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ペテルソン世代のF1を語るコミュのJoakim Bonnier

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ヨアキム・ボニエ。

1930年生まれの、スエーデン人ドライバー。
50年代後半BRMのワークスドライバーとなり、59年のオランダGPで唯一のF1勝利を挙げる。

66年以降に自らワークスのセコハンマシンを購入して、F1にプライベーターとして参戦を続ける。
68年の最終戦、メキシコGPでは予選で愛車マクラーレンを壊し、ホンダのスペアカーを借り受けて出走し見事入賞す。

この時ジョン・サーティースドライブのホンダのワークスマシンはエンジントラブルでリタイアし、中村監督を「ボニエに貸すマシンが逆だった」と悔しがらせた。

ボニエは72年のルマン24時間に参戦中事故に遭い、死亡。

コメント(4)

>72年のルマン24時間
カーグラフィックのレースレポートに事故の描写があり戦慄した記憶があります。
たしか黄色い(チーズカラー?)ローラT280DFVでした。
数カ国語を話せることもあってGPDAの会長を努めていましたね。でもCGの記事だったか当時のヨーロッパ人の典型というかアメリカ人を低く見ていたり欧州では無名だったR.バックナムが1964年のドイツGPにホンダで参戦するのを反対したりしたのも彼だった記憶があります。
Joakim Bonnierといえば、lotus49fordさんが言われるように、ヨーロッパ中心の考え方をする人だったようですね。アメリカ人ドライバーには冷たかったようです。ホンダにも最初は冷たかったと思いますが、1968年のメキシコGPでは、HondaRA301にのり、5位に入っています。レースの世界は面白いですね。
ボニエというと忘れられないのは、1966年のニュルブルクリンク1000kmに、
フィル・ヒルと組んで、シャパラル2Dで優勝したことでしょう。
もっとも彼はシャパラルのトルコン式トランスミッションには馴染めなかったようですが。

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