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科学は愛ですコミュの米の放射能人体実験 次々崩れた機密の壁

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真相究明:米国政府は秘密裏にプルトニウムやウラニウムを市民に注射していた
(Revealed: US Government Program Secretly Injected Citizens with
Plutonium, Uranium:2月24日英語版配信分)


http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/plutonium_experiment.html
[ジェラス・ゲイ]
がん患者へのプルトニウム注射、治療費の払えない患者への大量の放射線照射──放射能人体実験という核兵器開発の最暗部が一連の新聞報道で明るみに出て米国を大きく揺さぶっている。実験は、ソ連と激しい核開発競争をしていた1940年代から70年代初めにかけて米政府が極秘に実施、その後も最高機密とされてきた。しかし、真相究明を求める世論が高まり、エネルギー省は、人体実験を含むかなりの核関係機密書類を今年6月に公開する方針を固めた。(ワシントン=大塚隆)


秘密を暴く口火を切ったのは、ニューメキシコ州のアルバカーキー・トリビューンという地方紙だ。女性記者のアイリーン・ウエルサムさんは、原爆開発のマンハッタン計画の一環として、原爆の原料となるプルトニウムの毒性や体への吸収率を調べるための人体実験が、45−47年に行われていたことを87年に知った。被験者は18人。記録にはコード番号しか記されていなかったが、6年がかりで5人を突き止め、昨年11月に報じた。


●遺灰まで研究材料

「CAL1」と記されたアルバート・スティーブンスさん(当時58)の場合はこうだった。サンフランシスコの病院で「胃がんで余命半年」と診断され、広島、長崎への原爆投下直前の45年5月、本人に無断で、大量のプルトニウムを注入された。4日後、胃の3分の2と肝臓を切除する大手術を受け、患部は研究材料として持ち去られた。
しかし、スティーブンスさんは66年1月まで生き、79歳で亡くなった。遺体は火葬されたが、75年、その遺灰は残存放射能を調べるためシカゴにあるアルゴンヌ国立研究所に送られた。
核戦争勃発(ぼっぱつ)を想定した実験も明らかになった。ロサンゼルス・タイムズは、50年代から72年ごろまで、被ばく兵士の継戦能力を調べる目的で、シンシナティ大の研究者が治療費を払えないがん患者80人余に大量の放射線を浴びせる実験を行ったと報じた。
当時、25レム以上の照射は骨髄に危険と考えられたが、一部の患者にはこの10倍も照射された。
米国防総省への実験報告にはこう記されているという。「実験で8人の死期が早まった可能性がある」「200レムまでの被ばく線量であれば継戦能力はかなり維持できる」


●児童の食物に混入

50年代初め、軽い知的障害があった児童に、マサチューセッツ工科大の研究者が放射性物質入りの食べ物を「ビタミン入りの栄養食」などと言って食べさせた実験も暴露された。
反響は大きかった。エネルギー省が昨年暮れ設置した人体実験ホットラインヘの電話は1カ月で1万5000件を超えた。手紙も1000通以上にのぼる。手紙の分析では、3分の1は自分や家族が知らないうちに被験者にされていたのではないか、さらに3分の1は核工場や核実験場の近くにいたために被ばくしたという訴えだった。残り3分の1は真相究明への支持や励ましが大部分だったという。
議会も動き始めた。1月25日には上院政府活動委員会が、初の公聴会を開いた。米エネルギー省のオリアリー長官は民間出身で、核機密の情報公開に取り組んでいる。その長官が証言に立った。「あえてパンドラの箱を開いたのは、実験の詳細をはっきりさせ、秘密主義という悪癖から抜けだすことでしか、実験への疑念をはらせないからだ」。会場から大きな拍手が起き、委員からも絶賛を浴びた。


●肩身狭い核科学者

最近は、核兵器工場の相次ぐ放射能漏れ事故などでエネルギー省や関係者の評判はがた落ちだった。そんなところへ人体実験が暴露され、核兵器開発の先頭に立ち、冷戦時代を支えてきた栄光の核科学者たちは、一転、窮地に立たされている。
1月半ば、サンフランシスコで開かれたエネルギー省主催の核問題についての公聴会に、「水爆の父」とよばれるエドワード・テラー博士(86)が出席した。
レーガン元米大統領が現職当時、宇宙防衛計画を進言するなど政権に強い影響力を持ち続けた同博士は、公聴会を「ヒステリックでバランスを欠く」といい、「一連の人体実験報道も誇張が多い」と批判したが、会場からは逆に「大うそつき」とやじられた。オリアリー長官が反対派からも大きな拍手で迎えられたのとは対照的だった。
同省が機密解除を検討中の文書には広島・長崎への原爆に関する報告書も含まれている。
半世紀近い歳月を経て、核大国の暗部が白日の下にさらされる。

米国は冷戦時代の1940年代から50年代にかけて放射性物質を使ってさまざまな秘密人体実験を行ってきた。人体実験と言えば、旧ソ連が50年代にウラル地方で実際に核兵器を爆発させ、放射能が兵士の人体にどのような影響を与えたか調査した例が有名だが、米国の場合は多数の一般市民もそれと知らされずに、実験の対象にしている。クリントン政権は現在、この歴史の暗黒部分に光を当てる作業を進めており、これに伴って全米各地で秘密実験の被害者たちが政府に補償を求める動きが表面化している。(アメリカ総局・関口宏)


▼6機関が調査

クリントン政権は昨年12月、冷戦時代に行われた人体実験について、エネルギー省が中心になって総合調査することを正式に決定した。調査にはエネルギー省のほか、国防総省、復員軍人省、中央情報局(CIA)など6つの政府機関が参加している。結果は6カ月以内に大統領に報告される。
政府の調査計画が発表されて以来、人体実験の対象にされた人たちが各地で名乗りを上げている。議会での公聴会も行われ、これまで秘密にされてきた人体実験の一端が明らかにされつつある。


▼知らされず…

今年1月中旬、この問題を取り上げた上院労働委員会で、マサチューセッツ州に住む2人の男性が小学生時代の1950年代に放射性物質による人体実験に供されたと証言した。2人は当時、知的障害の生徒約120人を収容した州立の特殊学校で学んでいた。「ある朝、何人かがほかの生徒とは別の部屋に呼ばれ、コーンフレークとミルクの朝食を食べさせられた。あとで腹痛が起きたが、医者も原因が分からなかった。当時はもちろん、人体実験などとは知らされていなかった」
2人のうちの1人、工場作業員のオースチン・ラロークさんは、当時のもようをこう語った。
この実験は政府の委託を受けて、ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者が実施したものだった。ミルクの中に少量の放射性物質を混ぜて、カルシウムと鉄分が摂取される代謝のメカニズムを調べるため行われたという。
このほか海軍が67年にワシントン州ハンフォードの原子力施設で14人の志願者に放射性物質の溶液を飲ませ、あるいは注射した例や、40年代から50年代に潜水艦勤務者の水圧による耳鳴りを防止するため、数千人の新兵に鼻孔からラジウムを注入したケースも明るみに出された。


▼1000万ドル要求

政府を相手に補償を要求する被害者も相次いでいる。サンフランシスコに住むリチャード・リースさん(59)は「10歳の時の45年から2年間、放射性物質の濃縮液を注射された」として、エネルギー省を相手取り、1000万ドルの補償を求める訴訟を起こした。リースさんも知的障害の少年だった。
また45年から49年にかけてテネシー州ナッシュビルのバンダービルト大学付属病院で妊娠中に人体実験の対象にされ、放射性物質を投与されたという2人の女性とその2人の娘(1人は死亡)が、大学当局や当時の原子力委員会委員長など関係者を相手取って損害賠償を求める訴えを起こしている。
実験は放射性物質が胎児にどんな影響を与えるか調べるのが目的とされ、当時、約750人の妊婦が対象にされた。彼女たちが出産した子供のうち3人が5歳から11歳でがん、白血病で死亡しているという。
核実験などに伴う軍関係者の放射能被ばくも改めて論議されている。1月下旬、上院政府活動委員会で国防総省高官が明らかにしたところによると、50年代に行われた大気圏核実験で20万5472人が放射能を浴びた。また、原爆投下後に広島と長崎に駐留した米兵のうち19万5753人が放射能に身をさらしたと報告されている。もっとも、国防総省は「放射能は低レベルで人体への影響は少ない」と説明している。


▼パンドラの箱

今回の人体実験調査の先頭に立つエネルギー省のオレアリ長官は、ミネソタ州の電力会社副社長からクリントン政権入りした黒人女性。同長官は議会の公聴会で「最近までなお200件の実験が続けられていた」との事実を公表すると同時に、今回の調査について「パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない」と述べた。
彼女はもともと環境問題に関心が深く、政府に不利な事実が出てくるのを覚悟で冷戦時代の暗黒部分にメスを入れている。調査が大規模に展開されているのは、彼女の努力に負うところが大きい。(中日新聞 1994/02/11)


【関連記事】・・・・一部抜粋です 詳しくはこちら
http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/plutonium_experiment.html
米・プルトニウム人体実験 4歳児にも注入 米政府が情報公開
【ワシントン8日=大塚隆】米政府が原爆を開発するマンハッタン計画の一環として、1945年から47年にかけて18人の患者にプルトニウムの注入の人体実験を行った問題で、エネルギー省は8日までに情報の自由法に基づく情報公開を行った。この間題で同省が情報公開に踏み切ったのは初めて。
プルトニウム人体実験はニューメキシコ州の新聞アルバカーキ・トリビューンが6年がかりで追跡、昨年11月、その事実を暴露し、米国での放射能人体実験報道のさきがけになった。同紙は18人中5人の名前を報じたが、公開情報では個人のプライバシー保護を理由に名前や住所などはすべて伏せられている。
開示された情報によると、患者のうち最年少は4歳10カ月のオーストラリア人男児。骨がん治療のため渡米し、46年4月26日、サンフランシスコのカリフォルニア大病院で何も知らされないまま0.169マイクロキュリーのプルトニウム注入を受けた。男児は帰国後の47年6月1日死亡した。
実験から40年以上たった87年、患者を追跡していた国立アルゴンヌ研究所が男児の家族に手紙を出して、研究者から家族への説明や実験に対する同意の有無などをただしていたことも、今回の開示で分かった。手紙は「戦争直後に起きた出来事が重要です。特別な治療の内容やどんな物質が注入されたかご存じでしょうか。口頭か文書の同意があったのでしょうか」と書かれている。
同省は今年6月、機密とされている大量の文書を公開する予定だが、一足先に公開したのは実験の大部分が報道で明るみに出されたためとみられる。今回は「人体に静脈注射されたプルトニウムの排出と体内分布」など、人体実験をもとにまとめられた機密扱いの科学論文も併せて開示された。(朝日新聞 1994/03/09)

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