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意味不明小説(ショートショート)コミュの紫陽花

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 日銭を稼ぐため、庭掃除をしてきた。庭と言っても、都立病院の駐車場に面している、大規模な物だ。五六人の職人さんが、チェーンソーや回転のこぎりを使って、バッサバッサと切り落とした枝葉を、ビニールシートへ熊手でかき集め、パッカーと呼ばれるゴミ収集でよく見かける車に積み込むという、地味で体力のいる仕事だった。梅雨入りしていたが、どんより曇に留まってくれたので、屋外で力仕事をする身にはありがたかった。
 経験上、大方の職人さんがそうなのだが、強面そうに思えても、こちらからきちんと挨拶をして、礼儀正しくしていれば、優しく接してもらえる。今日の現場もそうだったので、ほっとしていたのだが、同じように派遣されてきた面子(私の他に二人いた)に、厄介なのが交じっていた。もちろん初対面なのだが、妙に馴れなれしく話しかけてくる。そのくせ、少しどもっている。まあ、それだけのことなら、ちょっと変わった人で済むのだが、「こういう仕事初めて?僕はあるよ」とか、「この道具はこうやって使うんだよ」とか、まだ作業を始めていないうちから、やたら自慢気に語ってきた。「ああ、そうなんですね」と、適当な相槌だけ打って、作業中はそいつ(Aとする)から距離をとることにした。だが、パッカー車(一台しかない)に向かう途中で、すれ違う度、「いい運動になるでしょ」とか、「丸の内の現場は日当八千円だった」とか、どうでもいい話を一々放り込んでくる。「へえ」とか、「ふーん」とか、あなたに興味はありませんよという思いを込めて、なるたけ気のない返事に努めていたのだが、一向に伝わる気配がないので、パッカー車に向かう時は、Aのいないターンを狙うことにした。
 認めるのは少し悔しいが、「いい運動になる」のは確かにそうで、土に触れながら単純作業をしていると、余計なことを考えずに済む。頭の中ではビートルズの「When I'm Sixty-Four」が流れていて、木こりや農夫になったつもりで、熊手を無心で振るった。少し手に痺れを感じる頃になると、熊手の使い方にも慣れてきて、木の根に隠れた雑草をかき出す技や、一かきで多くの枝葉をビニールシートに乗せる術を、次々と編み出していった。
「熊手というのは、身体の大きい奴の得物と相場が決まってるんだ」
「え、そうなの?」
「古代の中国では有名な話だ、知ってるだろ?西遊記」
「え、それって八戒ってこと?」
「猪悟能ね」
「ごのう?八戒じゃなくて?」
「三蔵法師の弟子には、「悟」の字が与えられているんだよ。悟空に、悟浄。みんな「悟」がつくだろ?」
「あ、本当だ」
「だから、熊手を使うのが上手いのさ」
「結局ブタってこと?」
 いつの間にか、いつもの癖で、脳内の誰かと会話をしていまっていた。ブタ呼ばわりされるという自虐ネタに、図らずも笑みをこぼしている所へ、「集めるの上手いね」と通りすがったAに声をかけられた。次の熊手を振るのを、僅かにためらった。
 作業も終盤に差し掛かっていた。どうやら、予定していたエリアよりも、ずいぶん先に進んだようで、パッカー車は既に満載だった。職人さんがよく働く人たちだったので、こちらもつられて頑張った。一つの目標に向かって、黙々と働くというのは気持ちいいもので、ある種の連帯感すら漂っていた。昼過ぎにもなると、Aには明らかに疲れが見てとれ、口数が減ったというのも、功を奏したのかもしれない。それでもなお「降らないでよかったね」と、宣っていたのだが、「本当にそうですね」と、無理せず返すことができていた。
 帰り道、都営三田線の「白山」駅へ向かうと、出入口のエレベーターのところから、大きな鳥居が見えた。通りの横断幕や幟に、「白山神社」とあった。初めて降りた駅だったし、聞いたことのある神社だったので、疲れていたのと、小雨がパラつき始めたことを天秤にかけたのだが、行ってみることにした。大きな鳥居だったが、階段の下から伺える境内は、こじんまりと見えた。その割には、参拝客が多い。階段を上がると、その訳がすぐにわかった。思った通り、小さな神社ではあるものの、参道、手水場、その他いたるところに、見事な紫陽花が咲いている。案内図に従って、神社の周りをぐるりと廻った。境内の床しい雰囲気とあいまって、紫陽花が実に美しい。思わず一句読みたくなったが、まったく浮かばなかった。少し気になったのは、誰も彼もが、スマホでカシャカシャ。傘で片手が塞がっているにも関わらず、器用に自撮り。フレームに入らないよう、シャッターを切り終わるのを、待ったり。気持ちは分からないでもないが、もっと悠然と楽しめないものかね。一句読むとか。まあ、浮かばなかったのかな。参拝ルートの最後、本殿との渡り廊下のような物の下を潜るのだが、かなり身を屈めなければならず、なんだかちょっと、別世界から戻ってきたような気がして、面白かった。
 昨夜の煮物の残った汁に入れるため、八十八円の竹輪を二袋、買って帰った。一昨年の暮れから住み始めたシェアハウスの玄関ドアを開けようとした時、敷地の端に、紫陽花が咲いているのに気が付いた。今日、初めて気が付いた。部屋へと続く階段を上りながら、「三蔵さま、天竺って近くて遠いところにあるんですね」と、脳内の誰かと会話した。

(終)

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