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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第93回 ロイヤー作 『弁護士バー』 課題『レモネード』

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 壁にかかっているクラッシックな掛け時計を見た。
 終電まであと一時間足らずの時刻だった。さっき中年男性の2人組の客が帰ってから店内に客は誰もいなかった。
 今晩はもう客は来ないだろうと思い、北原は店を閉める準備を始めた。
 すると、ドアベルがチリンと鳴った。
 入ってきたのは若い女性だった。
「お1人ですか」
「はい」
 おしぼりをカウンターに座った女に出した。
「何にされますか」
 女は考える仕草をした。飲みたいものが決まっていないようだった。
 北原は女を観察した。綺麗な髪質なのに手入れされていない。顔は青白く酒に酔っているようにも見えない。どこか体調が悪そうな様子だ。
「カクテルでもお作りしましょうか」
 助け舟を出すように言った。
「いただきたいけど、どんなカクテルがあるのか知らないの」
「お任せでよければ、おみつくろいします」
「じゃあ、お任せしてもいい?」
 北原は頷いた。
「ロングスタイルとショートスタイルのどちらにしますか」
「それも任せるわ」
「承知しました」
 ショートスタイルのカクテルを作ってカウンターに置いた。
 女は照明の光で赤紫色に輝く酒が入ったグラスに口をつけた。
「美味しい。それにすっと入ってくるわ」
「コスモポリタン・マティーニです。ジンベースですが、飲みやすいようにクランベリージュースで割っています」
「ルビーのような色が綺麗」
「お客様にお似合いかと思って」
「ありがとう」
 少しだけ女の顔色が良くなった気がした。
「ここは弁護士バーじゃないわよね」
 唐突に女が言った。
「はい。スターダストというオーセンティックバーです」
「ずっと弁護士バーを探していたのだけど、見つからなくてこんな遅い時間になったの。でもネットを見るとこの場所だから、最後に試しにこの店に入ってみたの」
 北原は嫌な汗が身体を伝うのを感じた。
「どうして、弁護士バーを探しているんですか」
「弁護士に相談したいからよ」
「弁護士に相談ごとがあるのならバーじゃなくて、法律事務所にアポイントメント取って行ったほうがいいんじゃないですか」
「弁護士の知り合いなんていないし、どこに頼めばいいのかも分からなかったの。それに法律事務所ってすごく敷居が高くて」
「そのお気持ちは分かります」
「そんな時、弁護士バーのブログを見たの。そのバーをやっている弁護士さんの言葉の一つ一つが心に染み入るようで、それでその弁護士さんに相談してみようと思って、弁護士バーを探していたの」
「そうだったんですか……」
「ねぇ、弁護士バーがどこにあるのか知らない?」
「その弁護士バーなら閉店しました」
「えっ、いつ?」
「先月です」
 女はあからさまに落胆した表情を見せた。
「それで、弁護士バーはどこにあったの?」
「この店の隣です」
「でも隣は真っ暗で何もなかったわ」
「先週、大家が解体工事をしてスケルトンにしました。何も残っていません」
「それじゃあ、分からないわけね」
「何を相談されたかったんですか」
「ありきたりの話よ。離婚と借金」
「そうですか」
「もう一杯同じものをくれる?」
「かしこまりました」
 実は弁護士バーをやっていたのは北原だった。行き詰まり廃業して、最後にスターダストのオーナーに挨拶に行ったら、アメリカで開催される世界バーテンダー大会に出席したいので1ヶ月だけバーテンダーを務めてもらえないかと頼まれたのだ。
 そもそも弁護士バーを出すことが出来たのもこの店のオーナーの助けがあってのことだったのでささやかな恩返しのつもりだった。
 女がカクテル3杯でだいぶ酔ってきた。多分、普段酒を飲み慣れていないのだろう。饒舌になってきた。
「私、ダメなんです。結婚する時も両親から年の差もあるけど、あの男は信用ならないって反対されたのに、それを押し切って結婚して……」
 北原は相槌を打った。
「私が東京に出てきて就職したネイルサロンの社長だったんです。頑張って自由が丘店の店長になったんです。そのお祝いを社長が2人きりでしてくれて、それから……」
 女は泣き出した。
「どうして別れたいと思ったんですか」
「浮気、暴力、借金、彼の裏側は真っ黒だったんです。私は世間しらずだったんです。いつの間にか夫の借金の連帯保証人にされてしまい。しかも夫はヤクザのような金融会社から借りていて……。ごめんなさいこんな愚痴をこぼして」
「いえ。いいですよ」
 北原は女の話の聞き役になった。口当たりがいいのか、女はカクテルを何杯もおかわりした。
 急に女が黙った。
 見ると酔いつぶれていた。時間は午前1時30分を回っていた。もう終電はとっくになくなっている。自宅がどこなのか、タクシー代を持っているかも分からない。
 北原は途中で止めてあげればよかったと後悔した。だが女が思い詰めたように自分の半生を話すので、聞いてあげたら楽になるかもしれないと思いついつい付き合ってしまった。
 だが女は酒を飲み慣れていないようだった。
 北原は女を担ぐようにして店を出た。
 貝坂の近くには歩いてすぐのとこにビジネスホテルがあった。そしてスターダストのオーナーはホテルの支配人と懇意にしており、客が遅くまで居座り電車で帰れない時は、規定料金の半値で素泊まりすることができた。それはもちろん北原もだ。
 北原は女を担いでホテルのロビーに行った。
 フロントの河村が顔をあげた。
「今日は女性と一緒ですか」
「違う。泊まるのは彼女だけだ」
 河村は眉を上げた。
「彼女だけが泊まっても料金はいつもどおりでいいんだろう」
「宿泊簿は誰が書きます」
「僕が書く」
「ならスターダストの人が泊まったということで、支配人に報告しますので、半額でいいです」
「助かるよ」
 北原は鍵を受け取り部屋に向かった。
 ベッドに女を下ろすと、女が目を覚ました。
「ここはどこ」
「ホテルだ」
 女の顔に怯えが走った。
「いや。だめ」
 女が小さい声で呟いた。
 だが、逃げたり抵抗しようとする様子はなかった。
「大丈夫だ」
 何もしないから安心するようにと言うつもりで女のもとにかかがみそう言った。
 だが何を勘違いしたのか女は北原に抱きついてきた。
 どうしようかと北原が戸惑っていると女はまた意識を失った。
 北原は靴を脱がせ、万が一嘔吐しても気管を塞がないように、横向きに寝かせると、毛布を上にかけて部屋を出た。
 ロビーを抜ける時に河村と目があった。
「ずいぶん早く終わったんですね」
「おい!」
「冗談ですよ。もう一部屋お取りしましょうか」
「いや、いい」
「タクシーで帰るんですか」
「店に泊まる」
 河村は肩をすぼめた。

 翌日、北原が午後5時に開店の準備で店に行くと、ドアの前に昨日の女がいた。
「あのう、昨日はすみませんでした」
「いえ」
「ホテルまで取ってくださって」
「別に大したことじゃありません」
「これ」
 そう言って女は白い封筒を差し出した。
「昨日の代金とホテル代です。足りなければ言ってください」
 北原は黙って店を開けた。
「どうぞ」
 女を招き入れた。
「香野ゆりと言います。昨日の晩はご迷惑をおかけしました」
 北原は封筒に入っていた一万円札を数え、レジに行くとお釣りを出して、女に渡した。昨日のカクテル代しか受け取らなかった。
「そんな、いいんですか。こんなにお釣りをもらっては飲んだ分にもならないんじゃないですか」
「飲んだ分はしっかり清算しました。ホテル代は結構です。あれは遅くなった時に泊まれるように店で契約している分ですから」
「では、あなた?」
「昨日の晩は店で仮眠しました」
「すみません」
「何か飲みます?」
「いえ。まだ二日酔いで」
「レモネードなんてどうです」
「はい」
 北原は香野の前にレモネードのグラスを置いた。
「いくらですか」
 財布を出そうとする手を止めた。
「これは僕のおごりです」
「でも、そこまでしてもらっては……」
「昨日の飲み代を律儀に払いに来てくれただけで十分ですよ」
「すみません」
 香野はレモネードに口をつけた。
「弁護士バー残念でしたね」
「ええ、でもやっぱりあなたの言う通り、ちゃんと離婚して借金を整理しようと思ったら法律事務所にアポを取って正式に依頼すべきだと気が付きました。だから、さっそくアポを取りました」
「その方が賢明です」
「玖月法律事務所というところにしました。ネットの広告で見つけました」
「玖月だって……」
 北原は目がぐるぐる回るような気がした。
「だめだ」
「えっ?」
「そこに行ってはだめだ」
 北原は絞り出すように言った。

 北原は自分の過去を香野に話した。
 弁護士に憧れ司法試験に合格し、玖月法律事務所に就職をしたこと。だが、玖月弁護士は依頼者から金だけ受け取り何もせず。さらにただの離婚事件で相場より高い着手金を支払わせておいて依頼者に毎月サブスクのように費用がかかる契約を結ばせ、依頼者が支払いができなくなると、契約解除し、弁護士費用を払わない方が悪いとそれまで受け取った報酬も返金しない。そうやって、借金や家庭の問題で苦しみ困っている人たちから搾取していた。手口が巧妙で契約書もしっかりしているので、弁護士会に懲戒請求をしても、うまくそれを玖月はかわしていた。
 北原はそんな事務所だとは知らなかった。すぐに玖月に、こんなことは許されないのではと言った。だが、老獪なベテラン弁護士の玖月に新人の北原が勝てはしなかった。事務所内でさんざんハラスメントを受けた上、放り出された。他の事務所に移籍しようとしたが、まともな事務所は悪徳弁護士の玖月のもとにいた弁護士ということで採用を見合わせ、あまりまともでない法律事務所は玖月からの連絡で北原のことは相手にしなかった。
 苦肉の策で始めたのが弁護士バーだ。
 だが、ネットで執拗な嫌がらせの書き込みによる攻撃を受け、さらに客はほとんど来ず、閉店することにして、弁護士も廃業して田舎に帰るところだった。
 その話をした。
「あなただったのね。弁護士バーの先生は」
「そうだ。だから、今すぐ玖月法律事務所とのアポはキャンセルしてほしい。絶対に玖月のところに行ってはいけない」
「分かりました。でもそれなら私の事件、受けてもらえませんか。あなたに依頼したかったんです」
 北原は首を振った。
「弁護士費用ならあります。妹がこれで離婚して借金も整理するようにと100万円貸してくれました」
「できない」
「100万円じゃあ足りないんですか」
「違う。僕には事務所も何もない。責任をもって事件を引き受けることなどできないんだ」
「では私はどうしたらいいですか」
「弁護士会でやっている法律相談に行きなさい。そこならまだまともな弁護士に出会えるし、もし変な弁護士だったら弁護士会にクレームをつけて間に入ってもらえる」
「本当に私の事件を受けてもらうことはできないんですか」
「悪いけど、もう弁護士は辞めることにしたんだ」
 香野はうなだれて、店を出て行った。
 
 数日後、スターダストのオーナーがアメリカから帰ってきた。
 臨時のバーテンダーとしての北原の役目ももう終わりだった。後は弁護士会に退会届を出し、部屋を解約して、田舎に帰るだけだった。
 引っ越しの準備で荷造りをしているとスマホが鳴った。
 見知らぬ番号だった。
 出てみると低くよく響く声が聞こえた。
「逢沢だ」
「先生、お久ぶりです」
 司法修習の時の民事弁護の教官だった。
「話したいことがある。会えないか」
「はい? 何でしょう」
「それは会ってからだ」
 久しぶりにスーツを着てネクタイを締めて都心に行った。
 逢沢は北原を事務所の近くの寿司屋に連れて行くと、逢沢の法律事務所で勤務弁護士として働く気はないかと言われた。事務所の弁護士がアメリカの弁護士資格を取るために留学することになり、欠員が出たのだという。突然のことに戸惑ったが逢沢は立派な弁護士で、事務所は日本橋にある中堅どころの法律事務所だった。またとないいい話だった。
 それからことはトントン拍子に進み、初出勤の日となった。
「北原君、今日からよろしく頼むよ。さっそく君には新件を担当してもらう」
「はい」
「離婚事件だ。破産事件も同時にやってほしい」
「分かりました」
「依頼者がちょうど来ているから、君が担当だと紹介したい」
 北原は逢沢の後をついて打ち合わせ室に入った。
 そこに座っていたのは香野ゆりだった。
「どういうことですか?」
 北原は逢沢を見た。
「たまたま弁護士会の法律相談で僕が彼女に当たってね。色々話を聞くと君の名前が出てくるじゃないか。そして彼女は私に、どうしても君に依頼したいのでどうにかならないかと頼まれてね」
「それで僕を採用したのですか」
「もちろん、それだけじゃない。君は成績優秀で、密かにうちの事務所にスカウトしようかと思っていたら、玖月のところに行ってしまい、正直失望していたんだ。だが彼女から事情を聞き、君が弁護士を辞める決意までしていると聞いて、ウチで預かりたいと思ったんだ」
 北原はなんだか目頭が熱くなってきた。
 誰も自分のことなど見てくれていないと思っていた。
 もう自分は弁護士としておしまいだと思っていた。
 それが……。
「じゃあ、僕は他の打ち合わせがあるから、後は君たちで進めてくれ」
 北原は香野の前に座った。
「先生、よろしくお願いします」
 彼女は今まで見た中で一番の笑顔をしていた。


コメント(7)

つい、やっちゃいました。

青臭い青臭いファンタジーを書いてしまいました。

こんなの書くなんて年甲斐もなく異世界のものテンプレのラノベを書くより恥ずかしい。

官能小説を書くより恥ずかしい。

でもやっちゃいました……。
青臭いファンタジーなんですか?
いえいえ、地に足のついた設定で、読者を馴染みのない法律の世界にもすっと引き込ませ、大変面白いと感じました!
「運命のいたずら」という言葉が似合う小説ですね。
続きが気になります。
いや、いや、リアルに法律の世界にいる人間から見るとありえないだろうというファンタジーなんですよ。トホホ

でも、実はかとうさんにインスパイアされて、法律を題材にしてリアルとファンタジーの融合の限界を書いてみようと思ったんです。

つまり、現実には絶対ありえないけど、専門家が見ても嘘ではない(なくはない)というハッピーエンドものです。

ちなみに1つの嘘に真実味を持たせるためには99の真実(事実)で塗り固めろという格言(そんなのあった?)の通り、実は弁護士バーというのは実在していたし、ああいう悪徳弁護士もいるし、修習時代の教官の事務所に就職するなんていうのも普通にある話です。また弁護士になったものの夢やぶれて弁護士を辞める若者の近時の弁護士の大量生産により、よくある話です。ひとつひとつはつまらないか、あまり救いのないお話です。

そこを甘いご都合主義でハッピーエンドでまとめたのが、自分的には青臭い感じなんですよね。

まあ、でも社長さんと結婚したり、司法試験に合格したりして、バラ色の人生と思ったのが錯覚でそこから救いようも無くどこまでも堕ちて行きボロボロになり、最後まで救いのないリアルな話とか、わざわざ読みたくないですもんね。
ちなみに、かとうさんにインスパイアされてというのは、昨日、失踪宣告の法的問題についてコメントしていて、その中で物語の中で法的正確性をどう扱うかについて考えているうちにということです。
法律問題を題材にしたのを一つ書いてみようと思い、前々から一度書いてみたかった『弁護士バー』ものを一気に書いたという次第ですが、アップした後、念のため読み返したらなんだか恥ずかしくなったということです。
>>[2]
温かいコメントとお褒めのお言葉をありがとうございました!
>「弁護士バーというのは実在していた」 ⇒ 坊主Barは知ってましたがギルド規制の厳しい法曹界にも抜け道があるのは知りませんでした。
>「どこまでも堕ちて行きボロボロになり」 「読みたくないですもんね」⇒ いいえ、読みたいです。アルコール依存症の弁護士の映画『評決』の主人公初老の弁護士役ポール・ニューマンのダメだけど渋い魅力みたいな。
>「やっちゃいました」 ⇒ もっとやっちゃってください。異世界モノのラノベよりこの方向でお願いします。
>>[6]
ご感想をありがとうございます。
なるほど、作者の側の思い込みというか考える面白さと、読者の側のニーズは、必ずしも一致するものでないのですね。
やはり感想というのはありがたいです。

この方向でもまた書いてみます。

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