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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご紹介】 「仮定の質問」に答えるのが政治❶

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大学教員 池田久剛(佐賀県 55)
菅義偉首相の官房長官時代、何度も繰り返された、気になる答弁・発言があった。それは、「仮定の質問にはお答えできません」というものだ。不祥事の追及を受けた時など多くの場面で使われた。政治家が「答えたくない」と言う代わりの逃げ口上でもあるが、それを聞く度に違和感を抱いた。
仮定の質問に答えることがなぜできないのだろう。質問者がそれで納得するとなぜ考えるのか。政治家たるもの、国防にしろ災害にしろ、起こりうる危機を多面的に仮定し、備えることが職務ではないのか。
そしてコロナ禍である。
「GoTo」キャンペーンについても、見直しは考えないなどと意固地になるのではなく、感染がもし拡大したらこうする、さらに拡大したならばこう対応せざるを得ない、そうすると国民生活にも多大な影響を及ぼすだろうから、国民はこう気をつけてください……。
このように様々な可能性(危険性)を仮定して、メッセージを発するべきであろう。
そう考えると、「仮定の質問にはお答えできません」という態度の延長線上に、今日の感染拡大と混乱があると言わざるを得ない。
朝日新聞 2020年12月7日 (声)
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本日夕刻開催!
梅棹忠夫生誕100年記念 連続講座 
「地球温暖化時代の災害対策としてダムだけに頼らない流域治水」
第1回 発表: 嘉田由紀子 (農学博士、参議院議員、前滋賀県知事)
https://bit.ly/3md0NeW
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> 2020年の最後に  伊勢崎 賢治
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> 防衛省(庁)ならびに自衛隊幹部OBの諸氏へ
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> 日本には、国家の命令行動の事犯時に、命令権者を起訴の起点とする法体系がない。
> しかし、末端の自衛官の抗命に対する懲罰規定だけがある。
> その量刑は、安倍政権時の安保法制によって更に引き上げられた。
> 現在、安全地帯で国防論を弄する君たちは、この状況を体を張って変えようとはしないのか。
> 一緒に行動を起こそう。
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――マルクスはゲルマン民族の共同体、古代ローマ、アメリカの先住民、ロシアの農耕共同体といった、前資本主義社会の共同体に関心を持っていたそうですね。マルクスがそこに見たものとは何でしょう?
昔の共同体の社会というのは、「無知だから生産力が低かった、働きもしなかった」と誤解されがちですが、そうじゃないんですよ。彼らはもっと働くこともできたし、もっと豊かになることもできたわけです。だけど、そういう豊かさを目指してしまうと、そこから富の偏りが生じる。すると富を持っている人たちが、持っていない人たちに対して、恣意的な振る舞いをするようになる。それを防ぐために、土地の所有や生産方法の規制といったルールを作ったり、宗教的な儀式を行ったりしていました。マルクスはそれを研究していく中で、共同体社会は平等で持続可能だということに気がついていく。
今までのマルクスの進歩史観、つまり無知な人類からだんだん賢くなって、最終的にコミュニズムに到達すると一番賢い、みたいなモデルじゃないんですね。実は資本主義より以前の社会は劣っているわけではなくて、むしろ「持続可能性」や「社会的平等」の観点からみると、資本主義よりも優れている。さらに資本主義で獲得された知識も使いながら、資本主義にブレーキをかけるために再利用していく。マルクスはそれを目指していたということですね。
――そうした前資本主義社会の共同体にあったものが、先ほどのお話にあったコモンズだそうでした。今でも学べる点がとても多いとのことでした。
生活に絶対必要なもの、たとえば農地、森林、河川の水も含めて、誰のものでもなかったわけです。みんなのもの、コモンズでした。一部の人が独占してしまったら、大勢の人たちが生活に必要なものを手に入れられなくなる。あるいは一部の人が独占してしまうことで、他の人たちを支配するようになってしまう。それを避けるために、みんなで管理していました。貨幣を持っている・持っていないか関係なしに、みんなが利用することができた。
そういう意味で土地などは潤沢に存在していたわけです。しかし、資本主義が解体していった。ありとあらゆるものを商品化していく。私たちは本当に何にしても常に貨幣が必要になりました。ありとあらゆるものへのアクセスが阻まれていく。むしろ希少になっていく。そういう転倒した状態になっています。
https://bit.ly/344ejLW
『人新世の「資本論」』斎藤幸平さんインタビュー 
マルクスを新解釈、「脱成長コミュニズム」は世界を救うか
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生きているコタンの銅像  アイヌの慈父・高橋房次  知里真志保
銅像が皆の手で作られた
 白老《しらおい》のシュバイツァーとして、すでに貴重な存在になっている高橋房次氏が、今度白老町の住民一同から銅像をおくられることになったという。町民がこぞって醵金に応じ、町役場前の広場に銅像をたてるということは、誠に意義の深いことだと思われる。
 大正11年3月に、旧土人保護法施設として完備された道立白老病院の院長とし、高橋氏が赴任されてからも37年になる。その間、土人部落の一員として、文字通りアイヌや一般の人達とともに、その生活の労苦をあじわってきたわけである。77歳の高齢をもって、いまなお矍鑠《かくしゃく》として、町民の診療にあたっている氏のためにも、今度の町のもよおしは、ほんとうに心あたたまる朗報である。
 白老の名誉町民第一号の氏にたいし、いま老人の人達は、全山紅葉の時期までには氏の胸像を完成させ、その除幕式をかねて高橋氏の功績|顕彰《けんしょう》会をひらこうと、まさに町ぐるみ一丸となって、その達成に全力をあげている。
 私はそこで、なぜ高橋房次氏が、白老の町民一同から銅像をおくられるようになり、どういうわけでこの白老町にとどまっているかということと、氏が白老の医者になった、赴任当時の様子など具体的な例をもならべたてながら、氏のヒューマンな人間性の一面を語って行きたいと思う。
白老の医師となる
それをするのが私の使命だ
白老での彼の仕事ぶり
語りつがれる挿話
たえざる研究心
誰も白老で開業できない
部落の人達の中にとけこむ
医療費を催促しない医者
一人の病める老婆
半年後に治療費がとどけられた
白老のシュバイツァー
底本:「和人は舟を食う」北海道出版企画センター
   2000(平成12)年6月9日発行
底本の親本:「日本 第二巻第十二号」
   1959(昭和34)年12月
https://bit.ly/2JZOBBf
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追悼 D・グレーバー 59歳
Pierre Clastres, James C. Scott, David Graeber
「反ホッブズ」人類学
現代においてーーおそらく近代といってもいいのかもしれないが、わたしたちの想像力をもっとも根深く制約し、想像力の活発で奔放な運動を囲い込んでいるイデオロギーとはなんだろうか?
そのひとつが「国家の必然性」であることはまちがいない。
たとえ必要悪であるとしても国家は人間にとって必要不可欠なものであるといった発想は、わたしたちの思考の作用のすみずみに深く浸透している。
そして、そのような制約の必要を根拠づけているのが、ある論理、つまり「ホッブズ的論理」である。
AOZORA.GR.JP
知里真志保 生きているコタンの銅像 ――アイヌの慈父・高橋房次――

コメント(1)

すーちゃんさん
「イイネ」を有難うございます。

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