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こんばんわ。まずはこういうのは管理人から発言したほうがいいので、取りあえずトリビアを一つ。
「手塚治虫の『ジャングル大帝』は、大御所のダメ出しでお蔵入りになりかけた」
て、おいっ!いきなりマンガの話かよっ!と突っ込まれそうですがいいんです。何故なら、管理人がマンガ好きで手塚治虫は尊敬する人物だからOKなのです。まあ、これが楠勝平みたいな知っている人しか知らない人だとそれがどんな人かその背景から説明しなくてはいけません。それが説明さえできれば、よほど良識を疑う内容でない限り問題ありません。(ちなみに楠勝平は、雑誌ガロで活躍した短編時代物を得意としていたマンガ家です)
ちなみに、手塚にダメ出しした大御所ですがあいにく名前を忘れてしまったので、「冒険ダン吉」の作者とだけ明記しておきます(これでもわかる人はわかってしまうのがおそろしい・・・)
てな具合です。難しく考えず楽な気持ちで投稿してみてください。

コメント(5)

えーと、こういうのは如何でしょう?

「アメリカン・コーヒーが薄いのは、独立革命時の茶法が関係している。」

もともとイギリスの植民地が多かったアメリカでは、紅茶の消費量が多かった。だけど、1773年の茶法により自由にお茶が飲めないアメリカ人が怒ってボストン茶会事件が起こった。で、仕方が無いのでアメリカ人はコーヒーを薄くしてお茶の代わりにガブガブ飲むようになった。→アメリカン・コーヒー。
はじめまして、みやけひかるさん。おお〜、それビミョ〜に聞いたことあるようなないような・・・。そう考えると、一つの飲み物の誕生にもさまざまな国の(この場合、アメリカとイギリスですが)軋轢が背景にあるとわかって面白いですよね。
投稿ありがとうございましたm(−−)m
だいぶ遅くなりましたが(なにしろ、資料全然片づけてないし)、手塚治虫のトリビアについて補足と訂正を。まずは訂正ですが、手塚がけなされたのは「ジャングル大帝」ではなく初期の代表作の一つ「新宝島」だったということ。
たぶん手塚ファンでない方はご存知ないかもしれませんが、この作品初めて映画的手法で描かれた画期的なマンガとして、石ノ森章太郎、藤子F不二雄、藤子不二雄A、赤塚不二夫といったマンガ家に多大な影響を与えた作品で、戦後マンガはここから始まったといっても過言ではありません。
 ところがこれを読んだ当時の大御所島田啓三は、
 「こんなのはマンガではない。誰も彼もがこんな描き方をしたらえらいことになる!こんな描き方をするのは、あなた一人にしてもらいたいですね」
 とクソ味噌にけなしたとか。彼は、「冒険ダン吉」に代表されるユーモアマンガ(まだ、ギャグマンガという言葉がなかった時代)で「のらくろ」の田河水泡と共に当時のマンガ界の重鎮として仰がれていたわけですが、島田の感覚では手塚の斬新な物語世界は理解できなかったのでしょうね。
ですから、このトリビアは正確には、
−手塚治虫は、自信作を大御所にけなされたことがある。−
と訂正されます。すいませんm(−−)m
 こんにちは (^^)/

 島田先生は、つのだじろうさんの師匠ですね。

 つのださんは、師匠の指示で同じ作品を何十回も描き直させられたことがあるそうで、それでトキワ荘の皆さんから一目置かれていたそうです。

 たくさんあるトキワ荘関連本のどれかに出ていました。
 夜帆さん、こんにちは。おれがそのエピソードを知ったのは、確か藤子不二雄Aの「漫画道」でした。ところが記憶違いで、つのだじろうの師匠をつい数年前まで島田啓三でなく、田河水泡と信じていました。思い込みというのはこわいものです^^;
 ちなみに、つのだ氏が描き直されたのは桃太郎を題材にしたユーモアマンガだったような気が・・・。

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