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備後の歴史を歩くコミュの日本一の石灯籠

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府中市府中町に鎮座する金比羅宮境内に建つ。

高さ二十九尺四寸、笠石は四畳半余。文化7年(1810)福山城主阿部伊勢守の家老代理をつとめていた林新五郎が発起して金比羅宮(金刀比羅宮)を建立。次いで天保の初め頃より着工し天保12年(1841)12月に完成した日本一の石灯籠と紹介されている。しかし、文化7年ころの福山城主は阿部正精(まさきよ)で、その官位は伊勢守ではなく備中守。福山城主で阿部伊勢守に当たる人物は阿部家備後福山藩二代阿部正福(まさよし)と第七代阿部正弘しかいないようだ。阿部正福の在任期間は1715〜1748年。少し時代が合わない。この部分については林新五郎なる人物が誰の家老代理を務めていたかがわかれば判明する。高さ二十九尺四寸は約9m。金比羅神社については後ほど紹介します。

地図
http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E133.14.10.000N34.34.17.699&ZM=10

もう一つ日本一をうたった石灯籠が備前一宮吉備津彦神社の境内に建つ。
六段造りで高さ11m。笠石は八畳敷きで、文政13年(1830)と安政4年(1857)の二度にわたり地元有志が発起し備前一円と浅口郡とを中心に寄進され、完成は翌年の安政5年と紹介されている。これが完成するまでは府中市金比羅宮のが日本一であったが、それを上回る石灯籠が備前一宮に出来てしまったようだ。

地図
http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E133.51.59.534N34.40.24.673&ZM=8


鞆の常夜灯
安政6年(1859)に建立された。現存する常夜灯では日本一と紹介されている。高さはいかほどか・・・?

地図
http://link.maps.goo.ne.jp/map.php?MAP=E133.23.0.248N34.22.44.973&ZM=9


写真
左:府中市金比羅宮の石灯籠
中:備前一宮吉備津彦神社の石灯籠
右:福山市鞆の浦の常夜灯

コメント(8)

どれも写真が悪いです・・・。

どなたか良い写真があれば貼ってください!!
鞆の浦常夜灯の内部

かつてはロウソクが灯されたが現在は電球が灯る。内部にはその配線がみえる。


府中市金比羅宮の石灯籠
夕方の撮影。
福山市鞆の浦の常夜灯
色々なパターンで。(^^ゞ
こんな風景も見られなくなるかなぁ。
鞆の浦の常夜灯

高さは5.6mだそうです。
7.5mですか?


昨日行った歯医者に「福山・府中の歴史」という本が待合室に置いてあって、それには5.6mとあったような気が・・・。

記憶があやふやです。

5.6mではちょっと低すぎますね!!

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