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自作スピーカーの会コミュの私が初心者だったころ

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 誰だって初めは初心者だった。その時の体験を出してみたらどんなのがあるでしょう?

*自作を始めた動機
*失敗談
*初号器はどんなタイプ?
*参考にしたもの

・・・などなど、何が出てくるか?

コメント(27)

*自作を始めた動機 :お金がなかった(今でもないが…あれば、100万でクリプシュを買う)。
*失敗談 :555を入手したので、中音から手をつけた(まずは低音をしっかりさせるべき)。
 評論家につられて、強力マグネットに走った(耳は大口径ウーハーを求めていた)。
 今からの反省:他人の話は参考程度にして、自分の耳を信じて進むべき。
*初号器はどんなタイプ? :6V6PP+コーラル8L-1、H-1。
*参考にしたもの :ラジオ技術、無線と実験(しかなかった)。
> ふたつのくにさん

なんで喧嘩ごしなんすか?
*自作を始めた動機
知識に勝るものは無しという事でw
もちろん勝りませんw

*失敗談
ドライバーでコーン貫通w

*初号器はどんなタイプ?
20cm長岡式バックロード

*参考にしたもの
何だっけなぁ、フォスのマニュアルだっけか?
 何だかずいぶん番号が飛んでますが・・・全部ふたつのくにさんが書いては消しとは思えないけど、他の方に迷惑がかからないんだったら別に書いてくれて私は構わないですよ。

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 さて、

 私の場合動機は何だったっけ?自作じゃないけど、最初にやったのは父が当時買ったOTTOってブランドのスピーカーの箱をあけて、中の貧弱さに驚き取りあえず八王子にあったDIYショップで買ってきたユニットに交換したのを覚えてます。大学に入ってたから20くらいか。

 当時はスピーカーの自作は毎年STEREO誌で特集していたし、自作人口も多かったので情報の入手には全く困りませんでした。自作している評論家も長岡氏だけじゃ無かったしね。古本やを回ってけっこうスピーカー関係の本を集めた記憶があります。

 上記のユニットの交換は自作に入らないとして、初号器はテクニクスの20cmフルレンジ2発+FOSTEXのFT95H(だったかな)のBHでした。今では長岡氏の影響が大きすぎて、BHには批判的な私ですが、最初に興味を持つのがBHってパターンはどうも多そうです。(^^;
 ただ、設計は集めた資料から自分で計算し、一応オリジナルでした。制作は・・・死にました。ろくに工具も揃ってない頃にBHなんぞ作ったんで、手こずる事。一応完成して音は出るようになりましたが、あまり思い出したくない代物です。失敗談は、これの制作自体かな(笑)。
 あ、DSPサラウンド環境を組んだものの、スピーカーの音が全く揃わず結局ポシャにしてしまったのも、そうか(笑)。

 それから、高城重躬の著作に出会い、高橋和正氏のミディゴンの制作記事を読み、これで方向が決まり始めました。

 そんで・・・・と来て、現在のシステムに到る、でしょうか。現在のシステムには、けっこう自信持ってます。
*自作を始めた動機・・・好奇心からですかねぇ。また中学生の頃なんでお金も無く・・

*失敗談・・・上にもありましたが、ドライバーでコーン紙をグサッ!は何度かやりました。
        また、設計ミスもあり(板厚を考慮にいれないで板取り)

*初号器はどんなタイプ?・・・ダンボール箱に、拾ってきたテレビのスピーカーを付けて鳴らすということ
                   から始まって(30年くらい前は、廃棄テレビは何所にでも転がっていた・・)
                   最初のまともな物は、FE103Σのバスレフだったかな。

*参考にしたもの ・・・初歩のラジオとか、フォステクスのユニット付属の説明書の推奨箱、後に週間F              MやSTEREO紙の自作記事(長岡鉄男氏の設計他)


同年代だと、たぶん同じパターンの人は多いと思いますよ。  
*自作を始めた動機:
  作る事自体が好きだった。(始まりはラジオ作り)
  メーカーものでは技術の得て不得てや、原価/量産の妥協もあるので限界があると考えてました。
*失敗談:
  低音を出そうとして外寸を変えず、単にホーンを長くした為、開口が狭くなりバックロード共振。(多少の理論も必要である事を知らなかった)
  懲りて密閉にしたが、ウーファの聞くに堪えない胴真声に閉口。(世の中には実用に耐えられない商品がある事を知らなかった)
*最初に作ったもの:
  ナショナルの複合2ウェイ。(当時、電ノコ持っていなかったので切断大変でした)
*参考にしたもの:
  自分の耳。雑誌の提灯記事だけは参考にしてはいけません。(尚、当時、"Hi-Fiスピーカとその活きた使い方"を良く読んでました)
*自作を始めた動機
学生で金欠だったので、3万弱で10万円の30センチ3WAYに匹敵する音を出すこと。

*初号器はどんなタイプ?
長岡式スワン  父親が日曜大工や彫刻をやっていたので、工具一通りそろってました。

*失敗談
6畳一間にはでかかった・・・。スロートの加工が難しく精度が出せなかった。

*参考にしたもの
スワンの図面。


音を出しみたら、思ったより低音でない・・。それから、アンプを買え、ケーブルを変え、ようやくスワンの実力発揮! ケーブルを変えるとアンプを変えるぐらい音が変わったのでびっくり。雑誌の表現は消して大げさじゃなかったことを体感。
うーん30年ほど前の話でしょうか?w

*自作を始めた動機 :当時は週刊FMとか、FMレコパルとかに、長岡鉄男が連載していて、リアルタイムに、長岡さんの新作を目にしていました。
中学生や高校生はこぞってFMレコパルとか買い求めて、FM放送をカセットテープに録音(エアチェック)するのが、トレンドでした。

当然、スピーカーの自作もやって当たり前!
実際10人に一人くらいの割合で、自作していましたね。

*失敗談 :長岡さんの真似をして、バックロード作ってみたけど、結局ハムスターのお家になりました^^;

*初号器はどんなタイプ? :初期はバスレフにUP201(型名正確に覚えてません)を入れてみたしたが、センタードームの音に違和感を感じた。(低音も全然出なかった)

3×6板の中心に穴をあけて、FE-163をマウントして、8畳間の両隅に設置した物が、つぼにはまりました。
マジで、今でも感動したのを覚えています。
当時は、交響曲とかが多かったでしょうか?
スターウォーズの最初の作品が公開されて、サウンドトラックブームでもあったのか?

*参考にしたもの : 週刊FM FMレコパル オーディオアクセサリー 長岡さんの新作がリアルタイムで公開されていました。
はじめまして。

*自作を始めた動機

小学生の頃、親戚が捨てると言ってたテレビ(もちろん真空管式)から外したスピーカーを貰ったのがきっかけ。

*初号器はどんなタイプ?

先のユニットを木箱に入れてラジカセにつないで鳴らしたのが最初かな?
なんとユニットは生意気に2ウェイ(16cmウーファ+5cmコーンツィータ)で、ダイヤトーンロゴが付いていました。
木箱は多分、みかんか何かの箱。
盛大にエア漏れしていたはずなのに、当時は結構満足していましたね。
(まぁ、小学生ですから)

*失敗談

その後、アルバイトでメーカー製ユニットなども扱うようになったのですが、ライブコンサート用にPAセッティングしている際、プリアンプの故障で出力にDC成分が出てパワーアンプもDCだったもので、38cmウーファーがボイスコイルごと吹き飛んだ。
イギリス製のスピーカーの高音ユニットから臭い匂いがして、初めてそのユニットがイオンスピーカーだと知った。(苦笑)プラチナ製の電極が溶けてオゾンが出ていたらしい。

*参考にしたもの

やっぱりステレオ誌ですねぇ。
長岡先生の記事も結構好きでしたが、結局作らなかった。

*その他のエピソード

学生時代に必死にアルバイトして買ったLE-8T(当時アルニコで1本4万円くらいした)なのに、何かと忙しくて手を付けずじまいに。
結局、父に引き取られて今も実家で活躍中。
(エッジ交換は私がやりましたが)
*自作を始めた動機・・・

中学生のころ粗大ゴミがまだ月一で収集のころに、スピーカーの箱が壊れていたものを直したことからだと思う

*失敗談

新品で頑張って買ったスピーカーを組み立て時にセンターキャップを指で潰した。

*初号器はどんなタイプ?

市販品の3WAYを箱だけ変えた物

*参考にしたもの

今は亡き「初歩のラジオ」だったと思う

いや〜今はホームセンターで木材カットしてくれるし良い時代ですねぇ。
昔は、自分でノコギリ片手にまっすぐ切るのに四苦八苦した記憶が蘇ります。
音はきっと今の安いラジカセよりも劣っていたのでしょうが、作った満足感と自分が作った物から音が出る感動が勝っていたため、未だに下手の横好きで作っています。

あまり暇が無いので、図面ばっかり増えていくのが難点ですが・・・・
あと、音響工学の書籍も昔に比べると減ったような気がします(気のせいかも・・・)
 その時代にもよりますけれど、やっぱり皆最初は原始的な処から入るんですね。

>>17
 書き忘れてましたけど、キャップくしゃは私もやりました。「こんなに華奢なんかい!」と驚いた記憶があります。その当時は、まだあったコーン型のツィーターだったかな。(^^;
こんにちは、作今機器のリニューアルやってます。同好会のオフ会終わって一息ついたとこ。
初心のころはボケッと高級品ながめてよだれ垂らしてただけですねえ(^^;)思い返せば・・・
自作歴はそんなに長くないんですよ、写真のが最初ですね。
そのあとは色んなの作ったけど3年前に200リットルのバックロード作って力尽きた(笑)
生来器用なもんで(道間違えたかね)たいていはこなすんですけどね、気分屋の面もあってあまり論理的ではないですよ。
機器のデジタル化とソースの整理が済んだら次の作品にとりかかろうかと思ってます。次は管スピーカーですけどね。
これで重低音出すのはなかなか難しい、まあどうなりますか。
失敗談書いてませんでしたね。スピーカーの作りそこないは数知れずですがそれは別として、あんまり作ったもんだから高く積み上げておいてたところ、うっかり製作中によりかかって雪崩のようにスピーカーが落ちて来たんです。慌ててかがんだら20キロ級のバックロードが頭かすめて飛んでって壁のコンセントぶち壊しました。重量ものを家の中に積み上げるのはやめましょう(^^)
それで大方はお嫁に出してもう家にはありません。
*自作を始めた動機

少しもまとまったお金がなかった。

いい音のスピーカーは高かったし。
JBLなど、到底買えず。

ビートルズをそれなりに迫力のある音でききたかったがそれができるスピーカーは見当たらず、自作開始。

*最初に作ったスピーカー

うーん。40年以上前だから。
印象に残ってるのは、コーラルのフラット10という25センチスピーカーユニットを使い、高さ180センチのテーパードクォーターチューブで、開口部を大きくしたもの。

大きくすれば、大きな音が出てくると思ってたみたいな。

それなりにずぼらで迫力がありましたが、解像度がなくてw


*失敗

数知れず。ほとんど失敗のみ。秋葉原で、樽にやはりコーラルのユニット8CX501 (なつかしいなあ)を取り付けてデモしていて、その美音に驚き、
ユニット購入に出かけた先では、無くて。でもって、なんとさらに重い10CX501
を購入。どうやって持ち帰ったか?
結局使わず、弟が引き取って、バスレフに。でも、ちょっと音が詰まってた。
なにか、推奨箱とは2センチ寸法が違うとか。
狭い家にはとんでもない箱で、長い間場所ふさぎとなっていて、母が散々苦労してゴミとして焼却。

数年前は塩ビ管スピーカー。それなりに評価できるが、
筒を倒して色々破壊して、ちょっと怖いので止めw


*最近

公民館の文化祭で、竹管スピーカーを数年出品。
それなりに美しい音が出る。好評だった。



*自作中断(中止++かも?)の理由

JBLのJRX115が、38センチウーハーのSRスピーカー(業務用)が
2万5千円しないで買えたのでもう自作の意欲は消された。
大迫力あり。家を震わすことだって簡単。

さらに、サウンドハウスの回し者みたいだが、クラシックプロのCSP12 PAIR
スタンド使ってこれつかったら、ノックアウトされた。意欲は完全消滅。
いや、ほんと、いい時代です。
http://www.soundhouse.co.jp/shop/ProductDetail.asp?Item=233%5ECSP12PAIR



今は、ま、公民館との付き合いで自作することはあるかも?程度。


*自作を始めた動機
CDラジカセで重低音が流行ったころ、お金が無かったのでスピーカーの自作を試みた。
ユニットを買いに行くお金も無く、ユニットから自作。

*失敗談
磁気回路、ボイスコイルまで自作してました。
音量を大きくしようとしてコイルを並列に巻いて、アンプを焼いた。

*初号器はどんなタイプ?
小型スピーカー用のサブウーファー。
磁気回路は市販のフェライト磁石。
ボイスコイルもエナメル線を巻いて、
コーン紙は厚紙やケント紙。
エッジは布でした。
音は出たけどコイルとコーン紙が重くて能率は非常に低かった。
振動板をプラ板にしたときは最悪でした。音はベコベコ。
ツイーターも試みたけど、無理でした。

*参考にしたもの
各メーカーのカタログなど。


ユニットを帰るようになってからは、フォステクスのユニットでフルレンジや2Wayを自作。
現在はTADのTL-1601aとTD-2001,Fostex/T500Mk2をマルチで鳴らしてます。
*自作を始めた動機
やはりお金がなかったからでしょう。ステレオを買うお金もないので、ラジカセ(モノラル)のスピーカーのコーンを重く改造したのが最初。
粗大ゴミのテレビからスピーカー(アルニコ内磁型だった!)抜いて、デタラメに箱作って、ラジカセにつないで楽しんでました。

*失敗談
上記のスピーカーは、電源プラグ・コンセントを使ってラジカセと着脱してました。魔がさしたのか、何気なくプラグを部屋のACにつないだら・・・・・当然ですが60Hz(★当時は長野に住んでいた)の轟音と煙が出て、ボイスコイルは融着してしまいました。

*初号器はどんなタイプ?
高校生になってやっとステレオ買えた!SPは長岡本を穴が開くほど読んだ。
UP−203とかにも憧れたけど、一番安くて評価の高いD−3を作りました。初めての工作にしては無謀だったけど、何とかできた。

*参考にしたもの
やはり、長岡さんの「続オーディオ日曜大工」ですね。解説もわかりやすく、これ一冊あれば何でもつくれます。今でも座右の書。
*自作を始めた動機
パラゴンが手に入れたし金は無し、それならば自分で作ろうと、大工に自信のある同僚をおだてて、半分以上作らせたの最初。

*失敗談
 理論どころか何がいい音すら知らない状態で始めた。ろくな音がしていなかった。
接着をしないで木ネジも使わず釘だけで作り音漏れが一杯でコーナーをコーキング剤で埋めたが箱が弱く何をやってもだめと知るのは数年かかっていた。

*初号器はどんなタイプ?
 P610Bの三菱電機指定ボックス(バスレフタイプ)
 次にP610Bを2発入れたバスレフ
 それを2ウェイに改造
 さらに3ウェイに改造
 パイオニアのPIM-8を使いドロンコーン
 アンプが悪いとも知らず泥沼にはまっていた

*参考にしたもの
 無線と実験、FMファン、週刊FMと、雑誌を読み漁っていた。
 長岡式はハードルが高くて手が出せなかった。
 
 長い中断後P610B回復作戦から再開
 自作を始めたのはアコースティックリサーチのAR−7に憧れたが金が無く、似た感じのユニットをパイオニアのラインナップから見つけて組んだのが始まりです。
 メーカー推奨の図面を元に箱を組み、その特性図を元にイコライザを組んで聴いています。
 低音が聞いていると言われて聞くとボンボンと大波といった感じの音が多いのですが、ドッドッといった感じの津波のような音が好きで色付けしています。
 フルレンジ中央のメタルドームに何気無く触れてつぶした。
もう30年以上前・・・。
当時はフォステクス、コーラル、アイデン、ダイヤトーン、パイオニア等々
ユニット単品販売のメーカーもモデルも選り取り見取りで、
月1000円の小遣いで、やっとこ買えるFM雑誌を穴が開くほど見つめては
いつか大人になったら自分で稼いだお金で大人買いするぞ・・・と思った物でした。
上記のメーカー品なんて到底買えないので、パーツ店やジャンク屋の
ポンコツスピーカーを買ってきて、ダンボール箱に詰めて鳴らしたりしましたね。
ステレオの意味も分からず、ラジカセのイヤフォンジャックからパラで2組左右に
並べて、見た目だけはステレオっぽくしていました。
学校中の校内放送用のスピーカーを集めたらすっごいトーンゾイレとか作れるなぁ・・とか
授業中妄想していましたね・・・。

ところがそんな憧れのメーカーもモデルも殆どなくなっちゃいました。
当時は

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