている六道はこの間に耐えられず隙を見せるだろうという考えからだ。

その考えの通り、5分も経たないうちに六道は出てこない佐侠を探すため、自ら視界が悪い木々の中へ足を踏み入れた。

「どこに行きやがった!」

とわめきながら佐侠を探す六道。それを見た佐侠は、『こんなにうまくいくとは…』内心驚きあきれつつ攻撃に移った。

まず佐侠は、六道に手のひらサイズの石をいくつか投げる。それを六道は、最初の1,2個こそ体に当たっていたが、それ以降は普通にかわしていく。『そりゃそうか』と佐侠。なぜなら、佐侠の肩はそれなりに良かったが、それは距離の観点から見たものであり、その速度は一般男性のそれとなんら遜色は無いからだ。

佐侠の居場所が分かった六道は、佐侠に近づいていくが、佐侠はすぐさま木々にまぎれて隠れてしまう。面と向かって戦わない佐侠に

「みみっちい戦い方をしてるんじゃねぇ!」

そのわめき散らすような六道の声に応えるように、佐侠は次に石を何個かもち、ショットガンの弾丸のように散らすように一気に投げた。

これには六道も避けきれず、投げた石のいくつかが当たり、「うおっ!」と驚きながら視界を守るように両腕で防御した。それを好機と見た佐侠は、木々から出て六道に、近くに立てかけられていた竹箒で殴りかかった。それは、絶妙なタイミングでわき腹を襲った。


はずだった。


ドガァッ!


当たった!と思った会心の一撃は、空中で何か力強いものに抑えられていた。押しても引いても動かない箒を目の当たりにして『反則だろ!』と思いつつ、佐侠はすぐさま箒を手放し、六道から距離をとり再び木々の中に隠れる。

隠れた先で佐侠は考える。『六道は俺の攻撃を避けたり、目線に入れてから防御した。つまり、あの防御もしくは攻撃は、意思ありきのものだ。なぜなら、もし「すたんど」が自動で六道のことを防御するならば、石をわざわざ避ける必要も無かった、攻撃に対し仁王立ちしていれば良かったからだ。』

ならば活路はある、そう考えた佐侠は、次の攻撃の準備を始めた。

一方、六道のほうはというと、こちらも、怒りが若干冷めた頭で考えをめぐらせていた。彼の中で佐侠がスタンド使いではない可能性がでてきたのだ。

『おれはアイツのことをスタンド使いとみて戦っていたが、ヤツがそれを使う様子は一向に無ぇ。もしアイツがスタンド使いなら、このときまでスタンドを使わないメリットは全くないし、スタンドが見えていれば、おれがスタンドでガードしたときにそれを目で追うはずだからな。』

もちろん、それらが全て演技である可能性も否定できないが、彼の戦い方を見ている限りではその可能性は低いように思えた。

『まずったかな…』ふとそう思った六道は、先ほど佐侠に殴りかかられたときに掴んだ箒を持って後ろに立っている自分のスタンド―スケィスを見た。

その姿は、2mはあろうかという身長に、黒を基調とした体、赤い腰掛と無機質な面をつけ、死神のような雰囲気を醸し出していた。

スケィス
破壊力:A〜D
スピード:B〜D
射程距離:B(10mほど)
持続力:C〜E
精密動作性:E
成長性:A
能力:「早く」「遠くに」「力強く」動けるスタンド。ただし、本体のが不安定なので能力にむらがある。

「試してみっか」

そう六道がつぶやくと、スケィスは箒を捨て、何も無い空間から巨木も一撃でなぎ払えそうな大鎌を取り出し構えた。彼にとって邪魔な木を伐り倒そうと、鎌を振りかぶった、



そのとき


パシャア


という音とともに、六道は自分に何かの液体がかけられたことに気づいた。
「なんだぁ?」

疑問とともに六道が目にしたのは、空き瓶と火のついたマッチを持った佐侠の姿と、そこから自分に伸びる何かの液体で濡れた跡だった。

六道の油断が生んだ隙をつき、佐侠が何らかの液体をぶちまけたのだ。と六道が理解し、同時に自分の体から匂う独特の匂いに気付いたときには、もうすでに火が勢い良く六道のところまで走っていた。


ボウッ!


「うおおおおおおっ!」

とっさのことで反応できず、火を浴びてしまった六道。引火した場所は液体を浴びた足の部分だったが、油断していたのと、まったく予想だにしない攻撃に六道はすっかりひるんでしまった。

C2H6O、それが佐侠のぶちまけた液体である。通称アルコールとかエタノールなどと呼ばれているものだ。その中でも佐侠が使ったのは消毒用のもので、確かにアルコールは非常に引火しやすい物質だが、消毒用のそれは薬品そのものが燃えているだけで、すぐに消火すれば薬品の下、つまり服や皮膚といったものには燃え移らないのだ(服の材質にもよるが)。

また、マッチの火の温度はおよそ150度。ガスバーナーなどに比べればはるかに低い。確かに熱いし、皮膚で燃え続ければ火傷も起こすだろうが、媒介がアルコールではその望みは薄い。

そして、今対峙しているのは「すたんど使い」という、佐侠にとって未知数な相手であり、その効力は通常の人並みに効くかどうか怪しい。

つまり、今の状況においてこれらの武器は佐侠にとって脅かすための武器でしかないということだ。


だが、佐侠はあえてこのこけおどしの戦法をとった。

スタンド使いは意思の強さ、つまり精神の強さにパワーを左右される。そう感じた佐侠は『今自分に向けられている強い感情を、何かで遮ったりすることができれば、あの「すたんど」の力も弱まるのでは?』と予想したのだ。だから、あえて視覚的にインパクトが強く、精神的に一番ダメージが大きいであろう「火」を選んだのだ。

しかして、それは成功した。六道は火を浴びて明らかに同様しているのだ(誰だって火を浴びれば動揺位するだろうが…)


佐侠は、六道に確かな歩みをもって近づく。その様子に、六道は動揺を強めた。

『こいつ…火をまったく恐れないのか…』


明らかに動揺を強めている彼に、佐侠の拳がめり込む。その位置は、先ほど佐侠が攻撃をくらった位置。


ボゴァ!


その一撃に、後ろに吹っ飛ばされることはなかったものの、大きく体制を崩す。それを好機とみた佐侠は、さらに畳みかける。


「君がッ」 バンッ! 「泣くまで」 ボガ! 「殴るのを止めないッ!」 グオオッ ドッガァァァン!


一発ずつ、確実に、重くはないが鋭いパンチをもらう六道。さらに、先ほど佐侠につけられた火が、上半身にまで燃え広がっていた。その様子は、もはや完全に戦うそれではない。そして、佐侠のとどめの回し蹴りが放たれた。


ヒュゥゥオ ドグゥ


『…?』鈍い感触だった。回し蹴りがしっかりとガードされていたのだ。だが、佐侠がそれに気づくことは無かった。それよりもはるかに予想外な事態が、彼の目の前で展開されていたからだ。

『六道についていた火が 消 え て い る !?』

その代わりに、彼の体に何か巻きついている跡があり、それも佐侠の混乱を加速させた。

「火は…酸素がなくなれば消える。だから自分のスタンドを押し付けた。布をかぶせて火を消す要領でね。火が熱くないのは見ていてわかっていたから造作もなかったよ。まぁ暑かったけどね…

そして今、君はオレの射程圏内にいる。」

『何をいっt』

六道が弁を終えると、佐侠はたった8文字「何をいってんだ」と思う間もなく、顔面を襲った衝撃に気絶させられていた。
次に目を覚ました六道が目にしたのは、古びた神社の天井だった。辺りは日が落ちて暗くなっており、相変わらず人気のない、この古びた大きな神社は不気味さをいっそう増していた。

佐侠がしばらくボーっとしていると、少し遠くから

「おーい」

という、のんびりとした声がした。振り返ると、六道が缶コーヒーを二本持って歩いてきている。六道は、佐侠が振り返ったことを確認するとそのうちの一本を佐侠に投げてよこし、そのまま隣に座った。

「さ、サンキュー」

受け取った佐侠は、缶コーヒーを開けながら六道の方を見た。その顔は、あまりに爽やかで、佐侠自身もその顔を見てあの一連の出来事を夢と勘違いしかけたほどだ。そんな佐侠に先ほどの出来事を現実だと思い知らせたのは、顔面に残る自身の敗北を表す顔面の痛みと、六道の服に残るこげた跡であった。

「その…火傷とかないか?」
「ん?ああ、大丈夫。」
「そりゃよかった。」

ほっとした表情になる佐侠。以前も述べたが、佐侠にとってあの火はあくまで威嚇である。なので、それによって六道が火傷を負うことは佐侠にとって望ましいことではないのだ。

と、ここで佐侠は六道に違和感を覚えた。

まず、その身長だ。先ほど大学の高台で出会ったときは160cmほどの身長だったのに、今日の彼は170?に見える。もっとも、こちらの身長のほうがいつも見かけている六道であったが。

次に、六道の顔つきである。最初の彼の顔は、目は釣り目できついイメージがあったが、今の彼からはそんな感じはしない。少なくとも、いきなり襲い掛かってくることはなさそうだ。こちらも、今の彼のほうが見慣れた感じである。

だが、そんな違和感もこの状況の前では佐侠の頭の中から吹き飛んでしまった。その状況とは…

「…」
「…」

そう、会話のない状況だ。

『き、気まずいなぁ…』

 と佐侠。考えてみれば、先ほどあんなに激しい戦闘をしているのだから、この状況は当たり前なのだが…

この状況を打ち破ろうと、佐侠は六道に質問し始めた。

「なぁ…」
「ん?」
「質問、いいか?」
「…答えられる範囲なら。」
「んじゃあまず、「スタンド」の話から」
「了解。…っと、そういえば悪かったね。佐侠スタンド使いじゃなかったんでしょ?」
「そうだよ。」
「本当に悪い。」
「…ドンマイ」

苦笑したようにそういう佐侠に、ほっととしたような表情になる六道。そのまま話を続ける。

「スタンド」って言うのは、通常の人間には見えない精神的なエネルギーのことで、その像には色々な形があって、それはスタンドを使うものの精神の形に左右される。例えば、オレのは人型なんだけど、中には動物の形をした奴もいたり、物質に宿っている奴もいる。そして、このスタンドを見たり使用したりできる人たちのことを「スタンド使い」と言うんだ。もちろん、例外もあるんだけどね。」
「成程…面白いねぇ」

すると、六道は石を拾い自分の前に投げ、触れすらもせずに砕いて見せた。

「それもスタンドの力か?」

 と問う佐侠に、六道は微笑むだけであったが、佐侠はそれが肯定のサインであると解釈した。

「じゃあ次の質問」
「なに?」
「あの矢はなに?お前さんやけに大事にしてたみたいだけど」
「あー、あれね。まぁオレが大事にしてるわけじゃないんだけど…」
「?」
「まぁ、いいや。あれはね、スタンド使いを生み出す矢なんだよ。あれに刺されたり、切られたりするとスタンド使いになる。ただし、それは矢に選ばれた人間でないとなれない。」
「それ以外だと?」
「死亡例しかないね。」

 佐侠はそれを聞き、ほっと胸をなでおろした。

「オレはあの矢のおかげでスタンド使いになれてね、それ以来あれをお守りみたいに思って大事に持っていたんだけど、さっきはたまたま落としちゃってね。拾ってもらえて助かったよ。」
「あれ?今お前さん、俺は大事にしてないって言ってなかったか?」
「…」

ここで、佐侠は彼に抱いた違和感の正体に気づいた。それは


いまの六道はさっきの彼と別人である。


ということだ。身長とか、顔つきとかそんな次元ではなく、もっと深いところで彼はさっきの六道とは違う人間である。そう佐侠は感じた。


「じゃあ、最後の質問。」
「……」
「…お前、誰だ?」
「…君も知っているだろ?オレはろくd「違う、少なくともさっき俺に襲い掛かってきた奴とは別人だ。そういえば、俺を気絶させる直前、お前さん急に火を怖がらなくなったよな?それまで散々びくびくしてたのに。そっからだよ、お前さんがまるで別人の様になってたのは。」
「…」
「もう一度聞く、お前は、誰だ?」
「…」

その間はしばらく続いた。だが10分…いや、15分後だろうか。「彼」は観念したように話した。

「観察がうまい人間には、ばれるもんなんだな。わかった、話すよ。


実はオレは…っていうかオレたちは




多重人格者なんだよ。」


多重人格― 一人の人間のうちにまったく異なる複数の人格があり、それらがまったく独立して出現すること(広辞苑)


驚いた


それが、「彼」の話を聞いたとき佐侠に一番に訪れた感情である。いささか陳腐な表現ではあるが、逆にそれ以上に感情を表す表現が見当たらなかったのも事実だ。

佐侠は「24人のビリーミリガン」という本などでその症状自体は知っていたが、実際にそれにかかっている人に会うのは初めてであった。また、六道がそれを言い渋った理由も、それを聞いて大体理解でき、佐侠は申し訳ない気持ちになっていた。

「おいおい、そんな申し訳なさそうな顔をするなよ」

と、六道。それに佐侠は頭を掻きつつ

「いやだってよぉ…今の展開じゃ完全に俺悪者じゃんか…」

と苦笑した。それを聞いた六道は、思わず吹き出してしまった。

彼がこの症状になったのは小学2年の頃。スタンド使いを生み出す矢で手を切って以来ずっとこの生活をしている。それから、彼はこの症状であることを話すたびに(程度に差はあるものの)「哀憫」という感情を向けられていた。



「かわいそうに…」



「大丈夫?」



「きっと治るよ。」



六道にはそれがうんざりだった。はっきりいって、彼らはこの病気によって何か困っている、ということはなく、彼が持っている人格とは(奇跡的にも)かなりうまくいっている。なので、的外れな心配や助言等はうっとおしいだけだったし、それらが重ねられるごとに、自分というものがちゃんと見られていないような気がして不快だった。

それなのに、目の前のこの男は自分への六道からの印象について言及してきた。「かわいそう」でも、「大丈夫?」でもなく。六道は吹き出さずにはいられなかった。

 一方佐侠は、彼が何で吹き出したかわからず、笑っている六道を見ながらきょとんとしていた。

「…何で笑うかなぁ」
「いやぁ悪い悪い。自分の症状の話をそうやって切り返す人間は初めてでさ、おかしくなっちゃってね」
「なんだかなぁ…で、お前さんたちは全員スタンド使いなの?」
「ああ、そうだよ。その影響かはわからないけど、人格交代の時に体格や顔も変わるんだ。」
「それでか…」

佐侠が感じていた違和感の正体が、完全にはっきりした瞬間だった。

「そりゃ、面白いなぁ。あ、あと俺に殴りかかってきた奴の名前、教えてよ。」
「あいつはユタカだよ。第一の人格で、感情が不安定な奴でね、矢を大事にしていたのもあいつなんだ。」
「そうなんだ。ま、でもいきなり俺に襲い掛かったしお相子ってことで、俺からは謝ってやらないけどね。」
「ふふっ…」

自分が原因の発端だということを棚に上げてのその言に笑う六道。

またそこには、多重人格である自分を病人として扱わず、哀憫の感情もなく対等に接する佐侠へのうれしさもあった。そして、こんな佐侠に六道はある希望を得た。それは、とてもささやかな希望。

「…こんなことを言うのはおかしいかもしれないけど…」
「ん?」
「オレと、いや「オレ達」と、友達になってくれないか?」
「ん〜じゃあ、一つ条件。」
「…なんだよ?」
「そう身構えるなよ、簡単なことだ。」

 どんな無理難題かと身構える六道に対して、佐侠は笑いながら言った一言

 「お前さんの「名前」を教えてくれ。名前がわからなきゃ呼びようないし。後の奴らは出てきたときでいいからさ。」

 『ああ、こいつでよかった。だって、いままで他のやつは「オレ」や「オレ達」の名前聞いてくれなかったもんなぁ…』その一言に六道、いや

「…そうだな、その通りだ



「オレ」の名前は




ヤスカズだ」


ヤスカズは、心の底からそう思った。
「…ってのが、自分とスタンド使いの出会いです。」

佐侠がそこまで話し終わると、佐藤はICレコーダーのスイッチを切った。時間にして10分ほどだろうか、佐侠は一息で自分と最初のスタンド使い―六道との出会いについて語っていた。

「お待たせしました〜、ビールとコーラになりま〜す」

話し終わり、スイッチを切るのと同時に飲み物が来た。佐侠は『アルコールなんて飲んで、取材できるのか?』と、ビールに口をつける佐藤に疑問を持ちつつ、コーラを飲んで一息入れた。

「ふぅ〜…生き返るね、やはりビールはいい。」
「あの〜、飲みながら取材なんてできるんですか?」
「車からガソリンを抜いたら走れないだろう?これは私にとってのガソリンなのだよ。」
「はぁ…そんなもんですか。」

あっけらかんと答える佐藤に、佐侠は半ばあきれていた。と同時に、彼にとってここまで、つかみにくい大人と出会うのは初めてであったので、佐藤との会話は楽しくもあった。

「しかし、多重人格のスタンド使いか…それはかなり稀な存在だな。」
「そうなんですか?」
「ああ、私が取材した人間から数えてみても2〜3人いるかどうかといったところだな。で、六道君の「システム」はどうなっているのかね?」

―システム―
system。多重人格の患者個人が持つ全ての人格状態とそれらの関連、それらを取り巻く全ての精神的要素などを1つの体系とみなし、便宜的にこう呼ぶ。人格システムともいう。(ウィキペディア)

「それはですね、基本人格であるユタカを守るように、主人格であるヤスカズやほかの人格たちが状況に応じて交代して生活している。という感じですね。」
「他の人格たち?」
「あれ、さっき言いませんでしたっけ?あいつだけじゃなくてもう何人かいるんです。さっきも言いましたが、そいつらもスタンド使いです。まぁ、どんな奴らで何人いるかはおいおい話しますよ。」
「ふむ…あと、君はなんで六道君のスタンドの容姿を知っているのかね?」
「ああ、それは本人に直接聞きました。他のスタンドに関しても、聞いた範囲であればその姿形はお話しできますよ。」
「成るほど…」

ここで、佐藤は、佐侠に頼もうと思ったことをやめた。それは、彼に他のスタンド使いをこの場に呼んでもらうことである。

佐藤にとって、佐侠に話を聞くこということは、彼が普段聞くことのない非スタンド使いの話が聞けるというメリットと同時に、スタンドの詳細が分からない、というデメリットも抱えていた。しかし、佐侠がそれを話せるならば、デメリットはないも同然である。他のスタンド使いにあまり会いたくない佐藤にとって、もう他のスタンド使いに会う理由はないのだ。

「それで、次は何を話せばいいんですか?」
「では、「あの事件」に至るまでに出会ったスタンド使いの話をしてもらおうかな」
「…「あの事件」の前の話ですか?」
「そうだ。」

佐侠にとって、その発言は意外なものであった。彼は、「あの事件」について聞かれると思っていたからだ。

「あの事件」とは2010年の末ごろ、佐侠が通う大学「オリプラ国際大学」の近辺において、行方不明者が次々と帰還してきた。というもので、その事件には佐侠ほか、六道など他のスタンド使いが絡んでいた。

このことは当時ちょっとした騒ぎになり、オリプラ国際大学内やその周辺ではよく話題になっていた(スタンド使いや佐侠の関わりについては噂になっていなかったが)。とはいえ、おもに地元の小さい新聞社が取り上げていた記事だったため、大した騒ぎにもならず、名前のつけられていないためこの辺りでは「あの事件」と呼ばれている。

佐藤がこの事件について佐侠に取材しに来ていたのをわかっていた佐侠は、次はその事件について聞かれると思ったのである。

だが、佐藤は伊達や酔狂でこれを聞いているわけではない。

佐藤は、佐侠が出会ったスタンド使いが「あの事件」にかかわっているのも知っていたため、それを追っていけばより詳しい記事が書けると思ったのだ。だから彼にとって、佐侠に「あの事件」以前に佐侠が会ったスタンド使いについての話を聞くのは自然な流れといえた。

「わかりました、話しますよ。」
「助かる。」

佐藤は、再びICレコーダーのスイッチを入れた。
第2話 人間道―日常

『五月・第一週』

この日、佐侠と六道―ユタカ―は教室の一角を使って行われた奇術部のマジック公演を見に来ていた。

公演といっても、そこは大学のサークルレベル。人体浮遊や脱出マジックといった大規模なものではなく、おもにテーブルマジックといったものが中心の小規模なものであったが様々な道具を用いて行われるそれは大規模なマジックから得られる驚きと遜色ないものを提供していた。

「今年は当たりだなぁ。」

と佐侠が呟く。彼は大学の、特にこういったサークルの公演や展示が好きで、それらがあれば大体のものを見に行っている。そして去年、この時期に公演を行っていた奇術部を見に行ったのだが、その様子中身はというと、ネタの間に会話がなかったり、ネタを行っている時ももたついたりと余裕のなさが出てしまっていて、佐侠の目にはあまりレベルの高いものには映らなかった。

だが、今年はそれらを感じさせないマジックであった。そうなると、素人の佐侠にいうことはなく、彼は素直に拍手を送っていた。彼の隣にいたユタカなどはマジックの最中、食い入るように見つめていた。その様子に、佐侠は『お前さんは本物の超能力者だろうに…』と思ったのは、ユタカには言えない秘密。

そして、最後のマジックが始まった。

「それでは、1年生にして本日のトリを務めますマジシャン、オリーブの登場です!」

司会者の紹介と同時に、会場に「オリーブの首飾り」が流れる。そして、その二つと拍手に送られて登場したのは、タキシードに身を包み、西洋の扇を持った155cm程の小柄な女性だった。

彼女―オリーブはまず扇を置き、舞台裏から送られてきたトランプでのマジックを行った。その内容は、客に見せたカードを山札の中に入れてきり、念じると客に見せたカードが自然に出てくる。というものだ。
「おおー」という観客の称賛の声のあと、彼女は用意してあった高さ30?、幅20?ほどのシルクハットから次々と鳩と出し始めた。その数はおよそ10羽で、出した後はその鳩を全てシルクハットに戻した。

ここまでのマジックもなかなかのものであるが、佐侠が彼女に驚かされたのはこの後である。

2つのマジックを行ったオリーブは、観客の一人を指名してその人から財布を預かりそれを左手で持ち、その反対の手で持ってきていた扇でそれを隠す。そして、財布を覆う扇を取った瞬間

財 布 が 消 え て い た !

この間、わずか1秒ほどである。このマジックに、佐侠は驚きを隠せなかった。財布が消えるまでの時間もその要因であるが、何よりもタネを考える余地がないほど手際がよかったのが驚きの原因である。

さらに、オリーブが同じことを財布が消えた手で行うと、今度は中のお札だけが手の中に残った。それが小銭、カード類と続いたところで彼女は自分の手の中に財布を戻し、観客に返した。

今度は別の客を指名し、ペットボトルを預かると、先ほどと同じことを行う。すると、今度はラベルだけが消え、中のお茶とペットボトルだけが手の中に残る。さらに彼女がそれを繰り返すと、こんどは

ペ ッ ト ボ ト ル の 中 身 だ け が な く な っ て い る !

そして、オリーブがもう一度扇でペットボトルを覆い、それをとるとペットボトルは元どおりになっていた。それを観客に返すと、彼女は一礼した。

そのマジックの直後、会場からは拍手はなかった。みな驚いて反応できなかったのだ。だが、一人が思い出したように拍手をしたのを皮切りに、全員が拍手をし、最終的にそれは万雷の拍手となって会場を包んだ。それらに見送られ、オリーブは会場(教室)をあとにした。

「いや〜すごかったな、ユタカ」

と、佐侠は興奮を若干もらしながらユタカに話しかけようと振り返ると、なんとそこにユタカはいなかった。

驚いた佐侠はあたりを見渡すと、ユタカはちょうど会場を出ようとしているところだった。それをみた佐侠は、ため息をつきつつ

「めんどくせ〜…」

と呟きながら席を立ち、彼を追った。
「なぁ!え〜と…オリーブ!」

会場を出た佐侠が目にしたのは、オリーブを呼び止めていたユタカの姿だった。それは振られた相手を必死で呼び止めているようで、ユタカには失礼ながら、佐侠にはとても滑稽に見えた。

ちなみに、ユタカがぎこちない様子でオリーブのことを呼んでいるのは、ユタカが人と話すのに慣れてないのと、彼女の本名が分からないためだ。

「…そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ。」

冷たく、慣れたように、オリーブが返す。その反応に、佐侠は「当然だ」と思いつつも、この態度には驚きを隠せなかった。

大学という場所は、先輩、後輩関係があいまいになりがちだ。だから、大抵の人は初対面の人とは敬語で話す。それを彼女は、(ユタカがうっとおしかっただろうとはいえ)かなり乱暴な返しをした。それが、佐侠には驚きであった。

『まぁ…今は取り合ってくれそうにないな』

そう考えた佐侠は、ユタカを止めに入った。

「落ち着けよユタカ、デートに誘うのにそんな乱暴な言い方じゃダメだろ」
「ちげぇよ佐侠、そんなんじゃ…あ、待てよ!」

その間に、オリーブは2人に背を向け、つかつかと廊下を歩いていく。

「あ〜わかった、わかった。色ボケ話なら後で聞くから。とりあえず行くぞ。」
「だからちげぇよ!聞いてくれ、あいつ…スタンド使いだ!」
「何…!?」

佐侠は驚いた。『こんなにスタンド使いっているものなのかよ?』

と、同時に、「スタンド使い」という言葉を聞いたオリーブがこちらを振り返った。

「あんたたち、この首飾りが見えるの?」
「そのキレーな首飾りだろ?見えるぞ。」
「あんたは?」
「俺は見えん。お前さんたちみたいにびっくり人間じゃないからなぁ」

佐侠は冗談めかして、ユタカは無邪気に答える。そのうちの佐侠の言に、オリーブは若干ムスッとしていたが、佐侠はかまわず話をつつけた。

「それで、オリーブはいつスタンドを身につけたのさ?」
「あたしは…マジックの練習中に気づいたのよ」
「気づいた?」
「ええ、生まれつき持っていたみたいなんだけど、気づいたのは小学校くらいね。」
「ほほう…」
「スタンド…だっけ?これに気づいてからしばらく経つけど、こういう能力を持った人間に会うのは初めてだわ…」

『スタンド使いには天然物もいるのか』と思いつつ、佐侠はオリーブのマジックへの情熱に感心し、そのキャリアに驚いていた。

「あたしの両親はそこそこ有名なマジシャンで、小さい頃からあたしをマジックに触れさせていた。まぁ、あたしには両親より才能があったみたいで、めきめき上達していって、小学6年生の頃には両親に追いついていたわ。そのときよ、この首飾りに気づいたのは。」

言葉を切り、首元に視線を落とす。その目はそのときを思ってか、どこか遠くを見ている。

「これは「証」と受け取ったわ、マジックがあたしにくれた証。あたしがより高みへと上るためのね。だからあたしはこれを使ってさらにマジックの高みへ行くわ。世界で活躍するような人たちと同じところまで。そしてトップになってみせる。」

その言葉の端々に、彼女の高いプライドと確固たる決意が見て取れた。そこに流れる空気は凛としていて、佐侠はそこにいるだけで自分も、マジックの高みに行けるのではないかという錯覚まで覚えていた。

が、この空気は佐侠の何気ない一言で崩れた。

「そうか…しかし意外だなぁ、オリーブ彼氏いそうだったのに」

ピシっ!と空気が凍った音がした。どうもそれは、プライドの高い彼女の唯一の汚点だったようだ。佐侠からすれば、オリーブの顔がなかなか良いからただ単に言っただけだったのだが。『余計なことを言ったな俺』と佐侠が考えると同時に

「べ、別にあたしが振られたりしているわけじゃないわよあたしに合う男がいなかっただけなんだから勘違いしないでよね大体今のあたしの恋人はマジックなんだから男なんていらないのよ!」

と、速射砲のような、先ほどの威厳たっぷりの発言とはかけ離れた言葉の数々が出て、佐侠は思わず笑ってしまった。

「そりゃ、余計見苦しいよ…オリーブ。」
「う、うるさい!」


空気はすっかり和み、とりあえず話すことがなくなった三人は、「まぁ一応」といってオリーブとメールアドレスを交換し、この場は別れた。

このとき佐侠は、彼がオリーブと話している間黙っていたユタカのことが気になったが、これにまつわる話はまた今度。

『六月・第三週』

この日、佐侠は自身のサークル『テコンドー同好会』に出ていてかなり遅くまで大学にいた。

「男子は強くあれ」―それが、佐侠が考える理念である。少なくとも、自分の大切な人を守れるくらいに(といっても、自分の理念を他人に強要することはないが)。なので、彼は格闘技を行い己を鍛えているというわけだ。といっても彼は白帯なので、佐侠は早く上達するために少し残って鍛錬をしていた。

そして、それは大学への帰り道にある公園「纏賜公園」で起こった。

佐侠が一人で帰り道を歩き天子公園に差し掛かったとき、公園からなにやら喧騒が聞こえてきた。『何かな?』と思って佐侠がそこを覗いてみると、170cmほどの身長で和装の男が、なにやら不良風の男5人ほどに絡まれていた。

「おめぇユウフクそうだなぁ〜?」
「オリプラ大の生徒?」
「お兄さんたちにカネ貸してくんないかなぁ〜?」

『うわっベタだ』というのが、佐侠の最初の感想である。彼がこんな変な感想を抱いたのも無理はない話で、カツアゲをしている不良はそれぞれ、ベクトルこそは違うものの、皆まるで漫画から出てきたような不良であった。

一人は赤髪の坊主頭、一人はリーゼント、一人は雷カット、一人は金髪のロンゲ、一人は黒髪のツンツン頭。服装はそれぞれ、流行っている(と思われる)服を、各々の頭に似合うようにだらしなく着こなしている。こんな一団を見つけたら、誰だってベタな不良だ、という感想を抱いてしまうだろう。

一方、和装姿の男の方は、この状況に見合わず落ち着いており、周りで騒いでいる不良たちにかまわずその場を立ち去ろうとしていたが、不良たちのうちの雷カットに阻まれていた。

「オニイサンカネ貸してくんないの〜?」
「ならボコっちまうしかないなぁ〜ええ〜おい!」

リーゼントとツンツンがそういうと、待ってました、といわんばかりに不良たちはそれぞれ武器を取り出した。武器もこれまたナイフやバットなど、ベタなものがそろっていた。

武器を出してきたとなると、『ベタだな』よりも『まずいな』というほうが先に出てきた佐侠。そこで彼は和装の男に加勢することにした。

「加勢しますよ」
「…かたじけない。だが大丈夫、きゃつらは某より多いからな。」
「?それはどういう「てめぇ…どーいうつもりだぁ?」

佐侠の疑問は、雷カットの不良にかき消された。増援にほかの不良たちがうろたえている状況下で真っ先に発言をした雷カットを、佐侠はリーダー格とした。

「とりあえず、おれたちを帰してくれない?金はあまり持ってないからさ。」
「ああ?!ふざけんな!」

この、リーダー格の不良の一言で残りの不良も落ち着きを取り戻し、再び殺気立つ。それは、彼らの「なめられてたまっかよぉ!」という意気により先ほどよりさらに強くなったように、佐侠は感じた。

だが、不思議と彼に恐怖はない。それは、この和服の男の迫力が、周りの不良達の殺気を明らかに上回っていたからだ。
そして、その殺気がはじける時が来た。

「あの貧弱そうな助っ人は後回しだぁ!やっちまえ!」

雷カットの不良を筆頭に、次々と和装の男に襲いかかっていく不良たち。

だが当たらない。

和装の男は、2人ひと組で次々と繰り出されるナイフや、バット、喧嘩キックを最小限の動きでよけていく。その華麗な姿に、佐侠は非常事態であることを忘れてしばし見入っていた。

だが喧嘩慣れしている不良たちは、まばらな陣形をとり数の利を生かし和装の男を追い詰めていく。その様子をみて、佐侠はハッとし加勢しようとすると

「心配ご無用」

と一言、制されてしまった。その言葉と同時に、彼は近くに落ちていた木の棒を、落とした傘を拾うように悠然と拾う。その姿に、不良は舐められたような気がしたのか、殺気をさらに膨らませる。

そして、それは起こった。

不良たちが木の棒を持つ和装の男に襲いかかった瞬間、不良たちの様子が明らかに変化したのだ。それは、彼らがとっていた陣形の変化から始まった。

それまでの彼らは、自分たちが動きやすいように、かつ連携が取りやすいように野放図な、「喧嘩陣」とも言える陣形をとっていた。ところが、彼に殴りかかる瞬間、不良たちは先頭の雷カットを中心にV字の整った陣形をとっていた。

さらに奇怪なのは、そこから不良たちが一人ずつ攻撃していったことだ。そのことが彼らにとっていかにイレギュラーであったかは、飛び出した不良以外の驚いた顔が物語っていた。

飛び出したリーゼントはバットを持っていたが、彼はそれを、ホームランを狙う大リーガーのように横に振った。それは、カウンターをするには絶好のすきを作った。

パチィィン!

カウンターがきれいに入る。それは、人を倒そうとするには不十分な音。

だが叩かれたリーゼントは、その一撃で地面に倒れ動かなくなった。どうやら気絶したようだったが、音のウエイトに見合わないその威力に、傍で見ていた佐侠は驚くばかりであった。

「や、やりやがったな!」

そう言って次はツンツン頭がまたもや一人で襲いかかる。彼は素手であったが、テレフォンなパンチで襲いかかったツンツン頭はリーゼントと同じ結末を迎えた。

それが赤髪の坊主、金髪のロンゲと続く。ロン毛を倒したあたりで棒が折れた。

「て、テメェ…よくもオレの舎弟をやりやがったなぁ…」
「さっさと来るがよい」
「テメェーはぁ!」

そう言って襲いかかった雷カットは、先ほどと同じように手に持ったナイフを使った喧嘩殺法で和装に襲いかかった。先ほどの4人よりも明らかに隙のない動き。しかし

「いい加減に…しろ!」

佐侠が横から、テコンドー仕込みの前蹴りを一発、雷カットに入れた。

「おごっ…!」
「終いで候」

その隙に和装が仕掛けた、腹部への打撃が雷カットにきれいに入り、この喧嘩は決着となった。
ドサッっと不良が倒れた数秒後、佐侠はその場にへたり込んでいた。いぶかしげに見つめる和装。そんなことにかまわず、佐侠は声を若干震わせながらつぶやいた。

「あ〜怖かった」
「……あんなに堂々と加勢してきたのにでござるか?」

声をかけられた佐侠ははっとし、いぶかしげに見られていることに気付いた。

「いやいや、震える声と震える足を抑えるのに精一杯で、情けない話ですが。」
「……ふ、ふははははははははは!」
「なんで笑うんですか!?」
「お主は面白い御仁でござるな」
「はぁ……」

和装が佐侠を気に入ったのか、彼に誘われ横たわる5人の不良の屍―気絶しているだけだが―を横目に、佐侠と和装はベンチに座り話を始めた。

「お名前を聞いてもいいですか?俺は中 佐侠と言います。」
「拙者は高橋 景光(たかはし かげみつ)と申す。こう見えてそこのオリプラ国際大学で2年生をやっておる。」
「同じ大学で同級生だ!」
「左様か!?奇妙な偶然もあるものだなぁ。」
「まったくだねぇ…俺は経済学部だけと、高橋君は?」
「景光でよいよ佐侠殿、拙者は文学部に所属しておる。」
「なるほどねぇ…『道理で見なかったわけだ』」

佐侠は印象深い人間は他人・顔見知りにかかわらず覚えている(六道がいい例)。なので『こんなやついたかなぁ』と少し思索したが、オリプラ国際大学は学部ごとに複数の棟に分かれており、その中でも佐侠が所属している経済学部と景光が通う文学部は離れた位置にあるため、佐侠は納得した。

「それで、あの喧嘩ことだけど……」
「おお、あれは非常に助かった、かたじけない。」
「いえいえ……って違うよ!だいたい俺ほとんど何もやってないし。」
「そうであったか?ではなにが気になるのだ?」
「景光が木の棒を持ったときからさ、不良の様子がおかしくなったよね、なんというか……動きが単調になったというか「佐侠お主この鎖帷子が見えるのが!?」
「鎖帷子?見えないけど、やっぱりスタンドか」
「すた…んど?何だそれは……一体?」
「ざっくばらんに言うとそういう能力のことだよ。」
「同じような能力を持つ者が他にもおるのか!?」
「俺の友達とかね。」
「ぜひお会いしたいものだ……」

景光は目を輝かせた。佐侠は彼の戦闘時とのギャップに少々押されぎみになっていたが、それとは関係なく彼の話を聞いているのは面白かったため、もっと突っ込んだ内容を聞いてみることにしてみた。

「それにしても、さっきの景光の体術すごかったねぇ。」
「あれは拙者の実家のものでござるよ」
「実家?」
「拙者の実家は道場やっておってな、そこで少しばかり修練をしておった。」
「すごい家だねぇ」
「といっても養子だがなぁ」
「養子?」
「左様。拙者ともう一人は孤児として施設にいてな、そこからその道場にもらわれていったのだ。そこの道場主、まぁ拙者達の養父は厳しい御仁で、なかなかに激しい稽古を拙者達につけていたのだ。おかげで素人の悪漢なら倒せるくらいにはなった。」
「もう一人って?」
「失礼した。拙者の施設時代からの知己でな、神技ともいわれる腕を持ち、道場を任されるほどに強き男よ。あれを超えるのが今の拙者の目標なのだ。さらに拙者と同じような能力を持っておるのでなかなかに手ごわい。名を松平 長船(まつだいら おさふね)というのだ。」
「「長船」と「景光」。どっちも同じ刀の名前だねぇ」
「よくわかったな!その通り。養父が「貴様らはまるで兄弟のようだな」といってもらわれていくときに拙者達につけてくれた名なのだ。」
「ふーん…いろいろ大変だねぇ」
「……拙者の境遇を8文字に納められたのは初めての経験でござる。」
「同情する余地がなくてね、あまりにも景光がすがすがしいもんで。」
「それもそうだなぁ」


そう言って、景光は笑った。夜のどんよりとした空にふさわしくない、気持ちのいい笑い方だった。

その後、佐侠は景光とアドレスを交換しようとしたが

「拙者、そのような物は持ち合わせておらぬ、その代り、拙者の伝書鷹の呼び方を伝授しよう。」

と、わけのわからない事を言われ、『めんどくせ〜!』と思いつつも佐侠はそれを(一応)マスターし、両者は帰り道についた。
ところ変わって居酒屋

「あの〜佐藤さん……」
「どうした?」
「スタンド使いとは関係無いんですけど、こんな奴がいまして」

第2.5話

グリズリーとカジキマグロの大学構内における生態観察日誌

その1:http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1511120740&owner_id=19616991

その2:http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1513574530&owner_id=19616991&org_id=1514344001

「時期的には景光にあったくらいなので、話すタイミングとしてはちょうどいいかなと」
「……変なやつもいるものだ『気が向いたら取材でもしてみるかな』。ん、メモ用紙が」

―はるやさんに掲載許可をいただいたので掲載しました。軽〜い気持ちで読んでください。あと、リンク張れてなかったら私の日記に飛んでください。姜子牙―

「……何だこれは?」
「…さぁ?」
『七月・第一週』

この日は、ヤスカズと一緒にテスト前の勉強をしていた。もっともヤスカズによると

「「六道」の中には勉強がめちゃくちゃ強い奴がいて、テストはそいつに任せている」

そうなのだが、ヤスカズは自らの『勉強したい』という意思を持って、勉強をするため佐侠に付き合っていた。そして夕方、勉強を終えヤスカズと2人で大学を出ようと入り口に差し掛かると、何人かの学生が血相をかえ、あわてた様子で2人とすれ違い、大学から出て行っていた。その様子があまりにも必死であったため、佐侠はそのうちの一人を捕まえて事情を問いただしてみた。

「あの〜」
「ひぃ!な、なんですか!?」
「なんかあったんですか?」
「第一広場で…ミリ研が…ひぃぃぃ!」
「あ、ちょっと!」

要領を得ない説明をして去ってしまった。こう、中途半端に説明されると気になってしまうのが人の性である。

「なぁヤスカズ、この後暇か?」
「え?まぁ暇だけど……」
「ならちょっと広場に行ってみないか?」
「……よそ様のいざこざに手を出さないほうがいいと思うけど」
「まあまあ、見学だけだからさ」
「しょうがないな…」
「話が分かるね!」

佐侠はヤスカズを伴って第一広場に行ってみることにした。

第一広場―オリプラ国際大学には2つの広場があり、そのうちの第二広場は10年位前にできたもので、まあまあ広くテニスコート2面分くらいはあり、夕方や夜といった人の少ない時間帯でさえもある程度の人が集まっている。もう一つの広場である第一広場はかなり古い広場で、第二広場の半分くらいしかない。こちらは運動場が使えないサークルが申し訳程度に使うくらいで、人通りはさほど多くない。

佐侠の記憶によれば、騒ぎののもとになっていると思われるミリタリー研究会―通称ミリ研―は弱小サークルで、部員は10人弱ほどしかいないはずであったが、実際逃げている人数は明らかにそれよりも多かった。そのことから、佐侠は彼(ら?)が騒ぎをミリ研とは無関係な人たちまで巻き込んでいると予想し、先を急いだ。

「何だこりゃ……」

第一広場についた二人を待っていたのは、倒れている何人かの学生であった。彼らに近づいてみると、「痛い……」「足がぁぁぁぁ」と、おもに痛みに関する声が多かったが、彼らに目立った外傷などはなかった。それを見た佐侠は、彼らは筋肉痛などといった内部の痛みで苦しんでいると判断した。

そして、彼らの先にある風景を見ると、190?ほどの身長に屈強な体をもち、いかつい顔をした黒い軍服を着た男が立っていた。

「貴様等!」

ビクッ!と二人は反応した。この戦場(とあえて表記する)で現在二本の足で立っているのは自分たち以外にはおらず、その呼び方から明らかに自分たちにとって良いことではなさそうだったからだ。

「な、何でしょうか…?」
「新しい入隊志願者か?」
「違いま「はい!そうであります!」」
「佐侠!?」
「(合わせとけよ…じゃないと痛い目見るぞ多分……)」
「(合わせたらもっとめんどくさいことになりそうだけど)」

それは佐侠にも、屍累々のこの状況を見てわかっていた。しかし、それよりも佐侠は逃げて行った人たちのことが気になっていた。

『筋トレだけであんなに人々が逃げ惑うはずがない……それ以外の「何か」のせいであんなことになっているはずだ。例えば…』

「おお!ようこそわが小隊へ!貴様等のもやしのような貧弱な体を戦争で大活躍できるくらいに鍛えてやろう!」
「はい!」
「……」

ヤスカズの、自分に向けられた鋭い視線を受けながら、佐侠は「めんどくせ〜」と誰にも聞こえない声で呟いた。
「貴様等、自己紹介をしろ!」
「私は!中 佐侠と申します!」
「私はヤスカズと申します」
「貴様等などうじ虫で十分だ!」
『じゃあなんで自己紹介させたんだよ……』

佐侠は心の中で、ため息をつきながらツッコミを入れた。

「教官!質問があります!」
「言ってみろ!」
「教官のお名前は何と言うのでしょうか!?」
「良い質問だ。私の名前は蠎 硬造(おろち こうぞう)と言う。これから貴様等の上官になるものの名前だ、覚えておけ!」
「「Aye, aye, sir!」」
「良い返事だ…ではまずは腕立て100回」

そこまで聞いて佐侠は『ぎりぎりなんとかなるぞ……』とほっとしたが

「を5セットだ、覚悟しておけ!」

と聞かされた瞬間、心が折れていた。

「では開始だ!」

蠎の合図をスタートに腕立て大会は始まった。佐侠は自身の予想通り、1セット目でダウンし

「軟弱ものが!関係ない続けろ!」

という蠎の追い立てにより続けたが、結局2セット目が終わったところで限界を迎え、腕の筋肉だけは最初のほうに見た屍と同じ様になってしまっていた。

一方、ヤスカズはというと、スタンドに腕立て伏せをさせてしのいでいて、佐侠にもそれは確認できた。というのも、ヤスカズの手と地面の間が僅かに開いていたからだ。佐侠は正直『ズリィな……』と思っていたが、巻き込んでしまった手前言わずに無視していた。

こうして、2人とも無事(?)腕立てを終えたかに見えたが、その考えは突如としてヤスカズに向けられた、蠎が持つハンドガンの銃口によってかき消されていた。
「……モデルガン、ですよね?」

それに答えるように、蠎は引き金を引いた。

「ダァーン…」まずは銃声―音―が、それが本物であることを知らせる。次に硝煙の香りが、その本物であるという感覚にリアリティを持たせる。そしてヤスカズの頬にできた赤い筋―視覚―がリアリティを本物であるという確信に変えた。

「「……うおぉぉぉぉぉ!」」

2人は同時に蠎から遠ざかるように飛びのいた。現実に帰ってきた2人の顔は汗でびっしょりである。

「……ふん、反応はいいみたいだな。その反応の良さに免じて先の人型を使った行動は許してやろう。」
「教官はスタンドが見えているのですか!?」
「ああ、貴様の連れが行っていたせこい腕立てとともにな。」

蠎が不気味に笑う。それに恐怖を覚える佐侠。ヤスカズもその顔は警戒一色で、体勢はすぐにでも飛び立てるように身構えていた。

「貴様等、戦うなら密林、研究所どちらがいい?選べ」
「「!!??」」
「選ばんのなら私が選んでやろう。」
「…なら研究所で。」
「研究所か…いいだろう。これよりVR訓練を開始する!」

蠎が高らかに言うと、3人は黒い空間に包まれその場から姿を消した。


次に佐侠が目をあけると、そこは見たこともない建物が並んでいる空間だった。それの窓をのぞいてみると、試験管やビーカー、データ表といった、文型の佐侠にはあまりなじみのないものばかりであり、彼はここが『研究所』であることを理解した。

隣のヤスカズもそれに気付いたようで驚いたような顔をしていた。それが『ここまでのスタンドというのは珍しいのだろう』と佐侠に思わせた。

ザザーッと佐侠の頭にノイズが鳴る。「通信状態は良好か?」続いて響く蠎の声に驚かされる佐侠。

「ではこの空間でのルールを説明する!この研究所には数々の武器が散りばめられていて自由に使っていい。この条件はお互い対等だ。そして貴様等はその武器を使って1度でも私を殺せたら勝ちだ!だが貴様らが私に3回ずつ殺された場合、それは貴様等の負けとなる!なに、心配することはない。殺すといってもこれは訓練、痛みを伴うだけで死にはしない。貴様らが研究所入ったら訓練開始とする。では、健闘を祈る!」

ザザーッというノイズのあと、その一方的な通信(?)は切られた。

「……とりあえず中に入るか、ヤスカズ?」
「…だな」

そういうと、2人は研究所に入って行った。
「よう…そ…オ…ター社へ……」

中に入った佐侠たちが目にしたのは、もはや廃墟と言っても過言ではないほどに荒れ果てた内部であった。先ほどみたような、研究で使うような機材がなければどのような施設かわからなかったほどだ。

『生態危機(バイオハザード)でもあったのかな?』

佐侠はこの惨状をそう捕らえた。それはなんとなくではあったが、床に散っている血の跡が佐侠にそれを確信させた。

しばらく進んでいくと、佐侠は銃を見つけた。それはあまりにも無造作に置いてあったため佐侠は一瞬罠かと思ったが、何事もなくとることが出来た。その銃のマガジンをはずすと、中には針が詰まっていて佐侠はそれが麻酔銃であるとわかった。

そのとき

チュンッ!と床を銃弾が打った。『敵だ!』瞬時にそう判断し身構える佐侠。

「どうした!?」

別の場所にいたヤスカズが合流する。その手にはいくつかの黒い球状のものと円筒型のものを持っていた。

「敵…というか蠎教官だ。」
「早いな、もう遭遇したのか……武器は見つけたか?」
「ああ、麻酔銃だがな。」

苦笑交じりに佐侠は先ほど拾った銃を見せる。ヤスカズは目頭を押さえた。

チュンッ!2回目の発砲にすぐに移動する2人。

「仕方ない、オレの武器で何とかしよう。」
「それは?」
「手榴弾…かな?」

そういってヤスカズは手のひらを広げる。中を見ると、ピンの付いた黒い球体であることから、佐侠にもそれが手榴弾であると連想させた。

すると、急に手榴弾が空中に浮いた。佐侠は一瞬ギョッとしたが、すぐにヤスカズがスタンドで持ち上げたのだとわかった。

「やれ…メイガス!」

己のスタンドの名前を叫び、手榴弾を投げたヤスカズ。その手榴弾は空中で5つに増え、蠎がいるであろう位置に落ちた。

そう、これこそがヤスカズのスタンド「メイガス」の能力。その姿は、緑を貴重とした色で、上半身は人型、下半身は竜の尾のようなビジョンをしていた。

メイガス
破壊力:D
スピード:B
射程距離:B
持続力:C
精密動作性:B
成長性:D
能力:触れた物質を増やす。質量によって一度に増やせる量が変わる。生物を増やすことは出来ない。

轟ッ!手榴弾5つ分の爆発に、2人は思わず身を屈めた。素人の彼らには爆発の規模などわかる筈もなく、想定外のそれに完全に動きを止められていた。とはいえ、これほどの爆発、2人は勝利を確信していた。

銃声が鳴るまでは。

ダァーン!銃声と同時に弾丸がヤスカズの胸を貫く。胸に穴を開けた彼は前のめりに倒れた。パニックの中、佐侠がヤスカズの前にいる人物を見ると、そこには蠎が、佐侠に銃口を向けて立っていた。
彼の意識は、そこで途切れた。


「…ッはぁ!」

次に佐侠が目を覚ますと、そこは入り口であった。撃たれる直前の痛みを伴った記憶が尾を引き、その目覚めは浅い呼吸とともに最悪のものとなった。それを何とか止めたのは、撃たれる直前の武器がそのまま手元に残っているという事実であった。

隣のヤスカズも同じように起き上がったのか、真っ青な顔に浅い息である。

2人は息を整えると、すぐさま中に入って行く。次に入ると武器の配置場所が変わっているのか、先ほどまでには武器が落ちていなかった入り口付近にナイフとハンドガンのセットが落ちていた。

それを拾った瞬間、佐侠の左足が打ち抜かれた。それも上空から。

打ち抜かれた方向を見ると、そこには長い銃口を持つ銃を構えた、蠎の姿があった。

「どうしたんださきy……」

何も知らずに近づいてきたヤスカズは無残に頭を打ちぬかれた。突然どさっと倒れこむヤスカズに驚いていると、佐侠の体にも穴をあけられていた。そのまま、佐侠はまたもや意識を失った。
「「……ッはぁッ!」」

先ほどのように、2人は最悪な気分で起きた。2度も殺されたのだからそれは当然といえるだろう。

そんな2人の前に掲示板が浮かんでいた。どうやらルール説明のようだ。佐侠は『出すのが遅せーよ……』と、それを見て思った・

内容は
・これは蠎がスタンド「スネークイーター」で作り出した特別空間である。経過時間は現実世界の100倍ほどの時間である。人体に影響はない。
・武器が各所に配置されている。その武器で相手を殺さないと勝利とはならない。殺害回数は蠎とその対戦相手の身体能力の差に比例する。殺害された場合、持っていた武器は殺害後も持ち越される。
・体力は動物を捕食したり、落ちている軍用食品(レーション)を食べれば回復する。怪我は落ちている応急手当の道具を使えば直る。
・蠎の位置と武器は対戦相手を全滅させるたびにランダムで変化する。蠎の武器はその初期装備のままで変化しない。

の4つである。これをみて佐侠は、先ほどいきなり狙撃された原因がわかった。

ここで2人の頭の中に突然ノイズが走る。

ザザッ…「情けないな貴様等!後1回で私の勝ちだぞ、そうしたら私の言うことを聞いてもらうからな!」
「……教官?そんな話は聞いておりませんが…」
「言ってなかったか?まぁそういうことだ!では健闘を祈る!」
「ちょっ…!」ザザーッ、ブッ…

「「……」」

2人に言葉はなかった。しかし佐侠は、ヤスカズの「やっぱりめんどくさいことになっただろ」という視線を痛々しく感じていた。

「うるせ〜なぁ、勝ちゃいいんだよ勝ちゃ!」
「まったく…」
「いいから戦略立てるぞ!俺はこれを見つけたけど、お前さんは?」
「これだけど」
「ふむ、なら……」


作戦を確認し、中を進んでいく2人。するといきなりチュンッ!と銃弾が床をうった。

「ヤスカズ、やるぞ!」
「オッケー!」

そういうと、佐侠は先ほど銃弾が飛んできた方向に向かって走る。その手にはピンが付いた円筒形の物体が幾つかあり、それらのピンは紐でつながっていた。佐侠はそれを、紐を持った状態で投げる。するとそれらについていたピンがまとめてはずれ、中から煙が出てきた。

そう、ヤスカズが拾っていたのは煙幕手榴弾、スモークグレネードであった。それの効果でそのあたりに煙が充満し、両者の視界を奪う。

と、そのとき

ドンッ!と佐侠が突き飛ばされる。敵方のほうが先に佐侠を見つけたのだろう。煙を切り裂き、蠎の顔が佐侠の視界に入った。

蠎の厳つい顔がいきなり来たことにびびり、一瞬反応が遅れた佐侠はそのまま押し倒された。

背中に床が当たった衝撃で、蠎の行動が少し遅くなった隙をつき、佐侠は先ほど拾ったハンドガンで蠎の太ももを打ち抜く。

ダァーン!と、サイレンサーも付いていない銃は派手な発砲音を響かせ蠎の太ももを打ち抜く。

蠎はそれをもろともせずに佐侠から武器を奪い、佐侠を無力化した。そして奪ったハンドガンの銃口を、佐侠に突きつける。

「貴様はここでリタイアだな。地獄の訓練を相棒とともに味あわせてやるから覚悟しろ!」
「教官、雨天注意ですよ。」
「なにを……」

そう言われ蠎が頭上を見上げると、1つの手榴弾が宙を舞っていた。常人なら慌てるであろうその光景にも、蠎は佐侠から奪い取った麻酔銃をかまえ、淡々と対処しようとしていた。

手榴弾が増えるまでは。

蠎が手榴弾を麻酔銃で弾こうとした瞬間、手榴弾が10個に増えたのだ。これには蠎もギョッとした顔を見せ、体を硬直させていた。

その隙を突き、佐侠は蠎の体を蹴飛ばしながらその場を離脱した。蠎は先ほど撃たれた太ももの影響もあり、大きく体制を崩す。そして

轟ッ!!!!!!!!!!先ほどよりもはるかに大きな音を響かせ、蠎が先ほどまでいた位置に手榴弾が着弾した。離脱した佐侠の足元に転がったハンドガンが佐侠に勝利を確信させた。

しかし、腹部に襲った衝撃が佐侠からその考えを奪う。佐侠は衝撃のあった部分を手でかばいながら足もとのハンドガンを拾い、衝撃を与えられたと思われるほうへハンドガンを構えた。

かばった部分の手を見ると、佐侠の血液がべっとりと付いていた。それをみて、自分の体力がそう長く持たないことを感じる佐侠。

そして、構えた先には満身創痍ながらしっかりと立っている蠎の姿があった。
蠎の裂けた服から覗く裂傷や火傷は、素人の佐侠から見れば明らかに動けないような怪我であった。

だが、彼の目の前で繰り広げられている光景はそれを軽々と裏切っている。蠎は2本の足でしっかりと立っていた。爆発の轟音を聞き、この場に駆けつけたヤスカズも、蠎のその様子に驚きを隠せていなかった。

「なかなかやるではないか…これから、この極限の状態で行われる、貴様等との戦闘が楽しみだ…!」
「いいえ教官、この戦闘はこの一発で終わりです。」
「素人の貴様では、標準をつけられまい…私は一発の銃弾では、戦闘不能にならんぞ。むしろその隙に、貴様を返り討ちにしてくれよう…!」
「……いきますよ。」

後ろにいるヤスカズの方へ、ちらと目線を送る佐侠。それにヤスカズが頷いたことを確認すると、佐侠は引き金を引いた。

ダァーンッ!派手な発砲音を響かせ、銃口から弾丸が出てくる瞬間

弾丸が20個に増え蠎に向かっていった。それは通路いっぱいに広がり、蠎から逃げ場を奪った。

「うぐっ……!」

蠎の低いうめき声とともに、増えた銃弾は全て彼に着弾した。そのまま床に突っ伏す蠎。

それと同時に景色がゆがみ、暗くなっていく。佐侠がその世界で見た光景は、それが最後であった。



次に佐侠が見たのは、「VR訓練」を行う前に佐侠たちがいた、第1広場の景色であった。空は暗くなっておらず、まだ赤みを保っている。その時間が経過していないというに、佐侠は改めて驚きを禁じえなかった。

ふとあたりを見回すと無傷でケロッとしているヤスカズと、ショックを隠せない様子の蠎の姿があった。

「負けた…この私が素人に……」
「俺達の勝ちですね、教官。」
「認めん!みとm「いい加減にしてください、蠎先輩。」

ヤスカズの重い一言に、2人は押し黙る。

「まだ続けるつもりなんですか?そもそも関係ない人を巻き込むのはどうかと思いますが」
「う、うむぅ……」
「佐侠もあおるなよ。もう疲れた。」
「悪りぃ…」
「いいですか蠎先輩。人が嫌がっていることを無理矢理やらせるのは良くないです。やめましょう。」
「そんな幼稚園児でもわかるようなことはわかっているわ!」
「ならしないでください。」
「ぐ…」

『ここまでぴしゃりと言ってのけるキャラだったっけこいつ?』と佐侠は心中ひそかに思いつつも、その清々しいほどのヤスカズの言い方に彼は胸のすく思いでいた。

「佐侠も人をこういうことに巻き込むなよ…頼むからさ。」
「ご、ごめん。」

矛先が自分に向くまでは。こうして、2人は30分ほどヤスカズに叱られているのであった。


ヤスカズが喋り終わるころ、暗くなる空の下で奇妙な連帯感を持った佐侠と蠎。そのことから蠎の連絡先を佐侠は聞いたのだが

「私は無線機しか持っておらん!」

というどこかで聞いたような文句にげっそりとしながらも、とりあえず彼が持っている無線の周波数を手帳にメモし、その場は別れた。

翌日、ヤスカズと一緒に大学に行き、2人は変わらぬ日常を過ごしていた。

酷い筋肉痛を除いては。


To be continued……

第3話 人間道―パニック

9月も中旬。夏休みが終わり、新学期が始まったころ。オリプラ国際大学では、さまざまな団体が舞台を行う「奏劇祭」という、文化祭とも違う祭りが行われていた。

これは、20年ほど前の大学総長が「夏休みの間に学生が時間を持て余すことを防ぐために、夏休み終了後に発表の場を設ける」と宣言したことから始まっていた。以来、この祭りでは多くのサークル・部活が舞台発表を行ってきている。

その中で今回、あの弱小サークルである奇術部がこの大きな舞台に参加することになった。これはこのサークルにとってかなりの進歩である。というのも、「奏劇祭」は大学から直々に招待状が届いたサークルだけが参加できる舞台だからだ。観客数も先の小さな教室の50人程度の収容人数ではなく、200人は入る大ホールでの舞台となる。

そして何より、『この舞台に参加していることイコールそのサークルは高い質を持つ』という看板が手に入ることが何よりも大きいだろう。

そして佐侠は、ユタカを連れてこの舞台を見に来ていた。


「〜〜♪〜〜〜♫〜♬〜〜〜♩!」

軽音部が音をかき鳴らす。かき鳴らすとはいってもそれは雑音のような、整然とされていない不快感を伴うような音の集まりではなく、意味がある1つ1つの音が、耳に、脳に心地よさと高揚感を与える綺麗な音の連鎖である。その音を聞いた観客は、その素晴らしい音に自然とテンションを上がっていく。

軽音部は学内でも屈指の腕を持っており、学外のさまざまなコンクール大会などで優秀な成績を取っているサークルである。特に今年は、途中加入した新人で、佐侠の友人でもある万波 奏(まんなみ かなで)という男性ヴォーカリストによって、より質の高いものとなっていた。

「〜♪……見に来てくれたみんな、サンキュー!!」

歌が終わり、一際高い歓声が上がる。今回も質の良い演奏であったことへの正当な評価である。黄色い声が混じっていたのは、万波のルックスが良い所為か。などと、佐侠は一瞬だけ無粋に考えたりもしたが。

「良い演奏だったな、佐侠!」
「そうだなぁ。」
「次は奇術部かぁ…すごく楽しみだな佐侠!」
「…まぁ、ねぇ。」
「どうしたんだ……?歯切れが悪いけど。」
「いや、なんとなく。」

そんな佐侠の回答に、疑問の顔を崩さずユタカは舞台の方へと向いた。佐侠は奇術部の面々が心配だったのだ。

『弱小で舞台経験が浅いのにこんな大舞台で、なおかつ軽音部の後とは……大丈夫か奇術部?』

と。しかし

「それでは、今年から奇術部に入ったにも関わらず、瞬く間にエースとなったマジシャン、オリーブの登場です!」

以前の彼女の紹介よりも大袈裟なものと歓声を伴い、オリーブを中心として入場してきた奇術部の面々をみて、『無粋な心配だったか』と苦笑した。

「今回は、今まで奇術部が挑戦したことのない、大きな装置を使ってマジックを行うようです、皆様お楽しみに!」

おお〜!歓声が舞台を支配する。すると舞台裏から2つの箱が用意されてきた。

「何だありゃ?」
「静かに見てろよユタカ…俺に分かるわけがないだろ。」

佐侠がツッコミを入れる。とはいえ舞台に集中しているためか、それはかなりおざなりなものであった。

箱は舞台の両端に設置されており、そのうちの左側にオリーブが入っていく。

それと同時に、今度は舞台裏から複数本の剣とりんごが運ばれてきた。その2つを奇術部の人間が手に取る。そして彼は、剣で器用にリンゴを切り落としていく。

おお〜!2回目の歓声だ。その中には「何に使うんだろう?」「まさか…」といったさまざまな種類の声が混じっていた。それらの声にこたえるように、運びこまれたすべての剣を持って、先ほど試し切りをした奇術部員がオリーブが入っている箱の前に立つ。

緊張の一瞬。皆が示し合わせたように押し黙り、その緊張はさらに増していく。


そのとき。急に入り口のドアが開いた。
そこには、一人の人間が立っていた。

『男だ…』佐侠はそう思った。佐侠の位置から入り口は遠く、顔を確認することは出来なかったが、そいつの体の輪郭から佐侠はそう感じた。

「発表中の立ち入りは禁止されておりますので…」

係員の一人が警告に入る。奏劇祭は、発表者の集中力保持のため、途中入場を禁止していたのだ。

しかし

警告した係員は突然吹っ飛んだ。その様子に、静かだった会場はさらに別の静けさに包まれる。

「何をやっているのですか!?」
「やめてください!」

そのように警告し、止めに入った数人の係員は皆、そいつに触れる前に吹っ飛ばされた。

「あんた、やりすぎd」

そういって止めに入った、一般客も例外なく吹っ飛ばされた。

「「「「「「………うわぁー!」」」」」」

ここまできて状況を把握したのか、声を上げて逃げ惑う観客。その人の波を殴り飛ばして開きながら、そいつは進んでいく。佐侠は立ち上がり、逃げる人たちとは逆の方向―暴動の中心―をキッと見つめた。

「ユタカ!…おいユタカ!あいつひょっとして…」
「ああ、スタンド使いだ!あいつ…スタンドをあんな風に使ってやがる、許せねぇ!」
「いくぞユタカ、あいつを止めに。」
「おう!行くぜ…スケェェェェェェィス!」

そういうと、佐侠とスケィスはそいつの前に走っていく。まず、スケィスが彼のスタンドを押さえ込んだ。佐侠は、彼の動きが止まったことでそれを確認すると、彼の前に飛び出す。

「…ああん?何だテメー。」
「お前さん、名前は?」
「俺様の名前は綾小路 渚来(あやのこうじ じゃっく)、経済学部でトップの実力を持つ男だ。」
「ふーん、その割には話を聞いたことがないけどねぇ。」
「本気を出してないだけだ!」
「ああそう…。」
「早くこの拘束を解けよ…そうすれば、半殺しで許してやんよ。」
「なら駄目だな、お前みたいなイタいやつに1発でもやられるなんて御免だ。」
「じゃあ…別のやつに殴ってもらうとするかぁ!」

綾小路がそう叫んだ瞬間、先ほど殴られた人たちのうちの2人が佐侠に襲い掛かった。

「ギガントマグナムパンチ!」
「スーパーソニックキック!」

ただのパンチとキックである。だが、違う方向から攻められたことにより、佐侠は、キックは避けたもののパンチを浴びてしまった。

ボグゥ!頭の中で鈍い音が響き、痛みで佐侠は顔をしかめる。

「佐侠!」

佐侠が殴られた姿に気をとられたのか、ユタカの、綾小路への拘束が緩んだ。

「抜けたぜ!」

綾小路は拘束を抜けると、佐侠に足払いをかける。殴られて体制を崩していた佐侠はそれをまともに貰い、ホール独特の高い天井と照明を見ながら、グレーのカーペットが敷かれた地面に倒れた。その勢いのまま、綾小路は佐侠にマウントポジションを取った。

「あのとき離してたら半殺しですんだのにな…くたばれ!」
「くたばるのはお前だよ!」

突然、綾小路が佐侠から見て横に吹き飛んだ。『スケィスか!』佐侠はユタカに感謝しつつ、綾小路から距離をとる。

「吹っ飛んでるところ悪いんだが、質問だ。どうしてこんなことをする?」
「…リベンジだよ。」
「リベンジ?」
「俺はそいつのせいでこの大学にしばらく来れなくなったんでなぁ…人が集まっているこの場になら来てると思ってよぉ。だが、ここには居なさそうだな。」
「そいつの名前は?」
「知るか、いきなりやられたんでな!とりあえずここには居なかったようだな……」
「逃がすと思ってんのか?チンピラ!」
「お前も生意気だなぁ…この俺様と同じように、スタンドを使ってるのも気にくわねぇ。」
「だったらどうする?」
「ぶちのめす!…だが俺はそいつを探すよ。お前らは俺の配下に任せてな。」

そういうと、綾小路は入った場所から出て行った。

「待ちやがれ!…なっ!」

吼えたユタカの行く手をさえぎったのは、先ほど綾小路に殴られた人たちであった。

「めんどくせぇことになりそうだな…」

その様子に、佐侠はポツリと、つぶやいた。
「通してくれないかな、お前さん方も殴られて、あいつにはむかついてるだろ?」

少々おどけながら、佐侠は行く手を阻む人たちに声をかける。だが

「「「「帝王のお言葉を裏切るわけにはいかない!」」」」
と、明後日の方向を向いた、一糸乱れぬ発言に佐侠はあきれしまった。『強行突破か…』佐侠はそう考える。相手は4人。邪魔する気満々のこの人数を、何事もなく通り過ぎるのはおそらく不可能だろう。佐侠はそう判断した。

「ユタカ、頼む。」
「おう!行け、スケィス!」

ユタカがそう叫ぶと、邪魔をしていた4人の内の、左端の一人が腹から体を折るように崩れ落ちた。それを見て、残りの3人が驚いている間に、佐侠は右端の一人の顔面に飛び横蹴りを入れた。この蹴りでそいつは崩れ落ち、残りの邪魔者は2人となった。

『この中にスタンド使いは居ないようだ。』ユタカの「スケィス」にまるで反応できていないその様子に、佐侠は短くそう考える。

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

ユタカの叫びが響き、残りの2人が同じタイミングで同じように―後頭部が地面をしたたかに打つように―地面に突っ伏す。ゴツン!という音とともに倒れたその様子に、佐侠は少しだけ心配になったりしたが。

「見たか佐侠?スケィスのダブルラリアット!」
「俺はスタンド使いじゃないんだけど。」
「ちきしょう!オリーブの邪魔しやがって!」
「確かにそれも許せないけどね。」
「何だよ佐侠、やけに冷静だな!?」
「んーまぁね……」

『そんなこともないけどね。』心中で佐侠はつぶやく。佐侠とて、はらわたが煮えくり返っているのを必死で抑えているのだ。多くのことを考えるために。


『あいつのスタンドのパワーは高いようだ…射程距離はあまりなさそうだな。能力は人を操ることか?いや、早計か……』

そこまで考えたところで、舞台袖に引っ込んでいたオリーブが2人に近づいてきた。

「なんなのあいつ、許せない!」
「オリーブ!?」
「何しにきたんだよオリーブ…。」
「あいつぶっ飛ばすんでしょ?手伝うわよ!」
「あぶねぇよ!引っ込んでろ!」
「ユタカの言うとおり。引っ込んでろとは言わないけど、大怪我は覚悟しないとだよ?」
「こっちはね、準備してた舞台を台無しにされた段階で大怪我してるようなもんなのよ、いまさら怖くないわ!」
「…仕方ないなぁ。」
「佐侠!?」
「その代わり、俺らで守るよ。怪我しないように。」
「当たり前でしょ!」
「はぁ…。」

少し重めのため息をつく佐侠。ユタカは今まで佐侠が聴いたことのないような不安そうな声で「大丈夫か?」としきりにオリーブに聞いており、オリーブがそう聞かれるたびに「ならあんたが守りなさいよ!」と返すというやり取りを、2人は繰り返していた。傍目から見ればそれは滑稽でしかないのだが、今から戦闘をしようとしている佐侠にとっては心配の種でしかなかった。それを見て佐侠はさらに重いため息をつく。

「……そういえば、本名を言ってなかったわね。私の名前は織部 愛(おりべ まなみ)よ、よろしく。」
「よろしく。」
「まなみってのか…いい名前だな!」
「そ、そう…?」
「ああ、すごくいいぜ!」
「ま、まぁ、感謝だけはしといてあげるわ!」
「おう!…で、どうすんだ佐侠?」
「ん、ああ…とりあえず人が大勢いるところを探そう。そこにきっとやつもいる。」
「じゃあとっとと行こうぜ!」「そうよ、もたもたしてられないわ!」
「『原因はお前らだよ…』じゃあ行きますか。」

そうして、3人は大ホールを抜けた。


大ホールの前には、佐侠が所属している経済学部の学部棟がある。普段はここも生徒で賑わっているが、今日はそれよりもずっと静かであった。奏劇祭は日曜日に行われており、オリプラ国際大学では日曜日に授業がない。なので、この静けさは何事もなかった証拠であり、佐侠は安心していた。

「ここにはいねぇみたいだな。」
「ねぇ…第2広場のほうが騒がしくない?」
「あいつがいるのかもしれねえぜ佐侠!」
「だな…行ってみるか。と、そのまえに」


ピィー!ピューイ!ヒューイ!


佐侠が独特のリズムで指笛を鳴らす。と、空から一匹の鷹が舞い降りてきた。

「本当にすぐ来るんだなぁ…」
「なによ、それ?」
「ん〜…助っ人かな?」

そう言いつつ、佐侠は鷹の足に紙を括り付け、鷹を放す。

「頼んだぞー。」

鷹が飛び去ったのを見て、佐侠は広場の方に向く

「んじゃ、向かいますか!」
「おう!」「ええ!」

3人は、第2広場へ走っていった。
第2広場に到着した3人を待っていたのは、先ほどと同じような静寂であった。ただし、そこに待っていたのは…
「マジかよ…」

佐侠がつぶやく。そこには、リーゼントにパンクロックの演奏者のような格好をした綾小路と、彼のスタンドによって操られている20人強の「兵隊」がいたのだ。その様子に、先ほどまで鼻息が荒かった2人は押し黙ってしまった。

「あれを倒されたのは想定内だ、なぜならただの時間稼ぎだったからなぁ…本命はこの広場で作ったこっちの大部隊だぁ!」
「お前さん、この大人数を従えるのにどれだけ拳を振るったんだ?」
「お前は潰した蚊の数を覚えてるのか?」
「ちっ」
「さぁ、そろそろ再起不能になってもらうぜ…くらぇ!半径5m以内、俺様のスタンド「ワンナイト・カーニバル」で従えた兵隊の攻撃をぉ!」

綾小路の口上に従って、兵隊は、3人を取り囲むようにして一斉に3人に襲い掛かっていった。その間に、綾小路はどこかへと去ってしまった。

「まちやが「ユタカ、背中合わせに!」
「くっ…わかった!」

佐侠の掛け声とともに、2人はオリーブを守るように背中合わせになる。そして、兵隊たちが2人を攻め始めた。

「ダイナマイトパンチ!」

といって襲い掛かってくる兵隊の一人を佐侠が殴り飛ばす。ちらとユタカのほうを見ると、彼が戦っている敵もなにやら大仰な台詞とともに、彼に襲い掛かっていた。

『能力が推測しにくいな…』佐侠は考えをめぐらせる。綾小路の能力は人を配下におくことができるのは目の前で繰り広げられている通りであるが、問題はその仕組みがなんであるかということだ。佐侠はその辺を図りかねていた。

『あの台詞が鍵だと思うんだけどなぁ…』それでも佐侠は答えを見出せずにいた。と、そのとき

ゴスッ!と佐侠の頭を衝撃が襲った。

「ぐぅっ…」

そのままうめき声を出しながら倒れる。敵の数はまだ15人以上はいた。

「「佐侠!」」

2人が心配そうな声はしっかりと佐侠の耳に入っていた。しかし、佐侠は頭に受けたショックで思うように体が動かない。

『ドジった…』唯一はっきりする意識で佐侠はそう感じたが、彼にこの状況を打開する策は無かった。また、2人の位置は彼とは少し遠い上にその間にはまだ敵が多く、助けが来るということはなさそうであった。絶体絶命。

「「「「帝王のお言葉に従って、お前を超絶最強奥義で抹殺してやる。」」」」

佐侠の周りの兵隊が、声をそろえて喋る。彼はそれを不気味に思いつつ、綾小路のスタンドの能力が何か見当をつけていた。とはいえ、この状況下で役に立つ情報ではなく、絶体絶命であるという状況は変わっていなかった。

『こんな間抜けなやつらにやられるのか。』佐侠は、再起不能を覚悟した。

「「「「超絶最強奥義、鷹爪落爆蹴撃」」」」」

ただの踏みつけである。しかし、4人が別々の場所を狙って放つそれを、すべてまともに受ければ再起不能は必至であった。そのうちの一発が背中に、もう一発が足に当たる。

「うぐっ…」

『これまでか…』体に伝わる確かな痛みが、佐侠に頭に「諦め」の2文字を浮かばせる。そして、残りの兵隊の足が佐侠の頭と腕に振り下ろされ、佐侠は目をつぶった。

『…?』

だが、佐侠がその2箇所に痛みを感じることは無かった。代わりに、周囲のざわつく音が彼の耳に入る。不信に思った佐侠が目をあけると、そこには和装で木刀を持った、見知った男、景光が立っていた。

「油断大敵でござるよ、佐侠殿。」
「…悪いね、手間かけさせてさ。」

景光の差し出した手をつかみ、よろよろと立ち上がる佐侠。突如現れた敵に、兵隊が3人を囲む陣形をとき集まって景光を警戒する。その隙に、オリーブとユタカが2人と合流した。

「だいじょぶか佐侠!?」
「なんとかね……」
「彼は何者でござるか?」「あいつは誰だよ?」
「えーと、こないだ話したスタンド使いの友達。」
「おお、この御仁が!」「ああ、こいつが!」
「「はじめまして!」」

握手をする景光とユタカ。その暢気な様子に、オリーブが痺れを切らせたかのように叫ぶ。

「そんなことしてる場合じゃないでしょ!」
「おお、すまぬ」「わりぃわりぃ」
「で、景光に頼みがあるんだけど。」
「ふむ、大体のことは文を見てわかっておるよ。拙者はどうすればよいのかな?」
「この兵隊を片付けてくれ。」
「拙者向きでござるなぁ…承知。」
「俺らは元凶を追う。片付けたら追ってきてくれ。」
「あい分かった。では、行かれよ。」
「頼む。」

景光の肩に手を置き、3人は走り去る。それを見届けた景光は、兵隊の方へ向き直り、木刀を構えなおしながら力強く呟いた。

「行くぞ…「追い風マーク?」。」

常人に見えざる鎖帷子をまとい、景光は兵隊達へと駆けていった。 
「あいつ大丈夫かよ佐侠!?」
 
ユタカが走りながら叫ぶ。ユタカにとって、景光はただの和服を着ただけのスタンド使いである。いくらスタンドと木刀を持っているとはいえ、それだけで何とかなる状況でないことはユタカが一番よくわかっていた。それは、脇にいるオリーブも同じなようで、心配そうに顔を覗かせていた。

「心配ないよ、あいつは武道を志してて、スタンド能力はこういう状況向きだから。」

それ以上は何もいわない佐侠に、2人は押し黙る。とそのとき、入り口近くにある法学部棟において、3人は視界に綾小路を捕らえた。

「「見つけた!」」

大声でユタカとオリーブが叫ぶ。その顔は、義勇心から来る怒りで染まっていた。

「しつこいな…愚民どもが。」

綾小路が指を鳴らす。と、綾小路の背後から10人ほどの兵隊が現れた。だが、3人はひるまない。

「それが何だっていうのよ…1発ぶん殴ってやるんだから!」
「そうだ!覚悟しやがれ!」
「自分の正義を貫くのは良いことだと思うが……それを他人に押し付けていくのは、許せんよなぁ!」
「ふん、あくまで俺様に逆らうか……我が天下無敵の軍勢よ!逆らう愚民を蹂躙しろ!」

綾小路の合図とともに兵隊全員が、3人を叩きのめすために動き出す。狙うは、戦闘力が劣るオリーブ。そのうちの先頭にいる兵隊を、佐侠が横蹴りで蹴りとばす。その様子を見て、兵隊は標的を佐侠に変えた。残りの兵隊が佐侠に向かっていく。先ほどの景色を再現するかのように猛然と佐侠に迫る兵隊たち。

だが、倒されたのは兵隊のほうであった、それも佐侠の四肢の射程範囲外で。

吹き飛ばしたのはユタカの「スケィス」の拳である。佐侠以下、一般人にその景色を見ることはかなわないが、それは「スケィス」を佐侠に重ねるという戦術が生み出した結果であった。

スタンドを知覚できない兵隊たちは、それに決して気づくことも無く吹き飛ばされる。時にはラリアット、時には拳で。かろうじて「スケィス」を切り抜けた兵隊も、佐侠の蹴りをくらい戦闘不能となった。こうして、10人近くいた兵隊はあっという間に全滅していた。

「お前さん、3流だな。」
「……なんだと?」
「喰らいついてくる相手に同じ戦法を取るのは3流の証だろ。」
「なら、俺様が直々に相手をして思い知らせてやんよ!」

怒りを乗せ、綾小路が佐侠に向かって動いた。その横に、赤いボディに金のラインを入れた、ド派手なスタンドを従えて。その速度が思いのほか速く、幾何か反応が遅れてしまう佐侠。

しかし、響いたのは顔面に拳が激突する音ではなく、スタンドの拳をスタンドで止める無音の音であった。

「やらせねぇ!」
「うおっとおしいぞ愚民!」

綾小路のスタンド「ワンナイト・カーニバル」の拳が「スケィス」に迫る。それを、「スケィス」は大鎌を出し、その柄で防いだ。空中で動きを止める綾小路。その顔からは忌々しい、といった念がにじみ出ていた。

「ユタカ、そいつの拳に気をつけろよ。」
「おう!」
「お前の能力は「殴った相手を中二病にする」ことだろ?だから、殴られさえしなければ俺達がお前の手下化は防げるはずだ。」
「ふん、スタンド使いでも無いのにわがスタンドを見破るとは、愚民にしてはなかなかやるなぁ……」
「そりゃどーも。」
「だが、所詮愚民だな。」
「何……?」

自身の言を疑問に思う佐侠を無視するかのように、綾小路は距離をとった。

「さっきのやつらと違って、お前には本気でやらせてもらうぜ!」
「かかって来い、愚民。」

ユタカと、中二病の支配者との戦いが始まった。
「いくぜ!……うおおぉぉぉおおぉぉ!」

「スケィス」の大鎌が空気を切り裂き、地面を砕く。それは、常人が振るう速度とは比べ物にならない速さだったが、綾小路を捕らえることはかなわなかった。

その隙を突き、綾小路の「ワンナイト・カーニバル」の拳が迫る。

「秘技、岩砕き!」

大仰な台詞と共に放たれたパンチを、「スケィス」は簡単に防いだ。ユタカは笑みを浮かべる。

「おめぇ、攻撃が大振りだなぁ…そんなんじゃ人は殴れねぇぞ。」
「ふん、別にいいんだよ。」

そういうと、今度は綾小路自体がユタカに突っ込んでいく。今度は回し蹴りで。

「させんよ!」

佐侠がその間に入ってそれをカットする。スタンド同士の殴り合いならばともかく、生身でなら佐侠はユタカよりも戦えるのだ。

「スタンドは見えないからわからんけど、そんなテレフォンな攻撃じゃだめだよ。」
「指図するなよ愚民!」

主人の邪魔者を排除しようと、「ワンナイト・カーニバル」が動くが、それを「スケィス」が四つ手の状態で押さえる。

『スケィスと互角か……』佐侠からスタンドは見えないが、2人が動かない様子に佐侠は驚きとともにそう思った。そのとき

「ぶはっ……」

情けない声を出し、いきなり綾小路が殴られたかのようによろめいた。その隙にユタカが一発、パンチを入れる。

「ぶげぇ!」

隙を突いて放たれたユタカの大振りなパンチは、綾小路の腹を確実に捕らえ、その体を後方に吹き飛ばす。

そして、綾小路が先ほどいた辺りから、浮かび上がるようにオリーブの姿が出てきた。

「「オリーブの首飾り」。私を範囲として指定して、私の姿を見えなくしたわ。長くは持たなかったけど…とりあえず一発殴ってやったんだから!」
「ナイスオリーブ!」
「あんたのためじゃないわよ六道!」

そのまま綾小路へ、ユタカは「スケィス」とともに突っ込んでいき、すかさず先の兵隊を倒した、必殺のラリアットを放った。

「くらえぇぇぇええ!ウエスタンラリアットォ!」

ふらふらと立ち上がる綾小路にかまされたラリアットは、しかし「ワンナイト・カーニバル」の十字ガードに阻まれる。

佐侠には決して届かない音が、再び響いた。

「おれの必殺のラリアットを、よく受けたなぁ。」
「3秒ほどか…そろそろなんだがなぁ、愚民が俺にひれ伏すのは。」
「はぁ!?」
「もう一押しか…くらえ!ガトリングラッシュ!」
「うおぉ!」

突然放たれたラッシュを、驚きつつもユタカは何とか防ぎきる。

「大丈夫か、ユタカ?」
「ああ、おれは天下無敵だからだいじょぶだぜ!」
「六道…あんた様子が変よ?」
「これは……まさか!」

キッ!と佐侠は綾小路を見つめる。中二病の支配者は不敵に微笑んでいた。

「気づいたようだなぁ愚民ども…そう、俺のワンナイト・カーニバルの拳は触れるだけでも効果はあるのさぁ!ユタカとかいったな、あいつは何回、何秒俺のスタンドに触れた?少なくとももう効果の範囲内まで俺は触れているんだよ!もうそいつは中二病だ!」
「そんなことは……ねぇ!くらえ、大鎌唐竹割り!」

『完璧に毒されてやがる…あんなに変な必殺技叫んでるし。』佐侠の率直な感想だ。その感想に従うかのように、ユタカの攻撃は地面を砕くだけに終わり、そして

「くらえぃ!奥義、拳波抜泰山!」

綾小路の一撃が、ユタカを吹っ飛ばした。

「ユタカ!」
「くぅぅ……最強のおれを吹き飛ばすとは…恐れ入った。今日からあんたの手下になるよ。」
「良い心がけだ。」
「ダメか……」
「もう、馬鹿なんだから!」

佐侠は頭を抱えた。こちらの最大戦力が敵の手に渡り、佐侠はもう打つ手がない。2人で一気にこられたら、オリーブともどもサンドバックと化してしまうだろう。

『めんどくせぇな、どうする…』佐侠は頭を抱えた。
「織部!」

とりあえず佐侠はオリ−ブを彼の近くに呼んだ。自分より弱い彼女が佐侠から離れていては格好の的になるのは目に見えている。

「織部、なんか思いついた?」

情けないとは思いつつも、佐侠はオリーブに意見を求めた。いつもは持っているさまざまなものが入っているバックも、今日は持ってきておらず、佐侠には打つ手がなかったのだ。

「あんたになくて私にあるわけないでしょ……」
「『そりゃそうだ』じゃあ、織部のスタンドについて教えてくれない?」
「あたしの「オリーブの首飾り」は、指定した範囲の任意のものを透明にできるの」
「例えば?」
「マジック見てたでしょ?例えば、ペットボトルを範囲に指定した場合、ペットボトルの中身だけを透明にしたり、全部透明にしたり…といったところね」
「成る程…人間2人透明にすることはできる?」
「え…たぶん2分くらいなら……離れると効果が薄くなるし、やったことがないからわからないけど」
「よし、作戦を伝える」

佐侠はオリーブに耳打ちする。と、オリーブの表情が強張った。

「あんた、大丈夫なの?」
「……まぁ、やるしかないでしょ」

佐侠は肩をすくめおどけて見せた。それで安心したのか、オリーブはふっ、と笑い、綾小路に向き合った。

「まだやるのか愚民」

呆れと怒りが混じったような声。これを聞いた佐侠は、思った。



こうなりゃ……



と こ と ん や っ て や ろ う じ ゃ ね ぇ か !



「織部、頼む!!」
「「オリーブの首飾り」!」

オリーブの叫びとともに、背景に溶けていくように2人が見えなくなっていく。突然のこの現象に、綾小路とユタカは驚くばかりであった。

佐侠は、彼女が完全に見えなくなったことを確認すると、まずユタカに、全力の横蹴りを入れた。

『すまねぇ!』

ドガッ!!

「ぐはぁっ!」

見えない攻撃に完全に無防備だったユタカは、体をくの字に曲げ綾小路の後ろまで吹っ飛んでいく。その威力に佐侠も若干驚いていた。突然の攻撃に綾小路は吠える。

「卑怯者の愚民が!」
「俺としては、スタンド能力自体がもう卑怯に感じるよ」
「これは才能だ!俺が帝王となって上に登るためのな!そして……しゃべったのは失敗だったなぁ、居場所がバレたぞ…喰らえ!豪派空割刀!」

だが、繰り出された手刀は空を切る。佐侠の渾身のバックステップがなした力業だ。そのまま佐侠は地面に倒れこんだ。

同時に、佐侠の体が浮かび上がってくる。それを確認した佐侠はすぐさま綾小路と距離をとった。

「「ちっ」」2人の舌打ちがシンクロした。『気が合うな』佐侠はこんな状況でも、そんなことを考えながら苦笑した。

そして、あたりを見回した綾小路が、何かに気づいたように顔色を変える。

「おい、一緒にいた女はどこだ?」
「…彼女の能力がもう解除されてるだろ?それで居ないってことは


そ の 通 り だ よ 」


「……おのれ愚民がぁ!」

怒りに任せ綾小路が突進する。だが、そのあまりにも真っ直ぐな攻撃の軌道は、佐侠に攻撃を避けることを可能にさせた。

佐侠が提案した作戦。それは

彼が囮になってオリーブを逃がし、彼女に助けを求めてもらうことだった。

2人に逆転の一手が存在しない以上、佐侠はそれ以外の力を頼らざるを得ない。だが、おそらく普通にやってはそんな余裕はないだろう。そこで、オリーブのスタンド「オリーブの首飾り」を使い、奇襲を佐侠がかける隙にオリーブを逃がす。という、非常に苦しい作戦だった。

苦しい。というのは成功できるかという意味ではない。むしろその観点において、佐侠は勝算すらあった。とりあえず、ユタカは仕留められる自信があったのだ。

彼はもともと状況判断が得意なほうではないし、今は操られていてそれがさらに鈍くなっている。

また、綾小路に関しても初手は何とかなると踏んでいた。

彼の攻撃はスタンドさえも基本大振りだ。攻撃の方向さえわかれば、大きくよければ避けられる。

佐侠は、そう判断しこの作戦を実行した。そして、苦しいのはここからである。

綾小路に攻撃する手段が、佐侠にはないこと。あと、オリーブの助けがいつになるか分からないこと。

これが、「苦しい」の内訳だ。ここで佐侠は、真の意味で窮地に立たされたのである。

体制を立て直し、敵意剥き出しでこちらを見てくる綾小路を見て、佐侠は

『これからどうするかな……』

と、心中で苦笑した。
とりあえず、佐侠は会話をすることにした。時間を稼ぐのも狙いの一つであったが、ここまでの騒ぎを起こすこの男の人柄というものが気になったのだ。

「お前さん……」
「何だ?」
「どうしてその…お前さんを張り倒したとか言う男にこだわるんだ?」
「愚問だな。俺の汚点を払拭するためだ」
「はぁ?」
「俺の人生は誰よりも完全無欠でなければならない。頭脳も、力も、権力も。それを妨害してきたのなら、俺の圧倒的な力でねじ伏せなければならない。」
「なぁ、どうしてそんなに世界最強!みたいなのに固執するんだ?」
「何だと?」
「個人的な意見で大変申し訳ないんだが…何でもナンバーワンになりたい!って気持ちが分からなくてね」
「……ふん、いいだろう。教えてやろう。」




彼、綾小路はあまり豊かとはいえない家庭に生まれた。とはいえ、この日本で食うのに困るほどの貧困ではなかったが。

幼少期、彼はそれが理由でたびたびいじめを受けていた。

それは子供の、純粋ではあったが真実に直接触れる残酷なものであり、いくら抵抗してもいじめを止めない綾小路は少なからず精神的にダメージを負っていた。

そんな彼を救ったのは、近所に住んでいた彼の兄貴分といえる人物であった。

彼は超一流の大学に通い、成績優秀で通っている部活では全国大会優勝を経験と、文武両道を体現していた人物であった。

「大丈夫か?」

いじめてきた子供をかき分け放たれたこの彼の一言は、綾小路にとってはいじめという地獄から救ってくれた神の一言であり、綾小路にとって彼が「兄貴分」が「神様」に昇格した瞬間であった。

その後、綾小路は彼について行くようになる。その時、「神様」が綾小路に見せてくれた光景は、彼が見たこともない景色ばかりで、綾小路はますます彼を慕った。

そして、綾小路と彼が出会ってから1年が過ぎたころ。「神様」は死んでしまった。交通事故だった。

その場に居合わせていた綾小路は、ただ立ち尽くして見ているしかなかった。その時近くにいた綾小路に、彼は最後の言葉をかけた。

「だれにも負けないくらい強くなれ」

この言葉に、綾小路は忠実に従った。彼がいなくなったことにより、再開されたいじめの中、鍛錬を重ねた。そして、彼の死から半年後。綾小路は、いじめてきた人間を全て返り討ちにしていた。

このことで綾小路は悟った。強くなればみじめな思いをしなくて済む。これからは、誰よりも強く、大きくあろうと。

その後は、頭脳もそれなりに磨きつつさらなる高みを目指した。いつかあの「神様」と同じ目線に立つために。そのためには、一度の敗北も許されない。それでは、あの強く逞しかった彼ではないからだ。




「だから、敗北は必ず払拭しなければならない。必ず」
「ふ〜ん、成る程ね……」

おざなりな対応にすこしムッとした表情を作った綾小路に構わず、思考を紡ぐ。

『あいつ……まだ来ないか』

そのとき

「怖いもの!」

女の声が響き渡った。オリーブの声ではない。もっと幼い声だ。そしてその方向は、ユタカが倒れていた方向でもある。

佐侠がその方向をみると、ユタカが倒れていたはずの位置に小柄な女性が立っていた。その手にメガホンを持って。

『メガホン?』そこまで考えたところで、佐侠の周りの景色が変化した。



大学構内から、一歩でも足を踏みはずせば奈落の底へと落ちる細い崖に。
例えるなら、摩天楼のような。

例えるなら、グランドキャニオンのような。

例えるなら、富士山のような。

例えるなら、スカイダイビング時の飛行機のような。

そんな高さを秘めていることを、地が見えないことが告げていた。むしろそれが、先の4つより佐侠に恐怖心を抱かせる。そして、佐侠を支える石造りの綱の不安定さが、それをさらに煽った。

『こいつはっ……』佐侠は恐怖で足がすくんだ。ただただ怖い。人間の本能的な恐怖心が刺激され、今起きている現状についてまともに考えることを彼に許さない。

『とりあえず、進むしかないよなぁ…』それでも、思考そのものが止められたわけではなく、佐侠は、この状況を打破すべく今立っている石造りの橋を進むことを選択した。

石造りにもかかわらず、一歩進むごとに頼りなく揺れる足元。蹴って落ちた小石は、音を立てずに奈落に消える。進む先は、暗闇に照らされてまるで見えない。

これらの景色が彼の恐怖を飾る。自分の足跡しか音がないという状況は彼に、さらに圧迫感を与えた。

「…やーめた、めんどくせぇ」

そんな状況は、彼に足を止めさせた。これで状況が打破できないと認識したのと、ある程度この恐怖に慣れ、余裕ができたからだ。佐侠はしばらく、この状況について考えることにした。

まずは「何でいきなりこの場所に飛ばされたか」についてだ。

原因は明白だ。それは、直前に聞こえた女性の声である。

『怖いもの!』

ここに来る直前佐侠が聞いたこの台詞はつまり、彼女が佐侠を飛ばすためのキーなのだろう。そしてその際彼女が持っていたもの――メガホン――はおそらく彼女のスタンドなのだろう。要は、佐侠は彼女にスタンド攻撃を受けたということだ。その中身はおそらく……

「人を指定した場所に人を飛ばすってとこか…?」

次に考えたのは、「何で攻撃を受けたか」ということだ。というのも、佐侠は彼女に見覚えが全く無かったからだ。彼からすれば、これは通り魔に襲われたようなものである。よくよく考えると、あの位置に居たのはユタカだったはずだ。そこで考えられるのは……

「あいつの別の人格か…な」

最後に考えたのは脱出方法だ。この場所がどういう類のものかは全く分からないが、脱出する方法は必ずあるはずであり、それは何らかの条件を満たすものだと、佐侠は考えた。しかし……

「うーん…こればっかりは分からん」

と、さっさと諦めてしまった。そもそも、彼女の能力がはっきりしない以上、その脱出方法も分かるはずもない。とりあえず、佐侠は行動することにした、脱出に向けて。

「とりあえず……動くか!」

そういうと、彼は奈落の底へと飛び込んだ。
落ちる。

落ちる。


落ちる。



落ちる。







落ちていく。

ただひたすらに下に落ちていく。どれほどの時間落下しているのかは分からないが、真っ暗にもかかわらず不思議と自分の体だけはくっきりと見えていたので恐怖は無かった。

そして不意に、自分の体も見えなくなっていく。

……

次に佐侠が目を開けると、彼の前にはまた別の景色が広がっていた。

暗めの緑色をした、プラスチックの様な触感が特徴の畳。幾たびの人が残していった独特な汗臭さ。程よく配置された窓から入るほどよい陽光。

佐侠は戸惑っていた。それは、先程のように状況が分からないから、では無くむしろこの状況があまりにも見覚えのあったものであったからだ。


『ってことは……』

佐侠が目の前に目を向けると、そこには160cmの佐侠からは見上げるほど高く、恰幅が良い男が立っていた。彼は、白い胴着を着ており、今にも襲い掛かってきそうな体勢だ。

佐侠にはこの景色に見覚えがあった。それは佐侠の今年の夏休み、彼がテコンドーの大会に行ったときだ。

佐侠が大会の団体戦に参加したとき、彼の対戦相手が90kg超の大男であったのだ。それはもう、試合とは呼べない悲惨な内容であった。

体重54kgほどの佐侠は、相手のフック一発で吹き飛ばされ、佐侠の攻撃はリーチと技術の差により一発も届かなかった。

倒されては起きを繰り返し続け、結果は大敗。この試合は、佐侠にとってトラウマと言っても良い。

それが今、目の前に広がっている。佐侠は先程の景色よりも強く恐怖を覚えた。


佐侠の頭を狙って放たれた相手のサンベルシット・パンデ・チルギ(360度後ろ回し蹴り)を佐侠がよける。風を切る音が、佐侠の耳に届いた。

冷や汗が流れる。足がすくむ。意識が前に集中しない。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

怖い。


だが、だからこそ。佐侠は前を見た。そんな自分が許せないから。乗り越えなければならないと思うから。

『カッコ悪ぃままでぇ……いられるか!』
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

相手がサンベルシット・パンデ・チルギを放った隙を突き、佐侠は相手に向かってパンチを放つ。

だが、それは相手のフック一発でキャンセルさせられた。体が浮き上がり、地面に突っ伏す。

それでも立ち上がり、今度は自分から仕掛けていく。それも、アプチャチルギ(前蹴り)で止められた後、フックで飛ばされた。

『まだだ!』

そう思いながら再び立ち上がる。逃げたくない、ほとんど意地が彼を支えていた。

そのとき、目の前の景色がグニャリと歪み、佐侠の目の前が真っ暗になった。


「……ょう!さき……さ…きょ…佐侠!」

目を開けると、そこはオリプラ国際大学だった。元に戻った、という実感は、自分の名前を呼び続けるオリーブを見てはじめて感じられた。

「ここは……?」
「あんた、大丈夫!?あんたずっと、ここで気絶してたのよ!」
「ん…悪ぃ」

「あーあ、抜けちゃったんですかぁ。私の「イニス」から」

佐侠は普通に、オリーブは怒気を含んだ様子で声の方向を向くと、小柄で愛らしい顔をした女性が立っていた。

「失礼だが……名前を聞いても良いかい?」

友人に話しかけるように、佐侠が話しかける。その様子を、オリーブはあきれたように見ていた。
目の前の少女はニコッっと笑った。

「いいですよぉー。私は「六道 アノン」って言いますっ。よろしくお願いしますね、佐侠さん」
「ってことは……君はユタカの…」
「ええ、別人格ですっ」

この場に不自然なほどに、アノンは愛らしく笑って答えた。

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