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犬小屋Run About!!コミュのCrystal Heart 第三章 「いまある勇気」

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 「冗談じゃないっスよ!上層部は何を考えてるんスか!」
研究所の会議室に谷広の怒声が響く。急遽決定されたセリオの強制停止措置に、研究員達は戸惑いと怒りを隠せないでいた。興奮冷めやらぬ谷広に穂村が続く。
「同感だ。セリオに感情が発生したのは確かに予定外だが、本来の『万能型メイドロボ』のコンセプトは変わっていない。何が納得いかないってんだ!」
研究員達が次々に文句を口にする。皆、余程腹に据えかねているのであろう。そんな中、皆を制するように長瀬が言葉を発した。
「ある意味仕方が無い事でもある・・・。我々と違い、会社側の人間は販売利益を考える必要がある・・・開発研究費や機材の維持費もね・・・。停止理由に納得がいかないのは私も同じだ・・・。だがこれ以上の開発の遅延が認められないのも事実だろう・・・。」
「でも・・・だからって!」
「分かっている。もちろんこのまま強制停止措置を受けるつもりは無い。もう一度上層部に掛け合ってみるつもりだよ。」
その時。
「上層部へ申請は控えるべきだと判断します。」
無機質な声でセリオがいった。そんな彼女の言葉に驚きながら穂村が叫ぶ。
「何を言ってる?こいつぁオマエの事なんだぞ!?」
しかしセリオは淡々と、冷静に意見を提示する。
「はい、承知しております。しかし御言葉ですが、上層部への申請を行なえば社内での立場は危うい物になるでしょう。場合によっては懲戒免職も有り得るかも知れません。皆様には私とマルチさんの妹達を生み出すと言う大役が残されています。ですから、ここで無理なことをして頂きたくは無いのです。」
確かに上層部なら、自分達に制御し切れない部下を切り捨てて従順な部下を新たに雇うような事もするかもしれない。そんなセリオの言葉に穂村は押し黙ってしまう。彼女達の妹を生み出さねばならない責任が、研究員たちの怒りを無理矢理押しとどめた。ポツリと、
戌井が呟く。
「でも・・・それでいいのかなぁ・・・。君の中に心が生まれたのは事実だし、僕達はそれを失うべきじゃあ無いと・・・思うんだよねぇ・・・。」
そんな戌井の言葉に、少しだけ悲しそうな顔をして
「仕方・・・ありませんよ。私はロボットです。人の意に沿う事が出来ないのならば・・・存在に意味なんて・・・無いのですから。」
セリオの呟きに、誰もが知らず拳を握り締めた。思い空気の中、誰一人言葉を発する事の無いまま時間が過ぎていく。幸い、強制停止は今日明日にでもという訳では無い。なにかの手段を考えよう。誰もがそう考えているのに明確な手段は何も浮かばない。そんな中途半端一日を終える。暗い希望の欠片を胸に研究員達が次々に研究室を後にした。その背中を見送るセリオは僅かに俯き、何かを決めた様に駆け出した。

 プルルルルル  プルルルル
浩之の家の電話が鳴る。面倒臭いな、と思いながら浩之は受話器を上げる。
「はい藤田です・・・・って、よう!綾香か。どうしたんだよ・・・・ふんふん・・何?・・・ 何だと!?それ本当かよ!・・・ああ、うん・・・分かった。じゃあな。」
浩之のもとに掛かってきた電話、それはセリオの強制停止措置を伝える物だった。自分も何か手を考えるから浩之も何か手を貸して、そういった電話だ。だがしかし、自分に何が出来る?相手は大企業、その上自分は一介の高校生にすぎない。出来る事は限られているどころか殆ど無い。だがこのままセリオを見殺しにだって出来ない。どうすればいい?ただ考え続ける。
 プルルルル  プルルルルル
呼び出し音が耳に障る。真剣にセリオを救う為に悩んでいる浩之に電話の呼び出し音は酷く不快に聞こえた。浩之は苛立つ気持ちを抑えて受話器を取る。
「はい!藤田です!」
声に苛立ちが混じる。しかし受話器の向こうにいたのは
「浩之さん・・・ですね。すこしお時間宜しいですか・・・?」
そのセリオ本人だった。
「せ、セリオ!?・・・お前、会社の奴らから・・・・!」
「もう御存知だったのですね。・・・浩之さん、もし宜しければ少しお会い出来ませんか?貴方にお伝えしなければならない事があります。」
「分かった。その、セリオ・・・変な言い方だけど、出て来れるのか?」
「・・・問題ありません。では今晩九時、バス停の近くでお会いしましょう。」
ガチャ、と電話が途切れる。セリオの言葉の奥に感じた真剣な何かを思い、浩之は部屋へ駆け上がると出かける準備を始めた。


 セリオは静かに受話器から手を放す。セリオはドアを開けると静かに廊下にでた。会いに行く、とは言ったが外出許可は取っていない。長瀬に頼めば許可は出るだろう。しかし現状況で外出許可を出せば上層部はあまり良い顔はしないだろう。長瀬に迷惑をかける訳
にはいかない。警備員の巡回時間とルート、セキュリティコードは既に調べてある。後は見つからないように外に抜け出し、バス停に向かうだけだ。セリオは廊下を駆け抜ける。
暗い廊下を突き抜け、下の階へと続く階段にさしかかった時、パッと懐中電灯の光がセリオを照らした。
「オイお前!そこで何をしている!?」
おかしい。警備員がこのルートを巡回するのは三十分先のはずだ。
「ふん、上層部の読み通りだ。研究員たちが何かしらの動きを見せるとは思っていたが・・・ まさかメイドロボの方が動くとはな。」
なるほど、警備員がいつもの人間ではない。おそらくは上層部の決定に反発する人間が居るかもしれない事を考えて、自分達の息がかかった警備員を配置したのだろう。警備員は二人。メイドロボである自分では人間に対する暴力は行使できないので強行突破は不可能
だろう。階段はもう目と鼻の先にある。こんなところで足踏みしている暇は無いというのに。
「さあ、さっさと部屋に戻るんだな。こんな真似をしても処分は変わらん!ロボットならロボットらしく命令に従え!」
警備員達の冷たい言葉が廊下に響いたその時、あの独特の間延びした声がした。
「人の恋路を邪魔しちゃあいけないと思うよー?」
警備員の後ろに二つの白い影が踊り出る。二つ目の影が叫んだ。
「曰く、馬に蹴られて死ぬらしいなッ!」
二人の警備員が驚いて振り向いた瞬間。一人目の顔にモップが、二人目の股間に蹴りが、思い切り叩き込まれる。その壮絶なる痛みには声すら上げずに気を失った。白い影の正体に驚くセリオ。
「戌井さん・・・穂村さんまで・・・!」
そんなセリオに二人が声をかける。
「行くんだろ?藤田君の所に。行って・・・ちゃんと気持ちを伝えてこい。」
「お父さん達公認の大恋愛だもんねぇ。うまく行くといいなぁ。」
「でも!こんな事が上層部に知れたら、お二人の立場が・・・・!」
二人を気遣うセリオを制し、戌井が優しく言う。
「セリオ、お出かけ前は『行ってきます』だよ?」
この二人は全ての覚悟をしていた。自分たちの生み出した大切な存在を無遠慮に奪う輩を許せず、そして愛しい我が娘の心を積む事を許せなかった。だからこそ全てを賭けてセリオの願いを成就させようとしている。戌井の言葉にそんな思いが込められているのがセリオには分かった。セリオはすこし躊躇した後、遠慮がちに、小さく。
「行ってきます・・・・お父さん!」
二人に頭を下げて駆け出した。そんなセリオの背中を見送りながら嬉しそうに笑う。
「なぁ・・・戌井ちゃん・・・お父さん、だってよ。」
「なら、可愛い娘のためにもうひと頑張りしないとねぇ。」
階段の上から慌しい足音が聞こえる。足音から察するに3人以下という事はあるまい。二人は階段を見上げると、不敵に笑ってそれぞれの獲物を構えなおした。



 階段を駆け抜け、一階に降りる。玄関まで到着すると手早くセキュリティー解除パスワードを打ち込む。だが、
『パスワードエラー。再度入力シテ下サイ。』
無機質な機械音声が響く。パスワードが書き換えられているようだった。先程の警備員の事から考えれば至極当然の事だろう。しかし、今から解除コードを探すには時間がかかりすぎる。ましてや、まだ追手が来る可能性も残っているだろう。今はただ立ち止まっているだけでも危険な状況なのだ。
 カシャン!
突如玄関のセキュリティーが解除される。ザザッとノイズが走り、館内用スピーカーから声が響く。
「セリオ聞こえてるか?研究所内の制御は全部こっちで操作してるッス!警備員も宿直室に閉じ込めちゃってるから外まで妨害は入らないッスよ!」
「谷広さん・・・!」
「あと、所長から一言!・・・どうぞ。」
谷広の声が遠ざかり、スピーカーから長瀬の声が響く。
「セリオ、聞こえているね?・・私達は君達を生み出した事に誇りを持っている。本当に人の役に立てるのはただのメイドロボでは無く、人の心がわかるメイドロボなのだと。セリオ、君が信じた人のもとでそれを見せてくれると・・・信じているよ。さあ!行きなさい!我々の事は気にしないで!いや・・・我々の為にも・・・行きなさい。」
言葉が出ない。セリオの胸に温かい何かが満ちていく。研究所員たちの思いが、長瀬の思いが、たくさんの人たちが思ってくれていることが、セリオの心を勇気づけていく。
「行ってまいります!」
玄関を抜け、庭を抜け、正門を駆け抜ける。街灯が照らす夜の闇に、セリオの姿が消えた。



 午後九時十五分。
「セリオが遅れるとはな・・・。」
バス停の近くの壁にもたれかかり、浩之は一人呟く。あの電話から一時間ほどが経つ。やはり研究所から出る事は叶わなかったのだろうかと一人考え込む。春とはいえ、まだ夜は冷える。だがセリオが来るのだ。ここで帰ってしまうわけには行かない。
タッタッタ・・・・
闇の向こうから足音が聞こえる。音の方向に目を向けると、街灯に照らし出された見慣れた制服姿が駆けて来る。あの長い髪を揺らしながらこちらに走るセリオの姿が見えた。
「遅くなって申し訳ありません。」
「いや、たかが十五分くらい気にしなくてもいい。・・・・セリオ、話って?」
「そう・・・ですね。では場所を変えましょう。ここは幾分人が多いようですので。」
たしかにこの辺は繁華街の入り口なのでまだ人通りも多い。
「分かった。たしか近くに公園があったよな・・・。そこでいいか?」
「はい。ではそこまで行きましょう。」
浩之はセリオの前を歩きながら公園へと向かった。

 夜の公園に人気は無く、噴水の音だけがただ響く。二人はその噴水の前で立ち止まり、互いに向かい合った。沈黙が空間を支配する。その重苦しい空気を破るように、浩之が用件を切り出した。
「セリオ・・・それでその・・・伝えなければならないことって・・・?」
重い沈黙が破られ、時を再び刻みだす。セリオはゆっくりと口を開いた。
「はい。・・・その、浩之さんは私の強制停止措置の事は既に御存知ですね?」
「ああ・・・。」
浩之が短く答える。
「ですから私は、貴方に伝えたい気持ちがあります。貴方と出会ってから私の得た物を、私が停止してしまう前に。」
浩之は何も言わない。いや、下手な言葉を言えばこの少女の決意を邪魔してしまう。そんな風に思った。
「・・・貴方と出会ってから、私は変わりました。始めは貴方の事がわかりませんでした。私達メイドロボに気軽に接してくる行動も、私達に笑いかけてくれている事の意味も、何も分かりませんでした。だからでしょうか?貴方の事が知りたくなりました。貴方の
考えを理解したくなったのだと思います。・・・でも・・・。」
言葉が一瞬途切れる。
「ますます分からなくなっていくんです。浩之さんの家に食事を作りに行く度に!貴方が笑っている顔を見る度に!どんどん分からなくなっていくんです・・・。」
セリオが言葉を紡ぐたび、表情が崩れていく。機械仕掛けの人形では無くなっていく。心が、溢れてこぼれて行く。
「いつも私の中に浩之さんが居るんです。貴方が居ない時にも、貴方と会っていない日でも、メモリに貴方の姿が映るんです!貴方が居ないだけで、何か『嫌』な感じがしてしまって、でも貴方を思うだけで落ち着いた気持ちになれて・・・。私自身が・・・分からなくなって・・・。」
今浩之の前にいるのは、人間だとかメイドロボだとか、そんなものは何ひとつ感じさせる事の無い、ただの一人の『女の子』だった。
「だから私は思ったんです。もしもこれが心と呼べるものならば、きっと私は貴方に恋をしているのかも知れない、と。」
セリオの声が震えていた。
「ですから、貴方に伝えたい想いがあります・・・・私が・・・貴方と出会う事で得た、大切なことを。」
思うように言葉が出ない。だけど前に進まなければならない。ここに来るまでに自分を助けてくれた人たちが居る。もう、一人だけの想いでは無いのだから。
「浩之さん、私は貴方の事が・・・・」
そして最後の勇気。
「好きです。」
夜の公園にサアッと一陣の風が吹く。頬を撫でる冷たく優しい風に、もうこれでいいとセリオは思った。たった一つの伝えたい想いを伝えることが出来た。後悔などしない、これでもう強制停止という永遠の眠りすら受け入れる事が出来る。だが。
「俺もセリオが好きだぜ。」
「!?」
突然放たれた言葉。想いを伝え、ただ安息に沈むセリオの心を再び揺り起こす浩之の告白。
「ひ、ろゆき・・・さん?」
戸惑うセリオの言葉を制し、浩之が喋りつづける。
「最初はただ、笑った顔が見てみたいと思った。無表情なセリオにいろんな顔をさせてみたい、そう思ってたんだ。・・・でも俺がそんなことしなくてもセリオはたくさんの顔を見せてくれてたんだ。」
「私が・・・ですか?」
「ああ、セリオ本人は気付いて無かったんだろうけどな。俺はそんなセリオを見る度にドキドキして、その度にまたいろんな表情が見たくなって・・・なんて言えばいいんだろうな・・・いつの間にか夢中になって・・・好きになってた。」
信じられない。何が起きているかすら理解できない。
「わ・・・私はロボットなんですよ!?貴方と一緒に居ても!貴方がどんなに年老いていっても私はこのままで、同じ時を刻む事は出来無いんですよ!?」
浩之はもっとも嬉しい言葉を言ってくれている。そんな事は分かっているのに、想いとは裏腹の言葉が口を突いて出る。
「セリオ」
取り乱すセリオを包み込むように、迷いの言葉を砕くように、強く・・・そして優しく。
「俺はセリオが好きだ。」
視界が曇る。浩之の姿が滲んで行く。気付けば、その眼から涙が溢れていた。
「浩之さん・・・浩之さん、ひろ、ゆきさんっ!」
もう何も考える事が出来ない。何の言葉も浮かばない。セリオはただ浩之の名を呼びつづけた。浩之は自らの名を叫び泣き続ける少女をいとおしく思い、ただ抱きしめた。優しく、可能な限り優しく。
 もう何も望むまい。これ以上の幸せがどこにあるというのか。この先、自分に待っているのは永遠の眠りでも、心だけは残していたい。自分の体がもう動く事が無くても、この想い出が在るのならきっと幸せな夢を見つづけられる。
「セリオ。」
自分の名を呼ぶ声がする。ゆっくりと顔を上げるセリオの頬に浩之の手が触れ・・・。


浅く唇を重ねるだけの、小さく淡いキスをした。




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