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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第二十九回 みけねこ作『西陽のあたる部屋』

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「こんにちは。たくさんで来てくれたのね。今日は、緑小学校新聞部の取材ということで。お待ちしていましたよ。可愛いわね、何年生?あ、五年生なのね。土曜日だから学校はお休み?もう、昼ごはんは済ませたの?

まあどうぞ、あがってちょうだい。

今、麦茶入れるわね。応接間のソファ、あなたたちなら五人並んで座れると思うから、腰かけて待っていてね。

さて、何からお話しましょうか? そうね、この建物、古いでしょう? え? お化け屋敷みたいって? まあ、怖いことを言うわね。この家は、五十年前に私の父親が建てたのよ。稲垣隆って知ってる? 父は有名なバイオリニストだったの。この家は、ドイツ人の設計士に頼んで建ててもらったから頑丈でね。父がいた頃から庭にバラ園を作っていて。
ほら、今も良い香りがするでしょう?
父は、私にも音楽の道を薦めたけれど、どうも好きになれず、絵ばかり描いていたわ。あ、そこの壁にかけてある女性の絵は、夫の作品よ。綺麗な女性でしょう、私の若い頃だけどね。もう、三十年も前かしら。まだ、稲垣陽一が、有名ではなかった頃よ。

えっと……みなさんが聞きたいお話は『画家・稲垣陽一について』だったわね、小学生なのに立派な取材ね。いいわよ。本当は、本人が話せばいいのだけれど、五年前から病気で、あまり人前で話せなくなっているの。ごめんなさいね。まだ、元気な頃は、学区内の緑小学校の入学式に来賓として参加したこともあったのにね。残念だわ。
私でよければお話するわよ。そんなに立派なお話はできないから期待しないでね。
まあ、くだらないお話よ。

稲垣陽一は静岡県出身で、幼い頃から絵を描くことが好きだった。あまり裕福ではなかったので、独学で学んで東京の美術大学に入学したのよ。東京では、色んなアルバイトをしながら勉強していたみたい。彼が大学四年生のときに、私は同じ美大の一年生だったの。陽一は、今でいうイケメンだけど、ボロボロの服を着ていてね、でも、眼が野性的でとても素敵だったのよ。ほんと。
私は、彼に一目惚れしてしまって、下宿に押しかけて同棲するようになった。同棲って分る?ドウセイ……。結婚していないのに、一緒に暮らすことね。
私は、裕福な家庭に育って、世間知らずなのに、いきなり同棲なんてしたもんだから、父が怒って大変だったわ。でも、陽一に会ったら、気に入って『稲垣家に養子に入るのなら結婚を認める』って言ってくれて、私たちは結婚したわ。陽一が二十三歳、私が二十歳のときよ。
その頃は、私たちはこの屋敷ではなく、別のアパートに住んでいたのだけれど、とにかく陽一は女性にもてる人でね。

そうそう、あなたたち、美術作品を色々見たことあると思うけど、裸の女の人の絵や彫刻があるでしょ、あれって、ちゃんとモデルを見て描いているのよ。みんな、えーっ!って言ってるけど、ほんと。モデルさんはちゃんと裸でポーズを取るのよ。そしたらね、陽一が有名になった作品の『裸婦』のモデルの女の子と仲良くなっちゃって……。

あ、ちょっと小学生に話す内容じゃなくなって来ちゃった……。え? 大丈夫? 
これから、こんな話が続くけど、いいかしら。
私、ワイン飲むわね、あなたたち、麦茶は、どんどんお代わりしていいからね。

その女の子、茜ちゃんっていうんだけど、陽一と同じ静岡出身で、二十歳のときに女優を目指して上京してきたの。小さな劇団に入っていて、一度だけドラマに出たことがあるらしいわ。サスペンスドラマの殺害される役ね。三分も映ってなかったんじゃないかしら。まあ、女優業だけじゃ食べていけないからって、絵のモデルのバイトもしていたみたい。たいへんよね、裸で何時間も同じポーズを取っていなきゃならないんだから。
そのうち、陽一は、茜ちゃんに夢中になって、家にほとんど帰って来なくなった。陽一が四十歳の頃よ。
母が亡くなったこともあって、私は父と相談し、この家にアトリエを作ってもらったわ。
陽一が作品に集中できる環境を作ることにしたの。そのアトリエは、二階にあって、今もあの人はそこにいる。その部屋は、西陽が眩しくて。その陽を浴びながらずっと作品を描いていた陽一の姿は、今でも鮮明に覚えているわ。
私たちがこの家に越してきたら、陽一ったら茜ちゃんを堂々とアトリエに引き入れて何日も出て来なかったりして。ひどいでしょ。
父も相当怒っていたけど、その頃は、陽一は大学の講師にもなっていて、それなりに名を上げていたから、私たちは何も言えなかった。陽一が有名になれたのも、バイオリニスト稲垣隆の娘婿ということも大きかったというのに。でも、彼は、有名になるにつれ、傲慢になっていったの。
その父も、十年前に亡くなって、茜ちゃんは、この家に住むようになったの。不思議なことに、私も陽一、茜ちゃんとの三人の生活に慣れていったわ。ご飯の支度は、茜ちゃんがしてくれるようになり、寝るときは三人一緒の部屋で。こういう家族関係ってあるのね。とっても楽しかった。今から考えると、その頃が一番充実していたわね。

あら、ごめんなさい、ちょっと酔いが回って来て。あなたたちには刺激が強すぎるかしら。
でも、今日は、とても楽しいわ。えっと『画家・稲垣陽一について』のお話だったわね。

あれは、五年前の夏のことよ。朝から蝉がじんじん鳴いていたのを覚えてる。
私は、友達と銀座に出かけていたんだけど、夕方、家に戻ると茜ちゃんがいないの。
ご飯の支度もできていないし、怪訝に思って二階のアトリエに行ってみた。
そこで私が目にしたのは、頭から血を流して倒れている陽一の姿だったの。銅製の置物がそばに転がっていて、血だらけの茜ちゃんが放心状態で泣いていた。昔、唯一出演したサスペンスドラマでは、置物で頭を殴られて殺害される役だったというのに。皮肉なものね。
二人は、些細なことで諍いとなり、殴られそうになった茜ちゃんが、置物で陽一の頭を殴ってしまったらしいの。この頃、傲慢になっていた陽一は、私のみならず、茜ちゃんにも悪態をつくようになっていたからね。だから、茜ちゃんが、怒りにまかせて殴ってしまった気持ちは、私にもよく分かったわ。愛情って冷めてしまうとこんなものなのね。寂しいよね。
夫は、打ちどころが悪かったのか、すでに息絶えていた。

そこで、まず私が思ったことは『これからの収入をどうしよう』ということだったわ。
その頃、陽一は、もう、大学の仕事は辞めて、マイペースで絵を描き、個展を開くことで収入を得ていたから、いなくなると困るのよ。そのときも、個展が近づいていたので、中止にするわけにはいかなかった。茜ちゃんと私は陽一の身体を布でぐるぐる巻きにして、大きな木の箱を作ってそこに入れ、防腐剤と石膏を流し込んだの。あ、そういう材料はね、仕事柄、たくさん手に入るのよ。そして、西陽のあたる窓を内側から板で塞いで、光が入らないようにしたわ。もう、何が何だか分からない状態よ。火事場の馬鹿力っていうけど、本当ね。二人でアトリエを大改造して陽一をそこにずっと眠らせることにした。永遠に。

でも、個展があるというのに本人がいなかったら困るわよね。そこで思いついたのは、陽一の弟のこと。浅田雄一っていうんだけどね、これが、ほんとどうしようもない男で、よくこの家に来ては陽一にお金をたかっていたのよ。浅田雄一にお金のことで相談があると連絡したら、すぐに来たわよ。一歳しか違わないし、陽一と背格好もよく似ていたの。今後の生活は約束するから、秘密を守ることと、個展などの挨拶のときには、サングラスをかけて、何も話さなくてもいいから表に出てもらうということで、雄一がこの家に住むようになった。

ほら、あなたたちも、稲垣陽一が、五年前に事故で片目の視力を失い、精神的なショックで言葉が話せなくなったというニュース、知ってるでしょう? 

じゃ、その後の絵はどうしかって? ふふ、私が描いているのよ。一応、美大で学んだから、基礎はできているしね。でも、不思議なことに、才能のない私が『稲垣陽一』として絵を描いても、絵は売れるし絶賛されるのよ。面白いわよね。
有名な評論家が『事故で片目を失った後の稲垣陽一の作品には、彼にしか見えない風景が映り込んでいるのか、凡人には想像し得ない世界を表現している』みたいな褒め言葉を書いてくれて。私、楽しくって。
そう、今は、茜ちゃんと雄一と三人で秘密を共存して生きているのよ。でも、雄一は駄目ね。家にじっとしているのにも飽きて、すぐにふらふらと外に遊びに出ちゃうんだもの。

やっぱりね、嘘をついて生きていくのって、辛いわね。私も茜ちゃんも、もう、この生活に疲れて来た。雄一は、ちっともいうことを聞かないし。
そんなときに、ちょうど緑小学校新聞部さんから取材の申し込みがあったので引き受けたのよ。ほんと、いいタイミングよ。
そこで、茜ちゃんと相談して、この生活は、もう終わりにしようって決めたの。雄一は、もう知らない。好きにすればいい。
あと数日もしたら、私たちは、ここからいなくなると思う。さて、どういう風に消えましょうか。
みなさん、あとのことはよろしくね。きっと良い新聞記事になると思うわ。

長い時間、聞いてくれてありがとう。ほんと、くだらない話だったでしょう」

コメント(13)

ドキドキしながら読みました。
怖いけど、小学生には魔の手が及ばず一安心。
でもトラウマになる子もいれば、
成長して思い出し、あの時のあれは…?となる子も
いるでしょうね。
面白かったです。
淡々と書かれていましたが、それが怖いですね。もうちょっと異様な雰囲気が描かれてると、さらに盛り上がるかなと思いました。

ところで、普通にしっかりした話、面白い作品だと思うので、
全く「下らない」感じはしなかった(良い意味で)のですが…。
きましたね、ミステリー風『鍵』みけねこさんバージョン(笑)。ぜひ茜ちゃんの足の描写を入れてください(爆)。[6]の書き込みを見て、子どもの頃のトラウマを思い出しました。近所にお化け屋敷と噂されていた大きな空き家があって、友だちと度胸試しで入ったところ、目玉のホルマリン漬けなどがあってびっくり。これでまた作品が書けるかも(笑)。
上品で優しい夫人が、子供たちに話しかけているイメージで読み始めてたら、まさかの話題に!
夫の女癖の悪さ、妻妾同居など、明らかに小学生向けではない話を流れていき、しまいには殺人と死体隠蔽、贋作造りを語り出して…。
スリリングなストーリーでドキドキです。

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