ぼくの翻訳ミスの代表例をお話しします。 外国人と夜遅くまで働いていて、「もう終わりにしよう。帰ろうよ」と言うつもりでした。 Let’s finish it. Let’s go home. と言ったのです。すると、同僚はきょとんとし顔をしてぼくを見つめました。「帰ろうって言ったんだよね」と念を押したのです。
この気持ちが心に浮かんだときに、ぼくはそれを英語でこう表わしました。 Do your best. ところが、米国人の友人は変な顔をしたのです。ぼくはその反応を見て、「また日本語のへたな英訳をしちゃったかな?」と内心思いました。
これも後で分かったのですが、英米人には人から「がんばってね」と言われる習慣がないのです。もし別れ際に何か言うならば、 Take it easy. となります。これは「気楽にやってよ」という意味で、アメリカ人同士が別れ際によく使います。これも相手への気遣いですから、「がんばってね」の最も的確な訳語です。しかし、これは知識として知っているから出てくる言葉であって、日本人の心情を表わした言い回しではありません。
ぼくが“Do your best.”と口走ったのは、日本語を英訳したのではなかったのです。自分の心情が英語で出て来たわけです。先ほどの頭の構造から説明すると、第1段階から即第3段階へ進んだのですが、第1段階が日本語的な発想だったために、通じない英語となったわけです。
この話にはもう一つエピソードがあります。 シカゴに帰っていくアメリカ人のお客さまを見送る際に、会社の上司が「気をつけてお帰りください」と伝えるよう言ったので、ぼくは、 Take it easy. と言いました。