結論から言うと、江戸時代にはウナギの蒲焼屋だけでなく、焼き鳥屋(またはそれに類する屋台・飲食店)も存在していました。
ただし、現在私たちがイメージする「鶏肉を中心とした焼き鳥屋」とは少し様相が異なっていました。江戸における両者の状況は以下の通りです。
江戸の「焼き鳥」事情
* 肉の種類: 当時、ニワトリは主に時告げ鳥や観賞用として飼育されており、肉を食べることは一般的ではありませんでした(卵は珍重されました)。そのため、当時の「焼き鳥」の主流は、江戸近郊の農村等で捕獲された**野鳥(スズメ、ウズラ、鴨、ハトなど)**でした。
* 提供形態: 店舗を構える高級店ではなく、主に天秤棒を担いだ行商(振り売り)や屋台として親しまれていました。串に刺してタレ(醤油や味噌、味醂など)を塗って炭火で焼くスタイルは、江戸時代中期〜後期にはすでに定着していました。
* ネギマの存在: 鶏肉の代わりにマグロとネギを串に刺して焼いた「ねぎま(葱鮪)」も、手軽なファーストフードとして屋台で大人気でした。
江戸の「ウナギ蒲焼」事情
* 大ヒットしたファーストフード: 江戸前(江戸の陣営の前の海や川、現在の東京湾や隅田川など)で良質なウナギが大量に獲れたため、ウナギの蒲焼は大衆食として非常に発達しました。
* 店舗と屋台の発展: 蒲焼は屋台の手軽なファーストフードとしても、しっかりとした「蒲焼屋」という専門店舗としても大繁盛しました。江戸中期に醤油が普及し、濃口醤油と味醂を使った「甘辛いタレ」が開発されたことで、一気に江戸の名物となりました。
江戸の街角には、ウナギの蒲焼を焼く香ばしい煙と、スズメやウズラなどの野鳥を焼く煙のどちらも漂っていたと言えます。
Gemini
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