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千載和歌集コミュの俊成の歌  その22 飾磨の市

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俊成の歌  その22 飾磨の市


崇徳院に百首歌たてまつりける時、恋歌とてよめる

   恋をのみ飾磨の市に立つ民の
     絶えぬ思ひに身をや替へてん  (恋歌四 857 皇太后宮大夫俊成)

「ひたすら恋をして絶えぬ思いで飾磨の市に立つ民はその身を売るように、他のどのような身に替えようとするのだろうか、できないことだ」(イベリコ)

 飾磨の市は播磨国の歌枕で、現在の兵庫県姫路市飾磨。市は物と金、物と物を交換することから、俊成の「身をや替へてん」という言葉が出てくるわけである。
 「絶えぬ思ひ」とは絶えることのない恋の物思いのことである。そういう身を何に変えようというのだろうかという意味だろう。

 市で身を替えるという想は俊成が初めてであろうか。万葉集に次の歌がある。

   西の市にただひとり出でて目ならべず
     買ひにし絹の商じこりかも (巻7・1264)

「目ならべず」は比較しないでということ、また「商じこり」とは買い損ないのこと。もし、この歌が歌垣での歌としたら、選んだ相手が失敗であったという意味になる。色んな相手と比較すればよかったと。俊成の歌は、この万葉集の歌とは少し趣を異にする。

 俊成の想は、その後にも受け継がれているようである。
「六百番歌合」にある寄商人恋という題で、
左                       顕昭
   あひそめて後は飾磨の市にても
     夜がれがちをばかへじとぞ思ふ 

右  勝                    隆信朝臣
   尋ねばやほのかに三輪の市に出でて
     命にかふるしるしありとや

左の歌の意味は、
「藍を染めて後(恋人と逢いはじめた後)は、飾磨の市で『夜かれがち』(恋人の夜の訪れがとがれがち)という布の取引はすまいと思う」(岩波書店 新日本古典文学大系)

右の歌の意味は、
「尋ねたいなあ、ちらっと見たあの人と逢うために、三輪の市に出て、命に替えるだけの恋人の目じるしがあるかどうかを」(同)

 この右の歌を勝とした判者俊成の言葉は以下のようである。
・・・。 判云、「あひ初て」といふ、「飾磨の市」、「夜がれがちに」など、皆よせありては聞こゆ。「ほのかに三輪の市」は、後に「かふる」ぞ、俄なる様に侍れど、三輪の市に「しるしありとや」などいへるも、故なきにはあらず。大方歌の道、心を言ひ取らんとする歌は詞を知らず、詞を思ふ歌は心確かならず、姿を知れる歌は常に題をそらす、定まれるならひなり、左歌、末の句宜しからず。右勝とす。

 この俊成の判をみると、千載和歌集の自分の歌(飾磨の市)での「身をや替へてん」を「俄かなる様」と自分でも思っていたのだろうか。彼の歌は「心を言ひ取らんとする歌は詞を知らず」流のものであったのだろうか。左歌は末句が良くないことで負けとなった。確かに、意味が素直でない。ただ、右歌の意味も素直でないように思えるのだが。僕の理解が足らないのだろう。

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