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哲学 思想 精神 コミュのある視点 un certain regard 

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記録に残る出来事・報道記事・古今東西の名言・エッセイ・コラム・ブログ・広告文・など、
コミュニティの話題に係わりそうな“視点”なら、何でも共有しましょう。
 
ここは、今は他のトピックに属さない話題を収容できる・吹きだまりのようなトピックです。
 
"pierrot le fou" breaking the fourth wall
http://www.youtube.com/watch?v=9roYGIWyHsE&fmt=18
 
もちろんご私見も歓迎、呟きくらいの内容から長文まで、コミュニティの話題に係わりそうな何でもお聞かせいただけると嬉しいです。
 
(発言者名や引用元なども添えてくださると参考を深めます。
 
また「ある視点」のみを集積したトピックになるよう、特に投稿された内容に対するご意見・ご感想は、このトピックとそのコメント番号を添えて雑談トピックなどへ投稿いただけたら助かります。)
 
philosophy and the matrix
http://youtube.com/watch?v=9q1jHx29C70
 


2008/7/21...↑ 705p

コメント(83)

身体とはそれ自身物体として存在する極めて多くの諸部分からなる連結体。

諸部分は諸細胞に、諸細胞は栄養素になるような諸成分に、諸成分はそれを構成する諸物質に、諸物質も又何かに解体される事だろう。


人間の実体が諸部分の集合だとしても、その集合の本質が『命』であるとも言える。


実在するという意味での存在と、その意味とは異なる。異なるけど同一の有を持つ。

存在を構成する物理的な法則と、意味を産出する論理的法則との平行論。

諸部分は命を原因として成り立つのではなく、むしろ諸部分それ自身の特性によってそのように有る。
命は諸部分を原因として必然的に産出されるものではなく、産出の秩序に該当した結果として認識される意味。

ジル・ドゥルーズ著『スピノザと表現の問題』からのインスピレーション。


学問研究としての哲学とは別に、今日、多くの人々が、あらゆる場所で共通の人間の尊厳、また人々に共有される諸々の必要にふさわしい価値の体系、すなわち、個別的な宗教や個別的な社会構造からは独立の価値の体系を模索している。

A・A・ロング著『ヘレニズム哲学』より。

時々ふと思い出して元気付けられる言葉です。
「神経症患者は物の表象にしたがって比較や同一化を行うのに、精神病患者は言葉の表象しかもたない。」

ジル・ドゥルーズ+フェリックス・ガタリ著『千のプラトー』より。

言葉の表象しかもたない。それは即ち目に見えない営みであり、他人には理解出来ない。
物の表象に基づいても結局は目に見えない営みに違いはないが、現前する物体に基づく分、他者もその現前する同じ物体に基づく事で共通する認識内容を持つ事が出来る。

正気と狂気を分かつのは目に見えない営み。とまではいかなくても、何の事を言っているのか理解出来る言い方と、何の事を言っているのか自体が解らない話し方の分かれ目は、目に見えない営みか否かだとも言える。


だから、なるべく人と話をする時は、共通して見る(把握する)ことが出来る対象に基づいて話をしよう!
 


過去を遠くまで振り返ることができれば、
未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう。
 


成功とは、意欲を失わずに
失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。
 


真の天才とは、不確定で危険な、相矛盾する情報を評価する能力にある。
 


不利は一方の側だけにはない。
 


好転する前には、
悪化する段階もありうる。
 


悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、
楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。
 


燕雀(えんじゃく)いずくんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや
 
〔燕(つばめ)や雀(すずめ)のような小鳥には、鴻鵠(おおとりと、くぐい)のような大きな鳥の志はわからないように、
小人物には大人物の遠大な志は理解できないという意味〕




 
 

1987年、ニューヨーク ハーレムのゲットーに、
その少女は暮らしていた。
 
精神的、肉体的虐待を続ける母親の身の回りの世話させられ、
さらに、父親からの性的虐待により、2人の子どもを出産していた。
 

映画『プレシャス』は、
そんな、16歳の少女、
クレアリース“プレシャス”ジョーンズの物語だ。
 

この映画は第82回アカデミー賞で、ジェフリー フレッチャーが脚色賞、そして、
映画史上最悪ともいえる母親を演じたモニーク(Mo'Nique)は、ゴールデン グローブ賞と同様、助演女優賞を受賞した。
 



さて、最悪の母親を演じたモニークが、アカデミー賞授賞式の後の記者会見場に登場した。
 

そこで、1人の女性リポーターが、モニークにこんな質問をした。
 
「まったく酷いメアリー ジョーンズ(母親)ですが、
あなたと共通する部分を見つけることはできましたか?」
 
どういうつもりで、こんな質問をしたのかは知らないが、
このリポーターは、その後、ちょっと後悔したかもしれない。
 

「そうね。
最後のシーンでね。」
 
モニークは、そう答えると、質問したリポーターをにらみつけ、
 
「私からも質問するけど、
あなたには、今までに、
誰からも愛されなかった真っ暗な日々はあった?」
 
あっけにとられ、黙っているリポーターを指さしながら、
 
「あなたに質問をしているのよ。」
 
「はい。」
 
リポーターは、そう答えた。
 
「その時、誰かに、愛してほしいと思った?」
 
「はい。」
 
と、リポーターは答えた。
 

「わたしも、同じよ。」
 
そして、モニークは続けた。
 
「まったく酷いメアリー ジョーンズだって、
人とは言えないような彼女だって、
たとえ犯罪者でも、
何も愛する部分がないように見える人だって、
 
誰でも、みんな、愛される価値があるのよ。」
 


史上最悪の母親を演じ切った
女優であり、コメディエンヌのモニークは、
そう語った。
 






http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=52018682↑
 
http://www.precious-movie.net/
 
http://www.oscars.org/press/transcripts/text/04b.html
 
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/8555194.stm
 
 
人生は、ひとつの研究にも似ていると思う。
人は自分に与えられた人生において、選んだ使命をどのように生きて、実践してゆくかを日々選択してゆかなければならない。
 
私たちは、一人ひとり、医師になる道をある時期に選んだ。
医者であることを天職として選んだことは、自分に対してのみならず、社会、国家、世界、さらに宇宙全体にまでも及ぶ共同善に対して果たすべき重大な、しかしすばらしい義務を負うことになる。
 
「今日の最大の病気は、結核でもなくライでもなく、自分はいてもいなくてもよい、誰もがかまってくれない、皆んなから見捨てられていると感ずることである」
と言われた、今年〔1997年〕亡くなられたインドのカルカッタのマザーテレサの言葉を知っておられる方も多いと思う。
それは決して貧しい国々においてだけのことではなく、富める国々においてさえ、孤独で淋しく語る相手をもたない人々が増えていると聞く。
 
医師として接する総ての人々に、どのように関ってゆくか、私たちは日々選択しなければならない。
それは患者のかかっている疾患のみに目をとめず、人間としてその人に医術とあわせて、人を大切にする心をもって接してゆくことではないだろうか。
それはまた、古人の伝える「医は仁術である」をまことに生き抜く術ではないだろうか。
日々の選択は医師として、その目標に対して決められ、かつ、とられてゆくものだと思う。
よく死ぬことは、よく生きることである、絶え間ない研鑽を積んでいきたいと思う。
 
 履歴
1944年(昭和19年)大阪女子高等医学専門学校入学
1949年(昭和24年)同校卒業、同校付属病院にてインターン
1950年(昭和25年)第8回医師国家試験合格西宮クリストロア病院勤務
1953年(昭和28年)クリストロア宣教修道女会入会
1959年(昭和34年)東京女子医科大学にて学位を取得
御殿場聖マリア診療所勤務
1961年(昭和36年)西宮クリストロア病院勤務
1974年(昭和49年)カナダ本部修道院へフランス語習得のため派遣
1976年(昭和51年)ハイチ共和国に志願し、修道会より同国へ派遣
1977年(昭和52年)ハイチ国立シグノサナトリウムに勤務
1982年(昭和57年)同サナトリウム所長に就任、その後現地医師に所長を譲り、国際所長に就任
1986年(昭和61年)カジナール レジェー病院(ハンセン氏病病院)病院長兼任
1996年(平8年) 修道会総長補佐としてカナダに派遣
現在に至る
(17回生)
 
http://www2.kmu.ac.jp/ann70/teigen/text1.html↑
 



‘ハイチの“マザーテレサ”
日本人医師82歳、
大地震からの復興へ奔走’
 
「どうか仲間を見捨てないで」。
大地震に見舞われたハイチで34年前から結核患者の治療や植林指導の慈善活動を続ける日本人修道女の医師、須藤昭子さん(82)が、日本で被災者支援を呼びかけている。
ハイチから一時帰国していた今年1月にハイチ大地震が発生。
現地の仲間の安否も分からない中、須藤さんの母校・関西医大(大阪府守口市)が義援金を贈るなど、支援の輪も広がり始めた。
「残された人生はハイチの復興に力を尽くしたい」。
須藤さんは今後の出国を目指し、病院や学校再建に思いをはせている。
 
カトリック信者の須藤さんは兵庫県西宮市内の結核病院で勤務後、昭和51年にクリストロア宣教修道女会(本部・カナダ)の医師としてハイチに渡った。
一時期はカナダに滞在したが、平成16年に再びハイチに戻り、地震直前まで首都ポルトープランスから西に約30キロ離れた小都市レオガンで暮らした。
 
「私が去ったら患者の面倒を見る人がいなくなる。ハイチの人々を見捨てることはできませんでした」
 
医師を引退後は、ハイチで仲間たちと環境保全団体を結成。
植林活動や子供たちへの農業指導に力を入れ、農業学校設立の協議も進めた。
昨年11月に日本に帰国する直前には正式に設立も決まったが、その2カ月後、死者20万人超ともいわれるハイチ大地震が起きた。
 
須藤さんは今、同会の東京本部で生活し、出国に向けた準備を進めている。
通信手段を持たないレオガンの仲間たちとは連絡が取れず、安否さえ分からない。
だが、「日本にいる間にでもできることはある」と日本の政府関係者や医療関係者に支援を訴えている。
 
そんな中、母校の関西医大では大学職員やOBなどが約140万円の義援金を須藤さんに託すなど、善意は広がりつつある。
義援金は現地の病院や学校再建に役立てるつもりだ。
 
「ハイチは私の第2の故郷。
一刻も早く国に帰り、患者や仲間たちと国の再建のために働きたい。
そして、世界の人々には長い目で復興を見守ってもらい、力を貸し続けてもらいたい」
 
須藤さんは、残りの人生をハイチにささげる決意を固めている。
 
2010/03/08 15:43 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100308/trd1003081543005-n1.htm↑
 

いかにして、所与のうちで、所与を乗り越えるようなものとして、主体は構成されるのか。
明らかに主体は、また所与である。所与を乗り越えるものは所与であるが、明らかに、別のやり方、別の意味においてである。発明し信念をもつこの主体は、その主体が所与そのものをひとつの統合、ひとつの体系にするようにして、所与のうちで構成される。このことこそが説明されなければならないのである。

これは要するに、主体を超経験的にあらかじめ存在しているものとしてではなく、ひとつのパラドックスとして捉えなおそうとするところにヒューム哲学の特徴があるということである。主体は経験のなかで形成されたものでありながら、経験を認識するために経験を超えているとされる。そうした主体という概念そのものが、経験のなかにおいて説明されなければならないのである。


経験論と構造主義は相性が良い哲学です。ドゥルーズがヒュームというカントと同時代の経験論者を取り上げている話しです。

「主体」が自然現象・物理現象から発生すると云う事。
(特に18世紀の人間が)その説明を探求しようとする事は実は凄いことでもありました。
自然現象、物理現象から主体が生じるワケは無いので、主体が生じる形而上的な世界が有り、非物理的なものはその世界に関係すると考えられて来たから。
そういう風に考える方が簡単だから。
 




こわれたビルディングの地下室の夜だった
 
原子爆弾の負傷者たちはローソク1本ない暗い地下室をうずめて、いっぱいだった
 
生ぐさい血の匂い、死臭
 
汗くさい人いきれ、うめきごえ
 
その中から不思議な声が聞こえて来た
 
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ
 
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ
 


マッチ1本ないくらがりでどうしたらいいのだろう
 
人々は自分の痛みを忘れて気づかった
 
と、
「私が産婆です
私が生ませましょう」と言ったのは
さっきまでうめいていた重傷者だ
 
かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた
 
かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ
 
生ましめんかな
 
生ましめんかな
 
己が命捨つとも
 




The doors are knocked by me
 
All of the doors are knocked one by one
 
I can't seem to you
 
Because, corpses are invisible
 


I died in Hiroshima about 10 years ago
 
I'm a girl who is 7 years old
 
The death children don't grow up
 


My hairs are burnt first of all,
later my eyes are burnt and parched
 
I was a handfull ashes immediately
 
My ashes are been dispersed into the air
 


It is me knocking on the doors
 
Please do something to have a peaceful world,
 
Please the children aren't killed by anyone
 
Also, children should eat their candies
 







http://www.youtube.com/watch?v=bMyKXOANT_8&fmt=18
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7904121
http://it.wikipedia.org/wiki/Naz%C4%B1m_Hikmet
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E5%BA%83%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E7%88%86
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E5%B8%82%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%88%86%E5%BC%BE%E6%8A%95%E4%B8%8B

 
 

愛は世界で最も効果的な力。
にも係わらず最も謙虚。
 
束縛があるからこそ、飛べる。
悲しみがあるからこそ、高く舞いあがれる。
逆境があるからこそ、走れる。
涙があるからこそ、前に進める。
 
 Mahatma Gandhi
 



世界の最大の不幸は、貧しさや病ではない。
誰からも自分は必要とされていないと感じること。
 
愛されることより愛することを。
理解されることよりは理解することを。
 
 Mother Teresa
 



人は何のために生きているかをいつも考えねば。
人生の意義はあなたが人生から逃れることでなく、何を与えるか。
これがわかれば人生は豊かに。
 
本当の人間の価値は、すべてがうまくいって満足しているときではなく、
試練に立ち向かい、困難と闘っているときにわかる。

 Martin Luther King Jr.
 




http://www.youtube.com/watch?v=v59RL8O7TCc&fmt=18
 
 


 物言えば 唇寒し 秋の風
 


cf.http://weeklyregister.blog3.fc2.com/blog-entry-45.html
 

http://www.youtube.com/watch?v=2vJzjDi1kYI&fmt=18
 
 

ともかく結婚せよ。
良い妻を持てば幸福に、
悪い妻を持てば哲学者になれる。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9
 


結婚とは、ほとんどすべての人が歓迎する悪。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B9_%28%E4%BD%9C%E5%AE%B6%29
 


恋愛は人を盲目にするが、
結婚は視力を戻してくれる。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF
 


結婚。
いかなる羅針盤もかつて航路を発見したことのない荒海。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%8D
 


結婚しないでいたまえ、
後悔するだろう。
結婚したまえ、
後悔するだろう。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB
 


夫が妻にとって大事なのは、夫が留守の時だけ。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC
 


3週間 互いに研究しあい、
3ヶ月 愛しあい、
3年間 喧嘩をし、
30年 我慢しあう。
そして子供たちが同じことをまた始める。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C
 


急いで結婚する必要はない。
結婚は果物と違って、いくら遅くても季節はずれになることはない。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%A4
 


結婚は、多くの短い愚行を終わらせる。
1つの長い愚鈍として。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7
 


愛情のない結婚は悲劇。
しかしまるっきり愛情のない結婚より悪い結婚が1つある。
愛情はあるが片一方にだけ、という場合。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%89
 


あなたが孤独を恐れるなら、
結婚すべきでない。
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%9B%E3%83%95


 
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14481626
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14784225
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=17829800
 
comment=284
PC:http://mixi.jp/view_bbs.pl?&page=15&id=14503467
CP:http://mixi.jp/view_bbs.pl?&page=57&id=14503467&readmode=start
 
 


何かが美化を概念によって規定するような、趣味の客観的な法則はありえない。
なぜなら、趣味の判断はすべて直感的であるから。
つまり趣味の判断の規定根拠は主観の感情であって、容態の概念ではない。
 


人間は安楽に満足して生きたいと思うが、
自然は人間が安楽と無為の満足に甘んじさせず、労苦や労働に打ち克つ手段の発見にし知恵をしぼらせようとして、労苦や労働のなかに人間を放りこむ。
 


民主政治は専制政体と変わらない。 なぜなら
「民主政治とは全員がひとりの意志を無視し、時にはこれに逆らって議決しうる」
という全員ならぬ全員が、議決しうる執行権を認めるから。
 


人間はすべて、文明が進めば進むほど俳優になっていく。
つまり人間は他人に対する尊敬と好意、典雅と無私の風を装うが、それにたぶらかされる人はいない。
 


啓蒙とは、人間が自分自身に責任ある未成年状態から抜けでること。
未成年の状態とは、他人の指導を受けずに自己の悟性を使用する能力がないこと。
 


女は自分の前を通ったよその婦人の眼が自分を注目したか、否かを直感的に悟る術を心えている。
女が身を飾るのは、他の女たちを意識しているから。
 


モラルある政治家は、国にとってなにが最善かをモラルを踏まえて考える。
モラルを説く政治家は、自分の政治のためにモラルを利用しようとする。
 


成功に至る第1歩は、自分が心で何を望んでいるかを見つけだすこと。
それがはっきりわからないうちは何を期待しても駄目。
 


酒は口を軽快にする。
だが酒はさらに心を打ち明けさせる。
こうして酒は道徳的性質、つまり心の素直さを運ぶ物質。
 


人が財産を使うに際しては慎重さとためらいとがある。
それは善行ではないし、手腕も能力も必要とはしない。
 


理性は自らの原理を片手に持ち、その原理によって考案した実験を、もう一方の手に持って自然へ赴く。
 


法においては、他人の権利を侵害するときは罰せられる。
道義的には侵害しようと考えるだけで罪。
 


女をきみと同等にまでするな。
というのは、そうなったらきみはすぐに尻の下にしかれるから。
 


無限に善と見なされうるものはただ1つ、
善なる意志以外に、これを考えることはできない。
 


苦悩は活動への拍車。
そして活動のなかにのみ、私たちは私たちの生命を感じる。
 


人間の構想力は、明るい光のもとよりも、暗がりのうちでしっかりと働くもの。
 


互いに自由を妨げない範囲で、自らの自由を拡張すること、
これが自由の法則。
 


真の人間性に最もよく調和する愉しみは、
よき仲間との愉しい食事。
 


徳にとってまず要求されることは、自己自身を支配すること。
 


教育は、人間に課すことのできる最も大きい、難しい問題。
 


宗教とは、私たちの義務のすべてを神の命令と見なすこと。
 


哲学の義務は、誤解によって生じた幻想を除去すること。
 


義務とは、法則に対する畏敬に由来する行為の必要性。
 


私から哲学を学ぶべきでなく、
哲学することを学べ。
 


内容のない思想は空っぽで、
概念のない直観は無為。
 


自由とは、すべての特権を有効に発揮させる特権。
 


自然にあるすべてのものは法とともに行動する。
 


あらゆる宗教は道徳をその前提とする。
 


大自然の秩序は宇宙の存在を立証する。
 


私は孤独。
私は自由。
私は私自身の王。
 


すべての知識は経験に基づく。
 


友情関係は同等関係。


 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88
 
昨日久しぶりに怖い夢を見ました。
洋画のホラー系のような夢。
昔はよく追いかけられる夢とか見たものです。
最後に捕まったところで明け方前に目が覚めて、悔しくなってボスキャラ探して和解するべく、すぐさま又眠りました。

その話しを知人としていました。

夢の中で攻撃したり逃げたりすると延々とその嫌な夢は続く。
夢の中の敵の正体は形を変えた自分。
自分は死なないし、自分からは逃げ切れない。
それと向き合う気持ちが変わった時、相手も変わる。

「夢に出て来る敵の正体は自分」
ソシュールが言ったとされる極端なセリフ。
「ラングには否定しかない。」

同じ様な意味で、ジャック・デリダのセリフ。
「差延から起源に遡ろうと願っても、起源に見いだすのは差延だけ。」


認識論に欠かせない『実体』と云う言葉について、哲学用語である実体と云う言葉が何を意味するのか、意外と知られていなかったりします。

実体とは単純に言うと、究極的な正体でしょうか。
それ以上解体されない、それのみで存在する、認識・存在の根元。
実体とは表象とか様態とかとセットの言葉とも言えると思います。
本当の正体は解らないけど、とにかく知覚されている表象・様態がある。
だが表象・様態がその真実の姿、認識の起源に在るものだとは思えない。
よってその真実の姿を実体として仮定する。
実体が在り、その実体の表象や様態が知覚される、と云う事になる。


この実体を巡り様々な哲学がいろいろな事を言って来たようです。
でも実体の存在証明に成功した哲学は無い、と言えるでしょう。

実体とはそれ程難しくて大きな概念です。

ソシュールのセリフは、言葉の元?に有るのはそれが何々ではない、と云う認識であるという事。
デリダの方も、差異の延長(どのように違うか)から認識の起源を追求しても、結局は差延しかそこには無い、と云う事。

例えば、コップとは何か?

水等を入れる器で、スープ等を入れるお椀やお皿ではないもの。
花瓶等ではないもの。
バケツ等ではないもの。
お玉とか杓子ではないもの。

等々、何々ではないもの。

そういった事が意味するのは、認識の起源に有るのは形而上学的実体ではなく、その或る物をその物として認識するように成るような関係性や体験なのではないかという事。
『表象』という言葉。

哲学書にはひっきりなしに出てくる基本中の基本の言葉ですが、これがなかなか哲学書に慣れていないと解るようで解らない言葉です。
実際に僕自身、表象という言葉をちゃんと使えだしたと思えるようになったのはこの数年になってからのように思います。

解説を試みる!

まず1、コップを前にしてコップの絵を描くとします。
上手か下手かは関係なく、普通は描く事が出来る。
描けるとは認識出来ると云う事です。

2、次に目の前のコップを元にして、それとは違う形のコップを描く。
これもそう難しくない。
ただこの場合のコップの絵は、目の前の実在物を元にしてコップという概念から同種の存在(つまり形の違うコップ)を認識して描く事になります。
この場合、実在物と認識の関係は=(イコール)ではない。
実在物はその概念を示唆し、その概念が認識の対象(描いた対象)になり、実在物と認識の関係は概念を仲介している事が解る。

3、次に目の前には何も置かずに実在物が無いままコップの絵を描く。
これも描く事は出来ます。
という事は、コップを認識するためにコップの実在物は必ず要る訳ではない。
つまり、認識に必要なのは概念であって、概念があれば認識は成り立つ。

4、最後に、コップではないコップを描く。
実在するコップは目の前に置いても置かなくてもいい。

これは、描く事が出来ません。
何故ならコップではないコップなど無いから。正確に言うとコップではないコップの概念が無いからです。
まあ、表現上矛盾しますからね。
描いたものがコップなら「コップではない」物を描いた事にはならない。
描いたものがコップではないなら「〜ではないコップ」を描いた事にならない。

コップではないコップなど存在しない。
けれども、三回目の絵では実在物が無くても絵を描けた。
なのに4の場合は描けないのは、まさにそんな概念が無いからです。

つまり、認識を成立させるのは概念であって実在物ではない。
この概念を知覚した像が表象です。

表象自体は常に無数に知覚されているけど我々が認識するのは我々が意識した表象だけ、とも言います。
よってどの表象を意識するかによっても認識が違ってくる。
そして同じ対象物でも意識する概念が違えば表象も違って見える。
表象とは概念次第で変わってしまうもの

よって、表象に左右されない認識の絶対的な起源としての「実体」があると考えられたりする。
人が人に攻撃的になるのは苦痛を感じた時。

信頼関係を傷つける一番よくある出来事は攻撃される事。

だから攻撃的になった時思います。
「この(その)苦しみは人を攻撃してまで無くす価値のあることか?」と。

苦しみを避ける事と人を攻撃する事。
そのどちらが大事なのかと自分を疑える者が、自分より自分以外の何かを大事にする事が出来る人。
問題(対立)を解決する方法に攻撃以外のやり方を模索出来る。

ちょっとした苦痛など日常の人間関係に溢れている。
そんな些細な苦痛を避ける為に人を攻撃するのはバカらしい。
大事な関係なら特にそう思う。

 

悔しくて、悔しすぎて、記憶から消していたことが、いろいろ蘇ってきて辛いです。
ひとつは、観光気分で来た自分探しボランティアの連中のこと。
彼らは、人から感謝されることを楽しみにやってきただけでした。
だから、汚れ仕事やしんどい仕事は何かと言い訳しながらやりませんでした。
彼らで集まって楽しそうに親睦を深め合っていました。
そんな彼らに「惨めな被災者」と扱われる屈辱。
何日か経ったとき、避難所のリーダーが耐えきれずに怒鳴り散らして彼らを追い返してくれました。
彼らがいなくなっても、彼らに受けた屈辱は消えませんでした。
 
 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 
しかし、ほんとうの復興など、そんなにすぐできるわけがないのです。
そういう報道が為されだすくらいから、必要な物資や、必要な人的支援や、必要な資金などが明確になってくるいっぽうで、反比例的に「助けを求めている!」という報道は減少します。
さっきまで国じゅう挙げて「力を合わせて」といっていたのに、さらっと忘れるのです。
そういったときにこそ、小さな情報を拾って、みんなに呼びかけてあげてください。そして応えてあげてください。
 
いまみたいに、テレビが連日特番をやっている情況では、
みんな「なにかしたい」と思っています。
献血に長蛇の列ができたりするのです。
それはそれで、たいへん価値のある行動だと思います。
しかし、血液もいつまでも保つわけではないので、献血の行列がなくなりかけたときこそ献血をするべきです。
いま、自衛隊、全国の自治体の救援部隊、さらには外国からの援軍も被災地に投入されていっています。
彼らがまずは現地入りして、救援の統制系統の下地を整えた状態であれば、ボランティアは活きてくる可能性もあります。
ただし、彼らの指揮下に入ることが最低条件です。
 
 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
 
いま、私たちができることは、「呼びかけに応えること」です。
「呼びかけたい」のであれば、「呼びかけに応えよう」と呼びかけるべきです。
政府、各自治体、身元のしっかりした組織や企業の呼びかけに、積極的に応えるべきです。
なにより、いまできることは、募金を「すること」です。
(独自に街頭に立ってよびかけることではなく・詐欺が横行します)
呼びかけるとすれば、身元のしっかりしたところへの募金を呼びかけるべきです。
それくらいしかないのです。
でも、いまはそれがいちばんありがたいのです。
私たちは復興に必要な技術を持っていません。
私たちは復興に必要な訓練を受けていません。
でも、それぞれの財布から出る色のついていないお金は、
絶対に復興の邪魔になりません。
 
また、この災害は、明確に国難です。
株価も下落し、甚大な経済的損失も待っています。
そして、それは国民が働いて埋めていくしかないのです。
だからこそ、被災していない人たちは、それぞれのところで、一所懸命規律正しく働いて、税金を納めることこそ、ほんとうに被災していないみんながやるべきことです。
日本はこれくらいでは沈まないのです。
なぜなら、私たちはまだ生きていて、きょうも規律正しく一所懸命働けるからです。
「大災害にもかかわらず暴動が起こらない・秩序が乱れない」と、外国人たちは、日本人に対する敬意を新たにしています。
だから、首都を空襲されても、原子爆弾を投下されても、日本人は強く生きているのです。
そんな記憶はない私も、阪神大震災で被災して生きているのです。
だから。
日本人としての誇りを失わずにそれぞれの場所で強く生きることこそが、大切なのです。
 
2011/03/13...14
http://xdl.jp/diary/↑
 


2011年東北地方太平洋沖地震に対する支援活動
http://ja.wikipedia.org/wiki/2011%E5%B9%B4%E6%9D%B1%E5%8C%97%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%B2%96%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%B4%BB%E5%8B%95
 
http://m.youtube.com/watch?v=dzGMOFBdiWE
 
http://m.youtube.com/watch?v=Vnhena5QVl8
 
 

“危機的状況の中の希望”
 
先週の金曜、港町・横浜にある我が家を出て、午後3時前、いつも行く新宿のホテルにチェックインした。
普段から私はここに週3〜4日滞在し執筆活動やその他の仕事をしている。
 
部屋に入ってすぐに地震が起きた。
瓦礫の下敷きになると判断し、とっさに水とクッキー、ブランデーのボトルをつかんで頑丈な机の下にもぐりこんだ。
今にして思えば、高層30階建てのビルの下敷きになったらブランデーを楽しむどころではないのだが。
だが、この行動によってパニックに陥らずにすんだ。
 
すぐに館内放送で地震警報が流れた。
「このホテルは最強度の耐震構造で建設されており、建物が損傷することはありません。
ホテルを出ないでください」という放送が、何度かにわたって流された。
最初は私も多少懐疑的だった。
ホテル側がゲストを安心させようとしているだけではないのかと。
 
だが、このとき私は直感的に、この地震に対する根本的なスタンスを決めた。
少なくとも今この時点では、私よりも状況に通じている人々や機関からの情報を信頼すべきだ。
だからこの建物も崩壊しないと信じる、と。
そして、建物は崩壊しなかった。
 
日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、速やかに協力体制を組織することに優れているといわれてきた。
それがいま証明されている。
勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、略奪も起きていない。
 
しかし集団の目の届かないところでは、我々は自己中心になる。
まるで体制に反逆するかのように。
そしてそれは実際に起こっている。
米やパン、水といった必需品がスーパーの棚から消えた。
ガソリンスタンドは枯渇状態だ。
品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしている。
集団への忠誠心は試練のときを迎えている。
 
現時点での最大の不安は福島の原発だ。
情報は混乱し、相違している。
スリーマイル島の事故より悪い状態だがチェルノブイリよりはましだという説もあれば、放射線ヨードを含んだ風が東京に飛んできているので屋内退避してヨウ素を含む海藻を食べれば放射能の吸収度が抑えられるという説もある。
そして、アメリカの友人は西へ逃げろと忠告してきた。
 
東京を離れる人も多いが、残る人も多い。
彼らは「仕事があるから」という。
「友達もいるし、ペットもいる」、他にも
「チェルノブイリのような壊滅的な状態になっても、福島は東京から170マイルも離れているから大丈夫だ」という人もいる。
 
私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。
家族や友人、被災した人々とここに残りたい。
残って、彼らを勇気づけたい。
彼らが私に勇気をくれているように。
 
今この時点で、私は新宿のホテルの一室で決心したスタンスを守るつもりでいる。
私よりも専門知識の高いソースからの発表、特にインターネットで読んだ科学者や医者、技術者の情報を信じる。
彼らの意見や分析はニュースではあまり取り上げられないが、情報は冷静かつ客観的で、正確であり、なによりも信じるに値する。
 
私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。
「この国には何でもある。
本当にいろいろなものがあります。
だが、希望だけがない」と。
 
今は逆のことが起きている。
避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。
東京も物や電力が不足している。
生活そのものが脅かされており、政府や電力会社は対応が遅れている。
 
だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。
大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。
だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。
だから私は信じていく。
 




(村上龍 タイムアウト東京編集部翻訳)
2011/03/17 NYタイムズ
http://www.nytimes.com/2011/03/17/opinion/17Murakami.html↑
2011/03/18 タイムアウト東京
http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/2581/↑
 
2011年東北地方太平洋沖地震
PC:http://ja.wikipedia.org/wiki/2011%E5%B9%B4%E6%9D%B1%E5%8C%97%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%B2%96%E5%9C%B0%E9%9C%87
CP:http://www.sjk.co.jp/c/t.exe?y=http://ja.wikipedia.org/wiki/2011%E5%B9%B4%E6%9D%B1%E5%8C%97%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%B2%96%E5%9C%B0%E9%9C%87
 
http://m.youtube.com/watch?v=E9dcOaBkSWg
 
 

  “歴史は繰り返す”
 
偶然だが、私は地震の前日、数日後の朝日新聞の朝刊に掲載された記事を書いていた。
その記事は1954年のビキニ環礁における水爆実験で被爆した漁師に関する記事だった。
私が彼のことを聞いたのは19歳のときだった。
後に彼は核抑止力の神話とそれを支持する人々の高慢さを批難するのに生涯を捧げた。
あの大震災の前日にあの漁師を思い起こすことになったのは一種の悲しい予兆だろうか。
彼はまた原子力発電所とそれがもたらす危険性とも戦った。
私は日本の近年の歴史を次の3つのグループの人々の視点を通して見る方法について熟慮を重ねて来た。
つまり、広島や長崎の原子爆弾で亡くなった方々、ビキニ環礁の水爆実験で被爆した方々、そして核施設の事故で犠牲になった方々である。
日本の歴史をこうした事件を通して考えれば悲劇は自明である。
今日、原子炉の危険性は現実になったのを確信することができる。
今全貌が明らかになりつつあるこの災害がどのように終わろうと、私は克服しようとする人々の努力には全幅の敬意を払っているが、この災害の意義はどう考えてもあいまいではあり得ない。
日本の歴史は新たな段階に入った。
そしてもう一度我々は核の力の犠牲になった人々の目の視点に立たねばならない。
苦しみながらも勇敢さを見せた男性たち、女性たちの視点に。
現在の震災から何を学ぶかは、この震災を生き延びる人々が過ちを繰り返さないと決意するかどうかにかかっているのだ。
 
この震災は、劇的な方法で、2つの事象を結びつけている。
日本の地震に対する脆弱性と、核エネルギーに代表されるリスクに対する脆弱性である。
前者はこの国がもとより直面してこなければならなかった現実である。
後者は、地震や津波によりもさらに壊滅的であることがあきらかになるであろうが、人災である。
日本広島の悲劇から何を学ぶであろうか?
2008年に亡くなった現代の日本の偉大な思想家の一人、加藤周一は、原子爆弾と原子炉に言及して、千年前に清少納言という女性によって書かれた『枕草子』の一節を引き、「とても遠くにあると見えるものも、実際には、とても近い」ものだと言っている。
核の悲劇も、遠く非現実的な仮説に見えるかもしれないが、その可能性はしかし常に我々の身近にあるのである。
日本人は核エネルギーを工業的な生産性の文脈で考えるべきではない。
広島の悲劇から経済成長の「レシピ」など引き出すべきではない。
地震、津波、そしてその他の自然災害のように、広島の経験は人類の記憶に深く刻まれるべきである。
人の手で生み出されたからこそ自然災害よりもはるかに悲劇的なのである。
原子炉を建設することで人間の生活をあからさまに蔑視する過ちを繰り返すのは、広島の犠牲者の記憶に対する、可能な限りで最悪の裏切り行為である。
 
日本が戦争に負けた時私は10歳だった。
その翌年新しい憲法が公布された。
私はその後何年にもわたって、我々の憲法に明記された、戦力の不保持や後の非核三原則(もたず・作らず・持ち込ませず)を含む平和主義が、戦後日本の基本的な理念の正しい表象たり得ているかを自問し続けてきた。
実際には、日本は段階的に再軍備をし、1960年代の密約でアメリカ合衆国が核兵器を持ち込むことが可能になったため非核三原則は無意味になってしまったが、戦後の人間の尊厳の理念は完全に忘れられたわけではない。
亡くなられた方々は我々がそうした理念を尊重するよう監視しているし、亡くなられた人々の記憶があるから我々は政治的現実主義の名のもとで核兵器の破滅的な性質を過小評価するわけにはいかない。
我々は分裂している。
現在の日本があいまいに見えるのはそのためである。
アメリカの核の傘に守られた平和主義者の国なのだ。
福島原発の事故で、日本人が再度、広島や長崎の犠牲者と連帯し、核の危険性を認識して、核の賛成派が提唱する核抑止力の幻想を払拭することが望まれている。
 
成熟したと一般に見なされる年齢に至って、私は『我らの狂気を生き延びる道を教えよ』という小説を書いた。
今晩年に差し掛かって、私は『最後の小説』を書いている。
私がこの狂気を何とか生き延びることができれば、その本の冒頭でダンテの『神曲』の最後の一節、「そして我々はもう一度星々を見るために外に出た」を引くつもりである。
 


(大江健三郎 HISTORY REPEATS)
2011/03/23 ニューヨーカー
PC:http://www.newyorker.com/talk/2011/03/28/110328ta_talk_oe↑
CP:http://www.sjk.co.jp/c/t.exe?y=http://www.newyorker.com/talk/2011/03/28/110328ta_talk_oe↑
http://blog.livedoor.jp/itobun/↑
 
http://www.youtube.com/watch?v=dENGxFil-bQ
 
http://www.youtube.com/watch?v=QCbW7bUVNw4
 
http://www.youtube.com/watch?v=CGqFXRqdDwk
 
 

ベンハムの独楽(ベンハムのこま 英:Benham's top)とは、イギリスのおもちゃ製造業者である チャールス・ベンハムの名に由来する独楽(こま)である。
主観色(錯視)の実験として有名。
 

 概要
 
ベンハムの独楽を回すと、弧状の薄い色があちこちに見える。
この色はフェヒナーの色と呼ばれるが、誰が見るかによって異なる色となる。
なぜこのような現象が起こるのか完全には理解されていない。
赤(正確には黄色からオレンジ)、緑、青に感受性が高い網膜内の光受容体(錐体)が応答する光の変化率がそれぞれ異なっているからではないかとも考えられている。
 
なお、ベンハムの独楽を単色光の下で回してもやはり色感覚が生まれる。
さらに左目と右目にベンハムの独楽の模様の一部分ずつを見せるように工夫しても色感覚が生まれる。
つまり、錯視が視覚伝達路のうち、視床以降で生まれることは分かっている。
 

 応用
 
この錯視を応用してモノクロテレビ放送で擬似的な色を発生させる試みが1959年にNET(現在のテレビ朝日)で行われた。
紫地に黄緑色の菊模様が知覚できるようなパターンがフィルムで作られ、番組のタイトルとして放送された。
後に、電子回路で同等な効果を作成してテレビCMでの映像効果に使用した事もある(この項は誠文堂新光社『クロマ』1991年3月号:回想『黒白放送のカラータイトル』三堀家義による)。
 

PC:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%81%AE%E7%8B%AC%E6%A5%BD↑
CP:http://bbgate.froute.jp/pc2m/?_ucb_u=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%81%AE%E7%8B%AC%E6%A5%BD↑
 


http://www.youtube.com/watch?v=9_0Z4Bi3JQo
 
 
> Nさん:66...67
 
(このトピック・このコミュニティは、詩的な表現まで許容できていません。
自己紹介ページを拝読しましたが、論理的な作文がおできになるようですし、ご意見・ご感想はどうぞ説明をなさっていただけるよう、お願いいたします。)
 
ご返答ありがとうございます

「言葉を使わずに話せ、と言っているようなものですから(^_^)v」

本心を言うと 其れが一番の関心事なんです
よく考えれば コチラのトピにふさわしくないモノでした
 

「非現実的な夢想家として」
 
9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの原稿全文は次の通り。(原文のまま)
 
2011/06/10-19:30 共同通信
PC:http://www.47news.jp/47topics/e/213712.php?page=all↑
CP:http://bbgate.froute.jp/pc2m/?_ucb_u=http://www.47news.jp/47topics/e/213712.php?page=all↑
 
村上春樹スペインのカタルーニャ国際賞受賞式演説
1 http://www.youtube.com/watch?v=Fuk4ww_rKl0
2 http://www.youtube.com/watch?v=kb_YK7KM3DI
3 http://www.youtube.com/watch?v=PBrfo4AWxds
4 http://www.youtube.com/watch?v=EZyCxQqNjmI
 

カタルーニャ国際賞
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%AB%A5%BF%A5%EB%A1%BC%A5%CB%A5%E3%B9%F1%BA%DD%BE%DE
 
村上春樹
PC:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E6%98%A5%E6%A8%B9
CP:http://bbgate.froute.jp/pc2m/?_ucb_u=http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E6%98%A5%E6%A8%B9
 
環境問題
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=16142021
 
核兵器
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=15317914
 
 


Ille dolet vere qui sine teste dolet
 
誰もいないのに泣くのは、本当に泣いているから
 


Ede, bibe, lude, post mortem nulla voluptas
 
食え、呑め、遊べ、死後に快楽なし
 


Hominis dignitati
 
人間の尊厳のために
 


Cognosce, elige, matura
 
知れ、選べ、完うせよ
 





好きなラテン語の諺
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19556481
 
ave maria
http://youtube.com/watch?v=HS0wU0DpEaE
 
 

命は弱さを許さない。
 

http://youtu.be/ZI8qaihLJeY
 
Adolf Hitler
PC:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC
CP:http://zhp.jp/w2kx
 
 

今日、学校の算数の時間に、私が生まれた時の重さを習ったんだ。
私って、生まれた時は、あんなに軽かったんだねえ。
お母さん、ありがとう。
 


PC:http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/2012_08.html↑
CP:http://zhp.jp/h2wG↑
 
(chick of dream
http://youtu.be/gQvTuKAKu54)
 
 

バーやカフェで出される気泡・空気の入っていない透明な氷、ありますよね。

あれが水に浮いているのって、考えてみたら不思議です。

氷は 「ミステリアス キューブ」とも言われるそう。



“氷は水に浮く”
PC:http://theochem.chem.okayama-u.ac.jp/wiki/wiki.cgi/matto?page=%C9%B9%A4%CF%BF%E5%A4%CB%C9%E2%A4%AF
CP:http://zhp.jp/g4Kt
 


 

> 僕自身、その文脈だと地獄の解消を本気では考えていないのだろう。
> 例えば、マイミクに震災の被災者がいて、近しい人や財産を失って苦しみ喘ぐ人たちがいる。
> 自然界の個体よりはましなのかもしれないが、多くの人々が死体を目の当たりにして死の危機を感じ、今も記憶に苛まれてる。
> 僕といえば、慰めたり金の相談に応じたりするけど、身を投じて支援したり・私財すべてをなげうって分かちあおう、とはしない。
> 偽善。

> やらない善よりやる偽善、ともいうけど、誰だって始まりから本物や本気なんじゃなく、それは学ぶものだとは思う。

> この日記には、地獄の解消につながらないという批判に対して饒舌だけど。
> では、本気の解消とはどんな志・術か。
> それを併記したなら、もっと伝わると思った。
 

> http://youtube.com/results?q=%E3%82%81%E3%81%8C%E3%81%AD+%E5%A4%A7%E8%B2%AB%E5%A6%99%E5%AD%90
 
> http://youtube.com/results?q=%E7%9F%A2%E9%87%8E%E9%A1%95%E5%AD%90+dreaming+girl
 

(2012/08/07-07:33 warMart)
 
 
なぜ無実なのに自白してしまうのか
BBC News - Japan crime: Why do innocent people confess?
http://bbc.in/10KXeR2
 
 
〈命がけで通学するケニアの兄妹、日本の子どもたちにエール 「学校は将来への“源"」〉

危険な道のりを経て通学する子どもたちの姿に迫ったドキュメンタリー『世界の果ての通学路』の試写会が3月22日、都内で行われ、来日した パスカル プリッソン監督をはじめ、本作に出演するケニア出身のジャクソン君とサロメちゃん、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科の榊原洋一教授がティーチインを行った。

地球上の4つの地域を“通学路”という視点でとらえたドキュメンタリー。
ケニアのサバンナを命がけで駆け抜ける兄妹、
雄大なパタゴニア平原を馬に乗って通学する兄妹、
モロッコの険しいアトラス山脈を越え寄宿舎を目指す少女、
未舗装の道を車椅子で通うインドの三兄弟にフォーカスし、子どもたちの教育への渇望や生きる希望を描き出す。

片道15キロメートルの道のりを2時間かけて通学する、ジャクソン君とサロメちゃん兄妹。
将来の夢は飛行機のパイロットだという13歳のジャクソン君は、初めて訪れた日本の印象を
「とにかくたくさんの人に驚いた。
みんな忙しそうに歩いているのも印象的。
でも人々はみんな礼儀正しく、お辞儀する姿勢には尊敬する」と語った。
そして、「僕にとって学校は将来への“源”。
違う社会や文化、考え方と交流がもてる場所。
明日に向かって色々なことを学ぶ場所だと思う」と熱弁をふるった。
10歳のサロメちゃんも、「私は将来教育の博士になりたい。
私の両親は飛行機に乗ったこともないけれど、頑張って私を学校に行かせてくれた。
一生懸命勉強して、私が彼らを助けたいし、国にも貢献していきたい」と力強く語った。

プリッソン監督は、「私自身も今回出会った子どもたちに大変驚かされた。
彼らは欧米や日本の子どもたちよりもずっと成熟してる。
彼らは自分のためだけでなく、国のためになることまで自覚して学校に通っている」と感心しきり。
また、「ジャクソンは子どもだけど、世界の厳しさを知ってる。
貧困から脱出するために競争があることを分かっていて、そのインテリジェンスにひかれた」と尊敬の念。
兄の背中を一生懸命追いかけるサロメちゃんにも、
「ケニアで少女が学校に行くのはものすごく大変なこと。
あきらめてしまう子が多い中で、サロメは勇気のある女の子。
ケニアの女性として成功してほしい」と大きな期待を寄せた。

榊原教授は、「学校に行きたいという子どもたちのモチベーションに感銘を受けた。
日本の子どもたちは“自尊感情”があまり高くなく、学力はあるけど『自分は何かできる』という意識が低い。
不登校の子どもが増えているのも、大人が子どもを引っ張りすぎる傾向があるのかもしれない」と分析し、
「子どもたちが元々もっている『やりたいんだ!』という“根っこ”を発見してもらうためにも、日本のたくさんの子どもたちに見てほしい」と語りかけた。

最後にジャクソン君は、「日本には学校に行きたくない子どもが多いと聞いた。
日本はハイテクノロジーの国なのだから、大人はそのハイテクを駆使して子どもたちに学校へ行くよう説得してほしい。
そうじゃないとその技術もいずれ廃れてしまう」とユーモアを交えながら、
「世界中の子どもたちが教育を必要としている。行きたくても行けない状況の子もいる。
人生を切り拓くために学びを得ることは重要。
真剣に向き合ってほしい」と客席に語りかけた。

2014/03/23-18:05 映画.com http://mixi.jp/view_event.pl?id=76087520
 
 
少女たちに教育を受ける機会を与えることで、世界をより良いものに変えることができる。

2014/04/24 赤坂経済新聞 http://mixi.jp/view_bbs_comment.pl?comment_number=005&bbs_id=44362497
 
 
世界の指導者が、はるか上空から自分たちの星を見たら、彼らの態度も根本から変わるはずだ。
何よりも重視している国境は見えないし、言い争いもぱったり聞こえなくなる。
地球は、見える姿の通りにならなければならない。
資本主義者も共産主義者もない、青と白の姿に。
金持ちも貧乏人もいない、青と白の姿に。
 
アポロ11号 乗組員 マイケル・コリンズ
https://www.google.co.jp/search?client=ms-android-sharp&q=マイケル・コリンズ+(宇宙飛行士) = https://goo.gl/VZwzJB
 
 
『西郷隆盛』芥川龍之介
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/136_15193.html

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