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千載和歌集コミュの顕輔の歌  その3  むらむらに

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顕輔の歌  その3  むらむらに


卯花をよめる
   むらむらに咲ける垣根の卯の花は
     木の間の月の心地こそすれ (夏歌139 左京大夫顕輔)

「まだらに咲いている垣根の卯の花をみると、まるで木の間の月をみる心地がすることであるよ」(イベリコ)

 「木の間の月」が古今和歌集の読人不知の歌に基づくことを知らなければ、この歌は古今和歌集に入れてもおかしくないものではと思う。しかし、古今和歌集に「木の間の月」があることを知っているから、一段と深みのある歌となっていることを気づく。卯の花という夏のものと月という秋のものとが矛盾することなく収まっているのは顕輔の力だろう。

 この歌を千載和歌集でみると、次の歌も同趣の風情である。

暮見卯花といへる心をよみ侍りける
   夕月夜ほのめく影も卯の花の
     咲けるわたりはさやけかりけり  (夏歌 140 右近大将実房)

「夕月夜のほのかな光も卯の花の咲いている付近ではその白さが映発して明るいよ。」(イベリコ、久保田淳)

 この歌は古今和歌集の秋歌上の巻頭の歌、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」を連想させるのは面白いことである。

(語釈)
「卯の花」はウツギのこと。
「むらむら」はあちこちに群がっているさま。まだらに。 この言葉で叢雲が思われ、この歌では月の縁語となっている。
「木の間の月の心地」は古今和歌集の次の歌による:

満月をみて
   木の間より漏り来る月の影見れば
     心尽くしの秋は来にけり  (秋歌上 184 読人不知)
「木々の間から地上に洩れてくる月の光を見ていると、さまざまに物思いをさせる秋はもうきているのであるよ」(久曾神昇)


「百人一首一夕話」より

左京太夫顕輔の話   その2

 顕輔常に表歌といふ事を立てて古人の歌三首を挙げられたり。後拾遺和歌集の恋の歌の中には、
  夕暮は待たれしものを今はただ行くらん方を思ひこそやれ

 これを表歌として、また金葉集には、
   待ちし夜のふけしを何に嘆きけん思ひ絶えてもあられける身を

 これをすぐれたる歌とせり。またみづから撰ばれたる詞花集には、
   忘らるゝ人目ばかりを嘆きにて恋しき事のなからましかば

 この歌をかのたぐひにせんと思ふといはれたり。またこの人の詠まれたる歌の中にて秀でたるは、
   逢ふと見てうつゝのかひはなけれどもはかなき夢ぞ命なりける

 この歌を俊頼朝臣は感じて曰く、これは椋の葉磨きして鼻油ひける歌なり、世の常の人ならば、うつゝのかひはなけれどもはかなき夢ぞ嬉しかりけると詠ままし、誰かかくは詠まんぞと賞められけり。さてこの顕輔を六条家の和歌の一流といへり。六条家といふ事は父の顕季より六条烏丸の家に住まれし故、後々までもかくは言い伝へたるなり。顕輔の子は清輔・重家・顕昭法師にて、孫は有家・知家なり。いづれも名ある歌詠み達にてありしなり。

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