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直接民主主義コミュの小沢政治のどこが問題なのか

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小沢一郎という日和見迎合政治主義者の典型であり、「背広を着たゴロツキ」(西部邁評)が、今最後の脚光を浴びている。
マスコミ各社があれこれと政策論を質問したり、「政治とカネ」の問題を追及するのにはうんざりするが、そもそもこの男の思想信条なり政治手法のどこが最大の問題なのか、ということを鋭く分析した批評がまったくないことが、この社会の知的貧困ぶりを露呈している。
なら、小沢一郎の政治思想のどこが最大の問題なのかといえば、それは、この政治家は「民主主義」ないしは「主権在民」という概念の定義なり意義をまったく履き違えていること、にほかならない。

「数は力」というのが小沢の代名詞であるが、最近の記者会見でも「数がけしからんというのは非常に危険だ。民主主義は数だから昨年(の衆院選で)議席をいっぱいとって政権が取れた。数そのものを否定すると民主主義を否定する話になる」という話をしていた。
【参照】
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100903/stt1009032303015-n1.htm

民主主義=多数決原理とは、政治学のイロハを知らない幼稚な浅学がきまって口にする主張であるが、民主主義発祥の西欧社会でも歴史的にも理論的にも「多数決原理こそが民主主義の敵」と考えた人間はいても、「多数決こそ民主主義の要諦」と考えた人間は一人も存在していない。

早い話が民主主義とは「全員参加」による決定である。
すなわちその決定方式とは「全会一致の原則」以外を置いて他にはありえない。
一人でも反対すれば、それは民主主義ではなく多数決主義になり、多数による少数支配という寡占主義(オクロクラシー)の原理になるからである。(ミヘルスの「寡頭制の鉄則」などを参照)

もっとも日本式の付和雷同的な全会一致原理はここでは論外に置いておく。その全会一致に至るまで、時間を費やしても喧々諤々と議論に議論を重ね、最終的に全員の最大公約数的結論に到達して合意形成を図る。これが民主主義政治の基本手続きである。

そういうイロハ原理原則すら歪めて平然と居直る政治家は、この国どころか世界の表舞台に立つのはあまりにも破廉恥すぎる。

また彼のいう民主主義とは代議制のことであり、選ばれた政治家の多数が支配する政治のことである。

そこにはそもそも国の真の主権者である国民の多数の参加という発想が存在しない。
しかし民主主義とはむろん多数政党の支配を指すものではないし、政党内の多数派支配を指すものでもなければ、議会内の多数派を意味するものでもない。
彼らはあくまで「代議士」すなわち「代弁者」である。つまり代表であれ代理人であれ、被代理人・被代表の意見や意向を100%反映しなければ、それは独断であり独裁にほかならない。

外国人の参政権問題にせよ、国債増発による歳入増収政策にせよ、主権者である国民全体の利益に関わる問題こそ、民主主義の原理にしたがえば「全員=国民投票で決める」のが正論である。(地方参政権についてはその自治体単位ごとに全員投票で決めるのが民主主義の原理に叶ったやり方)

少なくとも民主党は総選挙で多数を取っていないし、マニフェストの各政策についての国民の支持・賛否を検証も確認もしていない。だから小沢のいうように「国民が本当にマニフェストに書かれているとおり一字一句を支持することが国民の期待に適った政治」であるかどうかということさえ、何ら根拠なき言いがかりである。

料亭で3人だけで「大連立」政権を画策した男が、民主主義という言葉を口にすること自体、おこがましい。この政治家は、いったい言葉と行動が伴わないか、使用する言葉自体に責任はないのだろうか。天皇制をめぐる憲法解釈でも歪んだ主張をしていたが、本当にこのレベルの政治家に日本の舵取りを任せるようなことがあれば、本当に朝令暮改的な日和見政治、それも圧力団体の意向に屈して政策を右往左往させる、節操のない政治が日々跋扈することになるだろう。

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