孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【孫崎享のつぶやき】随想⑭　ショパン、「音楽とは何か」 2020-09-14 05:592

「音楽とは何か」。ショパンはこれに答えている。「ショパンが死亡する前の１９４９年
５月、結核の末期に入っていたショパンは、すでに作曲もできなくなり、階段も一人では降りなくなるほど衰弱していました（中略）。彼はピアノとは、そして音楽とは何なのかということを、はっきり言葉にしておきたいと考えたのです」「“音楽とはなにか”という本質についてまとめようとしています。
音によって表現される芸術は、音楽と呼ばれる。音によって思想を表現する芸術。音を操作する術。音によって表現された思想。音による我々の知覚の表現。音による思想の表現。音による我々の感情の表出。人間の定かならぬ（模糊たる）言葉、それが音である。定かならぬ言葉、（つまり）音楽。言葉は音から生じたー言葉以前の音。言葉、（つまり）ある種の音の変容。話すのに言葉を用いるように、音楽を奏でるには音を用いるのである」
以上は、崔善愛著『ショパン』に引用されているものである。
多分、日本の音楽家で「思想」を強調する人はそういない。だが世界を見渡すと、しばしば思想が前面に出てくる。ショスタコーヴィチ「レニングラード」、「バビ・ヤール」、シベリウス「フィンランディア」、ドヴォルザーク「新世界より」、スメタナ「わが祖国」、ムソルグスキー「展覧会の絵」は思想と密接に関係している。ショパンの曲もロシアからの独立を図るポーランド人の思いと切り離せない。
チェリスト・ロストロポーヴィチは作家・ソルジェニーツィンを擁護し、ソビエト当局から「反体制」とみなされ、国内演奏活動を停止させられた。同じくチェロ演奏家カザルスは、スペイン内戦時フランスに亡命し、フランコ独裁政権への抗議を行った。歌手となれば、ジョン・レノン、ジョーン・バエズ、ボブ・ディラン、ピート・シーガー等多くの人がいる。
崔善愛著『ショパン』に戻ろう。彼女は次のように記述している。
「自由な思いを口にすることが禁じられて、言いたくないスローガンを言わされたり、歌いたくない曲を歌うことが強制されたりすると、まるで声が詰まったように、表現することが苦痛になります。だからこそ、芸術家、表現者は、自分を束縛するものに対して敏感になるのです」
　正直にいうと、私は２０２０年８月まで崔善愛を知らなかった。私は２０２０年７月『朝鮮戦争の正体』を刊行し、８月、朝鮮戦争の講演をした。その時、一番前に座って聞いてくれたのが崔善愛だった。別れに、彼女は自分のピアノ演奏CD「piano,my identity」等と著書『ショパン』をくれたのである。
彼女は在日韓国人である。生まれ育った日本で「外国人」と言われ、自分が何者かを知るため、一度日本を離れようとして、指紋押印と再入国許可問題にぶつかり、政治に突っ込む。
悩む彼女に父は「素晴らしい音楽には思想がある」「例えばショパンだ」と励ます。
彼女の「piano,my identity」を聞くと、政治問題の彼女の激しさと裏腹に、優しく、心やすらぐ演奏に出会う。こんな人が対立の姿勢を取らざるを得なくなった当時の日本の政策を残念に思う。「痛みを共有できる」、それは人間の貴重な資質の一つでないか。