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VIPコミュ文藝部コミュの旧ジャンル「単に病んでる」

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「ブルヒームハバイーム」

父が日本に飲食店を出したのはまだ私が小学校に入る前だった。
母は怒ったそうだが、父の決意は固く、国内有数の私立大学があるこの土地で私は育った。

「ブルヒームハバイール」

私はたまに店の手伝いをする。
「ブルヒームハバイール」はヘブライ語で「いらっしゃいませ」という意味だと父から聞いた。

「のえみ、もうあがりなさい。」
「はーい。」

時計を見るとこんな時間だ。
店の営業時間に最後まで付き合っていると、朝起きられない。
軽い頭痛もしてきた。

「おとーさん、おやすみ。」

私はそう言って、店の二階へと上がっていく。
二回が自宅になっている。
食事は店で済ませたので、浴室に駆け込む。
店に出るために、軽く化粧をしている私は、浴室の鏡の曇りを手で拭いながら、化粧を落とした。

「・・・」

顔が赤い。
頭に微かにズキンと痛みを感じながら、体を洗うと、浴槽にはあまり長く入らずに入浴を終えた。

「おかーさんおやすみ。」
「おやすみ」

私は部屋に戻ると、勉強机の上に置いてある鏡をのぞいた。

「・・・」

子供の頃は金髪に近い色だったけど、いつしか茶色に落ち着いた洗い髪。
緑にも茶にも見える灰色の瞳。
顔は赤い。
私は「はぁ」とため息をついた。

コメント(55)

「いやあ!いやあ!!」
「オチツケ・・・」

またあの優しい声だ。

「オマエハ優レタ才能モッテイル。傷ツケハシナイ。」
「は・・・はい。」

ラクタヴィジャは再度「流レロ」というと血を地面にたらした。

「起テ。」

ラクタヴィジャがそう言うと、流れた血は兵士のような姿になって立ち上がった。

「ヤッテミロ。」
「え!?私・・・えーと、『起て』。」

私の血は一瞬起き上がるかと思ったが、そこで崩れて、また元のように地面の上に広がっていた。
ラクタヴィジャはそれを見て大声で笑った。

「ソレデヨイノダ。ソレガスグニ出来ルヨウデアレバ、ワレハ居ナクテイイ。チカラヲ授ケヨウ。」

ラクタヴィジャは私の左手を掴むと自らの血を注ぎ込んだ。
私の全身に焼け付くような感覚が駆け巡る。

「コレデオマエノ血ハ、オマエノ思ウガママ。『ラクタバーリカー』ト名乗ルコト、許ス。」
「ら・・・『ラクタバーリカー』。お・・・親から貰った名前があります!」

思わずそう言うとラクタヴィジャは愉快そうに笑った。

「好キニスル・・・ソレデイイ。」

ラクタヴィジャはそう言うと、徐々に霞んでいって、最期には見えなくなった。

「す・・・好きにするわよ!」

私はそう言うと、元来た道を引き返してホテルへ戻っていった。
赤月先生は消えていた。
居なくなったとかではなく消えうせていた。
赤月先生の事を覚えている人はいなくなったし、私と野口さんは最初から二人部屋だったことになっていた。
私は人ならぬモノがそこにはいたのだと解釈した。
貰った軟膏を手首に塗っておくと瞬く間に傷跡は消えた。
赤月先生が何をしにきたのか、私には本心はわからなかったが、私の人生が変わった。
翌日、班の知花さんの実家に行く前に、コンビニで一文字の剃刀を買った。
そして、軟膏の入った小さな陶製の容器と一緒にポーチに入れておく。
パイナップル畑はとても大きくて、なにより地面からパイナップルが生えている事をはじめて知って驚いた。

「木になってるものだとばかり・・・」

野口さんが恥ずかしそうにそう白状しながら、パイナップルをかじっていた。
夕方になって自由行動を終えたほかの班の生徒に合流すると、先生が居なくなった好きに野口さんが他の班のコと一緒にどこかに行くのが見えた。

「かわいそう、野口さん。多分『お金貸して』って言われるんだよ。」

知花さんはそう言うと目を伏せた。
その瞬間、私の中で何かに火が付いた。
私の全身が憤怒に燃える。

「もしかして・・・ラクタヴィジャの・・・」

私は紅潮していく自分を感じながら、野口さんたちが向かった公衆トイレに駆け出していった。
厄介な事は嫌だという気持ちと、理不尽には我慢できないと思う気持ちが心の中でせめぎあっていたけれど、理不尽に我慢できないと思う気持ちはもはや沸騰しそうなほど煮えたぎっていた。
トイレの奥のほうで野口さんは怒る風でもなく皆にお金を渡しているところだった。

「ねえ、それ借りてどうすんのよ・・・」

私の口を突いて出た言葉に私自身がはっとした。
話し合いで済ませようと思っていたわりにはカラダは正直で、野口さんのほかに3人居る生徒のうちの一人を殴っていた。

「・・・によ!アンタ頭おかしいんじゃないの!?」

「それ借りてどうすんのよ」と言った後、何も思い浮かばず、本能の赴くままに3人の女生徒を殴りまわす。
どうやら、私は彼女たちを許すつもりはないみたいだ。
気がつくと、私の拳がトイレの個室を掠めたらしく、個室の扉が一枚と壁が二枚割れていた。
騒ぎを聞きつけて、教師が飛び込んできて羽交い絞めにされたが、羽交い絞めにされた教師を片腕で吹っ飛ばして壁に叩きつける。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

教師が気絶したところで我に返ってみると、顔を腫らした女生徒が3人、トイレに床に這いつくばって許しを請うていた。

「の・・・野口さん、行こう。」

嫌がる野口さんの手を引いてトイレを出ると、何事も知らない生徒の輪の中に戻って、自分がしでかした事の大きさに震えていた。
「すいません・・・カッとなって。」

私は気絶した生徒指導の先生に叱られていた。
先生は頭の後ろを氷嚢で冷やしながら怒っている。

「トイレまで壊して・・・」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」

とにかく謝るしかないと踏んで謝り倒す。

「ったく、カツアゲぐらいで、何を」

進路指導の先生がそう言った一言に私の中の何かが反応した。

「カツアゲぐらいっていったのあころくひかぁぁぁ!!」

気づくと私の拳が、教師の口の中にずっぽりとおさまっている。
そこで少し「しまったな」と思ったが、カラダは言う事を効かないで、軽く1分間は教師をサンドバッグにした。
殴られながら教師は血まみれの口で「ごめんなひゃい」的なことを言っていた。
「へぇ・・・それで、言ったのが『カツアゲぐらいで』って言う一言なのね。」

結局、私は修学旅行に同行していた校長先生に呼び出しを食らっていた。
生徒指導の先生は下の前歯を3本折っていた。

「・・・やりすぎです、ノエミさん。暴力で何かを解決してはいけません。」
「はい。反省しています。」

校長は救急病院から帰ってきた生徒指導の先生を睨みつけていった。

「しかし、生徒指導の教師が『カツアゲぐらい』といったのは気になりますね。もしかして、我が校ではカツアゲが『ぐらい』で済まされるような大きな問題が起きているんですか?」
「いひへ・・・ひがいまふ・・・。」

校長は白髪混じりの女教師だ。
相当に厳しいと噂だ。

「のえみさんは、処分が決まるまで部屋で謹慎していなさい。・・・あなたはその調子じゃ出歩けないでしょう?部屋で休んでいなさい。」
「ふびばへん。」

どのみち、部屋で謹慎といっても明日は朝、空港から飛行機に乗って帰るだけだ。
ため息をつきながら部屋に戻ると、野口さんは他の部屋に移っていて、私一人だけだった。

「はぁ・・・」

迷った末に、トイレで手の甲に剃刀を当て、一気に瀉血を済ませる。
そのあと軟膏を塗ると、傷はふさがっていた。
拳には人を殴った生々しい感覚が残っているが、傷一つついていない。
これでトイレの個室の壁も壊したのだろうか。

「はぁ・・・」

なんだかまた落ち込んできた。
トイレの件は、女性がどうこうして壊れる造りではないと警察が判断したらしく「元々壊れていて危険だった」と判断されたらしい。
殴られた3人は全員、私を糾弾するつもりはないらしく、生徒指導の教師も私に何か言うつもりは毛頭ないらしい。
校長は口頭で私に厳重に注意すると、私は飛行機に乗り、校長の隣の席で空の旅を『楽しむ』ことになった。
学校へ帰ってから、他の生徒が私を見る目が変わった。
何かを怖がる目つきだ。

「ちょっと、放課後、校長室までいらっしゃい。」

校長に呼び出しを食らった。

「殴られた生徒の親が私に電話をかけてきました。」
「はい。」
「あなたを訴えるつもりだそうです。」
「・・・。」

校長は一旦そこで話を切った。

「私は『では、あなたの娘さんが校内で行なった金銭に関わるトラブルを全て調べ上げてよろしいのでしょうか?』と言いました。」
「え?」
「向こうの親御さんは『勝手にしてください。』と怒っていましたが、つい先ほど、『あなたを訴えるのを辞める』と電話がかかってきました。」
「え・・・ああ・・・」

校長はため息を一つつくと、校長室の机から立って、立っている私に応接テーブルとソファのセットを指差して、そこへ座るように促した。
テーブルを挟んで正面に校長も座る。

「『運がよかった』わね、のえみさん。」

なんだか、見透かされた気がした。

「この先も、幸運に頼って、厄介ごとを切り抜けるつもり?」

私は無言で首を横に振った。

「じゃあ、どうするの?」
「は・・・反省してます・・・」

校長は厳しい口調で私に言った。

「『反省しています』って、言うだけならタダよ。」

私は黙った。

「ご両親には話をしてあります。明日から毎朝7時に武道場に来なさい。」
「え?」

校長は立ち上がると私を真正面から睨んだ。

「私があなたの自制心を養ってあげます。」
「・・・は、はい。」
「『はい』は1回!!」
「はい!」

まだ、この段階においても、私は校長をなめてかかっていた。
後悔するのはもっとあとだった。
校長は剣道みたいな胴着を着ていた。
私はダサいジャージだった。

「準備が遅いです。」
「・・・すいません」
「聞こえません。もっとハッキリ言いなさい!」
「すいませんでした!」

校長は深呼吸をして

「よろしい」

と言った。

「まず、私の言った事には、まず、必ず『はい』と答える事。質問は許しません。」
「そんな、理不尽な・・・」

校長は大声を張り上げた。

「返事は『はい』!!」
「はい!」

迫力に圧倒されて、思わず「はい」と答えてしまった。

「どうしても、文句があるなら、私に勝って倒してからにしなさい。」
「はい。」

私は校長の高圧的な態度や、理不尽さにむかむかしていたが、沖縄での一件もあり、迂闊に逆らわない方がいいと思った。

「では、まず、武道場の清掃からはじめてもらいます。」
「はい。」

内心、嫌で嫌で仕方がなかったがやるしかない。
雑巾とバケツ一つ渡されて、校長は竹刀を持って武道場の真中に立っている。
柔道場と剣道場が続きになっている武道場の、柔道場の畳から雑巾で拭き始める。

「雑巾がけは膝をつかない!」
「はい!」
「もっと素早く、丁寧に!」
「はい!」

武道場の柱を竹刀でバンバン叩きながらあれこれ注文をつけてくる。
始まって30分もしないうちに嫌になった。

「返事は!」
「・・・出来ません。もう、まっぴらです。」

私は校長と真正面から対峙した。
こいつをぶったおして、雑巾がけから開放されるしかない。
早朝、武道場で校長と喧嘩する事になるなんて、一ヶ月前の私からは想像もつかなかったことだけれど、やらないと雑巾がけから開放されない。
だんだん、むかっ腹が立ってきて、最後には怒りが脳天に達した。

「すごい形相よ、のえみさん。」
「やるんですか、やらないんですか?」

私はそう言うより早く、校長に殴りかかっていた。
校長は私をかわして避ける。
私は振り向くと校長の前で足を止め、正対して校長を両の拳で殴りつけた。
校長は拳の一つ一つを丁寧に捌いている。

「なんて重い拳!!」
「分かったら、とっとと私を解放して。」

次の瞬間、世界が反転した。
私が回ったのだと気づいたのは一瞬あとだった。
体側をしたたかに地面に打ち付ける。

「侮っていたわ・・・本気を出さないと勝てそうにないわね。」
「・・・」

私はゆっくりと起き上がると、校長が使った技が合気道だと分かった。
校長は手放していた竹刀を拾うと、竹刀を構えた。

「悪いけど、使わせてもらうわよ。」
「上等!」

私は一撃目で校長の構えた竹刀を叩き折った。
校長は転がるように竹刀立てのところへ移動すると、中から木刀を持ち出した。
振り返りざまに繰り出した木刀の一撃が私の額にあたる。
その代わり、私の拳が校長の肩のあたりを捕らえ、校長は吹っ飛んで竹刀立てを割りながら倒れた。
校長と私はともに流血している。

「思い上がっていたのは私のほうね・・・のえみさん。あなたは強いわ。あなたは自制心を養う必要がある。」
「雑巾がけは嫌です!」

校長は両手にふた振りの木刀を構えると、私に向かって連打を浴びせてきた。
私は木刀を振り払うと、一本が宙に舞い天井に刺さる。
そして、木刀の間合いの内側に入り校長に詰め寄った瞬間、世界がひっくり返った。

「合気道!!」
「よくご存知ね。あなたには力があるわ・・・でも、私にも技があるの!」

私は跳ね起きると、校長を叩き潰す具体的なプランを考え始めた。
額から流れる血が板張りの床に滴る。

「流れろ!」

私の額から噴き出した血が武道場に血溜まりを広げる。

「呆れた・・・出血の量を操れるの!」

血溜まりは生き物のように、校長の背後へ流れていく。

「起てぇ!!」

血溜まりは校長の背後の死角で私と同じ姿を取り、校長を羽交い絞めにした。

「貰ったぁ!」
「甘い!!」

校長は両眼を閉じると、木刀を捨てて私の操る血の分身を投げ飛ばした。
そのまま、猛然とダッシュして校長を狙う私の拳を受け流す。
私は勢いを止められずに、武道場にかかる旗を突き破って、壁に刺さった。
「武道場の中から外を見るとこんな風なんだ・・・」

武道場の壁に刺さって外壁をぶち破り、上半身だけ武道場の外に出た形になってそう呟いた。
怒りはすっかり冷めていた。
むしろ、怪物じみた私と対等に渡り合った校長に尊敬すら抱いていた。
校長は武道場の外から、私のところへ回ってきた。

「恐れ入ったか!ノエミ・ローゼン!!」
「・・・まいりました。」

私と校長は、力を合わせて半壊した武道場の清掃をはじめた。


その日から、私は校長について学び始めた。
自制心、武道の技、あらゆる事だ。
一度だけ見た、私の『血』について、校長は触れなかった。
その技を使ったことに後悔もなかった。
そのおかげで私には全力を尽くして負けたという奇妙な自負がうまれた。
校長は徹底して厳しかった。
そして、私の中に生まれた負けず嫌いな部分を熟知していた。
高校3年生の夏休みに入る前、私は校長先生から意外なことを提案された。。

「もう、教えることはありません。受験でも、就職でも、好きになさい。」
「え・・・でも・・・。」
「返事は『はい』!」
「はい!・・・って先生。私どうすれば・・・」

技は身につけた。
自制心も成長した(と思う)。
地道な雑巾がけのせいで、体は絞れて、強靭さに磨きを書けた。

「好きになさい。」
「・・・で、でも。」

校長はもう一度強調した。

「好きになさい。ローゼンさん。」
「・・・はい。」

翌日も私は早朝の武道場で雑巾をかけた。
校長先生がここにくることはないと分かっていた。
けれでも、そうせずにはいられなかったのだ。
端から端までピカピカに磨き上げた。
剣道部が朝練に来るのとすれ違いに武道場を出る。
私は最後に武道場にかかった「心技体」という旗に深々と礼をした。
夏休み目前。
蝉の鳴く声を聞きながら、引きこもりたかった高校2年の頃を思い出してみる。

「私、変わったかな。」

朝早く起きる生活が続いた為、なんだか体の調子もよい。
瀉血は続いているけれど、コツを覚えたので、時間がかからない分、落ち込むこともなくなった。
軟膏は一向になくなる気配がなくて、軟膏が残っている限りは傷跡を隠して生きることもない。
全てが私にとって良い方に向かっている。

「ブルヒームハバイーム!」

私は店に出る日を増やした。
落ち込めば幾らでも悪い事が見えてくる。
でも、下を見ないで歩けば、少々の悪い事は難なく乗り越えていけるし、上をむいて歩けば、よいことにもめぐり合える。

「ブルヒームハバイール!」

私はイスラエルの言葉は喋れないけど「いらっしゃいませ」のかわりに言うこの言葉は好きだ。

「あ・・・校長先生!?」
「お邪魔するわね。アルバイト女子高生さん。」

土曜日の夜、校長先生が急にやってきた。
そして、軽めの夕食を取って、父と何かを話して席を立った。

「あの・・・アルバイトすいません・・・。」

校長先生はけらけらと笑った。

「家業はどうにもならないわよ。私だって、学生時代、田植えで学校休んだ事があるわ。同じよ。」

そう言うと、背筋をピンと伸ばして店を出て行った。
学校の外の校長先生はカッコよくて、武道場の先生とも、全校集会の先生とも違っていた。

「おとーさん。何話してたの?」
「イヤー『学校デ頑張ッテル』ッテ、ソレダケ言ワレタ。」

おとーさんはそう答えると、忙しそうに厨房へ入って行った。
「ノエミ、何カ手紙キテルヨ。」
「なーに?」

高校最後の夏休み直前。
一通の封筒が私に届いた。
送り先を見るとごてごてと消印が押されていて、読みにくいながらも海外からだと分かる。

「だれ?」

二階の自宅に上がり封筒を開いてみると、中から写真がこぼれた。
慌てて拾うと、写真を見て「ひっ」と悲鳴をあげた。

「ドシタ?」

声を聞いておとーさんが階段の下から声をかける。

「なんでもない!」
「ア、ソー」

私は思わず手放した写真を、恐る恐る拾うとまじまじと見つめた。

「なにこれ・・・『ベリーズ』ってどこよそれ・・・」

私は封筒の中に結構な量の現金が入っていることに気づいて、また封筒を取り落とした。
多分、こんな封書で現金を送るのは禁止されているはずだ。

「『来い』ってこと?」

写真は数枚あって、その中には遺跡らしきものも写っている。

「インカ文明?・・・とかそっち系よね。」

私が迷っていると、母が私を呼んだ。

「のえみ、あなたにお客様よ。」

私は嫌な予感がしたが、出て行かないわけにも行かない。
降りていくと案の定、赤月が居た。
「お金、返してくださる?」

私は、封筒ごと突っ返した。
店の開いているテーブルを陣取って、正対している。

「何しにきたんですか?」
「あら、ご機嫌ななめね。」
「用がなかったら、帰ってください。」
「ベリーズへ行かない?」
「行きません。」
「あらそう・・・残念。」

そう言うと赤月はあっさりと席を立った。

「あら・・・そうそう。この辺にホンモノのワルが最近出てきてるから気をつけて。」
「わる?」

赤月は気になることを言って、店を出て行った。
私は店の外に出て、こっそり塩を撒きながら首をかしげた。
終業式前日になって、学校に転校生がやってきた。

「シューシャオジーといいマス。こう書きマス。よろしくお願いしマス!」

そう言いながら「許小潔」と黒板に書いた少女は、台湾から突然転校してきたそうだ。
よりによって受験が激化する3年生になって、しかもあと二日黙っていれば二学期初めから合流できるにもかかわらず・・・
言いたい事は山ほどあったが、所詮は他人事なので黙っているしかない。
教室を見回すと、あきれた顔をしている生徒が自分だけではないと気づいた。

「えーと、とりあえず、この時間だけ野口さんの開いてる席に座っておいてよ。すぐ新しい机持ってくるから。」

教師も困惑を隠せないようだ。
野口さんの席は私の隣だったので、許(シュー)さんは私の隣にやってきた。

「よろしくお願いしマス。」
「・・・よろしく。」

一応会釈だけしておく。
許さんは綺麗な黒髪を短く切りそろえて、綺麗に日焼けしていて、いかにも運動神経のよさそうな雰囲気だった。
茶髪で、色白な上に赤ら顔でひ弱そうに見える私とは正反対だ。

−いいなぁ・・・

思わず、心の中でそう呟く。
同じ外国人でも、許さんは日本に溶け込める東洋人、私は世界中に溶け込めないユダヤ人。
嫉妬することはないけれど、羨望はあった。
しかも、許さんは可愛い。
私みたいに背ばっかり高いわけでもない。

−いいなぁ・・・

私の理想みたいな女性が横に急にやってきて、なんだかため息が出てきた。
深い深いため息だった。
終業式当日。
朝から学校は異様な空気に包まれていた。
校長先生の顔が険しい。
担任もクラスメートもそうだ。
私だってそう。
クラスに入ったばかりの許さんですら緊張の面持ちだった。
終業式に集まったはずの生徒は、誰一人として明日から始まる夏休みについて考えをめぐらせる余裕なんかなかった。
校門の外にはテレビ局や新聞社の記者やカメラマンが詰め掛けていた。
校内放送が流れる。

「終業式を取りやめ、全校集会を体育館で行ないます。」

私たちは言葉を発せずに席を立ち、教室を出て、体育館に向かった。
普段は並ぶのに時間がかかる我が校の生徒も、この日は整列するのが早かった。
校長先生は足早に演壇に上がると、野口いずみの自殺を全校生徒に発表した。
私のところにも警察が来た。

「じゃあ、何も知らない?本当に?小さな事でも良いんだが・・・」
「本当に分かりません。」

野口いずみはあの小さな体で合成麻薬の使用と妊娠という『トラブル』を抱えていた。
それだけでも信じられない事なのに、その原因を作った人間の手がかりを握っている奴が、クラスメートに居ると警察は踏んでいるようだった。
学校に関わる男性全員、任意で血液採取されたらしい。
とはいっても女子高なので教師と、一部の職員だけだ。
当然、全員シロだった。
PTAは激昂して学校を槍玉に挙げている。
でも、野口さんはほとんど学校に来ていなかったので、その責任を学校に求めるのは違うと思う。
また、野口さんの家族は崩壊寸前だったようだ。
母親は出て行っていない。
父親は毎日遅くまで働き尽くめで、父親のキャッシュカードを野口さんが持たされて、3食自分で面倒を見ているような状態だったらしい。
告別式では、逃げた母親が父親を口汚く罵っていたのが印象的だった。
野口さんは日記もつけていない。
貧血である事を除けばどこにでも居る女の子だったので、目撃情報も曖昧なものしかない。
連日ワイドショーで「女子高校生A」と名付けられて報道されるクラスメートを見るのは忍びなかった。
私はあてもなく町を彷徨うようになった。
理由はちゃんとあった。
赤月をふんづかまえるのだ。
どういう事情か知らないけれど、あいつは「ワル」いことが起こると予知した。
だったら、犯人も知っているだろう。
数日後、赤月からまた手紙が届いた。
今度はベリーズとか思い切り遠い住所ではなく、割りと近場だった。
私は殴ってでも吐かせるつもりでそこへ向かった。

そこは都心にもかかわらず廃墟だった。
元はディスコだったようだけれど、見事に廃墟になっていた。
私は形容しがたい、得体の知れない恐怖のようなものを感じていた。
建物の外観は統一性がなく、無茶な増築を繰り返したように見える。
そこから感じる異様なオーラが、私を圧倒していた。

「野口さん・・・」

私は野口さんがお風呂で手首を切った時、どんな気持ちだったのだろうと想像した。
そして、私も左手首を切る。
野口さんと違うのは、私の血は勝手には流さ出さないところだ。
剃刀を丁寧にしまうと、建物の周りを歩いて入れそうなところを探す。
そして、一箇所、ベニヤの薄そうなところを見つけると、周りに人が居ないのを確認して蹴破った。
慎重に中へ入る。
そこは元々小さなスナックのようだった。
その勝手口を破って入ったのだと思う。
全身の毛穴まで神経を尖らせて歩を進める。
そこで、一つ思いついた。

「流れろ。」

手首から血がほとばしり、血溜まりを広げていく。
誰かいれば、この血が教えてくれるだろう。
私は自分がどこまで出来るか分からなかったが、思い切って普段出さないほど大量の血を流してみた。
とりあえず、近くに何か居る気配はないため、出来る限り遠くまで建物の構造を知りたかったのだ。
真っ暗な元スナックでしゃがみこんで血を流す。
私の全身が急ピッチで造血しているのが分かる。

「足りない・・・戻れ。」

血を引き戻しながら、壊した勝手口から表へ出る。
私は一旦、街へ出て必要な装備を買い集める事にした。
「これ下さい。」

私が買ったのは登山用のバックパックだった。
とにかく沢山入るモノを選んだ。
そして、ドラッグストアで2リットルのボトルに入ったスポーツ飲料を買い漁る。

「バイトしててよかった。」

アタックザックと呼ばれるバックパックの中にぎゅんぎゅんに押し込む。
なんとか10本入ったと思う。
一気に20kgが背中にかかる。
歩くだけで脂汗が出るレベルだ。

「忘れてた。」

途中でコンビニによると、スポーツ飲料をもう一本買って、息切れしながら飲み干す。
そして、再び廃屋の勝手口の前にきた。

−流れろ・・・

左手首から血がほとばしる。
私の血は、そうしようと思わない限り、染み込んだり、汚したりしない。
とりあえず元スナックの空間の床、壁、天井に至るまで調べ尽くしたが、何か居る気配はない。
私は、中へ足を踏み入れた。
部屋の床面と壁面、天井を私の血が覆っている。
元スナックの古びたソファに座ると、私はどんどんと血を流し始めた。
左手で血を流す。
空いている右手は、ペットボトルを開けては飲み干す作業で忙しかった。

「見つけた!」

複雑な迷路のような廃屋を理解するためにだいぶ神経を使っているが、廃屋の中心には大きなホールみたいなものがあるらしい。
そこへいたる扉のうち、一つだけ鍵が開いているのを発見したのだ。
私も相手に血を発見されるのは得策ではないので、怪しそうな部屋は中の物音を感じるなどして、万難を排したつもりだが、結局真ん中のホール以外の扉は調べ尽くしてしまった。

「いくか・・・」

血はホールをのぞく全館に張り巡らされている。
私は中央のホールへ続く多くの出入り口のうち、鍵の開いている扉を目指して移動する事にした。
足元にはペットボトルが転がっている。

「あと、5本。」

赤月が一筋縄では行かない相手だという事は分かっていた。


扉の向こうからは光がもれている。
私は扉を蹴り開けると中へ飛び込んだ。
私と同時に多量の血液が流れ込む。

「起て!」

深紅の血から2体の私の分身が現れた。
中に居たのは3人。
赤月と、見覚えのない男性と、あと・・・

「許さん?」

私はバックパックを降ろすと、そこからペットボトルを取り出し、立て続けに二本ラッパ飲みした。

「へぇ・・・スポーツ飲料とは考えたわね。」
「流れろ!起て!」

私の手首から血が滝のように流れる。
分身が3体に増えた。

「赤月、あのお嬢さんは何か勘違いしてないか?」
「いいから黙って戦ってあげなさいよ。やる気よ。」
「仕方ないな。」

男性は東洋人のようだが、アンバランスに切れ長な目に、輪をかけて神経質そうな顔立ちをしている。
ワイシャツのボタンを上から3個ほど外した上から、仕立てのよさそうなジャケットを着ている。
許さんはデニムに白いTシャツというオーソドックスすぎるいでたちだったが、腰に時代遅れのウエストポーチをつけている。
赤月はと言うと、見たことのない深紅のドレスに身を包み、元ディスコホールだったと思われるこの空間の一番偉い人が座るであろう椅子に優雅に座っていた。

「赤い麗人がそう言うんでな・・・やらせてもらおう。」
「なにが『赤い麗人』よ!」

私は4体目の分身を作り終えると、最後のペットボトルを飲み干した。
最後のボトルは私の為の物だ。
元々余っていた血があるので正確にはわからないが2リットルのペットボトルが10本で4体分身を作れるとそう言うことだろうか。
全身の造血細胞が恐ろしい速度で血液を造っているのが分かる。
これが本来の私の在るべき姿なのだろう。

「5対1はさすがに厳しいだろ。」
「問答無用!」

私と4体の分身は、男性に同時に殴りかかった。
あっという間に男性は一体に羽交い絞めにされ、もう一体に脚を抱えられ、身動きが出来なくなったところへ私と残りの二体でタコ殴りにするような状態だ。
最終的には、組み伏せられた男性を全員(?)で踏んづけるといった始末で、あっという間にボロ雑巾のようになっている。

「む・・・無理だろ。」

実際には、私以外の分身は中空のような状態なので体重も軽く、力不足なのだが、そこはうまく地面に足の裏を貼り付けるといった具合で辻褄を合わせているようだ。
これはラクタヴィジャから受け継いだ能力なので、詳細は不明だが、詳細なんぞ分からなくても、優男一人、文字通り血祭りに上げるのは造作もないことだ。
そして、本体である私は、自分で言うのもなんだが、怪力(ラクタヴィジャの力を受け継いだせいだと信じたい)の大女で、見た目こそ細いが能力では男性に引けを取らないどころか、この一年で校長に心技体を鍛え上げられた、いってみれば超人の類だ。

「のえみさん、少し見ない間にずいぶん丈夫になったわね。保健室に通ってた頃がウソのようだわ。私のおかげかしら?」
「おあいにくさま。どちらかと言うと校長先生のほうが良くしてくれました。」

赤月は「そう、良かった。」と言うと真っ赤な扇子で口元を隠して笑った。

「小潔、三宝玉如意、使ってみたくない?」
「え?いいんですか?クラスメートですよ・・・」
「普通のクラスメートは分身作って大の男を袋叩きにしないわよ。言っておくけれど、私の見立てではあなたよりノエミ・ローゼンの方が二枚も三枚も上手(うわて)よ。」

許さんはその言葉に奮起したようだ。

「私のクンフー見せてあげマス。」

私が分身を自分の周りに戻すと、組み伏せられていた男性は転がるようにして赤月のところへ戻っていった。
許さんはウエストポーチから三つの大きなガラス球を取り出した。
そのまま手を離すと地面に落ちるかわりに、許さんの周囲を地面と水平に旋回し始める。
3つのガラス球は正三角形に並び、綺麗な円を描いて、まるで許さんを守っているようだ。

コー・・・

聞こえている音は許さんの呼吸の音。
はじめてみる動き、はじめて相対する許さん、そして、不気味なガラス球。
許さんの回りを4体の分身が距離を保ってゆっくりと回る。
私は、そこから一歩離れたところで許さんの挙動を見守る。

「ハァ!!!」

許さんが動いた。
拳を真っ直ぐに突き出して私をめがけて突進してくる。
分身の一体が受け止めようと踏ん張るが、逆に分身が粉砕された。
ガラス球が分身を突き破り、拳と同時に私に襲い掛かる。
拳は避けたものの腹にガラス球を3発、もろに貰ってしまった。

「うえぇぇぇ」

吐き気がする。

「降参するなら、今のうちデス。」
「誰が・・・!」

私は、いとも容易く分身が粉砕されたのを見て、頭を働かせた。

「集まれ!」

私の血が分身の姿から、元の液体に戻って私のところへ集まる。
当然、粉砕された分身も回収する。

「起て!」

先ほどまでいた4体の分身をあえて2体に減らしてみた。
姿かたちは変わらないが、厚みが違う。
これで、ガラス球が防げないようだったら、もはや玉砕覚悟で突っ込むぐらいしか手段が残っていない。

「流れろ!」

私は血をもう少し流してダンスホールの床を血の海に変えた。

「大丈夫なのデスカ?」
「割りとたくさん流れても平気な性質(たち)なのよ。」

私は再び「コー」という呼吸音を聞きながら、仕掛けるタイミングを計っていた。

「掴め!」

許さんの足首を血溜まりが掴む。

「ええ!?」

足を抜こうと踏ん張っているが、不意を付かれて転倒した。

「貰った!!」
「え!?ちょット!!」

私をめがけてガラス球がとんでくる。
二体の分身が砕け散りながらもガラス球の軌道を反らせた。
残る一個を左手で振り払うと、恐ろしい重さだったが、分身に出来て私にできないわけはない。
左腕ににぶい痛みを感じながらも私は許さんに肉薄した。
許さんの顔面を右拳で振り抜く。
鈍い感触とともに、勝利を確信した。

「赤月!降りてらっしゃい!!」

赤月は愉快そうに微笑むと

「私そう言うの向いてないの。」

と言って、私を赤い檻に閉じ込めた。
「私はね、悪の根源を絶とうと日本に戻ってきたんです。」

私はふてくされていた。
半透明の赤い檻は内側から叩いても殴ってもびくともせず、その中にはもはや体に収納できない分量の血液と、無力な私が閉じ込められていた。

「それを、まるで私が悪いみたいに・・・悲しい事です。」

その後ろに顔を腫らした許さんと男性が座っている。

「こちら許さんは日本−台湾間で合成麻薬の密売ルートが作られつつあると言う情報を掴んでやってきた、いわば正義の味方です。」
「ひどいデス!」
「すいません・・・」
「こっちの大別王(デビョルワン)はその私たちに協力してくれています。」
「・・・気にしなくていいから。」
「す・・・すいません!」

大(デ)さんは全身あざだらけで、服もほとんどちぎれかけているような状態で「気にしなくていいから」と笑った。

「強いよね・・・びっくりした。」
「あの・・・そんなことないです・・・本当にすいません。」

赤月は「ふう」とため息をつくと私に言った。

「友達の仇を取りたい気持ちも分かりますが、あなたのクラスメートが死んだのは事件の末端でしかありません。・・・本来、私は小事に構わないのですが、私の大好きなのえみさんの学校で起きた事件なので、こうして出張ってきたのです。」
「本当・・・申し訳ない。」

私は檻の中で平謝りに謝った。
心技体・・・なんて私にふさわしくない言葉だろう。

「それにしても、許さんは大口叩いていたわりにたいした事なかったですね。」
「すいまセン・・・」

許さんは本当に悔しそうだった。

「デビョルワンはよくぞ素手であそこまで我慢しましたね。・・・Mですか?」
「いや・・・ボクが言うような事じゃないですが、無闇な殺生は好きじゃないんです。とりあえず、小言はそれぐらいにしましょうよ。」

赤月は一通り言いたいことを言って満足したのか、指を鳴らすと私の檻を消してくれた。
そして、自分の椅子に戻る。

「ですが、デビョルワン。この娘に自分の無力さを教えなくてはいけません。もう一度、戦っておあげなさい。」
「ボクですか?」
「そうです。見たでしょう?山ほどペットボトルを背負ってやってきたのを。」
「・・・分かりました。その代わり、『吸い取る方』は使いませんよ。」

赤月は呆れたようにいった。

「当たり前です。そんなことをしたら元も子もないでしょう。」

私はどうやらこの人ともう一度戦わされるようだ。

「え?い・・・嫌です!」

赤月が微笑んだ。

「あなたの『嫌です』は、もう誰かを殴りたくないって意味でしょう?大丈夫です。あなたが何か出来るとは思ってませんから。」

デビョルワンはボロ雑巾のようになったシャツと上着に見切りをつけて脱ぎ捨てた。
鍛え上げられた上半身があらわになる。

「出来るだけ長く立っていて欲しいな。」
「え?え!?た・・・起て!!」

私は再び2体の分身を作り出すと、デさんに相対した。

「ナヌンデビョルワンダ!!クルジョンヘラ!!」

なにやら黒い霧が立ち込めて、床がぶるぶると震え始める。
そして、床が隆起して、人の形を取った。

「何それ・・・」

床だけではなく、椅子やら、壁やら天井やら、何もかもが次々と飴細工のように人の形に変わっていく。
私が作った分身はたった二体だけれど、デさんの呼んだ兵隊たちはあっという間にダンスホールを埋め尽くした。

「遊んであげましょう。」

私は、そのあと埋め尽くす兵士に担ぎ上げられて、ダンスホールでへとへとになるまで胴上げされた。
「あー、おなか減った・・・」

ひどく空腹だった。
血液を造りすぎたのは明白だった。
赤月は意地が悪いし、許さんはなぜかあの場に居るし、大(デ)さんは・・・

「すごいなあの人。」

あれだけ強い力を持っているのに、調子に乗った私にあれだけ殴りまわされて怒りもしなかった。

「本当は私より強いくせに・・・」

空になったバックパックを背負って、駅から自宅へ歩く。

「ただいま。」
「オカエリ。」

おとーさんが迎えてくれた。
店はまだ準備中だ。

「ドウシタ、ソノ荷物?」
「買った。空っぽ。」
「アー、ソウ。」

父は興味なさそうにそう言うと、仕事に戻った。

「なんか食べるものある?」
「ハヤイネ。イイヨ。」

父は揚げたてのシュニッツェル(チキンカツ)とゴハンとサラダを皿に盛ってくれた。
私は、さっそくがっつくと、3回おかわりして自室へ戻り、思う存分眠った。


私は事件の捜査を大さんと赤月に任せると、親に内緒でベリーズへいく事になった。
赤月が私をどうしても連れて行きたいと言い張ったからだ。
赤月は自分の船に乗せてやるから、パスポートも何もいらないと言った。

「それって、犯罪じゃないんですか?」
「ばれなければ大丈夫。」
「あまり長い時間家を空けると、親に怒られます。」
「大丈夫よ、早いから。」

せっかくバックパックを買ったので旅行の準備を中につめる。
そして、出発の朝、赤月は待ち合わせ場所に海ではなく近所の公園を指定した。

「お待たせ。」
「公園のボートですよね。それ。」
「そうね、そうとも言うわね。」

赤月は公園のボートを自分で漕いで現れた。

「お乗りなさいよ。」
「・・・」

私は無言で乗り込むと、赤月にオールを渡された。

「漕いでくださいません?」
「まあ、いいですけど。」

小柄で細腕の赤月に比べれば、私のほうが何倍も早く漕げるだろう。
しかし、それが海外までとなると話は別だ。

「何を考えてるんですか?」
「あら?言わなかった?ベリーズに行くのよ。」

私は口を開くのが嫌で黙っていた。

「向こう岸までお願いできる?」
「・・・」

無言で対岸までボートを漕ぎつづける。

「あれ?」

そこは私の知ってる公園ではなかった。
砂浜には木製の粗末な桟橋が作られ、ボートをそこへ寄せると赤月はロープでボートを縛り付けた。

「いきましょうか・・・」
「は、はあ・・・」

わたしはバックパックを抱えてボートから桟橋へ跳び移ると、改めてこの場所を見回した。

「つ・・・月が三つある。」
「白い月は調和の象徴、黒い月は混沌の象徴、私の名前の由来にもなっている赤い月は調和の象徴よ。」
「いえ・・・そう言うことではなくて・・・」

赤月はすたすたと歩いていく、向かう先には大きな屋敷が建っている。

「あそこが私の家です。お招きできて嬉しいわ。・・・寄っていくでしょう?」
「え!?は、はい。寄らせて頂きます!」

私は草原の中にぽつんと立っている大きな屋敷を見上げた。
庭もない。

「帰ったわよ。」
「お帰りなさいませご主人様。」
「今日は言っておいた通り、お客様がいます。」
「ようこそお越しくださいました。侍女長のブリュンヒルデと申します。よろしければお荷物預からせていただきます。」

お荷物・・・私は背中のバックパックの事だと気づいた。

「い・・・いえ、結構です!」

赤月は振り返って言った。

「侍女たちがあなたの着替えを用意して待っています。」
「着替え?」

私がそう言うと

「その格好ではとてもじゃないけどこれから行くところには耐えられません。」

と言って、私を残して行ってしまった。
「まずは、こちらから着て頂いていいですか?」

それはビキニの水着だった。

「え・・・マジデスカ?」
「はい、マジです。」

私は3人ほどのメイドに取り囲まれている。
彼女たちは私が着替えている間出て行くとか、そういうことは考えていないらしい。
元々、赤みがかった顔をさらに赤くしながら、私は慣れない白いビキニの水着を着た。

「次はこちらをお願いします。」
「は・・・はい!」

なんて事はない、上から服を着るのだと分かる。
渡されたのはデニムのハーフパンツだった。
上は長袖のシャツだった。
ビキニを着ていることをのぞけばなんてことはない普通の服装だ。

「こちらはお洗濯してよろしいですか?」
「い・・・いえ!そのままバッグに入れておいてください!」

私が着てきたワンピースの事だった。
そのあと、長い靴下とごつそうなトレッキングシューズを履かされた。
最後にキャップを渡される。

「どこに行くんですか?」
「ベリーズだと伺っています。」

私は釈然としないまま、侍女の促すままに部屋を出た。
部屋の外には、私よりももっと重装備の女性が二人立っていた。

「私はアルヴィトと申します。こちらはヘルヴォル。」
「よろしくお願いします。」

二人は見るからに探検隊と言った風体だった。

「よ、よろしくお願いします。」
「出発前にお食事が用意されています。」

私は導かれるがままに食堂へ向かった。
食事は不味かった。
塩味ばかりがきつい、臭みのある串焼き肉に、固いパンと、何かの果汁のジュースだった。
大きなテーブルを赤月と挟んで食事する。
侍女が一人給仕についてくれるが、とにかく肉が硬くてそれどころではない。
いい加減アゴが疲れてきた。
赤月のスッキリしたアゴのラインは案外これが原因かもしれないと思ったぐらいだ。
食事が終わると私、アルヴィト、ヘルヴォル、赤月の四人で館を出た。
赤月もやはり服を着替えている。
全体的なデザインは探検家風だったが、何から何まで赤かった。
私はバックパックを置いて来た。
下に水着を着ているということは、バッグと中身が水浸しになるかもしれないと言う事だ。
4人で桟橋へ行き、ボートに乗る。
二人のりのボートに強引に4人乗るのはあまり褒められた事じゃないけれど、誰一人として体重が重そうな人間がいなかったので、すんなり安定した。
ヘルヴォルがオールを握る。
器用にボートを漕ぎ出すと、海の色はどんどん鮮やかになっていった。

「海の色も、砂の色も違うんだ・・・」

いつしか景色はまっ青な浜辺だった。

「ついたわ。ベリーズよ。」

赤月がボートが止まるのを待たずに、ボートから浅瀬へ飛び降りた。
私はボートが止まるのを待ったが、桟橋らしきものが見当たらない。
結局、靴が濡れるのを覚悟でボートから飛び降りた。
後ろを振り返ると真っ青な空と真っ青な海が水平線で合わさっている。
そして、陸地の方を見ると、珊瑚礁とマングローブが交わっていた。
赤月はスプレーのボトルを取り出して肌に吹き付けている。

「虫除けよ。大して効かないかもしれないけど。」

そう言って私にも投げてよこした。
私も肌の見えているところにすり込む。
帽子を被り直すと予想通り、目の前にうっそうと茂る亜熱帯のジャングルを踏破するつもりらしい。

「自分のみは自分で守ってくださいね。ワニが出ます。」

私は「あー、そう」と答えるとさっそく剃刀を取り出した。

「あ、赤月様。」

アルヴィトが赤月に声をかける。

「ああ、そうそう。アルヴィト、あれあげて。」

アルヴィトは懐から細長いケースを出すと、その中から極太の注射針を取り出した。

「使ってください。剃刀だと腱を傷つけるかもしれません。」
「ああ、ありがとう。」

私は針を手首に刺すと、ひとまず分身一人がギリギリ作れる量の血を流した。

「珍しいでしょう。」

アルヴィトもヘルヴォルもその様子を驚いた顔で見ている。

「普通、あんなに一気に抜いたら死にますよね・・・」
「しかも、あの血を自在に操るんですよ、ノエミは。」

私は海水と血が混じりあわない事を確かめた。
私の生きた血は滲まない。

「あ、いた。」
「何がいたのですか?」

私は海中に血を漂わせて、何かいないか探ったところ、すぐさま何か見つけて、捕まえた。

「なんかちっちゃいのが・・・えい!」

海中から血の網を引き上げると、それは小さなカニだった。

「警戒するべきはカニじゃなくてワニです。」

赤月は面白くなさそうにそう言うと、密林へ向かって歩き出した。
ジャングルなんて歩くものじゃない。
歩きながら次から次へ怖い話をするアルヴィトのような人間がいればなおさらだ。

「淡水エイの次は吸血ナマズのカンディルが怖いですね。」

カンディルは動物の穴と言う穴から体内に潜り込み肉を食べ、血を吸う獰猛な魚だそうだ。

「そんなこと聞いたら、水に入れなくなっちゃうじゃないですか!」

アルヴィトはきょとんとした顔をしている。

「そのために、ビキニの水着着てますよね?ちゃんとしっかりしめてます?」

ここで一旦、トレッキングは中断になった。
私は、ズボンをずらしてアルヴィトにビキニのしめ具合を見てもらう。

「ちょっとゆるいですね。こうすると、オシリの穴が見えちゃいます。意味がありません。」
「・・・あの・・・あんまり詳しく解説しないで下さい・・・」

私は一歩間違うと拷問じゃないかと言うほど、紐をきつく締められ、完全にビキニが食い込んだ状態で、やっとOKが貰えた。

「これなら、大丈夫です。」
「・・・」

私はなんだか、大切な何かを奪われた気分になり、真っ赤になりながらズボンを引き上げ、再び歩き始めた。
こんなに強烈に下着を感じながら歩くのは初めてで、ジャングルの中で何でこんな思いをしなければいけないのかと自問自答していた。

「川を渡るわよ。」
「カンディル・・・いるんですよね?」

赤月は私の顔をまじまじと見つめて言った。

「多分いないと思う。いるのはアマゾンね。でも、危険はないわけじゃないわ。万が一の用心よ。」

私は万が一の用心のためにあんな恥ずかしい思いをしたのかと言いたかったが、万が一でもあんなところやそんなところにナマズが飛び込んでくるのは嫌だった。

「あ、いた。」

渡河の前に川の中に血の網を張り巡らして、危険な生き物はいないか探ると、結構なデカさの生き物がいた。

「イルカかジュゴンでしょ。いくわよ。」

赤月は手早く衣服を脱ぐと持ってきたビニルのケースに入れて、川に飛び込んだ。

「あなたたちも早くいらっ・・・ってビンゴ!!」

ワニだった。
ワニに一時撤退して頂いて川を渡りきると、再び服を着てジャングルを突き進む。

「このあたりは、陸地だけど淡水じゃないの。」
「そうなんですか?」

赤月は頷いた。

「広義的にはラグーンって呼ばれる塩水が内陸まで入り込んでいる地形よ。だから、植物が普通の陸地とは違うのよ。さっきからだいぶ内陸へ入ってきているけど、このジャングルは全部マングローブよ。」

どうりで歩きにくいわけだ。
ジャングルは立体的で、歩きにくい。
だいぶん進んだ気がするけれど、下手をするとまだ海から1kmも入っていないのではないかと思う。

「もっといい場所なかったんですか?楽な道とか・・・」
「見つけるだけで精一杯だったのよ。私がそのためにどれだけ歩き回ったか・・・これよ!」

それは3階建ての家ほどもある不恰好な木だった。

「ユムカアシュの残存意志を手繰って辿り着いたの。『アメリカヒルギ』『マンゲ・ヴェルメーリョ』『リゾフォラ・マングル』『レッドマングローブ』・・・呼び名はどれでもいいわ。大切なのはこの木が『種の赤木』でのちに『出血の木』と呼ばれた木だってことよ。」
「『出血の木』・・・」

私はゴツゴツしたその表面を触ってみた。

「そう、太古の昔、生贄として心臓を差し出すのを拒んだイシュキックが、この木の樹液から自分の心臓を作り出したのよ。」

うっすらと汗をかいて、赤月は私にとつとつと語り始めた。

「世界中にこの木はたくさんあるの。でも、契約が出来そうなのはこの一本だけ。しかも、この木はイシュキックの為に樹液を流した祖先がいることを覚えているそうよ。そして、誇りに思っているって。」
「話が見えないんですけど・・・」

赤月は苛立ち始めた。

「あなたにラクタヴィジャが力を貸したように、この木があなたに力を貸してくれるかも知れないってことよ。」
「・・・力を?」

私は少し理解できた。
赤月は私をより強力にしたいのだ。
しかし、違う疑問が頭をもたげた。

「強くなる事は大切なんでしょうか?」

赤月はきっぱりと言った。

「大切よ。」
「でも、多くの人はそれが大切だと分かって後悔する頃に人生を終えるわ。」
「それが私である必要が分かりません。」

赤月は目を閉じて深呼吸した。
何か言葉を探っているように見えた。

「・・・アルヴィト、黙っていてね。私が話すの。」

アルヴィトは黙って頷いた。

「あなただけじゃない。特別な人間はたくさんいる。でも、多くの人はそれをもてあましたり欠点だと思って『普通』の生き方を探し求めて苦しむのよ。人は自分について知り、必要な知識を学び、必要な助けを受けて成長して力を手にするの。そして、未来を切り拓くのよ。」
「私がですか?」

赤月は優しい声で哀しそうに言った。

「あなたもその一人。本当は全ての人間がそうあるべきだけど、世界の均衡は崩れてしまった。平等な世の中はありえないし、全ての人が幸福を得る事は出来ないけど、全ての人が幸福を手に入れるために力を尽くせる世界である為には、世界に『調和』と『均衡』が必要なの。」

二人の私がその話を聞いていた。
一人の私は赤月の言葉を理解している。
もう一人の私は赤月の言葉のスケールに戸惑っている。
私は一度、目を閉じてみる。
すると、単純な質問が心に浮かんだ。

「全ての人間が幸福には・・・」
「なれないわ。まだ、その時期じゃないと言ってもいい。太古の昔、無限に広がる可能性の過去の中で、いくつもの神話や伝承がそれに挑戦したけれど、結局、現在に収束してしまった。私たちは知性体としての人間の時代を築く為に多くの亜神や汎神を封印して、古代や別の宇宙の文明と隔絶したの。それによって人類は自らの手で進歩を遂げたわ。封建主義を作って、またその封建制度を打ち滅ぼし、歴史と言う名の経験を積み、金融制度を発達させ、大量の食糧を流通させて・・・でも、『ひずみ』が現れた。」
「どんな『ひずみ』が?」
「今、地球上にはあなたの思いもよらないほど強力な人間が何人もひしめいているの。デビョルワンだってそう。でも、あのデビョルワンを打ち負かした人間だっているわ。」
「大さんを!!」

赤月は思慮深く頷いた。

「そう、彼らが暴走をはじめたら、文明の力では止める事は出来ない。そして、あなたがそうだったように自分の力に怯えて暮らしている人だってたくさんいるわ。」

怯えていたわけではないが、赤月と出会う前の私を思い出してみた。
あんな思いは二度としたくない。

「私が力を手に入れれば、世界はどうなりますか?」

赤月は俯きがちに言った。

「ほんの・・・ほんの少しだけ変わるかもしれない・・・あなたの力は特別だけど・・・とても弱いの。でも、私やデビョルワンには助けが要るわ。ごめんなさい、本当なの。あなたは力を手に入れたとしてもとても弱い。それほどまでに彼らは強力なの。」

私は決心した。
「この木は私の声を聞いていますか?」
「分からない。この気について聞いた話も、別のところから聞いた話で、本当かどうか分からないの。でも、あなたに力を貸してくれるとしたら、もうこの木しかないのよ。」

私は写真とお金を送りつけた時、赤月が何を考えていたのか推測してみた。
赤月自身もどうしていいか分からなかったんだろう。

「聞こえる?私、ノエルっていうの。力を貸して。とても強い力を貸して。出来るだけ大きな力を貸して!!」

タコの足のように湿地に根をおろすマングローブの老木へ歩み寄る。
根を這い上がり、木の幹にしがみついた。
根には一点、テーブル上になっているところがあって、そこならしがみつかないでも立っていられる。

「聞こえてるの?ねえ!力を貸して欲しいの!昔、誰かの心臓を作ったんでしょ!?」

巨木の幹に向かって呼びかける。
すると一箇所、幹に切り傷があるように見えた。
そして、切り傷は広がっていく気がする。
樹皮の割れ目なのか、傷なのか分かりづらい。
そもそも老木の表面はがさがさしていて、よく分からない。
それでも私は胸騒ぎのようなものを感じた。

「・・・ねぇ、下がって。」

私はそう呟くと、赤月と二人の侍女を下がらせようとした。

「急いで!」

赤月は心配そうに私を見る。

「私はいいから!!赤月!!下がって!!」

次の瞬間、私は全身に焼け付くような痛みを感じていた。

「やっぱり、聞こえてたのね・・・私の名前はノエミ・ローゼン・・・」

樹木全体の傷から、深紅の樹液が棘のように鋭く飛び出したのだ。
私は至近距離でそれを食らってしまった。
私の胴体を若い根が貫いているのも分かる。

「のえみ!!いやああああああああ!!!」

薄れゆく意識の中で赤月が絶叫する声が聞こえる。

−高望みだったかも・・・全ては叶わぬ夢・・・夢・・・私の夢・・・
乱暴ですまない。人間よ。

大丈夫。やっと会えたわね。

我は力を貸せぬと思うたが、おまえの望みは大きかった。

無理を言ってごめんなさい。

我は亜神溢れる時代にも殆んどあがめられずに過ごした。

そうだったの?

そうだ・・・小さな血のイシュキックは通りすがりに助けを請われてだけで、我をあがめる事はしなかった。そう先祖にきいている。

・・・あがめられたかった?

それは違う。我は樹木であり、それ以上ではない。不満はない・・・しかし、その為に力をふるったことがない。どうすれば、力を貸せるか分からない。だから、おまえを招いた。

ここは?

人間の古の言い方で言うところの植物界、そこでおまえに力を貸してくれる眷属を募っておる。

どういうこと?

おまえを助ける仲間を捜しておるのだ。

よく見えないわ・・・姿を見せて。

この世界は形而上の世界であり具現できぬが努力しよう・・・


私の目の前に『種の赤木』が姿をあらわした。

「これでだいぶ、分かりやすいわ。」
「・・・すまない。もう少し待ってくれ。」

真っ暗な闇の中に佇む『種の赤木』。
風に吹かれるかのように枝葉を揺らしながら唸る。

「聴け、血を操るヒトが力を欲して我を訪ねた。よって我は呼びかける。『血の木』の眷属を興し、その者を助けようぞ・・・その者を見て恐れるものは我ら眷属を恐れ、その者の成す名声は我らが眷属の名声となる。門を越え、赤き果実、赤き樹液を滴らせる全ての植物と、その同属よ・・・我こそは『血の木の眷属』であると自負する同胞よ集え!」

深い深い闇の中にその声は吸い込まれていった。

「お願いします!!」

思わず私も叫ぶ。
するとマングローブの古木の周りに多くの植物が集まり始めた。

「血を操る女よ、古の果実『ザクロ』は汝の呼びかけに答えよう。」
「ならばハンノキは血の木の眷属であるぞ。」
「赤きヒルギがそうであるならば、ヒルギは全て血の木の眷属である。力を貸そう。」
「シェヂュは真に血の木の眷属であるぞ。」
「モッコクは今日より血の木の眷属である。」
「門は違えどグァバは赤き実を結ぶ。寄せ手に加わろう。」
「ソコトラの竜血樹こそ、まさにその旗にふさわしい。」
「足並み揃わずともユーカリではイエローブラッドウッドとアイアンバークが血の木の眷属であるぞ。」

他にも幾らかの草木が名乗りをあげた。
そして、もう集まらなくなったかと思ったところへ静かな声が響いた。

「イシュキック?」

私はちらりと聞いた名前だと思った。

「違います。私の名前はノエミ・ローゼンといいます。力が欲しいんです。」

その木は白い樹皮の高木(こうぼく)だった。

「ならばサングレデグラードを使うが良い。」

そして、植物界に『血の木の眷属』が作られた。
私はマングローブの赤い樹液の刃に全身を貫かれていた。
体中が焼けるようにいたい。
声を出そうにも、喉を貫かれていて声が出ない。
全身から血が流れる。
私は血が溢れるに任せた。

−血の眷属・・・力を貸してもらうわよ!

全身に穿たれた孔から噴水のように真っ赤な液体が噴き出す。
そして、私とマングローブの古木を水没させる。

「何!?なんなのよ!!」

赤月達には、マングローブの巨木を中心にした真紅の塔が作られる様子が見えているだろう。
見えないガラスの筒に、なみなみとワインを注ぐように、マングローブと私は完全に真紅の液体の中に没した。
その中で私は私の体に刺さった全ての棘と根から開放される。

「おまえの役に立てたか?」
「最高よ。お礼を言うわ。」

マングローブの老木は満足したように押し黙った。
赤い血は高さ14mにもなろうかというマングローブの老木をすっかり包んでいた。
その中を上へ上へと泳ぐ。
その液面に浮かび、ベリーズの海岸を一望する。

「ノエミ!大丈夫なの!?」

下のほうから赤月の声が聞こえる。
私は、急ごしらえの高層建築物を泳ぐようにして降りた。

「大丈夫よ。」

私は全身の穴がふさがっている事を確認して言った。

「ねえ、何なの、これは?」
「正真正銘、私の血です。」

血の眷属が私の為に造り、私の体から出た私の血潮だ。

「こんな量が人間の体から出るわけないでしょう・・・?」
「いけませんか?」

私は「ふふ」と微笑んだ。
後ろで二人の侍女が驚きのあまり黙りこくっている。
私はこの量をジャングルに流すと流石に環境を破壊すると思ったので、回収させる事にした。

「吸い込め。」

私の左手首に恐ろしい勢いで血が吸い込まれていく。
小さなビルほどの体積があっという間に消えうせた。

「これは血の眷属が私のためにかき集めた私の血です。どれくらい出せるのか見てみましょうか。」

そして再び左手首から血の噴水を発射する。

「すごい、秒間数トンとか言うレベルです・・・」

アルヴィトが両手で口を覆っている。
きっとこれでも、私より強い奴は幾らでもいるのだろう。

「・・・でも、退かない!」

新しい力を手に入れた。
やれるところまでやってみようと思う。
公園のボート小屋へ戻ってきた。
驚いた事に日本では数分しか経っていなかったようだ。

「おかしくないですか?」
「おかしくないわよ。だって、日本を昼に出て、昼間のベリーズに出るのがそもそもおかしいでしょ?」
「よく分からないです。」
「時差よ。」

私はそう言われてやっと時差がなかったことに気づいた。

「館に立ち寄った時点で、少しだけ時間をいじってあるのよ。」

私は赤月との別れ際、気になっていたことを聞いた。

「野口さんは、何か特別な力を持っていたんですか?」

赤月は少し考えると答えた。

「可能性はあったわ。でも、もうその可能性を追求する事は出来ないでしょ。」
「じゃあ、野口さんをかわいそうだと思いますか?たくさん色んなことを見てきたんですよね?」
「野口さんより辛い思いをしている人や、してきた人はいるわ。でも、一番辛い人を見て、野口さんをかわいそうじゃないって自分に言い聞かせるのは違うと思う。悲しみは比べても仕方がない。ただ、平行して多くの悲しみがあることを受け入れる事が大切だと思うの。」

私は赤月から感じる見えない冷徹さのような物の根源はそこかなと思った。

「じゃあ、赤月。あなたは、全ての悲しみを受け入れているんですか?」
「よく聞きなさい。私が受け入れているのは、そこに『悲しみがあること』であって『悲しみ』じゃないわ。私は全ての苦しみや悲しみが悪い物だとは言わないけど、悲しみや苦しみには抗うわよ。徹底的にね。そのために調和の守護者になったの。」

その表情は深い深い何か得体の知れない業のような物を感じさせる。

「えっと・・・」
「何?」

赤月は「まだ何か言いたいのか」という顔で私を見た。

「・・・うまく言葉にならないからいいです。」
「そう、じゃあね。その力、いつか借りる日がくるわ。当面は野口さんの腱を調べるしかないけど。」

赤月はそう言って、背を向けて帰ろうとした。

「赤月!」
「だから何よ?」

私は言いたかった事をやっと思いついた。
去りゆく赤月の背中に大声で浴びせる。

「ありがとう!またね!」
あとがき

トピックに投稿すると誤字をあとから訂正できない欠点があります。ところどころ漢字に謝りがありますがご容赦ください。

今さらですが「俺と伝説のニーランチャー」という話のコミュニティーを作っているのですが、少し前から、そこに登録している読者の嗜好を調べはじめました。何でそんなことをするかというと、やっぱり感情移入できるキャラクターがそこにいたほうが、読み手が楽しいだろうと考えたからです。「俺と伝説のニーランチャー」の志村牧人がすでに「感情移入できる超存在」というスタンスで書かれています。新たな登場人物を用意する段階で、そこを意識して工夫する事で、今までなかったキャラクター作りや人間性をかけるんじゃないかと。また、それを魅力的に万人に提供する事は出来なくとも、一部の読者には受け入れてもらえるのでないかという狙いもありました。

そこでコミュニティーの参加者の、別の参加コミュをちらちらと見ていたら「瀉血(しゃけつ)」というコミュニティーに入っている方がいました。リストカットや自傷行為と切っても切り離せない行為なわけですが、全否定は出来ないまでも危険な行為なわけで、でも、それをする人たちはいるわけで、だったらその中に一人ぐらいそれを武器にする奴がいてもおかしくないと考えてロエミ・ローゼンが生まれました。格闘ゲームの世界では「ヴァンパイアセイヴァー」のデュダや「ギルティギア」のアバなど、出血や自傷をギミックにしたキャラクターがいるのですが、文章の形でもっと別の側面から見ていけば、もっと違う物が出せると考えて設定作りに踏み切りました。

最初は中年のおっさんにしようかとも思ったのですが、そうなるとそもそもの「リストカッター」世代と大きく乖離してしまい、誰一人感情移入できない状態になってしまうなと思い直し、一番手首を切りがちな「少女」をベースにあーでもない、こーでもないと設定を組み上げます。そして、この複雑なキャラクターを、自分の中で固める為には、一度書いてしまおうと考えていたところへ、このコミュニティーのリンクが貼られていたので「じゃあ、ここでやろう」と。割と自然な流れでした。
ひまだからダラダラとあとがき的な・・・

なんとなくご存知の通り、キャラクターを作ったり、設定を考える作業が好きです。隠すつもりもないんですが、邪気眼に代表されるような投げっぱなし感の強い設定は苦手で、実は「ハンター×ハンター」や「ジョジョ(ry」も、設定の組み上げ方としてはどうかなと思う部分があります。受け入れられている作品を叩いても仕方がないし、作品として嫌いではないので、このへんにしておきますが、僕の中で設定は「見る人の知らない設定を10倍は作る」的なポリシーがあって、何かとんでもないキャラクターを作って文書を書いていると、最初充分なだけ用意したと思う設定があっという間に枯渇したりします。設定が出尽くしてしまうと、途端にキャラクターの持っている深みや、人間らしさのような物が消えてしまうので、やっぱり影でこそこそ作っておくしかないなと。

大体、一人のキャラクターについて一週間はかけないと、なんだか薄くなります。また、その場のノリや思いつきで出すキャラクターは、必ずモデルがいて、自分で設定しなくてはいけない部分が軽減されています。「単に病んでる」とは話がズレますが、実はずっと前に三国志をモチーフにした話を書きたいなと思っていて、その名も「さすらいのベンキマン」というタイトルにしようと思っていたんですが、三国志に詳しくないのと、黄巾党の乱から、関雲長の千里行まで、話が長すぎて、結局、断念しました。それで「さすらいのベンキマン」こと卞喜が「俺と伝説のニーランチャー」に登場してくるわけですが、卞喜は他で断念しているだけに、かなりキャラが固まっています。ノエミ・ローゼンがキャラクター作りの構想から2ヶ月近くかかったのに対して、卞喜は暖めた期間も合わせて1年半ぐらい。ですが、もともと外宇宙の辺境惑星の調査員から構想が始まって、最終的に日本の高校生「志村牧人」になるのに2年かかった事を考えると、それもたいしたことではないかもしれません。

邪気眼という言葉が出来たのは、恐らく僕が大人になってからですが、もし、僕の時代にその言葉があれば、僕も立派な邪気眼使いだったことは想像に難くないので、邪気眼も30代まで抱えているとこんな風になっちゃうよ・・・的な見方をして頂いてもいいかもしれません。

ちなみに、僕は口から怪音波が出ます。
ウソじゃないです。
本当です。
マジで。
本当!
すげー、すごすぎる。
小説家とか漫画家とか原作家とか目指さないんですか?
>>50
どうですかね。
話があればやりますが、今の仕事結構気に入ってるんですよ。
僕にとって、こと文章を書くことについてはプロであるかアマチュアであるかって重要じゃないです。
ただ、インターネットって言う媒体で、いかに書いたものの露出を増やすかって言うのは興味あります。
趣味って言っちゃうと失礼かもしれないけど、それでもかまわないってことですかね。
趣味と仕事は違いますしね。
>>52
まさにそれ。
って言うか、「俺と伝説のニーランチャー」を今まさに書き終えた。
>>まるこすさん

基本的にここです

「俺と伝説のニーランチャー」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3641323

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