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ユング心理学研究会コミュの11月19日ユング心理学の理論(2)元型論その3/4

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ユング心理学の理論(2)元型論その1/4編
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ユング心理学の理論(2)元型論その2/4
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ユング心理学の理論(2)元型論その4/4
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黒田さんの質問(夢のイメージ)
「大地にもぐる、地中の風景はとてもいみをもっているのではないか?元型的イメージといえるか?」
白田さん
「言えるでしょうね。ノイマンはグレートマザーのイメージの1つとしています。」
黒田さん
「自分の中に深く入って行くイメージなのでしょうか?」
白田さん
「そうでしょうね。ですけれど入り方に色々あって、単に退行するケースもあるし、ちゃんと意識を持って入って行くケースもある。ユンギアンの臨床家はその人が入って行くときの態度を見る。引きずり込まれてしまうとか、何らかの目的を持って入って行くとか。
態度によって解釈の仕方が変わって来る。」
黒田さん
「若いころよく出てきたイメージ。歩いて地下に行く。地下鉄か鉱山に入る。
白田さん 自分の中に繰り返し出てくるイメージがありますね。私の場合は水面を地面と区別をつけずにずうっと行くというイメージ。
なんのイメージが分からない。少しずつイメージが変わっていく。
たぶん地中のイメージでも少しずつイメージが変わって行くのかもしれませんね。」
黒田さん
「そうかもしれませんね。次に見る、未来に見る地下のイメージがどうなるのか楽しみです。」
白田さん
「河合隼雄先生も、烏が飛んできて、何だろうと思っていたら、女子高生になった。ああアニマだったんだということがあったそうです。もしかしたら、もしかしたら変わったのかもしれない。こちらの態度が変わったので相手のイメージも変わったのかもしれない。」
黒田さん
「たぶん好き好んで意識の下に沈潜したいという気持ちがあるのでしょうかね。分かりません。ですが自分のイメージの中で核になっているイメージが地下のイメージであることははっきりしています。」
白田さん
「夢分析の先生に言われたのですが、その潜って行くときにどんな気持ちがあったかなあと見ていくと面白いよと。」
黒田さん
「だいたいそれは不快ではないですね。安らぎを感じるような。」
白田さん
「グレートマザー的な?」
黒田さん
「そのよい麺のような。」
白田さん
「よいんですか? 夢行っちゃって。みんないろいろ言いたいことがあるかも。」

たかだまさん(カウンセラー)「さっきのお母さんを怖がる男の子は肉の渦に引き込まれるイメージでした」
白田さん「そうでしたね」
たかだまさん「あの話を聞くと私は埴輪のイメージが出て来て、グレートマザーだなと」

白田さん「皆さん発達過程で何かご意見はございませんか?」
たかだまさん「やはりフロイトもそうですが、男性の自我の分析だなと。私は共時性に飛びつきやすい。前回も思ったのですが、西洋では女性とか自然とか捨象されやすいですよね。」
白田さん「そうですよね」
たかだまさん「やはり東洋は自然の中に。西洋は肉体を持った女性がはじかれてしまう。もう1つこんなにきれいじゃなくて、ばらばらに体験が起こる」
白田さん「たぶん大人になってからも子どもの頃の課題が出て来て、やり直すことがあったりとムラがある可能性もあるかなと」
たかだまさん「私も影でやたら黒い人が水のところをあれすることがありました。自分の無意識と溶解して行かなければならないと思った時期がありましたけど、なかなか受け入れられないというか。」
白田さん「元型の話ではなくて、みなさん自分の夢を語ることが増えてきましたが、やはり色々思い当たる節がありますよね。逆に言うとユング派の思想を利用してストーリーを作る時にもこのスケールを利用している。
前回のお姫様と結婚するかどうかというのも」
たかだまさん「シジギ―が分かりにくい。女性の中の男性像と言うのが」
白田さん「ユングの理解では女性のアニムスは精神元型に近い。ユングには男は元々精神的で肉体的なものを抑圧しているという発想が前提にある。アニマがそれを担当している。次に精神元型が現れるという順番。
ユングの考えでは女性は元々肉体的で、激情的であって、むしろ精神的なものが隠れているのだと言う。偏見かもしれないけれど。だからアニムスなんだと。この通りのことを今言ったら、袋叩きに遭うんじゃないかと思うのですが。
おっしゃる通り、よくわからないのですよ。アニムスは。もともとラテン語の語源をたどると、スピリット(精神)と同じ意味だったらしいのですが。アニマは魂を表すと同時に、アニムスは精神を表したらしい。歴史の中で捨てられて、スピリットという言葉と入れ替わったらしい。」

ケロリンさん「アニムスはアニマの複数形とユングの本にあったような」
白田さん「ラテン語ではアニムスは男性形です。ラテン語の本を読んだら、ユングのアニマ・アニムスのことがたっぷり書いてあって、非常に面白い用語の使い方をしていると思いました」
大橋さん「アニマが複数で、アニムスが単数ですよね。だいたいは。」
白田さん「そうですね。ユングは、アニマは一人の女性像で出て来て、アニムスは複数で出てくることが多いと言っていますね」(講義録作成人注:何度かテープを聞きなおしたが、間違えたかもしれません)
大橋さん「だから女性にとって理想の男性は1人で、男性は複数の女性に興味を持つんだね」
白田さん「ユングはアニムスとフランクという女子大は、毎年恐ろしい女性を輩出しておりますと書いていて、いいのかそんなこと書いてみたいな。」
大橋さん「たかたまさん。たかたまさん。仏教でも創意同じようなことを言いますよね。
男性単数のダルマと女性複数のダルマと言いますよね」
たかだまさん「そうですね。」
白田さん「フェミニズムの影響を受けたユング派って結構いましてね、この辺の発達過程は厳しいですよね。アニマとかアニムスを元型にしてしまったことが問題であるとかいうようなことを言いますよね。」

かじさん「かじと申しますが、母殺し・父殺しについて。子どもは反抗期に両親両方に反抗します。具体的に規範・道徳・価値観・習慣を破壊しようとして、両親両方と。お父さんのここがおかしい、養ってくれなくてよいわよとか、お母さんのこのやり方はおかしいとか。社会的な批判も出てきますよね。
反抗期によくみられるこの現象は、母殺しと重なっていますか? 母殺しはとても精神的なものに感じるのですが。そして父殺しは形のあるものに感じます。
反抗期と同じように思っていますが、具体的なもの、規範を壊そうとしています。そしてそれは父親に対しても母親に対しても出ますね。」
白田さん「そうですね。これはイメージの中の父と母ですから、お母さんがお父さんの役割を演ずることがあるし、お母さんがお父さんの役割を演ずることもありますよね。実際には。実際の父母と実際の父母は一致するとは限りません。イメージの中の父が学校の先生でもよいのです。」

かじさん「もう1つ意味の元型ですが、意味と言えばふつうは意識ですね。そして意識で意味を考えれば言葉なのですよね。元型は集合意識だと思うのです。集合意識であれば、おそらく言葉はないと思うのですが。ふつう言葉と言えば、抽象化してある特定のものを指すのです。ここであいまいな感じの意味はどのような形で出てくるのですかね」
白田さん「そこはけっこう大事なところでして、私たちが意味と言うと言語学的な意味で言うと、世界があって我々が言葉でそれを分節していると。それで意味を与えているという。言ってみれば意識の側が意味を与えている。元のことの方は意味のない抽象的な存在でしかない。
でも実在的な考え方は逆なのです。意味は私たちの側にあるのではなくて、客観的に存在して、それが私たちに現れてくるという発想の仕方。おそらくユング派後者を取っている。意味についての考え方が根本的に違うところがある。人額が発達したときに、適切な意味が現れてくるという。そんなようなイメージ。我々の意味作用を支えているのは、そもそも元型ではないか。意識の意味づける作用もそもそも元型がその奥にあって、それが意識の動きを支えているのではないか。構造的な考え方とユング的な考え方が根本的に異なるところ。
80年代のニューアカデミズム・ブームの時に両方同時に語られることが多くて気持ち悪かったけれど、両者は根本的に異なるものなのです。レヴィストロースとユング派全然違うのです。根本的に。」
檜垣さん「違うの? 双方が誤解しているだけで、同じことを言っているのではないの?」
白田さん「どこまで共通性というのがあるのだけれど、今言った観点からすると違うのだろうね。レヴィストロースはおそらく意味が実在しているとは思わないでしょう。そういうのは人間的な考えなのだと」
檜垣さん「実際に何と捉えるかの違いであって」
白田さん「そこが根本的に大きいんだって。それだけの違いなんだけど。それが大きいのです。
ついでに思い出したけれど、父母で思い出した。前回のゲド戦記の映画ですよ。あの映画はちょっと混乱が大きいと思っているのですよ。このスケールが分かりやすいのに、段階が異なるものを全部ごっちゃにしている。ちょっと意味が通じてこない。
例えば父殺しをしたことになっていて、その後影との戦いがあって、女性も獲得したけれど、実はそれが竜でしたという話になる。なんか複雑なのですよ。この観点からみると。やっぱリ混乱していると思うのですよ。正直。だから何らかの形で消化しきれていないところがあるのだろうなと。」

大橋さん「消化していたかもしれないけれど、あれだけのことをしてしまうと、混乱した作品になってしまうのですよ。」
黒田さん「アニメは日本字が作ったの? そうだとしたら日本人の竜のイメージも入って。。。」
大橋さん「西洋の竜はシナイ半島の火山がモデルの1つとなったのだけれど、東洋の竜は海・水の感じだから、違うわけですけれど。ゲド戦記の竜は基本的に西洋のそれとは基本的に違いましてね。最初に人間と竜が1つであったというのがスタートなのです。」
白田さん「ウロボロス的な」
大橋さん「ええ。そう! ウロボロス的な話。1つであった。それがそれぞれ棲み分けたんだと。竜は自由を求めて西の果ての空を居住区として、人間は富を求めて多島海に行った。
ところが竜が多島海に入ってきたので、世の中がおかしくなったというところから始まるのですよ。とすれば元々あれは集合的無意識とも言えるし、富を求めた人間の世界は意識の世界と言える。
それは人間でもあるし、人間の小宇宙の出来事でもあるし、大宇宙の宇宙的な出来事でもあると、大宇宙と小宇宙が同時並行で進んでいるということを私は申し上げたのですよ。ル=グウィンは、本当は同時並行的に描いたのだけれど、それを1つの作品にしてしまうときに、相当混乱が起きた。
僕はね。宮崎吾朗さんは全部知っていたと思う。青の人はユンギアンですから。しかし作品にするときにですね。はじめての作品でしたし。
ところが宮崎駿さんとなると、お話しにするときに、例えば「千と千尋」で非常にうまく説明できるんですね。ところが吾朗さんは父殺しを最初に持ってきて、そこにもう混乱が。自分は分かっているのですよ。あれが自立だと。でもあれを映像でやってはいけない。映像でやってしまったら、本当の父殺しではないかと。自立のシンボルではないのだという印象を与えて。そこから混乱してしまって、最後に竜にまたがって行く。あれは大宇宙の影と光、自分の小宇宙の影と光がある。同時並行しているものが最後に一緒になっているような形で。
僕は違うと思うのですよ。いっしょになるのだけれど、なり方には1つの整理が必要で、例えば我々が小宇宙だとすると、小宇宙の中には意識があって、無意識があると。無意識は中にある。元型も入っているし。影もあるし。
これは意識である。意識と言うのは時間・空間の連続性のあるものである。一方意識で見えるものは地球のいわゆる外界。我々の見えるところ。その2つが接しあって、日常世界ができている。ここでははっきり時間・空間の連続性がある。いわゆる自然科学が成立するし、物理学が適用するところ。
ところが宇宙の奥には集合的無意識みたいなものがある。これは宇宙の生命と言ってもよいと思うのです。これには時間も空間もない。
そしてゲド戦記は両方が同時並行して動いている。ところがそこのところに綻びができて、繋がりができて、はじめて宇宙の神話的世界と心の神話的世界が通じてしまう。それを通じてしまうのがゲド戦記の世界では魔法使い。これは魔術師と違うと書いてある。占い師とも違うと。と言うのは、魔術師・占い師は単なる日常世界のトリックをやっているのだけれど、宇宙の神話的世界と個人の神話的世界を繋ぐのは魔法使い。
現代で言うと、本当に芸術家だと思う。芸術家は宇宙の生命と自分の心を繋げる。そうすると時間・空間に縛られないから、共時性が起こっても不思議はない。そういう理解もできるし、ゲドと言う魔法使いはまさしくそれができる人だった。それが後でできなくなるのだけれど。そういう考え方ですよね。シャーマンもある意味をそういう役割を持っている。
目に見えない世界を量子的な物理の世界と言ってもよいし、時間空間を取っ払っていますからね。心の中のものを元型的世界と言ってもよいし、神話の世界でもよいし。
黒川さんだったら、お茶で言おうとした。難しい本でしょう? あれ。でも一言で言ったらそうだろう?って聞いたら、そうだ!と答えましたよ。」

白田さん
「例えば発達過程のスケールが一律のものだとしても、ものをはかるときには非常に便利なものです。どこでどう混乱しているとか、どのテーマと被っているとかね。そういう意味では非常に優れているものだという気はする。いろいろ批判はありますが。とりあえず、あると便利。
もう1つ言うと、これをごっちゃにしたから話がまとまらなかったのですが、逆に言うとこの通りにやると分かりやすい話ができちゃうのですよ。だからこそうまいツールとして使える。だから難しいテーマとか考えないで、受けることだけ考えて、分かりやすく終わったとしたいのだったら、この通りにやればよいのですよ。そういう意味でよくできているのですよ。そして前回の大橋さんの講座のようにこれを応用してストーリーを作ろうという研究も進むのですよ。」
大橋さん「宮崎駿さんはその通りにやるから分かりやすい。吾朗さんはちょっと。。。」
白田さん「意外と細かいところで。例えば最後『もののけ姫』で男女がいっしょにならずに別れたり。ああいうところで、ちょっと面白いことをするのですよ。必ずしも政党ではなくて、アレンジがうまいのですよ。どっかひねりを加えて、現代風の分かりやすいところにふっと落とすのですよ。そこがうまいのです。」
大橋さん「だから日本の物語でも世界の人の心を打つのですよ。」
白田さん「この通りにやると。面白いのだけどちょっと陳腐になるんですよ。ちょっとひとひねり加えるから面白いものができていくのであって。そういうところの研究って面白いでしょうね。

かじさん「アニマとアニムスですが、これが現れるのは人間の持っている性の衝動が起源と思ってよいのですか?」
白田さん「起源としてはそうでしょうね。ただおそらくユングは少し離れて、自分の立場から理解できない他者のイメージとして見ているところがあります。
先ほども言いましたが、影だったら自分と同性で、考え方が違う人間だから。だからある意味理解できる。
だけれど自分とは姓の異なる根本的に違う人間となると、ちょっと理解の外になる。男性にはとても最後まで理解できないとユングは言っていますけど、そういうもののイメージなのですよね」
かじさん「それは表象的に現れると、○○(講義録作成人:聞き取れず)そういう話になるのですね。」
白田さん「そうですね。だから実際のものとイメージのものとちょっとずれがあるのですよね。女性のイメージで表現されているものは必ずしも女性の属性とは限らない。ちょっと不思議な感じなのですけど。神秘だなんだと言われても、女性からしてみたら、私神秘かしら?という感じになると思うのですよね」
かじさん「読売のオンラインに発言小町というのがあるのですよ。
http://komachi.yomiuri.co.jp/
白田さん「私見ていますよ。面白いから。あれ」
かじさん「最近は辟易しているのですが、あれを見て思うのは、女性の嫉妬ですね。特に子どもができないと。でも友達にはできた。どうしても嫉妬して仕方がないと言うのですね。
また別の話でレポーター同士の話で、女性とレポーターと男性のレポーター。女性のレポーター不倫。女性レポーターの友達と競争する。子どもはやくできるかどうか女性のレポーターが競争すると。男性のレポーターが早く子どもができた方にプレゼントあげると言ったら、その女性レポーターは、あなたは全然分かっていないと。私はとても嫉妬してとてももらえる状態じゃないと言うんです。
私は思うの。男性レポーターが勝負だから勝った方に物をあげるというのは公平。でも子どもを先に産むかどうかとなると、女性は勝ち負けじゃなくなる。そこは、僕はちょっと理解できない。
白田さん「たしかにあそこには理解できないことが結構ありますよ」
かじさん「たぶん何割かはやらせ。」
白田さん「発言小町は読売新聞社のホームページの掲示板です。いろいろ相談ごととか。男性も少し書いているけれどほとんど女性。」
かじさん「男性のだけのを読んだこともあるけれど、理屈っぽいですよね。重箱の隅を突く感じで。」
白田さん「男性が読むから面白いのかな。そうかあ。こんなふうにものを考えるのかと。ここでその話が出るとは思わなかったな。最近は自分の都合で離婚した女性が復縁しようと思って頑張る話が。ずっと続いているのですけれど。その自己中ぶりが。」

大橋さん「話が変わりますけれど、今のはその通りなのですね。男性の話はどうしても理屈っぽくなる。女性の話は感情的になる。実はこの会も5年ちょっと経っていますが、この会を始めるときに、どうしたら長く続くだろうかと。これは男性と女性を半々にしないと長く続かないと。一方だけだと理屈っぽくなるし、一方だけになると感情的になるし。あるときにぱっと分解してしまう。これは必ず半々にすると努めてきたのです。今期になって女性が少し多くなって、今まではちょうど半々なのですよね。この辺は長く続く理由なのです。
今までこういう会で潰れた例を見てきますと、男性が多くなって理屈っぽくなるとつまんなくなる。女性が多いとだれかがちょっと厭になるとみんなが嫌になって、あの人が嫌だと言って出てこないとかね。
だから適当にバランスを取って理屈っぽくなったら、それをやめさせてこう行くのだと。ここら辺のバランスを取っていれば、講師はどうあれ続くのですよ。
というのはこの会ね。みなさん勉強するためにいらっしゃる方もいるし、そうでない方もね。と言うのは2次会だけに出てこられる方もいるのです。やはりこの辺はどういうことを話すかと言うよりも、どういう雰囲気で行くか。それにはやはり半々というバランスね。
もう理屈になってしまったら、会はおしまい。そこはストップさせますけどね。そんなような感じがあるのではないですか? やはりどちらが良い悪いではなくて。
発言小町で男性が女性を分からないのは当たり前で、そんなの分かっているのですよ。そんなの分かっていないとこの会できない。続かないですよ。見なくなって分かっている。」
白田さん「これはもう大橋さんのバランス感覚ですよね。この会が続くのは。どうします? ウィルバーやります? 理屈っぽくなっちゃうなと」
大橋さん「やりましょうよ」



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コメント(2)

ここでも補足です。


>河合隼雄先生も、烏が飛んできて、何だろうと思っていたら、女子高生になった。ああアニマだったんだということがあったそうです。

これは河合先生ではなく、林先生ご自身の体験談です。


>アニムスとフランクという女子大は、毎年恐ろしい女性を輩出しております

女子大というのは「アニムス孵卵器」で、毎年恐ろしい女性を輩出している、
というのがユングの発言。
今、公にこんな発言したら、いくらなんでもヤバイでしょうね。
のぶさん

ユングの言葉、“世の女性たちよ、学ぶなら中途半端に学んではいけないよ。知性と理性を身につけたいのなら、奥ゆかしくなれるほど徹底的に学ばなきゃいけないんだよ”というふうに受け取ることはできないでしょうか・・・?

女性であるにも拘らず、アニムスについて全くわからない(全く無意識なあせあせ)私ですが、女性がアニムスと対決しようとすると、女性性を失うという危機に陥ると同時に、世の男性からものすごい非難を浴びると聞いています(もしかしてそれは、男性のシャドウの投影を受けまくる、ということなのかなぁ・・? よくわかんないですけど)。

で、アニムスとはちょっと違うのですけど、「否定的なマザーコンプレックスの女性の最善の場合」というのが、『ユングの象徴論』の中にあったので引用してみます。

“しかし最善の場合彼女は、すべてのくらいもの、不明瞭なもの、あいまいなものに敵対し、すべての確実なもの、明瞭なもの、合理的なものを大切にし、重視するであろう。具体性と冷静な判断で姉妹にまさり、夫に対しては友とも妹ともまた優れた判断力を持つ相談相手ともなることができる。この能力を与えるものは何よりも男性と同じ志向である。そのおかげで性愛をこえて男性の個性を人間として理解できるのである”
“この型の女性は、明晰性、具体性、男性的性格のおかげでしばしば社会的に重要な地位についている。その場でのちに発見された彼女の母性的な女性的性格が冷静な理性に導かれて豊かに本領を発揮している。しかしこの女性の女性的性格と男性的理性とのたぐいまれな結合は、外に現れるだけではなく、心の内奥の豊かさによっても確かめられる。彼女は一人の男性にとっての精神的指導者、相談相手として世間にはしられずに、目に見えない≪導き手である精神≫としての影響力の大きい役割を果たすことができる”

アニムスと対決し克服した女性はどういう人格になるのでしょうね・・・。
アニマと対決し克服した男性も素晴らしく素敵だと想像しますけど、それと同じくらい、その女性も素敵なんだろうな・・・って想像しますよわーい(嬉しい顔)

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