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マフタージュのスクラップコミュのarrow an hour

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ヤスタカ君だよね? 突然名前を呼ばれても、僕は気にしないようにしている。
ファストフード店やファミレスにいけば、いくらでも康隆、もしくはタダノヤスタカという芸能人の話が聞こえてくるし、いちいち反応してたらきりがない。それにビクビク怯える様で嫌だから。
だが、ここは水族館だし、何より君付けで呼びかけられることは珍しかったので、皇帝ペンギンからゆっくりと目線を声の方へ向けてみる。

「やっぱりヤスタカ君じゃん」白色のダウンコートを着た女性が、私を見るなり手を打ち鳴らし、喜んだ。
 まずいな、と思いすぐに、正面にいる美沙に向き直る。美沙は大きな目をさらに大きく開いたまま、どちら様?と私に尋ねた。
「あぁ、高校時代、バスケット部に所属していたマネージャーだ。渡辺さん」と記憶をたどったそのままの言葉で、美沙に伝える。美沙は私の事で知らないことがあると、怒る。つまり秘密と置いてけぼりが嫌いなのだ。ふーん、と言った様な顔で渡辺さんに向かい、自己紹介と言う挨拶を始めた。
 引き続き頭の中で高校から現在時間の計算式をはじき出す。年齢マイナス年齢、イコール22−18という数式の答えは4。つまり4年ぶりか。元カノと4年も経った後に会うとは思ってもいなかった。
「ヤスタカ君久しぶりじゃん、卒業以来」
「4年ぶり」僕は計算したての正解を即答してみせる。たった今計算したことは言う必要ないと思ったので、言わない。同時に必要なことなので美沙には言う。
「渡辺さんは僕の前の彼女、だった人」と言い、「だった」の部分を強調してみせた。
美沙は笑いながら「そこ黙ってたらビンタするところだった」とパーの形をした手をひらつかせた。
今日始めて見せた笑顔に気がつき、少し心が痛くなる。

ヤスタカと美沙は大学時代から付き合い、現在3年目。恋愛は順調だ。だが問題は急に生じた。
それは就職。社会人生活を送るためヤスタカは東京に、美沙は地元兵庫に残るということ。東京と兵庫は近いとは言えない距離で、このまま行けば、いわゆる遠距離恋愛と言われるものになろうとしている。それが決まってから「だいじょうぶだよね」、「だいじょうぶじゃないかな」、という押し問答にもならない言い合いを、嫌と言うほど続けた。そして大学4回生、卒業目前の2月のデートで、渡辺さんと出会ったという訳だ。

「デート中?だよね、びっくりして思わず声かけちゃった」渡辺さんの声は昔から明るく、大きい。
「別に平気だよ。そっちは?」
「私もデート。彼は今、お手洗い」そう言って渡辺さんは目線をtoiletの看板にやる。
「やっぱり。一人で水族館は寂しすぎる」僕は言う。
「確か大学生だよね?」
「不真面目な学生だよ」
「頭いいじゃん。何学科?」
「理系。数字ばっかりだよ」僕はかぶりを振る。
急にどんっと、美沙が肘を当ててくる。「ねぇ、楽しそうにしてないで。紹介してよ、紹介」気づけば腕が組まれていて、ポケットに手を入れてきた。さっき自分でしてたじゃないか、と喉まで出かけたが、止めた。取り残されてることに苛立っている。やはり美沙は置いてけぼりが嫌いだ。
ごめん、お待たせ と声を発しながら、男が一人駆けて寄ってくる。
「あれ、誰?友達?」屈託のない声で男は言う。単髪黒髪、目鼻立ちはくっきりしていて長身なので、すこし戸惑ったが、すぐに渡辺さんの彼氏だと理解した。
「これが私の彼氏の啓介」どーも、という口の形をし、男性は頭を少し下げた。
「渡辺さんの友達で唯野康隆です。隣にいるのが彼女の美沙」美沙はロングスカートを両手で広げ膝を折り、啓介という男の顔を見ながら挨拶してみせた。彼女のこういう仕草は、嫌いじゃない。
「タダノヤスタカ?」訝る様な顔で質問を投げてきたので、またか、と思う。
嫌なほど耳にしてきた質問だった。「あのタダノヤスタカ?」ここ数年、ゼミや飲み会で何度言われたか、数えきれない。有名税というものがあるならば、僕にも分け前がもらえるんじゃないかと思うほど正直、迷惑だ。何がもらえるのかは、知らない。とにかくそういう場合、いつもこのように答える。
「同姓同名ですが、『只の、ヤスタカです』」うん、我ながらいつも、くだらない。
「何言ってんだよ」鋭い口調で突っ込みが飛ぶ。流されなかっただけで、僕は少し喜んだ。が、意外な言葉が続いた。
「お前、唯野の弟だろ?」
「あぁ!」同時に急に美沙が声を張り上げた。「思い出した、ケイちゃん!」
「ん、お前美沙だろ?何年ぶりだよ二人とも」啓介は何故か右手を上げ、ハイタッチを誘ってきた。
 意味が解らなくなった。僕も置いてけぼりは、嫌いだ。

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頼んだロイヤルミルクティーが二つと、ホットコーヒー二つが平行四辺形を描くように、並べられた。僕らは座りながら水槽を眺められる喫茶店にいる。マンボウがよく見える。謎の再会の後、渡辺さんの、よかったら一緒に休まない?との提案に答えたのは、意外にも美沙だった。二人でいるとまた、答えのないこれからの質問をぶつけ合うことは目に見えていたし、それを美沙が避けようとしている気もした。
 僕と美沙の付き合いは大学時代からなので、3年間付き合っている。その長くも短くもある時間が、遠距離にどれほどの影響を与えるかは、知らない。さらに説明を加えると僕たちは、成人式やサークルの集まりなどを共有した仲では、ない。
 僕たちは、兄を通じて知り合った。

兄は顰蹙めに言っても、成人式で暴れ回る白袴や、ニュースで見るストレスの矛先を家庭に持ち込む大人達よりいい兄だと思う。
 実家の洋服店を継ぐために大学に進学してから経済学を専攻し、勉強家兼、読書家で「カーネギーってすげぇんだよ」と僕にイヤほど偉人のエピソードを語りながらも、遊びには手を抜かず、まだ高校生の私を連れて、いろんな場所へ連れて行った。
 兄が所属していたサークルにこっそり参加させてくれたり、未成年だった僕に始めてバーの扉を開かせたのも、兄だ。その中でも特に仲の良いグループの遊びにはよく、私を呼んだ。メンバーはいつも決まって、7人いた。覚えているのは、旅行の際、いつも自慢の8人乗りエスティマを出してくれる金髪のハンドル担当者。それがさっき再会した啓介さん。実は名前は忘れてた。
 僕の誕生日にはいつも何でもないところから、花束を出した男もいた。とてもマジックが上手で、「これで女はイチコロだよ」の言葉と一緒に、輪ゴムを使ったトリックを教えてもらい、高校時代、僕は胸を躍らせながら、自慢げに披露した。その後、もうマジックなんてやらないとの言葉を彼に突きつけたのも、懐かしい思い出だ。あととびきり歌の上手なロン毛の女性。ジョーストラマー率いるclashというバンドのCDを僕に渡し「人生はクラッシュよ、クラッシュ」と何度も諭すくせに、ギターでミシェルブランチを弾くあの女性。それパンクなんですか?と尋ねると、「男はね、四の五の言わず、パンクロック」と訳のわからない事を言って、上手に続きを弾いてみせた。他にも飲みの席で決まって音頭を取っていた髭をえらく長く伸ばした男。いつもでもカメラとデジカムを首からぶら下げてた背の低い女性。そして自分の事を名前で呼び、いつも笑っていた美沙だ。

 みんなと最後に会ったのは兄のお通夜だ。
 20代で2番目に多いのに、1番納得のいかない事故死という形で、兄は生涯を終えた。
深夜、コンビニに行った時、飲酒運転のドライバーが突っ込んできて、バンパーと電柱にすりつぶされる形で即死。警察から聴く目撃情報ではそういう事だ。別れは突然に。と言う言葉がある通り、やはりも何でも無い時に、とんでもない事は起きる摂理をその時に知った。同時に恋は突然に。という言葉もそれをきっかけに学ぶ。兄の死後、僕はいつもの集まりには顔を出さなくなった。が美沙だけは、頻繁に連絡をよこすようになった。当時、哀れみを受けているようでとても苦痛だったし、塞ぎ込みたい気持で一杯だったが、度々僕の家に来ては、「ご飯を食べに行こう、生きるものに必要なのは食事」などと言い生前の兄の様に、よく僕を遊びに家から連れ出した。いつからか兄とは違った、胸の鼓動を感じるようになり、それからしばらくして僕と美沙は付き合った。

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「まさかこんな所で会うとはな」啓介はコーヒーを啜りながら言う。「それに美沙も」視線を僕と美沙と交互に送る。その口調を聞き、確かにエスティマの啓介さんだと、再認する。「今は大学に行ってるのか?」
「そうです。来年でもう社会人ですよ」肩をすくめ答える。
「大きくなったなぁ、あんなガキんちょだったのによ」と言い伸びをしながら頭を掻いた。
「啓介さんもキンパツやめたらわかんないですよ」
「あれは若気の至りだ」啓介さんは髪をつまみ上げて笑う。「この時期なら就活終わったろ。仕事は何するんだよ?」
「ええと、まぁIT関係ですね」
「ITにもいろいろあるだろう」
「いろいろありますね、ITは」
 すると声を出して渡辺さんが私を見て笑った。「ヤスタカ君、自分の事はいっつも煙に巻いて、言わないのは変わらないね。」
「すいませんね」と下唇に舌を乗せる。
「多分いい仕事だよ。ヤスタカ君自慢話を避ける時、いっつもそんな風だから」渡辺さんの言葉に少し戸惑った。そうであることに違いはないのだが、「はいそうです」とは答えれない。なにより美沙が嫉妬するな。と直感が働いたからだ。横にいる啓介は「さすが元カノだなぁ」と、嫉妬が少しも見えない様子で、感心していた。
「すんごい困るよ、多分昔よりひどい。美沙、いつも大変」と当てたてのパーマを指で触りながら、予想を超えて美沙は不服を申し出た。
「しかし美沙が唯野の弟と付き合ってるとはなぁ」脚を組み変えながら「人生どうなるかわからないもんだ」と続けた。
「啓介さんも人生どうかなりましたか?」
少し黙り込み渡辺さんの顔を見た。言葉以外のコンタクトをとっていたのは明らかだったが、何かはわからない。僕らのほうを向き直り「俺達、結婚するんだよ」とズバリ答えを発表した。
「マジで」少し声が上擦ったのに気づき、「すか」は冷静に口調を正す。
「えー!すごいすごい!おめでとう」美沙は両手を口の側に当てうれしそうにした。
「6月に式なんだ。差し支えなければ披露宴も招待するよ」頭を掻きながら照れを見せた。「ほんとは大学のあのメンバーも呼びたいんだけどな、あの件以来、自然に絡みが少なくなって今はもう誰とも繋がってないんだ。お前ら誰かの連絡先知ってるか?」
「美沙達もあれから誰とも連絡とってないのよ。ごめんね」美沙は本当に申し訳なさそうに答えた。
 あの件。それについてはすぐに兄の事だと解ったが、思ったことをすぐ言わない常識くらいは、大学生の僕でも、ある。だが僕の常識を覆してきたのは啓介さんだった。
「お前ら、水族館に来たってことは、アロワナ見にきたんだろ?」
 ああ、はい。と複雑な気持で相槌を打つ。アロワナという古代魚は、僕の兄貴と特別な意味を持つ。

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 アロワナは、淡水域に生息する魚のうちでもかなり大きく育つ種類の古代魚で肉食。特に赤いアロワナは、幸運を呼ぶとして貴重だ。とにかく他にもいろいろあるけれど、僕や美沙、啓介さんには馴染みのあるものだ。
 なぜ、と訊かれれば答えは簡単。兄がとても好きだった。
 いや、好きだけでは言葉に余るかもしれない。
 兄がいつアロワナに興味を持ったのかは覚えていない。気がついた時には大きめの水槽が家にあった。「これがな、俺達を幸せにするんだよ」と自身満々に主張をし、気乗りをしない表情でいると、「ヤスタカ、中国ではアロワナは「龍魚」と呼ばれててな、龍は繁栄を意味するんだ。つまりこれがあれば俺らは幸せになれるんだよ」と散々、同じ説明を繰り返した。そして透明の箱で泳ぐアロワナを見ては「商売繁盛!商売繁盛!」と手を打ち鳴らし頭を下げていた。目が垂れ下り、元気に泳ぐわけでもない魚のどこがいいんだよ、と反論してみた。当時真剣な疑問だった。
 すると「バカ、そこがいいんだよ」と返事をした。

 僕らは喫茶店を出て、水族館を順路通りに歩いた。どうも美沙は結婚するまでのなりそめを知りたくて仕様が無いようで、渡辺さんにピッチリくっつく形で、僕らの後ろを歩いている。仕方ないので啓介さんと僕は、二人でアロワナを見にいくことにした。途中、巨大なエイや、恐ろしいほど大きな蟹が、僕たちに腹を見せつけてきたけれど、愛らしいと思うことなど全く、ない。猫や犬ならかわいいのにな、と啓介さんがボヤいたりしている内に、熱帯魚コーナーと書かれた看板の前に着いた。

「これがアロワナか」啓介さんは感嘆の声を上げた。
「え?見た事なかったんですか?」意外な言葉に反応した。
「始めてだよ。あいつ、アロワナのウンチクばっかりで、みせようとはしなかったんだよ。信じるものは自分で掴め、とかいってよ」
「これは立派なほうですよ。色も綺麗な赤色だ。家で飼ってたやつは目が垂れて、色も少し黒ずんでましたから」
「なんであいつそんな変なアロワナを買ってきたんだ?」
 当時、僕も不思議だった。兄があまりに薦めるので、図書館でアロワナを調べたことがある。まず赤いアロワナは希少価値が高いので、値段も安くはないこと。そしてどうやら水族館のような巨大な水槽でないと、眼球が下を向く「目垂れ」という現象が起こるそうだ。それを知っていたのか兄は「サンテグジュペリって知ってるか?そいつが言ってるんだよ、大切なことは目に見えないって。だから目が見えないくらいのほうが、神様っぽくていいじゃねぇか」と楽しそうにエサをあげていた。
 そのことを啓介さんに話すと、あいつらしいな、とだけ言い、じっとアロワナの動きを目で追い始めた。

 美沙と渡辺さんも遅れて合流し、4人でじっとアロワナの群れを見ていた。実はどうやって結婚に至ったかは気になっていたが、それは美沙から訊くとしよう。
 すると美沙が1匹だけ、目が垂れてしまっているアロワナを見つけた。
「ねぇ、あの子だけ目が飛び出てすこし垂れてる」美沙が指を指す。「ほんとだ」渡辺さんが一歩水槽に近づく。
 兄のおかげで得たウンチクを語ろうとするが先に、「多分、つらいことがあったんだよ」美沙が感傷を込めて、言った。
「垂れて見えなくしてしまうくらい?」渡辺さんは美沙を見る。
「目を覆いたくなるほどの」美沙の視線は、ゆっくりと動くアロワナを射止めていた。
 僕と美沙のことを言われているようで、胸が痛んだ。渡辺さんは結婚する。啓介さんも旦那になる。さあ僕たちはどうだ?
 結婚すれば解決か?訳が違う。僕らはこれからの生活を、想像するのを避けている。僕たちは確かなものを持たぬまま、距離というものだけが邪魔をする。頭でわかっていても、不安は決して無くならない。人間は、見たくない現実から目を背けるように、できている。
「アロワナも一緒なんだね」美沙はそうとだけ呟いた。僕たちは大丈夫だ。今は大丈夫。じゃあいつまで大丈夫?それを口に出せない自分が、少し悲しくなる。

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