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新作!リベレーター コミュの四話 風の傭兵の師匠とは……

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「にゃぁお」


 その猫は可愛い声で二人に向かって鳴いた。ベルクロスはため息を吐いて武器から手を離した。だが、トキオは逆に鞘をしっかりと掴み今にも抜き放とうとする勢いだ。その姿を見て、青毛猫は目を細めて笑った気がした。


「ゲッシュファルト殿……?」


 ベルクロスは声をかけようとするが、トキオから放たれる殺気に押し黙った。険しい目が一匹の愛らしい声を発する猫に向けられていた。


「貴様が何故ここにいる?」


 トキオは険しい声で猫に向かって問い始める。ベルクロスが唖然としていると、また先程の声が聞こえた。


「にゃあ、何処に行くのも我輩の自由。お前さんに報告の義務はない……久方ぶりの再会だと言うのに愛想の無いやつだ。もっと素直に喜んだらどうだ?」


 その声は目の前の猫から発せられていた。その外見と合う優しく澄んだ声色だった。


「まさか……この猫が?」


 そんな馬鹿なことは……そうベルクロスは思ったが、トキオはしっかりとその猫に険しい目線を向けている。


「ベルクロス……油断するなよ。この化け猫を甘く見ていると痛い目を見るぞ」


 トキオはベルクロスの方に顔を向けることなく言う。猫はその言葉に耳を下げて少し困ったような顔つきをした。


「こんな毛むくじゃらでかわいい我輩を化け猫扱いか。お前は相も変わらず猫を見る目が無いな」


 猫は目を細めて話し出す。その目はどこかで見たことがあるベルクロスだったが、彼自身思い出せなかった。


「貴様を愛玩動物と見られるほど、僕の目は節穴じゃない!」


 そう叫ぶと、刀を抜き払い猫に切りかかった。縦に一線の斬撃、猫はそれをやすやすと後ろに飛んで避けた。トキオは詰め寄って更にもう一撃を叩き込むが、猫はトキオを飛び越えて室内へと難なく逃げ込んだ。


「おいおい……そんなのまともに受けたら死んでしまうぞ? 戯れるなら、もう少し健全な方法で遊びたいものだな」


「易々とかわしておいて戯言を抜かすな!」 


 トキオは次から次へと刀を振り、猫に斬りかかっている。どの手も急所を狙った一撃必殺だ。一太刀でも浴びたら猫は即死だろう。だが、猫はトキオの攻撃を全て見切り、笑みを浮かべながら鮮やかな動きで回避している。


「無駄も迷いも無い、いい太刀筋だが……無心になりきれていない。五年前と変わらんな」


「!」 


 その言葉にトキオは目を見開き、一瞬動きが止まった。猫はその隙を見逃すことはなく、前足の爪を伸ばしてトキオに飛び掛った。その動きは先程の飄々としたものではなく、冷徹な捕食者の動きだった。トキオは慌てて防御の構えを取ったが、猫はガードをすり抜け、トキオの手の甲に爪を立てた。痛みで刀を取り落とし慌てて刀を掴もうとするが、左目に猫のかわいらしい肉球と鋭く尖った爪が写り手を止めた。左肩にはいつの間にかその猫が乗っかり、右前足をトキオの顔にまで伸ばしていた。


「これで、詰め、だ」


 ……これは分かった人間の胸の内に秘め、あえてつっ込まないほうが無難なのかもしれない。心ながらにベルクロスは思った。僅か数分の一幕であったが、凄まじい一戦だった。トキオの実力はさることながら、あの猫の動きは並々ならぬものがあった。元々猫は俊敏な動きをする生き物だが、目の前の猫は規格外だ。相手の攻撃を予測するばかりか、二手、三手先を読みこして余裕をもって回避していた。喋れることを含めて、只者ではない。


「……まったく。お前さんには、猫の教えと言うもののありがたさがわからんようだな」


 青毛猫はトキオの肩から飛び降りて、先程まで二人が座っていた室内のソファに座る。


「そこの若造。そうぼんやりしていてもらっては、自己紹介もまともに出来ぬ。
そろそろ現実の世界に帰ってきたまえ」


可愛らしい声と外見からは想像もつかない偉そうな言い草に、ベルクロスはつい
「すみません」と謝ってしまった。


「私はベルクロス・ウィンストンと申します。ベルネーア王国王室護衛隊隊長を務めております。以後お見知りおきを」


 ベルクロスは恭しく礼をした。その姿を満足げに見つめながら猫は口を開いた。


「うむ。その礼儀正しさと腰の低さは賞賛に値するぞ? そこにいる不躾剣士とは大違いだ」


 猫はしみじみと言った。そう言われたトキオは不快をあらわにして鼻であしらうが、猫は肩を竦めて見せた。ベルクロスの想像以上に恐ろしく器用な猫である。


「我輩はアルトナ・ディフバール。そこの万年しかめっ面君の師匠だ」


 その言葉にベルクロスは目をむいた。確かに先ほどの一戦ではアルトナと名乗る猫が楽々一本をとってはいたが、まさかトキオの師であるという言葉が出てくるとは思わなかった。トキオは相変わらず不快そうな顔で腕を組んで壁にもたれている。


「なんだ、知らなかったのか? ……おいおいトキオ、我輩のことを話していなかったのか? まったく、お前さんは本当に師匠不幸者だな」


 アルトナは首を振って肩を落として見せた。トキオは更に不快げに顔をゆがませる。その口は重く、アルトナとは一言も話したくないという勢いだ。


「もっと我輩に敬意を払うなり、思い出すだけで涙を流して狂喜するなりしてくれれば良いものを、お前さんってやつは……うぅ」


 今度は泣きまねをしだした。だが一連のアルトナの行動には、明らかにトキオのリアクションで楽しんでいる傾向にある。事実、泣きまねをしながらトキオの反応を見ている点でも明らかだ。


「ベルクロス君。トキオは昔から、本当に近所付き合いが下手な哀れな子でね……近所の子供たちにいじめられていたんだよ……そりゃあもう我輩が目を覆いたくなるほどコミュニケーション能力に欠ける子なんだ」


 アルトナは泣きまねをしながら、いつの間に移動したのかベルクロスの肩に乗っかって、しみじみといった。確かこんなおじさんが若いころ友人の家の親でいたな……そう頭の中によぎったが、口に出すことはしなかった。


「あの時周りには猫しかいなかっただろうが! 子猫とどんな話をしろってんだ!」


 トキオはたまらず突っ込みを入れた。アルトナはまったく意に介するつもりはないらしい。


「聞いてくれたまえ、ベルクロス君。彼はこうやって我輩のような年寄りに向かって罵声を浴びせてくるのだよ? 非道だと思わないかい?」


 アルトナは、トキオを完全に無視してベルクロスに話しかける。トキオは殺気を漲らせてアルトナをにらむ。心なしかベルクロスにも、その照準が向かれている気がする。ベルクロスは顔を真っ青にさせて、尋常ではない冷や汗をかいている。


 ……さっきの巻き添えを食らったら、一瞬で死んでしまう!


 ベルクロスは瞬時に理解した。この二人がまたもあの背筋が凍る一騎打ちを始めかねん勢いだった。トキオは鞘にしまった刀をもう一度抜こうとしていた。心臓がかつてない勢いで脈打ち、ベルクロスに危険信号を絶えず送り続けている。


「この極悪毛玉魔獣が……今日こそケリをつけてやる」


 怒りでトキオの刀を持つ手が小刻みに震えている。アルトナは相変わらず大人びた笑みを浮かべたまま、トキオを見つめている。


「おいおい……この、物語のマスコットにも起用されん愛らしさを持つ我輩に向かって、何て言い草だ……それにちゃんと毛繕いもしているから、近所から我輩の毛並みは優雅だとちょっとした評判なのだぞ?」


 ブチン……ベルクロスにはトキオの堪忍袋の緒が切れる音が、はっきりと聞こえた気がする。


「おおおおおおおおぁぁぁぁぁぁ!」


 どこかで聞いたことのある雄叫びとともに、トキオは勢い良く刀を抜き払った。同時に、「風」のソウルエレメントがトキオの周りへと一斉に集約される。


「仕様がないな。不出来な教え子に再教育を施してやるのも、師の務めか……」


アルトナからも尋常でない殺気を感じる。どうやら両者は本気で殺り会う気らしい。ベルクロスは心の底から「死んだ!」と思った。だが、その一触即発の現場がドアをノックする音で一挙に萎えていった。


「どうぞ! 大いにお入りしてください!」


 ベルクロスは声を張り上げて、扉の向こうにいる人物を迎え入れた。すでに半泣き状態で、内心大声で光の精霊神ユティに感謝した。だが、「失礼します」という声にどこかで聞き覚えがあった。混乱している頭を目一杯巡らして、該当する人物を検索するとその人物はすぐに浮かび上がった。慌てて待つように言おうとしたが、一足遅かった。扉は開け放たれ、一人の女性のシルエットが浮かび上がる。白いドレスを身にまとい、腰に一本の白鞘に収められたサーベルを携えている。


その剣はイクシアル一の刀鍛冶、ヴェルデン・アリケルドが創った数少ない剣の一つである。イクシアルを創造したと語り継がれる六大精霊神の名を持つ、『閃光のユティ』である。この剣はベルネーアの誕生から現在を歴代の王とともに守り続けた。この剣を持つことが許される人間はこの世に二人といない。


「先ほどから騒ぎが廊下まで聞こえていますよ? それに物騒な音も聞こえてきました」


 腰に手を当てて立っているのは、この国を統べる王にして「英雄姫」の異名を持つ人物、女王カエデ・レシュタル・ベルネーアその人であった。


「へ、陛下!?」


 ベルクロスの狼狽しきった声が室内に響く。トキオもベルクロスほどではないが、動揺していた。


「王宮内では好きにしてくれて良いとは言いましたが、何も斬り合いをしてくれと言ったつもりはありませんよ」


 カエデは満面の笑みを浮かべてはいるが、その言葉には棘がある。ベルクロスとトキオは冷や汗をかいた。ふと、トキオはあることに気がついた。先程までこちらに散々喧嘩を吹っ掛けてきた毛玉魔獣がベルクロスの肩にいない。室内をぐるっと見回すと、いた。いつの間にかカエデの側に近づいて猫撫で声を出していた。


「あら? 可愛い猫ですね。どこから入ってきたのですか?」


 カエデは猫を抱き上げて青い毛並みにほお擦りする。アルトナは実に気持ちよさそうにしている。こうして見ているだけだと、ただの愛らしい猫にしか思えない。その反面でベルクロスの横にいる、トキオの心の奥底から怒りが沸々と湧き上がってくるのが肌で感じる。だが、カエデの幸せそうな顔を見ているとその怒りも萎えていってしまうようだ。トキオはゆっくりと刀の柄から手を離した。


「女王陛下、会議は終えたのですか?」


 ベルクロスは取り直すように話しかけた。その言葉にカエデは表情を曇らせる。ベルクロスとトキオは顔を見合わせる。


「やはり、主張は真っ向から分かれましたか?」


 トキオが真顔でカエデに問うた。カエデは一瞬迷ったが、しっかりと頭を上下に振った。話によれば、案の定国防大臣を筆頭とした、武官の多くが軍備の増強を主張したと言う。文官が多数を占める現政権においても、先の内乱のショックから国防大臣の意見に賛同する者が、確実に増えていると言う。


 彼らの多くは大陸戦争で家族や友を失い、それでも終戦間際まで戦い続けた者達だ。特に大臣の一族は、彼を残して殆どがあの戦争で命を落としている。たった一人となり、祖国だけが自分の護るべきものとなった男の言葉には説得力があった。今日も大臣派との激論が三時間に及ぶ会議の殆どを占め、未だ結論には至っていない。


「……彼らの気持ちも分かるのです。今度また同じ内乱が再発したら、ベルネーアには有効な対抗策はありません。その為に、軍の再編は急務であることも……」


 カエデは抱き上げている、アルトナの青い毛を見つめながら言葉を繋ぐ。


「しかし、強すぎる力を持ったベルネーアを導くことが、今の私に出来るのか……それが不安なのです」


 カエデはそう言葉を切った。ベルクロスもトキオも返答に窮した。先王ゴッドベルトは、己の軍を強固に律することが出来た。元々、二代王家で軍略に長けた者を多く輩出してきたフォン家であった為、ゴッドベルトの将兵からの信頼は厚かった。軍の長たるゴッドベルトの思想そのものに問題が無ければ、今もなおこの国の王として力を尽くしていただろう。


 長年の戦いが、大勢の人間を狂わせていった。和平を唱えるレシュタル家の一人娘であるカエデは、そんな彼らを救いたいがために穏健派の旗頭として名乗りを上げた。トキオやベルクロスとて、あの戦争に身を投じた者の一人だ。戦う側からしてみれば、カエデは優しすぎるのだ。


「我輩が思うに、お前さんは義兄殿に固執しすぎなのではありませんか?」


 カエデは驚いてアルトナの方に顔を向けた。


「え……?」


 それは当然の反応だった。抱いている猫が、突然話し出すなどと言う怪奇現象に驚かない方が異常だ。


「失礼した。我輩はアルトナと申す者。アルと呼んでくれたまえ」


 さりげなく自分の愛称つきで自己紹介をしてくるあたり、腹黒さを感じる。それが猫の可愛さで相殺されてしまうのだから腹立たしい。トキオは内心いらだたしく思った。


「お嬢さん。確かに、ゴッドベルト氏は誉れ高い王だった……だが、お前さんは彼ではない。彼の死を悔やむ気持ちがあるのなら、彼とは異なるやり方で国を護ればよい。少なくとも、我輩はそう思うよ」


 アルトナは真顔でカエデに言った。トキオは師の真顔に驚いていた。彼が真摯に言葉を連ねることなど、彼の元で修行していた頃でもそう無かった。彼がこれだけ励ましの言葉をかけたということは、よほど彼女のことを気に入ったに違いない。トキオは彼に気に入られるのに何ヶ月かかったことか……そう考えていると自然と怒りが再燃してくる。トキオは急いで心を静めた。


「儀を見てせざるは勇無きなり。女王として何をするべきか、今はしっかりと悩みなさい」


 そう言い放ち、アルトナはカエデの手元から離れた。ソファに丸まって毛繕いを始めた。


「我輩はしばらくこの部屋に泊まることにしたから、人生に悩みを抱えたらここへ来ると良い。どこいらの師匠不幸者以外なら、相談くらいなら幾らでも乗ってやるぞ」


「人が宿泊している部屋に図々しく入ってきて、人生相談もクソも無いだろうが!」


 トキオは憤慨して突っ込む。なんだかんだでこの猫はここに居つく気らしいが、冗談ではない。折角の休暇をこの性悪毛玉と一緒に過ごすなんて真っ平ごめんだった。だが、トキオの意に反して、話は終息に向かっていた。ベルクロスは彼の言葉に感動したらしく、目頭を押さえている。カエデに至っては、この猫に敬愛の眼差しで見つめていた。


「ありがとうございます。滞在中は、この城を自由に見て回ってくださいね」


 カエデが満面の笑みを浮かべて言う。トキオは文句を言おうとしたが、アルトナが「にゃあ」と一声鳴いて話は強制的に終了した。


「……手遅れ、だったか」


 トキオは唯一人、こめかみを押さえながら今日何度目かのため息を吐いた。

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