やはりエロスは光であり アマナクテラス アマテラス
太陽神こそ根源だから大日如来が中心に居る
しかし太陽も恒星の一つ
だから、曼陀羅の周りを囲む稚児も育ち大日如来になる
育て育む観音こそも中心になる
守護は梵天が引き受けてる、此れは重力とバンアレン帯と言う事でもある。
そして放射は光で此れも守護に成っている。
守られている つつまれている 幾つもの和輪環羽我・・・これで十分
急ぐことは無い 広げる事でもない せてさてボケ珍の夢叶っている妄想でした。
妄想から目覚めて拝する
エロス(愛への衝動)は光そのものである
アマテラスや大日如来は、その光の中心を象徴している
しかし太陽も宇宙全体から見れば一つの恒星に過ぎない
だから中心とは固定された存在ではなく、育ち育まれる中で誰もが中心へ向かう可能性を持つ
観音は「育む力」の象徴であり、大日如来と同じく根源へ通じる
梵天や重力、バンアレン帯は「守護する力」の象徴として捉えられる
そして宇宙は、守られ、包まれ、支え合う幾重もの「和・輪・環」の構造で成り立っている
という世界観
愛は光となり、光は時と命を育み、命は互いを守り合う。
人も星も神も仏も、そのすべては幾重にも重なる和と輪と環の中にあり、急がずとも既に包まれている。
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