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サッカー指導理論コミュの●アリゴ・サッキのプレッシングサッカーについて

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懐かしいプレッシングサッカー。
サッキの戦術解る方、思い出したことを気軽に書き込みしてください。
ライカールト・バルセロナなどでのネオ・ゾーンプレスなど復活の兆しもある。

懐かしいサッキのプレッシングサッカーへの思い聞かせてください。
この戦術への皆さんの色んな意見などを書き込んでください。

コメント(17)

戦術は詳しくないのですが…

サッキ :前線と最終ラインの間隔がコンパクトで相手陣内から複数人でボールを奪い        に行く。スピーディーなパス回し。
クライフ:常に積極的に前へ出てボールを奪い、常にボールを支配する。ポジションに囚われるなっ、ボールを転がせってイメージ。

私はサッキとクライフの戦術イメージは似てると思うのですが、決定的に違うのは“天才”を起用するかしないか。

サッキはファン・バステンとの衝突、94W杯でみんなのヒーロー、R・バッジョを外した事で嫌われ者になりましたね。
しかしミランの黄金期は本当にすごかったです。
ドナドーニ、アンチェロッティ、ライカールトのパス回しは見ていて気持ち良かったです。
素人が失礼しました。
意外とサッキのプレッシングサッカーは、フォアチェックを重要としていなかったと思います。

守備的MF2枚がミドルサードでのスペースを消すことや、攻撃的MFとFWがタッチライン際でパスコースを限定し、DFラインが高い位置で狙うか、DFラインの裏のスペースはバレージが中心になり、オフサイドトラップで止める…。

日本人の感覚だと、プレス=フォアチェックになりがちですが、改めて15年以上前のアリゴ・サッキ率いるミランのサッカーに脱帽です。
tomo japonezinho さん
同意見です。
プレッシングかけてボールを奪うまでは良い。皆が理解しトレーニングすれば出来る。難しいのはその後の攻撃。選手の個人能力が高い、または相手とレベル差があると簡単なんですけどね。そうでないと難しい部分がある。ガチンコ対決になるとスペースなくてあっぷあっぷになっちゃう感じですよねぇ。
FWの選手はミドルサードのタッチライン際でななめ前から『ふたをする』イメージだと思います。皆さんいかがでしょう。
反対意見や、おもしろい考え方や見方、色んな意見求めます。思い出した事などきがるに書いて下さいね!
アリゴ・サッキのプレッシングサッカーは、サッキがミランの監督に就任した87−88シーズンで既に完成に近かったと思います。ホームでマラドーナが率いていたナポリを迎え撃った試合は圧巻の一言です。今ビデオで見ましても、あの時のミランのプレスの凄まじさは現代と大差が無く、ここから現代のコンパクトなサッカーが始まったのだと実感させてくれます。もっともこのシーズンではその後御馴染みとなる、4−4−2のフラットでむらなくプレスをかけるというチームではなく、DFラインのみ4バックで後は自由に選手が攻撃をしている印象も受けます。その後の88−89シーズンから90−91シーズンを見て行きますと、翌年のライカールトの獲得で中盤に厚みが増し、アリゴサッキの4−4−2フラットのサッカーが完成したことが分かります。
当時月刊サッカーマガジンが1年以上かけて特集してましたよね。そして加茂さんがwowowなんかでずっと解説してた。
日本でもすごく持てはやされたけど、情報がまだ少なかった良き古き時代の話。この頃から戦術だけがが一人歩きしちゃったんじゃないでしょか。大事なところはゴールを奪う、ボールを奪う。
今ではすっかり当たり前になった部分もあるし、コンパクトすぎて危険な気も。
サッキの理論を実践しているのはセリエAのサンプドリアの
ノヴェリーノ監督。
完成度はサッキにおよびませんが、
それに近い形を実践しているかと思われます。
 10年ぐらい前に読んだ『ワールドサッカーの戦術』(滝井敏郎:著、95年8月)という本に、ミランのプレッシングがけっこう詳しく解説されてた記憶があります。ボールホルダーに対して、「4─4─2」の10人が「一つの生き物」のように囲い込んで奪う、というようなことだったと思います。サッカー発生以来のシステムの変遷なども紹介されていて、興味深かったです。

 ミランのプレスもすごかったけど、ビデオで見た70年代クライフ時代のオランダ(とくに74年W杯の対ブラジル戦)も衝撃的でした。本当に「ボール狩り」という感じで、「この人たちはやっぱ狩猟民族だわ」なんて思いました。
ボクは一人一人の監督の哲学みるようになり5年くらいのモノです。なのでサッキの時代は詳しくありませんが、みなさんの書き込みを見てちょっと偏った見方になりますが、イタリアの建築家は新しいモノを創るというより、古いモノを直す、又は新しく直すという職業に組み込まれているみいたいです。自国の独自性が強く文化を守りながらトラディショナルまで押し上げたみたいです。そして稀にミケランジェロのような天才が現れたら新しいモノを追加し、後世に繋げていく国なのかと思います。

サッキは一度世界を制した守備という文化を新しく直しトラディショナルにまで引き上げ機能美を完成させ、ミランを攻める守備ができるチームに仕上げたみたいですね。それが現在のイタリア全体にまで浸透し、トッティという天才を得て新しい文化を創った・・・(代表の話に繋がっちゃいましたが 汗)
なんかプレッシングサッカーは国民性が創った戦術に近いとも思えてきましたよ。

すいません訳わかんないこといって。。。汗
今週のワールドサッカーマガジンのレポートとサッキのインタビューは面白いですよ!!

ゾーンプレスはディエゴを封じるために導入した。
サッキはディエゴの獲得を強く求めたものの一人。
バレージあってのゾーンプレス。
ディフェンスラインを極端に高くして守備力を集約しなくてはなりません。
オフサイドトラップの仕掛けを謝らない判断とカバーリングを同時に遂行しなくてはなりません。
当然のようにFWの守備がなければ成り立たない戦術ですが、ファン・バステンやパパンが守備をしているイメージがないのは私だけでしょうか・・。
サッキ...以外に知られていないが彼のAt.Madrid時代。

彼が持ち込んだイタリアの強烈なプレッシングは十分にリーガ
を席巻してました。既に、多くのリーガのチームも彼の戦術に
習っていたとはいえ、本家本元はやっぱりすごかったです。

ただ、けが人が多く、最終的にはヘスス・ヒルの一言でバレン
タインデーの真夜中、解任されてしまいました。確かに解任前
のラニエリ率いるカテナチオ・バレンシア戦のホームでの1−2
での敗戦は痛かったとはいえ内容は完璧だったのを覚えてます。

しかし、ピオッホ・ロペスが、まさに現在のメッシのようにス
ピードで数少ないチャンスをものにしたのを鮮明に覚えています。

あれが、Atの翌年の2部降格へ大きくつながるんですが...
ホント、残念でした。

その後、マドリーにフロントとして戻ったのには正直驚き
ましたが、ライバルチーム、世界最高峰のチームでも彼に
一目置いていたということですね。


昨今は試合数の増加に伴い、ミラン全盛の時のような激しい
試合を毎試合維持できなくなったこともあり、プレッシング
の意味も変わってきましたが、それでも彼の功績は、サッカ
ー史に残るのは間違いないですね。

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