2007年10月、英国の、一般向けに科学についての理解を広める活動をしている民間団体Sense about Scienceが、「駆け出し研究者が科学を支持するためのガイド」という小冊子を発行しました。この小冊子は、各分野の若い研究者が、自分が疑問をもった商品について、販売業者に問い合わせた経験談を集めたものです。 例えば「我が社の食品に化学物質は使っていません」と宣伝している店に「すべての食品は化学物質からできている」と指摘して「化学物質というのは農薬のことで、我が社の製品は有機食品だから化学物質は使っていない」という返事をもらっています。そしてさらに「有機野菜でも使える農薬はありますけど?」と尋ねると答えられなかったことなどを紹介しています(店の名前も問い合わせた人も実名)。
米国からは、民間団体である米国科学衛生審議会(ACSH)の設立者、Elizabeth M. Whelan代表の執筆した記事「なぜ、科学者は科学が歪められている時に声をあげないのか?」を紹介しましょう。この記事は、Whelan博士がCNNの取材に応じて「血中にごく微量の化学物質が検出されたからといって必ずしも健康リスクがあることを意味しない」というごく当たり前の主張をしたところ、視聴者から中傷の電話やメールを多数受け取ったという内容です。この記事には読者がコメントできるのですがそこでも批判は続いています。 CNNのサイトに掲載された記事というのは、「子どもの体に高濃度の化学物質があることがわかった」というタイトルで、このサイト、Tests Reveal High Chemical Levels in Kids’ Bodiesに掲載されています。ある夫婦が、2人の子どもの体内にある化学物質を測定するという新しい研究に参加し、当初最先端の研究に参加しているのだとわくわくしていたのだけれど、両親より子どもたちのほうが難燃剤や可塑剤の濃度が高いことを知ってショックを受けた、というストーリーです。
食品と飼料に関する緊急警報システム
EUでは食品や飼料の健康リスク関連情報を各国が共有するためのネットワーク、Rapid Alert System for Food and Feed (RASFF: http://ec.europa.eu/food/food/rapidalert/index_en.htm )があります。このシステムにより、市場に出回っているもので、消費者にリスクがあると判断されてリコール/回収が行われているものはアラート情報として通知されます。輸入時の検疫などで分かったため、市場に出回っていないなどの理由で特に緊急対応の必要がない製品については、インフォメーションとして通知されます。毎週多くの情報が掲載されますが、残留農薬が原因で回収されるものはそう多くはありません。
以上を踏まえた上で、この研究の背景について少し説明したいと思います。食用色素や保存料などの食品添加物が子どもの行動に悪影響があるのではないかという説を一般に広めたのはBenjamin Feingold博士(1900年生まれ、82年死亡)です。彼は75年に出版した本「なぜあなたの子どもは多動なのか(Why Your Child Is Hyperactive)」で、合成香料や着色料を食事から除くことで多動の子どもの30%から50%が治療できると主張しています。これはファインゴールドダイエットと呼ばれ、多くの人が実践したとされます。
もともとFeingold博士は天然の食品にも含まれるサリチル酸塩を問題にしていて、その関連で野菜や果物以外に解熱剤のアスピリン(体内でサリチル酸に代謝される)やフェノール性水酸基を持つ抗酸化剤であるBHA、BHT、TBHQなどを避けることを推奨していました。安息香酸はサリチル酸から水酸基(OH)がとれた構造のものです。実際にサリチル酸塩不耐の人がいることは知られていて、キュウリやトマト、モモなどに反応してアレルギー症状を起こすことがあります。その概念がいろいろな改変を経て、「合成添加物」により多動になる、日本の現代風に言えば「合成添加物で子どもがキレる」という風に変形して流布されているようです。今でも米国にはファインゴールド協会という団体がファインゴールドダイエットを推進しています。ただし、ADHDの治療法としては認められていません。
そして今回の研究を行ったのはUniversity of SouthamptonのJim Stevenson心理学教授らのグループです(http://www.psychology.soton.ac.uk/people/ShowProfile.php?username=jsteven&source=acres)。彼らは発達心理学や児童心理学の専門家で、これまでの論文リストを見てみると、虐待経験や未熟児で生まれたこと、母親との関係、喘息やアトピー、遺伝的要因などあらゆる子どもの発育に影響しそうな要因を対象に研究しているようです。食品関係については04年の食用色素と多動に関する論文が最初のもので今回評価対象になった07年のものが2報目です。
この04年の報告(ワイト島研究、B Bateman et al., Archives of Disease in Childhood 2004;89:506-511 The effects of a double blind, placebo controlled, artificial food colourings and benzoate preservative challenge on hyperactivity in a general population sample of preschool children)が今回の実験のもとになったものですのでそれについて少し説明します。
またカナダでは08年4月18日に政府がビスフェノールAの評価の概要とその規制案(April 18, 2008、Government of Canada Takes Action on Another Chemical of Concern: Bisphenol A)について同時に発表しました(その概要)
オランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)が2006年に「我々の食品、我々の健康:オランダにおける健康的な食事と安全な食品 Our Food, Our Health: Healthy diet and safe food in The Netherlands」という報告書を発表しています。364ページの全文はここからダウンロードできます。
この報告書では食品由来の疾患負荷の指標として障害調整余命年数 (Disability Adjusted Life Years、DALYs )というものを使用しています。これは疾病や障害による時間の損失を単位として、早い死や身体障害について、年齢による損失の重み付けや標準平均余命を考慮して計算される数値で、1 DALYは完全に健康な一年の寿命損失を意味します。DALYsはYLL(Years of Life Lost;早世による生命損失年数)とYLD(Years Lived with Disability;障害を抱えて生きる年数)の和です。
カナダではビタミン類やハーブやサプリメントなどはナチュラルヘルス製品(natural health products)と分類され、販売前の登録制が採用されており、製品には登録番号が記載され副作用報告の義務づけなどが行われ、比較的厳しく規制されています。それでも未承認製品や品質の悪い商品が市場に出回るなど、安全性が確保できないためさらなる規制強化を検討しています。
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コクラン共同計画のほかには米国の医療研究・品質調査機構(Agency for Healthcare Research and Quality:AHRQ)が根拠に基づいた実践(Evidence-based Practice:EBP)という事業で系統的レビューを行っています。
いずれも医療が最良の科学的根拠に基づいて行われるための努力ですが、これらのもとになる臨床研究についてもさらなる改善の努力が行われています。その1つが臨床試験の事前登録制です。2004年に、The Lancet、Journal of American Medical Association (JAMA)などが加盟する医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editors: ICMJE)とBritish Medical Journal(BMJ)が、臨床試験論文を雑誌に掲載するには、その試験が特定条件を満たした登録機関に事前に登録されていることを要求すると発表しました。臨床試験を開始する前にこういう試験をします、と発表することを義務化することで出版バイアスを防止しようというものです。
これまで化学物質の毒性については、量が問題という話を何度も聞いたことがあると思います。ところが発がん性だけは、特に遺伝子に傷をつけることにより発がん性を示すと考えられる物質について、定量的評価はあまりしてきませんでした。遺伝子の傷については無影響量が想定できないということから、リスクをゼロにするには暴露をゼロにすることしかないとされ、どこまで減らせば安全か、といった定量的検討をすることなく、「合理的に達成可能な限り低く」というALARA(as low as reasonably achievable)の原則が採用されてきたからです。
ヒトの所要量は1日150μg程度とされています。ヨウ素が不足しているかどうかを判断するには尿中ヨウ素濃度を測定するのが一般的です。WHOの世界のヨウ素欠乏状態に関する報告書(Iodine status worldwide WHO Global Database on Iodine Defi ciency、2004年)によれば、尿中ヨウ素濃度が100 μg/L以下を欠乏と判断しています50 μg/L以下は重度の欠乏とされます。適切と判断されるのは100-199μg/Lで、200-299μg/Lは超過、>300 μg/Lは有害影響が出る可能性があるとされます。ここで細かい数値を紹介したのは、適切と考えられている摂取量の範囲が狭いことを知って頂きたいからです。