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lll小説『月迷三国志』lll連載中コミュの第六章:[連合軍解散と月迷軍の再起]八〜九

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第六章:[連合軍解散と月迷軍の再起] 八〜九

一〜五
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六〜七
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まずは一〜七読んでない方は↑からどぞ
一気にUPでややこしくてすいません;;




「周翔。昼御飯の後に皆を集めてくれ。月迷の戦略会議を開きたい。」

劉義は大々的に皆を召集することにした。
久しぶりに月迷軍の全員が一同に会した今、
次の一手を練らねばならないからだ。打倒董卓連合軍が解散し、
全国の諸侯等に遅れを取るわけにはいかない。
董卓戦を経て大きな痛手を受けたものの、気付けばしっかりとした土台が出来つつある月迷軍となっていた。
自然には何かを失うとそれを補おうとする働きが存在しているのかもしれない。これが正負の理なのだろうか。一端、負の方向へと振れると正の方に向かう反動がつくものだ。
劉義は少年時代の師である陶岱爺(トウタイジイ)さんがそのような事を話してくれたのを思い出した。

「栄枯盛衰が自然の摂理なのじゃ・・・・。誰もこの摂理には逆らえん。だが逆らえないのだが利用する事が実は出来る」

普通なら逆らえないとしか言ってくれないが、陶岱爺の話にはいつもその後があった。意味深に笑みを浮かべながら語ってくれたものだ。当時はさっぱり理解できなかった事も今になるとぴんと来る事がよくでてきた。
陶岱爺さん・・・。元気にしているだろうか。

十二、三歳の頃、山へ狩りをしに出かけた時のこと。
変な輩の集団に絡まれていた所、そいつらを追い払ってくれたのがきっかけで知り合った。
山奥に一人で来てはいけないと叱られた。

「一体何をしているのじゃ。」
「あ・・。いやただ狩りをしにきただけだよ」
「うむ・・・。そんないい服着てたら狙われるに決まってるじゃないか・・・。いかにも金目の物を持ってますと教えてやってるようなものだ。それで何を狩ってるのかね」
「猪だよ。猪は焼くと旨いんだよ」
「そんな事は知ってるわい。猪位食ったことはあるさ。猪が食いたいのかい?」
「食いたいから来たんだから食いたいに決まってるじゃんか」

爺さんは恐い顔付から一転して始めてにやりと笑った。

「そうか、わかった。なら手伝ってやろう。捕まえたらうちで焼いてご馳走してやるわい」
「本当に?」
「まー見ておれ」

それから猪のよく出没すると言う所に移動してしばらく待った。すると本当に猪が通りかかった。爺さんは鮮やかに持っていた槍を猪目掛けて投げると見事一発で仕留めたのだった。猪を引きずって爺さんの住んでいるという家まで運んで焼いてくれた。山奥なのに結構でかい立派な家に住んでいた。使用人も何人か居た。こんな事があったのをきっかけにそれから何年間か剣術と学問を教えてもらいに家に通うようになった。いやむしろ遊びに行ったついでに剣術と学問を教えてくれたと言った方がいいだろう。いつからか岱爺と呼んでいた。その昔は知る人ぞ知る伝説の武侠だったらしい。時々来客があって、いかにも屈強な武人がやってくる事もあったのだが、そんな一人が言うには

「陶岱先生はめったに弟子をとってくださらんから、君は恵まれている」

のだと・・・。確かにどの客人も岱爺に対してえらく腰が低かったので、そんなに偉い爺さんなのかと少しばかり誇らしげに感じたものだった。
久しく陶岱爺にも会っていない・・・。
暇(イトマ)が出来たら一度会いに行きたいものだ・・。


昼御飯を終えて役所の大広間にやってきたのは趙慶、周翔、来兄弟、を筆頭に十人弱の面々であった。劉義も皆がそろったと報告が入ったのですぐに広間に入った。

「それでは月迷軍の戦略会議を開きましょう」

早速そう切り出して会議が始まった。
部屋には季節の果物と来兄弟が襄陽から持ってきた茶が用意されていた。

「我ら月迷軍の行く末を吟味する重要な会議であるゆえ、意見のあるものは遠慮なく発言していただいてかまわぬ。」

皆とりあえず静かに劉義の話すのを聞いていた。

「まずいくつかの課題を挙げてゆく事にする。その前に理解していただきたいのは月迷軍がどこへ向かおうとしているのかという事である。新参の来兄弟も居るので今一度聞いていただきたい。月迷軍の使命とは世を正す事が根本にあるのだというところから確認してもらいたいのだが、しかしただ世を正すのだといってもそれではあまりに漠然としすぎている。
ではその為には一体どういう方向へと進まねばならぬのかと具体的に話をせねばならぬ。まず何よりも軍事力を温存する事。そして次に領土を拡大する事。つまりこの支那で名だたる勢力としての地位を築かねばならない。今はまだ董卓戦でもお分かりの通り、もっとも最小の勢力に過ぎないのだ。このままではいつしか列強する諸侯らの前に淘汰されるのも時間の問題であろう。
実際北東の長沙の孫堅がいつ攻めてくるやもしれない。彼を見ていて大人しくしているとは到底思えぬ。だがここ零陵は地理的に支那の南の果てにある為孫堅が領土を広げるとすれば北進するはずだ。幸い零陵は長沙の南西に位置している。我らは地の利を得ていると言ってもいいだろう。
しかし逆に考えれば我々が全国の諸侯等の熾烈な領土の取りあいに割って
はいる事を考えれば、零陵はあまりに支那の中心より離れ過ぎている。そこで今後どう月迷軍として駒を進めるかについての妙案の在る者が居れば発言していただきたい」

そういうと皆の顔を見回した。
すると来知が早速口を開いた。

「孫堅が北進したいと考えてるだとうというのは間違いないでしょう。しかし南に我らが居ては安心して北進できないとも考えられます。故に必ずしも攻めてこないとは言えぬのではないでしょうか・・・。つまりまず月迷軍を片付けてから心置きなく北進すると考える可能性も十分ございます。
そこで私はやはり武陵しかないのではと考えております。武陵ならば襄陽と零陵の間に位置しておりますし、支那の中心にだいぶ近づける為よいと思うのです。長沙の孫堅を攻めるにはどう考えてみても兵力的に差がありすぎますし、しかも戦うのは厄介な相手です。さらには孫堅がもしも零陵を攻めて来た場合最悪武陵をおさえておく事で逃れる場を確保する意味合いにもなりえます。ともかく長沙攻略という選択肢だけは避けるべきでしょう。今の月迷軍にとってはあまりに手強い相手です」

聞いていた周翔や趙慶もおおむね異存はないようでうなずいていた。
なかなか的を得ていると言わんばかりであった。

「うむ。武陵でござるか。確かに零陵を起点に考えれば悪くないのかもしれない。しかしあそこはここ以上の田舎であるのも確か。相当寂れている上に小さな城に過ぎない・・・・」

そう言い返した劉義へ周翔が口を挟んだ。

「いや将軍。確かに規模が小さくさびれてはいますが、この零陵とてはじめは同じでしょう。趙慶殿の手腕を持ってすれば半年もかからずこの零陵同様ある程度立派な城として機能するようになるかと思われます。」

周翔に続いて来知が続けた。

「しかも武陵でしたら荊州の州牧劉表もあそこに住み着いている逆賊陶龍軍の残党を追い払うという名目で攻めるのだという事で納得するでしょう。やはり劉表と不仲になるのは避けるべきですし名分も立つというものです。資金面の心配はしていただかずともよいですよ。我々が出来る限り援助したいと考えております。」
「なるほど。武陵か・・・。確かにこの零陵へ帰ってくる時に感じたのはこの零陵の遠さなのだ。少数で駆ければ大きな問題とはならんが、軍を動かすとなるとこの零陵から出陣するだけで兵士が疲れきってしまうからな。武陵ならば大分地の利がよいのはたしかだ。襄陽にも近いし・・。」

そう劉義が言うと少し考え込んでしまった。
しばらくすると何かひらめいた様にまた語り始めた。

「どうだろう。この際、零陵を捨てて武陵を本拠地にしようではないか。つまり董卓が遷都したように我々も民もろとも大々的に移住してはどうだろうか。民を連れて行き武陵城の防備も補修し、趙慶殿がこの零陵に命を与えた様に作り直そうではないか。うむ。それがいい」

また大胆な事を思いついたなとでも言いいたげな顔を周翔はしていたが、
反論はしない。他の者もしばらく静かに考え込んでいたがこの突飛な案にあながち反対でないようだった。

反対する様子がないので劉義は早速その方向で会議を展開させていった。
とりあえずしなければならないのは陶龍軍の残党を討伐する事。
陶龍軍といっても昔の様な勢いもない。月迷軍に零陵から締め出されて、桂陽では孫堅に追い出され、残党が武陵に居座っているに過ぎないのだ。
全軍挙げて出向けば戦わずして降伏するか逃げ出すかだろうと思われた。
会議は順調に進んだ。どんどんと計画が深みを増し始めは少々非現実的な案にも思えたのだが、皆の良案によっていよいよ現実的に武陵攻略への道が開かれる事となった。

来哉は早速に襄陽の劉表へ武陵攻略の件を知らせるため馬を走らせたが、
劉表に異存は無くむしろ賊の残党がきれいに一掃される事を快く思っているとの事であった。だがそれも発言力のある来兄弟が月迷軍に居るのが大きく影響していたのは言うまでも無い。それ程来兄弟と劉表の間には信頼が養われていると言ってもいいだろう。

食料確保の為「武陵を豊かな領地に」ということで、農業に力を注ぐ事を重視したのだが、長らく農民が離れた土地では作物は育たない。
その為それならばと土ごと零陵から持ってゆくことにしたのである。これを提案したのは舜憂であった。なかなか柔軟な発想をするなと舜憂をあまり知らなかった劉義も周翔も感心した。舜憂を信頼したのは趙慶並びに来兄弟を信頼するが故にという間接的なものであったのだが、この武陵攻略での関わりの中で舜憂自身への直接的な信頼も築かれ始めたのであった。
そして結局、土ごと運ぶという発想から派生して来兄弟は馴染みの商人から近隣の州の肥沃な土を大量に購入する手配までしたのである。
傍から見れば前代未門の計画であったが、それもこれも人材が集まってきたからこそ可能になったものであった。
理解を得るのに時間がかかると思われた零陵の民も武陵への移住については前面的に賛成してくれた。というのも月迷軍の統治下であるならという事が何よりも重要だと思ってくれたからのようだ。
これもまた零陵の民政に民が満足していたからに他ならない。
そもそも半数以上の者達がこの一年で月迷軍の領土に自ら移住してきた民であった事も大きい。

ある程度計画が固まった時点で、陶龍軍討伐の先鋒隊として李雪に二千の兵をつけて出陣させると、半月もしない内に制圧したとの報告が入った。
そればかりか賊の半数が投降してきたのだという。
あえて李雪を隊長にしたのは元々盗賊団の出身であったから、上手く説き伏せて無用な血を流さずにすむとも思っての事であった。
制圧の知らせが入るとすぐに準備していた資材を運ばせるため更に二千の兵士を出陣させた。
李雪にはそのまま武陵にて城内の掃除やら新たに土地の開墾をさせ、着実に大移動の準備を整えていった。とにかく大工作業の得意なものやらを選び出し、また来兄弟が襄陽から数十人の建築の熟練工を雇い武陵へと派遣してくれた。
城壁の修復から始まり土地の開墾、土の運びいれ、民の住まいの建設も兵士総動員ならびに零陵の民の二割程の人員が武陵に命を吹き込んでいった。
この計画が実現可能となったのも趙慶が留守の間極力蓄財や兵糧の貯蓄に力を注いでいたからでもある。趙慶いわく、

「これでは、支那の政治も腐敗しますよ。なにせあまりに簡単に蓄財できるのですから、民から吸い上げた税を民の為に還元する役人がどれ程いるのでしょうかね・・・。」

趙慶の手腕によって貯められた財に加え来兄弟も相当量の財産を使ってくれた。ただ来兄弟が麾下に加わった事でもっとも大きな力となったのは、その財力以上に富豪として生まれていなければ身につかないであろう発想であり、手腕であった。やはり豪族は豪族の知り合いを引き付けるものなのであろう。
劉義自身もどちらかというと裕福な家系の出ではあるが、決して富豪の家系ではない。富豪の家系で育ったものには平民では到底想像もつかない財の使い方を身に着けているものなのであろう。
貧しさの中で育つといかに節約するのかを考えてしまう。だが富豪はいかに財を増やすのかに目が向いているらしい。
言い換えると、あるものでいかにやり過ごすかという発想ではどうしても視野が小さいものへと向いてしまうのに対し、富豪達はきっと視野がより大きなものへと向いているのだろう。

さて武陵において一番に急いだのは城壁の修復並びに強化である。城壁さえある程度出来上がれば、城内は移住してから作り上げてゆけばよいわけだからだ。
一番の懸念はこの大移転計画の途中で他の諸侯に攻撃を受ける事であった。
幸い予想通り孫堅の目は北進へと向いていたし、劉表も我らと良好な関係を築けていた事でその懸念が現実化する事はなかった。
その後順調に移転計画は進行してゆきほぼ半数の民もすでに新たな生活を武陵にて始めていった。民と兵が一丸となって武陵の改良に尽力してくれた。
民にとっても兵士にとっても厳しき労働とはいえ自らの手で自分達の城を作るのは楽しい事だったに違いない。明確な目標と意味をしっかりと説いて回ったならば民は厳しさにも十分耐えうるのだと実感させられた。
先の見えぬ強制労働とではそのやる気もまるで違うのだ。暗闇の先に光が見えていればこそ立ち止まらずに進み続けてゆく事ができるのだろう。
皆が生き生きし、助け合って一つのモノを作り上げるという連帯感もまた大きかったと言える。

こうして数ヶ月が経つと武陵は見違える様に活気のある城へと変貌していったのであった。民も十数万となり、零陵はもぬけの殻と化した。
そんな折一人の男が武陵に尋ねてきた。簡隆である。話を聞けば洛陽へ行った後董卓の遷都が決行されて、大商人だった簡隆も他の者同様全ての財産を没収されたのだという。
無一文から長安でやり直していたがそのショックも大きくふと懐かしくなりまた、失うものも無くなってしまったので長沙へと戻ってきたのだという。そして月迷軍が武陵に居るのだと聞いてはるばるやってきたのだった。
武陵に辿り着いた時は昔の大商人としての風格も薄れ、かなりやつれていた。
哀れに感じた劉義は初期の月迷軍を支援してもらった義理から、商人としてもう一度再起してもらえるようにといくらかの財産を与えたのであった。
元来の簡隆にしてみれば大した量の財ではなかったが、それでも大いに感激して、月迷軍の為にとその商人としての才覚をいかんなく発揮してくれたのである。
さすがはかつて商人として成功しただけあって、その才覚はなかなかすばらしかった。
何を頼んでも必ずどの商人よりも安くで仕入れてきてくれた。
逆に言えば商人という連中がいかに儲けているのかもわかったということだ。
特に軍馬の発注をした時には市場の相場の半分近い値でどこからか買ってきたのである。
その上董卓の暴虐にあった経験で人格的にも謙虚になっていた。
昔はどうも大商人としてえらぶっていた部分もあり、他の者への態度も横柄であったが、幾分柔らかい物腰をもって対するようになったのである。
無論大商人というのは皆偉ぶっているものなのだが・・・。
当時の彼を知っていた者の中には彼を見直し始めた者もいた。
人は経験によってこれ程大きく変わりうるのだと感じさせられ、
だがそれの意味する所は、つまりこの一年でよほどの苦しみを舐めてきたのだという事でもあった。





来哉は連日襄陽近辺を走り回っていた。
様々な熟練工を武陵で雇う為であった。武陵ならば大口の仕事が手に入り、手厚い待遇で迎える事を強調してまわっていた。
特に鍛冶屋を中心に交渉をしていた。武陵には技術力の高い鍛冶屋が少なかった。今後の軍事面を考えても腕のいいお抱えの鍛冶屋を確保しておきたいという思いからである。
いちいち襄陽まで武器の発注をして輸送すると時間がかかる。しかも武器や防具などはなんと言っても数が多い。手厚い待遇をしてもなお、外注するよりは経費も安くてすむ。すでに老舗の呉服屋との交渉は済んでいた。呉服屋の一家並びにそこで雇われている十数名の者達の武陵移住の準備を進めている所だ。
決断してくれたのは代々来家がひいきにしてきた呉服屋であった。
武陵へ移住する事を決めてくれた者達の世話は来知に任せてある。
とにかく自分は武陵へ移住してくれる鍛冶屋を探しださねばならない。
来哉は老舗の鍛冶屋にこだわっていた。やはり武器だけは長年の技の蓄積が武器の出来に大きく影響するからだ。
同じ質の鉄を使っていたとしても、技術力の乏しい鍛冶屋だと刃こぼれも激しい上に壊れるのも早い。打ち合った時に折れやすかったりもするのだ。
無論劉義将軍や他の李雪のような大隊長級の武将の武器は特別注文で襄陽随一の腕の良い天才と称される職人に作らせている。これは出来上がるまでしばらく時間がかかりそうだ。

だが今探しているのは決して天才と言われる程の腕を持つ鍛冶屋ではない。
一級品を作れなくても問題ない。良品を作る事ができるならば・・。
一級品を作る職人を迎えようとすればあまりにも資金がかかりすぎる。
大量に良品を作ってくれるある程度大規模な鍛冶屋を求めているのだ。
この日も朝から部下に調べさせた町の鍛冶屋を何軒か回っている。
気付くと日も暮れかけていた。
どうやら襄陽では長い間戦が無かった事もあり、鍛冶屋も軍事関係の仕事は少なくなっているようだ。
もっぱら日常で使う金物を手がけている鍛冶屋が多かった。
なかなか思うような鍛冶屋が見つからない。規模が小さかったり武器製造に対する知識も乏しかったりする。他の地域まで探しに行かねばならんだろうかとも考え始めていた。
だが、この日は最後に寄った鍛冶屋で面白い情報を入手した。襄陽の北の町はずれに武器専門の鍛冶屋で長安から先日移住してきた一家が居るのだという。
何でも襄陽で生計を立てたいと考えているらしいのだが、武器関係の鍛冶屋がそれ程必要とされていない襄陽でやっていけるのか懸念しているのだとか。
なるほど長安か・・。と来哉は思った。長安から移住してきたという事はつまり元々かつての都洛陽にて鍛冶屋を営んでいた一家である可能性が高い。
歴史ある洛陽出身の鍛冶屋ならもしかしたら腕もいいはずだ。
しかも安定的に大量の武器の発注がある武陵になら喜んで来てくれるであろうと思われる。
とにかく明日その一家を尋ねてみることにしよう。

一方武陵では城の大々的な改修がひと段落着いた事もあって、久々に劉義と周翔、趙慶は三人だけで話し合いをしていた。
董卓戦より戻ってきてから三人だけで話し合う事が無かった。
やはり三人だけだと気楽に話しができる。
だがそれでも話の話題はもっぱら月迷軍の今後についての話題が中心になっていた。
致し方ないであろう。数百人の義勇軍だった頃とは違って大規模な組織となっているのだから。

「来兄弟ですが、今度は呉服屋と鍛冶屋を武陵に連れてくるつもりのようですよ」
「らしいね。ホントに彼らの存在は大きいものがあるな。今までは出来たらいいなと思える様な事も現実に出来てしまうのだから。決断も早いしね」
「その通りですね。少ない月迷軍の蓄財をいかに有効に使おうかと考えていたらどうしても思いついた事を実行に移すのに慎重になってしまいますし・・・。」

最近では主従関係をはっきりと示そうと他の者が居る場では言葉遣いに気をつけているらしい周翔も三人だけになると昔のように幾分砕けた風に話をしている。

「ここしばらくは武陵の再建にかかりきりだったけれど、そろそろ先を見つめねばならぬ時であろう。趙慶殿はどう思ってる?」
「そうですな。やはり人材でしょうか・・・。勿論文官は充実してきました。この武陵を統治するだけなら充分過ぎる程人材に恵まれてきたと言ってよいでしょう・・。ですが、今後を見据えたならば武官が少なすぎるかと存じます。」
「武官ね・・・。なるほど」

周翔もうなずいている。趙慶は続けた。

「勿論単なる賊程度を相手ならば戦える人材は多数いるでしょう。実際私もここしばらく戦闘とは無縁でしたが、賊退治の指揮位ならばできますし、来兄弟も数千を指揮してきた武将です。周翔殿も居れば李雪も居ます。ですがそれでも現在我が軍において最も実力のある武人と言えば斎慎将軍ご自身ですし、それに並ぶ武力をもった武人が誰も居ない状況です。」

しばらく間があって、周翔が付け足すように口を開いた。

「その通りですな。今後全国の諸侯等といつ衝突する事になるか分からないし、董卓戦でも見たようにさすが訓練された兵士相手となると、まともに大軍を指揮できる上に武力の優れた武将は劉義将軍ご自身だけだと言うのは少々問題かと存じます。つまり元来最も守られなければならぬ存在が前線に立たねばならないのですから。
知略に優れた者、民政に優れた者、更には実に優秀な斥候隊も居ますが、将軍以外に完全に大軍を任せておける武将が居ないのは後々に大きな問題となってしまうでしょう。そろそろ優れた武将を本格的に登用する事に目を向けるべきかと思いますが・・・。」

やはり考えて居た事は三人とも同じだったようだ。実は劉義自身も劉備の配下の関羽や張飛の様に圧倒的な武力を誇る武将を欲しいと感じていたからだ。
ここまで多岐にわたる才を持つ人材が揃ってきたというのに、圧倒的な武力を誇る人材だけは居ないのだ。
李雪はそこそこ強い。だが大軍の指揮となるとまだまだ不安がある。正面衝突ならそう負けないだろうし、大概の事は任せられるが命運をかけた戦いの総大将に命じれるだろうかと問われれば、自ずと限界が見えてくる。
だが李雪のようにある程度なんでも任せておける中核をなす武将自体も少なすぎるというのが現状だ。というより、誰がその器にあるのか振るいきれずにいるのだ。今後数万の兵士を抱える様になった場合を考えれば今から見出してゆかねばならない。今現在、兵士のうちにも武力に優れたものは居るのだがまだまだ埋もれたままになっている者も多いだろう・・・。董卓戦で戦って生き残った者達ならある程度その才を持つ者をあぶりだせてはいるが、特に来兄弟の兵士だった者やこの間賊の内で降伏してきた者の中で才のあるものを見極めなくてはならない。



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コメント(3)

(九の続きです)

「どうだろうか。一度我が月迷軍の兵士全員の武道会でも開いてみるというのは? いや兵士だけでなく大々的に民間の者の参加も呼びかけてみようではないか。賞金も用意すれば正規軍には属さない武侠らも参加するに違いない。私も元来官軍には属さない武人であったからわかるのだが、民間には官軍に属してない武侠が溢れている。数人から数十人の団を組む武侠も多い。大抵は商人や富豪に一時的に雇われて居たりしている。まーそんな事は二人の方が良く知っている事か・・。
とにかく、兵士の内で優秀なものを見出して昇進させ、民間の者に優秀な者が居れば麾下に加わってもらえぬか交渉しようではないか。」
「ほーそれは名案ですな。」

趙慶はいつになく笑みを浮かべてそう答えた。

「それでは武道会の開催の準備は趙慶に任せる。責任者は李雪にして、補佐してくれても構わない。趙慶殿も忙しいだろうから・・。」
「分かりました。大まかな原案は私が考えておきます。実際開催に向けて動くのは李雪という事でよいでしょう。李雪大隊長ならばきっと喜んでやってくれると思いますよ。適任だと思われます。最近は暇そうにしてますしね。一昨日なんか山岳に出かけて虎を狩って来たと誇らしげに自慢しておりました」
「ほー近くの山岳に虎が出るのか。それで虎皮の鎧を作るだのと言っていたのか・・・。とにかく武道会は頼んだぞ。それから周翔の方は劉延と共に是非全国の埋もれた武将の発掘に動いていただきたい。私の方でも過去の友人やら知人を当たって有能な武人を探す旅にでようかと思っておる」

周翔と趙慶は顔を見合わせた。

「旅に出るのですか?」
「うむ。前に少年の頃の師である揚州の寿春に住む陶岱先生の話をした事があるだろ。先生に一度会って誰か有能な武人はいないか聞いてみようかなと思っておる」
「なるほどそういう事ならば異存はありません。ですが是非とも慎重に行動くださいよ。消息不明などという状況はこりごりですから・・・。」
「まーそう言わないでくれ。私も私なりに反省しておるのだから。何、庶民らしい格好をしていれば問題ないさ」

今の所は特に敵対している勢力もいない状況なので特別心配する事はないが、やはり月迷の大将であるだけに万が一を二人とも考えてしまうのだろう。特に周翔には董卓戦での失踪が思い出されるのであった。

「それから斎慎将軍。薛仁貴の事ですが、その旅に一緒に連れて行ってやっていただけませんか?彼はなかなか有能な青年ですよ。数年後には必ず頭角を現すと見ております。今のうちに皆で色々と教え込んで鍛えてやってはどうかと思うのです。」
「そうか。それ程の青年か。なるほど・・・。ではそうしようかな。であれば・・・。恵瑠という従者を連れて帰ってきたと紹介したのを覚えてるか?あの娘も単なる従者としておいて置くのは勿体ない逸材だと思うのだ。あのこも是非とも今のうちから色々教えてゆけば有能な者になるだろうと感じる。もう少し大きくなれば劉延に斥候隊の一員として鍛えてもらおうかとも考えたりするのだ。やはり女ごであるから武将というわけにはいかんが、かといってあの才を生かせずに放っておくのも惜しい。民政にも興味はあるようだし。将来を見据えて若い世代の者達も皆して育ててゆく事にしよう。」
「それはいい考えですね。人材を探すだけでなく育てて行くというのも必要でありましょう」


第六章:十〜十三
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