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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第二十九回 匿名希望 『生きるよすがとしての幻想』

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『誰も知らない』という映画を公開当時映画館で観た。
哀しいがとても美しい映画だった。
DVDが発売された時、すぐに買った。
この映画は忘れたらいけない。そう思ったから。
だがそれから今まで、この映画を一回も観ていない。


Aは授業に使うため小さめのスケッチブックを一冊買った。
そのスケッチブックには自分の顔を描いたりした。
他にも色々描いたのだろうがよく憶ていない。
その中で、授業とはなんの関係もない絵が1枚だけある。
クラスの一人の女の子の顔を正面から描いたものだ。
鉛筆で描いただけの簡単なスケッチだった。
ある日の夜、Aは急に思い立って一晩で描き上げた。
本当はその子に見せる筈だったのだが、結局見せずに終わった。
身体を動かすのが好きな、全身陽に焼けたとても健康的な女の子だった。
その子の顔を見もしないで、記憶だけで描き上げた。それなのに
なかなか自信をもった出来に仕上がったのはどうゆうものだろう。
とAは思った。

ずっと長いこと着ていなかったジャケットのポケットに
のど飴が一つ入っていた。
包み紙の様子からかなり古いものだと思われたが口の中に入れてみた。
のど飴は妙な味がした。舌で包み込んだり、舌の上で転がしたりして
その味を感じようとするのだが
飴自体がそれを拒否しているように思われた。それは口の中で
小さくなって消えるまで
その味を正しく味わわれることを拒否し続けた。

Aは通学にバイクを使っていた。ある日ゆるい下りのカーブで
スピードを出しすぎて曲がりきれず木にぶつかった。
幸い親指の付け根を骨折するだけですんだ。
病院でボルトを入れて固定する手術をした。指以外は
なんともなかったのだけど、手術室に入るとき車椅子に乗った。
後ろで押してくれた看護師さんが若くてきれいな女性だった。
その人はAのむきだしの腕を見て「筋肉質ですね」と言った。
ただそう思ったことを口にしただけかもしれないが、
Aはなにか褒められた気がして気分がよかった。
もう一度病院に来る用事があるので、その時にデートに誘おうか
とAは思ったが二回目に行ったときに、その人はいなかった。

よすが、という言葉が好きだ。
生きるよすがとして誰かを求めることにとても憧れる、実を謂えば
本音を謂えば世間一般に広く流布している価値観
いうなれば幸福な家族、そんなものはまるで信じていない。
他人の気持ちを当てにするなんて馬鹿げている。そう思っているけれど
スレッカラシになりたい。何も信じていないくせに人並みの幸福を手に入れて
何食わぬ顔で本音を心の奥底に沈めて、絶対に他人に覚られないように
生きていきたい。どう生きたって孤独であるならいいではないか。
死ぬまで嘘を突き通したとしてもイイデハナイカ


Aは彼女を美しいと思った。だからこそよけいに
ヒネた子供のようなその声が残念だった。
ある日、Aは帰り道彼女を見かけた。後ろから追いついて隣に立って
声をかけてみた。彼女はびっくりしたようだった。
そのちょっと怯えたような表情に、Aは少しがっかりした。
そのまま駅までの道、彼女は一緒に歩きたくないようだった。
いずれにしろ、乗る線が違うのでAと彼女はすぐにわかれた。
恋愛には情緒というものが必要だとAは思っている。
彼女との間に、ついに情緒は生じなかった。
ごくごく小さな愛情と小さな憎しみを抱いて遠くからその人を眺めていると
Aは情緒が生じたかもしれないもしもの未来を想像したりするのだ。


一人の人を愛しく思い、それと同時に殺したいほど憎む。
ということがあるものだと知った。
彼女のことを知りたいと思っていた。
自分のことを知ってほしいと思っていた。
だがなにも知ることも知ってもらうこともなく終わった。
どうしようもなかった。これから先もどうしようもない。
どうしたら良かったのかもわからない。
一生真実を知ることなく人生を終えるだろう。
しかし、強く心に大きな黒い影となって残っていた後悔と憎しみの念も、
いつの間にか気付かぬうちにだいぶ小さくなっていた。
知るべき真実なんてほんとはどこにもなかった。


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