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真夜中のお茶会コミュの戯曲「つるばら つるばら」(改訂版)

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大島弓子の短編集より。
この人の作品は、映像化・舞台化してみたくなるものです。
既に「秋日子かく語りき」や「毎日が夏休み」など実現してるものも多いですね。
これと同時収録の「夏の夜の獏」は舞台では難しいけど
誰か映画にしてくれないかなあと思っております。

某劇団に応募するので、気合入ってますexclamation ×2手(グー)


《登場人物》

富士多 継雄(ふじた つぎお)
たよ子                

(人数が足りなければ一人三役も可能)
東野 青二(ひがしの せいじ)   杉西 歳月(すぎにし さいげつ)
布田 一成(ふだ かずなり)  

              
継雄父               ラン       中学生A
継雄母               テレーズ     TV局員  中学生B
             
                          
蟹沢 住子(かにさわ すみこ)   幼児の継雄    TV番組司会者 

マダム『大輪』           近所の主婦    中年男      学生A

ロージー              看護師      中学生C     学生B




《舞台》


中央にソファベッド1台。奥には階段があり扉に続いている。

コメント(14)

プロローグ


スポットが当たると幼児の継雄(半ズボン姿)と継雄母がいる。


幼児の継雄    ねえねえお母さん、あの家に行こうよぉ。細い道があってさ、バラの垣
         根があってさ、石段があってさ、木のドアがあってさ、中に男の人がい
         るんだよ。
継雄母      それはねえ、継雄ちゃんが見た夢の中のお家なの。夢の中のお家は、ほ
         んとにはないのよ。
幼児の継雄    ううん、ちがうよ。あの家はあるよお母さん。いつも同じ夢見るんだ、
         探せばきっとどこかにあるよ。探しに行こうよ。
継雄母      困ったわねえ、その男の人って誰?北海道のおじさん?九州のおじさ
         ん?
幼児の継雄    ちがう、知らないけど知ってる人。
継雄母      あのね、もしほんとにそういうとこがあってもね、用事もなしに訪ねて
         行くわけにはいかないのよ。
幼児の継雄    用事…?用事かあ、用事なんてなくたって、こんにちはって行けばいい
         んだ。
継雄母      こんにちはって言ってそれからどうするの。
幼児の継雄    ケッコンすんだ。
継雄母     (独白)…将来ホモかな?いやいや。(継雄に)んじゃ、ちょうど散歩も
         したいし、そのお家探しに行こうか!
幼児の継雄    うん!じゃあやっぱりあのスカート履いてくる!(幕内に駆け出す)
継雄母      ちょっと、継雄ちゃん…!


継雄母、後を追って退場。入れ替わりに中学生の継雄(学生服)が現れる。


継雄       スカート、あのヒラヒラした花びらのようなもの。ズボンなんか足をく
         るむだけ、回転しても裾が広がらない、風がきても揺れない。ぼくは幼
         稚園にもスカートで行った。母の心配は月日を追うごとにだんだん迫真
         を帯びてきた。そして中学二年の冬、ぼくはそうそうに人生に幕を下ろ
         すことにした。


暗転。
第一幕 第一場


舞台中央にスポットが当たる。歳月が、ベッドにすがりつくような恰好で立っている。


歳月      死ぬんじゃない、死ぬな、たよ子!


一瞬の暗転、明るくなると歳月はおらず、中央のベッドから中学生の継雄が目を覚ます。
傍には継雄の両親がいる。      


継雄母      継雄…!(号泣)
継雄       …ごめんなさい…。
継雄母     (遺書の封筒を見せて)これを読んだわ。隣のクラスの布田くんって男の
         子に失恋した挙句に学年中でホモって騒がれたのね。手帳を拾ってあげ
         たのに汚いって捨てられたのね。でも問題というのは死んだって解決で
         きないの。生きて解決しなければならないのよ。
継雄       うん…そうだね…。
継雄母      これからはどんなことでもあたし達に話してちょうだい、どんな小さな
         問題でもよ!すぐに解決できなくても話せばなんとかなるわ、みんなで
         なんとかするのよ!いい?
継雄       …じゃあ話すよ…新しい問題ができたんだ。
継雄母      なに?なんなの!話してごらん何でも!
継雄       ぼくの前世がわかったんだ。結婚してる女の子で、たよ子っていうんだ。
         あの夢にいつも出てきたバラの家はたよ子の家で、男の人はたよ子の夫
         なんだ。
継雄両親    (無言で顔を見合わせる)
継雄母      じょ、冗談じゃないわ、あんたはあたしが産んだ子なのよ!たよ子なん
         か知らないわ!(泣く)
継雄父      よさないか。
継雄母      子ども産んだことないあなたにはわかんないの!
継雄       ごめん…お母さん。
継雄母     (涙を拭いて)そうね、問題にちゃんと立ち会わなければね…。それはき
         っと継雄の妄想だと思うわ。
継雄       妄想?
継雄母      同性愛…ううん、思春期の憧れを正当化するためにあんたの頭の中で演
         出されたものなのよ。
継雄       憧れなんてもんじゃないんだよ。
継雄母      名前はこのさい関係ないの。
継雄父      しかし、生まれ変わりの方が、その方が単にホモよりも実に通りが良く 
         ないか?
継雄母      お父さんは黙ってて!あたしはあくまでもあんたのその妄想の主人公と
         戦うつもりよ。そして本来の継雄を取り返してやる!
継雄父      …そんなエクソシストか陰陽師みたいな…。継雄、父さんは将来おまえ
         と、酒と女とラグビーの話をするのが楽しみなんだ。


看護師、入室。


看護師      あの、それではもう一度検査をして今日は一日様子を見てからというこ
         とに…。
継雄母      妄想は検査してもらえますか?
継雄父      かあさん。
看護師      それは…うちは外科なので、先生に訊いておきます。


帰り支度を始めて退場しようとする両親。


継雄父     (立ち止まって)いいね継雄、酒と女とラグビーだよ。
継雄母      おとうさん、早く、検査なんだから。


両親退場。


継雄       妄想なんだろうか、あれは。たよ子の夫、布田くんに似てたなあ…。


継雄が布団をかぶるとスポットがベッドに当たり、歳月が現れる。


歳月       たよ子!君のところへ逝くまでおれは独りだ、独りでいるぞ。


継雄が飛び起きると歳月は消える。


継雄       あの夢の続きだ!なんて言った?逝くまで、ということは、彼         
         はたよ子の死の間際にこれを言ったんだ。たよ子は死にながらこの言葉
         を聞いたんだ。そうだ、そうなんだ!絶対に会いに行こう!次の 
         幕を上げよう!死ぬもんか、次の幕だ!


暗転。
第一幕 第二場


外を箒で掃いている継雄の母。少し歳を取っている。近所の主婦が現れる。
      

近所の主婦    こんにちは。
継雄母      まあ、どうも。
近所の主婦    ようございましたねえ、継雄ちゃん。明るくなられて。
継雄母      は、はあ、おかげさまで…。
近所の主婦    高校もいいとこにお入りになって、将来が楽しみですわね。
継雄母      いえ、とんでもないですわ。


成長した継雄が少しナヨっとしながら走ってくる。

  
近所の主婦    あらお帰りですわね。では…(幕内へ退場)
継雄母      ごめんください。楽しみ?一段とニューハーフにおなりになって…将来
         の恐怖しか考えたことないわ。
継雄       ただいま!
継雄母      お帰り、今日は早かったのね。家探しはしてこなかったの?
継雄       うん、あの…学校でうれしいことがあって早く報告しようと思って。
継雄母      あら、なに?
継雄       女の子!蟹沢住子さんて女の子が!友達になろうって、ぼくと!友達
         に!
継雄母      えーっ!


継雄父と住子が登場。


継雄       蟹沢さんだよ。
住子       はじめまして。
継雄母      ようこそ!
継雄父      継雄の両親です。
継雄母      女の子〜、女の子〜。(踊るように退場し、幕内からティーセットを持
         ってくる)


残りの三人はソファを前に出したりテーブルを用意して着席。
継雄母      蟹沢さんはどちらにお住まいなの?
住子       三丁目です。
継雄母      まあ、ご近所なのね。お父さまは何を?
住子       公務員です、市役所に…。
継雄母      そう!うちのお父さんは火災保険会社なの。ごきょうだいは?
住子       三人姉妹で私は末っ子なんです。
継雄母      まあまあ!継雄は一人っ子でね…さあ、お茶を召し上がれ。お菓子も私
         がこしらえてみたのよ〜。ひさしぶりだけどお味はどうかしら?
住子       おいしいです。
継雄母      あっ、そうだ!ねえ、見てほしいものがあるのよ(いそいそと退場、
         ビーズのバッグを持って戻って来る)あたしが若い頃のハンドバック、
         よかったら使ってくれないかしら?
継雄・住子    わあ!きれい!
継雄母      うちは女の子がいないし、使う人が誰もいなくてね。
継雄父      いるじゃないか、ニューハーフが。
継雄母      シャラップ!( 住子に)ほら、今アンティークって受けてるじゃな
         い?だからもし気に入ってくれたら…。
住子       えーっ、いいんですか?私こういうの大好きです!小さくてかわいくて
         キラキラしてるの見ると心がシャワー浴びるんです。あたし路地や小路
         も好きで、道端の雑草につぼみがあったりするとうれしくて泣いちゃう
         んです。富士多くんもそういうとこ歩くのが趣味だって聞いて友達にな
         りたくて。
継雄母      まあそう、まあそう!これからもよろしくつきあってくださいね。お茶
         のお代わりはいかが? そうそう、確か冷蔵庫に桃が…(退場)
継雄父      紅茶よりジュースにしたらどうだ。(後を追って退場)


継雄・住子、前に出てくる。 


継雄       なんか過剰サービスだったね。疲れなかった?
住子       ううん、すごく嬉しかった。継雄くん、これからたくさん路地散策しま
         しょうね。一緒にでもいいし、別々に歩いて成果を報告するっていうの
         もいいと思うの。
継雄       それは…素晴らしいね。(独白)友達だって?友達!友達という単語が
         僕にも使えるんだ!この新鮮な響き、未知の領域、友達。やったー!


継雄・住子、散歩を始める。脇に継雄の両親が登場、母は嬉し泣きしている。


継雄       それから僕たちはあちこちの路地を歩いた。住宅の並びに民家を改造し
         たような小さな雑貨店があると大発見の喜びだった。甘い色、稚拙な模
         様、こういうものをたよ子も好んだにちがいない。触れたにちがいない、
         買ったにちがいない。


住子、継雄と手を振りながら退場。入れ替わりにたよ子登場。
ドレスワンピースを着てふんわり踊っている。継雄はその回りを歩いている。


継雄       ぼくは家捜しが目的なのか路地歩きそのものが目的なのかわからなくな
         るほど夢中で歩いた。突然空き地に出くわすと、そこに寝転んで何もし
         ゃべらず空を見ていた。


継雄、たよ子立ち止まる。


継雄      (両腕を広げ寝転がる形で正面を向いて立つ)、何もしゃべらない、何も
         考えない。すると、にわかに天と地が逆転し、僕は天を見下ろすのだっ
         た。
たよ子     (ゆっくり継雄に近づいていき背中合わせでぴったりとくっつく)
継雄       そしてその瞬間に、ぼくはたよ子でも継雄でもなくなっているのだった。
         それはなんと言ったらいいのかわからない、快感としか言いようがない、
         とぼくは思った。


暗転。
第一幕 第三場


継雄、参考書を読みながら歩いてくる。反対側から母が登場。


継雄母      継雄!今日こそ言うわ、あんたたちこの頃どうなってんの。わたし、   
         大通りで蟹沢さんが男の人と腕組んでるの何度も見たわよ!
継雄       そうだよ、あれ、言わなかった?彼女好きな人ができて、大学進学はや
         めて卒業したら結婚するんだって。
継雄母      えー…。
継雄       早く結婚して早く子ども産んで早く育て上げて、それからゆっくりほん
         との自分の道を探すんだって。
継雄母      ええー!
継雄       だから僕ら、以前のように付き合えなくなったんだよ。でもそれは仕方
         ないと思ってさ。
継雄母      し…仕方ないってあんたたち…、男女交際じゃなかったの?
継雄       友情が破綻したわけじゃないんだよ。困ったことがあったら相談しよう
         って、いい友達でいようって約束してるよ。(参考書を読みながら反対
         側へ退場)


父が帰ってきて泣きつく母。

継雄母      ビーズのバッグあげたのにい、清水の舞台から飛び降りたつもりで宝物
         あげたのにい…。
継雄父      他人の人生は決められないよ。もちろん継雄のだって。
継雄母      ということはあの子は何の変化もないわけね。今まで通り女憑き男ね。
継雄父      性同一性障害って最近は言うそうじゃないか。
継雄母      前世とか妄想があるんだからそれとは違うでしょう!こうなったら専門
         家に治してもらうしかないわ。
継雄父      専門家って?カウンセリングか?
継雄母      催眠療法とかあるでしょう、それで本来の自分を目覚めさせるとか。
継雄父      同じことじゃないか。あいつは睡眠で本来の自分に目覚めたんだろ。
継雄母      そうか…。じゃあ、その前世の前世に遡るのよ。過去の人生を全部出し
         てみるの、その中に一度くらいは男だったことがあるはずよ!ね、たよ
         子だけに合わせてるからいけないんじゃない?
継雄父      …それはいい考えだが、それがもしペキン原人のオスだったらどうする
         んだ?


ペキン原人になった継雄が登場。 喚きながら暴れる。


継雄父     (それを抑えながら)ペキン原人を蘇らせるのか、この狭い住宅で?
         ペキン原人ならまだしも、昆虫のオスだったらどうする。
継雄      (昆虫になる)
継雄父      昆虫ならまだしも、原生動物だったらどうする。ゾウリムシなんて、お
         まえ。
継雄      (どうやってゾウリムシになるか考えている)
継雄母      お父さん、もういいわ…。 


両親、退場。一人残される継雄。うろうろと歩き始める。


継雄       ぼくはまた一人であの家を探して小路を歩くことになった。…ない、な
         い。ない…どこにもない。蟹沢住子の笑顔もない。


中年のサラリーマン風の男が現れる。
中年男      じゃ、行こうか。


中年男に肩を抱かれてネオンのあるドアに入って行く継雄。
同時に脇の方に現れた父親がそれを見ている。母親が登場し、父親はそのまま
テーブルにつく。継雄、ドアから登場。


継雄       ただいま。
継雄母      あ、おかえり継雄。どうしたの、顔色悪いじゃない。いつもより遅かっ
         たけど今日はどうしてたの?
継雄       今日は…。
継雄父      言わんでよろしい!
継雄母      お父さん?
継雄父      言うな、口が裂けても!
継雄       …ご飯はいらないや、おやすみ。(退場)
継雄母      えーっ、継雄!お父さん、今日に限ってそんな…。
継雄父     (無言で反対側へ退場)
継雄母      何よ一体全体…?二人とも…。


母退場。入れ替わりにたよ子登場。


たよ子      ばか!なんでついて行ったのあんな奴に。たよ子だって言ってる      
         のに、たえ子なんて言いやがって。


継雄、登場。


継雄       いや、最初から確信はあった、やつが夢の中の彼でないという確信は。
たよ子      それなのについて行った! 継雄の欲のままについて行ったんだ!夢の
         中の夫を裏切って!
継雄       まてまて、それは不公平じゃないか?彼のことを考えてみよう。妻の死
         の床で激情に任せてあんなことを言ったけど、時がすぎ場所が変われば
         自由になりたくなってくるもんじゃないか?
たよ子      え…。
継雄       むしろ、死んだ妻を思って生涯独身で過ごすなんて不自然だ。あの後す
         ぐにでもたよ子なんか忘れて他の女と恋に落ちただろう。
たよ子      そんな…。
継雄       そうだそうに決まってる、おあいこなんだ。これで君との関係はご破算
         だ、ご破算!ざまあみろ、ざ・ま・あ・み・ろ!
たよ子     (無言で泣きながら退場)
継雄       まもなくぼくは東京の大学に合格した。ホームで見送る父母が、なんだ
         かとても縮んで見えた。バイバイ、歩き尽くした小路。さあ!次の幕だ。


暗転。
第一幕 第四場


脇に両親、登場。母は手紙を取り出し読み始める。 


継雄母     『お父さんお母さんお元気ですか、僕は元気です。上京してはやふた月、
         東京の五月はそちらの夏くらい暑く、いまや青葉の季節になっていま
         す。』
継雄父      こちらはまだセーターを着てますよ。
継雄母      要領を得ないわね、こっちが知りたいのは彼女ができたかってことなの
         に。『さて東京に来て、僕はまた友達ができました。』
継雄父      おお!
継雄母     『男の友達です。』(父と共に落胆する)
継雄父     (手紙を奪って)これは蟹沢さんの時とは別のヨロコビです。なぜなら僕
         は今までほとんどの同性から敵意を持たれてばかりだったからです。


青二と継雄、学生ABたち登場。


青二       よお、一緒に飯食おう。
継雄       彼の名前は東野青二と言います。彼が屈託なく僕に近づいた時、始めは
         ひやかしだと思っていました。しかし、この前そうではないということ
         がわかったのです、学食で僕が食べ残したスパゲティミートソースを、
         あいつ平気で食ったんです。僕は、感極まって。(泣き出す)そしたら
         彼はどうしたと思います?
継雄父      どうした。
青二      (学生ABからタオルやハンカチを徴集して自分のも出して継雄に渡
         す)みんなきたねーな…まあいいや。なんで泣いてるのかわからんが、
         この中で一番きれいだと思うもので拭け。
継雄       …み、みんな借ります!(全部を使って顔を拭く)そしてもっと感激し
         たのが、僕が洗って返したものを、その後も相変わらず全員が使用して
         いることなのであります!
継雄父      触った手帳を捨てられた過去があるからなあ。
継雄       この仲間たちと夏休みにキャンプに行こうって話しています。夏休み前
         半バイトすれば、後半行けるわけです、行ってもいいでしょうか。
継雄母      じゃ、こっちには帰って来ないの?
継雄父      行かせてやれ、行かせてやれ。


両親、退場。継雄たちはキャンプの準備を始める。夜になって焚き火を囲む。


学生A     (歌)むすめさんよく聞ーけよ、東野には惚ーれーるなよ。
学生B     (歌)二浪だし 大めしぐらいだし留年予定よ〜。
一同      (笑う)
青二       ちょっと歌やめよう、虫が鳴いてる。
学生B      えーっ、もう?
継雄       なんの虫かな。
青二       しばらく虫の歓迎の音楽を聞こう、焚き火も消そう。
暗がりの中にめいめいの姿勢を取ろうとする継雄たち。


青二      (継雄に近づいて)富士多、お互いでリクライニングシートにならないか。
継雄       えっ。
学生A      おー、いいアイディアだな。そうすりゃあったかいし立派な客席だぜ。
        (Bとペアになる)


継雄、青二と背中合わせでもたれ合って虫の音を聞く。
いつの間にかそばにたよ子登場。継雄とたよ子にスポット。


継雄       …このまま一晩中リクライニングシートでいたい、こいつのテント
         になりたい、こいつの寝袋になりたい。こいつは僕が触れても平気なん
         だ。もし迫っても、きっとこいつは逃げない。拒むとしてもきっと、上
         等の対応をするだろう。その対応が知りたい、その対応が…!
たよ子      それは、本気?
継雄       (黙っている)
たよ子      この人は、私の夫じゃないわ。


逡巡の間があり、継雄にのみスポット。


継雄       お父さんお母さん、キャンプの成果をお知らせします。ついに僕は一度
         も東野に迫ることなくキャンプを終了しました。やはりぼくはたよ子な
         のかもしれません。横に眠る彼を毎晩見ていました。その気持ちはどう
         言ったらいいか、いつかの天地逆転とも違い、胸の痛い幸福感でありま
         した。僕は明日からまた夢の家を探します。


虫の祭典のような音がフェードイン、暗転とともにフェードアウト。
第二幕 第一場


外を箒で掃いている継雄の母。少し歳を取っている。スーツケースを持ったたよ子(継雄)登場。 


たよ子     ごめんくださいませ。
継雄母     はい。あの…どちらさまで…。
たよ子     ぼくだよ。 
継雄母     つ…継…! 


近所の主婦、登場。 

      
近所の主婦    富士多さん、回覧板です。あらお客様?
継雄母      え…ええっ、遠い親戚の…め、姪ですの! 
近所の主婦    あらあ。では、ごめんください。(たよ子を観察しながら退場) 


継雄父登場、たよ子を見て固まっている。 


たよ子      ただいまぁ。バイトバイトでなかなか帰れなくってごめんなさいねえ。
          バイト代はみんな整形代に消えちゃった!夢で鏡に映るたよ子の顔見る
          ことができたんでその顔っぽくしたのよ、高かったわあ。これお土産ね。
        (母にデパートの紙袋を渡す)就職先も決まったの。 
継雄母      ど、どこに…?  
たよ子      銀座の『大輪の薔薇』。     
継雄父      ゲイバーじゃないか、有名な! 
継雄母      なんで知ってんの。 
たよ子      ええ、一流よ。 
継雄父      どうして地質学やってバーなんだ! 
たよ子      普通の勤め人だと家探しの時間もままならないけど、客が繰れば情報も
          増えるし、昼間はたっぷり路地探しできるしね。(母に)そんなに見な
          いでよ、顔が変わっても継雄でもあるんだからさ。 
継雄父      継雄。 
たよ子      え? 
継雄父      これからは会いたかったら電話しなさい、こっちから東京に会いに行くから。 
たよ子     (間)…うん。 
継雄父      それからもう一つ頼みがある。 
たよ子      なに? 
継雄父      その恰好と本名で、TVにだけは出てくれるな。(退場) 
たよ子      わかった…。 
継雄母      じゃ、お父さんお母さんによろしくね。 
たよ子      さようなら、おじさん、おばさん。 


継雄母退場。たよ子にスポット。 


たよ子      さようなら、ごめんね。…そうか、TVか。 

    
TV番組司会者とマダム大輪たちニューハーフ現れる。(VTRでも可)


司会者      毎週ホットなスポットを紹介する『潜入!東京ミッドナイトライフ』、
          本日は銀座『大輪の薔薇』よりお届けします。夜の美しいバラ達をご紹
          介いたしましょう。 
マダム      マダム大輪です。 
テレーズ     テレーズでーす。 
たよ子     (前に出て)たよ子です!たよ子です、たよ子!聞いてる?たよ子なのよ、
         思い出したら今すぐお電話してね。あたしここにいるのよ、一度死んだ
          けどここにいるの、たよ子なのよ! 
ラン      (たよ子にヘッドロックをかけ)もう、目立ちたがりなんだから!あたし 
         はランでーす。 
ロージー     ロージーでーす。 
司会者      この中で完全に取ってしまった方はどなたなんですか? 
テレーズ     あたしでーす。 
たよ子     (テレーズの前に出る) 
テレーズ     あっ、このやろう。 
司会者      たよ子さん、下がってください! 


暗転。「ON AIR」のランプがついて、消える。
たよ子が座って何か待っている。TV局員登場。 


局員       あのー、もう閉めますから。 
たよ子      反応は全然なかったんでしょうか。 
局員       いたずら電話ならありましたけどねえ。 
たよ子      家のこともダメでしたか。バラの垣根と石段と木製のドアはなかったで
         すか。 
局員       ええ。 


局員、たよ子と挨拶して退場。たよ子、ふらふらと歩き回る。暗転。
第二幕 第二場


過去の継雄両親登場。母は雑誌を持っている。父は黒髪に戻っている。
たよ子がそこをふらふらと歩いている。


継雄母      あなたこれ見てよ!継雄の部屋にあったの。SEVENTEENにnon-no、
         Cawaii !、小悪魔AGEHA…どう考えたって中学生の男の子が読む本じ
         ゃないわ。かと言って女の子に興味を持って読むエロ本の類とも別よ。
継雄父      まあまあ、そんなに目くじら立てることもないだろ。かわいい本じゃな
         いか、どこが危険なんだ。
継雄母      お父さんは甘いわ!気づかないの、あの子が最近妙にシナシナしてる
         のを。
継雄父      シナシナって解凍した野菜みたいのか。昔から頑健なタイプでもなかっ
         たからな。(雑誌を見ながら)お、きれいだな。
継雄母      もっと真剣に我が子を見て、逃げないで!あの子、女優かモデルみたい
         な歩き方するのよ、TVを食い入るように見てると思ったらそんなとこ
         見て真似してるの!ありえないわ!
継雄父      成長期なんだよ。骨が伸びる時は歩き方もギクシャクするさ。
継雄母      あー、あたしがあの時スカートさえ穿かせなければ。可愛いしあんまり
         言うもんだから根負けしちゃったけど、スカートさえ穿かせなきゃ…。


たよ子、耳を押さえる。中学生の継雄登場。


継雄母     (継雄に気づいて)あ、 継雄…。ねえ、 継雄ももうすぐ二年生だけ
         ど、その、好きな女の子なんていないの?
継雄      (ぶっきらぼうに)…いない。
継雄母      好きな男の子は?
継雄父      どうして自ら墓穴を掘るようなことを訊くんだ君は。
継雄母      友達という意味よ、あなた。
継雄       …いない!
継雄父      友達と言うのは年取ってからはできにくくなるもんだ。今のうちにどん
         どん作っておく方がいいぞ。
継雄母      継雄、あの夢は?あのバラの家の夢はこのごろ見ないの?
継雄父      なんだってわざわざ蒸し返すんだ。
継雄母      だっておとなしすぎるわ、何にも言わないし、部屋にはいつも鍵かけて
         おくし。
継雄       夢、見るよ。
継雄父      ほれみろ。
継雄       でもあれはただの夢だよ。もうむやみに探したりしない、あの頃は僕も
         子どもだったからな。(歩き出す) 


継雄両親退場。たよ子、継雄に近づく。


継雄       それから僕は無口になり、男子らしく演技するようになった。
たよ子      趣味も生き方も、誰にも知られてはいけないと思ったのね。
継雄       そう。もっと男らしく歩かなきゃ。(ぎくしゃくと歩く)
たよ子      で、布田くんを好きになった。
継雄       なんだよいきなり。
たよ子      彼を抱きたい、彼と暮らしたい、彼を独占したい。
継雄       もういいってば。
たよ子      思春期の憧れとは違ってた、あの日まではね。
中学生男子数人が登場し、継雄を取り囲む。その中に布田一成もいる。


中学生A     富士多継雄ちゅわん。
継雄       えっ。
中学生B     我々は知りたいんだ、君がなぜ布田のあとをつけ回すのか。
継雄      (沈黙)
中学生C     野郎、なんか怨みでもあんのかテメエ!はっきりしろ!
継雄       う、怨みなんかないよ…。
中学生C     じゃあなんでつけ回すんだよ毎日毎日!
布田       言えよ。
継雄       す。
中学生      す?
継雄       す、す、好きだからだよ!
中学生B     大変です!布田は今オカマに愛を告白されました!さあ、布田一成はど
         ういう返事をするのでしょうか、マイクどうぞ。
中学生A     布田君、幸せですか?挙式はいつ?子どもは何人ほしいですか、それは
         無理かもしれませんが。
布田       やめてほしい。僕は、そういう趣味は持ち合わせていない。はっきり言
         って迷惑だ、吐き気がする!
継雄      (脱力して持っていた生徒手帳を落とす)
中学生C     何か落としたぞ。(手帳を拾って)なんだこれ、布田のじゃないか。
中学生B     婚約破棄に際しまして、手帳の返還であります。手帳にはまだ愛の温も
         りが残っております。(布田に手帳を渡す) どうぞ。
布田      (手帳を側のゴミ箱に投げ捨て)会見を終わります。(一礼、退場)
中学生A     あ、それから。二度と布田に色目を使ってうちのバスケ部をけがさない
         こと。全校生徒の健康と安全のために血液検査をすること!
中学生C     うちの学校がエイズで全滅したらお前の責任だからな。よろしく!
中学生B     みなさーん、二年一組にはおかまがいまーす。注意してくださーい。


中学生たち継雄にセーラー服と女物のヘアウィッグを渡して退場。継雄、
それを見つめる。たよ子、近づいていく。


継雄       僕は汚い。僕はゴミだ。
たよ子     (継雄の頭を撫でながら)それで人生に幕を下ろそうとしたのね。
継雄       今度は、どうする?
たよ子      まだ最後の幕までもうちょっとあるわ。
継雄       下ろさないの?


たよ子と継雄、顔を見合わせる。暗転。
第二幕 第三場


開店前のバー『大輪の薔薇』のマダム、メンバーたち。


ラン       当節の美容整形はほんとに腕を上げたこと、金さえかけりゃ年齢も思い
         のままだものね。
テレーズ     たよ子さんこうして薄暗がりで見るととても六十代には見えないわよ。
マダム      だけどたよ子さん、あんたいつまでそんなメルヘンやってんのよ。今や
         二〇七〇年よ!二十二世紀も近いとなりゃあんた、バラの垣根に木製の
         ドアがついた一戸建てなんてありっこないじゃないの。
たよ子      まるまる残ってなくたって、形跡があればわかると思うわ。
ラン       もうよしなさいってば。
マダム      金は旅行と整形に使っちまうわ、パトロンはこしらえないわ、一体老後
         はどうすんのよ?     
たよ子      老後って?
テレーズ     足腰立たなくなったらの時よ。
たよ子      いいのよ、ゲイがあればいいんだから。
ラン       あんたのゲイって何よ。
テレーズ     ゲイはゲイでしょ。
マダム      真面目にお答え!
たよ子      そうね、のたれ死にも素敵ね。
マダム      ああそう!のたれ死ね、のたれて早く死んじまえ!あー大変、皺が増え
         る。…えーい構うもんか、言ってやる、こんな廃れたバーでも閉店しな
         いのは、あんたがその日暮らしだからなのよ!
たよ子      えー、嬉しい。
マダム     (コンパクトを取り出し)あーやだ、整形しようか金溜めようか迷っちゃ
         う。それにつけてもお客が来ない。


『大輪の薔薇』メンバーたち、退場。


たよ子     (手鏡を見ながら)あっという間に四十年か…また手術しなくちゃ。たよ
         子はこんな顔じゃない、頬は重力に逆らい、目は水飴のかかった黒糖み
         たいなのよ。


たよ子の携帯電話が鳴る。(背景に老人の写真が映るとなお良い)


たよ子      もしもし?父さん、久しぶり。継雄だってば。いつもそう言うね。そう
         だよ継雄だよ。うん、うん…それもいつも言うね。お母さんの神経痛
         はどう?え、二十二世紀になっても神経痛ぐらいあるでしょ。
         うん、また会いに行くよ…え、来る?そのうちね。うん、お母さ
         んにもよろしく。体大事にしなよ、お父さんも。(通話終了)会いた
         くても…もう呼べないや。(歩き始めてよろける)こりゃいかん、
         私の足腰もやばい。一度医者に行かなきゃ…。そうだこうしちゃいられ
         ない、もしエイズで入院だなんて言われたら家探しなんてできなくなっ
         ちゃう。今のうちに歩いておかなきゃ。(ショールを被りよろけながら
         歩き始める)本当に、建物が変わったこと…。(ふらついて、地面に倒 
         れる)のたれ死にか…。そう遠い未来のことではないのかも。


継雄登場。たよ子のそばに座る。


継雄       たよ子…たよ子って一体僕の何だったんだろう。昔母が言ったように、
         この記憶は夢と現実の区別がつかない子どもの僕が作った僕自身の杖な
         のかもしれない。
たよ子      杖?
継雄       垣根のバラ、石階段、木製のドア、愛を誓う夫。こういうものに僕は出
         会っていたのかもしれない。あいつがそうだ。あいつもそうだ。あいつ
         も、あいつも、あいつらも、これも、あれも。
たよ子      そうかもしれない。いいえ、でも最後まで歩くわ。(起き上がって)さ
         て、どこかもっといい場所を探そう。のたれ死にに最適な場所。(舞台
         中央の階段の近くまで行く)
継雄       ああ、あの辺がいいな。好きなバラがある。階段もあるし、ドアは木製
         だ。
たよ子      …え?あの家…?


階段の上のドアが開いて、ジョウロを持った杉西歳月が出てくる。薔薇に水を
やる歳月をたよ子はじっとそれを見ている。


歳月      (たよ子に気づき)…まさか。
たよ子      そ、そ、そのまさかです。
歳月       そのまさか。
たよ子      そのまさか、まさかそのです。
歳月       その、その、その…。
歳月・たよ子   みっけたー。


駆け寄るたよ子と歳月。暗転。
エピローグ


『大輪の薔薇』のマダム、メンバーたち。電話が鳴る。マダムが受話器を取ると、
歳月が現れる。


マダム      はい。『大輪の薔薇』マダム大輪です。
歳月       もしもし、私は杉西歳月と言います。たよ子の夫です。先ほどたよ子に
         会いました。バラとドアと石段は彼女が特に好きだったので、建て替え
         る度に部分的に残しておいたのです。それが幸いしました。
マダム      あの子はニューハーフで、たよ子は源氏名ですよ。
歳月       いえ、確かに妻のたよ子はあの人が生まれた日に亡くなっております。
         顔かたちもそっくりです。男ですか、でもあの人はたよ子だと思います。
         たよ子ですよ。
マダム      それであの子はどうしてるんですか。
歳月       医者に見せたら肝臓が悪いそうで、入院させました。退院したらもちろ
         ん一緒に暮らします。奇跡に甘んじることにしますよ。
マダム      お宅は…失礼ですがおいくつでいらっしゃるの。おひとりで?
歳月       私ですか、現在八十九歳です。はあ、独り身です、おかしいですか?
マダム      お顔がまた随分とお若いものですから。
歳月       あの世に行ってたよ子に会う時のために昔の顔のままにしておいたので
         す。体もほとんどが人工臓器ですから、いわば私はロボットのようなも
         のですね。これからあの子の好きな物を持って病院に行くところなんで
         す。え、はちみつティとワッフルですよ。たよ子から、大輪さんにはお
         世話になりましたとお伝えくださいとのことです。(消える)
マダム      (受話器を置いて)あのジジイ、目の手術失敗したんじゃないの?よく
         見えてないのよ、だからそっくりなんて言うのよ。
ラン       それともたよ子さんの財産目当てで話合わせてんのかもしれないよ。
マダム      へっ、たよ子に財産?あきれた話だわ。妻を亡くして以来ずーっと独り
         できたですって、その時のままの顔を作ってきたですって?
テレーズ     たよ子さんのお見舞い行く?
マダム      冗談でしょーっ!あいつこれからワッフル持って行くって言ってんじゃ
         ん、六十四歳と八十九歳のラブシーンなんて見たくもないわよ。
テレーズ     じゃ、折を見てみんなで行こうよ。
ラン       バーは?
マダム      バーはやるわよ、いつたよ子が帰ってくるかわかんないでしょ。バーは
         永遠よ。あーっまったく、信じらんない、やってらんない!


『大輪の薔薇』メンバーたち、退場。
反対側から中学生数人が登場セーラー服とヘアウィッグで女装した中学生の継
雄に追いかけられている。


中学生たち    きゃー、二年一組のおかまだー。
継雄       ニューハーフよ、ニューハーフ。逃げないでよ、同じ人間でしょ!
         僕は次の幕を上げる、上げてやる!


中学生の継雄たち、大騒ぎしながら退場。ゆっくりと暗転。

                                   (了)

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