半蔵門かきもの倶楽部コミュの第121回文芸部王都作「【60歳過ぎても黒々フサフサ！】毛生え薬で釣っといて…【転載用Ver.】」（自由課題）

リー

薬局連作短編集

原案：田中葵（王都）

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第一話　リー

2○　増毛サービス

駅前の路地裏に、奇妙な暖簾を掲げた小店があった。
看板にはこう書かれている。

> リー

2○　増毛サービス
リー

25　漢方の上薬ブレンド

「増毛と漢方…どういう組み合わせだ？」
半信半疑で入店した私は、奥のカウンターに座る。

店主は年齢不詳の男。小さな声で、しかし儀式のように聞いてくる。
「お客様は、“何年後”をお望みですか？」

私は冗談半分で答えた。
「…十年若返らせてくれ」

男はうなずき、棚から小瓶を二つ持ってきた。
一本は“リー

2○”と書かれた金色のラベル。
もう一本は“リー

25”と記された黒地に銀文字の瓶。
　少し気になった「ブタ(

)」のパッケージイラスト。もしやこれを服用したらブタになるか太るか…どのみち嫌だなあ。

「まず“リー

2○”で毛髪を整え、“リー

25”で内臓を若返らせます。副作用は…時間の逆流です」

私はホッとしながら笑って受け取り、服用し、頭に液を塗り込んだ。

──翌朝、鏡の中には、二十歳の私が立っていた。
学生服まで着て。
ちなみに太ってはいなかった。

ポケットには学生証。日付は十年前。
時間の逆流は、比喩ではなかったらしい。

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幕間①

過去に戻った私は、まだ路地裏の店の正体も、あの男の目的も知らなかった。
だが、この十年間はただのやり直しでは終わらない。

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第二話　リー

14　夢の編集

（※ここは外伝として本編の前日譚）

> 効能：夢の編集
睡眠中の記憶映像を自由にカット・接続・改変可能

私は半信半疑で服用した。
夢の中で見たのは、過去の出来事が収められた巨大なフィルム棚。
失敗した告白シーンを切り取り、旅行の夕焼けを差し込む。

──目覚めると、その恋人とは現在進行形で付き合っていることになっていた。
だが、スマホの中の写真は、知らない笑顔ばかりだった。

十年前に逆流する前──まだ私は、ただの常連客だった。
その日、男が出した瓶は“リー

14”。
ラベルには小さく、こう書かれている。

> 効能：夢の編集
内容：睡眠中の記憶映像を自由にカット・接続・改変可能

「夢って、所詮は脳の電気信号だろ？」と笑う私に、男は微笑んだ。
「ええ。しかし、それを編集すれば“記憶の履歴”そのものが変わります」

半信半疑で服用し、その夜ベッドに入る。
──夢の中、私は自分の過去を映す巨大な編集室に立っていた。
棚には「2009年夏・初恋」や「2013年秋・退職」と書かれたフィルム缶が並んでいる。

ためしに「初恋」の缶を開け、告白が失敗するシーンを切り取り、
別の缶「2015年春・旅行」で撮った夕焼けを差し込んでみた。

目覚めると、私は“告白が成功した記憶”を持っていた。
しかも、その恋人とは今も連絡を取っていることになっている。

……だが、スマホを開くと、登録された名前や写真に覚えがない。
夢を編集すれば、現実はそれに従う。だが“本当の現実”を知るのは私だけだ。

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第三話　リー

25　漢方の上薬ブレンド

十年前に逆流した私は、再びあの路地裏の店を探した。
だが当然、十年前のこの街には、あの看板はまだない。

諦めかけたその夜、校舎裏の薄暗がりで、不意に聞き覚えのある声がした。
「…お客様、こちらへ」

振り向くと、あの男が立っている。
「リー

2○とリー

25はご堪能いただけましたか？」

私は驚きを隠せずに頷くと、男は新たな瓶を差し出した。
「今度は“リー

33”です。効能は──記憶の上書き。都合の悪い過去を、あなたの思い通りに書き換えます」

私は迷った。十年前に戻ったことで、再び選択の余地が生まれた。
この薬を使えば、恋人と別れた日も、試験に落ちた日も、なかったことにできる。

だが、もし全部を書き換えたら、それはもう“私”ではないのではないか。

男は私の表情を見透かすように笑った。
「上書きした記憶は、他人も共有します。世界ごと作り変わるんですよ」

私は瓶を握りしめたまま、返事をしなかった。
その瞬間、男も瓶も闇に溶けるように消えた。

──翌朝、ポケットには小さなメモがあった。
『リー

40　魂の分割予約　※次回来店時有効』

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幕間②

身体と心がばらばらになった私は、より深い薬の効能に足を踏み入れることになる。
その扉を開けたのが、次の薬だった。

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第四話　リー

33　記憶の上書き

> 効能：記憶の上書き
世界ごと改変可能

十年前に逆流した私は、再びあの路地裏の店を探した。
だが当然、十年前のこの街には、あの看板はまだない。

諦めかけたその夜、校舎裏の薄暗がりで、不意に聞き覚えのある声がした。
「…お客様、こちらへ」

振り向くと、あの男が立っている。
「リー

2○とリー

25はご堪能いただけましたか？」

私は驚きを隠せずに頷くと、男は新たな瓶を差し出した。
「今度は“リー

40　魂の分割予約　※次回来店時有効』

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第五話　リー

40　魂の分割予約

> 効能：魂の分割
最大七つの人生を同時進行で生きられる

服用した瞬間、視界が七つに裂けた。
学生、富豪、犯罪者、作家──すべてが私だった。
夜ごと夢の中に集合し、会議を行った。
ある日、犯罪者の私が告げた。
「明日、警察に囲まれる。全員、覚悟しろ」

十年前に逆流し、“リー

33”の誘惑を振り切った私。
だが、ポケットのメモ──『リー

40　魂の分割予約』──は消えなかった。

三日後、またあの男が現れた。
「予約期限が近いですよ。お受け取りになりますか？」

私は警戒しながらも尋ねた。
「魂を分割って、具体的にどうなる？」

男は淡々と説明した。
「あなたの魂を最大七つに分け、それぞれに別の人生を歩ませます。
　一つは作家、一つは富豪、一つは犯罪者……好きに選べます。
　ただし、全ての“あなた”は互いに夢の中で記憶を共有します」

想像してみる──平行する七つの人生が、夜ごと一つの意識に集まる光景を。
それは、天才にも狂人にもなれる夢の装置のように思えた。

「もし、一人が死んだら？」
「他の全員に、その死の感覚が送られます。
　……七人同時に死んだら、本当の終わりです」

私は結局、瓶を受け取ってしまった。
琥珀色の液体を口に含んだ瞬間──視界が七つに裂けた。

私は教室で試験を受けている。
私はニューヨークの高層ビルで契約書にサインしている。
私は暗い路地でナイフを握っている。
……全てが私だった。

夜、全員が同じ夢の中に集まり、互いの一日を報告し合った。
その時、路地裏の私は血まみれで呟いた。
「明日、警察に囲まれる。全員、覚悟しろ」

──目覚めた六人の私の心臓は、同時に早鐘を打っていた。

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第六話　リー

46　感情の入れ替え

（※魂分割の前、外伝的挿話）

> 効能：感情の入れ替え
他人の感情と自分の感情を交換可能

七つの人生に分かれるより前──
私は一度だけ、強烈な精神の転換を経験したことがある。

男が差し出したのは“リー

46”。
ラベルには赤文字でこう書かれていた。

> 効能：感情の入れ替え
内容：任意の感情と他人の感情を交換可能（期間限定）

「他人の怒りを自分の喜びに変えることもできます」
そう言われ、私は職場でいつも怒鳴ってくる上司を思い浮かべた。

服用した翌日、上司に怒鳴られた瞬間──私の胸は歓喜で満たされた。
代わりに上司は、怒鳴った直後から涙を流し、机に突っ伏した。

数日後、私は完全な“感情の密輸業”のような日々を送っていた。
クライアントの不安を回収し、恋人の幸福感を移し替え、
時には自分の恐怖を他人の退屈にすり替えた。

だが期限が切れると、回収した全ての感情が一度に押し寄せた。
怒り、絶望、恐怖、愛情──感情の奔流に耐えきれず、
私はベッドの上で動けなくなった。

あの男は静かに告げた。
「感情は通貨のように扱えますが、利息は必ず自分で払うことになる」

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第七話　リー

57　存在の圧縮

> 効能：存在の圧縮
複数の人生を1日に凝縮

七つに分かれた私の人生は、予想以上に混沌としていた。
犯罪者の私は警察に追われ、作家の私は連載の締切に追われ、富豪の私は税務署に追われている。
──夢の中の会議は、いつも修羅場だった。

そんなある夜、男が夢の会議室に現れた。
「お疲れのようですね。そこで、新製品“リー

57”のご提案です」

瓶の中身は真珠色に輝いている。
「存在の圧縮。七つの人生を、同じ“1日”に凝縮します。
　朝起きてから夜眠るまでに、全ての人生を順番に体験できる。
　分割の負担もなく、効率的です」

私は計算した。
もし1日24時間を七等分すれば、1つの人生は3時間半しかない。
だが、その密度は──おそらく普通の何倍にもなるだろう。

服用した翌朝。
目を開けると私は教室で数学のテストを受け、
瞬き一つでニューヨークのオフィスに移り、
さらに瞬きで砂漠の遺跡を発掘していた。

時間は、秒単位で人生を切り替えていく。
笑った瞬間に泣き、泣いた瞬間に叫び、叫んだ瞬間に沈黙した。

そして夜。ベッドの上で目を閉じたとき、私はふと気づいた。
──今日一日、自分が何者だったのか思い出せない。

最後に見えたのは、あの男の口元。
「次は“リー

∞”です。効能は……存在の解放」

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第八話　リー

70　存在の複製

七つの人生を同時に回す日々に疲れ始めたころ、
あの男がまた現れた。
今回は瓶ではなく、透明なガラス球を抱えている。

「リー

70。効能は“存在の複製”です」

「また分裂系か？　もう七つで手一杯なんだが」
「違います。七つの“あなた”を丸ごと複製し、もう一組つくります。
　つまり、あなたは同じ七つを二組、十四人になる」

私は思わず笑った。
「それ、何のために？」

男は淡々と答えた。
「一方は現状維持のまま生き続け、もう一方は実験的に生きられる。
　選択を分け、結果を比較できるのです」

服用──いや、今回はガラス球を掌で砕き、その破片を吸い込むだけだった。
次の瞬間、夢の会議室には“もう一組の七人”が立っていた。
服も顔も同じ。だが、目の奥の光が違う。

実験組は、驚くほど無謀だった。
犯罪者の彼はさらに深い闇へ潜り、
作家の彼は原稿を放り投げて旅に出、
富豪の彼は財産を全て投資に突っ込んだ。

──二ヶ月後、実験組のほとんどが破滅して戻ってきた。
「結果は出ました」と、実験組の私が笑う。
「俺たちは、限界を知った。お前らは安全圏で生きろ」

その言葉を最後に、彼らの姿は消えた。
ただ一人、旅に出た作家だけが、まだ帰ってきていない。

夜、枕元に封筒が届いた。差出人は“私”。
中には一行だけ。

> 次は“リー

∞”に進め。俺たちはそこで会う。

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第九話　リー

∞　存在の解放

> 効能：存在の解放
時間・空間・自他の境界消失

七つの人生を圧縮して生きる日々は、やがて限界を迎えた。
私はすでに、どの瞬間に何をしていたかを思い出せない。
夢の中の会議も開かれなくなり、他の私の顔すら曖昧になった。

そんな夜、部屋の隅にあの男が立っていた。
瓶ではなく、小さな透明のカプセルを持っている。
「リー

∞。これが最後です」

「存在の解放って……死ぬってことか？」
男は首を横に振った。
「死ではなく、境界の消失です。
　時間も空間も、あなたと他者の区別もなくなります。
　七つの人生も、元の一つも、すべて一度に“在る”ようになる」

私は笑った。もう笑い方すら自分のものか分からない。
「それじゃあ、世界そのものになっちまうじゃないか」
「そうです。あなたが見る全てが、あなたになる」

カプセルを飲み込むと、視界が白く溶けた。
都市のビルも、砂漠の風も、教室のざわめきも、すべてが同時に押し寄せる。
私は富豪であり、少年であり、犯罪者であり、作家であり、そして無数の知らない誰かでもあった。

──気づくと、私はあの路地裏の店の前に立っていた。
看板にはこう書かれている。

> リー

2○　増毛サービス
リー

25　漢方の上薬ブレンド

暖簾をくぐる若い男が、私とすれ違った。
私は軽く会釈し、言った。
「何年後をお望みですか？」

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終幕

物語はここで始まり、またここに戻る。
∞の薬は、一度きりでは終わらない。
次に店を訪れるのは、あなたかもしれない。