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真夜中のお茶会コミュの四季の都の物語・淑陽編

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なんだか番外編というか十二国記みたいにヒロインを増やそうという感じで
思いついてしまいました。
なんとなく、どこかで聞いたような話になってしまうかもしれないけどたらーっ(汗)

淑陽の、孤独な闘いです。

追記:
おそらく淑陽編を先に書いてしまうため、きっとファラン本編はもっと短くなるような気がしてきた(特に幼少時代の話をこちらに譲ろうかと)。

コメント(18)

プロローグ

 その女性はいつも微笑んでいた。夢の中でさえも。
 優しい声で私を呼ぶ。 マリーゴールド、と。
 自分とよく似た顔だちをした姪の私を、とても可愛がってくれた。
 最後はただ一度だけ、とても悲痛な声で呼ばれた。
 私たちの祖国が戦場となり、彼女は敵軍に連れ去られた。父もその時戦死した。
 そして、ミルヴァル帝国の皇位継承権を持つ姉と私は、母に連れられて、逃げるように祖国を後にした。 私たちの本当の祖国から。
 姉は8歳、私はまだ4歳だった。


 私たちの国カタレニアは、ミルヴァル公家に連なる家系とはいえど末端の小国だった。それでも、ミルヴァルが領地を直轄支配しようとし、代々のカタレニア王がそれを拒んで自立できていたのは、豊かな鉱石資源と、カタレニアの家系で濃くなった特殊な能力のためだった。
 闊達な父と過ごしたミルヴァルでの暮らしは、民や自然とともにあったカタレニアのそれとは全く違う、堅苦しい宮廷生活だった。母は私たちの後ろだてのために、とある貴族と再婚したが、その夫の女性問題に悩み、病に倒れ3年後に亡くなった。
 頼れるのは、もう姉妹お互いだけだった。姉は美しく成長したけれど、数ある求婚をすべて断り、帝国一の武人を目指した。一方、大した取り柄もない妹の私は、婚約者がいたにも関わらず和睦の決定したイムハンへ嫁ぐことが決まった。ミルヴァルの女帝ドロシノーアの政略の道具、人質として。
 イムハン・・・それはかつて叔母をさらった敵国だった。

 イムハンへ行くまでの間、私は文字通り泣き暮らした。父も失い母も失って、今またただ一人の姉と引き離される運命を呪った。寡黙な姉はあまり言葉をかけてはくれなかったけれど、会いに来ると必ず押し黙ったまま私を固く抱きしめた。
 最後の夜、姉は私に髪飾りをくれた。
「これは?」
「母さまと叔母さまが持っていた姉妹の証らしい。 これで、叔母さまを探しなさい。それがお前の生きる目的になる」
「お姉様はどうするの?」
「私は、ここに残ってすることがあるから」
 姉は、最後まで何をするのか教えてくれなかった。

 出発の日。婚約者だった貴族の息子は、小さな花束をくれた。幼い私たちに、それ以上できることはなかった。馬を引く下男の他に従者はただ一人。広い大陸を渡り河を越えて、見知らぬ異国に来るまでの一ヶ月間で、とうに私の心は凍っていた。
 それは、イムハンに入る直前のことだった。
 砂漠の夜は冷える。馬が体力を消耗する日中は日陰を探して休み、なるべく夜の道を月明かりを頼りに進むことになった。
 そんな道中、不運なことに私たちの一行は賊に遭遇してしまった。見知らぬ言葉を荒っぽく話す数人の男たち。従者は馬を反転させたけれど、この辺りの人間はみな馬の扱いに長けていて、すぐに追いつかれてしまった。
 イムハンへの婚礼が狙われることは、ドロシノーア女帝も知っていたはずだ。所詮私は使い捨ての道具だったのだろう。
 護身用の短剣など、何の意味を持たないだろう。慰み者にされるよりは・・・、自分の誇りを護るためだけのものだ。
 下男の倒れる悲鳴を聞きながら、凍りついた心のまま、静かに私は覚悟を決めて息を吐いた。
 すると、外でまた騒ぎが起きている。男たちが馬車に一番乗りするのは誰かと争っているのだ。カーテンの隙から様子を窺うと、仲間割れで、男たちは目を血走らせて殺し合っていた。
 一方で、一人だけ争いに加わらない男がいた。遠目で顔はよくわからないが、すらりとした長身だ。
 男たちがとうとう最後の一人になってしまうと、黙っていたその男が剣を抜いた。
 最後の一人が何かを言っている。憤慨したように斬り掛かって行くが、長身の男に一瞬で倒されてしまった。
 そして、とうとう本当に一人だけになってしまったその長身の男が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。私は短剣を喉元に構えた。
 その途端、外からよく通る涼やかな声が、流暢なミルヴァルの言葉で呼びかけてきた。
「ミルヴァルよりお越しの姫かとお見受けします。下男はこちらで介抱し送り届けますので、まずはイムハンまでお進みください」
 馬車の隅に身を潜めていた従者は慌てて御者台に上った。馬車が動き始めて、私は思わず窓を開けた。去る前に、声の主に一言お礼がしたかったのだ。
「厚くお礼を申し上げます、旅の方。お名前をお聞かせくださいませ」
 長身の男は、マントを顔の下半分まで上げていた。唯一見えるはずの両眼も、月の光が煌煌と逆光になって、よく見えない。
「名乗る程の身分ではありません。いずれまた、お目にかかることもありましょう」
 下男を抱え馬に飛び乗ったその男は、馬車と反対方向に向かい始めた。
 進み始めた馬車の中で、緊張の糸が切れたように私は浅い睡りに落ちた。まだ男の姿が焼きついていた。馬を走らせるその姿はどんどんと離れ、遠く小さくなっていくのに、彼の声が聞こえてきたのは、ミルヴァルの血のせいだったのだろうか。
「いずれ、私はこの国も、貴女も手に入れるーーーその時に」

 夢か現か、わからないままに、男の影は消えていった。
 疲弊だけが残る身体を馬車に揺られるまま、イムハンに辿り着いたのは太陽が一番高くなった真昼。のちに彩露殿という名を知った王城からは耳慣れない金属のような太鼓の音が鳴り響いている。
 城門をくぐって、歓声が聞こえるようになった。みな、敵だった異国から来た私を歓迎してくれているということなのだろうか。 
 王家の血筋にありながら今まで姉の陰に隠れて、賞賛というものにおよそ縁のなかった私には、僅かに心揺さぶられるものがあった。この国の民たちは、純朴に王家を慕っているのだ。永く戦いを知らない。私と姉の人生を変えてしまったあの五カ年戦争も、この国までは及ばず、イムハンは出兵したものの大きな犠牲者を出さなかった。
 中央の大きな通りを、歓声と共に進む。生涯初めての体験だった。馬車が停まったのでいよいよ宮殿前に停まったらしい。私は大きく肩で息をして目を瞑った。
「姫様、到着いたしました」
 供の従者が馬車の扉を開くと、甘い馨りでむせかえるようだった。眼前に拡がるのは花の絨毯。私のために敷き詰められているというの・・・?
 降り立った瞬間、一気に知らない音楽と歓声が押し寄せて来て、私は少し目眩がした。
 従者に導かれて玉座の前に進む。集まる視線に、表情がこわばっていくのをどうすることもできない。隠すように、皇帝の顔もよく見ないまま、すぐに跪いた。
 皇帝が何か言っているのが聞こえる。とてもしっかりとした男性らしい口調に感じられた。イムハンの言葉は少し勉強してきたのだけれど、早口なのでよくわからない。 
 従者に通訳された。
「ミルヴァルの姫であるか、とお尋ねです」
 黙って頷く。
 従者の答えをもう一人誰か臣下の者が皇帝に伝え、再び皇帝が話しているようだ。
「お名前を申し上げてくださいませ」
「マリーゴールド、と申します」
 皇帝に伝えるイムハン側の人間が少し発音に手間取っている。皇帝はまた別の誰か、今度は若い臣下に何か尋ねている。
 涼やかな声で、その若い臣下が何か紙に書いた文字を出して来た。城内に感嘆したような声が上がっている。
 今の声。あの声は知っている。だって、あれはゆうべも聞いた・・・。
「姫様が、あちらの皇子様の亡くなられた母親に生き写しだと言われるので、そのお名前と同じ太陽を意味するお名前を授けられました」
 従者に言われて、私は軽い混乱から立ち戻った。
 皇帝に呼ばれて傍に来た小さな姿に思わず目を向けると、まだあどけない皇子に私は衝撃を受けた。
 従者の通訳で、私にその子の母親になってはくれないかと皇帝が望んでいることを知った。母では歳が近すぎるから、姉代わりでもよい、と。姉、という言葉に私はまた反応した。この子は、どこかで会ったことがある。私は、この子を知っている。そんなわけはないのに・・・。
「もしかして、叔母さまの・・・?」
 思わず出てしまった言葉は従者に聞こえなかったようだ。
 小さな皇子は皇帝の言葉に応えたようで、私の前に歩み寄ると、はにかみながら微笑んだ。漆黒の髪に、翡翠色の瞳。
「仲良くしてくださいね、よろしくお願いします」
 それが、華亮(ファラン)だった。
用意された皇帝の隣の席に座ると、イムハンのしきたりとして、婚礼はまず杯を交わすことから始まった。
 酒器を手にした若い臣下の者が、目の前に用意された杯になみなみと液体を注いだ。困ったことに、私はまだミルヴァルでは未成年。酒類を口にしたことはおろか、匂いすら知らなかった。華やかな香気に頭がくらくらとする。
「果実酒ゆえ、強くはございませぬ。ご安心を」
 囁いた声に視線を投げると、あの涼やかな声の持ち主だった。整った顔立ちに、とてもにこやかで優しい笑みを浮かべている。昨夜の、あの長身の男とはやはり別人だったのだろうか。しかし、今のはやはりミルヴァルの言葉・・・。名を玄峰と聞いたのは、もう少し後のことだった。

 婚礼のあと夜が更けても、宴はずっと続いた。皇子たちはとっくに寝室に戻り、皇后である鳳潔夫人は他の妃たちと先に就寝の挨拶に来ていた。私は妃たちの中に叔母の姿を探した。死んだという華亮皇子の母が、叔母であるとはまだ急に信じられなかったのだ。
 皇帝の異母姉である皇后は、高圧的なひとで、少し苦手に思った。皇太子もまだ少年だったけれど、母親に似た冷たい印象だった。
 そのうち、自分の寝室に私も下がることになった。後宮に入る廊下の途中で、従者がここまでだと言う。
「ここから先は、成人男性は皇帝陛下のみ入ることを許されます」
「でも、まだ私はイムハンの言葉をほとんどわからないのよ?」
「イムハンの習いに従うのがこれからの貴女様のためでございます。下男も着いたということなので、様子を見に行って、明後日私たちはミルヴァルに戻る予定です」
「そんな、一人で暮らせというの?」
「姫様は、これからイムハンの妃として生きていかれるのが定めにございます」
「待って、その前に、あの皇子の母親のことを知っている者がないか・・・」
 言葉のわからぬ侍女たちに遮られるようにして、私は後宮の奥に連れて行かれた。
 部屋には見慣れない異国風の寝台が設えてある。侍女たちは、部屋の中に浴槽を入れ、私に行水するよう案内した。湯から上がると、用意されていたのは今までの服ではなく、イムハンの衣だけだった。
「どういうことなのです?!」
 ミルヴァルの服や持ち物は、全て持ち去られてしまったのだ。その中に、姉がくれた叔母の髪飾りも入っていた。
「私の物を返してください!」
 必死に頼んだが、侍女たちには言葉が通じない。鈴の音が聞こえて、侍女たちは慌てて退出していった。
 呆然としたまま、部屋の中に立ち尽くす。あれが、あれがなくては叔母を捜すことはできない。華亮皇子の母が叔母だということも掴めない。
 廊下に足音が聞こえて、私は我に返った。今日は婚礼の初夜だ。
「淑陽」
 紛れもない威龍皇帝の声だ。初夜とは、つまり・・・。
 扉が開いた瞬間、皇帝の眼に映った私は、さぞ追い詰められた動物のように見えただろう。
「今日はお疲れだろう。ゆっくり休みなさい。私は外で休む」
 たどたどしいミルヴァルの言葉で、皇帝はそう言った。私は驚いて見上げた。正面からこんな近くに向き合ったのは初めてだった。
 皇帝は、いや、これからは陛下と呼ぼう、彼はやはりファランに面影が似ていた。一国の主というよりはまだ若い軍人のようで、それでもよく見れば私よりも遥かに歳は上だった。しかし、容貌はとても精悍ではつらつとし、また誠実で思慮深そうな眼をしていた。
「少し、ミルヴァルの言葉を知っている。元の敵国に嫁いで不安だと思うが、そなたも、少しずつイムハンの言葉を覚えて、皇家の一員になってくれると、嬉しい」
「あ・・・」
 声が出る前に、陛下は部屋を出て行かれた。
 ミルヴァルの言葉で私の気持ちを少しでも解きほぐそうとしてくれたのだろうか。
 本意ではないとはいえ、この男性と結婚するということは、もしかしたらそれほど不幸ではないのかもしれないという気さえした。
 陛下に叔母のことを訊けたらと思ったが、形見の髪飾りがない限り、それは単に人違いかもしれなかった。
 叔母の手がかりを失った私は、嫁いできた目的も失い、彩露殿から逃げ出そうと決めた。部屋は陛下が訪ねられた時に人払いがしてある。これを幸いに私は部屋から抜け出したが、明かりもなく手探りで人気のないところを進むうちに、城内で迷ってしまった。
 その時、華亮たちに出会った。むしろ見つけられたという方が正しいかもしれない。華亮は、叔母に似た(それはつまり私にも似ているということ)面差しだけでなく、カタレニアの血につながる不思議な力があった。この子はすべての動物の声が聞こえるのだ。この時も、子猫たちを通じて話しかけてくれた。そして、いつか翔豪と協力して私をミルヴァルに帰すと約束してくれた。
 まだ十歳とは思えない落ち着きのある言葉に、あの陛下の血が流れていることを思い出し、私は信頼できると思った。
 華亮について後で知ったことだが、朝は誰よりも早く起きて、身支度なども自分で済ませる。体をいつも衣でしっかりと包み、誰にも肌を見せない。華亮は不思議な子だった。
 それから三年の月日が過ぎた。陛下は私がミルヴァルで成人とされるまでの二年間、実の父や兄のように接してくれた。私はそれに応えるように、イムハンの言葉も覚えていった。しかしどちらかというと妃の一人ではなく、華亮皇子や翔豪皇子、美鈴皇女たちと兄弟姉妹のように一緒に過ごしていた。それはまるで、家族みんなでカタレニアにいた頃の生活を私に思い出させた。
 本来そのような事は異例であり、臣下からは相当不審に見られていたようだ。陛下は実際、あまりに歳の離れた私をどう扱っていいのか、困惑されていたのだろう。いつまで経っても、陛下が私の寝室にいらっしゃる気配はなかった。
 けれど、やはり永遠に子どものままの暮らしがそのまま続きはしなかった。事件が起こったのが、華亮が十三歳になった年のとある夏の日のことだった。
 華亮と翔豪が宮殿の池のほとりにある木に登って遊んでいた。そこに美鈴がやって来て、自分もと登り始めたらしい。美鈴は途中で足を滑らせ、池に落ちてしまった。すると、すぐに華亮は美鈴を助けに飛び込んだという。
 知らせを聞いた時には既に華亮は自室に戻ったあとだった。美鈴は水を飲んでしまったが、医師を呼んで意識を取り戻した。なのに華亮はなかなか戻って来ない。
 侍女を華亮の部屋に向かわせたが、華亮がすごい剣幕で入れさせないのだと言う。
「どういうことなの?!」
 私は黒曜に訊いた。三年前、逃げようとした時に出会った子猫だ。もう一匹の白瑛は華亮のところにいる。
「白瑛に訊いてみませんと、私もわかりませんわ・・・」
 黒曜はやけに澄ましていた。猫と心は通じても、猫の心までは読み通せない。
 それにしても、あの優しく聡明な華亮が取り乱しているなんて・・・?
「もういいわ、直接華亮に会います」
 黒曜を置いて華亮の部屋に向かうと、扉の前にいた侍女たちが道を空けた。
「華亮?大丈夫なのですか?もうすぐ夕食よ?」
 扉の向こうからは弱々しい声が聞こえた。
「大丈夫です、淑陽さま・・・。食事は、部屋に持って来てもらえませんか・・・」
「どうしたのです、あなたも水を飲んで具合が悪いのではないですか?医師を呼びましょう」
「いえ、それには及びません」
「では、私だけでも入れてください。あなたの顔を見せて、そうすれば病気じゃないかわかるから」
「・・・」
 少しの沈黙のうち、
「では・・・淑陽さまだけなら・・・」
 と中から錠の外れる音がした。
 侍女をすべて下がらせて、私は一人で中に入った。
 濡れたままの衣を着た華亮の顔は真っ青だった。
「華亮、あなた顔色が・・・」
 口にした途端、華亮はそのままふらりと倒れ込んだ。駆け寄って抱き起こすと僅かに熱があるのがわかった。着替えさせなくてはと意識のない華亮の衣を解いた。そして、華亮の身体を目にした時、驚きとともに私は様々なことが理解できた。
 華亮は、本当は皇女だったのだ。
 イムハンでは、皇女が継承権を持ち、結婚せずとも帝位につける。それはまだミルヴァルに居た頃、学んだこの国の知識だった。現在陛下には、娘は美鈴皇女しかいない。当然本来の皇位継承者第一位は華亮だ。でも、あの皇后がそれを許すはずがない。鳳潔皇后の陰険そうな目つきを思い出しながら、華亮が女子と知ってしまったら・・・と私は戦慄した。
 しかし、こうしてもいられない。このままだと華亮の熱は上がってしまうだろう。
「湯にはまだ浸かっていないのね・・・」
 侍女に湯を持って来させると、私は華亮の身体をまず温めることにした。
「あったかい・・・おかあ、さん・・・?」
 華亮の言葉に目が覚めたのかと一瞬私はぎくりとした。さらに驚いたことに、華亮は髪まで染めていた。私たちの国のブライトカラーの髪から、イムハンのダークカラーへ。
 亜麻色の髪で眠る、華亮の顔に叔母の面影が重なり、これも母親の愛情だったのだと改めて思った。この子が、イムハンで恙無く生きていくための。
 それにしても、この幼い身体に、なんて秘密を抱えてきたのだろう。
 染料を探してもう一度髪を黒く染め直し、着替えさせた。途中でもし華亮の目が覚めても、私の心はとっくに決まっていた。
 これからは、私が華亮のお母さんになって、守ってあげる。
 私にとって、華亮もまた生きるよすがになった。もういつまでも、少女のままではいられない。華亮を守るためにも、イムハンの妃としての道を歩むしかない。
 私は華亮の看病のため、しばらく華亮の部屋で食事を取ることにした。あの玄峰という臣下が、気を利かせたのかよく果物などを送ってくれるようになった。公務で会った時、私は玄峰に声をかけてみた。
「いつもありがとう、華亮も喜んでいます」
「恐れ入ります。華亮さまのお加減は」
「良くなっています。いずれ彩露殿にも顔が出せるでしょう。ところで、あなたはミルヴァルの言葉を話せる?」
「いいえ、まさか」
「前にあなたとよく似た声の人に、ミルヴァル語で話しかけられたことがあるの。婚礼の旅の途中で」
「お人違いですね」
 玄峰は柔和に微笑んだ。「私は一度もミルヴァルに行ったこともなく、また淑陽様にお会いしたのは陛下の婚礼です」
 深々と礼をする姿を見て、三年前の記憶もおぼろげになり、私は自室に戻った。やはり、人違いだったのだろうか・・・?

 名実ともにイムハンの妃になるということ。華亮が快復すると、私は威龍陛下に、今度こそ寝室に来ていただくよう使いを送った。
 陛下は最初、かなり躊躇っておられるようだった。
「妃の方から呼ぶなど、はしたないことをして申し訳ありませぬ」
「いや、それは構わない。ただ・・・」
「ただ、これまで私のことを妹のように、娘のように慈しんでいらっしゃったので、戸惑っておられるのですか。私ももうミルヴァルでも立派な成人です」
「はは・・・、淑陽は鋭いな」
「もう一度、私の顔をよくご覧ください。以前寵愛されていた華亮さまのおかあさまに似ているという、この顔を。その方・・・斉旭さま、私をその方と思ってくださっても構いません」
「そんな・・・そんなことはできん!そなたと、斉旭は別の人間だ。淑陽、無理をしているのではないか」
「いいえ、私はこの三年間、陛下を敬愛して参りました。もう待てないのです。これからは、父や兄代わりではなく、夫として仕えさせてくださいませ。皇家の一員だけではなく一人の妃として、新しく陛下との絆を築きたいのです。どうか・・・」
 無骨なところもある陛下は、返事の代わりに、私の中の世界で一番優しい口づけと愛撫をくれた。

 少女時代に別れを告げた痛みの代償に、私の中で小さな自信が芽生えていた。愛されているということ。守るものがあるということ。
 翌朝、夢うつつの中で、誰か男女の声を聞いた。
「そなたの毒は、今回はなかなか効かなんだのう」
「申し訳ございませぬ、怪しまれぬよう、効き目がゆっくりと現れる類の薬でございますゆえ」
「それにしても華亮め、ますますあのミルヴァルの奴隷女に似てきおって、いまいましい」
「・・・・・・」
「淑陽とやらは、いまだに陛下のお気に入りではないのかえ?」
「淑陽様のご寝室には、陛下はまだ一度もいらっしゃったことがないと・・・。皇子様がたとお歳が近いので、娘のように可愛がっていらっしゃるようです」
「ふん、まあよい。陛下の寵姫にならないのであれば・・・」
「しかし、畏れながら、こんな物を淑陽様の婚礼道具の中に見つけました」
「ん?これは・・・斉旭、あの奴隷女の髪飾りの片割れではないか!どうしてあの娘が!」
「もしかすると、そっくりな容姿やミルヴァルの出ということからも、あの2人には何か関係があるのかもしれません」
「まさか、斉旭のことを知ってあの娘はイムハンまで来たと申すか!」
「わかりませぬ」
「もしや、復讐に・・・?」

 目が覚めて、私は震えだしていた。まさか、そんなはずは。
 あの声は、三年前にも聞いた。それどころか、今でもよく聞いている。
 玄峰。あの男が華亮に、毒を・・・?
 そして、やはり華亮の母、斉旭妃は叔母だった。叔母の死の真相もまた、私は解かなくてはいけない。

 こうして、私の闘いは始まった。でも、初めてここに来た日のように、私はもう怯えてはいない。悲しくもない。
 今の私は、イムハンの第二皇妃にして、皇位後継者である華亮の“母”なのだから―――。

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