昭和六年、東京劇場（東劇）で、六代目梅幸が『忍夜恋曲者』（「将門」）の瀧夜叉を演じたときの芸談が雑誌『演芸画報』に載っていましたので、ここに掲載しておきます。
適宜、句読点や改行などで、読みやすくしました。
この文中で「藤間さん」とあるのは七代目松本幸四郎、「高島屋」は二代目市川左団次、「市村」は十五代目市村羽左衛門、「大橋屋」は尾上幸蔵です。
「累」とあるのは、『色彩間苅豆』（「かさね」）です。六代目尾上梅幸、十五代目市村羽左衛門、五代目清元演寿太夫で復活して評判を呼びました。
「芸談」蜘蛛になる瀧夜叉
尾上梅幸
瀧夜叉は大正の初めに帝劇で藤間さんと一度出しました。
其時は高島屋が御注進のやうな役で出たんですが、今度は御注進は出ません。
此役も大昔は無かつたが、淋しいので中古から加へられるやうになつたらしいのです。
演ることに就て苦心をするやうなものはありません。
今度は淋しくないやうに屋台崩しを見せて居ますが、此様（こんな）ものは何うでも良いのです。
振は藤間勘十郎に附させたのですが、或一部は私と市村の工夫した処もあるのです。
極旧弊に演つて居るのですが、チヨボと常磐津の掛合は今度初めてといふ新しさです。
蛙に乗つて出る思入でセリになりますが、之も藤間の方には型があるのです。
瀧夜叉が何も女郎にならなくとも良いだらうと思ふのですが、昔の人は面白い考をもつて居たのですねヱ。
私共の演つたものは累が矢張第一で、「嵯峨や御室・・・・・・も到底累のやうな分には行きません。
之れに就て面白い話があるのです。
其は大橋屋が中島座で光圀を勤め、彼（あの）役者の上手なと云はれた國太郎さんが瀧夜叉を演つた時、振附が何う間違へたのか、蜘蛛の術を使ふのだと思つて傘まで蜘蛛の模様に誂らへたといふ珍談があるのです、之は蜘蛛の拍子舞と間違へたのでせう。
衣裳と鬘は鳥居清忠さんに御願ひしたのですから後々の参考の為載せて置いて下さい。
緋縮緬の腰巻 裾 桜、梅、松の模様、
金の素網、
白りん子（りんず）さや形の襟、右の襟をかへす、見せ襟は赤、
胴抜は大柄の破れ麻の葉、
鼠羽二重へ金糸で御簾、銀糸で蜘蛛の巣、色糸で紅葉散しの着附、
あんこ 表羽二重は紫に紅梅、裏は緋羽二重へ菊菱の破れ金箔、
ぶつ返りは何時（いつ）も赤なのを、今度は紅色（ときいろ）羽二重金の網、裾にこぼれ梅銀箔
鬘（あたま）は綯混（なひまぜ）、振分の女形、下げ髪の傾城毛のシケ、
白地へ蜘蛛の巣に落葉の図を金泥で出した簪を髱へ六本、
根は銀糸で、後に、前差六本を抜いて毛の出る仕掛にしてあるのです。
素網は胸だけ、手甲はなし。
持物は緋の相馬の旗です。
以上が芸談の全文です。
参考に写真を掲載しておきます。
一枚目、二枚目の写真は、大正元年帝国劇場です。
三枚目が、昭和六年東京劇場、この芸談が掲載されたときの写真です。
適宜、句読点や改行などで、読みやすくしました。
この文中で「藤間さん」とあるのは七代目松本幸四郎、「高島屋」は二代目市川左団次、「市村」は十五代目市村羽左衛門、「大橋屋」は尾上幸蔵です。
「累」とあるのは、『色彩間苅豆』（「かさね」）です。六代目尾上梅幸、十五代目市村羽左衛門、五代目清元演寿太夫で復活して評判を呼びました。
「芸談」蜘蛛になる瀧夜叉
尾上梅幸
瀧夜叉は大正の初めに帝劇で藤間さんと一度出しました。
其時は高島屋が御注進のやうな役で出たんですが、今度は御注進は出ません。
此役も大昔は無かつたが、淋しいので中古から加へられるやうになつたらしいのです。
演ることに就て苦心をするやうなものはありません。
今度は淋しくないやうに屋台崩しを見せて居ますが、此様（こんな）ものは何うでも良いのです。
振は藤間勘十郎に附させたのですが、或一部は私と市村の工夫した処もあるのです。
極旧弊に演つて居るのですが、チヨボと常磐津の掛合は今度初めてといふ新しさです。
蛙に乗つて出る思入でセリになりますが、之も藤間の方には型があるのです。
瀧夜叉が何も女郎にならなくとも良いだらうと思ふのですが、昔の人は面白い考をもつて居たのですねヱ。
私共の演つたものは累が矢張第一で、「嵯峨や御室・・・・・・も到底累のやうな分には行きません。
之れに就て面白い話があるのです。
其は大橋屋が中島座で光圀を勤め、彼（あの）役者の上手なと云はれた國太郎さんが瀧夜叉を演つた時、振附が何う間違へたのか、蜘蛛の術を使ふのだと思つて傘まで蜘蛛の模様に誂らへたといふ珍談があるのです、之は蜘蛛の拍子舞と間違へたのでせう。
衣裳と鬘は鳥居清忠さんに御願ひしたのですから後々の参考の為載せて置いて下さい。
緋縮緬の腰巻 裾 桜、梅、松の模様、
金の素網、
白りん子（りんず）さや形の襟、右の襟をかへす、見せ襟は赤、
胴抜は大柄の破れ麻の葉、
鼠羽二重へ金糸で御簾、銀糸で蜘蛛の巣、色糸で紅葉散しの着附、
あんこ 表羽二重は紫に紅梅、裏は緋羽二重へ菊菱の破れ金箔、
ぶつ返りは何時（いつ）も赤なのを、今度は紅色（ときいろ）羽二重金の網、裾にこぼれ梅銀箔
鬘（あたま）は綯混（なひまぜ）、振分の女形、下げ髪の傾城毛のシケ、
白地へ蜘蛛の巣に落葉の図を金泥で出した簪を髱へ六本、
根は銀糸で、後に、前差六本を抜いて毛の出る仕掛にしてあるのです。
素網は胸だけ、手甲はなし。
持物は緋の相馬の旗です。
以上が芸談の全文です。
参考に写真を掲載しておきます。
一枚目、二枚目の写真は、大正元年帝国劇場です。
三枚目が、昭和六年東京劇場、この芸談が掲載されたときの写真です。
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コメント(2)
貴重な芸談、有難うございます。
＞瀧夜叉が何も女郎にならなくとも良いだらうと
＞思ふのですが、昔の人は面白い考をもつて居たのですねヱ。
私は、瀧夜叉姫の傾城姿に振り下げ髪の鬘に傘という
拵えにとても惹かれたのですが、
六代目梅幸の時代よりももっと前から
傾城姿だったということですね。
あれを思いついた昔の人ってすごい！と思います。
鳥居清忠さんに頼んだという衣裳と鬘…
今とあまり変わりませんね。
ということは向島さんが仰っていたように
梅幸さんの好みが今に受け継がれていると
いうことですね。
＞白地へ蜘蛛の巣に落葉の図を金泥で出した簪を髱へ六本、
簪まで蜘蛛の巣だったなんてすごい！と思って
今回の浅草歌舞伎の瀧夜叉姫の写真を見ましたが、
今回の簪は違った模様でした。
蜘蛛の巣に落葉の図を金泥で出した簪…
見事でしょうね…見てみたかったです。
屋台崩しは梅幸からのものだったというのも
興味深いです。
貴重な芸談、有難うございました。
＞瀧夜叉が何も女郎にならなくとも良いだらうと
＞思ふのですが、昔の人は面白い考をもつて居たのですねヱ。
私は、瀧夜叉姫の傾城姿に振り下げ髪の鬘に傘という
拵えにとても惹かれたのですが、
六代目梅幸の時代よりももっと前から
傾城姿だったということですね。
あれを思いついた昔の人ってすごい！と思います。
鳥居清忠さんに頼んだという衣裳と鬘…
今とあまり変わりませんね。
ということは向島さんが仰っていたように
梅幸さんの好みが今に受け継がれていると
いうことですね。
＞白地へ蜘蛛の巣に落葉の図を金泥で出した簪を髱へ六本、
簪まで蜘蛛の巣だったなんてすごい！と思って
今回の浅草歌舞伎の瀧夜叉姫の写真を見ましたが、
今回の簪は違った模様でした。
蜘蛛の巣に落葉の図を金泥で出した簪…
見事でしょうね…見てみたかったです。
屋台崩しは梅幸からのものだったというのも
興味深いです。
貴重な芸談、有難うございました。
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