したり映画帖コミュの『競輪上人行状記』‘６３

監督：西村昭五郎、脚本：大西信行・今村昌平、撮影：永塚一栄､音楽：黛敏郎

小沢昭一氏を偲んで

偉大な喜劇人であり、はたまた、日本の民俗芸能史の研究家でもあったり、タモリ以外で黒柳徹子女史とがっぷり四つ相撲が取れる、東の大横綱的貴重な存在であった、小沢昭一が逝去した。そして、彼の逝去により、というよりそれを機にとうとう本作がソフト化されてしまった。封印が解かれてしまった。こう書くと、小沢氏が本作のソフト化に対して何らかの圧力をかけていたように勘違いされてしまいそうだが、本当は知るひとぞ知る傑作としてこっそり胸に秘めておきたい一本だったというこちらの欲望が儚く崩れ去ったというだけなのだ。せこい、あまりにせこい心情なのは重々承知である。言い訳じみているが、ただこの作品がそのような心境を呼び起こさせるほどに、粗野で猥雑でありながら慎ましく清廉な傑作なのであるという事はこの場を借りて明言しておきたい。
実はこのコミニティ発足の野心として、本作の紹介をひとつの責務と感じていたのは事実なのだ。よって達成に至った現在は喜ばしい限りなのだが、映画ファンの悪弊というか悪癖で、誰にでもこの傑作がお披露目されてしまうという事実を、すんなり呑み込めないでいる。箱入娘の処女性を信じ込み必死に守り抜こうとする娘の父親の心境に似ているのだ。娘よ、誰にでもみだりに開陳するではない、相手を選べ、という訳だ。
作品の個性を際立たせる映画作家と呼ぶより、可能な限り物語を平明に語ってみせる事を最優先とする、にっかつロマンポルノの職人、西村昭五郎の監督デビュー作。初期マルコ・フェレーリを思わせる重喜劇的な猥雑なパワーは、脚本の今村昌平の絡んだ仕事と云える。だが、この一本だけで、西村昭五郎は師匠今村昌平の全作品を越えた、と言いきっても過言でない傑作に仕上げている。鈴木清順作品でもその手腕を発揮していた永塚一栄のシネスコサイズを活かしたシャープなモノクロ撮影は今村作品にはないキレを生む。本来泥臭さがウリの今村の作風にシャープさは水と油。それを西村がみごとに昇華させている。

しかし、なんと言っても本作の最大の魅力は主役の小沢昭一の存在である。妙な小芝居を禁欲した潔さが、元教師で、今は僧侶という家業を渋々継いでいるという複雑な主人公の心情を見事に体現する。小沢昭一でなければ、ここまで素直に感動呼べたとは思えない。それほど鬼気迫らんばかりの熱演を見せる。決して見栄えのいいルックスではない役者だからこそ演じられる哀愁や悲壮感を演じ切る。キャラクターの潔癖で純真な生真面目さが、テーマである貧困の惨めさや情けなさ、だらしなさに直結してゆく。ラストの説法シーンは、その後の民俗芸能史研究家としての小沢昭一の未来の姿を垣間見せる、一世一代の独壇場だ。
周辺を彩る女優たちも素晴らしい。雨降る中で憑かれたように板塀を洗い続ける登場シーンからこちらを惹きつける南田洋子が、他の作品（『幕末太陽伝』とか）では見たことないような魅力を放射する。頽廃的な色香を漂わせる生活に疲れた未亡人という困難な役を素敵に演じる。渡辺美佐子も最高である。余分なレースに賭けないようにと自戒のロープを腰に巻きつける競輪に狂った女として真面目な顔つきで登場する。本人が真剣であればあるほど滑稽に見えてくるという悲喜劇の妙を好演する。作品後半のクライマックスとなる小沢と渡辺の出会いの場面で、更に競輪レースで身を持ち崩そうとする渡辺の肩を掴んで諌める小沢のハードボイルド演技は、人生に切羽詰ったそれぞれの立場の違いを見せながら、あまりの生真面目さに莫迦莫迦しいおかしみを呼び寄せる。小沢昭一のハードボイルドから滲み出るペーソスとそれを受ける渡辺の決死の演技に感動しない者はいないはずだ。映画史上の最も美しいクローズアップとして名高い『夜の人々』に匹敵する瞬間がそこには映っている。美形のファーリー・グレンジャーに対抗するのは我らがブサ面、小沢昭一なのだ！
本作では脇役の語り部的存在となる武智豊子という、その後の活躍が皆無に等しい女優が演じる“ブラック婆さん”なる愛称呼称には、主人公たちの生活環境を一語にて一気に解説して見せる力がある。大家族で在日らしきカタコト日本語喋りの婆さんが示すブラックとは、部落⇒朝鮮人部落を指す。当時の朝鮮人部落とは、被差別部落として存在した。もちろん住居は、日当たりやインフラ状態が最悪な土地に追いやられる。主人公の引き継ぐ寺とは、そのような土地に建っているのだ。檀家もそういった困窮する人々となる。貧困に喘ぎながらも強かに生活する者の象徴として“ブラック婆さん”は描かれるのだ。
教え子の白痴の少女もそのような環境から脱する希望はない。人売りに捕まって身を滅ぼすところを担任教師だった小沢昭一に救われる。実父から性的虐待を受けている教え子の家庭環境は、最悪だ。展開としては冴えない主人公と教え子との恋の逃避行を予想する、こちらのゲスの勘繰りを覆してゆく硬派な小沢に胸がすく思いとなる。教え子には絶対手をださない潔癖さを保ちながらも、ギャンブルには耽溺する倫理観の狂い方。破滅の道しか残されていない方角に向かって、ひとの忌避する危険な橋を渡ろうとする陶酔感のようなものが、ひとの深奥部分に触れてくるのだ。
こういった感情を惹起させる作品にそうそう出会えない。先述したようにラストの予想屋となって競輪場の前に立ち説法を説く小沢昭一の捨て鉢ギリギリの清々しさに拍手と共に必ず涙が零れる事必至なのだ。大感動！
併映にはフェレーリの『猿女』を希望。

コメント(2)

最初
全て
最新の40件

[1] mixiユーザー 09月24日 22:30

偲んでってｗ、小沢昭一が死んでもうすぐ2年、DVDが出たのは1年以上前だけどまあいいや。
感動がよみがえってくる文章ありがとうございました。
ラストの説法をブログに書き起こしてる人がいたよ。記録のためコピペしておきましょう。
http://sentence.exblog.jp/19676353

バカ者どもが。
いったいどういう積りで大事な金をドブに捨てるんだ。
いまお前らの失くした金があれば、かあちゃんに新しいパンティ買ってやれるんだぞ。
子供にバットもミットもグローブも買ってやれるんだ。
ろくに調べもしないで大事な金を、つまらんサイコロの目に賭けて失くすバカがあるか！
一日汗水たらして働いて、やっとこ500円取れるか取れないお前達が、どきどき震えながら1000(円)だ2000(円)だと車券を買って、それで儲かると思ってんのか！
はい、ありがとう。
お前達何も悪い事してるんじゃないんだぞ！
いいか、高い税金取られたうえにまだ足りなくて、100円券1枚について25円も役場に寄付している、道路作らせたり学校建てさせたりしている功労者じゃないか。
もっと大きな面をしろ！
胸を張って威張るんだ！
そうすりゃ心も落ち着いて目も見えてくるから損をしない。
お前たち素人には、なにものにも捉われず心を空しゅうして予想を立てるということは難しいよな。
だから、お前たちの代わりに俺の立てた予想どおりに買ってこい。
1000や2000は必ず儲けさせてやる。
はい、ありがとう。
いいか、余計なものを買うなよ。俺のいうとおり一本で買え。
本当に救われようと思ったら、あれこれ構わず迷わず念仏一筋に生きろ。
俺たちの宗祖さま法然さんも選択本願集のなかでいっておられる。
あらゆる雑行を捨てて、念仏という正行一本に生きるんだ。
どうせおれたちは、煩悩というものが体の中にこびりついている。
断ち切ろうと思っても断ち切れるものじゃない。
だから、きたない体のまま、よごれた体のまま阿弥陀さまにおすがりしろ。
おれも、このおれも坊主の身でありながら、お前たちと同じようにギャンブルの世界に飛び込んできた。
そのおれがお前たちに教えるものはこれだ。
いいか。車券は外れることを怖がっちゃいけない！
取れる時は一本で取れ！
わかったか、あれこれ迷うな！
…救われることを望んじゃいけない！
救いというのは一度きりしかないんだ！