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物語を作ろうコミュのThinking Of RICO

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物語だったりそうじゃなかったり、とにかく文章を書くことを頑張ります。
批評・感想なんでもいいので聞かせていただけると嬉しいです!

コメント(55)

>七瀬さん
コメントありがとうございます。
よくわからない状況なのではないかと心配なのですが・・・伝わりましたでしょうか;;
僕も高校時代が最も輝いた時代だったと思ってますw
“マイ・ふぇいばりっと・THINGS”

 濃紺のマニキュア、春色のルージュ、

 目元はクールに青をきかせて、黒が基調の今日の服装。
 
 レジで「灰皿は?」と訊かれてちょっと得意気、大人でしょう私?

 ツンと澄ました私を見たら、手を振りながらあなたが笑う。
 
「一人で来たのよ」その言い方は、幼い頃のおつかいとおんなじ。

 ほら見て、今日の私はプラス11センチ、新しいパンプス。

 立ち上がってみせると、あなたよりちょっと高い目線。

 「カッコいいね」とあなたが笑うから、何故かやっぱり悔しくなった。

 あなたのそれはいわゆるブラック、ノンシュガー?ちょっと手が出ない。

 半分コしましょう、お気に入りのドーナツ

 話したいことがたくさんあるの。
>七瀬さん
コメントありがとうございます!
ちょっと距離が縮まった感じ・・・のイメージです☆
伝わって嬉しいです♪
“被害妄想”
冷えていく手足 火照ったままの頭
加速する孤独感が僕を押し流す
仕方ないよって片側の天使 金の巻き毛にコウモリの羽?
救われないだろ、片割れはどうした
噛み砕いてく過ぎていった昨日
飲み下したよ危ういような今日
いつか血となり肉となり 迎えるだろうかその先の明日
取り替えっこしよう、ありきたりな日々と
知らないんだろ、その素晴らしきを
声がするからまだこうしているけど
どうも君には手が届きそうにない
“世界の下”

「こんばんは」
 声をかけると、暗闇を滑り落ちていく星を目で追っていた彼は首だけを器用に傾けて僕を見て、
「やぁ、こんばんは」
 優しい声でそう言った。
「今日は“りんご”を持ってきたよ」
 僕は片手に抱えた紙袋を掲げてみせる。
「あぁ、どうもありがとう」
 真っ黒なその瞳を嬉しそうに細めた。それから少し、考えを巡らせるように右上を見る。
「すまないが・・・放ってくれないかい?」
 僕はもちろん頷いて、真っ赤な“りんご”を彼の口元に放った。
「今日も星が綺麗だね」
 僕は彼の見ていた方に目をやって言う。
「そう、実に綺麗だ。」
 彼は目を閉じ、しゃりしゃりと軽い音を立てて“りんご”を味わいながら、ニ、三度頷く。
 彼は、世界をその甲羅の上に載せた大きな大きなゾウガメだ。
 時の果てから果てまでを見守っている。
彼が背に負ったモノに影響を与えないよう、一定距離より近くには僕は行けない。
 彼の好物は背に負った世界で生み出されたものたち。
 それが美味くても美味くなくても、彼はいつも嬉しそうにそれを楽しむ。
 彼が飲み下したタイミングを見計らって、僕は次の“りんご”を放る。
「君の背の世界のやつらの話を聞いたかい?」
 言いながら僕も紙袋から真っ赤に熟れた一つを取り出して、噛り付いた。
「いいや・・・ここには彼らの声は届かないからね」
 そう答える彼の瞳は寂しそうだ。その表情に口をつぐみそうになる自分を奮い立たせ、僕は次の言葉を発する。
「やつら、世界は丸い球形をしていて、宇宙とかいう暗闇に支配された空間に浮かんで、くるくる回っているっていうんだぜ。おかしいと思わないのかね、そんな不安定な世界じゃ安心して暮らせないだろうに。」
 僕は彼の背の世界のやつらのその身勝手な言い分に本当に腹が立っていて、怒りもあらわに告げ口をしに来たのだ。けれどそう言っても、彼は笑う。
「面白い考えだね。彼らには、世界はそう見えているのか」
 いつだってそうなのだ。寛大で、優しくて。
「腹が立たないのかい?君がずっとそうして世界を支えていることを、やつらは気付くどころか全く別な想像をしているんだぜ?」
 彼は優しすぎる。背に負ったものを揺らさないでいるために、流れる星さえ瞳を動かして見える範囲でしか見送ることが出来ないでいるというのに。
「いいんだよ。だってぼくはこんなところに居るから。気付かれないのも仕方ない。世界の底のそのまた下なんて世界から落ちるときにしか見られないんだもの」
 そんな風に笑う。彼はまったく、寛大で、優しくて、少し悲しい。
 けれど僕は、本当は彼が上のやつらのことを知らずにすんでよかったと思っている。
 彼が背に負う世界は、それ自体が別のモノであるため、それを支える存在である彼の意思とは無関係に変化する。
 今、やつらは好き勝手をしてきたしっぺがえしに世界からの逆襲を受けている。一生物ではどうすることもできない、排除のための変化。その動きをもう少し先延ばしに出来るかどうかはやつらのこの先の動きにかかっている。
 正直僕はもう手遅れなんじゃないかと思っていた。とはいえ僕は、その少しでも長い存続を願って止まない。今回のやつらは彼の特別お気に入りだから。
 もし今回のやつらが消えたら、彼は悲しむだろう。しわだらけの顔を余計にしわしわにして、その大きな瞳から大粒の涙を流すのだ。そうしてしばらく悲しんだ後、彼の顔にはまた一つしわが増える。
 そしたら彼がまた笑えるように、次のやつらの物々を持ってこよう。
 僕は彼に向かって最後の“りんご”を放った。ぐしゃぐしゃと紙袋を手の中でつぶす。
 しゃりしゃりと瑞々しい音がする。また一つ、星が闇の上を滑り落ちた。
>七瀬さん
コメントありがとうございます☆
あるイラストを見て思いついたお話です。
実際、地球が丸いのなんて見たことないし、大きなカメのおかげかもって考えるの楽しかったです!

>モモ吉@夢幻さん
コメントありがとうございます☆
書き方を自分にしては押さえ込んだので、ループ感が伝わってて安心しました!
“In this World with the Music”
  −1−

 イヤフォンを外すと同時に流れ込んできたセミの鳴き声で、今が夏であることを思い出す。
 問われた言葉に短く答えて、最後に一応作り笑顔。ぎこちなくはない、慣れているから。笑顔を返して去っていく背中、あれはクラスのナントカちゃん。綺麗に整った制服のスカートのプリーツがふわり、視界に端をくすぐった。自分のスカートに目落とし、くしゃくしゃの裾をひぱってみる。
 自転車置き場に植えられた、大きな桜をちらりと見上げる。ジージーともギーギーともつかない大合唱に顔をしかめて、イヤフォンを耳に入れ直した。
 最近買い換えた高性能のそれは、この混沌とした大音量から上手に私を切り取って、整備された、計算された世界へと導いてくれる。
 飽和状態をはるかに超えた駐輪場所から自分の自転車を引っ張り出す。周りの自転車にぶつかる音も、それからこぎ出すチェーンの音も、もう聴こえない。
 切なさと悲しみのにじむラブソング。独特の声でなぞられる恋人たちのストーリー。強く弱く鼓膜を震わせる声は、どれだけ聴いても私を飽きさせることなく、愛しい。この世界は、閉鎖的で、終わりのある、けれど無数のドラマに溢れた、すべてが美しい。

 最近身に付けた読唇術。コンビニで言われる決まり文句は楽勝、多少の応用もきくようになった。だからイヤフォンは外さない。
 両親は共働きで、年の離れた兄は就職して一人暮らし。家に帰っても誰に話しかけられるわけでもない。だからイヤフォンは外さない。
 学校の教室、授業中は先生の説明だけ、他の不要な音がないからまだ平気。だけど休み時間はうるさくて。2年に上がるクラス替えで仲の良かった子達とはバラバラになった。もう一度一から友人関係を作るってその事が、急に面倒になって放棄した。今ではもうみんな慣れてしまって、私に話しかけるときは前に回りこむか肩を叩く。イヤフォンを片方だけ外して話す私がどう思われてるのかは知らないけど、特に困らない。だからイヤフォンは外さない。

 テレビは嫌い。望んでもいない音や情報を勝手に流し込まれてる気がして不快だから。街中の喧騒も同じ。
 イヤフォンから流れ出るのは私が選んだ曲だけで、不用意な音や不要な音は存在しない。それはとても安心で、堅実なことだと思う。慣れ親しんだメロディーが、詞が、いつだって私を満たしている。
 目を閉じればそれこそ一人きりで、この世界に居られるのだ。
“In this World with the Music”
  −2−

 一旦家に戻って制服を着替える。リビングのテーブルに置かれた千円札と小さなメモ。兄が居た頃は二人で千五百円だったから、豪勢になったものだ。
 小さなかばんにそれを放り込んで、家を出た。
 歩いて5分の公園。子供たちが走り回っている。なるべく人の少ない場所を探して進む。大きく茂った木の根元に腰を下ろした。
 音楽を本気で聴くときは何も考えない。 頭の中を空っぽにして、流れてくるメロディーに身を任せる。
 エレキ、クラシック、ベース、ドラム、ピアノ・・・紡がれるメロディーの中、ある人はそれに混じって囁くように、ある人はあまりに異質に叫ぶように、歌う、唄う、謳う。
 そこには、何気ない日常が、ほんの短い季節が、永遠がある。
 理想も絶望も、喜びも悲しみも、愛も裏切りも、そこではすべて美しく、軽やかだ。
 一瞬の沈黙の後、最近のお気に入りのバンドマンの声が流れ出す。透明感のある、独特の声で、彼は愛を歌う。
 目を閉じると、そこに彼が立っている気すらした。彼は私だけのために声を嗄らす、囁きをこぼす。
 絶望的な日々と、その中のほんの小さな救い。運命の人。神にすら近いと、真面目な声で、言ってのける。
 と、曲のサビに入り、熱の入った声を上擦らせていた彼が、突然私の耳元から姿を消した。本体の表示を見ると、電池切れのようだ。
 かばんに入れてきた新しい電池を取り出して本体に入れ替えようとした、そのとき。世界が音を失う瞬間を見た。
 それまで声の限りに叫んでいたセミ達の主張が遠のいていく。ふと見上げると空は暗く、重そうな雲をはらんでいた。
 イヤフォンを外す。閉塞感の取り除かれた耳に、最後の一匹のセミの声が鮮明に響いて、それも消えた。
 
 そして、世界は音を失う。

 次の瞬間、大粒の雨が降り始めた。雨はあっという間に世界を多い。水のカーテンが視界を揺るがせる。私は慌てて伸ばしていた足を引っ込めて、木の根元に身を寄せる。
 一変した世界を眺めていた。雨音が世界を支配した。私は、言葉を失った。
 大きく枝を広げた大樹が守ってくれていたから、私はただ呆然と景色を見ていられた。手には、電池の切れたMDプレーヤーの本体を握ったままだった。
 久しぶりに、メロディーのない音を聴く気がした。ドラマもストーリーも主張も無い音。

 その人が土砂降りの中から現れたとき、私はまるで初めて自分以外の人間を見たような衝撃を受けた。雨に隔離されたその場所で、私は、音楽を見失って、たった一人だったのだ。
 びしょ濡れのその人は、縮こまっている私に小さく会釈すると、私の右隣で幹に体を預けた。思わずその動きを目で追う。濡れて張り付いた髪をくしゃくしゃとかき回して水を払う。ジーンズに淡い青のTシャツ、手ぶらだった。
 私はしばらく驚きで彼から目を離せずに居て、それから気が付いてかばんからハンカチを取り出す。
 この世界で二人目の彼に、私はハンカチを差し出した。
「あの、これ、どうぞ。」
 彼は声をかけられたことに驚いたようだったが、少し迷ってそれを受け取った。
「ありがとうございます。」
 低い、やわらかい声だと思った。
 彼はとても背が高く、私が立ち上がったとしても見上げることになるだろう。
 勢いの緩まない雨音を、しばらく聞いていた。雨越しに見る公園は、いつもと感じが違っていて。砂場もブランコも滑り台も雨に叩かれていた。ぴたっと音を立てて、雨粒が私の隣に滑り落ちた。
「雨、止みませんね。」
 静寂に心を奪われていた私は、それが彼から発せられた言葉だと気付くまで少し時間がかかった。
「そう、ですね。」
 絶え間なく落ちてくる雨を見ながら、そう答えた。
雨が生む静寂は好きです。
近くで草木を撥ねる音も、遠くで屋根を打ち付ける硬い音も、それらを打ち消してしまう遠くから響いてくる様な轟音も、1つの音楽のようでもあり、静寂でもあり、世界と自分達を区切る緞帳のようにも感じます。
ラストの途切れ途切れの会話が雰囲気出ていて良いですね〜
“In this World with the Music”
  −3―

 それから、また雨音だけが響いた。
 どのくらいの時間が経ったのか、永遠に続くかに思われた雨は少しずつ勢力を弱め、世界をたっぷりと潤わせて、去っていった。
「これ、」
 ぼーっとした頭のまま、声のするほうを見ると、世界で二人目の彼がハンカチを示している。
「洗って返します。」
 温かいコーヒーみたいな声だと思った。声はそれぞれ独特の形を持っているというのが私の自論だ。例えば私のお気に入りのアカペラグループのリードボーカルの声は、すりガラスに似てる。
「あ、いいですよ。」
 私は立ち上がった。やっぱりそれでも彼の目を見るためには少し見上げる形になる。
「でも、」
 言いかけた彼の言葉をかき消すように、セミの声が響き始めた。すぐ傍の大木の上方からだろう。思わず目をやって、視線を戻すと彼も鳴き声のした辺りを見上げている。
 公園に、音が戻ってくる。遠くで遊びを再開した子供達の声が聞こえる。もう、世界は隔離されていないし、彼は特別な二人目なわけではなくなった。手にしていたままだったイヤフォンを片耳に押し込む。
「ほんとに、大丈夫です。」
 ちょうど目の前にあったハンカチを取って、私は笑う。いつも通りの、愛想のいい笑顔。
「・・・そうですか。助かりました。」
 そう言って彼は来たときと同じように小さく会釈した。
「じゃあ俺、ジョギングの途中なんで。」
 長い足を一歩大きく踏み出して、彼は木陰を出る。ふと、首だけでこちらを振り返った。
「ありがとう。」
 上質の、エチオピア豆の声。口当たり良く、薫り高く、後味はすっきり。私が何も言えない間に、彼は背を向けて走り出してしまった。
>えんさん
コメントありがとうございます!
僕もです☆雨音は、強くて儚くて好きです(๑→‿ฺ←๑)
これかの二人をお楽しみにです♪
“In this World with the Music”
  −4−

 次の日が、1学期最終日だった。この2、3日で発表された大量の宿題、登校日の連絡、諸注意。教壇の教師が手元のプリントを読み上げる。
 プリント配ったんだから必要ないのに。淡々と続く『儀式』を聞き流しながら、窓の外を見ていた。窓際の、後ろから2列目という絶好の席からは、黄土色のグラウンドとその向こうに正門が見える。グラウンドには今は誰も居ない。遠くの方に目をやれば、所狭しと並んだ住宅と、すらりと場所を確保したビル。それから空。間近に迫った夏休みに、うずうずを隠し切れないこの部屋の空気とは裏腹なほどに、さっぱりと澄み切った青。あそこにはきっと風の音しかない。渦巻くような風の音しか。
 ガタンッといち早く隣の男子が席を立って、私はHRが終わったことに気付く。
「じゃーみんな怪我のないようになー。」
「起−立、れーい」
「さようならっ!」
 やけに気合の入った挨拶の延長で、教室の喧騒は一気にピークに上り詰める。私はまず耳にイヤフォンを押し込んで、かばんに机の中のものを詰め始めた。
 と、誰かが肩に触れる。振り返ると後ろの席の吉・・・岡さんかな、たぶん。このクラスで私に事務的なこと以外で話しかける、稀有な存在。片耳のイヤフォンを外す。
「垣本さん、8月の第一日曜日暇じゃない?」
 吉岡さんは小柄で、目の大きい、可愛い女の子。声は苺ミルクの飴玉って感じ。
「地元の子ども会で肝試しをするんだけど、世話係っていうかさ、高校生以上の付き添いが必要で、その人数が一人足りないんだ。参加してくれない?」
 ころころと口の中で転がすと軽い音を立てて、噛み砕くと中にはさらに甘いパウダーが入っている飴玉。包み紙はもちろんイチゴ柄。
「いや、私は・・・」
「さおりー」
 どうやってやんわり断ろうかと頭を働かせ始めたところで、別の女の子がやってきた。
「もう一人、見つかったよ。かなっちゃんが来てくれるって。」
 すらりとした体形に長いストレートの黒髪。吉岡さんと仲のいい、確か・・・『なつみん』。
「あ、そうなの〜。でも人数が多い分にはかまわないから垣本さんも」
 『なつみん』に向けていた視線を私に戻してにっこりと笑う吉岡さん。
「やめときなって。」
 わしっと吉岡さんの頭を掴む『なつみん』。
「垣本さん困ってんじゃん?あ〜てか聴こえてる?」
 私のふさがった方の耳をちらりと見てふっと小さく笑いながら言った。私は『なつみん』の眉間を見つめて笑い返す。なんてまともなリアクション。
「え〜でも多いほうが楽しいよ〜?」
 黒目がちな瞳に無邪気さいっぱいで私をみつめる吉岡さん。その横で目を細める『なつみん』。私は立ちあがった。
「ごめん、せっかくだけど。」
 しっかり作り笑いでかばんを持つ。
「さよなら。」
 もう誰の目も見ずに、イヤフォンを耳に戻す。見えているのは教室のドア。それから人の多い廊下。笑い声も呼びかけも挑発もシャットアウト。耳元で響く愛しい人への唄。安心で、堅実な、世界。
“In this World with the Music”
  ―5―

 鍵穴に鍵を差込、ドアノブを回す。鼓膜を震わせるのはそれらの金属音ではなく、繊細なハーモニーを奏でる男性デュオのバラード。別れの一部始終を、鮮やかに描き出す。単調なドラム音さえ切なさをにじませる。
 ドアを開けて、四角くドアの分だけ光の入った玄関とその奥に続く薄暗い廊下に対峙したタイミングで、伴奏がフェードアウトして曲と曲との切れ目が訪れた。人の気配の無い冷えた空気。靴はすべてきっちりと戸の閉まった下駄箱に収まり、がらんとした三和土。
 すぐに次の曲の再生が始まる。私と同世代の女の子が、力強いフォルセットを駆使して、過去の自分の焦げ付くような心情をメロディーに乗せる。私はようやく玄関に体を滑り込ませ、ドアを閉めた。
 ただいまと、言わなくなったのはこの四月から。設計士の資格を持つ両親はそれまで自宅を兼事務所として使っていたのだが、仕事の依頼も増えたことから、新たな事務所を住宅地にある家から車で30分の市街地に構えた。時を同じくして、兄は就職して一人暮らしを始めた。券売機で高い方から二番目の駅で乗り換えてさらに特急券で6駅。3時間ほどの距離だ。
 かくして、二階建て小さな庭付きのこの家は、ほとんど私の貸しきり状態となった。
 玄関をあがってすぐ右手の階段を登り、右側の自分の部屋で着替えを済ませると、向かいの兄の部屋に入る。こもった空気の中を一番奥のCDラックへと進んだ。まずその上方にある大きな窓にひかれたカーテンを開け、窓を開け放つ。夕暮れ手前の光で薄暗い室内がマシになった。
兄は音楽を聴くのが趣味で、大量のCD及び自分なりに選曲したMDを持っていた。一人暮らしを始める際、その中の特にお気に入りの何枚かだけを持ち、ほとんどをここに残していった。きっと今でも休日にはちまちまと編集作業にいそしみ、そのコレクションを増やし続けていることだろう。
 その中の何枚かを、大量に並んだラックから抜き出して別の場所に確保してある。色々と聴いた結果、私に合うと思われるものを選んであるのだ。気に入る曲を書いたミュージシャンは他も気の合うものである可能性が高いため、一応抜き出しておく。そして聴いてみた後、合格なら確保の場所へ、不合格なら元の場所へ戻す。
 今日は新地開拓の気分ではないので確保した区域から聴き慣れた一枚を取り出す。気に入ったものを自分の部屋に持っていけばいちいちこの部屋に入る必要もなくなるのだが、そうするとこの部屋の時間はずっと止まったままということになる。滅多に実家に顔を見せない兄の変わりに、淀んだ空気の入れ替えぐらいしてやるのも悪くない。
 選んだMDと、いつものかばんをもってリビングに降りる。
 テーブルの上にはいつものように千円札と小さなメモ。・・・そしてCD。私は椅子を引き、腰を下ろした。
『涼子へ お母さんです
今日も遅くなります、ごはんはちゃんとバランスを考えてたべなさいね
     夜、雨が降るようだから洗濯物よろしく
     今週の曲はLIsa Loebの“Stay(I Missed You)”
この曲は・・・                          』
 以下、両親の思い出話。そして最終的には常にハッピーエンド。現在まで夫婦関係が続いてるわけだから、そうでなきゃおかしいわけだけど。メモの最後はいつも両親二人の署名で終わる。
 小さなメモに、普段より細かい字で書かれたそれを指でつまんで目の前にぶら下げてみた。
 忘れられてるわけじゃない。忙しい合間を縫って毎日一言メモを添えてくれる。週に一曲、思い出ソングとエピソードを欠かさない。そのエピソードの書き手は母のことも父のこともある。我が親ながらロマンチストすぎるとは思うが、寂しい思いを減らそうとしてくれているのだ。愛されてる。ちゃんとわかる。だから、変なわがままを言うわけにはいかないのだ。
 千円札とメモとCDをかばんにしまい、私は家を出た。
小説をちょっとお休みして詩をひとつ

「Love E-mail from…」
君と僕は たぶん 別の惑星(ホシ)に居るね
だって君は 僕を素敵だなんて言う
ちがう前提に立つ僕たちは
きっと何万光年離れた異星人
だからね
すれ違ったり はがゆかったり 上手くいかないコトもたくさん
それでも
巡り会ったコトに感謝は惜しまない
願ってやまないんだ
君に触れたいと 解り合いたいと そう思ってる
その証拠にほら 君に触れたこの瞬間
溜め込んでいた涙が溢れた
“君について”

「あたしが恋人でよかったなぁって思ったこと、ある?」
 唐突に彼女がそんなことを言った。
「なんで?あるよ、もちろん。」
 僕は答える。彼女の気まぐれはいつものことだ。
「返事の最初に訊かれるのイヤ。」
 何度目かの注意。
「ごめん。」
 僕は素直に言う。 彼女から本題を引き出したいときは、他の問題の早期解決が鍵なのだ。
「どんなとき?」
 満足気に一度うなずいて、彼女は質問を重ねる。
「んー、例えば…今、とか。」
 言って僕は彼女の顔を覗き込む。
「なにそれ。」
 不機嫌そうに眉を寄せる彼女の口元は、けれど笑みをこらえているのだ。
「今だってこうやって側に居てくれてることが幸せってこと。」
 その表情は僕のお気に入りの一つだ。
「ちがうの!もっとわかりやすいやつっ!!」
 彼女は口を尖らせながらさらに言う。
「ちがうやつかぁ。」
 僕は笑いを堪えながら考えを巡らせた。
「目と、耳と、本当は優しいとこと、恥ずかしがり屋なとこと、あとはベッドの中で…」
「それはいいっ!」
 僕の言葉を遮って彼女が声を上げる。僕はにやりと笑って口を閉じた。
「……そぉなんだ…ふぅん。」
 彼女が呟くように言う。
「俺が恋人でよかったと思う?」
 考え込んだ風に口をつぐんだ彼女を促した。
「思う。」
 短くそう答える。
「どんなとき?」
 僕は思わず笑いながら身を乗り出す。
「ん。」
 躊躇うように下を向いた。
「いつ?いつ?」
 照れた仕草についにやついてしまう。
「疲れた時に会いたいのも、ぎゅって一番しっくりくるのも、キスしてくれるのも」
 そこで一度言葉を切って、上目遣いと言えるほど可愛くない睨み方で僕を見る。
「君じゃなきゃ、やだって思う。」
 僕の彼女はいつだって僕より一枚上手だ。
「そっか。」
 それだけ言うのがやっとだった。
「…っ、おかしくないっ!」
 それはおそらく僕の表情筋に対する非難なのだろう。
 もちろん、おかしくなんかない。
 愛しくて仕方ない。意地っ張りの彼女。
>星きゅぬさん!
 お褒めの言葉めっちゃ嬉しいです+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。
 ありがとうございます!!
 暑いですね。。。じめじめ嫌な感じです。でも雨は好き。
 ある日目を覚ますと外は土砂降り。思わず見惚れてしまいました。




 雨が好き。街に降る雨が。
 
 長く長く降り続く滴が、そのまま全てをどろどろに、溶かしてしまえばいいと思う。
 たっぷりと水を含んだ空気。ベランダの柵越しに見える景色が、雨に煙る。

 街へ行こう。
 溶けだした街へ。
 ビニルの傘と黄色い長靴で。

 黒々としたアスファルトに薄く張り詰めた水たまり。ぱしゃりとはねのける履き慣れたゴムの感触。
 見上げれば薄い膜を叩く雨粒。灰色の空は明るい。
 世界中の音は、このビニルを叩く雨音に吸い込まれた。
 坂道を登る。ゆるい傾斜。足首ほどに増した水かさ。流れの中に紅い金魚。掬い取ろうとして逃げられた。
 こんもりと茂った蒼いアジサイ。小さな花弁の一つ一つが、恵みの雨にくすくす笑い。水を弾いて煌びやか。
 ごぉぅんと低い唸り声に目をやれば、道を行く巨大なかたつむり。薄闇に光る角の先のライト。ゆっくりゆっくり過ぎるのをまって、ようやっと道を渡ることが出来る。
 ぱしゃりぱしゃりと坂を下ったら、大きな道路は川になっていた。
 通りすがりの痩せこけたアメンボ。背中に乗って川くだり。ゆらりゆらりと揺られていたら、甘い匂いに眩暈がした。

 街が溶ける。
 跡形を失くす。

 のっぺりと窓の無くなった灰色の箱、あれはたぶんビルだったもの。
 太ったキノコが傘を広げる、あれはたぶん家だったもの。
 ぐずぐずの苔に覆われた深緑のかたまり、あれはもしかすると店だったのかもしれない。
 足元を見れば紺色を纏うめだか。止まっては進む、信号機はどこに?
 何もかもが原形を忘れ、雨に打たれて溶けてゆく。

 もう少し。
 もう少し。
 私は思わず笑ってしまう。

 道を行けば溢れんばかりの箱とキノコ。苔の緑が美しい。増えすぎためだかは地に飛び跳ねて枯れるのがオチ。
 立ち尽くしている赤いアジサイ。赤は赤は、血が滲む様だ。伝い落ちた雫は不思議と澄んだまま。その下にはなにが?亡骸の気配。
 語りかける。全てのものへ。
 忘れてしまったか、足の下の無数の骸を。犠牲を積み重ねる生き様の咎を。
 その根元にめだかを匿って、聞き取られぬ声を張り上げる。
 
 それも終わりだ。
 世界は溶ける。
 笑おうとした私の頬が引きつる。
 ――――――ふと。気配が変わる。雲が切れる。
 雨が、止む。
 溶けかけた世界が、輪郭を取り戻す。

 帰らなければ帰らなければ帰らなければ

 思うより早く駆け出していた。
 気付けば傘は手の中になかった。

 灰色の箱がずるりと硝子の目を開く。
 キノコがごきりと硬さを持つ。
 めだかはざばりと立ち上がる。
 赤いアジサイの叫び声。ますます聞こえぬものたちへ宛てた。
 蒼いアジサイの笑い声。今や狂ったような大声で響く。
 紅い金魚は足を得て、紅いドレスの裾を払う。

 黄色い長靴の片方が脱げた。けれど気にするわけにはいかない。
 残った内側に水が溜まって、一歩のたびにぐしゅぐしゅと拗ねる。
 細くなった雨粒は、肌に触れるも弱々しい。

 最後の雨粒が地を叩く音を、ドアを閉める音でかき消した。
 もう少しだったのにとふくれ面。また今度ねと薄笑い。

 溶けた溶けた。
 街が溶けた。
 けれども雨の上がった街はまたも輪郭を取り戻す。

>七瀬さん!
ありがとうございますぴかぴか(新しい)(≧∇≦*)ゝ
夢見がちに頑張りますexclamation ×2o(ー▽ー)o
 お風呂に入っていたら自然に思いついた、実体験と妄想をぐるぐるかき混ぜた感じの作品です☆
 今回は描写を抑えたので分かりにくいかもですが、よろしくおねがします!!


『疑問』―1―

 そのことには、わりと初期の段階から気付いていた。
 でもいつも、彼になんだかはぐらかされていた気がする。

「ねぇ、私思うんだけど、私達ってなんで付き合ってるのかしら?」
 初めてその疑問を口にしたのは確か、付き合って二年を過ぎた夏のある日だった。
「なんでって?」
 目の前に座った彼が、口に運びかけていたパスタを停止させて聞き返す。
「私達って共通点がないじゃない?食べ物も音楽も本もテレビ番組も、好みが全然一致しないし。」
 ついでに服装の趣味も。ちょっと気を抜いたつもりの今日の服装に対する彼の評価はピカイチだったりする。
「んー、いいんじゃないかな別に。」
 口まであと数センチの距離をパスタは無事に渡りきった。
「食べ物の好みが違えば取り合いになる心配もないし。僕らは日常にそれほど音楽を必要としてないよ。あ、それ、僕のお皿に乗せていいよ。」
 私は素直に皿の端に追いやったしいたけを移した。

「でもやっぱり変だと思うわ。」
 もう一度そう切り出したのはそれから約一年後、付き合って三年目の冬だった。
 私達は温かくした部屋のソファでそれぞれに本を読んでいた。
「変てなにが?」
 横に座っていた彼が、読みかけの本から顔を上げて聞き返す。
「私達って共通点がないじゃない?食べ物も音楽も本もテレビ番組も、好みが全然一致しないし。」
 それに家具のチョイスも。部屋には彼が押し切ったダークブラウンのソファと、私が譲らなかったネイビーブルーのローテーブルが共存している。
「んー、いいんじゃないかな別に。」
 開いたページにしっかりとしおりを挟んでもう一度顔を上げる。
「本に関しては君は雑食だし、僕の2倍のスピードで読み進めるんだから、僕は僕の好みの本を読む、君は君の好みと気が向いたら僕が読み終わった本を読む。あ、これ、もうすぐ読み終わるからちょっと待って。」
 私はうなずいて開いたままのページに目を落とした。

『疑問』―2―

「ねぇ、だけど、おかしくないかしら?」
 三度思い立ったのはそれから約二年後、私はウエディングドレスを着て主賓席に座っていた。
「おかしいってなにが?」
 横でタキシードを着て、苦しそうに蝶ネクタイをいじっていた彼が聞き返す。
「私達って共通点がないじゃない?食べ物も音楽も本もテレビ番組も、好みが全然一致しないし。なのに結婚なんかして大丈夫かしら?」
 結婚式のことに関しては、彼は首を縦に振ることしかしなかった。
「んー、いいんじゃないかな別に。」
 首と襟との間に指を滑り込ませ、なんとか空間を確保したようだ。
「みんな自分にないものを求めて惹かれあうんだよ。僕らだってそうさ。好みが一致しない僕らだから結婚するのさ。」
 私は首をかしげ、涙ぐむ父が笑いかけたので笑顔を返した。

「でもやっぱり違うんじゃないかしら?」
 更に思い至ったのはそれから約三年後、結婚三年目の春だった。
「違うってなにが?」
 お風呂から上がったばかりの彼が、バスタオルで頭を拭きながら聞き返す。
「私達って共通点がないじゃない?食べ物も音楽も本もテレビ番組も、好みが全然一致しないし。夫婦ってもっと共通するものがあって、それを分かち合うものなんじゃないかしら?」
 これだけ一緒の時間を過ごしたのに、私は未だに彼がいかに自分と違う人間かということに驚いてばかりいるのだ。
「んー、いいんじゃないかな別に。」
 水分を吸ってしっとりしたタオルが首にかけられている。
「僕らは随分共通点を持つようになったよ。同じ家に住んで、同じ時間に寝起きして、同じ朝食と夕食を食べる。」
 首からタオルを取りながら彼が言う。
「でもそんなのはどこの夫婦だってやっているわ。」
 濡れたタオルをソファに置こうとしたことを指先で注意しながら反論する。
「そんなことないよ。同僚に聞いたら、奥さんは朝彼を見送らないし彼は朝ごはんを食べないらしい。それに彼の家ではテレビが二台あって、彼と奥さんはいつも別々のテレビを見るんだって。あ、ほら、君の好きなドラマが始まるよ、座ってて、飲み物を取ってくる。」
 私はソファに座ってテレビのリモコンを手に取った。

 そんな風に、なんだかいつもはぐらかされていて、私が正しかったことが証明されるのはそれから随分後のことになる。

「そういえば、君がいつも言っていたあの話だけどね。」
 ベッドの傍で私の、しわだらけになった手を握っていた彼が、今思い出したとでも言うような声を出した。あれはいつかの秋の夕暮れ。
「あの話?」
 私はゆっくりと彼の方に顔を向ける。老いて衰えた体は思うように動かすこともままならない。最近では起きている時間より眠っている時間の方が長くなっている。
「食べ物も音楽も本もテレビ番組も、好みが全然一致しない、どうやら僕達ほど共通点がないのに連れ添っている夫婦は、珍しいようだよ。」
 彼のしわだらけになった手が、私の真っ白になった髪をなでる。
「あぁ、そのこと。まぁ、いいんだけれど別に。」
 思わず笑みがこぼれた。
「でも、やっぱりねぇ、そうだと思ってたの。」
 私は満足気に深くうなずいて、二度と覚めない眠りに落ちた。


 批判・感想、是非お聞かせください!!!
こんにちは。「疑問」面白かったですm(_ _)m
彼のユルい感じとか、会話の終わりにしいたけのこととか本のこととか挟んでくるのが、彼女の話ばかり聞いてるわけじゃないってのが分かったりして、何か変なリアルさを感じました(笑)
同じ疑問と回答が繰り返されていく時間を通して、それはそれで、そういう関係がちゃんと確立されてるってのが何か羨ましかったりしました。
疑問が疑問のまま、ずっと変わることなく最後の瞬間まで一緒に居られるなんて、実は幸せなんことなんですよねわーい(嬉しい顔)
>もこさん
 うぅっ……嬉しいですっexclamation ×2ぴかぴか(新しい)目がハート
 こんなに力込めたとこばっちり指摘してもらえるなんてっexclamation ×2exclamation ×2ほんとにほんとにありがとうございますっexclamation ×2exclamation ×2ヾ(≧∇≦*)
 最後迷ったんです、結局は彼の考えに同意した方が収まりがいいのかなぁと電球でもやっぱり平行線変わらないままってのも楽しいし、彼の考えに引っ張られるってのはちょっと意地になって避けてみたりしてw
 好きな人よりちょっとだけ早く死ぬのが一番幸せな最期だと思ってます(ノ▽`*)
 ありがとうございました(_ _ )
地元の花火に行って思いつきました。
しっくりくるタイトルが見つからず、とりあえず仮につけています。何かありましたら是非お知らせくださいexclamation ×2exclamation ×2


『花火』ー1ー

「野田君?」
 不意に、声が僕を引き止めた。
 交通規制がかかり歩行者天国となった国道をゆるゆるとした歩調で帰路に着く花火の見物客の流れの向こう、ガラス張りの店から漏れる光に浮かぶ、すらりとしたシルエット。
「鈴川さん?」
 足を止めた僕の肩に急ぎ足のおじさんがぶつかった。
 溢れかえる人の間を抜けて、歩道から少しひっこんだ店の前のスペースにたどり着く。
「久しぶり!ってさっきも会ったんだっけ。」
 鈴川さんが笑顔になった。約3時間ぶりの再会。花火が始まる前、偶然鈴川さん他の元クラスメート女子グループに遭遇していたのだ。
「うん、でも久しぶり。」
 話をするのは卒業以来だった。僕を見上げる顔が大人びて見えるのは薄く施された化粧のせいだろうか。
「すごい人だね。」「うん、すごい。」
 横並びに人の溢れた国道を見ながら、感心したようにうなずきあう。
 今日は、超のつく田舎である地元唯一賑わう花火大会。遠方からの観覧客も多く、普段なら考えられない人出になる。特に帰りは帰路を急ぐ人達がいっぺんにスタートを切るのだから大変だ。
「鈴川さん、一人?」
 さっき会った時は、4、5人のグループと居たはずだが、今は一人店の前に立っている。紺の地に淡いピンクや水色のシャボン玉と同じく淡い色で蜻蛉の柄の描かれた浴衣姿で。
「うん…はぐれちゃって。」
 眉間に浅いしわを寄せ、ほんの少し首を傾ける。あぁ、変わらないなと思った。高校のときに見せていた、困ったときの仕草だ。
「野田君は?」
 僕の方も、さっき会ったときは5人のグループだった。大学に入って地元を離れて、去年は見に来る機会もなかったのだが、帰省中の友達と予定が合ったため、出掛けてきたのだ。
「同じ。はぐれた。」
 そう言った僕を見て、鈴川さんがふわりと笑う。
「変わってないなぁ、野田君。」
「え?」
 鈴川さんが右手で自分のこめかみあたりを触る。
「困ってるとき、こめかみを触る。」
 無意識に顔の横まで上げていた手の存在を、そこで初めて意識した。
「あ、そうかな。」
「そうだよ。」
 顔を見合わせて笑った。
『花火』ー2ー

 絶え間なく、同じでない人たちが過ぎていく。男女3人ずつぐらいのグループがひときわ大きな笑い声をあげながら通り過ぎた。
「待ってるの?ここで?」
 僕の問いにうなずく鈴川さん。
「はぐれたらコンビニの前って決めてて。」
 首をひねって自分の後ろにある、青いマークを確かめ、
「でもみんな来ないんだよなぁ…」
 左手に握っ携帯を見ながら言った。
「そうなんだ。」
 と、ジーンズの後ろポケットに入れた携帯が震える。
「あ、ちょっとごめん。」
 ディスプレイを見ると、一緒に来た晃の名が表示されていた。
「もしもし」
『あ、友哉?今どこにいんだよ〜?』
「コンビニの前。」
 僕は首をひねって自分の後ろにあるマークを見ながら答えた。
『コンビニ?どっちの?』
 どっちのって…と考えて思い出した。あまり近くはないが、この辺りにはコンビニが2店舗あるのだ。青いマークのコンビニ名を告げる。
『まだそんなとこかよー。俺らもうトンネル抜けた方のコンビニまで来たぞ。』
 人混みを歩くのは苦手なのだ。
「わかった。向かうよ。」
『早く来いよー。あ、あとさ、』
 耳を離しかけた携帯を慌てて戻す。
『鈴川見なかったか?さっき会った由佳のグループに今コンビニのとこで会ったんだけど、鈴川、迷子になったらしんだ。』
 ぴんと伸びた背筋で人の流れを見つめている左隣に目をやる。
「今、隣にいる。」
 それに気付いたらしくこちらを向いた鈴川さんと目があった。右側の瞳だけ、店からの光を受けて明るい鳶色に見えた。
『あぁマジで?ちょうどいいや。待ってるから、一緒に来いよ。』
 ふと、声のトーンを落とす。
『チャンスだぞ。わかってんな?』
 たぶん、にやりと笑ったのだろう。一瞬間があいて、
『じゃーな。』
 電話が切れた。
うるせー。なにがどうチャンスなんだ。
 ため息をついて携帯を閉じる。
『花火』ー3ー

「なんかさ、鈴川さんたちの集合場所のコンビニ、ここじゃないみたい。トンネル抜けたとこのコンビニで晃が児島さんたちに会ったって。」
 児島由佳。鈴川さんと一緒に居たクラスメートの一人だ。
「えっそうなの?」
 目を丸くして驚いて、刻まれる眉間のしわと傾く頭。
「こっち、あんまり詳しくないもんね。仕方ないよ。」
 鈴川さんは電車通学だったから、この周辺には馴染みがないのだと思う。
「……で、俺も今からそこ向かうから、良かったら…一緒に行こうか。」
 なんでもない。ただ道案内をするだけのことだ。なのに、向けられた視線を避けて、失礼にならないギリギリを視線がさ迷う。
「いいの?ありがとう。」
 僕を見上げる鈴川さんの瞳が一度大きく開いて細くなって、僕も笑った。
「行こうか。」
 最初よりはマシになった様な気がするが依然人の多い道へと、足を進めた。
 国道を移動するたくさんの人達は、疲れた顔をしながら、けれど口々に今日の花火の感想やそれ以外のことを話している。子供達は夜店で買ってもらった光る剣やカチューシャを持ってはしゃいでいた。道の傍で地べたに座り、屋台の食べ物を食べる高校生らしきグループをいくつか見た。
 僕と鈴川さんは黙々と歩いていた。なんとなく。何か、話すべきだろう。
 切れ切れに耳に入る誰かと誰かの会話は、まるで宇宙語のようだ。
『花火』ー4ー

 ふと、昨日の妹の顔を思い出す。
「それ、」
「え?」
 僕は自分の後ろ頭を指しながら言葉を選ぶ。
「シュシュって言うんだよね。」
 知らないだろうと小馬鹿にしながら妹が教えてくれた、仕入れたばかりのオシャレアイテムの名前。妹に言われるまで、そんなものがあることも知らなかった。
「あ、うん!お気に入りなんだ、これ。」
 後ろ髪を束ねたところでふわふわと揺れるそれに触れながら、微笑む。
 その部分に目を遣ろうとして、うなじの白さに目をそらす。似合ってるよ。心の中で付け足した。
「すごいね、知ってるんだ。なんて言うか、意外。」
「え、あ、うん、妹が、教えてくれた。」
 前を歩くおじさんのシャツのストライプを睨みながら答える。
「あ、そっか。妹さん今高校生だっけ?」
「うん、今年3年。」
 それをきっかけに、僕らは色々な話をした。妹の話、自分達の近況、クラスメート達の進路、そして思い出話。鈴川さんから軽やかに漏れる笑い声がやけに懐かしかった。
 僕も鈴川さんも、普段自分から積極的に話をする方ではなくて、高校時代になにか話をした記憶もあまり多くなかったのに、不思議なほどするすると会話は続いた。お互い、気まずい間を作らない技術を持つほどには大人になったということだろうか。
 国道をしばらく進むと、道に傾斜がつき始め、山の中腹にぽっかりと口を開けたトンネルにたどり着く。山を貫く長いトンネルで、こちらの入り口から見ても出口の穴は見えない。それまで間隔を開けて立っていた外灯とは違った、独特のオレンジの明かり。たくさんの人の、たくさんの声が、それほど広くはないトンネルに反響して、何か柔らかな一つの音が奏でられているようにも聴こえた。
 思い出話は尽きることなく続いた。晃と児島さんが幼なじみだったことがあって、僕らと彼女らの共有する思い出は思ったより多かったのだ。
『花火』ー5ー

 なのに、何故だろう、トンネルを進むうち、会話は途切れがちになった。ずっと先に、闇色の小さな半円が見えた。振り返っても、入り口の半円は見えない。トンネルの三分の二を過ぎたぐらいだろうか。
 あぁ、上手く言えないけど。時間がないのに。沈黙を楽しむ余裕なんてないのに。このトンネルを抜けたら、僕らはまた別々に戻って行く。例えその後僕らと彼女らが一緒に行動することになったとしても、この、密やかな空気は失われてしまうだろう。
 オレンジ色の明かりが彼女の横顔をセピアに染める。
「鈴川さん……」
 つま先を見ながら歩いていた彼女が目を上げる。
 言葉は、探せば探すほど見つからない。
「……大学、実は結構近いよね。」
 残り時間を塗りつぶすように口をついてでる、大した意味のない言葉。
「あ、うん、そうだよねぇ。」
 オレンジの光の下では化粧もよくわからなくて、それは本当に昔のままの、セピア色の笑顔だと思った。
 この胸の奥の痛みは、古い写真のような、擦り切れた思い出のような、その笑顔のせいだろうか。
 そうする間にも闇色の半円はどんどん本来の大きさを取り戻す。
 小さな歩幅で小刻みに歩く姿が視界の端をくすぐる。
 あぁ、やっぱり。切り取った昔のワンシーンじゃなくて。アルバムに閉じ込めた思い出じゃなくて。
 無情にもセピア色の時間は終わりを告げ、ひらけた深い闇色の空。
 鈴川さん、俺ね、君に伝えたいことがある。
「あ、あそこだね。」
 トンネルを出ると、暗い夜の中にぽかりと浮かぶようにコンビニの明かりが見えた。
 俺、君が好きだ。同じクラスだった頃も、離れていた間も、今でも、ずっと。だからこの気持ちは、本物だと思う。
 鈴川さん、俺、君が好きだよ。
「ね、野田君?」
 顔を上げた僕は、薄闇の中で笑う彼女と目があった。
「連絡先、教えてくれないかな?」
 携帯を握った右手を僕に示すように顔の近くまで上げた。
「できたら向こうでも、野田君に会いたいから。」
 言ってすぐ、目だけで下を向く。
 この仕草の意味を、やっぱり僕は知っている。
 照れてるんだよ。快活な児島さんの声が蘇った。あれは確か、鈴川さんの描いた油絵をみんなで口々に褒め称えた、文化祭の前日。
 情けねーなぁ。言葉なんかなんだっていいのに。
「鈴川さん、俺ね?」
 今度こそしっかりと見つめた彼女は、白い肌と鳶色の瞳と、少し大人びた化粧をしている。
お題「アイス」1

 引越しに際して、冷蔵庫の中身を整理していると、君の好きだったアイスが霜だらけになって出てきた。
 雪の結晶のマークでお馴染みのメーカーの、一番スタンダードなバニラアイス。原点回帰が大切なのだと君は言っていたけど、それ以外のアイスに冒険しているところを僕は見たことがなかった。
 アイスには賞味期限がないと君が言っていたのを思い出して、僕はスプーンを手に散らかったワンルームの床に座る。
 霜が溶けて弱くなった紙製の蓋を剥がしながら、いくつかの季節を共にした君のことを想った。
 出会いと別れの間にあった日々において、君はあまり感情を表に出さなかったけれど、不意に華が咲いたように笑う、その笑い方が好きだった。
 君との日々は、冬に食べるアイスに似ていた。初め、コンビニの冷凍庫の底に売れ残ったそれのように頑なだった君が、言葉を交わすうちに少しずつ、本当に少しずつ気持ちを緩めていくのが分かった。早く溶かしたくて触れた掌が冷たくなりすぎて痛くなるような出来事もあったけれど、概ね僕は辛抱強く、君を待っていたと思う。そうして少し強引にではあるけれどスプーンが刺さるようになった頃、僕は君に告白したのだ。
 そして訪れた甘い甘い日々。そう言って差し支えないと思う。口の中で溶けて甘味を増すアイスのように、君は知るほどに魅力的だった。一口一口を味わって、僕はゆっくりと食べ進めた。
 けれど、冬に食べるアイスは熱を奪っていく。当初のような熱量を僕が失っていったことを、君のせいにするわけじゃないのだ。これはつまり言い訳にすぎないけど、それは、万物の法則の一つなのだと思う。
お題「アイス」2

 今にして思えば、回りの環境にまかせて、この例え話の続きで言うと、冬の気温が低いことを過信して、アイスを放置したのがいけなかったんだ。気がついた時には、アイスはすっかり溶けてしまっていた。そうなってしまってはもう、元には戻らない。例え慌てて冷凍庫に入れて見た目をどうにかしたとしても、固まったそれにはやっぱり違和感と異質感が残るのだ。それは、アイスを愛していた君が一番良く知っていた。
 そうして、溶けて液状になったアイスのように何とも言えない後味を残して、僕らの関係は消化された。
 あれからいくつかの季節が過ぎて、僕は一人思い出の欠片みたいなアイスを目の前にしている。長い間放置されていたそれはひどく固くて、中々食べ頃にならない。まるで、凝り固まった記憶を象徴しているようにも思えた。クローゼットを空にするために奥から取り出さざるを得なかった、黒い蓋の箱が目に入る。結局捨てられなかった写真や君にもらったプレゼントだ。
 やっとスプーンにすくって口にしたバニラアイスは、どこか違和感のあるシャリシャリとした口当たりで、後悔の記憶に似合いの味だと思った。
> 七瀬さん
 大変ご無沙汰しておりました(_ _ )
 最近は環境が変わったこともあって何しろ時間がなく、これも久しぶりに書いたのでお恥ずかしい限りです(*ノωノ)
 でもやっぱり自分の中の色々を形にして、読んでもらえるというのは嬉しいですね!しかも感想を頂けるなんて有難い限りです(_ _ )
 また時間を見つけて私からの感想も書かせて頂きます!
 ありがとうございました☆

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