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エジプトコミュのもっと知りたい エジプト

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古代エジプトの遺跡を満喫したいと、多くの人達がエジプトを訪れています。

古代エジプトを知りたいとか、エジプトの歩き方を知りたいという、エジプトに関わりのある人や エジプト大好きな人のトピックです。

とりあえず、メモ帳とか、雑記帳という感覚で、何なりとご自由にどうぞ。

エジプトを満喫するヒントとか、古代エジプト史のほんの一部に触れることができたら幸いです。

コメント(422)

ピラミッド群沿いに「失われた川」、巨石運搬の謎解く鍵か エジプト
(AFP=時事・5/17 一部転載)
 エジプトの30を超えるピラミッド群沿いにかつて流れていた「失われた川」の痕跡が発見された。古代エジプト人がピラミッド建設に使った巨石をどのように運んだのかという謎を解く鍵となる可能性がある。
 5月16日に学術誌「コミュニケーションズ・アース・アンド・エンバイロンメント」に発表された研究結果によると、このナイル(Nile)川の支流は古代エジプト文化を象徴するギザのピラミッド群などの近くを流れていたが、その後数千年にわたって砂漠や農地の下に埋もれていた。
 全長64キロにわたる支流の存在によって、今では不毛の砂漠地帯となっているナイル渓谷で4700〜3700年前に、31のピラミッドが連なるように築かれた理由を説明できるかもしれない。
 古代エジプトの首都メンフィス(Memphis)に近い一帯には、古代世界の七不思議の中で唯一現存するギザの大ピラミッド(クフ王のピラミッド)をはじめ、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドなどがある。
 考古学者たちは長年、古代エジプト人はピラミッド建設に使った巨石を運ぶために、近くにあった運河を使ったに違いないと考えてきた。
「だが、その巨大運河の位置、形状、規模、ピラミッドへの近さについては、誰も確信が持てなかった」と、論文の主著者を務めた米ノースカロライナ大学ウィルミントン校のエマン・ゴネイム氏はAFPに語った。
 今回、国際研究チームは衛星レーダー画像を用いて一帯をマッピングした。論文によると、さらに現地調査と堆積物コアを加えた調査で、かつての川の存在が確認された。研究者たちは「ピラミッド群」を意味するアラビア語で、この川の痕跡を「アハラマート支流」と名付けた。
 研究チームはかつて壮大だった川が次第に砂に覆われるようになったのは、4200年ほど前の大干ばつがきっかけだった可能性を示唆した。
 この川はまた、ピラミッドがさまざまな場所に築かれた理由も示しているかもしれない。「川の流れや水量が時とともに変化したため、第4王朝の王たちと第12王朝の王たちは異なる選択をしなければならなかった」とゴネイム氏は述べた。
ピラミッドは、いったいどうやって建造されたのか?
ピラミッドは工夫とテクノロジーの賜物でした。その構造と歴史について紐解きます。
(By エスクァイア編集部 その1 5/8 転載)
〇ピラミッドはどうやって作られたのか?
 あんなにたくさんの石を、いったいどうやって運んだのか…? とても簡単な工夫があったのです。
 古代エジプト時代に建てられたとされるピラミッド。その異様で威容なたたずまいは、本当に人間の力だけで建てたのかと疑ってしまうほど、実に見事なものです(もっとも、人によっては神や宇宙人が建造を手伝ったのでは? と考える人もあるようです)。
〇そもそも、ピラミッドとは何か?
 ピラミッドとは、大小の石材のブロックを積み上げてつくられた建造物です。最も大きくて有名な「クフ王の大ピラミッド」は、底辺の一辺が約230メートル、高さが約146メートルになります(頂上部が欠落しているため137メートルになっています)。
 ピラミッドが、エジプトの王の葬送儀礼がとり行われた「お墓」であることは、多くの専門家の間で意見が一致しています。それが意味するのは、ピラミッドの建造が、それを命じた王の生きている間に完了させなければならないプロジェクトであったということです。
 大ピラミッドの主であるクフ王の場合は、その在位期間は最短で23年だと考えられています。さらにその建造には、「2000人以下で造ったに違いない」と、多くの研究者たちが考えているようです。
〇ピラミッドの石を運んだ方法とは
 動画を観れば、古代エジプト人がもっていた高いレベルの建築術に驚きを隠せなくなると思います。
 古代エジプト時代はタイヤを使った移動手段がなかったため、砂を濡らすことで石を積んだソリを移動しやすくなるよう工夫がなされていました。そうして、とてつもない量の石を運ぶことができたのでしょう。
 クフ王が建設したとされるギザの大ピラミッドも、同様の方法で建造したとされています。さらに採石場の隣にピラミッドを造ることで、より効率よく石を運べたようです。
 基本方位を定めたり、ピラミッドの底辺をきっちり90度にかたどったりするのは、とても難しい仕事だったはずです。それでも星の位置で方位を決めたり、基礎水準で建てることによって、ピラミッド造りを可能にしていったのでしょう。 
〇ピラミッド建設にかかった年数・人数は? ― 23年で完成させる方法
 まず、ピラミッドの建設には、【1】石を切り出す作業、【2】石を運ぶ作業、【3】石を削ってすえ付ける作業…という3つの工程に分けることができます。それぞれの作業にかかる人数を算出し、その合計でピラミッド建設にかかわった人数(労働者数)を出していきます。
【1】石を切り出す作業の人数は?
 クフ王の大ピラミッドを23年で建造するには、1日に約322個の石材ブロックを切り出す必要があります。
  米国考古学者のマーク・レーナー氏が行った「ピラミッド建造実験」によると、12人チームの採石工は、22日間で186個、1日当たり8.5個の石材のブロックを生産することができたとしています。
 しかし、レーナー氏が行った「ピラミッド建造実験」の研究チームが鉄ケーブルのウィンチを使ったことを考慮する、当時クフ王の時代では、12人にさらに20人 =32人の労働者が石を切り出す作業に必要だったと仮定しましょう。
 合計32人で1日8.5個切り出すとすると、322個/日の石材を切り出すには、(322個 ÷ 8.5個 × 32人 =)約1212人の採石工がいればよいことになります。
>384のその2
>ピラミッドは、いったいどうやって建造されたのか?
ピラミッドは工夫とテクノロジーの賜物でした。その構造と歴史について紐解きます。
(By エスクァイア編集部 その2 5/8 転載)
>384のその2
〇石を運ぶ作業の人数は?
 クフ王の採石場から大ピラミッドまでは、約300メートルの距離があります。この道のりを、1個平均2.5トンの石材をソリにのせて引いていきます。
 レーナー氏が行った「ピラミッド建造実験」によると、ソリにのせた重さ2トンのブロックは10〜12人で引けることがわかっています。
 つまり、当時クフ王の時代だったら1組20人程度のチームであれば、2.5トンの石材を運ぶことが可能であったことと仮定します。
 さて、採石場とピラミッドの往復に2時間かかると仮定した場合、1チームあたり1日5個程度の石材をピラミッドに供給できたことになります。
 ピラミッドを23年で完成させるためには、1日340個の石材をすえ付ける必要があったため、20人のチームが68組(=340 ÷ 5)、合計で役1360人程度の引き手がいたと推測できるわけです
〇石を削ってすえ付ける作業の人数は?
 レーナー氏が行った「ピラミッド建造実験」によると、テコを使って石を持ちあげるのに4人、石を押して位置を調節するのに2人、石材を削って仕上げをするのに2人必要となるそうです。これに予備員の2人を加えると、ピラミッドの現場でブロック1個に必要な人員は約10人になります。
 採石場からは1時間当たり34個(340÷10)の石材が届けられるので、それを10人が1時間で1つすえ付けるとすると、単純計算で、約340人がこの作業に必要であった可能性があります。
 ただし、同じペースで成果を出し続けるには、あまりにも疲労が伴う作業でるので、多めに見て人数を倍の40人にしたと仮定しても、石を削ってすえ付ける作業には、約680人の労働者が必要だったことになるでしょう。 
◇まとめ
 上記の仮定人数を考慮すると、石を切り出すのに約1212人、石を運ぶのに約1360人、削ってすえ付けるのに約680人とすると…、合計約3252人になります。
 もちろんこれ以外にも、石材をピラミッドの上部に運ぶための傾斜路の建設する作業員だけでなく、道具とソリを作る人員、水を運ぶ労働者、労働者の食事を準備する作業員…と他の職人もいたことを考慮すると、クフ王の大ピラミッド建造に関わった人々は、約2万〜2万5000人にのぼった可能性が指摘されているのです。
ギザの大ピラミッド付近で秘密の地下部屋を発見(海外)
(BUSINESS INSIDER JAPAN・6/10 転載))
 考古学者らがエジプトのギザで、地中探知レーダーなどのハイテク技術を使用して隠れた構造物を発見した。
 これにより、砂地の地下深くに、L字型の構造物と大きな異物が隠れていたことが明らかになった。
この発見で、密集状態の西部墓地の大部分が空である理由を説明できるかもしれない。
 エジプトには、その古代についての数多くの秘密がある。そして考古学者らは、ギザにある西部墓地の砂の下に隠された、新たな秘密を見付けた可能性がある。
 西部墓地には、マスタバと呼ばれる長方形の墓石がギザの大ピラミッドの麓に数多く並んでいる。これらのマスタバは、約4500年前の古代エジプトの支配者だったクフ王の親族や上流階級市民のものだ。
 墓地にはたくさんの墓石が並んでいるが、それとは対照的に、何もない、砂だけの一角がある。その砂の下に別の物語があることを、考古学者らが発見した。
 平らで、砂地のように見えるところに、数千年前に作られて長い間忘れられていた構造物が、隠されているかもしれない。地表からほんの数メートル下に、L字型の構造物のようなものがあり、さらに深いところには別の大きな構造物があり、2つはつながっているという。
 L字型の構造物の角は自然にできたものにしては「尖り過ぎ」ている、と発見に携わった研究者の佐藤源之は、ライブ・サイエンスに語った。
 これが示唆するのは、人間が建設したものであるということであり、これほどまでに広くて密集したこの共同墓地になぜ空のスペースがあるのか、説明することができるかもしれないと研究者らは査読付き学術誌『アーキオロジカル・プロスペクション・プロスペクション』で発表した論文で報告した。
 どちらの特徴も、古墳の遺物である可能性があると研究者らは述べている。だがこの発見には解き明かされていない多くの疑問が残されている。
 〇レーダーその他のツールを使ったハイテク考古学で隠された秘密を発見
 初期の考古学では、何年もかけて慎重に発掘して、構造物の形や大きさを明らかにしていた。今は新たな技術のおかげで、科学者らは土をひとかきもすることなく、未知の建物を図にすることができる。
 そうして、東日本国際大学、東北大学、エジプト国立天文地球物理学研究所の研究者らは、この隠された歴史の最新の一片を発見した。
 2021〜2023年の間に、チームは2つのハイテク技術を使って、この場所を調査した。それが地中探知レーダー(GPR)と電気抵抗トモグラフィー(ERT)だ。GPRは、電磁波を使って浅い地中の様子を高解像度でマッピングする。より深層にある構造物には、ERTで壁、シャフトや同様の異物の位置を特定することができるが、詳細な情報は得られない。
 GPRとERT、衛星データを組み合わせ、研究者らは地下1.6〜6.5フィート(約0.3〜1.8メートル)に埋もれた、約32×50フィート(約10×15メートル)のL字型の構造物を発見したのだ。また、それよりも深い地下11.5〜33フィート(約3.5〜10メートル)のところに、1000平方フィート(約93平方メートル)の構造物がある証拠も見付かった。
イラ研究で明らかになった、古代エジプトの人々を苦しめた疾病の悲しい真実
いにしえの人々を襲った苦悩が、ミイラ研究により明らかになりました。
(By Tim Newcomb・5/07 転載)
*記事のポイント
 〇住血吸虫という寄生虫に感染することによってかかる病気、「住血吸虫症」とマラリアによってファラオたちが苦しめられていたという歴史的事実が、古代エジプトのミイラ研究によって明らかになりました。
 〇ナイル川の流れで病原体が拡散し、太古のエジプトとヌビア(エジプト南部アスワン周辺からスーダンにかけての地方)で甚大な被害を及ぼしたようです
 〇古くは紀元前2000年までさかのぼる31体のミイラによって、古代文明の脅威となった疾病の痕跡が確認されました。
*○恵みの川が寄生虫を拡散!?
 古代のエジプトとヌビアにとって、生命線と言える存在のナイル川。そのナイル川のおかげで文明が栄えたのは、現在では周知の事実と判断されています。ですが、同時にさまざまな疾病も川の流れに沿って広まり、文明衰退の危機をもたらしたに違いありません。そんな痕跡がミイラを分析することによって、数千年の時を経て解き明かされようとしています。
 ケンブリッジ大学が発行する寄生虫学の専門誌『アドバンセズ・イン・パラサイトロジー』に、生物人類学者のピアーズ・ミッチェル博士による研究論文*2が掲載されています。
 古くは起源前2000年にまでさかのぼる31体のミイラを調査し、古代の人々を苦しめた病気や寄生虫の謎に迫る内容です。ナイル川の流れによって疫病がまん延したというのがミッチェル博士の導き出した結論でした。
「降雨量の少ない乾燥地域にもかかわらず、ナイル川によって熱帯の水生寄生虫が広域に運ばれるという、珍しい環境でした」と、ミッチェル博士は研究論文の中で述べています。
「古代エジプトおよびヌビアの文明は、ナイル川なくして栄えることはありませんでした。ですが、そのナイル川によって寄生虫もまた拡散されることになったのです」と…。
 「調査されたミイラの約65%に住血吸虫症の痕跡が見られ、約40%がアタマジラミに、そして約22%がマラリアに感染していたと断定できる痕跡が確認できた」と言います。さらに続けて、「このような疾病負担が、労働者の健康と生産性に大きな影響を及ぼしたことは間違いないでしょう」とミッチェル博士。
 ミイラに遺された病原体組織の解析に用いられたのは、CTスキャンと光学顕微鏡です。DNAの断片からも、いくつもの手掛かりが発見されました。
 マラリアのまん延を引き起こしたのは、ナイル川水域で繁殖した蚊の存在という結果が導かれています。また、サンドフライという水辺や茂みに生息する小型のハエによって内臓リーシュマニア症などが引き起こされ広がったということも…。なぜなら、調査されたミイラの約10%が内臓リーシュマニア症を患っていたことも発見されていたからです。
「灌漑された水路を歩くだけで、農民たちは住血吸虫症の感染リスクにさらされていたということになります」と、ミッチェル博士は述べています。
 〇巨大モニュメントの建造にも影響か?
 覇権国家として栄えた古代文明ではありましたが、その陰には疫病や寄生虫との飽くなき戦いがあったことがリアルに推測されます。「エジプトとヌビアの人々は、致死性の高い、あるいは慢性化しやすい疾病による大きな負担を強いられていたのです」と、ミッチェル博士は断言します。
 2023年に出版された著書『古代文明の健康生活おける寄生虫の影響の中でミッチェル博士は、古代のエジプトおよびヌビアについて、「歴史的に最も深刻な寄生虫による健康被害を受けていた文明であった可能性がある」と論じています。
「マラリアと住血吸虫症によって引き起こされる貧血状態や赤血球の減少は、重労働に従事する労働者に大きな負担を強いていたはずです。それにもかかわらず、ピラミッドや神殿、王侯貴族をまつるモニュメントなど、いくつもの巨大プロジェクトが進められました。
 寄生虫感染による貧血がまん延していた古代エジプトにあって、そのようなモニュメントの建造は簡単ではなかったはずです。戦争捕虜や奴隷といった外部の労働力なくして、建造は不可能だったでしょう」と、ミッチェル博士は見ています。
 古代文明における寄生虫症のまん延は、あらゆる社会階級の人々に深刻な影響をおよぼしました。ナイル川流域に広がる文明地域一帯にくまなくまん延したため、ファラオから一般市民まで、分け隔てなくそのリスクにさらされていたという歴史的事実をミイラの存在が雄弁に物語っていたということです。
古代エジプト文明展が上海で開催 95%以上の文化財がアジア初公開
(東方新報・7/3 一部転載)
 エジプトからの700点以上の文化財が先日上海市に到着し、7月18日から「ピラミッドの頂上:古代エジプト文明展」が上海博物館で開催される。
 同展示会では、アジアで初めて公開される文化財が95パーセント以上含まれている。展示会には、ファラオの像や金の宝飾品など、古代エジプトの貴重な文化財が展示される。展示品は788点あり、エジプトの七つの博物館と機関から選ばれた。この中には、一般には未公開の最新の考古学的発見も含まれており、中国とエジプト間の文化交流に新たな章を加える。
 展示の目玉の一つは、エジプトの首都カイロ中心部にあるエジプト考古学博物館から来たアクエンアテンの像だ。
 この砂岩製の像は高さ239センチで、紀元前1550年から1295年に遡る。アクエンアテンはツタンカーメンの父であり、太陽を象徴する「アテン」を唯一の神として崇拝する宗教改革を行ったことで有名だ。「世界中で多くの文化財が展示されているが、上海博物館でのこの展示は最大規模だ」と、エジプト観光・考古省の考古学者サイード・エブラヒム・アラサル氏は述べる。
 さらに、サッカラ遺跡から発掘された人形棺も展示される。この遺跡からは、紀元前600年に建てられたバステト神を祀る神殿が見つかっており、その地下からは1000体もの人形棺が出土した。これらの棺は、古代エジプトの埋葬儀式に関する研究に新しい情報をもたらすことになる。
 この展示会は、サッカラ遺跡からの考古学的発掘品を体系的に紹介する初めての機会となる。上海博物館の褚暁波館長によると、今後1か月はこの展示の準備に集中する予定だ。
 さらに、展示会の先行予約チケット20万枚が完売したと博物館が先日発表した。博物館からは6人のチームがエジプトに派遣され、文化財の記録と梱包作業を行った。特に大型で重い遺物は、リフト装置を使って取り扱った。この作業の様子が観光客に目撃され、ソーシャルメディアで広く注目された。総数788点の文化財は90のクレートに収められ、チャーター便で上海へと運ばれた。
古代エジプトの神殿、2000年分の汚れを落としたらすごかった
彩色されたレリーフが鮮やかに復活、雄羊の頭をもつ創造神をまつるクヌム神殿
(ナショナルジオグラフィックnews・7/5 一部転載)
 およそ2000年前につくられた古代エジプトの神殿の天井を研究者チームが復元したところ、驚くべき発見がもたらされた。黄道12星座やその他の星々を描いたフルカラーのレリーフのほか、ヒエログリフ(象形文字)の碑文も見つかり、これらの天体図に隠された意味を解くカギとなりそうだ。(参考記事:「ヒエログリフを解読した「エジプト学の父」シャンポリオンの生涯」)
 天井が復元された神殿は、エジプト中南部の町エスナに残るクヌム神殿だ。プロジェクトには考古学者でエジプト学者のヒシャム・エライシー氏を中心とするエジプト観光・考古省と、ドイツのテュービンゲン大学から計30人の研究者が参加。5年余りに及ぶ作業で、当時の色彩をよみがえらせた。
 レリーフを覆い隠していた汚れは、レリーフを守る役割も果たしていた。「2000年の間に何層にも積もり積もった煤(すす)や泥が保護膜となって、色彩が保存されたのです」と、プロジェクトを指揮したクリスチャン・ライツ氏は語った
〇2つの世界が出会った場所
 クヌム神殿はナイル川東岸の都市ルクソールのすぐ南に位置する。古代エジプトの神殿としては最後に建造されたものの1つだ。
 建造は紀元前2世紀、プトレマイオス6世の時代に始まった。アレクサンドロス大王に仕え、後継者に名乗り出た将軍プトレマイオス1世の子孫であるプトレマイオス朝のファラオたちは、エジプトにギリシャ文化を紹介。エジプトを含むオリエントの文化と融合し、豊かなヘレニズム文化が生まれた。その後、創造神でナイル川を司るクヌム神に献じる部分が追加された。
今回復元された天井は、神殿の入り口部分(プロナオス)にある。プロナオスはローマ帝国第4代皇帝クラウディウス(在位41年〜54年)の時代に造られた。神殿のなかで唯一現存している部分だ。
 エスナの中心部に建っていたため、貴重な石材が盗まれて他の建造物に流用されることはなかった。だが、何世紀もの間、市民に使われていたせいで、彼らが起こした火から出た煤が厚い層となり、神殿の天井や壁に蓄積されていった。
 プロナオスの屋根を支える24本の巨大な円柱はプトレマイオス朝時代に造られたが、その後1世紀になってローマ風の装飾が施された。ナツメヤシ、ハスの花、パピルス、実をつけたブドウのつるなどの装飾は、すべてナイル川の恵みを表現している。
〇天上の光景
 これらの美術作品から汚れを落とすのは困難な作業だった。「泥を取り除くのに楊枝まで使いました」と、テュービンゲン大学のライツ氏は話す。
 今回発見したレリーフの黄道12星座は、古代エジプトの私的な墳の装飾にはよく使われているものの、神殿の装飾に用いられた例はほとんどないと、テュービンゲン大学のダニエル・フォン・レックリングハウゼン氏はプレスリリースの中で説明している。
 今日の占星術の12星座に近いものだが、元々はバビロンで誕生し、ギリシャ人によってエジプトにもたらされた。12星座のそばにはその他の星座や火星、木星、土星といった惑星も描かれている。
 研究者たちが特に関心を抱いたのは、12星座とともにヒエログリフで刻まれていた碑文だ。(参考記事:河江肖剰「ヒエログリフが読みたい」)
 かつてフランスのエジプト学者セルジュ・ソヌロンが1960年代と1970年代にこの神殿内の碑文を記録し、解読しているが、今回新たに200文字余りが見つかった。おかげでレリーフの天体図の解釈が進み、まだ知られていない古代エジプトの星座の名前も明らかになるだろう。
 中には新年を描いたレリーフもある。クヌム神殿がナイル川に近いことは、このレリーフを理解する上で重要なカギだ。
 古代エジプトではシリウス(おおいぬ座α星)が70日間姿を隠したあと、再び東の空に出現する日を年初とした。シリウスは豊穣の女神ソティスとして擬人化され、毎年この星が現れるころにナイル川が氾濫することが知られていた。 
古代エジプト人の愛した「媚薬」の正体
(ニューズウィーク日本版・1/10 一部転載)
 謎めいた古代エジプトの「マグカップ」には、やはり幻覚作用のある複雑微妙なカクテルが入っていた。予想はされていたことだが、証拠が見つかったのは初めてだ。
 このカップは紀元前2世紀頃のものと推定され、研究者たちはこれについて高度な化学分析を実施。その結果、幻覚作用や薬効のある化学物質、発酵させた液体、人間の血液その他の分泌物、さらに複数の香料を含む「複雑な液状の混合物」が入れられていたことが判明したという。
 この研究成果はオンライン学術誌サイエンティフィック・リポーツに発表された。このマグカップがセックス絡みの儀式に使用された可能性も指摘されている。
 調査対象は1984年に米タンパ美術館に寄贈されたコレクションに含まれていたもので、古代エジプトの「ベス神」の頭部をかたどったカップだ。ベス神は歓喜や繁殖、家庭の幸福などの守護神であり、グレコによれば、プトレマイオス朝の頃(紀元前305〜紀元前30年)にはその役割が「神託的かつ神秘的」な領域にまで及んでいた。
「ベス神のマグカップは、これまで具体的な用途が解明されていなかった。しかし今回の研究では最先端の技術を駆使して、この容器の用途と意味を解明できたと思う」
 この容器の用途については従来から多くの仮説が立てられていた。だがいずれも古代エジプトの儀式に関する図像資料や伝承に基づく仮説であり、容器に残存する有機物の痕跡の検証はほとんど行われてこなかった。
 今回の研究では容器の内側から採取したサンプルの化学的分析とDNA解析を行い、残留物の成分を調べた。結果、容器に入っていたのはプトレマイオス朝のエジプトで儀式に使われていたとみられる液状の混合物であることが明らかになった。
○幸せな気分になる物質
 検出された有機物の残滓にはペガヌム・ハルマラ。「シリアンルー」とも呼ばれる)という植物の痕跡が含まれていた。ハルメルは薬効および向精神作用を持つ植物で、種子に大量に含まれるハルミンとハルマリンというアルカロイドは幻覚症状を引き起こすことがある。
 さらに、向精神作用をもたらす別な植物「ルリスイレン」の痕跡も検出された。この植物には軽い鎮静作用や多幸感と関連づけられるアポルフィンと呼ばれるアルカロイドが含まれる。
「特定された物質は幻覚作用や深い瞑想状態、そしておそらくは多幸感をもたらす可能性が高い」とグレコは述べ、さらにこう続けた。
「これらの物質は当時の儀式が極めて洗練されていて、肉体的・精神的な変容を通じて神とつながろうとする意図の下で行われていたことを示唆している。また天然の素材が人間の精神にもたらす影響を彼らが熟知していたことをも裏付けている」
 今回の生化学的な研究は、伝説のベス神とこれらの植物や儀式をつなぐ既存の文献資料を補強するものでもある。研究者によれば、ハルメルという植物の古代名やエジプトでの呼称には「bs」や「bss」の文字が含まれており、それが「ベス(Bes)神の植物」を意味していると解釈することも可能だという。
 論文によれば、「ベス神信仰に関連する」儀式の1つは予知夢を見ることに関連していた。また古代エジプトの寺院の壁に刻まれたギリシャ語の落書きという「考古学的証言」によれば、ベス神は「神託を与える者」や「夢を与える者」であったと推測できる。さらに、ベス神とルリスイレンを結び付ける図像学的な証拠もあるという。
○膣からの分泌物の痕跡も
 検査した古代のマグカップからは、フルーツ由来の発酵アルコール分を含む液体や、偶然の混入ではなく意図的な添加と思われる人間の体液の痕跡も確認された。
「血液や膣からの分泌物、それに母乳の可能性があるタンパク質も確認された。これらの液体には何らかの象徴的な意味、あるいは儀礼的な意味があったと考えられ、生命や生殖、再生といったテーマに関連していた可能性がある」とグレコは述べた。
 ちなみに、香料にはハチミツやゴマ、松の実、リコリスやブドウなどが含まれており、古代エジプトの神話、おそらくは生殖に関わる神話を何らかの形で儀礼的に再現する目的で加えられた可能性が高いという。
「今回の研究で、ベス神のマグカップに単なる装飾物や実用品以上の意味があることが分かった。こうした容器は複雑な儀式で使われ、極めて重要な役割を果たしていた」とグレコは考える。「その内容物から推定すると、この容器は意識の変容や生殖、予言に関わる儀式で用いられ、向精神性の飲料を作ったり飲んだりするために使われていたと考えられる」
 古代エジプトで行われていた儀式の実態が明らかになっただけではない、とグレコは言う。あのベス神が「神秘的変容を具現化」する神であることも分かったのだ。
スヌーピーたちがピラミッド発掘調査隊に変身!「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」でPEANUTSの限定コラボグッズが登場
(ウォーカープラス・1/25 一部転載)
 本展では、アメリカ有数の古代エジプトコレクションを誇るブルックリン博物館から、約150点もの貴重な展示品が集結。彫刻、棺、宝飾品、土器、パピルス、そして人間やネコのミイラなど、3000年の時を超えた遺物たちを通じて、現代人の想像を超える高度な文化を創出した人々の営みをひも解いていく。
 そんな展覧会を、もっと楽しく彩るのがPEANUTSと特別展 古代エジプトのコラボグッズ。ピラミッドの発掘調査隊に扮したスヌーピーやウッドストックをキービジュアルに、Tシャツやトートバッグなどさまざまなグッズが展開される。ここではその一部をご紹介!
 注目は、冒険家の帽子と服装に身を包み、発掘道具の「ハケ」を手にしたスヌーピーの「ぬいぐるみ(M)」(7700円)。ふわふわの触り心地で、デスクに置いても、ベッドに置いても癒やされること間違いなし。ただし、人気が予想されるこちらのぬいぐるみは、一人1個までの販売となる。
「マグカップ」(1980円)は2種類展開。どちらも使いやすいベーシックなデザインで、カップの内側にはウッドストックが隠れているという遊び心も。「豆皿」(1100円)も2種類あり、スヌーピーと仲間たちのかわいらしいデザインは、小物入れとしても活躍してくれそう。
 デイリー使いにぴったりなのが、コットン製の「トートバッグ」(2860円)。スヌーピーと仲間たちのデザインと、発掘道具がたくさんちりばめられたスヌーピー柄の2種類から選べる。お買い物はもちろん、サブバッグとしても便利。
 森アーツセンターギャラリーに足を運んで、3000年の時を超えた不思議な世界を覗いてみてはいかが?そして、PEANUTSとのコラボグッズを見つけたら、ぜひゲットして!
○「ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト」概要
 会期:2025年1月25日(土)〜4月6日(日) ※会期中無休
 会場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
 開館時間:10時〜18時(金・土・祝前日は20時まで) ※入館は閉館30分前まで
 古代エジプト医学の秘められた知恵!壁画の中の医術と神秘の処方
(華盛頓Webライター・2/3 一部転載)
 悠久のナイルの流れとともに育まれた古代エジプト文明。その輝かしい文化の影には、卓越した医学の発展があったことをご存じでしょうか。
 かつて、この地に生きた医師たちは、精緻な観察と不思議な信仰の狭間で、人々の健康を守り続けました。
 そして、その知識はギリシャ・ローマへと伝わり、今なお医学の礎として息づいています。
 19世紀以前、古代エジプト医学についての手がかりは、主にギリシャ・ローマ時代の歴史家の記述に限られていました。
 紀元前440年頃、歴史家ヘロドトスはエジプトを訪れ、その医療技術について詳述しています。
大プリニウスもまた、彼らの医術を高く評価しました。
 また、「医学の父」と称されるヒポクラテスやガレノスも、エジプト医学の影響を受けたとされます。中でも、エドウィン・スミス・パピルスやエーベルス・パピルスは、当時の高度な医療技術を伝える貴重な資料として知られています。
 エドウィン・スミス・パピルスは、世界最古の外科学書とも称される医学文書であり、紀元前1600年頃に書かれたと考えられているのです。
 そこには、頭蓋骨骨折や外傷に対する診断、治療法が記され、解剖学的観察も見られます。驚くべきことに、そこに記された医学知識の一部は、現代医学と通じる部分すらあるのです。
 治療法としては、動物や植物由来の軟膏が用いられました。さらに、古代エジプトの第4王朝(紀元前2900年〜2750年)には、口腔外科手術が行われていた証拠が発見されています。
 これらの事実からも、エジプトの医師たちが高度な医療技術を持っていたことがうかがえます。一方、エーベルス・パピルス(紀元前1550年頃)は、877の処方箋を収録した、まさに古代の薬学書です。ここでは病気の治療法とともに、呪術的な要素も見受けられます。
 エジプト医学では、魔術と医学が密接に結びついており、病気の原因を悪霊の仕業と考え、呪文と薬草の併用が一般的でした。
 中には、腫瘍の記述や外科的処置の指示も含まれており、エジプト人ががんのような疾患を認識していた可能性も指摘されています。
 さらに、エーベルス・パピルスには避妊法についての記述もあり、女性の健康を考慮した医療が行われていたことが分かるのです。
 女性特有の疾患に特化した医学書として、カフン婦人科パピルス(紀元前1800年)が挙げられます。この文書には、女性の健康問題に関する34の症例が記されており、当時の婦人科医療の実態を知る貴重な手がかりとなっているのです。
 これらの記録を通じて、古代エジプト人が女性の健康維持に細やかな配慮をしていたことがうかがえます。
古代エジプトの船大工たちの知恵!砂漠の民が海へ挑んだ壮大な物語
(華盛頓Webライター・2/3 一部転載)
 遥か昔、ナイルの流れとともに栄えたエジプトの民は、木の板を巧みに組み合わせ、船を生み出す技術を編み出しました。
 紀元前3000年には、すでに高度な造船術を有していたといいます。
 その証拠となるのが、アビドスの地で発見された14隻の板張り船でございます。板と板を縫い合わせ、葦や草で隙間を埋めるという、繊細かつ巧妙な手法が用いられておりました。
 これらの船は、ファラオ・ハセケムウィの眠る場所に伴われたものとされておりましたが、近年の研究では、さらに時代を遡る可能性が示唆されております。
 時を下り、クフ王の時代になると、造船技術は一層の進歩を遂げます。
 ギザのピラミッドの麓に眠る「クフ船」は、全長43.6メートル。ほぞ穴とほぞを組み合わせる精巧な技法によって組み立てられ、太陽神の船としての象徴的な役割を担っていたと考えられたのです。
 エジプト人はまた、交易のために海へと乗り出し、ビブロス船なる名の航海船を駆使し、レバノンや紅海の彼方へと進出しました。
 ハトシェプストの時代にはプントへの遠征も行われ、船乗りたちは広大な海原を越えて富と神秘の国を目指したのでございます。
 近年の発掘によって、エジプトの海洋活動はさらに明らかになりました。
 干上がったラグーン、メルサ・ガワシスに残る大船の木材、パピルス製の巨大なロープ、そしてスエズ南方で見つかった最古の港――。
 これらは、古代エジプト人がいかにして海の世界へ踏み出したのかを、静かに、しかし雄弁に物語っております。
解明進む巨大ピラミッド「永遠」の建造方法 強固さと低コストの秘密
(朝日新聞DIGITAL・2/5 一部転載)
最新・古代エジプト研究(1)
 古代エジプトの考古学研究は,最新のテクノロジーによって変革期をむかえている。宇宙から降りそそぐ素粒子の観測によって大ピラミッドの中に謎の大空間がみつかり,ドローンによる3次元(3D)計測によってピラミッドの建造方法を解きあかすかなめとなる石の積み方の詳細がみえはじめた。
 衛星が撮影した画像から新たな遺跡をみつける宇宙考古学も注目されている。今から約4500年前の古王国時代の大ピラミッド建造を中心に,新たなテクノロジーを駆使して謎を解く考古学者たちの挑戦を紹介しよう。
 素粒子やドローン,衛星,AI。これらはすべて,「あるもの」の研究に使われている。「あるもの」とはなんだろうか。答えは,古代エジプトの遺跡ピラミッドだ。古代エジプト研究にとって,最新技術は今,欠かせないものになりつつある─。
○日本の縄文時代に 高さ147メートルの建造物を実現
古代エジプトの歴史は今から約5000年前,紀元前3000年ごろにはじまった。国土はアフリカ大陸の北東端に位置し,南北をナイル川が縦断する。北東をアジア,西をリビア,南をスーダン,さらに地中海と紅海に面し,海とナイル川を通って多くの人や商品が行き交っていた。
国土の9割は砂漠だったが,ナイル川の氾濫によって肥沃な土が流域に堆積して豊かな土壌をつくり,農耕が発展した。これらを経済基盤に,女王クレオパトラ(紀元前69〜紀元前30)の死(紀元前30年)によって歴史に幕が閉じるまで,古代エジプトは長きにわたって大国として繁栄した。
 ナイル川中流の西岸に位置するギザにある「三大ピラミッド」は,紀元前2500年ごろに王の墓として建造された。三大ピラミッドの中で最大なものは,古王国時代(紀元前2686ごろ〜紀元前2181ごろ)の第4王朝のクフ王(在位:紀元前2589ごろ〜紀元前2566ごろ)が建造した高さ約147メートルの「大ピラミッド」だ。
○“永遠”をかなえる 強固な構造
 完成時の三大ピラミッドは外側を石灰岩でできた白い化粧板でおおわれ,四角錐の側面は平らに仕上げられていた。化粧板のほとんどはあとの時代にカイロの町を建てるために建材として使われた。現在はカフラー王のピラミッドの上部をのぞいて,化粧板はあまり残っていない。だが,このような意図的な破壊や盗掘をのぞけば,約4500年前の建造物が良好な状態で残っているのはおどろくべきことだ。ピラミッドは永遠にこわれることがないようにつくられたといわれるが,現在のところまさにそのとおりとなっている。
 
エジプトで巨大な古墳が発見される
(ARAB NEWS・3/28 一部転載)
 △カイロ南方のアビドスで、過去10年で最大の発見となる。
 △3600年以上前の未知の王の墓と考えられている。
 ロンドン:エジプトの考古学者がカイロの南300マイル付近で、無名のファラオの墓を発見した。
 エジプトとアメリカの研究者が調査しているこの遺跡は、今年2番目の発見であり、約3600年前のものと考えられている。
 墓は、エジプト最古の古代集落のひとつであるアビドスの地下23フィートで発見された。
 高さ16フィートの丸天井といくつかの部屋にまたがる華麗な装飾を持つこの墓は、2014年にこの地域で発見されたセネブ=ケイと呼ばれる王の墓を凌ぐもので、記録上最大のものであった。
 フィラデルフィアにあるペン博物館の学芸員で、アメリカ側の発掘を指揮しているジョセフ・W・ウェグナー氏は、ニューヨーク・タイムズ紙にこう語っている: 「この王朝の調査における新たな章となる」
 無名の王の墓には、女神イシスとネフティスを含む古代エジプト神話の場面が描かれている。
 この発見を 「エキサイティング 」だとウェグナー氏は言う: 「この墓とセネブ=ケイの墓は、現存する最古の王墓で、内部に実際に絵が描かれている」
 しかし、この墓は数千年の間に大きな損傷を受け、身元が確認できる人骨は見つかっていない。
 墓泥棒も過去にこの場所を荒らしたと考えられているが、墳墓からはほとんど遺物は見つかっていない。
 また、侵入による被害で、装飾の多くが変色し、王の名前が書かれた建造物の文字の一部が読めなくなっている。
 ウェグナー氏によると、この墓の所有者は、古代アビドス周辺の遺跡や建造物に刻まれた他の碑文から判明する可能性があり、セナイブとパエントジェニという2人の王が候補に挙がっているという。
 彼は、この発見物を保存し、より広い時代、そして未知の王の正体を明らかにする可能性のある他の墓を発掘するための作業を続けると付け加えた。「無傷のもの、あるいは部分的に無傷のものを見つけるのは、私たちの夢です」と彼は言った。「そのような墓がまだあるかもしれない」
 シカゴ大学の考古学者アンナ・ラティファ・モウラド=シゼック教授は、この発見は「エジプトが競合する勢力によって支配されていた魅力的な時代を理解する上で、非常に重要である」とNYT紙に語った。
 ウェグナー氏によれば、この時代は「戦士ファラオが争っていた時代」であり、セネブ=ケイの骨格には戦死を示唆する傷があったという。
 当時、この地域は分断されていたが、アビュドス王朝は「ほんの一握りの王が、元々属していた領土から離脱するような、一瞬の出来事」ではなかったとウェグナー氏は言う。
 この王朝は、後に 「新王国時代の大帝国 」として知られるようになる、王国統一の基礎を築いたのだ、とウェグナー氏は付け加えた。
ルクソール、エジプト - 古代遺跡の上空を舞う壮大な熱気球ツアー
(msn・4/7 一部転載)
 エジプト・ルクソールの歴史的な景観を空から満喫できる、感動的な熱気球ツアーを体験しませんか?ナイル川、王家の谷、荘厳なカルナック神殿やルクソール神殿を、特別な視点から眺めることができます。
 朝日が広大な砂漠を黄金色に染め、歴史的なモニュメントを照らす神秘的な光景は、まるで別世界のような美しさ。
 気球は、古代都市テーベの上空を優雅に滑空しながら、精巧に造られた寺院や墓の細部を映し出します。メムノンの巨像やハトシェプスト女王葬祭殿など、ルクソールを象徴する遺跡の絶景を空撮し、周囲に広がる緑豊かな田園風景やヤシの木の美しいコントラストも楽しめます。
 心地よい風を感じながら、壮大な景色と静寂の空の旅を満喫してください。歴史好き、自然愛好家、または忘れられない体験を求めるすべての方に、ルクソールの熱気球ツアーは一生の思い出となるでしょう。この仮想ツアーに参加して、ナイル渓谷の古代遺跡の壮麗さを体感してください。
企画展「古代エジプトの棺と埋葬」/埼玉県
(テレ玉・4/8 一部転載)
 古代エジプトの埋葬を通して当時の人たちの死生観を伝える企画展が、本庄市の本庄早稲田の杜ミュージアムで開かれています。
 会場には、考古学者の吉村作治さんを中心に結成された早稲田大学エジプト調査隊が発掘した棺など、45種類95点が展示されています。
 古代エジプト人は死後、「個性」と「生命力」の2つの魂が肉体を離れて存在し続けると考えていて、魂が体に戻ってくるために棺が作られました。
 企画展では、その死生観を発掘された棺や遺体と共に墓に納められた副葬品などを通して伝えています。また、ミイラに巻かれていた布など10点以上の資料が初めて公開されました。
 企画展「古代エジプトの棺と埋葬」は、5月25日まで本庄早稲田の杜ミュージアムで開かれています。
エジプトで発見「黄金の失われた都市」。3000年を経たヒエログリフや青銅貨幣も
(Forbes JAPAN・4/11 一部転載)
 長年にわたる慎重な発掘の末、エジプトの考古学者らはエジプト南部のナイル川東岸にある都市、ルクソールに位置する王家の谷で、砂の下に隠されていた3000年前の鉱山集落、「黄金の失われた都市」の発見に成功した。
 正式名称「アテン」と呼ばれるこの都市は、かつて金の採掘で栄えた場所であり、ツタンカーメン王の墓の発見以来、最も重要な考古学的発見の一つとされている。
 この遺跡はエジプト紅海県のマルサ・アラム南西に位置するジャバル・スカリにあり、紀元前1391〜53年にエジプトを統治したアメンホテプ3世の統治下で築かれたとされる。この発見により、古代エジプトの金採掘技術や、当時繁栄した時代の産業について新たな知見が得られることとなった。
 都市の建築物等は非常に良好な状態で保存されており、住居や寺院、行政施設、作業場、さらには浴場まで確認されている。
 その中でもひときわ注目すべきは設備完備の金の採掘施設だ。ここには粉砕・研磨ステーション、ろ過用の水槽、沈殿池、そして金を精製するための溶鉱炉などが備えられており、石英の鉱脈から金を取り出し精製する工程が明らかになった。
 エジプト観光・考古省によると、このプロジェクトでは単なる発掘や記録のみならず、建築物の修復も慎重に行われた。また、現代の採掘作業による破壊を防ぐため、重要な遺構の一部は元の場所から3キロ北へ移設された。
 アテンは主にアメンホテプ3世の時代で金鉱山都市として機能していたが、ローマ期やイスラム期の遺物も発見されており、長い歴史を持つ多文化都市だったことがわかっている。
 発掘されたものの中には、ヒエログリフ、デモティック(民衆文字)、ギリシャ語が記されたオストラコン(陶片)628点や、プトレマイオス朝時代の青銅貨幣が含まれていた。また、ギリシャ・ローマ時代の人間・動物のテラコッタ像、バステト神やハルポクラテス神の小さな石像、プトレマイオス朝の供物台なども見つかっている。
 さらに、日常生活で使われていた陶器や香水、薬、香の器、貝殻を使った装飾品や宝石のビーズも出土した。これらの発見から、アテンは何世紀にもわたって多文化・多言語の都市として機能し、エジプトの王族が宮殿や墓、神殿を装飾するための金を供給する重要な役割を果たしていたことがわかる。
○あちこちに姿を現し始めた「泥レンガの建物」
 この発掘により、古代エジプトの鉱山技術や、東部砂漠に点在していた工業都市での労働者生活について、より深い理解が得られるようになった。また当時栄えた鉱山集落の社会、宗教、そして経済的見解が、多岐にわたる世紀を通してわかるようになった。
 発掘チームを率いた考古学者ザヒ・ハワスは、当時の発見の瞬間についてこう語っている。
「わずか数週間で、チームの期待を遥かに超え、泥レンガの建物があちこちに姿を現し始めた。我々が掘り出したのは大規模な都市跡であり、壁や部屋がほぼ完全な状態で残され、当時の日常生活に使われていた道具がそのまま残っていた」
この貴重な発見を保存するため、政府は遺跡の修復・記録を進め、重要な建築物の一部を安全な場所に移設した。また、6エーカー(約2.4ヘクタール)におよぶ鉱山キャンプの実物大レプリカが建設され、そこには金の発掘作業を記録した大型スクリーン付きのビジターセンターが設置されている。展示には、発掘された像や陶器、遺物が並べられ、アテンの歴史や古代エジプトの金採掘産業の重要性を解説するパネルも用意されている。
「黄金の失われた都市」アテンが研究者や一般人に公開された今、エジプトの豊かな歴史に関する貴重な情報が相次いで明らかになっている。 今後の研究が進むことで、古代エジプトの鉱山技術、経済構造、そしてこの都市で働いていた人々の暮らしについて、さらなる知見が得られることが期待される。
大阪万博のエジプト館 ピラミッドなど古代文明から見る未来
(大阪万博・4/23 一部転載)
 連日入場を待つ人でにぎわう大阪・関西万博のエジプト館。古代エジプト文明の遺跡をイメージしてデザインされた建物内を3つのゾーンに分け、エジプトの過去、現在とこれからを紹介している。約6分間のツアーで、ガイドは英語のみ。
 部屋全面を使ったスクリーンでピラミッドなどの古代エジプトの遺跡や現代の風景、再生エネルギーの取り組みの映像を投映。
 エジプトの首都カイロ近郊のギザに2025年オープン予定の大エジプト博物館なども紹介する。時期は未定だが、今後古代のひつぎの実物を展示することも計画している。
考古学者が散歩中に「暗号ヒエログリフ」を大発見! ラムセス2世が仕込んだエリートへのプロパガンダ
(ARTnews JAPAN・5/2 一部転載)
 パリ・コンコルド広場の象徴的存在であるオベリスクに「暗号ヒエログリフ」が隠されていたとパリのソルボンヌ大学講師でエジプト考古学者のジャン=ギヨーム・オレット=ペルティエが発表した。
 オベリスクは赤色花崗岩で造られており、高さ22.5メートル、推定重量227トン。およそ3000年前、古代エジプトのファラオ、ラムセス2世が同じ石の塊から作らせた一対のうちの1つで、1830年にエジプト総督ムハンマド=アリーによってフランスに贈られ、1836年にコンコルド広場に設置された。
 アートネットが伝えるところによると、パリのエジプト考古学者、ジャン=ギヨーム・オレット=ペルティエはパンデミック期間中、気分転換のために近所を散歩するようになった。散歩コースの中にはコンコルド広場が入っており、彼は毎日オベリスクを眺めていた。
 ある日、オベリスクのヒエログリフを読んでいる時に、上部にあるいくつかが「暗号ヒエログリフ」なのではないかという疑問が起こった。暗号ヒエログリフは、1950年代にエティエンヌ・ドリオトン神父によって解読されたもので、読む方向を変えるなどのパズルや言葉遊びを含む書き方であり、古代エジプトの知的エリート層だけが識別し理解できるものだった。現在、暗号ヒエログリフを読むことができるエジプト考古学者はごくわずかで、オレット=ペルティエはその1人だった。
 その後数日間、彼は双眼鏡とノートを携えてヒエログリフを記録していった。だが、もっと近くで調査しなければこの予測を確信することが出来なかった。すると幸運の女神はオレット=ペルティエに微笑んだ。コンコルド広場が2024年のパリオリンピックの競技会場として使われるにあたり、オベリスクの周囲に高い足場が組まれたのだ。彼はフランスの文化事業部門にオベリスクを調査する許可を求めたところ許可され、難なく詳細な調査を行うことが可能となった。
 オレット=ペルティエの予測通り、オベリスクには「暗号ヒエログリフ」が隠されていた。オベリスクに隠された暗号は、ラムセス2世が神々によって選ばれ、アムン・レーとマアトの血統を持つことを主張する内容だった。
 ラムセスは父セティの死後、比較的遅い25歳で王位に就いた。正当な継承者である長男ではなかったこともあり、統治の初期にはオベリスクを宣伝道具として使い、自らの至高性と神性を強化していった。
 パリのオベリスクは、本来エジプトのナイル川河岸に設置されていた。そこは毎年、ルクソール神殿で開催されるオペト祭に向かうためにエリート貴族たちがボートで通る場所であり、4面あるオベリスクの川側の面に暗号ヒエログリフが描かれていた。
 オレット=ペルティエはアートネットの取材に、「ボートでの接近角度を考えると、貴族たちは隠されたメッセージを読み、『王は神の化身であり、退位させられない』と考えたでしょう。これは非常に高い知的エリートを対象としたプロパガンダだったのです」と話した。
 もう一つの暗号化されたメッセージは、砂漠側の面にあった。暗号にはラムセスの王冠に神聖な力を暗示する牛の角が書かれており、それが供物台への言及と組み合わされることで、神々が行う時に破壊的な行動を鎮めるために供物を捧げるよう見る者に指示している。
大阪万博のエジプト館 ピラミッドなど古代文明から見る未来
(大阪万博・4/23 一部転載)
 連日入場を待つ人でにぎわう大阪・関西万博のエジプト館。古代エジプト文明の遺跡をイメージしてデザインされた建物内を3つのゾーンに分け、エジプトの過去、現在とこれからを紹介している。約6分間のツアーで、ガイドは英語のみ。
 部屋全面を使ったスクリーンでピラミッドなどの古代エジプトの遺跡や現代の風景、再生エネルギーの取り組みの映像を投映。エジプトの首都カイロ近郊のギザに2025年オープン予定の大エジプト博物館なども紹介する。時期は未定だが、今後古代のひつぎの実物を展示することも計画している。
パリの「クレオパトラの針」、約200年の時を経て秘密のメッセージが発見される
(ギズモード ジャパン・5/6 一部転載)
 一番てっぺんの部分にあったそうです。
 1830年、エジプト総督はフランスに3,300年前のエジプト古代のピラミッド型の頂部を持つ彫刻石柱「クレオパトラの針」を贈りました(日本語名にはクレオパトラと入っていますが、実はあのクレオパトラとは全然関係ない石柱です)。
 そして、1836年からこの石柱はパリのコンコルド広場に設置されています。パリの中心部に約200年も鎮座している石柱ですが、時を経てある秘密のメッセージが刻まれていたことが明らかになりました。パリ・カトリック大学のエジプト学者で暗号解読者のJean-Guillaume Olette-Pelletier氏は、これまで文書化されていなかった7つのメッセージが刻まれているのを発見したと話しています。
○ラムセス2世に関する文章
 石碑に刻まれている碑文は、ラムセス2世の神聖な権威を古代エジプトの貴族階級に向けて確立することを意図した内容となっていますが、今回の新発見と文章の解釈は学術誌ENiMで発表予定の論文で詳細な調査結果を記述する予定だということです。
○頂点近くで横読みで発見
 Olette-Pelletier氏は2021年12月、改修の際、石碑が足場で囲まれていた時に碑文を特定。この足場のおかげで、Olette-Pelletier氏はピラミッド型の頂上に近い、モニュメントの一番高い位置にある碑文を読むことができたのです。
古代エジプトを約100年支配、かつて属国だったヌビアの王とは。現在のスーダンに首都を置いた第25王朝、融合された文化が花開く
(ナショナルジオグラフィックnews・3/30 一部転載)
 エジプトの南、ナイル川が蛇行する広大なスーダンの砂漠地帯は、その昔ヌビアと呼ばれていた。古代より、そのヌビアの運命はナイル川にある6カ所の急湍(きゅうたん、流れの速い浅瀬のこと)に大きく影響されてきた。
 ごつごつとした川底のために急湍の水は渦を巻いて激しく流れ、船での航行を困難にする。長い歴史のなかでヌビアが強力な北の隣国エジプトから独立を保つことができたのはそのためだ。
 しかし紀元前8世紀ごろ、ヌビア人の王国クシュがエジプトをしばらく支配した時期があった。そして古代エジプトの慣習を復活させ、その後何世紀にもわたってエジプトの発展に影響を与え続けた。
 ヌビアの土着の王室として記録に残る最古のものは、紀元前2000年代に上ヌビアで繁栄したケルマだ。ケルマの王たちは、巨大なデフファと呼ばれる日干しレンガの建造物を作り、宗教的儀式を行っていた。
 ナイル川での移動が難しかったため、エジプトと経済的、文化的、そして軍事的に交流するためには、砂漠を経由する必要があった。古王国時代、エジプトの商人は、商品を売り、金、象牙、香、そして奴隷を買うために、ヌビアへ旅していた。
 中王国時代(紀元前1975〜前1640年頃)になると、エジプト人は下ヌビアに要塞を築き、第1急湍と第2急湍(アスワンからアブシンベルの先まで)の間にあるクシュ王国の領土を支配下に置いた。その目的は、地域での交易を掌握し、南の国境の安全を確保することだった。
日本が842億円の借款供与、大エジプト博物館の正式開館がまた延期…中東情勢緊迫化を考慮か
(読売新聞 ・6/15 一部転載)
 エジプト観光・考古省は6月14日、日本の支援で首都カイロ近郊ギザに建設された大エジプト博物館の正式開館を、予定していた7月3日から延期すると発表した。
 「現在の地域情勢」を理由としており、イスラエルとイランの攻撃の応酬で中東情勢が緊迫化したことを考慮したとみられる。正式開館は10〜12月の間で改めて調整するという。
 博物館はギザの三大ピラミッドの近くに建ち、単一文明を扱う博物館としては世界最大規模とされる。総工費は約10億ドル(約1440億円)で、日本は842億円の借款を供与し、遺物の保存・修復の技術協力も行っている。
 当初2011年の開館予定だったが、政情不安やコロナ禍などで開館が度々延期されてきた。正式開館に先立ち、昨年10月には約2万平方メートルの常設展示場の試験公開を始めている。
<ひと物語>最古のビール工房発掘 エジプト考古学者・馬場匡浩さん
(東京新聞デジタル・6/23 一部転載)
 埼玉県本庄市の新幹線本庄早稲田駅近くに広がる早稲田大本庄キャンパス。考古資料館に、早大が保管する数千点という古代エジプト遺跡の出土品が眠る。土器類が大半を占め、ミイラの陶棺やミイラを包んでいた布も含まれる。
 テレビでおなじみのエジプト考古学者、吉村作治氏(早大名誉教授、東日本国際大総長・教授)が中心になって1970年代ごろに発掘し、同国の許可を得て持ち帰った。80年代以降は現在に至るまで、出土品の国外持ち出しは禁じられている。
 「日本国内では、大学だけではなく、博物館などでもこれだけの古代エジプトの出土品があるのは他にはない」。資料館の学芸員で、吉村氏に師事するエジプト考古学者の馬場匡浩さんが教えてくれた。馬場さんは今春、現地の発掘調査や研究の成果をまとめた著作「ファラオ−古代エジプト王権の形成」(ちくま新書)を出した。
 馬場さんは大学の進学先を考えていた高校2年生の時、テレビで吉村氏がエジプトで活躍する番組を見て同氏が卒業後に教員を務める早大を目指した。
 早大在学時の95年、吉村氏に従って初めてエジプトの発掘調査に参加。その後も吉村氏と現地に足を運び続け、2005年に首都・カイロ南のダハシュール北遺跡で未盗掘のミイラと木棺を現場主任として発見した。年代は紀元前約1700年。「マスクの色の残り具合が良い完全な形。エジプト発掘の醍醐味(だいごみ)を肌で感じ、足が震えた。
ナイルの川底に沈んだエジプトの古代都市を発見! 繁栄した「イメット」の真実
(By Tim Newcomb・7/11 一部転載)
「古の人々がナイル川デルタ地帯で営んでいた日々の生活、その精神性、そして当時の都市計画について知るための、新たな扉を開く発見だ」
○エジプトで発見された古代都市イメット
 エジプト東部のナイルデルタで栄えた古代都市イメットの発見により、ローマ帝国に組み込まれる以前(紀元前30年にクレオパトラ7世がローマの執政官オクタウィアヌスに敗れ、エジプトはローマ帝国の属領となった)の建築や都市計画、またイメットの守護神としてまつられていたコブラの化身・女神ウアジェトについてなど、新たな知見が掘り起こされることとなった。
○多層階のタワーハウスが示す都市構造の独自性
 テル・エル・ファライン(ファラオの丘』を意味する)での発掘調査で主導的な役割を担ったのは、マンチェスター大学の考古学研究チームだ。
 マンチェスター大学は、この調査によって紀元前4世紀初頭から中盤にかけての古代エジプトの文化的背景が明らかになったほか、厚く頑丈な壁構造に支えられた多層階式の「タワーハウス(塔型住居)」を中心とした特徴的な都市計画についても明らかになったと声明を出した。
○マンチェスター大学の研究員リッキー・ニールセンはその声明のなかで、こう述べている。
 エジプトで発見された古代都市イメット。 エジプト東部のナイルデルタで栄えた古代都市イメットの発見により、ローマ帝国に組み込まれる以前(紀元前30年にクレオパトラ7世がローマの執政官オクタウィアヌスに敗れ、エジプトはローマ帝国の属領となった)の建築や都市計画、またイメットの守護神としてまつられていたコブラの化身・女神ウアジェトについてなど、新たな知見が掘り起こされることとなった。
○多層階のタワーハウスが示す都市構造の独自性
テル・エル・ファライン(ファラオの丘』を意味する)での発掘調査で主導的な役割を担ったのは、マンチェスター大学の考古学研究チームだ。
 マンチェスター大学は、この調査によって紀元前4世紀初頭から中盤にかけての古代エジプトの文化的背景が明らかになったほか、厚く頑丈な壁構造に支えられた多層階式の「タワーハウス(塔型住居)」を中心とした特徴的な都市計画についても明らかになったと声明を出した。マンチェスター大学の研究員リッキー・ニールセンはその声明のなかで、こう述べている。
 ナイルデルタで発掘されたタワーハウス群は、(古代エジプト・プトレマイオス朝)後期からローマ帝国時代にかけて建てられた、エジプトの他の地域ではほとんど見かけないものであり、この発見によってイメットが複雑な都市インフラを備え栄華を誇った大都市であったことが示された。
古代エジプトの扉(上)別格の神々 山形美術館、711日から企画展
(山形新聞・7/12 一部転載)
山形新聞・山形放送の8大事業「古代エジプト美術館展」が11日、山形市の山形美術館で開幕する。日本初の古代エジプト専門美術館「古代エジプト美術館 渋谷」(東京・渋谷)が所蔵するミイラやミイラマスク、人型木棺など約200点を公開する。本展学術協力者の大城道則駒沢大教授に、展示を楽しむための基礎知識を教えてもらう。 
 古代エジプトは多神教世界であった。空にも大地にも人々の生活空間にも、神々があふれていたのだ。特に人とは異なる能力を持つ動物が神聖視され、ネコ、イヌ、ワニ、カバも神であった。しかし、そこには序列があったのだ。中でも世界の誕生を描いた創世神話に登場するような神々は別格であった。
○最初の夫婦
 太陽信仰の中心地へリオポリスで生まれた創世神話では、混沌の海ヌンの中から現れた乾いた土地「原初の丘」の頂上に創造神アトゥムが降臨し、自らの手で湿気の女神テフヌトと大気の男神シュウを生み出す。
 この「神々の最初の夫婦」とも呼ばれる2人が、天空の女神ヌトと大地の男神ゲブを生み出し、さらに彼らからオシリス神、イシス女神、セト神、ネフティス女神が誕生するのだ。ここに最初の神々である「九柱神」が出そろい、世界が始まったと古代エジプト人たちは考えていた。
○兄弟の確執
 古代エジプト神話で最も有名なストーリーである「オシリス神話」には、これらの神々が登場する。オシリス神話は、王であった兄オシリスと弟セトとの確執の物語だ。
 民に慕われていたオシリスに嫉妬したセトは、ある日うたげを開き、美しい箱を用意した。そして体がぴったりとはまった者に箱を進呈すると提案する。次々と試すものが現れるが、うまくはまらなかった。しかし、オシリスが入るとぴったりとはまった。すると、セトはすかさずふたを閉めて、ナイル川に投げ込んでオシリスを殺害するのだ。
 妻イシスは、ナイル川を下り地中海へと流されてしまった最愛の夫オシリスの亡きがらを苦難の放浪の末に見つけ出し、魔術によってオシリスを復活させ、息子ホルス神を奇跡的に生む。草の茂みの中で隠されて育ったホルスは、父のあだであり、その王位を奪った叔父のセトを討ち、王座に就くのだ。
○勧善懲悪
 あだ討ち、夫妻のラブストーリー、それに魔術が鍵となるこの神々の物語は、その勧善懲悪の面白さゆえに古代エジプト史3千年の時を超えて、そしてナイル河畔を越えてギリシア・ローマ世界に広まるほどの人気となった。
○勧善懲悪
 あだ討ち、夫妻のラブストーリー、それに魔術が鍵となるこの神々の物語は、その勧善懲悪の面白さゆえに古代エジプト史3千年の時を超えて、そしてナイル河畔を越えてギリシア・ローマ世界に広まるほどの人気となった。
 本展では、オシリス神話の主要登場人物であるオシリスやイシス、ホルスの彫像を見ることができる。古代エジプト人は神々を神殿に納め、祠に置き日々あがめたのだ。
来年の世界遺産委員会 釜山で開催=韓国初
(聯合ニュース・7/16 一部転載)
 来年の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会が韓国・釜山で開催される。
 フランス・パリのユネスコ本部で開催中の世界遺産委員会は77月15日(現地時間)、来年の同委員会の開催国に韓国を選定した。来年7月に釜山で開かれる予定だ。
 韓国で同委員会が開催されるのは初めて。これまでアジアではタイ・プーケット(1994年)、京都(1998年)、中国・蘇州(2004年)、カンボジア・プノンペン(2013年)、中国・福州(2021年、オンライン開催)、インド・ニューデリー(2024年)で開かれた。
古代エジプトの棺やシャガールなど一挙公開、企画展「わたしを呼ぶ《アート》」東京・松岡美術館で
(ファッションプレス・8/1 一部転載)
 東京・白金台の松岡美術館では、企画展「開館50周年記念 わたしを呼ぶ《アート》 古代エジプトの棺からシャガールまで」を、2025年10月28日(火)から2026年2月8日(日)まで開催する。
○松岡美術館の幅広いコレクションを公開
 半生をかけて約2,400点もの美術品を蒐集した松岡清次郎による、幅広いコレクションを擁する松岡美術館。開館50周年に際して開催される展覧会の第3弾となる「わたしを呼ぶ《アート》 古代エジプトの棺からシャガールまで」展では、松岡の人となりに光を当てつつ、西洋絵画、古代エジプトの遺物、中国の陶磁器などを紹介する。
○西洋絵画の数々
○中国陶磁から古代エジプトの遺物まで
 松岡は、中国陶磁の蒐集にもっとも力を注ぐほか、古代エジプト、ギリシアやローマの古代遺物、そしてヨーロッパの陶磁器なども求めた。
 会場では、明時代初期の《釉裏紅花卉文大壺》といった中国陶磁、《王女頭部像》や《バステト女神》など古代エジプトの遺物を展示するほか、常設展示では《彩色木棺》を目にすることができる。
○公開される機会の少なかった作品も
 陶磁器や絵画ばかりでなく、青銅器、彫刻、古代ガラスなど、幅広い品々を蒐集した。本展では、《色絵オルペウス物語図双耳壺》など、公開される機会の少なかった作品を紹介する。
2025年、夏休みの特別企画、ツタンカーメンの謎に迫るナイトミュージアムを開催
(合同会社ツタンカーメンプロジェクト・7/25 一部転載)
 合同会社ツタンカーメンプロジェクト(所在地:神奈川県横浜市、代表:森 肇)は、横浜みなとみらい、ツタンカーメン・ミュージアム(PLOT48)にて開催中の「MYSTERY OF TUTANKHAMEN/ミステリー・オブ・ツタンカーメン〜体感型古代エジプト展〜」(監修:河江肖剰)において、2025年の夏休み企画として、ツタンカーメンの謎に迫る、ナイトミュージアムを開催します。
○ナイトミュージアムは、2025年の8月の毎週金曜から日曜日の週末の夜に開催します。
 ランタンを片手に、暗がりの中、ミュージアムの館内を探索。館内各所にちりばめられた「ツタンカーメンにまつわる7つの謎」を解き明かす謎解きに挑戦することができます。
○いつものミュージアムとは違う、暗がりの中で古代エジプトを体感し、ツタンカーメンの謎に挑戦することができる夏休み限定のイベントです。
○実施日時  :2025年8月の金曜日、土曜日、日曜日  18時00分〜21時00分 終了
(1回目18時00分〜、2回目 18時30分〜、3回目19時00分〜)
○内  容  :暗がりのミュージアムを探検、館内各所に散りばめられたナゾを解き、
     7つのミステリーを解き明かす謎解き形式のイベント。
「古代エジプト美術館展」来場者4万人突破 山形美術館、節目の家族らに記念品
(山形新聞・8/20 一部転載)
 山形市の山形美術館で開催中の「古代エジプト美術館展」は8月17日、来場者が4万人を突破した。  
 節目の来場者となった家族らに、記念品として図録やオリジナルTシャツ、アヌビスの置物といった人気グッズが贈られた。山形美術館の企画展で4万人を超えるのは、2006年の「古代エジプト展 甦る5000年の神秘」以来、19年ぶり。
 4万人目となったのは福島県二本松市から訪れた安斎さんの家族ら。 主催者を代表し、山形美術館代表理事の佐藤秀之山形新聞社長が記念品を手渡した。本展は山形新聞・山形放送の8大事業の一つで、23日まで開かれている。


古代オリエント博物館で「昭和 エジプト柄ブーム」振り返る特別展
(池袋経済新聞・9/9 一部転載)
 「北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)」の所蔵品を含めた約200点を紹介し、昭和30年〜40年代を中心に日本に広がったという「エジプト柄」ブームを読み解く同展。期間中、エジプトをテーマにしたグッズや同展図録、関連書籍、インポートグッズの販売も行う。
○同館研究員による「特別展ギャラリートーク」(14時〜)は、9月27日、10月5日・11日、11月9日・15日・24日に開催する。
○講演会は、北名古屋市歴史民俗資料館の伊藤明良館長の「昭和と古代エジプトをつなぐモノ語り」(10月13日)を予定する。
○子どものオリ博体験講座「エジプト柄のひみつ」(10月19日)、特別講座「神々への奉仕:古代エジプト神殿儀礼の世界」(10月26日)、子ども向けワークショップ「古代エジプトの神官のお仕事を体験してみよう」(11月8日)、「視覚障害者のための展示解説ツアー」(10月25日)も行う。
○同館研究部長の田澤恵子さんは「1965(昭和40)年のツタンカーメン展で爆発的な人気を誇った古代エジプト文明。実は、古代エジプトについてはそれよりもかなり前から日本人に紹介されていた。日本人がどのように古代エジプト文明を知り、受け入れ、愛していったのか。本展を通して、日本人と古代エジプト文明の響き合いに触れてもらえたら」と話す。

エジプト・ルクソール 熱気球で古代遺跡と神殿を空から楽しむ旅
(The Flying Dutchmエジan・9/18 一部転載)
 エジプト・ルクソールで熱気球に乗って、大迫力の空の旅を体験。
 日の出のナイル川や王家の谷、カルナック神殿、ルクソール神殿、メムノンの巨像、ハトシェプスト女王葬祭殿など、有名な遺跡を上空から一望できます。古代都市テーベで味わう一生に一度のアドベンチャーです。
 熱気球に乗って、ルクソールの古代遺跡の鳥瞰図をご覧ください。運転手が迎えに来て、エアコン付きの車で打ち上げ場所に連れて行きます。そこで、飛行の準備をする前に安全説明会に参加します。次に、地元のガイドが乗って空に向かい、観光スポットを指摘し、その歴史と関連性について説明します。
エジプト・カイロに「大エジプト博物館」がオープン
(テレビ朝日系/ANN・10/31 一部転載)
 日本が資金面や技術面で支援をしてきたエジプトの「大エジプト博物館」が度重なる延期の末、ついに全面オープンします。
 「大エジプト博物館」はカイロ近郊の観光名所「ギザの三大ピラミッド」近くの広大な敷地に建設され、11月1日に全面オープンを記念した式典が開かれます。
 2005年に本格的な建設が始まりましたが、エジプトの政情不安や中東情勢の影響で、開館が度々延期されてきました。
 「大エジプト博物館」は古代エジプト文明の遺物を5万点以上展示し、単一文明に特化した世界最大の博物館となる見込みです。
 なかでも注目は、ツタンカーメン王の財宝およそ5000点で、発見以来、初めて一般公開されます。
 総工費は10億ドル=1540億円程度とされ、そのうち日本政府がおよそ842億円の借款を供与し遺物の保存や修復の技術協力も行っています。
 開館式典には各国の首脳らが出席し、日本からは三笠宮家の彬子さまが出席する予定です。
「大エジプト博物館」全面開館 日本も協力 単一文明特化の博物館では世界最大規模
(テレビ朝日系 ANN・11/2 一部転載)
 古代エジプトの遺物10万点を収蔵する「大エジプト博物館」がついに全面開館を迎え、記念式典が開かれました。
 式典には日本からは三笠宮家の彬子さまや小池都知事らが参加しました。
 「大エジプト博物館」は2012年に本格的な建設が始まりましたが、エジプトの政情不安などで開館が度々延期されてきました。
 去年10月に一部の展示が公開され、今回、ようやく全面開館にこぎ着けました。
 総工費は10億ドル=1540億円ほどで、このうち日本政府がおよそ842億円の借款を供与したほか、遺物の保存や修復の技術協力も担ってきました。
 古代エジプト文明の遺物10万点が収蔵され、単一文明に特化した博物館としては世界最大規模です。
 注目はツタンカーメン王の財宝およそ5000点で、発見以来、初めて公開されます。
 4日から一般公開される予定です。
ルクソール、エジプト - 古代遺跡の上空を舞う壮大な熱気球ツアー
(The Flying Dutchman・11/9 一部転載)
 エジプト・ルクソールの歴史的な景観を空から満喫できる、感動的な熱気球ツアーを体験しませんか? 
 ナイル川、王家の谷、荘厳なカルナック神殿やルクソール神殿を、特別な視点から眺めることができます。朝日が広大な砂漠を黄金色に染め、歴史的なモニュメントを照らす神秘的な光景は、まるで別世界のような美しさ。
 気球は、古代都市テーベの上空を優雅に滑空しながら、精巧に造られた寺院や墓の細部を映し出します。
 メムノンの巨像やハトシェプスト女王葬祭殿など、ルクソールを象徴する遺跡の絶景を空撮し、周囲に広がる緑豊かな田園風景やヤシの木の美しいコントラストも楽しめます。心地よい風を感じながら、壮大な景色と静寂の空の旅を満喫してください。
 
「ファラオの風格?」王族たちの大エジプト博物館開館式典での装いが話題に。
(Celebrity・11/10 一部転載)
 ギザのピラミッド近くにグランドオープンした博物館の開館式典は、多くの王族貴族の出席を得て華やかにおこなわれた。
 2025年11月1日は人々の記憶に残る日となった。この日、エジプトのカイロで大エジプト博物館(GEM)が全面オープンしたのだ。
 市中心部にあり、ギザのピラミッドからも近い。考古学博物館としては世界最大規模であり、所蔵品は10万点超、そのうち半数が一般公開されるという。総面積は50万平方メートル、完成までに20年の歳月と10億ドルを超える巨額の費用を要した。専門家育成と資金援助で多大な支援をおこなったのは日本だ。
 待望のグランドオープンにあたり、開館式典が華々しくおこなわれた。
 ヨルダンのラーニア王妃とサルマ王女、スペイン国王のフェリペ6世、デンマークのメアリー王妃、ルクセンブルク大公、モナコ大公のアルベール2世など各国の王族が一堂に会し、新たな文化の殿堂の誕生を祝った。
 博物館そのものも素晴らしかったが、招待客の洗練されたファッションにも注目が集まった。
○ファラオの風格
 多くの出席者が落ち着いた色合いのクラシックな装いを選ぶなかでヨルダンのラーニア王妃はいつものように完璧にエレガントなスタイルで際立っていた。
 アブドゥッラー2世の妻が着ていたのはドルチェ&ガッバーナの赤いミディ丈ドレープドレスだった。クリスチャン ルブタンの白いパンプスとボッテガベネタのバッグを合わせている。
 王妃のスタイルは単に華やかであるにとどまらず、腰回りのプリーツは古代エジプトの男性の腰布(シェンティ)を、身体に沿うラインは古代エジプトの上着(カラシリス)を連想させるものだ。隣のサルマ王女も注目を集めた。
 より控えめながらも、アライアの黒のミディ丈スリットドレスに、ジェニファー チャマンディのゴールドストラップポインテッドトゥサンダル、そしてフェンディのバッグ。ラーニア王妃はInstagramに母娘ツーショットを投稿し、「最愛のサルマとともに、楽しい時空の旅」とコメントした。
 デンマークの国王、フレデリック10世は欠席したが、メアリー王妃が単身で出席。ジマーマンのレースのセットアップは柔らかなミントカラー、バックスリット入りのペンシルスカート「ナチュラ」に揃いのトップスを合わせたもの。Lin8のバッグとジミーチュウのラメメッシュパンプス「Love 100」を組み合わせて洗練されたスタイルを完成させていた。
 華やかな式典を終えたメアリー王妃は、翌朝の午前6時にギザ高原のスフィンクスの像に立ち、しばしカイロを眺めていたそうだ。公務に戻る前の瞑想と憩いのひとときだったのだろう。
○大エジプト博物館開館式の王族たち
 ギザのピラミッド近くにオープンした大エジプト博物館(GEM)の開館式に、各国の君主たちが華やかに集った。
展覧会「古代エジプト」来場者7万人達成 広島
(広島テレビ ニュース・11/7 一部転載)
 広島県立美術館で開かれている古代エジプトの謎に迫る特別展の来場者が7万人に達しました。
○司会
「おめでとうございます」
 7万人目の来場者は、広島市安佐南区の平岡文江さんです。記念品として展覧会グッズが贈られました。
○広島市安佐南区 平岡さん
「本当にびっくりで、え?という感じでした。スフィンクスとかクフ王とか、古代の歴史に興味があった」
 「古代エジプト」の特別展には、アメリカのブルックリン博物館が所蔵する彫刻やミイラなどおよそ150点が展示されています。青色が印象的なカバの像は、墓に納められたものです。
 猛烈に子どもを守るカバは死者の魂を保護すると信じられていました。力が強いため、生き返って死者を傷つけないようにと足が折り取られています。その様子がわかるよう、仰向けに展示されています。特別展は今月30日まで開かれています。
ルクソールクルーズポート - エジプトのナイル川沿いで最も美しい散歩
(The Flying Dutchman・11/15 一部転載)
 この魅力的な動画で、エジプトのルクソールクルーズポート近くでの美しいナイル川沿いの散歩を紹介します!穏やかなナイル川を歩きながら、古代の川の美しさを楽しんでください。
 緑豊かなヤシの木と色とりどりの花々が並ぶ静かな遊歩道を進み、壮大なナイル川と賑やかな港の活動を眺めることができます。
 伝統的なフェルッカボートが水面を優雅に漂い、漁師が網を投げ、地元の店が新鮮な農産物や手作りの工芸品を販売する光景を楽しみながら、日常生活の活気ある景色と音に浸ってください。
 ナイル川沿いに点在する歴史的な名所、例えば有名なルクソール神殿や壮大なスフィンクスの大通りを見て、古代の遺跡や精緻な彫刻がエジプトの歴史を物語っているのに感動します
 遊歩道を歩きながら川の涼しい風を感じ、賑やかな海岸線と周囲の風景の静かな美しさを堪能してください。歴史が好きな方、自然を愛する方、または単に静かな水辺の避難所を探している方にとって、このルクソールクルーズポート近くの美しい散歩は忘れられない経験になるでしょう。
 エジプトのルクソールでのナイル川沿いの仮想散歩に参加し、この歴史的な地域の魅力に魅了されてください。旅行のインスピレーションと風光明媚な冒険のために、ぜひ「いいね」、シェア、チャンネル登録をお忘れなく!
古代エジプトの庶民が信仰した神々 眠れなくなるほど面白い 図解 古代エジプトの話
(ラブすぽ・11/19 一部転載)
○古代エジプトの庶民が信仰した神々
 庶民が信仰した神は、王が崇める神とはまた別の存在でした。庶民の神は神殿の奥深くに祀られているのでなく、各家庭に設けられたささやかな祭壇に祀られたり、加護を求めて身につける護符の形だったりしました。
 人々は日々、神の存在を身近に感じながら、家族の安全と健康、幸せを祈りました。
 なかでもベス神とタウェレト女神は、広く親しまれました。ベス神は大きな頭の三頭身で、舌を突き出しています。出産・病気から女性や子どもを守るほか、酒宴や婚礼もつかさどります。魔除けの役割もしました。
 古代エジプトでは神や人物は横向きで描かれましたが、ベス神は正面向きです。
 これはエジプトの南にあったヌビアに起源をもち、その美術表現の影響とされます。タウェレト女神は、いろいろなものが合体した姿です。
 カバの頭にライオンの脚、背と尾はワニで、手に護符を持っています。川の神であると同時に女性、妊婦、出産、乳幼児の守護神とされました。
古代エジプトの貴重な考古遺物36点がアメリカから返還。彫像、壁画、写本等の画像を公開
(ARTnews JAPAN・11/19 一部転載)
 エジプト観光・考古省の発表によると、アメリカの検察当局の協力で回収に至った36点の貴重な遺物は、エジプト博物館に収蔵されるという。
 しかし、それがカイロのエジプト考古学博物館なのか、近郊のギザ地区にある大エジプト博物館なのかは明示されていない。大エジプト博物館は約20年の建設期間と1500億円を超える総工費をかけて完成し、11月1日に待望のグランドオープンを迎えたばかり。
 エジプトに返還された遺物群は、3つのグループで構成されている。
・1つは、考古遺物の密輸に関する捜査の中心的な役割を担っているニューヨークのアルヴィン・ブラッグ地方検事から今年5月に引き渡された11点。
・2つ目はメトロポリタン美術館から回収された25点の希少なコプト語とシリア語の写本。
・3つ目は最近ニューヨーク州地方検事局から返還されたエジプト第18王朝時代(紀元前16世紀頃)の彩色された石膏のパネルなどだ。
 エジプト観光・考古省でメディアアドバイザーを務めるネヴィーン・エル=アレフはCBSニュースの取材に対し、エジプト政府が密輸で流出した全ての遺物を取り戻すための新たな取り組みを進めていることを明らかにした。
 具体的には、ウェブ上で不法に持ち出された遺物を調査・監視し、その後、各地の当局と連携して回収する。エル=アレフはその意義について次のように述べている。
 「エジプトの文化遺産である遺物はどれも大切なもので、たとえ小さな石であっても本来あるべき場所であるエジプトへ返還されることが肝要です。エジプトにとって、考古学的遺産と歴史を守り、次世代に継承することは非常に重要なことです」
自動販売機は紀元前からあった!? 古代エジプトに登場する世界最古の自販機とは
(レタスクラブ・11/21 一部転載)
 本記事は雑学総研著の書籍『人類なら知っておきたい 地球の雑学』から一部抜粋・編集しました。
○自動販売機は紀元前からあった!超意外な自販機の歴史!
 自動販売機は、その便利さから世界中で利用が進んでいるが、現在のところ普及台数で世界一を誇っているのはアメリカだ。2013年のデータによると、645万900台と、日本を136万台ほど上まわっている。
 ただし、年間自販金額を見た場合、アメリカは約427億ドルと、日本円に換算すると4兆2000億円程度。一方、日本の最新データによれば、日本国内の自販機で販売された商品の売上金額の合計は、4兆9526億5520万円(2014年)と、アメリカの売上金額を上まわる結果となっている。
 このように、我々の暮らしになくてはならない存在になった自動販売機だが、世界最古といわれる自販機は、自動販売機は紀元前からあった!超意外な自販機の歴史!
 自動販売機は、その便利さから世界中で利用が進んでいるが、現在のところ普及台数で世界一を誇っているのはアメリカだ。2013年のデータによると、645万900台と、日本を136万台ほど上まわっている。
○自世界最古といわれる販機
 このように、我々の暮らしになくてはならない存在になった自動販売機だが、自世界最古といわれる販機は、古代エジプトに登場する。
 今からおよそ2200年前の紀元前215年頃、アレキサンドリアの神殿に置かれた、聖水を売る自動販売機が、人類にとって最初の自販機とされている。
 発明者は不明だが、てこの原理を応用し、コインを投入するとその重みで内部の受け皿が傾き、蛇口から水が出てくるしくみだったことが、エジプトの科学者ヘロンの著書『気体装置』に記されている。
○日本で初めて考案された自販機
 日本で初めて考案された自販機は、1888年に発明家の俵谷高七が考えた、タバコなどの箱入り商品を売るものだったが、実物は現存しない。現存する日本最古の自販機は、同じく俵谷がつくった「自働郵便切手葉書売下機」で、切手とはがきの販売と同時に、ポストの役割も果たす優れモノだった。
 ちなみに、現存する世界最古の自販機は、1615年にイギリスの居酒屋などに置かれた、小さなたばこ自動販売機とされている。

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