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史跡コミュの山本尚徳邸跡

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 愛媛県大洲市大洲1006

 1956年09月30日、大洲市が史跡に指定。

 幕末の大洲藩執政として若き藩主加藤泰秋を支えた山本尚徳(ヒサノリ;1826〜1871)は明治3(1970)年には大参事に就任して、近江から桑苗を取り寄せて無償で民家に配布したり、茶の栽培を奨励して宇治から製茶工を雇い入れるなど、民生に尽力した。
 しかし、相次ぐ新政府の新規施策に対する農民の反発が強まる中、明治4(1871)年7月に廃藩置県が断行され、旧藩主加藤泰秋が東京居住を命じられると、泰秋の東京移住は大参事山本尚徳の陰謀であるとのデマが飛び交い、40000人もの農民が泰秋の東京移住反対を叫んで肱川河原に集結する大洲騒動が勃発、城下の町人達は家財道具を持って他郷へ避難する事態となった。
 このため旧藩主加藤泰秋自身が農民の説得に向かったが効果は無く、8月15日に至って山本尚徳は騒動の責任を一身に負って自刃、農民達は翌日解散した。
 大正10(1921)年に至って尚徳の名誉は回復され、昭和6年には頌徳(ショウトク)碑が邸跡に建立された。
 邸跡は大洲市立大洲南中学校となっている。

*城下町伊予大洲
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=63991828&comm_id=194642

コメント(1)

 7月29日金曜日に行って来ました。

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