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千載和歌集コミュの俊頼の歌  その32 岩こす浪は

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俊頼の歌  その32 岩こす浪は



京極のさきのおほきおほいまうちきみの高陽院の家の歌合に、いはひの心をよみ侍りける
   落ちたぎつ八十宇治川の早き瀬に
     岩こす浪は千代の数かも  (賀歌 615 源俊頼朝臣)

「落ちて激しく流れる宇治川の早い瀬の岩を越す波の数は無数であり、君の長生きを寿ぐようである。」(イベリコ)


 俊頼は「祝ひ」の心を詠んだわけで、祝ひ(いはひ)を岩ひとして詠んだように思える。そして、八十という数字は数の多いことを示し、また千代という無限とも言える程の時間の長きを示す。その詞が二つも歌に詠み込まれている。
 また、「落ちたぎつ」、「早き瀬」、「岩こす波」と清冽な水の動きが見事に描写されているといえよう。

 また、614の歌が岩根を詠んで賀歌としたのに引き続き、川瀬の岩を越す浪の数をみて賀歌としており、岩を共通因子として賀歌としている点も面白い。614では動きのない岩を、615では逆に動きのある岩こす浪を表現し、見事に対比しており俊成の配置の妙を見る思いがする。この二つを俊頼の「岩」変奏曲とみて二つ並べて復唱すると俊頼の歌を楽しむことができる。



「源俊頼朝臣のこと」  その6   「百人一首一夕話」より

「また大相国宰相にておはしける時歌合せられけるに、夏の月を俊頼、
   光をばさし交してや鏡山峰より夏の月は出づらん

と詠まれたるを、峰より夏の月は出づらんと侍るは秋冬は谷より出でけるにやと申す人のありければ、俊頼述ぶる方なくて居られたる大判事明兼下座に侍ひていさゝか口入を申したりけるを、俊頼腹立たしき気色にておのれがやうなる侍などはたゞこそ居るべけれ、公達の物仰せらるゝに差応へするやうやはある、便なしといはれければ明兼は苦りにけり。これは無理なる難を申しかくる人ありけれど、重き人故差控えて聞き居られたるを、明兼聞きかねて俊頼を援けんと口入しければ、かへりて俊頼に叱られたるなり。かやうに俊頼は温厚なる性質なりければ、帰服する人多かりし由なり。さて俊頼の著されたる書は髄脳・無名抄等なり。また父大納言経信後拾遺集の撰を快からず思はれける故、難後拾遺という書を著してかの集を譏られけるが、その難後拾遺は全く経信卿一人の才覚にて出で来るものに世の人思ひけるが、後の俊頼の子息俊恵法師人に語られけるは、我が妹の女逝去の後かれが遺物を開き見る所に、父俊頼の書かれたる物少々これあり、その中に件の難後拾遺の草案あり、しかれば難後拾遺は祖父経信と、父俊頼と相共に作られたる物なるべしといはれたりとぞ。」

大相国は平清盛のことか。1167年に太政大臣になり人臣位を極めた。

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