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【オリバト+】コミュの【星空】

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コメント(193)

両脇に2本の剣を従え、右手には花びらの盾を携え、ロープの上を渡る俊介。
距離を詰める為に一気に駆け抜けるが、正面で待ち受けているほたての両手に握られた大量のナイフである【ラブミー・ホールドミー】が放つ威圧感は少なからず俊介に躊躇いを覚えさせる。
恐怖しての躊躇いではなく、全てのナイフを受け止めることに対する自信が揺らいでの、躊躇い。
下でひしめき合っている(元々は人間の)豚たちを、全員無傷でこの戦いを終わらせなければ、完全勝利とは言えない。
その為にも、多少の無理は承知で早期決着を試みるしか俊介が選び得る手段はない。
花びらの盾を正面に構えて突っ込む。

「それしかしようが無いよね、うんうん。
でもさ、その奇麗な盾でどこまで私のラブミー・ホールドミーを受けられるかって疑問さね」

言うやいなや、両手合わせて12本の【ラブミー・ホールドミー】が俊介目掛けて投擲される。
だが怯むことなく俊介はそれに盾から突っ込み、全てのナイフが幾重にも重なった薔薇の花びらの中へと沈んで行く。
本体への影響は無い。
もう少しでほたてへと剣が届く距離だ。

「おお、おお、結構やるね!!」

12本の【ラブミー・ホールドミー】が防がれたことなどなんとも思っていないような口ぶりのほたて。
そしてそれはハッタリでも何でもなく、ほたては両手に6本ずつの【ラブミー・ホールドミー】を発現させて投擲。
その直後にさらに両手に6本ずつ発現させ、続けざまにそれを俊介へ投擲。

「ほらほら、どんどん出るよ!」

さらにさらに両手に6本ずつの【ラブミー・ホールドミー】が現れ、間断なく俊介へと投げられる。
計36本のナイフが俊介を襲う。

「36本だと…!」

俊介は、右側で構えていた剣を薔薇のはなびらへと変え、盾をさらに大きくする。
これで剣の形態を保っている【ローゼン・メイデン】のドールはわずか1体のみ。
他の6体は全て花びらとなりて、俊介を【ラブミー・ホールドミー】から守る盾となっている。
俊介すら隠す程に大きくなった【ローゼン・メイデン】の盾が、36本ものナイフを受け止める。

「もっと欲しいかい!?」

花びらの盾が、俊介とほたての間の壁となる。
姿が見えなくなった俊介へと、さらに【ラブミー・ホールドミー】を投擲しようとするほたて。

「そうだな、36本程度じゃ俺には届かない」

声がしたのは、ほたての頭上。
見上げたほたての目に映るは、高く跳躍して左手の剣を振り上げた俊介。
薔薇の盾をほたての正面に残したまま、それを目暗ましに使っての、上空という視覚からの攻撃。

「小細工ッ!」

反射的に【ラブミー・ホールドミー】を投げつけるほたて。
風を裂いて、一振りのナイフが上空の俊介へと放たれる。

(素手では触れない、盾は離れてる、止めるにはその剣を花びらへ変えるしかないさね!)

しかし――

「一本くらいなら問題ない」

そう言って、俊介は向かってくる【ラブミー・ホールドミー】を、剣を握っている左手とは逆の右手で、止める。
指で挟むようにして、その勢いを完全に殺して、止める。

「馬鹿な!!」

「鬱陶しい」

片手で振り下ろされる【ローゼン・メイデン】。
ほたてが立つ足場へと着地しながら、鋭く袈裟がける。

「なめるなァァ!!」

振り下ろされた剣はほたての右の肩口を切りつけ、鮮血が一筋、宙に描かれる。
しかしそれを物ともせずほたては、立っていた足場から逆の足場へ――俊介が始めに立っていた足場へと、ロープの上を渡って向かう。
全力でロープの上を走りながら、振り向いたほたては、両手の中に【ラブミー・ホールドミー】を発現させてそれを手当たり次第に投げつけて来る。

「ああ、最初からこうすりゃ良かった!!
 もう豚なんざ知ったことかい!!」

「やけになったか……マズイな」

正確に狙いを定めていた先程とは違い――それでもナイフの達人だけあった素早い所作ではあったが――とにかく‘投げる’ということに重きを置いたほたての放つ【ラブミー・ホールドミー】は、狙いが俊介から外れてしまって下の豚へと降って行くものもある。
【ローゼン・メイデン】の射程は15メートル。
高さ20メートル以上の足場に立っている俊介では、届かない。

「やるしかないか……」

俊介は、意を決して足場から跳び下りた。
足場から跳び下りた俊介は、左手に握っていた赤色の剣を薔薇の花びらへと変えて盾の一部にしてから、それとは別に金色の剣を盾の中から引き出した。
金色の剣は、【ローゼン・メイデン】の七振りの剣の中で最も大きく幅の広い一振り。
それに――それに俊介は、乗った。

「あいつ……何しようってんだい」

足場の上から見下ろすほたての双眸は、剣に乗って宙を舞う俊介を捉える。
スノーボードのように器用に剣に乗って、落下する【ラブミー・ホールドミー】を盾で吸収していく。

「まだ訓練段階ではあるが、そうも言ってられない状況だからな」

【ローゼン・メイデン】は、本体である俊介から15メートルまでの空間を、俊介の意思一つで自在に動き回ることが出来る。
わざわざその手に握らなくても、である。
つまり、スタンドでもない俊介本体が【ローゼン・メイデン】に乗って、それで空を飛ぶという事は理論的には可能なのだ。
人間はスタンドに干渉できない為に、俊介がスタンドである【ローゼン・メイデン】に乗ってもスタンドパワーはほとんど消費しない。
だが、剣という特異な形状をした物体に乗るというのは簡単なことではなく、さらにそれで戦闘行為にまで及ぶというのだから、流石の俊介でもそれ相応の訓練が必要だった。
まだ俊介の中では満足のいくレベルまで乗りこなせるようになっている訳ではないが、今回はそんな練習不足をおしてでもそうせざるを得なかった。
一般人を――豚を、傷つけるわけにはいかない。

「器用なことをするもんさね。
 ウチのサーカスで十分働けるよ。 
私から団長に頼んでやろうか?」

キヒヒっと笑い、【ラブミー・ホールドミー】を両手の中に発現させながら、そう言ってみせるほたて。

「興味ないな」

金色の剣に乗って、サーカスのステージ空間を飛び回る俊介。
薄っすらと毛の生えているピンクの肌を擦り合わせて鳴き声を上げる豚の上空を、飛び回る。
上手い具合に【ラブミー・ホールドミー】を盾で吸収していく俊介――だが、涼しい顔をしている表情とは裏腹に、限界は近い。
盾が吸収しているナイフがゆうに100本を超えている。
盾と言っても、所詮は薔薇の花びらが超密集してその中へとナイフを取りこんでいるに過ぎない――飽和状態はじき訪れる。
足場から飛び降りたのも、ただ下にいる豚を守ろうとしただけの事であって、ほたてのスタンド能力への対抗策が思いついた訳ではないのだ。

(……どうする…
 このままじゃあジリ貧だ、押し負ける)

下にいる豚を見捨てて、ひと思いにほたてへと突っ込んで行けば、一太刀で斬り伏せられる自信はある。
だが、それはガーデンのスタンド使いとして、それ以上に俊介の人格として、選ぶことは無い選択肢だ。
人殺しという十字架ばかりが他人の目について、ついつい本人の人格は蔑ろにされてしまいがちだが――俊介は、自分よりも他人を重んじる人間である。
ゆえに、たとえ自らの身が危うかろうと、その為に他の何がしかを犠牲にするような選択肢は、そもそも選択肢として彼の脳裏には浮かんではこない。

つまり、ほたての人質(豚質)作戦は、みごとに功を奏しているという訳である。

(人質も守る、任務も遂行する。
 両方やらなくっちゃあならないのが、ガーデンのスタンド使いとしての辛い所だな)

取り留めもなくそんな事を考えて――俊介は反撃の手段を思索する。
一つの負傷もしていないにも関わらず追い詰められている俊介。
2本の足場が聳えるステージの周囲を滑空して、ほたての投擲する【ラブミー・ホールドミー】を防いでいく。

(しかしあのスタンド……生み出せるナイフに制限はないのか…?)

俊介の脳がそんな思考に走るのも、八方塞がりの現状をよく証明している。



そんな彼を、下からじっと見上げる生き物がいた。
それは3匹の豚と――なぜか場違いに存在している1匹の犬だった。

**********************

「ブッブブー。
 (あれって……)」

普段なら観客で一杯になるはずのステージに押し込まれた豚の中に一匹、葵美弥子は宙を見ながらそう呟いた。
自分達をこのステージに連れて来て閉じ込めたほたてと戦闘を繰り広げる人物が、ガーデンに人間であることに気付く。
自分と同じ

「ブブブブブブブブ!!
 (助けがきたですよ!!)」

小鳩が声を上げて、諸手を上げて――もちろん豚の手だが――救助が来た事に歓喜する。
さり気にこのまま豚として生きる事に覚悟をし始めているところだったのだ。

「ブー…ブ、ブブブー。
 (あ〜、あの人見た事ある。人助けとかするのね)」

小鳩はギクッとする。
亜由美の父親代わりだった俊彦を殺したのは俊介だ。
だが、それは亜由美に知らない事実――ではあるが、小鳩が一瞬肝を冷やすのは無理もないことだ。
そんなやり取りをしながら、豚にされてしまったことによりスタンドを使えない3人は、首を上げて戦闘の経過を見守る。
首を上げるのが――豚のされている為に――結構つらいのだが、それでも見上げ続ける。
3人の隣りでは、一匹の白い犬が3人を真似て俊介を見上げている。

2つの足場の此方と彼方にそれぞれ立つ、ほたてと俊介。
ロープの上を走り、ナイフを防ぎながらほたてに接近して切りつける俊介―――が、ほたてはロープを逆へと走り逃げながらさらに大量のナイフを俊介へと投擲する。
それでも薔薇の盾でそれらを受け切る俊介――が、狙いを外れて下へと落下するナイフがある。

「ブヒブヒーー!!
 (ナイフが降ってくるですよーー!!)」

「ブヒ…ブゥブゥブ…!
 (どうしよう…スタンドを使えない私たちじゃ…止められない…!)」

うろたえる小鳩と美弥子を知ってか知らずが――いや、知らないだろうが――俊介は綱渡りの足場から一息の躊躇いもなく颯爽と飛び降り、金色の剣に乗って滑空し始めた。

「ブーーー!?
 (ええええええええ!?)」

下半身を軸にすることによって両足で体を支え、両腕でバランスを取って、見事にサーカスのステージという派手な空間を舞う俊介。
ときおり下を確認しながら、右手の前に掲げた薔薇の花びらの盾で降り注ぐ【ラブミー・ホールドミー】を吸収して回る。
そんな俊介の姿を見て、小鳩はある考えに至る。

「ブブ……ブヒブヒーー!!
 (もしかして……薔薇さんは私達を庇っているですよ!!)」

まるで壮大な謎でも解明したかのような大げさなアクションと大きな声を上げる小鳩――だが、美弥子と亜由美からは白けた反応が返ってくる。

「ブゥ…ブゥヒーブブヒー。
 (え…もしかして小鳩ちゃん今気付いたの…?)」

「ブブブブブブブ?
 (アンタ脳まで豚レベルになったわけ?)」

押し黙る小鳩。
しかし小鳩が押し黙った所で、俊介が置かれている戦局がひっくり返る訳ではもちろん無い。
美弥子の目にも、亜由美の目にも、俊介は――宙を飛ぶなどと言う芸当をやってのけてこそいるが――敵であるサーカスの団員に押されているように映る。
敵の放るナイフを取り込み続ける花びらの盾が、次第にその原型に歪みを見せ始めているのもすぐに見て取れた。
そして、次の瞬間―――

ブワッ!!と一斉に、ある種芸術的なまでの華々しさを伴って、許容量を超えた花びらの盾から大量の【ラブミー・ホールドミー】が放出される。

一瞬苦虫を噛み潰したような顔をした俊介は――咄嗟に急降下して、降り注ぐナイフの下へと潜り込むが、考えがあってのことではない。
もう一度花びらの盾に取り込むのももちろん不可能であるし――剣で弾くことによってステージに屹立する2本の足場へとナイフを突き刺して行こうとしても、途中で足場が倒れてしまえばやっぱり豚が確実に危険にさらされるし、それに加えて剣で直接【ラブミー・ホールドミー】を弾けば、その能力である『重くする』効果が俊介を襲う。

「どうする…考えろ…」

今にもその身へと降りかからんとするナイフの雨を見据えて、俊介がそう呟く――が早いか、その出来事が早かったか――突如、ステージ空間に巨大な木が姿を現す。
地面から堂々と生え出た一本の木。
何が起きたのか理解できずに呆気にとられているほたてとは違って、俊介はその木を見るやいなや、すぐさま載っている剣を旋回させた。
そしてほたてと同じように唖然としている豚3人の横で、白い犬が大きな欠伸をしていた。
花びらの盾を解除し――盾となっていた6体の内の2体はドール形態へ、他の3体は剣の形態をとり――俊介と2体のドールズがそれぞれ手に握る。
3人の剣士が並んで、降り注ぐ【ラブミー・ホールドミー】を見据えて、突っ込む。
しかしそのまま【ラブミー・ホールドミー】を直に剣で弾いたのでは、本体である俊介が重くなってしまう――そのため、残った1体が薔薇の花びらへと姿を変えて、3本の剣の表面へとひたっと張りついて、薔薇の花びらの赤いベールで以てその刀身を覆った。
それならば、直接【ラブミー・ホールドミー】に触れることなく剣で弾くことが出来る。
【ローゼン・メイデン】の花びら形態へのありとあらゆるダメージや効果は、本体へは返らないのだ。


「はァァァァァ!!!」


花びらによって保護されている剣を携えた3人の剣士(俊介と2体のドールズ)が、重力にまかせて容赦なく落下に落下してくる【ラブミー・ホールドミー】を次々と弾いて行く。
弾いて、弾いて、弾いて――何の前触れも脈絡もなくステージ中央へと途端に生え出た大木の幹へと【ラブミー・ホールドミー】を突き刺していく。

「な……なんでいきなり木が生えるんだよ!!
 どう考えてもあの薔薇の野郎の能力じゃあないし……
 かと言って、しじみのスタンド能力で豚にされてる奴らはスタンドなんて使え無いし……」

あまりにも予想外に自体に逡巡するほたて――そんな彼女を余所に、俊介は手当たり次第に【ラブミー・ホールドミー】を大木の方向へと弾いて行く。
ハーフパイプの上で磨き抜かれた技を披露するスノーボーダーのように金色の剣を乗りこなして、宙を自在に滑る。
そんな俊介の姿を見てほたては、更に【ラブミー・ホールドミー】を投擲しようと両手の中にナイフを発現させるが、無駄だろうと判断して取りやめる。

「やれやれ…意味わからん」

そう嘆息して、ほたては只々宙を舞う俊介を鳥瞰するだけだった。



「そのスタンドのナイフ、手元から離れたら操作は効かないみたいだな」

全てのナイフを――掛け値なしに降り注いだ全てのナイフを大木へと突き立てて、大剣の上に立ったまま、ほたてが立つ足場の高さまでゆらりと上昇する俊介。

「ああ、それがどうした。
 んなモンは見りゃあ分かることだろうさ」

「別に。
 ただの手続き的な言葉だ」

「っていうか、なんで普通に飛んでんだよ」

2体のドールとそれが携えていた剣、さらに刀身に纏わりついていた花びら――4体が俊介の下へと返り、まるで剣の翼のように本体の背後で浮いたまま制止する。

「で、あの木はなんなのさ」

首をすくめながらそう尋ねるほたて。

「言う必要はないな」

白を切って見せる俊介。
実際には俊介も、ほたてと同じように何が起こっているのかは分からない。
が、それをおくびにも出さずにブラフを張って、相手の精神を揺さぶる心理作戦へと昇華するのは俊介の得意とするところ。
余計なことは言わない。
相手の想像力を無駄に働かせてこと、最大の効果が期待できるというもの。

「どうした。
 来ないのならこちらから行くぞ」

剣を構えて、俊介を支える剣が滑る様に宙を舞う。
ほたての上空へと舞い上がり、周囲を旋回しながらほたて本体へと落下する。
2度に渡ってほたての【ラブミー・ホールドミー】を受け止めた右手が重い――が、立てなくなるほどではもちろん無く、左右でバランスをとることのできるレベル。
俊介にとって誤差の範囲内だ。

「ああ、かかってきな!!
 私のラブミー・ホールドミーがこれだけのスタンドだと思ったら大間違いさね!!」





【ラブミー・ホールドミー/水底ほたて】
破壊力・C
早さ・C
射程距離・A(ナイフが届くまで)
精密動作性・C
持続力・A
成長性・C
ビジョン・1000本の投げナイフ
能力・ナイフの触れた対象のその箇所に5キロの重量を付加する。手元を離れたナイフを操作することはできず、一日1000本までしか出せない。
事実上、人質(豚質)を気にしなくても良くなった俊介は、あとは接近して斬り伏せるだけ――下から見上げる3人は誰もがそう思った。
しかし俊介だけは、ほたてが発した「私のラブミー・ホールドミーがこれだけのスタンドだと思ったら大間違い」という言葉を頭の中で無視できずにいた。
ほたての顔は、とても追い詰められた人間のそれではない。
他人の心理を読み抜く技術――心理眼が抜群に優れている俊介だけに、それはおそらくブラフなどではないだろう。
只のポーカーフェイスならば、俊介の眼の前では何の意味も成さない。

(だが、それに臆して攻めあぐねるのは敵の思う壺だ
 ここは……決断力がものをいうと判断しよう)

両手に赤と銀の剣を携えて俊介は、綱渡り用の足場で待ち受けるほたてへと宙を滑る。
ほたての両手の中にそれぞれ6本ずつの【ラブミー・ホールドミー】が現れ、見るからに気合の入っていない所作でそれを放る。
もちろんそれは俊介の握る双剣によって、次の瞬間には大木の幹に突き刺さる大量のナイフの仲間入りを果たす。

「もう一つ。
 お前は一度に片手から6本までのナイフまでしか出せない。
 つまり両手合わせて12という数が、お前が一息に放てるナイフの最大数だ」

これは俊介も確証があっての発現ではない。
観察から導き出した推論――ほたての余裕が、一体何に起因するものなのかを見定める為の布石程度の意味合い。

「ああ、ああ、あんた目敏いね。
 イヤらしいほどに」

「鬱陶しい」

大きな円形のステージフィールドに屹立する2本の足場。
高さ20メートル以上あるそこでほたては、空気の波の上を滑りながら降下してくる俊介を待ち受ける。
2本の剣を携えた敵が急接近してくるにも関わらず、不敵な表情を崩すことなく、不遜に、傲岸に、手を開いて見せる。

「ほぉら来なよ、フライングモンキーちゃん」

ほたての言葉を鼓膜でシャットアウトして、俊介は上空から燕のように鋭い降下を伴って剣を閃かせる――その刹那。
何かが体に巻き付く。
紐――鞭――否、それは連ねられたナイフ。
鎖のように繋がった【ラブミー・ホールドミー】。

「キャッチ!!
 アンドノーリリースゥゥゥ!!!!!」

ほたての両掌から、鈍い銀色の光を放つ鎖が伸びている。
一瞬前までは確かに存在しなかったそれが、今はしっかりと俊介の細い胴体を何重にも締めあげている。
さらにナイフの刃が体の至る所へと喰い込んで、肉をしっとりと裂いていく。
全身から噴き出す鮮血が、俊介本体をまるで一輪の儚い薔薇へとゆっくりと仕立てあげて行くようでさえある。
危うく剣から落下しそうになるのを堪えることで精一杯になり、俊介は数えるのも嫌になるような【ラブミー・ホールドミー】に体に触れられてしまう。
問題は締められていることや、体に刃が喰い込んで行くことじゃあ無い。
胴体を締めつける力そのものは――抜け出せはしないが――大したことは無い。
気掛かりなのは……

「く……ッ!」

ズ シ リ と体が重くなる。
【ラブミー・ホールドミー】のナイフは――俊介はその正確な数字は知らないが――触れる度に5キロという重量がその箇所に加えられる。
【ラブミー・ホールドミー】の鎖に巻きつかれた俊介の体を一瞬にして襲った付加重量はおよそ――180キロ。
体重が一気に4倍近い数字に膨れ上がったことになるのだ――とても耐えられるものではない。
いくら俊介の頭の回転が早かろうとも、瞬発力が優れていようとも、屈強な精神力を有していようとも、圧倒的な重量の前では無意味。
さらに、180キロという重量が、体のあちらこちらに散らばる様に付加されたために、上手くバランスを取ることが叶わない。
剣という不安定な足場の上で――さらに空中――俊介はついにバランスを崩して、その体を空気中へと預ける。
落下―――していく。
俊介の全身から流れる鮮血と、ひらひらと舞い落ちる紅の花びら――それらが美しいまでの一筋の赤い軌跡を残して――俊介は落下していく。
木霊するのは、ほたての声。

「一度に6本?
 ああ、ああ、そうさ!!
 だけどね、それはあくまでナイフを投げる場合の話しさね!!」

振りかぶって投げるという動作には、少なからず――短くても1秒から2秒ほどの時間が必要であり、そのために次のナイフを投げるまでにどうしても時間的に隙ができてしまう。
その隙を埋めて、一瞬で大量のナイフ【ラブミー・ホールドミー】を手から出すには、‘投げなければいい’。
つまり、ただ立っていればいいのだ。
ほたての両手は、言わば『銃』のようなもの。
ナイフを投げるというのは、リボリバー(回転式連発銃)で弾を撃つのに似ている――6発撃ってしまえば、次に撃つ為には弾を込め直す時間が要るということ。
しかし、ただ手からナイフを出すだけの行為は、ガトリングガンで一気呵成に弾を放射するということになる。
予備動作が全く無しであり、ナイフが手から離れた0.001秒後には次のナイフは既に手の中――たった一瞬で【ラブミー・ホールドミー】を大量に発現させ、そしてそれは‘手元から離れていない’為に操作が効くのだ。
ほたての意思一つで自由自在に振り回る鎖が出来上がる。
触れるだけで相手に重量を付加する、不可触の鎖。
それを振り回せば、相手はとても近付けはしない――鞭や鎖と言ったように柔軟な軌道を描く武器による攻撃程に、受ける側にとって読みにくいものは無いのだ。

「偉そうな講釈お疲れ様さね。
 ま、また剣に乗られても面倒だし、落下する前に串刺しにしてやるよ!!」

ほたての両手から伸びる鎖が――ほたての声に応えるかのようにしなり、うねり、くねって、落下する俊介目掛けて襲いかかる。
まるで意思を与えられたかのように躍動感の溢れる動きで、俊介が落下する速度を遥かに上回る速さで、さながら槍のようにその胴体を狙う。
あとは、突き刺さるだけ。





「その程度か」

はぁと溜め息をつく素振りを見せる俊介――額から滴り落ちる血を気にもせず、その目は鋭い視線で以てほたてを見据えている。

「強がりだね」

「鬱陶しいと…俺は何度も言っている」

俊介が左手をクイッと引くような動作をして見せる。
それに合わせて、ほたての体がグイッと下へ引っ張られる。

「鞭だか鎖だか、まぁどっちでもいいが……
 その程度なら俺にもできる」

俊介の左手――剣が握られていたはずのそこには既にそれは無く、ただ柄のみが握られている。
そして注目すべきはその先であり――握られた柄から、薔薇の花びらが幾重にも折り重ることにより、一筋の真紅が形を成していた。
薔薇の鞭(ローズウィップ)――それは既に、ほたての足首へと巻きついている。

「い…いつの間に…!」

「俺のローゼン・メイデンは、薔薇と剣を司るスタンド。
 剣から花びらへと姿を変えるなど、0.0001秒あれば済むこと」

俊介が鞭を引く。
それに足をとられ、綱渡りの足場から滑り落ちたほたては、さらに短くなっていく鞭に体の自由を完全に奪われる。

「俺が床へと落下する前にお前を斬れば、この状況、何も問題は無いな」

「い…ちょ…待っ…t!!」

空中で手繰り寄せられたほたて。
俊介の体に巻き付いた【ラブミー・ホールドミー】の刃がさらに体へと深く食い込んで、果物から搾り取られた果汁のように滴り落ちる――が、俊介は意に介しさえせずに、左手に握った蒼色の幅広剣を振り上げる。

「初めに言っただろう」

そして――剣は振り下ろされる。

「雑魚に用は無いと」

空中で2人がクロスする瞬間――鈍い音がして、ほたては床へと叩きつけられた。
豚の上に落下したが、その豚が大型だったために豚に怪我は無く、大きく跳ね上がったほたては、次は冷たい土の床にべたりと落下した。
その瞬間、俊介の体を支配していた鎖も、付加されていた重量も、奇麗さっぱりと消え去った。

「………結構痛いな」

落下する前に、なんとか再び金色の剣の上へと乗ることが出来た俊介――その瞬間の襲ってきた痛みが、全身の斬り傷が想像以上に深刻であることを痛感させた。
ひとつひとつの傷は大したこと無いが、数が多く、斬り傷の上からさらに別の傷が重なっている箇所もあり――これが最も深刻なのだが――出血が酷い。

「とりあえず止血だな…Rose(ローズ)」

囁くような俊介の声に、【ローゼン・メイデン】の中で最も小さく、最も心配性で、最も甘えん坊な桃色のドールが、花びらとなり、俊介の全身の傷の上へとそっと貼りついていく。
そして俊介はゆっくりと床へと降りて、豚が全員無事なのを見て――

微笑んだ。
「ブビブビブビブビブビブビビーーー!!!!!
 (覚悟しやがるですよこのあばずれがーーー!!!!!)」

「ブッヒブッヒブッヒブッヒィィーーー!!!!!
 (豚になったなんていう汚名を一生背負って生きて行かなければならない可哀想な可愛い私のこれからの人生に対して責任を取りなさいよォォーーー!!!!!)」

床へと落下したほたてへと――小鳩と亜由美を含む――豚達が一斉に襲いかかった!
牛や虎と違い、角や鋭い牙こそないものの、その体重だけで十分脅威――数百キロにも及ぶ巨体が、幾つも幾つもほたての体へと突っ込んで、何度も何度もほたての体を突き飛ばし、まるでバレーボールのようにあちらへこちらへとほたてを弾き飛ばしていた。

「……俺がみねうちにした意味がなくなったか」



【水底ほたて/ラブミー・ホールドミー ………全身骨折(リタイア)】



暴れ回る豚を見ながら、独り言ちる俊介。
そんな彼に、後ろから声がかかる。

「おう、無事か」

振り向けば、桐也がふらふらと、よたよたと、力無い足取りでこちらへと歩いて来ていた。

「おお…!
お前がそんな血塗れになるとは、相手はなかなかの使い手だったと見える」

全身血塗れの俊介を見て、そんな軽口を叩いてみせる桐也。
言われた俊介は、「豚を庇って戦った」などとは決して口には出さない。

「お前こそ酷い火傷だ。
 できるだけ早く星夜に診てもらった方がいいな」

桐也の両腕の火傷を見て、俊介は心が痛む。
自分勝手な判断で、個別行動を取った結果だ。
もしかしたら仲間の命を失っていた可能性すらあるという重圧が、彼の精神に重く圧し掛かって離れない。

「桐也…すまな 「しかしナイス判断だったな、俊介。クールだぜ」


……………?


「…意味が分からない。
 俺は……」

「お前がバラバラに行動する指示を出してくれたから、敵を各個撃破できたんじゃねぇか。」


……………え?


「一刻も早く、罪の無い人たちを助けてやりたいからな。
 一気に敵スタンド使いの数が2人も減ったってのは大きいぜ!」

グッと親指を突き立てて俊介に見せる桐也。
その指は焼けてしまっているが、とても――とても力強く、俊介には感じられた。
桐也の、仲間を想う心、決して諦めない前向きな心――それが、俊介の後ろ向きな考えを、内側から温めてくれているようだった。


「おお、そういえば、あの豚って人間か…?
 なんか妙に暴れてんな……」

ほたてで仲良くバレーボールをする豚達を見て、桐也が嘆息する。

「ん?
 よく見りゃあ、中心になってるリーダーっぽい豚が2匹いるな…」

言わずもがな、それはきっと助けに来たガーデンの仲間であろう。

「ん?
 さらによく見りゃあ、犬がいるじゃあねェか」

そう言って桐也は白い犬の方へと歩いていく。
おそらく紀州犬であろうその犬は、精悍な顔つきをしているようで、どこかとぼけ顔にも見える。
ワフゥ〜と大きな欠伸をして、その場に体を落として眼を閉じてしまった。

「こいつ眠る気か!?」

焼けた両腕を振り上げてのオーバーリアクションをみせる桐也。
うしろから俊介も犬へと近付いて、そっと頭を撫でてやり、そして耳元で囁いた。

「助かった、ありがとう」

小さくワンとだけ言って、犬はまた瞳を閉じた。

「おい、こいつ首輪してるぜ。
 なになに…ホワイト・ベリータルト……
 とぼけ顔の犬のくせに、偉く洒落た名前だなぁおい!
 お前なんてシロで十分だ、シロ。
 ほら、シロ!!
 お手、おかわり、ちんちん!!」

「シロ、シロ」と連呼するも無視され続ける桐也を傍目に観ながら俊介は、これからどうするべきか考えていた。
2人とも負傷が酷い。
しかし、人間を豚にしているスタンド使いも探さなければならない。

「一度ルクスで連絡を取ってみるか…」

斬り傷でズタボロになった黒いロングカーディガンとパンツ――そのポケットからルクスを取り出して、収納されているイヤホンを装着する。


そんな俊介の一部始終を――バレーボールに参加していなかった――美弥子は見ていた。
そう、美弥子は、はっきりと見ていたのだ。

俊介が、微笑むところを。

(あんな顔して笑うんだ…)

それは美弥子にとってとても意外なことだった。
人を殺し、2年間の更生施設暮らしのせいで、心を閉ざし切った殺人鬼――世間一般に認知されている俊介のイメージからは、その微笑みはあまりにも遠いものだったからだ。
まるで星助のように暖かくて柔らかな笑顔――この時美弥子は、人知れずにそう感じていたのだった。
そしてそれは、これからの美弥子の人生を大きく動かすことになる、最初の歯車でもあった。



【第5話/MAGIC(前篇)】

To be continued…
《Interlude》

「小鳩ちゃんさすがに怒っているですよ。
もう今回はいつもみたいな『ハローエブリワン☆』なんていうあざとい挨拶もナシですよ。

前回のInterludeで小鳩ちゃん、次の話は出番があるって喜んでいたのですよ。
でもそこは乙女のたしなみとして謙虚さを前面に押し出してですね、『どうせ豚にされる役に決まってる』なんて憎たらしいことも言ったりしましたですよ。
それは事実です、認めますですよ。







ホ ン ト に 豚 に な っ た だ け じ ゃ な い で す か !!!!!

しかもなんですか!
途中ではなんか、諦めて豚として生きて行こうとしているですよね!?
小鳩ちゃんの体重はわずか41キロですよ!!
成人男性なら片手でひょいと持ち上げられるくらいにスレンダーボデーですよ!!

それに途中で『ローズウィップ』とか出てきましたよね!?
どこの妖狐さんのパクうわなにをするやめろ



………ふぅ。
もういいです、もう諦めてるです。
だんだんこの物語の中での自分の立ち位置ってやつが、小鳩ちゃんにも分かってきたですよ。
いいですよーだ。
死亡フラグとかは立たないから、最後まで出続けてやるですよ!!

へ ん !!



さて、第5話のテーマ曲は……
【Fall in Life 〜Hallelujah〜/GARNET CROW】ですよーだ」


――ぶっとんじゃって 今君とこの世界を泳ごう 走らせた心の感じるままに
     Hallelujah また会える 笑ってまた会える その日はもうきっと待ってる――
《第5話・初登場キャラクター紹介》

【水底あさり(みなそこあさり)】
MAGIC PIG CIRCUSを運営する水底4姉妹の三女。
結構勝気な性格。
別名『獄炎使いのあさり』
サーカスでは、火の輪くぐりなどを担当。


【水底ほたて(みなそこほたて)】
MAGIC PIG CIRCUSを運営する水底4姉妹の二女。
変な喋り方をする、マイペースな性格。
別名『千枚使いのほたて』
サーカスでは、綱渡りや曲芸を担当する。


【ホワイト・ベリータルト】
謎の白い犬。
紀州犬。
おそらくスタンド使い。
よく寝る。





《第5話・初登場スタンド紹介》

【ソウル・オン・ファイア/水底あさり】
破壊力・A
早さ・A
射程距離・E(2m)
精密動作性・A
持続力・C
成長性・E

ビジョン・雄牛の頭部をした人型スタンド。関節部分から炎が噴き出している。
能力・触れたものの表面を炎で覆う。炎で覆われている物そのものは燃えはしない。
元ネタ・ポップンの曲とその曲のキャラ





【ラブミー・ホールドミー/水底ほたて】
破壊力・C
早さ・C
射程距離・A(ナイフが届くまで)
精密動作性・C
持続力・A
成長性・C
ビジョン・1000本の投げナイフ
能力・ナイフの触れた対象のその箇所に5キロの重量を付加する。手元を離れたナイフを操作することはできず、一日1000本までしか出せない。
元ネタ・加藤ミリヤの曲名
《登場済み人物紹介》
宝井 星助(たからい せいすけ)―――――1番星
爽野 夢見(さわの ゆめみ)―――――――天衣無縫
空静 星夜(くうじょう せいや)―――――運命論者
松山 俊介(まつやま しゅんすけ)――――人殺し
燕条寺 小鳩(えんじょうじ こばと)―――甘ロリ
桐村 桐也(きりむら きりや)――――――男子高生
葵 美弥子(あおい みやこ)―――――――猫好き
御剣 煌(みつるぎ こう)――――――――正義
栗夢 スピカ(くりむ すぴか)――――――サヴァン
チェリー・コールドシティ―――――――料理人
向嶺 亜由美(むこうね あゆみ)―――――みなしご
ホワイト・ベリータルト――――――――シロ


比具洲 正晃(ひぐす まさあき)―――――咬ませ犬
上地 伸也(うえち しんや)―――――――噛ませ(ry
岩戸 列斗(いわと れっと)―――――――薬中
糸賀 利彦(いとが としひこ)――――――父親
山田 鮎奈(やまだ あゆな)―――――――盲目
水底あさり(みなそこあさり)――――――獄炎使い
水底ほたて(みなそこほたて)――――――千枚使い


皇 天次(すめらぎ てんじ)―――――――大臣


  大切なものは隠してる
  悲しいものも隠してる
  眩しい笑顔の裏側に


【第6話】

リザ・ローレンス・デルタは、サーカス内の監視室にいた。
幾つものモニターには、テント内の至るところが映し出され、その中には俊介と桐也が救出した大量の豚も映し出されている。
しかし、星助の姿は見つからない。

「なんだ、もう豚助けてんじゃねぇか。
 あたしの出番ナシっと、楽でいいね」

サーカスに入ってすぐに俊介&桐也と行動を別にした星助&リザは、その後、俊介&桐也と同じように別々の行動を選択していた。
星助は階段を上がって二階を調べに行き、リザはそのまま一階の各部屋を見て回っていた――その途中で見つけた、監視部屋。
もちろん入り口には『DO NOT ENTER』のプレートが掲げられていたが、そんなものは一撃で蹴破って、リザは中に入った。

「普通サーカスにはこんな部屋はねぇよな」

もちろんである。
全国津々浦々を興行して回る形態を取るサーカスは、興行する地を変える度にサーカスのテントを立てなければならない。
現在リザがいる部屋に置かれているような、大量の機械など持ち運びに不便なだけである。
不自然――それに加えて、このサーカスは一か所に留まる期間が2週間ととても短い。

「ま、なんで誰も今まで気付かなかったのかって位にきな臭い所だってことは良く分かったぜ」

そう独り言ちて、リザは管理者用の椅子に腰掛ける。
目の前には大きなディスプレイ、さらにキーボードと様々なスイッチが並べられている。
このサーカスのコンピューターに記録されているデータへの侵入を試みようという訳だ。

「ヘヘッ、バトルは男どもに任せて、このエル様はお得意のハッキングに勤しむとしますかね」

前髪をさらっと掻き上げて、キーボードを叩き始めるリザ。

「どうせチンケなサーカスのセキュリティだ。
 このエル様にかかれば、ものの数分で…………ん?」

キーボードを叩くリザの指が止まる。
じっとディスプレイを眺めて、そしてリザは怒鳴る。

「なんだこれ畜生!!
 めんどくせェぞ、物理的なキーで制御されてやがる!!」

そう鍵が必要なのだ。
鍵といっても、ネットワーク上のパスワードを意味する『キー』では無く、家の扉を開けるような金属でできた『キー』の事だ。
その鍵を挿し込んで回し、コンピューターを立ち上げなければ、そもそも電源が入らない。
カメラでサーカスの中を監視しているシステムと、サーカスのデータや運営情報を記録している端末は全く別のものらしい。

「めんどくせぇな……
 力技で突破出来なくもないが、時間が掛かっちまう……」

プレアデスガーデンが誇る2大頭脳の片割れであるリザ・ローレンス・デルタ。
日本国内においても五指に入るであろうその技術力とハッキング能力を以てして、ガーデンでは主に情報収集において最前線を担うエースエンジニア。
同じくプレアデスガーデンが誇る2大頭脳のもう一人である栗夢スピカと協力して造り上げた、ガーデン専用高機能通信端末ルクスが、その最たる証明であろう。
つまるところ、リザの脳みそは論理的思考を得意とし、段階的に建設的に物事を分析し、最も有効な手段を最短距離で導くことが出来るだけの性能を有していることを意味している。

「ああ〜」

だがそれ以上に――スカート付きボンテージパンツと安全ピンだらけの黒いシャツが大声で主張するように、リザ・ローレンス・デルタという存在はパンクな人間である。
つまり、短気なのだ。

「ムカついた。
 ぶっ壊すッ!!!」

飛びあがり、高く掲げられる右足!!

「くらえッ!!
 極厚7センチラバーソールヒールクラッシュッ!!」

リザが履いている靴は、底がとても分厚くなっているラバーソールと呼ばれる靴で、パンクファッションの代名詞の一つでもあるマストアイテム。
もちろん分厚いゴム底はその分かなりの重さを誇る。
それが高々と振り上げられ、強烈な踵落としの威力を何倍にも跳ね上げる!!



【第6話/MAGIC(後編)】
グワシャアーーーーーーーン!!
ドガーーーーーン!!
ちゅどーーーーーーーーん!!!!!




とまぁ、さすがにそこまで派手な音はしなかったが、ディスプレイは見事に割れた。
キーボードも真っ二つ。
この場合、リザを恐れるべきなのか、それともラバーソールを恐れるべきなのかは判然としないが、とにかくこれで機械はまともに動かない。
情報を引き出すことなど完全に不可能になった。

「すっきりしたぜ」

すっきりしたらしい。
それは重畳。

「さて……
 あまり気は乗らねぇが…」

リザは大きく溜め息をついた。
そう、スタンドを使うことがリザにとっては何よりも億劫なのである。

「誰も見てないし…一瞬だけだ。
 猫や甘ロリの馬鹿がとっ捕まってる事だしな…」

リザは自分の名前を呼ばせない――イニシャルである『エル』と呼ぶようにと、他人に強要する。
そして――尊敬と感謝の念を抱いている御剣煌と空静星夜の頼み以外では――スタンドを使うことを嫌がる。
彼女もまた、俊介や桐也と同じように、あまり他言したくない過去を持っている。
金髪碧眼という彼女がガーデンに入った経緯は、謎だ。
煌と星夜しか知らない訳がそこには有り、そして未だ過去を解決出来ていないリザからしてみれば、自分が祖国を出た最たる理由であるスタンドを、使いたがらないのは納得できるというものだ。
いずれリザ自身が全てを乗り越えた時に、自ずと本人の口から語られるであろう。

閑話休題。

スタンドを使いたがらないリザではあるが、このサーカスに関する情報収集は煌から直接言い渡された任務だけに、誰も見ていないという理由で自分の精神を半ば無理矢理に納得させて――リザはそっとスタンドを発現させる。

「……ユーザー・フレンドリー」

小さな声でそうリザが言うと、背後に緑色をしたスタンドが姿を現す。
機械的なボディ――胸には大きなディスプレイがあり、その脇にはディスクの挿入口、両腕にはキーボードのようなものが見て取れる。





【ユーザー・フレンドリー/リザ・ローレンス・デルタ】
破壊力・C
早さ・C
射程距離・E
精密動作性・A
持続力・A
成長性・C
ビジョン・緑色の人型。機械的で、胸には大きなディスプレイがあり、その脇にはディスクの挿入口、両腕にキーボードのような操作端末が備え付けられている。USBも刺せる。
能力・生物非生物を問わず、触れた対象からありとあらゆる過去を読み取り、それをリプレイさせる。副産物敵に、対象の情報を引き出す事ができ、そのイメージを胸のディスプレイに映し出したり、挿入口に差し込んだDVDに焼いたりできる。相手が生物ならば、意識の表層に過去の記憶を引っ張り出すことができる。がしかし、憎しみを持って対象に触れれば、本体の意思とは無関係に相手にとって最も辛い過去を引き出させて精神に深刻なダメージを負わせてしまう。
【ユーザー・フレンドリー】が――リザの踵落としで大破してしまった――コンピューターに触れる。
すると、胸に備え付けられた大きなディスプレイに、コンピューターに記録された映像が映し出され、同時にそのコンピューターが今までに『観てきた』あらゆる映像をデータ化して【ユーザー・フレンドリー】に取り込む。

「『このサーカスを運営しているのは、水底4姉妹。
 団員もその4人であり、たった4人で全ての準備や宣伝を行っている』か……」

と、そこでリザはある疑問にぶつかった。

「ん?
 じゃあ入り口にいた奴は誰だ?
 あいつも水底4姉妹の一人なのか?
 水底4姉妹は全員スタンド使いらしいが……」

些細な疑問を胸中に抱きながら、リザは引き続き情報を引き出していく。

「『人間を豚にするのは、末っ子の水底しじみの能力』ね。
 二女と三女は、既に桐也といけ好かねぇ薔薇野郎が倒したみてぇだから……
 長女のスタンド能力だな、それが分かればこっちのもんだ」

リザはデータの海へと深く潜って行く。
【ユーザー・フレンドリー】で取りこんだ情報やデータは、同時にルクスへと転送され、ボタン一つでガーデンや他のルクスへと送信が出来る状態にされている。
ルクスは、USBで刺せるようになっているのだ。

「……お、見っけ。
 『MAGIC PIG CIRCUS団長にして、水底4姉妹の長女、水底あわび』
 ふん、卑猥な名前のヤローだぜ。
 『25歳、体重48キロ、独身、高価な宝石集めが趣味、スタンドは――――』」

水底4姉妹の長女にして、団長――水底あわび。
そのスタンド能力――それを見た瞬間、リザは戦慄した。

「な…こいつやべェ!!
 とりあえずあいつらに知らせてやらねぇと、出会った瞬間に負けちまう!!」

【ユーザー・フレンドリー】を通してルクスに転送したデータを、他のルクスに送信しようと、ボタンを押そうとした瞬間――リザは豚になった。
スタンドは消滅し、手に持っていたルクスが床に落下する。



「ぶひひ…
 またガーデンのスタンド使いを豚にしてやったぶひ…
 あわび姉ちゃんに、今夜は御褒美に豚カツを食べさせてもらうぶひ」

僅かに開いた扉から、室内を覗く大きな体と、鼻息の荒い小さな声が漏れていた。



【リザ・ローレンス・デルタ/ユーザー・フレンドリー ………豚化】
***************

「ダ〜メだ。
 エルの奴、出やがらねェ」

そう言って、ルクスの通信を終了する桐也。
リザへと発信した桐也のコールは、見事に空振りという結果に終わった。

「気付いてねェってことは無いよな、これって確かアイツとスピカが作ったんだし。
 ってことは……なんだ、もしかしてバトってる最中とか?」

「もしくは、既に戦闘が終了している可能性もある」

耳に手を当てて、通信に集中しながら話す俊介。

「それって…エルが負けたって言いたいのか?
 あいつはそんなに柔じゃあねェぞ」

「可能性の話だ。
 今星助にも発信している、少し待っててくれ」

ルクスのイヤホンを装着して、俊介は星助に通信を試みている。
通常ならば電話のコール音によく似た音が連続して鳴るのだが、星助に通信を試みてみればそれすら聞こえてこないのであった。

「………出ないな」

星助のルクスからの反応が無い。

「というか、多分バッテリーが切れてるな」

「は?
 そうは言っても、たしかコイツ……めちゃくちゃバッテリーもつんじゃなかったっけか?」

桐也が怪訝な顔してそう言う。

「…充電せずとも、一週間はバッテリーが切れる事は無い。
 つまり、逆に言えば、一週間充電しなければバッテリーが切れるという事だ」

俊介の言葉。
それは正しかった。
もう嫌になっちゃうくらい正しかった。

「携帯を持っているからと思って、そこまでは教えなかったが……
 そうか、充電の仕方も教えなければ駄目だったか……」

何の為の通信手段なんだと、俊介は頭を抱えて嘆息した。

「…一か八かだが、携帯の方にかけてみよう」

そう言うやいなや、俊介はルクスの端末の方を操作して、登録してある星助の携帯電話へと着信を試みる。
ルクスは、ルクス間の通信のみに非ず、携帯電話として一般電話にも発信が可能となっている。
つまり、ルクスを持ち歩いていれば、ほとんど携帯電話は必要ないということになる。

「電波が届かないな。
 ……携帯の方は毎晩充電しているだろうし、星助が意図的に携帯の電源を切るとは思えない。
 おそらく、このサーカス内に妨害電波か何かが張り巡らされているようだ」

妨害電波。
ガーデン専用の特殊な電波を通信に用いているルクスならいざ知れず、通常の携帯電話を使うことは、これで当面は不可能となった。

「まいったね」

やれやれというポーズをしてみせる桐也。
ひらひらとしてみせた左手は、火傷が酷い。
俊介は考える。

(俺は出血が酷いだけだが、桐也の火傷は深刻だ。
 放っておけば、火傷した傷口から雑菌が入りかねない。
 治療が必要だ)

「桐也、火傷をみせてみろ」

「手当なんてできんのか?」

「菌が入らない為の、とりあえずの応急手当だ」

そう言って俊介は【ローゼン・メイデン】を発現し、一体のドールが花びらとなって桐也の火傷へとゆっくり貼り付いていく。
冷たい薔薇の花びらが、桐也の焼けた肌をひんやりとした感触で包み、多少なりとも痛みが治まっていくような感覚になる。

「お、結構クールだな。
 サンキュー」

親指をグッと立てて見せる桐也。
俊介はそれを無視して、ほたてへの制裁を終えた豚達へと視線を遣る。

「俺達は、こいつらを一旦保護して、サーカス内の捜索を続けよう。
 敵が何人いるか不明なのに加えて、まだ肝心の『人間を豚にするスタンド使い』を見付けられていない」

「了解!!」

桐也は威勢の良い声でそう言い、敬礼のポーズを取って見せる。
桐也特有のおどけであったがそれは、傷付いた仲間をさらに戦闘へと向かわせかねない選択をせざるを得なかった俊介の心を、少し軽くした。

「…よし、行こう」


********************
「一番奥の部屋まで来ちゃった」

そう呟くのは、宝井星助。
長いマフラーを揺らし揺らしてテント内を闊歩し、辿り着いたのは最奥の団長室。
ちなみに星助は、リザと別れて2階へと昇った後、そのまま道なりに進んだだけである。

「…中に誰かいる」

星助の感覚は意外と鋭い。
思考に頼らず直感に頼って戦ってきた(生きてきた)星助の、大きな特徴と言える。
真っ白なキャンバス――足跡ひとつ無い雪面のような心を持つ星助ならではの性質だ。
直感の鋭さならば、おそらくは機動警護部、果てはプレアデスガーデン内でもピカイチであろう。
そこに圧倒的な体術センスが組み合わされば、なかなかに星助は、印象よりもずっと頼りがいのあるスタンド使いと言える。
しかし、常軌を逸した世間知らずであり、頭で物事を考えるのが苦手なのはやはり致命的ではあるのだが。

閑話休題。

星助は躊躇わずにドアノブに手を掛ける――扉は何の抵抗もなく開いた。


「始めまして、そしてこんにちは。
 ガーデンからやってきた、小さなスタンド使いさん」

開いた扉の向こう――想像以上に広い部屋の隅に、そっと置かれた奇麗なデスクに着席していた人物が、しとやかな声でそう言った。
黒いマントを羽織り、黒いシルクハットを被った、すらりと背の高い女性だ。

「貴方がこのサーカスの団長?」

星助は、相手に気取られないように警戒の構えをとり、静かに部屋の中に足を踏み入れる。
室内をそっと見渡す星助――壁には多くの絵画が飾られており、星助にはその価値を見定めることはできないが、実はどれもが一級品ばかり。
さらに、大きな特徴として挙げられるのが、宝石店顔負けの豪華なショーウィンドウに飾られた煌びやかな宝石の数々。
この部屋の持ち主はかなりの宝石コレクターであることが、宝石の価値を見る目など全く持ち合わせていない星助にもひと目で理解できるほどであった。

「いかにも」

そう言って女は、被っていたシルクハットを右手に持ち、胸元へと当てて、そして優雅なお辞儀をして見せた。

「名乗らせていただきましょう。
 私が、このMAGIC PIG CIRCUSの団長にして、水底4姉妹長女、水底あわび」

「あわび?
 変な名前ですね…」

星助は眉をひそめた。
その裏で、相手が『4姉妹』と言ったこともちゃんと聞き逃さずに情報として頭に叩き込んだ――敵は、最低でも4人いるのだと。

「私の名前を聞いた者は皆、口を揃えてそう言います」

あわびは、フフっと口元だけで笑って見せた。
そのいちいち優雅な所作に、なんとなく胡散臭さを感じ取った星助は、一気に話の本題へと割って入る。

「あなた達は、人間を豚にしてサーカスをさせている。
 どうしてそんなことをするんですか?」

敵への言葉としては愚直なまでにストレートな星助の言葉。
しかし、その敵であるあわびもあわびで、また喰えない人間であり――星助の問いに対して、遠回りな会話を差し出してきた。

「それは誤解ですよ」

そんなことを言ってのけるあわび。

「貴方は、ガーデンの上司の方の命令でこのサーカスに来たに過ぎないのでしょう?
 実際に、私達MAGIC PIG CIRCUSの誰かが人間を豚にする所を目撃なされたとでも仰るのですか?」

「それは……」
言葉に詰まる星助。
確かに、この任務は御剣煌からの任務だ。
自分の目で、直接人間が豚へと変えられる現場を目撃した訳ではない。

「でも…このサーカスを見に来た友達が、返ってこない。
 連絡もつかないし、他にも同じような人が沢山いるんだ!
 このサーカスが立ち寄った日本中の色んな場所で、同じような失踪者が!」

上手い言葉が出てこない。
言葉上でのやり取りは、星助は苦手だ。
考えていることや、想いを、上手く言葉へと変換することが出来ない。

「フフ、素敵なマフラーですね」

「え?」

唐突な話題の転換に、星助は一瞬驚く。

「随分と長いマフラーですね。
 大切な物ならば、それは外しておいた方がいいかもしれない」

シルクハットを被り直しながら、あわびはこちらへと歩いてくる。
それを受けて、星助は僅かに腰を下げて重心を落とし、下半身を素早い移動が可能な状態にしておく。

「私達水底4姉妹の末っ子のしじみがね、人間を豚にするスタンド能力の持ち主なのですよ」

「何を言って…」

「豚にされた人間は、豚になった時は裸です。
 しじみのスタンドには、身につけていた衣服はどこかへ消えてしまうという性質があるのですよ。
 ですから、これから豚になってしまう貴方は、そのマフラーを外しておいた方がいい」

フフと、口元だけで笑う――が、先程とは違い、とても嫌な空気が星助の背筋を撫で下ろす。

「白状したな!!
 ガーデンの名の下に、お前を拘束し…て………」

グラリと、脳が揺れる。
揺さぶられる。
眩暈、立ち眩み、そのどちらとも言えないような奇妙な感覚が、首から上を支配していくのが分かる。
立っていられない――星助はその場に倒れ込んだ。
指先に力が入らない、体のどこも動かない。
強烈な眠気が、全身を蹂躙して――そして星助の意識はそこで途切れる。
あわびを――敵を目の前にして、体の自由を全て奪われた星助は、眠る。

「フェイクフィーリング。
 おやすみなさい、小さなスタンド使いさん」

不敵な笑みを口元に浮かべるあわびの背後に、黒い影が音もなく重なった。





【テレキャスティック・フェイク・ショー/水底あわび】
破壊力・C
早さ・A
射程距離・C(15メートル)
精密動作性・A
持続力・B
成長性・B
ビジョン・黒いマントに身を包んだピエロ。
能力・射程距離内に存在する対象一体を幻惑する能力。強烈な幻想の世界に引きずり込み、相手は意識を失い強制睡眠状態に入り、本体の思いのままの夢を見させられることとなる。手加減せずに意識を惑わせば、精神崩壊すら招くほどに強力な幻想を司る。





【宝井星助/エトワール ………強制睡眠】
真っ暗な海に浮かぶ月のように頼りなく、あてどなく――星助の精神は【テレキャスティック・フェイク・ショー】の作りだした幻想世界を漂う。
四方八方が真っ暗闇で、目を開いているのか閉じているのかすら自分で認識できなくなりそうな世界。

水底あわびの生みだした、精神の牢獄。

どんな屈強な精神を持つ人間であれ、この空間に閉じ込められたら最後、抗う事は許されない精神への直接干渉。
右手で左手へと触ることもできない。
両手とも確かな感覚があるのにも関わらず、自らの肉体すら形を成していないような不安定感。
そんな漆黒の時空の中をひたすらにふわふわと漂い続ける――それが【テレキャスティック・フェイク・ショー】の幻惑の世界。

星助は――まぶたを開いていても何も見えないので、そっと目を閉じて――眠るでもなく、考え事をするでもなく、ただただ在るがままにそこに存在する。
抵抗を試みない。
そんなことなど、考えようとすらしない。
真っ黒な――または真っ白な――凶暴なまでの色彩をしたペンキで塗りつぶされた心。
あわびが手加減せずに全力を以てスタンドを駆使したならば、この世界に閉じ込められた人間の精神は一瞬にして枯れ腐った木の幹のように朽ち果ててしまうが――あわびの目的は、妹の能力で星助を豚に変えることである為、せいぜい昏睡状態に陥る程度に能力のレベルを抑えて行使している。

星助の精神は、何も考えず、何も感じず、運転を停止した機械のように幻惑世界に横たわったまま、現実世界では時計の針が正確に時を刻んでいる。





****************

「さて、しじみを呼ばなければなりませんね」

カーペットの上で倒れたままの星助を一瞥して、あわびはデスクに備え付けてある電話の受話器を取った。
白くて細長い指が手慣れた様子で番号を入力すると、受話器の向こうからコール音が聞こえてくる。

「出ませんね……
 あの子のことです、どこかで隠れて何か食べているのでしょう…困ったものです」

やれやれと手を振り、芝居がかった大げさなアクションをとるあわび。
諦めたような表情をして、あわびはショーケースに飾ってある自慢の宝石コレクションへとそっと手を伸ばし、その中からひとつの宝石を手に取った。

「ああ…やはり美しい……」

瞳を潤ませて、手に取った宝石へと視線を注ぐあわび。
熱心な宝石コレクターであるあわびのコレクションの中でも、最も価値のある一品。
『ムーンリバー』と呼ばれるこのダイヤは、その透き通ったような色が天の川を彷彿させ、さらによくよく中を覗きこんでみれば、まるで月の船がまさにその天の川を渡らんとしているような絶妙なヒビが、内部に刻まれている。
まさに神の悪戯のようなその奇跡的な傷が、この宝石の価値を同等レベルのダイヤよりも数百倍へと高めた。
世界にまさにたった一つのミラクルストーン――水底あわびのお気に入りの宝である。

「宝石ほど美しいものはこの世界には存在しない。
 全ての価値ある宝石は、この私にもとへと集う使命にある……
 ガーデンの人間に邪魔はさせません」

そう独りごちて、あわびは星助に視線を移した。
異様に長いマフラーを巻いている――右手の人差指にはガーデンのスタンド使いの証であるリング。

「所詮は子供……眠ってしまえば可愛いものです」
フッと口元に笑みを浮かべて、あわびは眠る星助の柔らかい髪をそっと撫でる。
―――瞬間、あわびは星助の体が淡い光に包まれているのに気付く。

「……?
 なんでしょうか、これは」

あわびは、未知の現象に怯まず、そっと星助の髪に触れた手を放しながら、観察する。
優しい光に包まれる、星助の全体を余すとこ無く観察する。

「光が放たれているのは…マフラーからでしょうか?」

星助を包む光――その儚い輝きを生み出しているマフラー。
あわびはそれを警戒して、そっと被っているシルクハットに手を添える。

次の瞬間、空間から浮き出るように、星助のマフラーの影から小さなスタンドが姿を現す。
お伽噺に出て来る妖精を彷彿させる、愛くるしいぬいぐるみのようなスタンド。
そのスタンドが――あわびにそっと語りかけた。

「彼ノ精神ニハ、イカナル闇モ覆イ被サッテハイケナイ」

「…何を言っている?」

「曇リヒトツナイ変ラズノ星空……
 星助ノ真ッ白ナ心ハ、決シテ穢レテハイケナイ。
 アリトアラユル邪悪カラ、彼ノ心ハ私ガ守ル」

「他にもスタンド使いがいるですか…?」

あわびは周囲を警戒するが、スタンド使いはおろか人の気配すらしない。
この時水底あわびは、この物語の――宝井星助という一人の人間の運命の本質へと、思いがけず接触した、最初の人間であった。
がしかし、あわび本人はそんなことには微塵も気付かず、また星助自身もまだ何の自覚も認識も無い段階でしかない。

「私ノ名ハ‘アガペー’。
 彼ガ生マレタ時カラ、彼ノ心ヲ守護スル者」



【アガペー/本体不明】



それだけ言うと、アガペーは星助のマフラーの内側へと潜り込んで行った。
そして、星助は目を覚ます。
ふらふらとした体を両足で支えて、あわびの目の前で起き上がって見せる。

「………
 穏やかではありませんね、私のテレキャスティック・フェイク・ショーが生みだす幻惑の精神世界――フェイク・フィーリングから逃れた人間は、今まで一人として存在しない。
 納得のできる理由がなければ、あなたがそうしてぴんぴんして目覚めた事実を解決できません」

言いながら、一歩――星助から距離をとるあわび。

「……始めは…真っ暗な場所にいたんだ。
 明りも、星も、光るものは何も無くて、何も考えられなくて、だんだん意識が遠くなっていくような感覚だけ覚えてる…」

立ち上がって、ゆっくりと瞬きをしながら、自らの記憶の中を手さぐりするように言葉を紡ぐ星助。

「そう…それこそが私の幻惑世界です」

「でも、そんな真っ暗な空間に、ひとつだけぽつっと星が浮かんでるのに気が付いたんだ。
 とても寂しくって、なんだか寒くて……そんな時に、空に星があったんだ」

「星…空…?
 私は幻惑世界にそんなものを生み出した覚えはありませんよ」

「それはさ…なんていうか……
 地図さえないような暗い海を浮かんでいる小さな僕の船を、そっと進むべき方向へと照らし続けてくれているみたいに優しくて……
 僕にはお母さんはいないけど……もしもお母さんってのいうが僕にもいたら、あんな風に優しいんだろうなって、そう感じたんだ。
 そんな、光だった」

「…理解しかねますね」

「何が起きたかなんて僕には分からない。
 でも、今はそんなことはどうだっていい」

そう言って、星助はあわびへと強い視線を送る。
揺るぎない、決意を秘めた瞳だ。

「アナタに聞きたい事があります」

「なんでしょう」

「両親は元気ですか?」

「……?
 しばらく会っていませんが、健在ですよ」

星助の唐突で奇怪な質問に首を傾げながらも、きちんと答えを出しだすあわび。

「じゃあ、とても貧乏で小さい頃に苦労したとか?」

「いえ、父が投資家ですので、金銭的な苦労とは無縁でした」

「それなら、両親から愛されなかったとか?」

「貴方の言いたい事が計りかねます…
 一応、他人に家庭と比べても遜色のない家族関係であったと認識していますが」

いよいよあわびは星助の詰問にしびれを切らし始めた。

「う〜ん……
 あとは、なんだろう……」

ひとり思案に耽る星助。

「小さなスタンド使いさん、言いたいことはっきりと言いなさい。
 貴方の今までの私に対する問いは、何を見定める為に行われたものですか」

少し眉をひそめて、厳しい目つきになってあわびが問い返す。
それを受けて星助は、曇りの無い澄んだ瞳であわびを見据えて――

「貴方が、悪い事をする理由を知りたいんです」

と、そう言った。
「……はい?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまうあわび。

「だって、何の理由も無いのに、人間を豚にしたりはしないじゃないか。
 豚にされた子たちは、家族や友達と離れ離れになって、とても寂しい思いをすることになるんだ。
 そんな酷ことを、わざわざするくらいだから、何か理由があると思ったんだよ」

とても真面目な顔でそう言い放った星助。
だが対するあわびは、思わず噴き出してしまう程に星助の言ったことがおかしかった。

「ふははは!!
 なかなか面白いことを言いますね。
 いいでしょう、教えて差し上げます」

依然口元に笑みを湛えたまま、あわびは両手を開いて、まるでサーカスのステージで声を張る様に喋り出した。

「私はね、幼い頃から自分の名前が嫌いでした。
 あわびですよ?
 親のセンスはおろか、その人格までも疑いましたよ。
 醜いにも程があります。
 私は美しいものが好きなのですよ。
 花鳥風月、どれも美しい。
 しかし、私が最も愛するオブジェクトは、宝石です。
 見なさいこの部屋を。
 私が長年かけて、世界中をこのサーカスと共に渡り歩いて集めた宝石の数々を!!
 豚サーカスなど、所詮は末っ子のしじみのスタンド能力を使った資金稼ぎでしかありません。
 私の夢は、世界中の名だたる宝石をこの手に入れる事です。
 ですから、邪魔はしないでいただきたいのですがね、小さなスタンド使いさん」

話しながら、次第にあわびが戦闘の姿勢へと移行していくのを、星助は雰囲気から感じ取った。
しかし、それ以前に、星助にはひとつ気付いた事があった。

「…違うよ」

「違う?
 何が違うというのですか?
 私は、自分の崇高な夢に対して嘘偽りなく…」

「アナタは、サーカスはお金稼ぎだって言った。
 それは嘘だ」

「……何が嘘だというのですか」

「このサーカスが攫って豚に変えている人間は、未成年の女の子ばかりだって聞いた。
 ただのお金稼ぎなら、そんなとこに拘る必要はないはずだもの」

星助の視線は、あわびから少しもずれないまま、真っ直ぐな瞳で見据えている。

「このサーカスが女の子ばかりを攫っているって聞いてから、ずっと気になっていたんだけど、さっきのアナタの話を聞いてやっと分かった。
 貴方は羨ましかったんだ。
 普通の名前を持つ、自分以外の女の子が全員」

「何を…」

「だから攫って、豚なんかに変えたんだ。
 きっとアナタ達姉妹は、みんな似たような思いを持ってこのサーカスをやっているんでしょう?」


「 お 前 に 何 が わ か る ッ !!」

「でも、だからって人間を豚に変えるのは良くない。
 家族や友達との中を無理矢理引き裂かれた子達の思いが、お前に分かるのか!!」

星助はマフラーを締め直した。
これから始まる戦闘で解けてしまわないように、しっかりと端っこを結んで縛る。

「ああ、そうですとも!!
 私達4姉妹は、みな揃って自らの名前を好いていない…
 だが、そこから逃げたりはしない。
 私達は私達なりのやり方で、私達の名を笑った人間達を見返してやるのです!!
 こ の M A G I C P I G C I R C U S で ね ッ !!」

咆哮とともにシルクハットを振りかざすあわび。
漆黒のマントに身を包んだあわびのスタンドが姿を現し、部屋中を【テレキャスティック・フェイク・ショー】の幻惑が包み込む。

しかし、星助の精神は揺るがない。
しっかりと巻かれたマフラーに、固く握りしめられた拳。
全身に決意の籠った星助が、戦闘態勢に入る。

「残念だけど、このサーカスは今日限りでお終いにしてみせる。
 沢山の子に悲しい思いをさせるこんな場所は、この世界に必要ない!!」

星助の背後に、黄金色に輝くスタンド【エトワール】が現れる。
「サディスティックフェイクッ!!」

黒いマント翻して、あわびの薄い唇から声が上げられる。
対象の精神へと幻惑攻撃を仕掛ける『フェイクフィーリング』とは別の能力――対象の五感へと直接幻惑攻撃を放つ『サディスティックフェイク』。

「私が生みだした精神世界から抜け出せたのには驚きましたが、どちらにしても同じこと……
 直接戦うのは衣服が汚れてしまいますからね、避けたかったのですよ。
 ただ、それだけの理由です」

そう言って――

「まずは前菜(アペタイザー)から始めましょう」

【テレキャスティック・フェイク・ショー】の瞳に怪しい光が灯る。
すると部屋の壁にかかっていた幾つもの絵画がひとりでにそれぞれ宙へと浮かび、回転を始める。
そしてあわびの手の動きに合わせて、宙空で回転をする絵画達は星助へと向けて放たれるが、星助は【エトワール】の両手でそれらを受け止める。

「消えろっ!!」

【エトワール】に受け止められた絵画達は、星助の言葉通りに次々にその姿を煙のように消していく。
【テレキャスティック・フェイク・ショー】が生みだした幻惑にも、【エトワール】のエネルギーによる上書きは効果を発揮した。
星助はそれを確かに確認して、弾かれたようにあわびへと肉迫する。

「ふふ…物足りないと言った顔をしています。
 では、次はスープをお召し上がりなさい、小さなスタンド使いさん」

あわびがマントをバサァとはためかせ、それに合わせて【テレキャスティック・フェイク・ショー】も黒いマントを大きく開いた。
途端に、星助の視界に映る風景が変貌していく。
サーカスの団長室だったはずの壁が、天井が、床が――空間が全て溶け出したかのような一瞬のカオスを経て、次に眼前に広がった景色は、だだっ広い土煙り舞う岩場の中の落ちくぼんだ大地だった。
周囲を大小様々な岩石に囲まれた、緑の全く存在しない赤褐色の風景。
そしてそんなフィールドに、数え切れない程の兵隊、兵隊、兵隊。
岩場の上に、その陰に、大地の上に膝を付いて、直立して、それぞれ手に持ったアサルトライフルで一様に星助を狙っている。
星助にはその銃の種類は分からないし、せいぜい兵隊が日本兵の姿をしていることくらいしか判別は出来ないが――それでも銃というものが鉛玉を発射するものであることは知っている。

「サディスティックフェイク……
 少々手荒ですよ?」

遥か上空からそんな言葉をかけてくるあわび。
今星助の目の前にいる兵隊たちも、あびが浮かんでいることも、全て【テレキャスティック・フェイク・ショー】の操りし幻惑の成せる技。
ならば、「これは幻惑だから大丈夫」と目を閉じでもしていたら平気なのか?
否、あわびの【テレキャスティック・フェイク・ショー】は、幻惑を生み出すことにより、対象の『思い込み』を刺激する。
人間にとってこの『思い込み』というものは意外と無視できないものであり、プラシーボ効果という言葉に代表されるように、思い込みを利用した暗示というものは医学的にも取り入れられているほどである。
それを、刺激する。
あわびの生み出した幻惑は、無視できない。
素通りできない現実として、対象の五感と精神へと圧迫をかけるのだ。
つまり、否定しようとしても無駄なので……

「はぁぁぁぁぁ!!!」

立ち向かっていくしかないのだ。
刹那も怯まずに兵隊達へと駆けて行く、星助のように。
【テレキャスティック・フェイク・ショー】の幻惑に精神が屈服した時点で敗北であるが故に、逆にそれを打ち消す程の強い精神力を証明すればいい。
それは――今まであわびを打ち破った人間がいないことが証明しているように――全く持って簡単なことではないが、星助の短絡的思考はこの場合においてかなり有利な要素である。
そして同時に、本体不明のスタンド【アガペー】によって知らぬうちに精神を保護されている星助は、五感を狂わせる方の幻惑のみを打ち破れば良いのだ。

無数の銃口が星助を狙う。
「当たったら…死ぬ!」

視界に映る光景――スタンドである【エトワール】の防御でも防ぎ切れない数の弾丸が飛んでくるであろうことは容易に予測できる。
遮蔽物のない大地に立つ星助――とるべき唯一の手段は、【エトワール】で地面を力一杯に殴りつけること。
星助の足元から土煙が上がり、それが星助の姿を兵隊達から隠す煙幕となって立ち昇る。

「放てッ!!」

あわびの威勢の良い声とともに、星助へ向けられていたライフルが一斉に火を吹いて――虫けら一匹通り抜けることのかなわないような鉛の壁が押し寄せる。
容赦なく、間断なく。
数秒の後に、前方数十メートルを弾痕で塗り潰してから銃声は止む。

「小癪な真似をしますね、小さなスタンド使い」

土煙が晴れた大地には星助の姿はなく――代わりにぽっかりと空いた穴だけが存在していた。
【エトワール】の掘った穴――近距離パワー型のスタンドならば、人ひとりが身を隠せる程度の穴を一瞬で掘ることはさして難しいことではない。
ましてや【エトワール】はエネルギーの上書きをするスタンド――多少の弾丸ならば、その手で止めることが可能なのだ。
穴に潜ってしまえば、もはや銃弾は届かない。

「涙ぐましい努力ですね、ならばこれはどうでしょう」

上空で文字通り高みの見物を決め込んでいたあわびの背後で、【テレキャスティック・フェイク・ショー】の瞳はまたしても怪しい輝きを灯す。

「メインディッシュにはまだ早いですよ、小さなスタンド使いさん」


掘った穴に身を隠して外を窺っていた星助は、あわびが小さく呟いた声を逃さずに拾った。
そして、次の攻撃に備えて中腰になった星助は――‘落下’した。
自らが大地に穿った穴の中にいて、そこから落下するという奇妙――気付けば星助は、直径数メートルはあろうかという大穴の中を重力にまかせて落下していく姿勢となっていた。
空気の塊に全身を突っ込んで、身に付けているマフラーが、パーカーがその空気を含んで波打つ。

「これも…幻惑なのか…!」

星助の目に映る光景、肌で感じる風の流れ、神経が捉える現状の危機――その全てが紛う事なきリアルにしか感じられない。

「だからこそ、乗り越えなきゃならない!!」

星助は落下する自らの体を猫のように空中で捻り、真っ直ぐに下方を睨む。
垂直に落下するミサイル弾のように風の抵抗から自由を勝ち取り、ひたすらに長い白いマフラーが尾を引くように縦に流れる。

「彼に恐怖心というものはないのでしょうか…」

あわびが一瞬怪訝な顔をしたものの、星助を仕留める為の準備は抜かりない。
【テレキャスティック・フェイク・ショー】の幻惑は、対象に『まるで現実と変わらない』レベルの幻を見せる。
ゆえに、そこまで強力な幻惑を生み出して対象を陥れるには、事象の因果関係を重視しなければならない。
あまりに突拍子のない事態を差し出しても、相手の精神は、肉体は、神経は、それを現実とは認識しない――幻惑であると看破されてしまうのだ。
つまり、【テレキャスティック・フェイク・ショー】の能力を最大限に発揮するためには、相手の感覚に対して、あわびがどの程度の幻惑を繰り出すかという微細な駆け引きが必要になってくるのだ。
いきなり全身が串刺しになっている自分を想像させようとしても、そこにはリアルな因果関係は欠如しており、思考順序の鎖が崩壊してしまっていることになるのである。
ゆえに、ある程度の因果関係を踏まえて、適切な順序を踏んで、対象を幻惑の海で溺れさせなければならない――それがあわびにとっての戦いなのだ。
自らの名誉を侮辱した、全ての存在との戦いなのだ。


「見えたぞ!」

視界に大穴の底を捉えた星助は両腕を突っ張るように伸ばして、そしてその2本の細い腕で全身を支えて見事着地をしてみせた。
これは【エトワール】の両拳の宿る能力が星助の拳に重なったわけであるが、着地の際の負担となる衝撃を全て【エトワール】のエネルギーで掻き消したのだ。
逆立ちの状態から、跳ね上がるように上体を戻した星助は、穴の底からあわびがいるであろう遥か上空を見据える。

「次はどんな手品だ!」

「こんな手品ですよ、小さなスタンド使いさん」

あわびの声を星助の聴覚が捉えるが早いかいなか、穴の底で地に足を着いていた星助は、海の底にいた。
あわびは確信に至った。
今この瞬間も、目の前で【テレキャスティック・フェイク・ショー】の幻惑に包まれている少年を見据えて――その精神の特異性を認めるに足る確信に。
星助の精神は――おそらくは星助本人も知らないことではあるが――正体不明のスタンド【アガペー】によって保護されている。
そのせいなのか、それとも元々星助の人格がそういった性質を孕んでいるのかはあわびには判別しようがないが――星助に対しての幻惑には多少の無理が効くことにあわびは気付いた。
精神が保護されている為に、あくまで肉体――五感への関与しか出来はしないが、‘疑う’ことを知らない星助は、目の前に差し出された光景を素直に受け入れてくれる。

(ならば……少々思い切って仕掛けてみましょうか)

あわびは、水の底へと落ちた星助を見下ろした――逆に水の底にいる星助からは、宙に浮いて自分を見下ろすあわびを窺い知ることはできない。

(くそ……)

途端に水底に叩き落とされた星助――もちろんそんなことは予想だにしていなかったので、肺に空気を貯め込んでなどいない。
何も準備などしていないまま、深い青がたゆたう水の底。
だが星助は、気休め程度に口に含んでいた空気を消費してしまわない内に――躊躇わずに水面を目掛けて水を掻いた。

(息がもたない…!)

星助の思考は簡単だった――水の底に落とされたなら、地上へ出なければならない。
しかしそれは、あわびからしてみれば――いや、一般的な感覚に照らし合わせても――驚くほどに迅速な対応だった。
運動神経という部類において比類なきセンスを発揮する星助ゆえに、水の中を進む速度も速い。

(しぶとい…だが私は怯まない。
 確実な勝利を掴まなければ、安心して今夜眠ることができませんからね)

水中で溺れさせる魂胆だったが、その程度では星助を屈服させることはできないと学習するあわび。
そして、隙のない勝利への道程を頭の中で描き上げる。
同時に、星助が水の中から這い上がってきた――石畳に手をかけて、ザバァと水の音を立てて体を引きずり上げる。

「ゲホッ! ゲホッ!」

長時間に渡って水中で息を止めていた星助は、思い切り空気を吸い込んで、ある程度呼吸を整えてから周囲を見渡した。
自分のいる場所がどこかの川の淵だということは分かった――が、それ以外は良く分からない。
明らかに日本の造りではない建築物、石畳が敷かれた異国情緒溢れる街並み、その傍に屹立する大きな塔のような、タワーのような建物。
どこかで見たことのある風景だという気はしているが、判然としない。

マフラーやパーカーの水気を絞りながら、星助はあわびを見上げた。

「降りてこい!」

星助の声の先――遥か上空には――黒いマントをはためかせて浮遊しているあわび。

「お断りします。
 私は野蛮な殴り合いなど好みませんからね。
 それよりも、小さなスタンド使い、お体は大丈夫ですか?」

「なんともないよ」

「そんなことはないでしょう。
 あなたは今し方、多少なりとも水を飲み込んでしまったはずですよ」

「え?
 まぁ、そりゃちょっとくらいはね…いきなりだったし」

それを聞いて、口元に笑みを浮かべるあわび。

「シアン化カリウム…ご存知ですか?
 アニメやドラマなどで耳にしたこともあるでしょう、青酸カリという毒です。
 水に非常によく溶け、人体にとってとても有害に作用する毒物です」

シアン化カリウム――成人でもたった150〜300mg経口摂取しただけで致死量に達してしまう猛毒。
さらに皮膚から吸収することでも中毒を起こし、めまい、嘔吐、激しい動悸と頭痛などの急速な全身症状に続いて、アシドーシスによる痙攣が起きる。
致死量を摂取した場合は、適切な処置を施さなければ15分以内に死亡する。

「それを、その川に大量に流しておきました。
 既に、立っているのも困難ではありませんか、小さなスタンド使いさん?」

それを聞いて星助は、震える右手をそっと口元に当てた。
「毒とはいささか卑怯な気もしますが……
 最期の瞬間とは呆気のないものです。
 スウィートドリーム、小さなスタンド使いさん」

「うぅ…寒い…」

「!?」

「まだ1月だしなぁ…風邪ひきそう…」

そう言って、鼻をすする星助。
絶句するあわび。

「馬鹿な……!!
 一体どうして…いくらあの妖精チックなスタンドに精神を守られているとはいえ、それで毒を防げる理由にはならない…!」

僅かではあるが焦燥感に囚われるあわび。
しかし、精神に関与するスタンド使いだけあって、立ち直りも早い。

「…いや、落ち着きましょう。
 考えられる可能性はひとつ、‘彼は青酸カリを知らなかった’ということですね。
 おそらくは名前すら聞いたことなかったのでしょう、現代に生きる若者にあって信じ難い事実ではありますが」

認識が結果を左右する世界において、知識が自らの首を絞める事もあるということだ。
平たく言えば、‘知らないほうがいいこともある’という教訓か――いや、少し違う気もするが――

閑話休題。

青酸カリという毒物に関する知識を全く有さない星助には、その効果は及ばない。
【テレキャスティック・フェイク・ショー】の再三の幻惑攻撃を受けても、未だぴんぴんした状態であわびに揺るぎない眼差しを向けてくる星助。

「どうやら彼は神に愛されているようですね。
 ならば、その神の祝福ごと押しつぶしてしまいましょう。
 精神に関与できないのなら、回りくどい攻撃が通用しないならば……
 最も分かり易い、圧倒的な物量と質量を以て粉微塵にして差し上げましょう。
 躊躇いは、ありません」

あわびが高度を下げる。

「サディスティックフェイク!!」

石畳の上に立って宙を見上げていた星助を、背後から一発の弾丸が襲う――しかし、それは振り向いた【エトワール】によって即座に叩き落とされる。
だが、振り向いた星助の視界に飛び込んできた光景は、一瞬星助を後退りさせるものであった。

「くそ…卑怯だぞ!!」

そこにあったのは――人、人、人。
そこにいたのは――人、人、人。
ナイフ、包丁、バット――それぞれ何かしらの武器のような物を携えて、星助へと迫る。
彼らは一般市民である。
星助には、彼らを傷付ける事が出来ない。

「手は抜きません。
 メインディッシュまでのお膳立ては、きっちり行います」

エンジン音。
道路の向こう側とこちら側から2台の車が走ってくる――もちろんそれもあわびの【テレキャスティック・フェイク・ショー】が生み出した幻惑。
それらの車は――直接星助ではなく――星助へと迫る群衆へと突っ込む進路を取っている。

「危ない!!」

咄嗟に星助は駆け出す。
走る星助の目前には、十数人の敵意を持った武装集団、そのこちら側とあちら側から群衆を挟み込まんとする2台の車が迫る。

「ハァァァ!!」

スタンドは使わない――星助の鍛錬された拳法が炸裂する。
家庭用品で武装しただけの一般人など、星助に及ぶべくもない――手首を返し、頸椎に手刀を打ち込み、次々と制圧していく。
ちなみに、頸椎には運動神経の束があり、そこを的確に打てば気を失わせることは理論的には可能であるが、ドラマや映画で良く見るように簡単にはいかない――一歩間違えば命を奪いかねない技だ。
星助の場合は、鍛錬の成果と、【エトワール】の能力を僅かに発動させることによって一時的に運動神経のエネルギーの流れを妨げているに過ぎない。

「どいてて!!」

そう言いながら男を放り投げた星助は、首を動かして視界に2台の車を捉える。

「止めなきゃ!!」

車と車が正面衝突するのを防ぐため――また、それによって爆発が起こり、周囲の人々に被害が及ばないようにする為に、星助は【エトワール】を出して2台の車の位置を確認する。
「愚かな……
 私の作りし幻惑だと理解できているでしょうに……
 それでもわざわざ助けようとする意図が私には理解できかねます」

あわびがそう独りごちている間にも――いまにも星助は2台の車に挟み撃ちにされそうな状況になっている。
しかし、いくら高速で距離を詰めてくる車であっても、それは【エトワール】の前では意味を成さない。

「止まれ!」

【エトワール】が両手を左右に突き出してピンと張る。
2台の車がそれぞれ【エトワール】の左右の掌に衝突する形になるが、フロントバンパーの一部が【エトワール】の掌に触れた瞬間――車はピタリと運動を停止した。
星助の【エトワール】が生み出すエネルギーが、車の運動エネルギーを全て消し去ったのだ。
その分星助はスタンドパワーを消費することにはなるが、これは星助の【エトワール】にしかできない芸当だ。

「油断するにはまだ早いですよ!!
 小さなスタンド使いさんッ!!!」

上空、響くあわびの声。
同時に、星助へと落ちる大きな影。
尋常ではない程に巨大な物体が空に存在するという黒い証明であり、照明。

「な…なんだ…!?」

首を上へ向ける星助。
そこには、まるでビニール製のボールでも持つかのような気軽さで、頭の上へと伸ばした右手に‘エッフェル塔’を乗せたあわびが不敵に微笑んでいた。
今にも、その腕を振り下ろさんと言わんばかりに。

「そろそろメインディッシュですよ。
 小さなスタンド使いさん」

ここはフランスの首都、パリだったのだ。
星助のおぼろげな記憶は、おそらくテレビか世界史の資料集で見たことのあるパリの風景だったのだろう。

「な……!」

【エトワール】の両手で車を止めた姿勢のまま、星助は唖然とした。
そうしている間には、まだ気を失ってはいない群衆が星助へと群がってくる。
四面楚歌。



「エ
  ッ
   フ
    ェ
     ル
      塔
       で
        す
         ッ
          !!」



星助へと落下するエッフェル塔。
高さ(アンテナ込みで)324メートル、推定重量およそ7000トン―――が、星助に叩き付けられる。

「止めるしかない!!」

星助は停止させた車の隙を縫って、群がる群衆を足払いで転ばしながら、長いマフラーを靡かせてエッフェル塔の落下中心点を予測してパリの街を駆ける。
既に形がはっきり見えるところまで落下して来ている――もたもたしてはいられない。

「この辺か…!?」

おおまかな予測を付けて、星助は足を止める。
しかしやっかいなのは、依然として敵意を持った武装市民が星助に危害を加えんと迫り来ること。

「邪魔をしないで!」

仕方なく星助は、【エトワール】を出来る限り上空へと移動させてエッフェル塔の受け止めに当たらせ、自分は素手で武装した群衆の相手をする。
ナイフをかわして、その手首を捻って手を開かせる。
後ろからバットを振り下ろさんとしている男の存在に気付いて、後ろ回し蹴りで振り下ろされたバットをへし折る。
そして上を見上げた星助は、息を吸い込んで声を張った。

「来る…!
 エ ト ワ ァ ァ ー ル ッ !!」

星助の声に呼応するように、【エトワール】の両の掌が金色の光に包まれる。
【エトワール】の生み出せるエネルギーを全開にしている証だ。

「エッフェル塔だろうが東京タワーだろうが野球のボールだろうが、つまり全部一緒だ!!」

【エトワール】の両手がエッフェル塔を捉える。
圧倒的な重量の物体が、絶対的な速度によるエネルギーの加算を受けて、破壊的なまでのパワーで【エトワール】の両手に圧し掛かった。
さながら、隕石。
【エトワール】の両手から溢れていた光が、まるでエッフェル塔を包み込まんとするように迸り、閃光が炸裂する。

「ぐ…ぐぅ……!!!」

星助の体をズシリとした重たい衝撃が見舞った。
一瞬では、落下するエッフェル塔のエネルギーを全て上書きできなかった証拠だ。
現在、【エトワール】のエネルギーと、エッフェル塔のエネルギーが空中でせめぎ合いをしている。
そんなタイミングで、星助を包丁で切り付ける男。
エッフェル塔に全神経を集中していた星助は、それを避けることができずに、腕を切り付けられる。
白いパーカーを裂いて吹きだした鮮血、痺れるように熱を帯びる傷口。
星助は、歯を食いしばって、その男を張り手で突き飛ばす。
そして、全身を絞るように、咆哮を上げた。


「 星 (エトワール) の 輝 き よ ッ ッ !!!」

全身金色のスタンド――両腕を上げた姿勢の【エトワール】。
その両手から溢れる光が、エッフェル塔を包み込むように縮まっていき――やがて収束した。
次の瞬間――シンと、エッフェル塔が静止した。
そのエネルギーまでをも、静止させた。
2メートルもない人型の【エトワール】が、324メートルの物体を――7000トンもの重量を誇る物質を、その2本の腕で受け止めた瞬間だ。

「よし、止めたぞ…」

全身がピアノ線で縛られたような、キリキリとした緊張感。
しかし、これで、確かにエッフェル塔は止めたのだ。
勝利を確信した――そんな星助に――

「御見事です」

パチパチパチと――あわびの乾いた拍手の音が空から降ってくる。

「いや、本当に御見事としか言いようがありません。
 まさか受け止められるとは思ってはいませんでした」

「でも全然驚いてないじゃないか」

【エトワール】は、掲げたような状態になっているエッフェル塔を持ったまま、建物のない広い道路の上へとそれを放り投げた。
エッフェル塔な横倒しになって、天災クラスの地響きが幻惑世界に木霊する。
花の都が崩壊する瞬間である。

「正直言って、今の一撃で決着は着くだろうと思っていました。
 あなたは特別(スペシャル)過ぎる……有効な攻め手がこれ以上思い浮かばないのですよ」

エネルギーを激しく消耗した為に、全身を襲う疲労感と眠気が次第に強烈なものになって星助を揺さぶる。

「観念しろ」

若干ではあるが弱々しくなる星助の声。

「ですので、これでこのサーカスもフィナーレにしましょう。
 メインディッシュです、小さなスタンド使いさん。
 これが私の持つ、正真正銘のラストカード…」

あわびは――脱いだシルクハットを胸元へそっと当てると、口元にだけ笑みを浮かべるお得意の表情を作り、疲労が溜まっている星助を見遣る。
そして、美しく並べられた石畳をコーンと蹴って、高く高く跳躍し、傍にあった教会の屋根の上へと着地する。

「本日は、当MAGIC PIG CIRCUSに御出で下さり、まことに有難う御座いました。
 皆々様にどうか今宵は素敵な夢見を………」

その言葉を最期に、羽織った漆黒のマントに包まれるようにあわびは、陽が傾き始めたパリの空へと溶けて、消えた――。
残った星助は、舞い上がったシルクハットを何の気なしに見上げた。
シルクハットは、風の中をダンスしながら高くへと昇っていく。

「………ん?」

やがて――太陽とピッタリ重なって、シルクハットが生み出す一瞬の皆既日食の後に、耳をつんざく甲高い飛行音に星助は気付く。
利き手である右手はナイフの切り傷によって痛みがあったので、左手をサンバイザーのように目の上に当てて、星助は太陽の中へと目を凝らした。
シルクハットはもう空に無い。

「うそ……」

瞬間、だらしなく口をあんぐりさせてしまいそうになった自分を制して、星助は走り出した。
右手の傷も、わらわらと群がってくる一般人も、全てが刹那の内に意識の外へとフェードアウトするほどの衝撃。

「くそ……
 もう…体にうまく力が入らない…」

それでも星助は走る――目指すはエッフェル塔。
ついさっき自分で放り投げたその巨大な建造物へと駆け寄り、星助は手を伸ばす。

「このてっぺんなら……!」

スタンドに自分の体を放り投げさせて、可能な限りの速さで倒れているエッフェル塔の最も高度の高い場所へと辿り着こうとする星助。

――暮れなずむ異邦の空、幻惑世界の空
――彩り華やかに手入れされた花々
――たゆたうフランス第二の大河セーヌ川
――ゴシック建築の代表的建造物ノートル・ダム大聖堂
――そこからパリ中を見渡すは魔除けのガーゴイル

それら全てを嘲笑うかのように降りてくる、核ミサイル。
見上げた上空から落ちてくるミサイルを、星助は双眸で捉える。
吹きつける風に煽られてはためくマフラー、背後に従えた【エトワール】。
落下地点に予測を付け、パリの街で横倒しになっているエッフェル塔の上に立つ。

「もう…エネルギーが……」

星助のスタンド【エトワール】の能力は、手で触れた対象の『エネルギーの上書き』。
力学的エネルギー、化学エネルギー、原子核エネルギー、熱エネルギー、光エネルギー、音エネルギー、静止エネルギー、電気エネルギー、ダークエネルギー―――そしてスタンドエネルギー。
それらを上書きし消滅させる為に用いるのが、星助自身のエネルギーである。
当然それには一定の量が定められおり、それを超えてスタンド能力を行使することは、星助本人の戦闘不能を意味する。
そして今、エッフェル塔というおよそ常識では受け止めることさえ思い付かないような巨大な物体を【エトワール】で受け止めた直後である星助は、その小さな体に宿るエネルギーの大部分を消費してしまっていた。
全身をじわじわと蝕んでいく疲労感、染め上げるように脳を包んでいく眠気。
それらを必死に振り払いながら、星助は幻惑と戦っている。

【アガペー】に守られた精神への攻撃は無意味であると判断し、物量による肉体への攻撃へと勝利への手段を変更したあわびの戦術が確実に功を奏していた。

くらくらする頭―――両手で自らの頬を叩き、力を込めて両目を見開く。
ミサイルを、凝視する。
まるで加速しているかのように、近付いてくれば近付いて来るほど、それがどれだけの速度で落下しているかが良く分かる。
ミサイルによる推進力―――速度とは、それがそのまま破壊力に繋がるエネルギーだ。
そもそもミサイルとは人間を相手にして作られてはいない。
それを(スタンドの)手で止めようというのだ、おそらくは星助は歴史上で唯一の存在となるだろう―――生きていれば。


「はぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


ぐっと握りしめた拳、バネのように縮ませられた両足、気合いの雄たけび。
そして―――激突。

「少し…ずれてる…!」

落下予測地点が僅かにずれている―――といっても、1センチのずれもなく正確に予測することなど、最新のコンピューターを以てしても不可能であるので、目測で2メートルしかずれていなかった星助の感覚の鋭さは称賛に値するのであろう。
がしかし、その2メートルが命取りなのである。
ミサイルに、触れる事が出来ない。
ならば―――2メートル移動するしかない。

星助は、跳んで、飛んだ。

エッフェル塔から、ミサイルが通過する2メートル先の空中へと、身を放り投げた。
そして―――そこで、ミサイルを迎え撃つ。
上体を空へと向けた星助―――その体に重なるように姿を現す【エトワール】。
ミサイルの先端を包み込まんと、金色に輝く両腕を前に突き出し、野球のグローブのように大きく広げて迎撃態勢をとっている。

「3…

「2…

「1……」

接触。


「くぁぁああああああああああああああ!!!!!!」

星助の胴体に突き刺さるように激突したミサイルが―――しかし確かに【エトワール】によって先端を包まれ、受け止められていた。

「だ…駄目だ……
もう…力が…でない……」

だが、確かに受け止めこそしたものの、それはミサイルが星助に激突する衝撃のエネルギーを消滅させる事ができたに過ぎず、ミサイルの莫大な推進力そのものを上書きするには至らない。
そのまま、ミサイルに押しつぶされるかのように地面へと突き落とされる、星助と【エトワール】。
美しく並べられた、固い石畳へと、死へと、運ばれていく、星助と【エトワール】。

「止まらない…
 止められない…!!」

マフラーがほどけて、ミサイルの起こす風に巻き上げられて、飛んでいくのが、星助の視界の隅に映った。

「いいや、これはチャンスだ……
 逆に考えろ、これを止めることができたら、あいつに勝てるって考えろ…!」
星助は体を捻る。
両腕で受け止めていたミサイルから右腕を離し、それを迫り来る―――自分が迫っていく石畳へと向ける。
右手と左手を突っ張り棒のように体の左右に―――位置的には上下に伸ばして、ミサイルが地面へと激突するのを防ぐとともに、自らの体が潰されるのを防ぐ。
左手のみでミサイルを受け止めている為に、両腕でそうしていた時よりも負担が重くなるのは明らかであり、当然の事として更なるエネルギーの消費を要求される。
そして、右手のみで地面に激突する自分の体を守らなければならない。
このままでは、とてもエネルギーが足りない。
しかしこれが、苦肉の策であり、星助の残された唯一の策なのだ。

「エトワールが消えるか、お前が消えるか……水底あわびッ!!」

ミサイルを受け止めている【エトワール】の体が消滅していく。
眩い金色の輝きが、力を失うように霧散していく。
体の中心部から、腰、そして足へと、次第に人型を失っていく【エトワール】―――だがしかし、両腕だけは消えない。
肘から先の、二本の眩い腕だけは、その輝きを少しも曇らせることなく、迸り続ける。
それが意味することはつまり―――【エトワール】は消えたのではなく、両腕だけの姿になったということ。
前に、麻薬組織に身を置いていた少女のスタンド使い向嶺亜由美との戦闘において、星助が煙のスタンドに対抗する為に、自身の可能性の泉から見つけ出した、そして辿り着いた、【エトワール】のフォームのひとつ。
だが今現在、星助は意識的にこの両腕だけのフォームへと【エトワール】の姿を変化させたわけではなく、追い詰められた星助の本能が選び取っていた無意識の内の選択。
両腕だけ―――その意味は、力の収束。

例えば、ホースから吹き出す水の勢いを強めようとして、蛇口をいっぱいに捻る。
この状態が通常の【エトワール】だと考える。
やがて水は可能な限りの圧力をもってホースから流れ出続けるが、それよりもさらに水の勢いを強めたい場合はいかにすれば良いか。
つまり、さらに力を強めたい場合、力を収束させたい場合。
蛇口は限界まで開かれている―――星助の中に存在するエネルギーは既に全て【エトワール】が使用している。

この状態から、さらに力を強める方法はただ一つ。
蛇口を捻ることができないならば、ホースの先を半分つまんでやればいいのだ。
水が噴き出す排出口を半分のサイズにしてやれば、同じ量の水が吹き出そうとすれば自然とその圧力は増すのだ。
それこそが、【エトワール】が両腕のみのフォームへと変化した最大の利点。
どれだけ星助がエネルギーを振り絞ろうとも、【エトワール】という人型のスタンドの全身までそのエネルギーを巡らせなければならない場合、自然と両腕へと割り振られるエネルギーの量は決まってくる。
だがしかし、そもそも両腕しか存在しなければ、星助の宿るエネルギーは全て両腕へと送ることができる。
通常の戦闘こそ行いにくくなってしまうが、圧倒的な速度と破壊力を携えた核ミサイルを静止させなければならない状況において、両腕のみのフォームは最適の選択といえるのだ。
【エトワール】の両腕から左右に放たれる光の奔流が、ミサイルと石畳の挟み込まれている星助を中心に、次第にその輪を大きく大きく広げていく。

やがて―――轟音鳴り響く花の都に、一筋の金色の光が流れた。

それは、星助の中に溢れていたエネルギーが尽きる直前の、最後の一瞬の、最も眩い輝きを放った瞬間であった。
そして、同時に、核ミサイルが死んだ魚のように動かなくなって石畳の上に虚しく転がった瞬間でもあった。

「ありがとう、エトワール」

そう、呟くように星助がこぼした言葉が、まるで何かのきっかけであるかのように―――幻惑世界の空は、硝子が砕けるように崩壊した。
まるで周囲を全て硝子の壁の取り囲まれていたかのように、割れて、破片となり、砕けて、欠片となって、散ってゆく。
巻き起こる風に――その感触も幻惑であろうが――星助のマフラーをはたはたと靡かせる。
そして、風景は、初めへと回帰する。
初め―――すなわち、あわびと対峙した場所、MAGIC PIG CIRCUSの団長室だ。
そこには、片膝をついて、黒いビロードのマントをだらしなく床に付けたあわびが、今まで見せたことのない険しい顔付きをして待っていた。
「初めての経験ですよ…こんなことはね」

静かな空間だった。
サーカスの団長室―――対峙する2人は、両者ともに限界まで消耗している。体力の限界を迎えている星助と、精神力の消耗が著しいあわび。幻惑世界は崩れ去った。均衡しているように見える両者ではあったが、その実―――あわびは精神的に動揺していた。

最後の核ミサイルのことだ。
核ミサイルは、地面に衝突して爆発する―――ものでは、無い。

だが星助はそう思っていたであろう。
実際にミサイルが爆発した瞬間を見たことが無ければ、またそれに関して深く考えを巡らせたことが無ければ、あるいは同様の勘違いをしている人間は少なくないのかもしれない。だがしかしミサイルというものは、核爆弾という乗客を乗せた唯の旅客機に過ぎないのであり、爆弾の爆発という動作はまた別のシステムに委ねられている。そして爆弾の拡散効果をより広範囲に及ぼすためには、一発の核ミサイルでより多くの人間の命を奪うためには、ある程度空中で爆発させるのが核爆弾というものなのだ。

当然あわびはそれを知っていたし、そうするつもりだった。
ミサイルに【エトワール】の掌が触れる前に、爆発させるつもりだった。
それで終わるはずだったのだ。
だが、そうはならなかった。
何故か――――

「あなたの精神は…どうなっているのですか」

ふらりと立ち上がるあわび、なんとか自らの2本の足でおぼつかない体を支える。同じように憔悴していながらも、瞳の輝きはいまだ強い力を帯びている星助を見据えて、あわびは結論に達する。
【テレキャスティック・フェイク・ショー】が生み出す幻惑世界は、精神と精神が鎬を削る世界。あわびの生み出す幻惑から始まる世界。当然初期段階でのアドバンテージはあわびに在る。
だが、しかし、星助は抗った。
度重なって降りかかる幻惑の津波を、その体一つで乗り越えた。
あわびは、そんな星助に次第に押され始めていたのだ。無数の弾丸に怯まなかった星助に、落とし穴に驚かなかった星助に、毒が効かなかった星助に、エッフェル塔を受け止めてみせた星助に、次第に幻惑世界を司る精神のアドバンテージは移っていった。
そして最後の攻防において、幻惑世界における核ミサイルの定義が『星助の知識』へと移ってしまった。あわびが押し切られた瞬間だった。核ミサイルは、星助が思っている通り、『地面に激突して爆発するもの』になり、【エトワール】によって、星助の全エネルギーと引き換えに受け止められることとなったのだ。

星助の知るところではないが、これはほとんど正体不明のスタンド【アガペー】がもたらした勝利とも言えた。が、やはり幻惑世界で見せた底力こそ、真っ白なキャンパスのような心を持つ星助という人間の、強さの真髄と言えるだろう。

そこまでの考えに至って、あわびは口元に笑みをたたえて、言った。

「以上で全ての演目を終了します。
 お帰りの際は、忘れ物にご注意くださりますよう、宜しくお願い致します」

「サーカス、観たかったよ。
 本物の豚サーカスだったらね」

「なぜか清々しい気分ですよ、負けたのは悔しいですがね」

そのままあわびは、壁にもたれかかる様に気を失った。ずり落ちたシルクハットで、目元は窺う事は出来なかった。

「いや、ギリギリかもしれない。
 すごく眠たいよ……温かいけど、眠たい」

あわびに続いて、星助も倒れた。
星模様のマフラーが流れ星のように靡いて、そして床に落ちた。



【水底あわび/テレキャスティック・フェイク・ショー―――気絶】
【宝井星助/エトワール―――能力の代償としての疲労、睡眠状態】



「お疲れ様、星っ子」

部屋の隅に人間が立っていた。
全くの気配や予備動作を感じさせずに、文字通り『いつの間にか』そこに立っていた。
まるで星助とあわびの戦いが終わるのを見計らったかのようなタイミングで、現れた。

「はい、星夜には内緒のプレゼント」

逆立った赤い髪と、道化師のような意匠の服装が目を引く長身の女。彼女は「プレゼント」と言って、眠っている星助の上着のポケットへとそっと一枚のトランプを忍ばせた。
クローバーの7。

「さて、誰か来る前にお暇しなくちゃね」

そうひとりごちて、彼女は懐から別の一枚のトランプを取りだした。そしてたいした間をおかずに、彼女はそのトランプへと吸い込まれるように消えてしまった。
【サーカス内・ステージ】

ほたてを撃破した俊介は、ざっと見積もって50匹はいそうな豚を目の前にして、思案を巡らす。

(こいつらはおそらく…人間。スタンド能力の影響でこんな姿になっているはずだ)

全身に、刃物による切り傷を受けている俊介―――まともに活動できる時間は、そう残されていない。
同じように右手に酷い火傷を負っている桐也が、一人で何かを考え込んでいる俊介の顔を覗き込む。

「おいおい、何を考えこんでるんだ?」

「このサーカスに、人間をこんな姿へと変えてしまうようなスタンド能力保持者がいるはずだ。そいつを倒す」

桐也の方を見ずに、俊介は答える。
そんな俊介の言葉に、目を丸くして驚いた表情を見せる桐也。

「こいつら人間だったのか…」

そうひとりごちて、しげしげと豚の群れを眺める。

(…気付いてなかったのか?)

嘘だろ…と、誰にも気付かれないような小さな溜め息をつく俊介。
やれやれといった感じのアクションを、あくまで小さくだが、とらずにはいられなかった。

「じゃあよ、とっととそのスタンド使いを捜しに行こうぜ」
「いや、その必要はない」

俊介の手の中に、一振りの剣が握られる。

「向こうから来てくれたようだ」

振り向く桐也。
ステージ袖の、待合室の扉に設けられた小さな擦りガラスの窓の向こうに、大きな影が覆い被さっているのが分かる。
とても普通の人間の大きさじゃあない。
巨体で巨躯。
影でありながら圧迫感すら感じさせる存在感。

「マジかよ……
 オレもお前も手負いのこの状況で、まさかの化け物登場かよ…」

痛覚すらすでに麻痺してしまって、痛みすら感じないほどの酷い火傷を負っている右手へと視線を落とす桐也。
指の一本すらまともに動かせないことに歯噛みする。

「お前は下がってろ、俺がやる」

左手に携えた大きな剣を、左肩に乗せるように構える俊介。
そのまま、影が差している扉へと擦り足で接近する。

「おおっと、お前一人にカッコつけさせはしないぜ。
 まだ左手が使えるからな!」

桐也は【センチメンタル・マキアート】を発現させると俊介を追い抜いて、そのままの勢いで扉へと跳びかかる。
火の粉を撒き散らしながら放たれた【センチメンタル・マキアート】の左腕が、扉を突き破って対象へと突き刺さり、鈍い金属音が響き渡った。

「………」

金属音―――それに違和感を感じた俊介は、歩みを止めて、桐也が扉を叩きつけた際に巻き起こった煙の中を観察することに努める。
扉は木製、金属音がすることはない。


「もういっちょ!!」

対照的に桐也は―――姿が判然としない敵へもう一発叩き込もうと、拳を握り直す。
溢れる灼熱が【センチメンタル・マキアート】の左手を赤い閃光で包み上げる。
その炎によって桐也自身が火傷を負う前に、敵へと最大威力の一撃を見舞う。
「クール・グレネイドォォーーー!!」

謎の技名を叫びながら、繰り出される拳。
しかし放たれた一撃は、またしても金属音を打ち鳴らすだけであった。
今度は桐也もその違和感に気付き、眉をしかめて上を見上げる。

「桐也、下がれ!」

煙に紛れている桐也とは違い―――敵から距離をとっていた俊介の位置からは、既に敵の全貌は明らかになっていた。
【センチメンタル・マキアート】の拳を受け止めている大きな重火器の姿が、俊介には既に見えていた。

「なんだこいつは…」

敵の正体を捉えて、一瞬動きが止まる桐也。
その隙に、銃口が既に桐也を捉えていた重火器から、躊躇いのない一発が放たれた。
重厚な発射音を伴って打ち出されたレーザーは、ステージ全体を揺らせて、火事かと見紛う程のもうもうとした煙幕を吐き出し、桐也を撃ち抜いた。

「桐也ッ!!」

俊介は肩に担いでいた大剣を僅かに浮かせて、束に右手を添え、いつでも斬りかかることが出来る姿勢を取る。
そのまま、じりじりと距離を詰める。

そんな俊介を嘲笑うかのように、巻き上がる煙の中から2メートル半はありそうな巨大な人間が現れ、こちらを見下ろす。
砕け散った扉の破片を踏み潰しながら、手に持った巨大なレーザー砲の銃口をゆっくりと俊介に向けて、照準を合わせる。

「こいつ…女か…
 まさか水底4姉妹の末っ子ってのは…こいつのことか…」

リザと【ユーザー・フレンドリー】からルクスを通じて送られてきた、このサーカスに関するありとあらゆるデータと、サーカスが記憶している風景。
時間が確保できずに、まだ全てに目を通せてはいないが、このサーカスを取り仕切っているのは水底姓の4姉妹であるとデータにあった。
おそらく俊介と桐也が撃破したのは二女と三女であり、長女はこのサーカスの責任者なので、おそらく違うだろう。
すると、消去法で、目の前にいるこの巨大な女性は、水底4姉妹の末っ子ということになる。

「まぁ、女性の体のことについてとやかく言ったりするつもりはないが…」

「ぶひひひ!!
 お前は豚にしても、痩せ細っててあんまり美味くなさそうだぶひ!!」

「仲間を撃ったのは見過ごせないな。 かかってこい」

水底しじみ。
水底4姉妹末っ子。
年齢、15歳(中学3年生)。
趣味、食べること。
身長、258センチ。



【ハンティング/水底しじみ】
破壊力・なし
早さ・なし
射程距離・B(レーザーが届くまで)
精密動作性・A
持続力・A
成長性・E
ビジョン・巨大で重厚なピンク色のレーザー砲
能力・レーザーが当たった対象の生物を豚へと変える能力。レーザーはその性質上連射不可能。
段ボール箱を横に3つ繋げたくらいのサイズを誇るレーザー砲【ハンティング】。
その大きな銃口が、鎌首をもたげた大蛇のようにゆらりと俊介へ向けられる。

「ぶひひひ。
 男の豚肉は不味いぶひ。
 でも食えないことはないぶひ」

「はたして俺の言葉が通じているのか甚だ疑問だが…
 そのレーザー、撃たない方がいい」

左肩に構えた大剣を微動だにさせないまま、瞬きせずにしじみの抱えるレーザーへと視線を注ぐ俊介―――その足元を、豚になった桐也がよちよちと歩きまわる。
助けを求めているらしい。

【桐村桐也/センチメンタル・マキアート―――豚化】

「…しばらくどいていてくれないか、桐也」

そう呟いて桐也へと視線を落とす俊介―――まるで養豚場の豚でも見るかのような冷たい目だ。
その怒気に押されて、俊介のうしろへとトコトコ移動する桐也。
嘆息して、俊介は視線をしじみへと戻すと、その魚肉ソーセージ程もあろうかという太い人差し指が、今まさにレーザー砲の引き金へと掛けられようとしていた。

「豚肉を!!
 食べたいッ!!
 ぶひひひひひひひひィィーーー!!!」

「本当に頭の中はそれだけなのか…
……畏れ入った」

引き金が引かれる。
銃身の内側で収束された豚化エネルギーがピンク色の金属に覆われた長い砲身から俊介へと射出され、長く尾を引く桃色のレーザーが真っ直ぐに対象を捉える。

「お前は今まで豚にした人間の数を覚えているか?」

肩に構えた大剣を振り下ろす―――だがそれはしじみへはとても届かない。
振り下ろされた大剣はそのままステージへと突き立てられて、鎬をしじみへと向ける形で2人の間を遮った。
そしてレーザーが大剣の平面へと命中した。
寸分違わず、垂直に。
微塵も狂わず、直角に。
結果として、鏡に光が反射するように、綺麗にもと来た方向へとレーザーは跳ね返っていった。
当然それは、レーザーを発射した張本人へと命中することとなる。

「僅かに反射角を垂直方向で上にずらしておいた」

文字通りそのまま反射させては【ハンティング】へと命中してしまうレーザーを、わずかに上方向へと反射角をずらすことによって、正しくしじみ本体を貫くように微調整を加えての反“劇”。

「ぶひひ!?」

巨体、巨躯。
素早さなど伴うはずのない図体―――跳ね返ってくるレーザーを、目では確認できてはいても、体がその斜線上から動くことができない。
美しく磨き上げられた【ローゼン・メイデン】の刀身から放たれたレーザーは、サーカスのステージに光をばら撒いた。
パッと開いた光が落ち着いた時には、その中心には一匹の大きめの豚が頓挫しているだけであった。

【水底しじみ/ハンティング―――豚化】

ステージから剣を引き抜く俊介―――束を握ると、大きな刀身は薔薇の花びらとなって溶けるように消えていった。
そして、振り返る。
50匹以上もの豚が詰め込まれていたステージの観客席の方を―――。
【ハンティング】の能力によって豚になった人間はスタンド能力の使用が不可能になってしまう―――しじみ本人が【ハンティング】の能力で豚化した場合は、しじみによって豚にされた人間たちは元通りに人間へと戻り、しじみだけがスタンド能力を使えない豚のままであった。
ならばしじみが人間へと戻るにはどうすればよいのだろうか……と俊介は一瞬考えを巡らせてみたが、すぐにやめた。
やめざるを得なかった。
目の前で信じられない光景が花開いたからだ。

「助かったぜ俊介!!
 豚になった時はもうホントにどうしようかと思ったぜ〜おい…
 豚カツか、トン汁か、生姜焼きか、豚丼か……
 せめてそれくらいは自分で決めたいなぁと思ってよぉ」

「………」

「俊介?」

桐也は俊介の視線の先を追って、振り返った。
そこには、豚の姿から人間の姿へと戻った50余人の未成年の女の子達が、それぞれ唖然とした表情を浮かべてお互いを見つめあっていた。
彼女らは皆、ちなみに桐也も、揃いも揃って裸であった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

裸の女の子達を目の前にして、両手で顔を塞ぎながらも指の隙間から夢のような世界をちらちらと堪能している桐也。
自身も素っ裸だというのに。

「ぎゃあああ!!
 み、見るなですよ!!
 死ね! 死ね!!」

豚の姿から戻った小鳩が、こちらを見ている桐也を見つけて体を両手で隠して罵声を浴びせる。
桐也も同じように【ハンティング】の能力の被害者だというのに、裸の女50人と男1人という状況なので、必然的に桐也一人が責めを負う立場になってしまうのだ。
しかしそれも仕方ない、裸の未成年女性50人の裸を拝めているのだ、殺されても文句は言えまい。

「死ねですよ!
 似非クール野郎!!」

目に涙を浮かべながら罵詈雑言を吐き出す小鳩。
トレードマークの甘ロリファッションがどこかへと消え失せてしまったことのショックと、嫁入り前の娘でありながら一糸纏わぬ姿を見られてしまったことの衝撃とでパニックになっている。
桐也に背中を向けながら【ベイビィ・ザ・スターズ・シャイン・ブライト】を発現させて、大きな着ぐるみを身に纏って事無きをえる小鳩。
豚の着ぐるみだ。

「うるせー!
 こっちだってお前みたいなガキんちょに用はねェ!!」

「おい、桐也てめー!!
 だったら一体誰の体ならおててを合わせて拝むって言うんだ?
 あぁん!?」

【ユーザー・フレンドリー】のうしろに隠れながら、桐也に向かって言葉のナイフを投げつけるリザ。

「少なくともお前の成長性皆無のボディには興味ねぇよ!!」

防戦一方の桐也。
自分も素っ裸であるということを、目の前の光景のあまりに衝撃に、うっかり本人すら忘れてしまっている。
断ち切ることのできない悲劇の連鎖である。

「じゃあやっぱりこれか!
 みゃーこみたいにふかふかな体がいいのか!!
 男なんてどいつもこいつも変態遺伝子だな!!」

「えっち!!」

勢いで凄いことを叫びながら、茫然としている美弥子の胸を後ろから鷲掴みにしてそのサイズを強調させる。
そこに亜由美の罵声も加わった。
しかし確かにリザが言ったように美弥子は豊満な胸をしている―――もともと少しふくよかな身体つきをしている美弥子であり、それに加えて明らかに、起動警護部のメンバーに小鳩と亜由美を加えたメンバーの中で最もバストサイズが大きいのが美弥子であるのは一目瞭然であった。

「桐村くん…そんなことする人だったの…」

【ブルー・スカイ・キャット】の能力で生み出した長い反物状の生地を体に巻き付けて肌を隠す美弥子。
ふかふかの体を締め付けるように青い生地が美弥子の肌を覆い隠していく―――そのまま生地を伸ばし続け、操作し続けて、その場で裸のままうずくまっている女の子達の体へと覆い被さっていく。

「いやいや、よく考えてみたら俺だって裸だからね!?
 お前らさっきからめちゃくちゃ俺のこと見てるけどそれもどうなの!?」

「うるさいよ、変態遺伝子」
「似非クール」
「桐村くん…見損なった…」
「えっち」

それぞれの手段で裸状態を免れた4人が落ち着きを取り戻し、思い思いの言葉を桐也へとぶつける。
桐也の信頼回復には相当な時間を必要とするのは間違いないだろう。

「俺が一体何をしたんだぁぁ……
 ほら、俊介だってさっきからお前らのことを直視したまんまじゃないか!」

すがるようにそう吐き出して、背後で佇んでいる俊介へと振り返る桐也。
そこには、数十秒間微動だにせずに立ち尽くしている俊介が―――

「…俊介?」

様子がおかしい、そう思った瞬間と、剣が振り下ろされた瞬間は同じタイミングだった。
踏み出した足の火傷の痛みで僅かに上体を屈めるような形になっていなければ、桐也の頭は今頃、蓋を外されたバケツのようにパッカリと中身を晒すこととなっていただろう。

「なんだよ…!」

「おい、桐也…さがった方がいいぞ……」

リザが一歩前に出て、そう言った。

「ちくしょー、忘れてたぜ……
これは私のスタンド能力が情報操作系だから知ってるだけでよ、お前らはまだ知らねぇだろうけど……」

桐也が俊介から距離をとる。
ゆっくりと、猛獣を威嚇しないようにそうするように、そっと後退りをして距離をかせぐ。

「そいつ、女の裸を見ると…狂っちまうんだよ」


赤く染まった目。
白く変色した髪。
舞い散る薔薇。
真紅。
深紅。
辛苦。
記憶。

俊介の背後に浮かぶ、紫色のドール。
【ローゼン・メイデン】には本来存在しない、8体目の人形。

そんな俊介を前にして、リザがそっと囁く。



「スタンドを出せ……
 ………殺されるぞ」
「は…殺されるって…どういう意味だよ」

【ブルー・スカイ・キャット】の生み出した布で体を隠しながら、桐也はリザの顔を窺う。
毒吐きなリザにしては珍しく神妙な顔をしている―――それを見た桐也はリザの言っていることが冗談ではないと瞬時に悟った。
桐也、リザ、美弥子の3人は、俊介や星助がガーデンに入る前からお互いをよく知っている。
桐也は、リザが今のような表情をしている時は決まって真剣であることを知っている。
だから、桐也の視線は当然のように俊介へと移される。

白く変色した髪から僅かに覗く瞳は、鮮血で染められたように赤く、赤く、赤く―――
【ローゼン・メイデン】の8体目の人形。
俊介の四肢へと茨が絡みつく―――背後には、それを細い目で確認し、視線を桐也達へと向ける紫のドールが浮かんでいる。
放たれる重圧―――それは、とても通常の俊介が放つそれではない。
人間ですらないような、異質で、凶悪で、不気味な―――

「ちょっと…そいつどうしたのよ…」

亜由美は怪訝な顔つきで声を吐きだす。
それに答える声はない。
誰にとっても想定外な事態だ。

「美弥子、亜由美、リザ。
 お前らはその女の子達を連れて逃げろ。
 俊介の相手は俺が引き受ける」

3人の前へ進み出る桐也。
【センチメンタル・マキアート】を発動し、腰を落とす。

「カッコつけてんじゃねぇよ。
 お前が一番ボロボロじゃねぇか!」

「リザ、お前のスタンドは直接的な戦闘向きじゃないだろ。
 それに小鳩は戦い慣れしてねぇし、亜由美はもうスタンドを使えねぇ。
 第一、女の子をそんな格好で戦わせるのはクールじゃないぜ」

「うぉぉ……
 桐也さんがこんなに頼りになるなんて小鳩ちゃん知らなかったですよ…」

「うるせぇ、さぁ行け!!」

桐也の声が早いか否か―――【ローゼン・メイデン】の剣を両手に携えた俊介が風の速さで桐也の首へと刃を閃かせる。

「やっぱ速いな…!」

それを【センチメンタル・マキアート】の腕でガードし、俊介の手首を掴もうと手を伸ばすが、既にいない。
背後の風の流れが微かに変わったのを感じた桐也は、振り向きながら勘に任せて大きなモーションで身を屈めた。
そのすぐ頭上で赤い刃が振り抜かれ、桐也は首と胴体が切り離されるのを寸でのところで回避に成功する。
気が付けば桐也は既に、【ローゼン・メイデン】の7本の剣に取り囲まれており、どちらの方向へ身をかわしてもそこには鋭い刃が待ち受けている。
それ自体は通常通りの俊介の戦い方ではあるが、いつもと違うのは―――俊介の背後には常に紫のドールが身を構えていること。
そして―――白い髪、赤い目。
俊介の意識など残っていそうにもない―――狂気に半開きになっている口からは、深い吐息と涎が垂れる。

「速すぎる……
 人間の動きじゃねぇ…!!」

「桐也、守っていたらやられるぞ!」

リザの声を受けて、桐也は攻めの姿勢へと気持ちを切り替える。

「仕方ねぇが……しばらく眠ってもらうぜ俊介!
 体術だけなら、星助にも引けは取らねェ!!」

【センチメンタル・マキアート】の両手から火の粉が噴き出す。
赤い格闘家は攻撃の構えをとって桐也の背後で力を溜める。
そして―――擦り足から一気に床を蹴って正面の俊介へと飛び掛かる。

「悪いがお前相手に手加減はできないぜ!
 死にたくねぇからな!」
桐也の突撃を真っ向から受けて立つ俊介―――両の剣が桐也を目掛けてクロスを刻む。
それを【センチメンタル・マキアート】の左手の籠手だけで受け止める桐也―――伊達にガーデンのスタンド使いとしての経験を積んでいるわけではない。
先の戦いで追った火傷は幸いにも痛みは無い。
やるなら今しかないと、桐也は意を決する。
そして空いた右手を振り回し、周囲へとすさまじい火炎を舞い上げた。
目くらましだ。
そのまま、体を捻って俊介の鳩尾へと強烈な回し蹴りを叩き込む。

「手ごたえありだぜ」

ズボォと音がして、【センチメンタル・マキアート】の足が突き刺さるのを感じる。
しかし、違和感。

「違う、フェイクか!」

火炎の煙幕の隙間から見えたのは、固まった薔薇の花びら。
そこへ蹴りを叩き込んでいる【センチメンタル・マキアート】。

「馬鹿な…!
 あのタイミングでかわせるはずがねぇ…!」

「ボサっとするな桐也!!
 後ろだ!!!」

リザの叫びを聞いて初めて桐也は気付いた。
影が―――背後にいる“誰か”の影が、差している。
だが体の反応が遅い、脳が理解して認識するスピードだけが加速しているようだ。

そこへ、振り下ろされる刃。
交差する二筋の閃きが、桐也の首を刎ねんと風を切る。


だが、結果として桐也の命が摘み取られることは無かった。
閉じかけた目を開けて、桐也は確認する。
新しくその場に現れた“影”を。
そしてその影の“正体”を。

青く―――青く煌めくスタンドの腕が、振り下ろされた刃を受け止めていた。
そして、そのスタンドの主から声が発せられる。

「彼の相手は、この私が請け負おう。
 君達には説明しなければならないこともある」

幽波紋省副大臣にして、ガーデンの創設者でもあり、桐也達の絶対的なリーダーでもある男。
折り目正しいオーダースーツに身を包み、クルクルした癖毛の銀髪から鷹のように鋭い目を覗かせる。
御剣煌その人が、そこには立っていた。

「ネクサス・フォー。
 それが私のスタンドの名だ」



【御剣 煌/ネクサス・フォー】
「煌さん……!!」

桐也と俊介の間に割って入った人影。
その場にいるガーデンメンバーの誰もが一瞬茫然とする。
刹那の瞬間に、『ああ、これで大丈夫だ』とガーデンメンバーに思わせるその存在感。

「煌さん…どうしてここに」

「リザのユーザー・フレンドリーから送られてきたここのサーカスに関するデータの中に、少々気になるものが見つかった。
 まぁそちらの方は別行動している星夜とスピカくんに任せるとしよう。
 いや、任せざるをえないと言った方が正しいか…」

煌はぐるりと360度を見回してそう言った。
桐也と煌は全方向を【ローゼン・メイデン】の剣に囲まれている。

「リザ以外には説明をしていなかったが、このスタンドはローゼン・メイデンでありながらローゼン・メイデンではない。
 彼の……俊介の精神の凶暴な部分だけを切り取り、それをスタンドとして発現させている別のスタンド。
 ローゼン・メイデン・トロイメント」

【ローゼン・メイデン・トロイメント】―――ローゼン・メイデンでありながら、ローゼン・メイデンではないスタンド。
それはつまり俊介の精神でありながら、俊介の精神ではないということ。
異なる様相、異なる能力。
トロイメントとは―――『夢』

「彼は今、不本意な夢の中で出口を見付けることが出来ずに彷徨っているのだ。
 彼を救わねばならない。
 桐也、下がっていなさい」

煌のその一言を受けて、桐也はリザや美弥子の位置まで後退する。
「オレも一緒に戦う」と言おうとした言葉は、知らず知らずのうちに飲みこまれていた。
それはつまりそれだけ深層心理において、煌を、煌の強さを、桐也が信じているということを意味する。



「ガ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ !!!!!!!」


左右から2本の剣が煌の頭を串刺しにせんと交差する。
それを【ネクサス・フォー】の両腕でそれぞれ受け止める。
だが不思議なのは、剣の刃を握ったり、指で挟み込んで止めた訳ではない。
【ネクサス・フォー】の青く煌めく腕が、その指が触れた瞬間に、【ローゼン・メイデン・トロイメント】の剣はピタリと動くことを止めた。

「手遅れになる前に」

離れたところから俊介と煌の戦闘を見ていた桐也、リザ、美弥子は、次に俊介は、煌に止められた剣を薔薇の花びらへと変えてくると予想する。
【ネクサス・フォー】の戒めから解き放たれてから、再び剣の形となり煌を襲うであろうことは容易に予想できた。
問題は、その速さに対応できるかどうかだが、煌と【ネクサス・フォー】ならそれも可能のはず―――だったのだが。

【ローゼン・メイデン・トロイメント】の剣は、【ネクサス・フォー】の指で止められたまま、その姿を薔薇の花びらへと変える事はなかった。

「驚くことは無い。
 私のネクサス・フォーは、スタンド能力を無へと帰す能力。
 お前のローゼン・メイデンの、自在に操れる力も、姿を変える力も、私のネクサス・フォーが触れている限り、全ての特殊効果は無となる」



【ネクサス・フォー/御剣 煌】
破壊力・A
早さ・A
射程距離・E
精密動作性・A
持続力・C
成長性・E
ビジョン・ 青く煌めく人型。シンプルでありながら、美しさと力強さを感じさせる、完成されたスタンド。
能力・ネクサス・フォーのボディの表面は、スタンドによる特殊能力を全て無効化する。つまりネクサス・フォーにダメージを与えるには、スタンドによる物理攻撃を行うしかないのである。
煌の周囲を取り囲む剣が花びらへと変わる。
1本は俊介の手に、2本は煌の手に、残りの4本が幾枚もの薄い花弁となり煌の視界を塞ぐ。
全方向への対応を余儀なくされる煌だが、その鷹のように鋭い眼光は鈍らない。

「俺達も力を貸した方がいいんじゃねぇのか…?
 煌さんの力を疑ってる訳じゃあないが、相手が相手だぜ」

離れた場所から煌と俊介の動向を見守る桐也は、いてもたってもいられないといった様子で、リザへと詰め寄る。

「いいから黙って見てろっつの。
 お前は煌さんのスタンドを知らないし、煌さんの圧倒さを知らないんだ。
 あの人が戦うと、 戦 い じ ゃ あ な く な っ ち ま う ん だ よ 」

リザの言った言葉の意味を図り切れぬまま、桐也は煌へと視線を戻す。
そして戻した視線は奪われる。

煌の周囲の花びらは同時に剣へと姿を変え―――それに視線を奪われた煌の視界から、俊介が消滅する。
そこには、俊介がその手に握っていた蒼い剣だけが浮いている。
時でも止まったかのように、空間を飛び越えたかのように、音もなく、影もなく、予備動作も事後動作なく存在していた座標から 消 失 した。

「消えた!!」

思わず緊張で握り締めていた拳をさらに堅く握り、桐也が声を上げる。

「それが…トロイメントの能力だな」

煌は呟くと同時にその身を翻し、背後からの剣戟をかわす。
全くの死角から、全くの背後から、別の剣を握った俊介が斬りかかってきたのだ。
スーツの裾が切り裂かれ、黒い高級な生地の破片が舞う。
死角からの攻撃、無音の暗殺術ともいえる一撃をかわした煌―――それはシンプルに煌の身体能力と勘のなせる技。

「……瞬間移動か」

そして、攻撃をかわしてお終いでは―――当然、無い。
たった今自分がかわした剣を掴まんと、【ネクサス・フォー】が手を伸ばす。
だが掴まれればコントロールを失うことを経験則で知っている俊介は、本能的に(最も今は本能のみで動いているが)その剣を花びらへと変化させる。

「トロイメント……
 ふむ、暴力的になっている分、攻撃性能と移動性能は格段に上がっているようだな。
 だがその半面、俊介の最も特筆すべき長所である判断力がガタ落ちだ。
 恐れるに足らん」

目前で花びらへと姿を変えた【ローゼン・メイデン・トロイメント】の剣―――だが煌は、舞い散る花びらの一枚を【ネクサス・フォー】の指で掴んだ。
連なる花びらの全てのコントロールが失われ、【ネクサス・フォー】が掴んだ花びらから俊介の手元まで伸びる赤い薔薇のロープとなる。
射程距離内を自在に動かせる【ローゼン・メイデン】の能力が【ネクサス・フォー】の能力によって掻き消されたのだ。

「これがネクサス・フォーだ。
 私に小細工は通用しないと思え。
 もう、遅いがな」

形容するなら赤い糸。
それは切れることなく、煌と俊介を繋ぐ。
一呼吸置くことすらなく、煌はそれを力一杯に手繰り寄せる。

「いつまで寝ている、俊介」

自らのスタンドにその細い体を引かれ、そのまま【ネクサス・フォー】の射程距離に入る―――青く煌めく腕が、俊介に絡みついた茨の先の、俊介の背後に浮かぶ紫色のドールの首を掴む。
すると【ネクサス・フォー】の能力によって、その紫色のドールは煙のように跡形もなく消え去った。
最後に一瞬、煌を睨みつけるような視線を感じたが、煌はそれを見返し、言った。

「いつか俊介自身が、お前を消滅させる日が来る」

紫色のドールは消え、俊介に絡みついた茨も、白くなった髪も、赤くなった瞳も―――全てが元に戻った。
俊介へと駆け寄る桐也と美弥子を見ながら、煌は思案にふける。

(ネクサス・フォーの能力ではスタンドそのものを消すことはできない。
 つまり、あのトロイメントを操っていた紫色のドールは、ローゼン・メイデンに対して何か付随的なものであるということか……
 ふむ……厄介ではあるな、一体誰の仕業か……)



【ローゼン・メイデン・トロイメント/松山 俊介】
破壊力・A
早さ・A
射程距離・D
精密動作性・A
持続力・C
成長性・B
ビジョン・通常のローゼン・メイデンの7本の剣と、本体の背後に佇む紫色の8体目のドール。また茨が絡みつく、髪色や瞳の色が変化するなど、本体の外見が著しく変化する。
能力・通常のローゼン・メイデンの能力に加えて、ある剣を握っている状態から別の剣の柄を握っている状態へと移動できる能力が加わる。事実上、剣から剣までの瞬間移動。このトロイメントが発動している状態では、俊介の意志はほとんど消滅し、俊介という人間の中に存在する暴力的な精神面だけを具現化させた紫色のドールが全てのコントロールを司る。
倒れている俊介の周囲に駆け寄る桐也と美弥子。
後ろからリザと亜由美が近付いて来る。

「煌さん…!
 俊介は……」

「大丈夫、気を失っているだけだ」

煌が緩んだネクタイを締め直しながら穏やかにそう言った。

「めんどくせぇ奴だぜ……」

リザが吐き捨てるように言ったが、その言葉に美弥子は眉をしかめる。

「そんな言い方しないでよエルちゃん…
 彼はみんなの為に戦ってくれたんだよ…?」

「あー?
 なんだよ猫ぉ、このあたしに何か文句でもあんのか?」

美弥子の青く長い髪を鷲掴みにし、頭をぐりぐりと捻る。

「ああ~、ごめんなさい…!!
 ご…ごめんなさい……」

美弥子は涙目になってリザの手を振り解こうとする。

「お前らこんな時に何やってんだ…
 どんな時でも、クールにだぜ」

「これがガーデンのスタンド使いなの?
 こんな奴らに負けたなんて信じられない!」

「お前達、周りにいる一般人を忘れるんじゃない。
 速やかに全員分の衣服を調達し、安全な場所まで退避させ、人数確認の後に行方不明者の数と照らし合わせて確認作業を急げ」

煌の一言で全員が背筋を伸ばし、自らに与えられた使命を再び思い出す。
ガーデンのリーダー。
どんな時でも信頼できる圧倒的なスタンド使い。
無効化のスタンド使い。
彼の存在が、まだ幼いスタンド使い達を束ねるガーデンを支えているといっても決して過言ではない。

「「「了解」」」

部下達の顔を見渡し、行動の指示を飛ばす煌。

(星夜、スピカ。
 そちらはお前達に任せるとしよう)



********************************

夕紅が紺碧へと溶ける空。
サーカスのテントの頂きに、揺らめく影ひとつ。

逆立てた赤い髪。
道化師のような衣装を身に纏い、満足気な表情をした女。
細い手の中でトランプの束を弄びながら、上空よりサーカスの敷地内を鳥瞰する。

「人と人が引かれ合い―――そして繋がっていく様は、まるでこの果てしない空に浮かぶ無数の星のよう」

口元に穏やかな笑みを湛え、背後の人別へと語り掛けた。

「そうは思わないかい、星夜?」


サーカスのテントの上―――浮かぶ影がふたつ。


「古代ギリシアの天文学者達は、夜空に浮かぶ星と星を結んで星座とした―――
 偶然のようでいて、必然のような繋がり―――
 そう言いたいのでしょう、咲黒」

星夜の黒いローブを微かに揺らす程度の風が、2人の間を吹き抜ける。

「さすがは星夜だ。
元ゾディアックのナンバー3。
星空の運命論者……」

咲黒と呼ばれた女は、軽い手ぶりで星夜へと称賛の拍手を送る。

「貴女の芝居がかった口調も相変わらずですね、咲黒
 ゾディアックのナンバー7、境界の道化師。」



【紅 咲黒(くれない ざくろ)/???】



「いいものだね、昔の仲間というのは」

咲黒は穏やかな頬笑みを星夜に向けた。
その顔だけを見ればとても綺麗な女性なのだが―――星夜は知っている、目の前の女が、星夜の知るどんな人物よりもその思考を読めない不可思議で不気味な人間であることを。

「生憎ですが、私は貴女方を仲間だと思ったことはありませんよ」

「あら、私の片思いだったのかしら?
 冬の月のように冷たい、そんなつれないところも変わってないね、100年前からほんの少しも」

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