「スターリンの亡霊である習近平の独裁は茶番だ」
習近平はスターリンのごとき「独裁者」として振舞っている。その「独裁者」の言いなりになって、我が国を分断し、混乱させようとしているのが、オールドメディアであり、左翼政党(中道、公明、立憲、共産、れいわ、社民)である。高市総理はその矢面に立たされているのだ。
米国連邦議会上院は去る16日、習近平を「独裁者」として名指しで非難し、人権侵害や経済・安保上の威嚇行為を糾弾する決議(S.Res.444)を採択した。その理由として列挙されているのは、ウイグル族への「人道に対する罪」であり、米国へのフェンタニル流入問題である。
H.G.ウェルズが『世界史外観下』(長谷部文雄、阿部知二訳)で書いていたように、スターリンの時代も、常軌を逸した粛清をロシア国内で行っていた。しかしながら、表向きはマルクス主義的言辞を駆使していたために、海外ではスターリンは崇拝の対象となり、日本でも共産党や左翼政党だけでなく、多くの「同伴者」が現れた。そして、スターリン主義者に操られている自称平和団体が、数多く出現したのである。
今も日本にも習近平を絶対視する勢力がある。しかしながら、それはスターリンの亡霊を過信しているだけで、まさしく茶番にほかならない。マルクスは『ルイ・ポナパルトのブリューメール十八』(伊藤新一、北条元一訳)において「ヘーゲルはどこかでのべている、すべての世界史的な大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度は悲劇として、二度目は茶番として」と皮肉った。
茶番を演じているのが現在の習近平なのである。スターリンほどの衝撃はなくても、習近平も同じ運命を辿ることになるだろう。それを理解できないオールドメディアも左翼政党も、哀れを通り越して喜劇を演じているのである。恥ずかしいにもほどがある。
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