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半蔵門かきもの倶楽部コミュの 第116回文芸部A 三題噺『チョコレート』『まがまがしい』『量子力学』 ロイヤー作『愛は沈黙する』

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「ねぇ、あそこにいるのは猫それとも犬」

 オープンデッキのカフェで二人でお茶をしていたら、彼女が通りの反対側の黒い物体を指さして、そう訊いた。

「猫だろう」

「そうね。猫ね。あなたが視たから猫になったわ」

「どういうこと?」

「それより、【チョコレート】は?」

「はい?!」

「今日はバレンタインデーでしょ? まさかバレンタインデーに私に会うのに、チョコレートを用意してこなかったってわけ?」

「だって……君は女性だろう」

「どうして私が女性だと決めつけるの?」

 彼女が女であることはよく知っている。だが僕は彼女の名前も知らない。


          ☆ ☆ ☆

 彼女との出会いはひと月ほど前に遡る。千代田区の半蔵門にあるとある読書バーで開かれていた哲学カフェというイベントで出会った。そのバーではお互いをハンドルネームで呼び合う。もちろん名刺交換もしない。だから参加者のことは「ぽんぽこりんさん」とか「ぶんぶく茶釜さん」とかいう名でしか知らない。

 その時の哲学カフェのテーマは『恋愛は本能か理性か』だった。つまり種の保存のための本能の衝動にすぎないのか、それと別のものがあるのかという議論だ。

 彼女は、全身黒ずくめで【まがまがしい】感じのする格好をして、黒い眼帯をしていた。まるでアニメキャラのコスプレだ。

 皆が活発に議論して盛り上がるなか、彼女は何も発言せず、ただ赤ワインを長いピンクの舌でチロチロと舐めていた。

 その会がお開きになり店を出ると、彼女と帰る方向が一緒だった。店からは麹町駅、半蔵門駅、永田町駅の3駅にアクセスできたが、それぞれ方向が違う。彼女と僕だけが永田町駅方面に向かっていた。

「せっかく参加したのだから、何か発言すればよかったのに」

 僕は横を歩く彼女に言った。

「間違えちゃったの」

「え?」

「【量子力学】を語る会に来るつもりだったの」

 それは来月のテーマだ。

「なんだ。だから何も発言しなかったんだ」

「それだけじゃないわ」

「それだけじゃないって?」

「ねぇ、知りたい?」

 彼女は黒い眼帯越しに僕を覗き視た。眼帯をしていても普通に歩いているので、布越しに透けて見えるのだろう。

「ああ」

「哲学は語るものだけど、愛は沈黙するものだからよ」

 正直言って僕は意味が良く分からなかった。

「もっと知りたい?」

 僕は少しだけ頷く素振りをして不完全な同意を示した。

「なら飲もう」

「でも、店はもう閉まっているよ」

 平河町の界隈は飲食店は数えるほどしかなく、しかも閉店する時間だった。

「坂を降りて赤坂見附までゆけばいくらでもお店は開いているよ」

 その言葉通り赤坂に行くと、まるで昼間のように明るく人で賑わっていた。

 僕ら飲み直し、そのあと、ホテルで一夜を明かした。

 彼女の言う通りだった。

 愛し合うのに言葉はいらなかった。


         ☆ ☆ ☆

「待てよ、君は男じゃない」

 彼女が男でないことは僕が一番よく知っている。

 だが彼女は謎の微笑を浮かべるだけだ。

 そう言えば、彼女の本名もまだ知らない。

 ミリアルデというLINEのアカウントだけが僕が有している連絡手段であり、彼女の個人情報だ。もちろんミリアルデは彼女の本名ではない。

 そんな関係であるにもかかわらず、彼女の存在は今の僕にとって限りなく大きいものになっている。

「分かった。君は男で、僕は女だ。これからチョコレートを買いに行こう」

「嘘つき」

 その言葉に絶句して戸惑う僕の腕に彼女は腕をからめて乳房を押し付けてきた。

(嗚呼、もう語るのは止めだ)

 僕のポンコツ理性が白旗を掲げた。

『愛は沈黙する』

 幻聴のように脳内に鳴り響いた言葉は、天使の告知のようだった。

コメント(12)

僕は量子力学にこだわって読みづらいのかいちゃいました

こういう女性に転がされるのは
読みやすくて楽しいですよね

愛し合うのに言葉いらないかー
なるほどです笑
一応シュレディンガー猫とか不確定性みたいなのをさわりにもってきてる量子力学テイストをかんじております
>>[1]
さっそくの感想をありがとうございます!

ちょっと変わった不思議ちゃんの女性にワンナイトラブから転がされる男とシュレディンガー猫的描写というのが、表面(A面)です。

実はこの物語には裏面(B面)があります。
彼女の体は本当に女性でしょうか、彼女の心は本当に女性でしょうか。
【僕】についても言えます。
この組み合わせで16種類くらいのバージョンがこの物語から派生します。
僕が本当は女だったら? 主婦で子どもがいたら?
彼女は男のボディビルダーで豊満な乳房というのは、ベンチプレス150キロを上げる大胸筋の盛り上がりだったら?

一人称の語り手は信頼のおける語り手なのかわかりません。小説は漫画や映画と違い映像がないので、僕というと男だと決めつけてしまいますが、世の中には僕という一人称で喋る女子も結構います。

実は本当に書きたかったのはこの語らざるB面の物語でした。
>>[3] あちらのコメントにもかさなりますね
そこまではよめませんでしたが
映像化できない曖昧さがかけ算でバージョン増やしますねわーい(嬉しい顔)
>>[4]
ありがとうございます。
一番こみいった設定ですと、語り手の僕は生物的には男である。しかし心は女である。性的にはレズビアンで女性しか愛せない。その性行為における役割的人格は男役である。(ぐるっと回って男かよ!)という場合もあります。そんな設定を想定した上で二人の会話を読むとまた違う世界が開けます。
そんな状況だと語ると現実が出てきてしまいますので、愛するのに言葉はいらず、本名を知る必要もないということになります。
いろんなバリエーションがありえます。
>>[4]

蛇足コメントですが、作中で彼女が語り手のことを「嘘つき」と言っているのが象徴的なシーンとなります。
また天使の告知とありますが、天使は、トマス・アキナスの神学では形相(エイドス プラトンで言うところのイデアに近く、理念や純粋知性)のみの存在で質料(肉体)を有しないとされています。
つまり作中の人物も現実の肉体の種別よりも、自分の魂の色合いの方を重視しているというメタファです。

本来は当日語る内容ですが、大邦さんはご欠席とのことで、ここだけでのやり取りとなりますので、キヨノのお店で本来は語ることをこのコメント欄でやっちゃいました(笑)。
>>[1]

大邦さんの作品の方が、私のそれより、ずっと素直で読みやすく面白かったですよ。私の作品は正直こじれています(笑い)。量子ねじれ?というか神学的哲学的叙述トリック的仕掛けにこだわり、正直読者からみれば、(?)作品です。
ネタバレで恐縮ですが、この物語そのものが『量子ねじれ』になります。つまり僕と彼女の、生物的性別と、心の性別と、性的趣向は決まっておらず、観察者(読者)が、ノーマルな男女と思えばそうなるし、ゲイ同士の話と思えばそうなるし、外は女性だけど心は男性の彼女と外側は男性だけど心は女性の僕との話と思えばそうなるという、まさに『量子ねじれ』もしくは『シュレディンガー猫』の思考実験を、小説で試みたものです。
>>[7]
深い可能性が読めてなかったから一読してわかったような気がしたんだと思います
ストレート男女で一夜を共にしたのに私は女じゃないのよって言われて
女なのに(一夜を共にしてないけど)そんなこと言いそうな人に翻弄されるって普通にありそうだし^^
文章そのものが短いのでシンプルそうに見えてたしかに逆にバリエーションおけるなと
僕のは書きすぎて他の解釈はしずらいかなと
(量子力学でももつれとか不確定性とか世間によく知られた不思議なところを
 扱ってなくて、位相のずれという使う量子力学としては解釈の相違のない
 現象論で世間の人はしらないかもですが、サイエンスとしては単純に
 粒子がぶつかって散乱されることを記述するパラメータを扱ってます。)
というよりくそまじめに情景を書いてしまう自分が・・・

前回も奇しくも量子力学(というか場の量子論のヒッグス機構=これはもつれより理工学の理解としては高級かもですが・・・)つかってましたが
まがまがしくて、気持ち悪い生命をかけて面白かったと個人では思ってて
でも伝わらないだろうな・・・とか
ロイヤーさん風に言うとA面がレコードの溝もりもり切ったつもりで
裏面はないのが面白みに欠ける・・・かもと思いはしますが

ロイヤーさんのはA面だけはさらっとよんでも伝わるのでそこはいいんだと思います。
>>[9]
いえいえ、バリエーションに気が付かなくてもいいのです。大邦さんがこれは彼女と僕というストレートの男女の話だと視れば、その通りの物語なのです。なので大邦さんの読み方のままでいいのです。ありがとうございました。
当日どんな会話がなされるのでしょうね
量子力学ネタの話がしたい&まだJONYさんとか書いてないけど
読んでみなが何言うのか興味あります
残念だなぁ
僕も店でいつもやるような話を自分のとこでくり広げちゃいましたけど

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