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team『BORDER LINE』コミュの掃き溜め

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過去の小話含む駄文置き場です。
忘れた頃に覗くと丁度いいかも?
月・木は燃えるごみの日
水は燃えないごみの日
金は資源と缶とペットボトル…

※多分に転載祭りかと。

コメント(9)

ふと空を仰いだ神津は、らしくないほど澄んだ月に、ゆっくりと歩みを止めた。
それはそう、ナイフが鈍く光ったような細い月だった。
いつもながら、夜になると冷え込むこの箱庭は嫌いじゃない。
息が微かに白く見えるのも悪くはない。
今日もそうだ。
いつもと同じ、寝るためだけの棲み家への帰途。
それなのに足を止めたのは。
きっと雲一つない深い闇に月が飲まれてしまいそうだったから。

神津は両手をポケットに突っ込んで歩き出す。
行き先を変更する。
深い闇を見ていたら、無性にあの珈琲が飲みたくなった。
きっとバーテンは眉間に皺を寄せながらも、珈琲を入れてくれるのだ。
その姿を容易に想像できて神津は笑った。

まだまだ、この箱庭の夜は終わらない。




『つきのみえない夜に』

(この続きは、原材料名:SpookyさんのHPにて閲覧できます)
「―――いつもより遅いな」

ボーダーラインに足を踏み入れた神津は、獅戯の先制攻撃に笑った。
いつものようにカウンターを占領すれば、何も言わずとも目の前に珈琲が置かれる。
苦さしかないそれを口にした神津は、眉間に皺を寄せたが、すぐに満足そうな顔をする。
獅戯は横目でそれを確認してはつられるように笑った。

「…空、仰いだらさ」

珈琲を置いて、神津は口を開いた。
「何か無性にコレが飲みたくなってさ」
そう言って、カップを指で弾いた。
獅戯は神津を見、深い闇に満ちた窓の外に視線を遣る。
そして何となく神津の考えを理解した。
「…成る程な、」
だが、それが何だか可笑しくて。
獅戯の声音にそんな含みを感じ取った神津は、すっと目を細めた。
「どうせ、俺は単純ですよ」
「何も言ってねェだろうが」
「あ、」
"今度は何だ"と言わんばかりに神津を見る。
獅戯が神津の視線を追うように珈琲を見ると、光りの加減でできたのであろう曲線が映っていた。
それは、まるで。
獅戯は手を止める。
その様子に、神津は驚くほど落ち着いた声で言った。

「―――思い出してた?」

神津の言葉に獅戯は動じた素振りもなく、目を伏せた。
「…さぁな、」
獅戯があの細い月に思ったのは、隙のない太刀。細身で長い刀。
そして、
唯一自分の背を預けた存在。
今ここにいるはずのない相棒に、少なからず思いを馳せたのは事実だ。
だが、じきに目に映る月の形も変化していく。
「あと、もう少しか…」
神津が時計を見て呟く。
神津とのやりとりに失念していたが、そろそろこの箱庭の連中がこぞってやってくる頃だ。
何だかんだでゆっくりする時間を逃す獅戯だが、退屈よりはマシか…と心の中で小さく呟いて笑った。





『所詮、戯言に過ぎず』

(これは原材料名:Spookyさんの『弓張り月』にリンクしています)
つきよのひかり、あかるく。
くらがりのせかいをてらしだす。
みにくいものも、きたないものも、すべてをゆるすつきに。
かくれるように、ひっそりといきをはく。

月の綺麗な夜は嫌い。
何もかもが明るみになりそうで嫌い。

外から吹き込む風が、カーテンを騒がせる。
夜の静寂の中、一層煩いその音はそれほど嫌いではなかった。
だが、カーテンの隙間から差し込む月明かりが苦手で、避けるように暗闇に逃げ込む。

だって、解けてしまいそうなんだもの。

自分にかけた魔法が。
気付かないフリをして、かけられた魔法が。
手を伸ばしてもいなくて。
どこを探しても見つからなくて。

それを、認めてしまいそうになるの。

限は小さく丸くなる。
目を瞑って、わざと世界を閉じる。
ただ、カーテンの騒ぐ音だけが限を深い眠りへ誘う。

早く、こんな夜など明けてしまえばいいのに。





『リリィ』from [BORDER LINE.]side KIRI.
夜明けが近い――――。
獅戯は粗方片付けを終えて、私生活の場に戻ろうとしていた。
だが、奥に下がろうとした時、不意にドアの開く音がした。

鍵を掛け忘れたか?

そんなことを考えながら、再びフロアに足を向ける。
「もう、店仕舞いだ」
そう声をかけた時、帰ってきたその声は。

「アタシの時だって、そんな風にあしらったことなかったろ」

ハッとして入口を見た獅戯は動きを止めた。

幽霊かと、思った。

そこに、幸が、居た。

幸はかつて自分が切り盛りしていた店の、何もかもを確かめるように触れていく。
そして漸くカウンターに辿り着いて、座る。
獅戯はその幸の様子に懐かしそうに目を細めて、珈琲を入れ始めた。
二人は向かい合ったまま、ただ黙っていた。
だからだろうか、コーヒーメーカーの音がやたらと大きく感じた。
幸の前に置かれた珈琲を、幸は一口。
「――――苦、」
幸か眉間に皺を寄せで小さく舌を出す。
いつも神津に入れている癖で、あの病的な珈琲を入れてしまったらしい。
少なからず動揺を悟った獅戯はそれを誤魔化すように、軽く頭を掻いた。
幸の方は獅戯を一瞥して、すぐに可笑しそうに笑った。
「随分手慣れたもんじゃないか」
獅戯は自分のココアを入れて、棚に寄り掛かる。その表情は呆れ顔。
「誰の所為でこんなことになったと思ってんだ」
それはすべての結末の傍観者にさせられた、その八つ当り。

「だけど、結局お前が生き残ったろ?」

幸の一言に、獅戯は一瞬言葉を失う。
事実、獅戯の傍に冴晞の姿がないのだ。
カンの鋭い幸なら、気付かないはずはない。
「―――どれくらい経つ?」
幸は珈琲を揺らしながら言う。
その視線は、病的な色の水面に注がれたまま。

「――――忘れた、」

獅戯はココアを一口飲んで、そう答えた。
幸は深く追求せずに、ポケットから煙草を取り出した。
獅戯はそれに気付いて、火を差し出す。
幸はゆっくりと煙草をくゆらせた。
「ところで、何でソレ持ってんだ?お前吸わないだろ」
「あ…」
獅戯はふと、このジッポにまつわる嫌な出来事を思い出した。
「…あのガキ、」
顔をしかめる獅戯を見て、また幸は笑う。
「お前がそんなガキの面倒見てるとは、ね」
"まぁ、性分だな"と頬杖をついて笑う幸に、獅戯はジッポを放った。
「かつてのアタシの苦労が解ったろう?」
獅戯は応えず、詰まらなさそうに鼻を鳴らしただけだった。
「…此処は随分変わったねェ」
ぽつりと幸が呟く。
「…消えてから、どれだけ経ってると思ってんだ」
「けど、お前は変わらない」
獅戯はまた棚に寄り掛かって、ぼんやりとフロアを眺めた。
「…変われねェさ、」
「―――――アタシはそれに安心したんだけどね、」
その言葉に、今度は獅戯が笑う。
「…アンタも変わんねェな」
「生意気な口、利くじゃないか」
幸が獅戯に向かって煙を吐いて、獅戯はそれを手で払う。

「―――もう、夜明けか」

そう言って、幸は椅子から立ち上がった。
「こんなモン好んで飲むなんて、長生きしないね」
苦々しい表情で、珈琲を一瞥する幸。
「まぁ、な」
ドアの方に歩いていく幸を獅戯が追う。
そして段を上ったその時、振り返った幸は獅戯の襟を引いた。

「そのジッポ寄越した奴には気ィ付けな、いいね?」

獅戯のポケットにジッポを押し込んで、幸が離れた。
「本当、図体だけはでかいんだよな、お前は」
笑う幸がドアを開ける。
夜が明ければ生温い風が吹き込む。

「…さて、じゃあ、行くか?」

ドア越しに見えた姿。
見間違いじゃない。
あれは、

「さ、」

途端に風が吹き込んで、目的を見失う。
目を開けた時にその姿はなく、足元に落ちた煙草。
そこから、細く煙が立ちのぼっていた。
「ポイ捨てかよ、…アンタらしくもない」
そう小さく呟いて、獅戯は煙草を踏み消した。

『そのジッポ寄越した奴には気ィ付けな、いいね?』

ポケットの中の冷たさに思い出す。

「…本ト、侮れねェ女だよ…アンタは」

ドアを閉めて、今度はしっかりと施錠する。
そして獅戯は端のソファに沈む。
静かな店内に、ぽつりぽつりと雨の音が聞こえた。
此処で雨が降るのは、誰かが《放棄》した時。
また誰かが、この箱庭に絶望して…消えていく。

「…俺にはできねェがな、」

口にして、目を閉じる。
また煩い夜がやってくるまで、一眠りできそうだ。





『憧』
獅戯が檗の元を訪れたのは、既に夜明けを過ぎてからだった。
檗の好きな銘柄の酒と、土産話を手に静かな通りを歩く。
たいして強くもない日差しだが、夜の中で生活している所為か妙に痛く感じる。
獅戯は居心地の悪さと眩しさに顔をしかめた。
そもそも事の発端は、檗からの電話だった。
深夜のもっとも忙しい時間にかかってきたそれは、間違いなく檗の嫌がらせだ。
時折見せるガキ臭い一面に獅戯は呆れる。
もっとも、今回の嫌がらせに関してだけを言うなら、獅戯に非があったのだから仕方ない。
獅戯は文句を言える立場ではなく、檗の言葉に従う他なかった。

店の中に入ると、奥の暗がりに檗は一人座っていた。
片手には趣味の推理小説。
獅戯の来訪に、檗はチラと視線を上げたがすぐにまた本へと落ちた。
檗から声を掛ける気も、椅子を勧める気もないわけだ。
檗はいつもこうだから、獅戯は気にせず近づいて椅子に座った。
店内を見回すと、モノが雑然と大量に置かれているからかもしれないが、やけに埃っぽいように感じた。

「…しばらくぶりだな、」

獅戯の声に、檗は「あぁ」と応えた。
事実、檗はまったくと言っていいほど、この店を出ない。
二人が顔を合わせるとすれば、足りないものを獅戯がここに取りに来る時だけだ。
それ以外で出向くのは久しぶりだった。
「手ぶらじゃナンだろ」
獅戯が檗の前に酒を置く。
檗はようやく本を脇に置いて、獅戯に向き直った。
「まぁ、当然だな」
檗の言葉に獅戯は苦笑した。
檗は腰を上げて奥からグラスと氷を持ってくる。
獅戯の行動はお見通しというわけだ。
「用意周到だな」
「で、土産はこれだけじゃないんだろ?」
片膝を立てて座り直すと、獅戯に悪戯な視線を向ける。
どうやら、まだ嫌がらせは続いているらしい。
「面白いかは別として、土産話ならある」
檗は慣れた手つきでグラスに氷と酒を注ぐ。
その手が空くのを待って、獅戯は口を開いた。

「幸に、逢った」

その言葉に檗は酒を飲もうとする手を止めた。
檗も幸のことはよく知っている。
過去に世話を焼いてもらったこともあるし、幸の人となりも好いていた。
尊敬と言うには大袈裟だが、少なからず憧れていた部分はあったのだろう。
だが、彼女はもう居ない。
"此処"に「居ない」のだから、存在するはずがない。

「――――そうか、」

檗はそう応えて酒に口をつけた。
獅戯は本当に幸にあったのだろう。
檗は獅戯の言葉をそう受けとめた。
「…まぁ、面白くはないな」
獅戯は檗には応えず、酒を飲んだ。
「さて、本題だ」
檗は手を伸ばしてチェス盤を引く。
駒はそれぞれの位置を離れ、攻防の陣を作っている。
だが、それらは時間を止めたまま。
以前獅戯がここを訪れた時にやりかけたままだった。
だが、そこに一ヶ所だけ変化があるのに気付いた。
「これ、」
「ペナルティだ、当然だろ」
檗の表情が不機嫌になる。
「あのガキに、俺の能力喋ったろ」
獅戯が気まずそうに視線を逸らす。
元はと言えば、獅戯が神津にうっかり口を滑らせたのがいけなかったのだ。
檗には対カオス用の能力と物資の供給のための別な能力がある。
それを詳しく知るものは限られている。
詳しく知るものの一人である獅戯は、詳しく知らない神津に口を滑らせてしまった。
それによって、檗は神津の退屈しのぎの餌になってしまったわけだ。
「…悪かった、と思ってる」
獅戯は素直に詫びた。
檗は獅戯の素直なところは知っている。
頑固だが、非があれば頭を下げる潔さ。
そしてそんなところを好いてもいる。
「それはコレでチャラだ」
正直なところ、そんなに根に持っていたわけじゃない。
この勝負の続きをするための口実には丁度いいと思ったくらいだ。
いい酒もある。
悪態をつける相手もいる。
昼が煩わしいのは相変わらずだが、まぁ、今日はそんなに悪くはない。
檗は微かに笑って、ひとつ駒を進めた。

あの時。
不本意ながら、手を止めて取った電話の先で檗は言った。

『続きだ、夜が明けたら来い』

唐突な発言。獅戯は檗らしいと思いながら聞いた。

まぁ、こんな昼も悪くはない。





『続き。』
ただの暗闇はつまらない。
光りの差さぬ世界に、光りが差さねば、それは安定。安穏。

波紋さえ起こらない世界はなんと退屈な事だろうか。

だから望む。
希う。

月よ、その弱々しい光りでこの世界を照らせ。
月よ、呑まれかけた光りでこの世界を揺るがせ。
光り届かない暗闇に、波紋を起こせ。

「―――それ、月かと思った」

神津の振り上げた鎌が、消え入りそうな光りに反射した。だが、その言葉に神津の手が止まることはなく。
非情な一降り。
それはさながら雨が降り注ぐように。
重力に逆らうことなく。
音も立てず閑かに。
舞ったのは赤い水滴。
たが当の月は雲に隠れ、その結末も血潮も知ることはない。

――――卑怯な奴だ。

神津は口を開く事無く、内心悪態を吐いた。軽く鎌を振ってから解く。空になった手を持て余して、苦し紛れにポケットに突っ込む。無造作に入れた指先に、固いものがあたった。

「…あぁ、」

傷の目立つジッポ。
朧げに浮かんだ月に反射して、つい手にとってしまった誰かのモノ。
その傷に何を重ねたのか。
気が付くと、ポケットに入れて持っていた。

「…くれてやるか、」

本音を言おう。
似ていると思っただけだ。
だから、あげるだけだ。
『アンタによく似てるから』と言って。

きっと月は顔を出す事無く、今日も夜が明ける。
だから、神津はまた空を仰ぐ。

そして、今宵の闇天に亡き月を想う。




『宵闇に月想』
(某方の曲のタイトルを拝借)
「今日は居ないんですね、黒髪の彼は」
千鳴は店内を見回して、カウンターに座った。
「あぁ、見てないな」
獅戯がそう答えたところで、冷たい風が足元をさらう。入ってきたのは神津だった。千鳴は気にした様子もなく、文庫本を取り出した。
「珈琲、」
神津は早口にそう言い、千鳴と椅子一つ置いて座った。
「……ども」
神津にしては珍しく、控えめに声をかけた。
「どうも」
手にした文庫本から目を上げ答えると、すぐにまた視線を本に戻した。
千鳴の様子を見る。その態度が「話し掛けてくるな」という無言の圧力でないことを、神津はようやく学んだ。
「読書、好きなんスか?」
するとまた千鳴は顔を上げて、少し困ったような表情になった。
「…そう、見えるかい?」
「違うんスか?」
「違うよ、只の暇潰し」
神津はあっさりと返された答えに少し唖然とした。たまに見かけると、いつも文庫本を持っている千鳴だ。てっきり好きなのだとばかり思っていた。
「こうしてると早いんだよ、時間経つの」
そう続けて、また本に視線を落とした。神津はまた話し掛けようとしたが踏み留まった。あまり詮索するのは自分の趣味ではない。距離の取り方では、千鳴という人間は神津の得意じゃない部類の人間だった。
「…ワタシからも聞いていいかな?」
神津が考えている間に、また顔を上げていた千鳴はしっかりと神津を見て問う。
「…はぁ、」
「紫闇くんを知らないか?」

「―――――は?」

何を言われたのか、一瞬解らなかった。そもそも、どうしてこの人は自分に聞くのだろうか。神津は口に出さず思う。
「神津くん、仲良いでしょ」
仲良くねェよ。
思わず飛び出しそうになつた言葉を飲み込む。無意識に爆弾を落としていくのと、意識的に地雷を埋めておくの、千鳴は間違いなく前者だ。あくまで、この会話に関してだけの話だが。
「…そう、見えます?」
「ちょっと羨ましいね」
んなコト言われても。
「多分、楽園(エデン)に居ると思いますよ。俺も今日は一度も逢ってないですが」
すると、千鳴は文庫本を閉じた。
「ありがとう」
親切な千鳴の笑みを神津は受け取る。千鳴がしまう文庫本の表紙が神津の目についた。
「…哲学とか、好きなんスか?」
まぁ、似合うといえば似合いそうだが。
「…そうだな、嫌いじゃない」
数秒考えた後返された答え。神津はさっき言おうとしたことを問うた。
「生と死とかって、考えます?」
「"放棄"のことを言いたいのかな、君は」
神津は初めて、千鳴と向かい合った気がした。
「…生きるって、どういうことだと思います?」
千鳴は少し黙って伏し目がちになる。(伏し目がちになるのは、千鳴がモノを考える時の癖…神津は知らないが)

「―――死なないこと、だろうか」

神津の動きがフリーズする。それを知ってか知らずか、千鳴は一度分かるようにふっ…と笑った。
「…そう、ですか」
千鳴さ軽く手を上げて、踵を返して出ていった。神津はその姿が消えた途端にふっと笑いだした。軽く額を押さえる。
「…はは…」
正直なところ神津は揺らいでいた。あの男は神津の抱いているものと同じことを言ったのだ。
「生きる」とは、「死なない」こと。
千鳴も神津と同じ…或いはとても近いものを宿しているとでも言うのか。
神津は思う。
完璧なほど隠された姿と、顕れたら無視することのできない絶対の存在感。なのに敢えてグレーに居る男。
これを「キトク」と言わずして何と言おうか。
「お前らしくもないな」
獅戯が言った。
「何が?」
「ソレだよ」
獅戯が差すのは今の神津。表面は変えずに、神津は自分を落ち着かせようとする。
「鏡みたいなもんだろ。千鳴とお前は似すぎてる…だが両極端だ」
獅戯は冷めた珈琲を下げ、新しいのを出した。
「…俺、あんななんのは嫌だな」
神津の言葉に獅戯は笑う。「なぁ、アンタはどう思う?」
獅戯は手を止めて少し考えていたが、出てきたのは呆れたため息。
「生憎だが、手のかかる奴らが多すぎて考えてる暇もなけりゃ、生きるので精一杯だ」
「あはは、アンタらしい。実にバーテンさんらしいお答えで。すみませんねェ、手ェかけさして」
「まったくだな」
獅戯はまた眉間に皺を寄せた。



続く。





『危篤(奇特) 前編』
「…はは、これは近いうちに神津くんにお礼をしないと」
楽園(エデン)に、紫闇は居た。千鳴の存在に気付いた紫闇はあからさまに舌打ちなどした。
「どっから湧いてんだよ、お前は」
「湧くのは物理的に無理だね、徒歩で来た」
紫闇はまた不機嫌な表情になった。
「そうかよ、」
そう言った紫闇は千鳴に背を向ける。千鳴は紫闇に近づいた。紫闇はフェンスにもたれかかって外を見下ろしていた。
「こうも簡単に背中なんて取られていいのかな。それとも、ワタシには気を許した?」
「そう思うか?」
千鳴が視線を落として、短く具現化された刀を確認する。それは明らかに牽制の刀。気付いていながら千鳴は近づく。紫闇もそれに気付いている。
「神津くんにね、面白い事を聞かれた」

『…生きるって、どういうことだと思います?』

「実に愉快だったよ、彼の動揺した表情は」
くくくっと可笑しそうに千鳴は笑った。
「紫闇くんは、生きるってどういうことだと思う?」
「どうもこうも、最低ラインだろ、それは」
生きていなければ、何もできない。何も得ることはできない。
だが、同時に少しだけ紫闇は思う。
生きていても何も得られない時はどうだろう。それは死んでいるのだろうか。だがすぐにその疑問を打ち消した。
「では、一生は?」
「俺だけのモノだ」
千鳴は紫闇の即答に笑う。
「はは、実に紫闇くんらしい俺様な発言だ」
千鳴の笑いが気に障ったのか、紫闇は千鳴を睨み付けた。
「お前はどうなんだよ」
千鳴はまた伏し目がちになって思案する。
「長い…それはもう永い退屈の塊だな」
「…まるで、」
神津だな。
紫闇は誇張なくそう思った。
「だから本読むのか?好きでもねェくせに」
「一番時間が早く経ってくれるからね」
「一生かかっても絶対読めねェ無意味な本まみれの部屋で、よく気が狂わねェよな」
紫闇が初めて千鳴の部屋を見た時は驚いた。それはもう大惨事…惨状だった。
本の死体だらけだ。
そう思った。あんな死んだ部屋を、紫闇は今まで見たことがない。
「全部暇潰しだからね。本気になって読んでるわけじゃないから、呑まれもしない」
何かに影響を受けることもない。
左右されることもない。
騙されることもなければ、振り回されることもない。
興味がないから、溺れない。
「もう狂ってんなら、そりゃあ悪酔いもしねェよな」
「至ってマトモで繊細な精神所有者に向かって、それは失礼だな」
千鳴は苦笑する。
「ワタシはマトモな人間だよ」
そして小さく呟く。
「もし狂っていると言うのなら…それは世界そのものが歪んでいる、何よりの証拠じゃないか」
千鳴には自覚がある。
世界にとって自分は取るに足らない存在で、砂漠の砂粒の様に小さな存在で。胸を張れるものなど何もない、ただ臆病で死の決定すらもできない。
だが、何と人間らしいことか。
「…お前、何が言いたいんだ?」
「ちょっとカッコ良い哲学者みたいなコトを言ってみたかっただけだよ」
「カッコ悪すぎだろ」
呆れた紫闇に、千鳴は笑う。
「まぁ、ワタシはカッコ良い人間ではないから」
千鳴は文庫本を取り出して、宙に放った。

「粉々になって、飛んでいけ」

楽園(エデン)から零れるように降ったのは、粉々になった本の死骸。
「…まるで魔法だな、お前の力」
「非現実的な産物なのは確かだね」
「"此処"が既に非現実だろ」
「そうだね」
二人は風に流れる紙切れを眺めていた。
「あ、」
不意に、千鳴が声を上げる。
「何だよ、」
「あの本は…借り物だった」
大した問題でもなさそうな口調で、千鳴は「困ったなぁ」と続けた。




『危篤(奇特) 後編』
ガシャンっ…

派手な音に、獅戯ははっとして割れたグラスを見た。グラスは酷く偏った割れ方をしていた。カウンターの中。少し窮屈そうに屈んで、獅戯はその破片を拾った。
先刻まで頭の中を支配していた「それ」は、定期的にやってくる発作のようなものだった。無意識に、思い出す。いや、自分の意志で「忘れない」のだから、「思い出す」というのは語弊があるか。

「…っ」

ついと意識を逸らした瞬間、獅戯の指先に小さな痛みが走った。すぐに気づいて指を見ると、少しずつ朱い玉は大きくなっていた。傷口を意識すると、熱が帯びている気がした。

何となく。

「――――…生きてるんだな、」

獅戯の口をついて出たのはそんな一言だった。生きているのはもう40年以上前からで、生きているから痛みを感じている。そんな些細なことを初めて知ったとでも言うような。そんな呟きだった。生きることは傷付くこと。内側も外側も然りだ。
自分のらしくなさに苦笑しながら、今にも朱の玉が零れそうなその指を口に含んだ。
鈍い痛みと、鉄の味。

「…もし、」

それは、声にならない小さな声。

『獅戯…" "』

それと同時に脳裏をよぎった光景に獅戯は呆れて頭を掻いた。こんなことで、思い出してしまうなんて。

「いや、」

「もし」は存在しない。今自分は此処に居て、傍に在ったものは亡くて。その現実が変わるわけではない。だが、それでも今自分のいるこの場所が少なからず苦しいと感じるのは、あの時失ったものがあまりに大きすぎたからだろうか。

獅戯は大きな破片だけ片付け、砕けたガラスを箒で片付けた。そこへ驚いた様子で火滋が降りてきた。

「獅戯さん、何かあっ…」

「いや、大したことじゃ…」
獅戯の指に気づいて、火滋はすぐに救急箱を持ってくる。
「なくないですよ」
獅戯にしては珍しいと火滋は少し笑って、手当を始める。獅戯も抵抗せず火滋に任せた。
「悪かったな、」
その言葉に火滋は笑って手を振る。
「それこそ大したことじゃないですよ」
火滋の言葉に獅戯は表情を和らげ、オレンジジュースを入れようとする。それを火滋は止めた。
「獅戯さん、空見ました?」
途端に楽しそうな表情になる火滋。獅戯が"いや、"と応えると、火滋が獅戯の手を引いた。
「ひとつだけ、すごくはっきり見える星があるんですよ」
そう指差す方を見上げると、そこには確かにひとつだけ強い光を放つ星。
「…あれに祈ったら、願い事叶わないかなぁ…」
火滋の呟きに獅戯は少し動揺した。

もし、

…逢いたい、もう一度。

そう思ってすぐに打ち消す。逢ってしまったら、また別れることになる。ガキみたいだが、別れるのは一度で十分だ。窓際で獅戯はゆっくりと目を伏せた。

「獅戯さん?」

見上げてくる真っ直ぐな瞳に。
「お前は何を祈るんだ?」
獅戯の言葉に火滋は少し考えた素振りをして、それから優しく笑った。
「限さんや紫闇さんや師匠に杏子さん、獅戯さんも…僕も。今のまま変わらず居られたら、」
自分の言葉に照れくさくなったのか、火滋は獅戯から視線を逸らした。

「…お前みたいな表情をする、」

火滋の優しい笑みに重ねた「誰か」に向けた言葉。
獅戯はまた笑って火滋の頭を叩いた。

再び見上げた闇空。強い光を放つそれを視界に捉えながら、獅戯は「忘れない」が故に起こるこの発作を、まるで「泡沫の夢」のようだとぼんやり思った。





『泡沫ノ夢』

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