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2007年11月20日00:07

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長野氏の哲学

 西村繁男氏の「さらばわが青春の『少年ジャンプ』」に載っている話なんですが、週刊少年ジャンプの初代編集長の長野規氏(故人)は、一般の世間では通じないことをしていたので、ある意味で、組織に一番適合しない人だったというようなことを書いていました。
 その世間で通じないパターンというのは・・・。


1・父親の死を、会社に報告しなかった
 長野氏は父親が死んだ時、西村氏など、ごく親しい編集者にしか父親の死を話さず、身内だけで葬儀を行い、葬儀が終わってから、事後報告という形で、集英社の重役に報告しました。
「会社の幹部クラスの人間の親が死んだのに、会社関係者が一人もいないのは、世間では『集英社というのは、どういう会社だ?非常識ではないか』と思われるが、長野規曰く、
『見ず知らずの人間のために、わざわざ葬式に来るのは、貴重な時間を浪費することになるから、来てくれた人に申し訳ない。それにこれは、得度していた父の意思でもある』」
 という意味合いのことを、西村氏は書いています。


2・入院先を教えない
 長野氏が病気で数か月入院した時、入院している場所を知っているのは、やはり西村氏など極僅かで、西村氏達は長野氏に、
『病気が相当回復するまで、他人に入院先を教えるな』
 と言われていました。
 これもやはり、他にやることがあるのに、貴重な時間を「お見舞い」で無駄にしてしまったら、お見舞いに来た人に申し訳がないという思いで、こういうことを言ったのでしょう。


 ぼくが思うに、長野氏がこういう考えを持つようになったのは、雑誌編集という、一分一秒が大切な仕事に関わるようになり、時間というのは、ダイヤモンドよりも貴重だということがわかっているからこそではないでしょうか。他人には無駄なことで時間を潰すよりも、自分のやるべきことを優先してほしいというように。
 確かに一般社会では「非常識」でしょうが、長野氏にとっては、これが「時間を大切にする」という意味を持つ「哲学」です。しかしこの哲学を理解してくれた人は、少なかったような気がします。
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